どんつきを右に曲がって左のかどっこ

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
  1. --/--/--(--) --:--:--|
  2. スポンサー広告

ファイバー ~からの喫茶店。その・2

さて。本題に入る前にひとことだけ。

ユートさ~ん!

「どんつき~」、読んでくれてはるんですってね!聞きましたよ~。
なんでも、「私が昔、蜂に刺された話が大爆笑だった」、とか。それはたいへん良かったです。

ただひとつだけ私が言っておきたいことは、

町内のおっさんのションベンをぶっかけられた私は なんっにも おもろなかったです。


さて、この 続き。


一度目の入院は、次女のももを妊娠していることがわかったのと同時に、そのエコーで卵巣嚢腫があるのが見つかって、
「このままだとお腹の中で大きくなる胎児の成長に押されて捻転を起こしたり破裂する危険がある。そうなると緊急手術になるので胎児もあなたも危険」
ってことで、妊娠安定期に入るのを待って、嚢腫部分を切り取る手術をしました。水風船ぐらいの大きさになってたらしい。
と、その手術の後、回復過程で腹の中がところどころ癒着した←これが現在、私の腸にファイバーが通りづらい理由です。
その手術自体は今や内視鏡手術でも出来る場合もあるそうですが、私はなんせ妊娠中だったんで安全策で「開腹手術」をしたんですよね。
盲腸とかでもそうですが開腹手術をするとどうしても、切ったとこがくっついていく中で癒着などを起こすこともあるそうです。

余談ですが、
「そうした開腹手術を妊娠中に経験したこと」で、私は娘二人を普通分娩で産んだにも関わらず、
「帝王切開で子どもを産むことについてのしんどさ、痛み」についても、私はもうその概ねを経験している。

これはもう何回も、色々な場所で書いても言うてもいるんですが、最近からの読者さんもわりといるのであえて今一度書いておく。

帝王切開で子どもを産んだお母さんは「自分は陣痛の苦しみを知らないから…」と、出産ネタになると控えめになる節があります。
でもそんなん全く臆することはないのです。そこで口ごもることもないし控えめになることもない。何故なら、

背中に打つあの半身麻酔がどんっなに痛いかをあなたは経験しているのだ。

しかも生まれたらもう早速に授乳せなあかんから、普通の外科手術みたいにそんなタップリ鎮痛剤も飲めないしね。
私も妊娠中の手術やったから、鎮痛剤は術後に1錠もらってそれっきり。あとは「気合で耐えろ」でした。
こちとら腹バッサリ切ってんのに「母親ならその痛みにも気持ちで耐えられるはずよ!」的な。


アホなこと言うなwww
母親やろが何やろが腹斬られたら「人として」痛いもんは痛い、っちゅうねんwww



陣痛~出産も命がけなら、腹切って子ども産むんだって命がけです。昔はそれで侍が死んでたんですから。ヒント:切腹。
だから引っ込み思案になることなんかなにもない。もう堂々と胸を張ってください。出産にラクもしんどいもない、「みんなしんどい」。


話戻って。


でもそれはいわば計画入院だったので、仕事休み取ってくれたオトンと山口の伯母(オトンの姉)が、
オトンが術日込みで3日、そこから伯母に交代で、退院後の安静も考えて計2週間埼玉まで来てくれて、いちごを面倒見てくれた。

手術でかなり体力落ちてるわ、上の子(いちご)いるわで、その後の妊娠経過もまあまあしんどかったが、
近所の先輩ママや、いちごの幼稚園で知り合ったツレらにも助けてもらいながらなんとか頑張ってたんだが、
その数ヵ月後、年末30日だか31日だかの晩に急激にお腹が張ってきて、時間計ったら10分感覚ぐらいになってるんですよ。
つーかこれ、進行したら陣痛やん!あかんてまだ予定日まで一ヶ月半以上もあんのに今生まれたら!
ってことで救急で産婦人科に走ったら私はもうそのまま「切迫早産」で緊急入院になり、陣痛抑制剤の点滴を繋がれた。
しかも「寝たきりの絶対安静、トイレに行くのも禁止」だったんで、尿菅入れて(←これがまたばんばん痛いww)のガッツリ拘束。
当然身の回りのこと(洗濯とか)も出来ひんし、いつ何が突然起こるかわからんから、誰か常に通える身内をつけてくれと言われた。

って、そんな私の身の回りのことや飛んで来てくれるをしてくれる人以前に、「いちごをどうしよう…」ってなって、
でも年末年始の帰省で近所のママさんらやツレらも実家帰ってたりでいないし、とにかく京都の実家のオトンに電話したんですが、
「わしも年始明けには仕事始まるし、そんないつ退院できるかわからん状態で仕事休んでいちごを世話しには行けない」と。
でもそれは旦那(元)も同じことで、「そんなん俺だって明後日から仕事あるんやから、無期限休暇とか無理やし」と。
で、結局旦那は「もうどうにもならん」と自分の実家の広島に行って、義父母に頼んでいちごを一人に置いてきたんです。

いちごは当時、ものごころついてからは「盆正月の帰省で2回」しか広島の爺ちゃん婆ちゃんに会ったことがなかった。
全然知らん土地。全然知らん周りの人たち。ほとんど全く覚えてない爺ちゃん婆ちゃん。
そこに、先月5歳になったばかりの子がたった一人で置いて行かれる、とか、もうどんなに心細かったかと思う。
でも私にはどうすることもできなかった。自分は繋がれてるから何も動けない。そんな自分が旦那を責めることも出来ない。
自分だけのことやったらそんな「広島に一人で置いてきた」とか、速攻で連れ帰ってなんとしてでも踏ん張りますわ。
でも私のお腹にはもうひとつの命があるんで、ここでいちごを想って無茶をしたらこのお腹の中の子はどうなるのか…。

ほんでまたその旦那のお義母さんが、もうしょっちゅうナースステーション(宛てで私)に電話してきはるんですよ。
「尿管は取れてトイレ許可だけは出たけど、それ以外はまだ起き上がるのも禁止の寝たきりや」、言うてんのに。

義母「いちごちゃんがほうれん草を食べてくれないんだけどどうしたらいいの?」
私「(え?そ、それだけ?)…そうですか、すみません。どうしても食べなかったら無理させなくていいです」
義母「あなたは子どもの好き嫌いを許してるの?栄養が偏るじゃない!」
私「いや、ではなくてww普段は何でも食べるんですけど、今はもうこんな時なんで、きっと気持ちのバラつきもあると思うので…」
義母「私の料理が美味しくないってこと!?でも昨日のタラコスパゲティは全部食べてくれたのよっ!ママのご飯より美味しいって言ってくれたわ!」
私「(えー誰もおまえの飯がまずいんやろとか言うてないwそして子どもも子どもなりに気を遣っているわけで…)いちごに毎日美味しいご飯を作っていただいてありがとうございます。本当にすみません、私もなるべく早く退院できるように頑張りますのでどうか…ってかこうしてしょっちゅう電話あると安静に出来ないww
義母「なぞなぞを出してきて私は絶対正解してるのに、ブー違いまーす!とか言うのよ?じゃあ正解はなに!?」
私「(てか5歳児相手になぞなぞで必死になるとかもうw)すみません、子どもの言うことですので適当に聞き流してください。きっと甘えてるんだと思うんです。すみません、全部私が悪いんです。退院したらしっかりしつけますんで、今は何卒大目に見てやってください」


ひとつだけ言いたいことは


お義母さん それ 「育児ノイローゼ」 や。(泣)


点滴台引っ張ってトイレ行くふりして、こっそり洗濯室で洗濯してたのもよう見つかっては怒られたが、
それより何より、お義母さんからのそうした電話についてはもうまあまあかなり看護師さんに怒られました。
「毎日毎日いい加減にしてください!ナースステーションの電話は私物じゃないとあなたからもお義母さんによく言ってください!」

言える 「わけ」 がないwww


自分の入院で子ども預けっぱにしてる身の上やのに

「そんなことで毎日毎日電話してくんな空気嫁!!!」
「考えるんじゃない、感じるんだ! Don't think, feel !!! 」


とか、そんなん言える 「わけ」 がないwwwww


でもね、お義母さんもきっといっぱいいっぱいでやったくれてはったんやろなと思うんですよ。
子育てなんかもうとうに忘れて夫婦で大人のペースでのんびり暮らしてるところに、息子が孫を、
しかも「年一回の帰省でしか会うたことない勝手のわからん5歳の幼児」を、突然置いて行かれたんですから。


テンパってるお義母さんに電話を代わってもらって、いちごと話した。

私「いちご、ママだよ」
いちご「……。」
私「いちご、毎日ママと赤ちゃんの絵を描いてくれてるんやってね。お婆ちゃんに聞いたよ。どんな絵かな~?って、ママも毎日楽しみにしてるよ」
い「……。」
私「いちご、ママのお話、聞こえてる?」

そしたらいちごが、もうほんまに蚊の鳴くような小さな小さな声で 「まま……」 とだけ言った。

私はもう自分の腕に刺さってる点滴の針を引きちぎって今すぐいちごの元に行っていちごを抱きしめてやりたくなった。
涙がボロボロ出てきた。でも私が泣いたらあかん。いちごのほうがもっと泣きたいのに、でもいちごは泣いてないんやから。

いちごは夜寝る時に布団の中でこっそり泣いてたと思う。でも私も毎晩病院のベッドでこっそり泣いてました。
それは何故なら、私が泣いたらみんな泣く。
そしたらもうここにいる全員(同室仲間)も各々つらくなって、きっともう「負の連鎖」になってしまう。
「上の子が居てない初産婦のあんたはまだいいよ」とか「実家が近くて親がいろいろしてくれるあなたはまだマシだ」とか、
そうして、「この中で私が一番しんどい!って言いたい合戦」になってしまう。
何故なら、「泣きたいのはみんな一緒」なんやから。誰だって、今、「好きでここにいる」んじゃないんやから。


と、そうしてるうちに、いちごの幼稚園の冬休みが終わって。


「いちごがずっと幼稚園を休んでるのは何故?」と先生に聞いたツレらが私の「大晦日からの緊急入院」を知って見舞いに来てくれて、
私はそこでそのツレらに めちゃくちゃ 怒られた。

「なんで相談してくれないの!?こういう時に助け合うのが友達でしょ!?まして同じ母親同士じゃない!」
「水臭いよあんた!!ほんといいかげんにしないとうちらマジで怒るからねっ!!!」

(え~もう怒ってますやんwww)とか思いながら私はそのツレらの言葉に不覚にも泣いてしまい、そしたらツレらが
「いちごはうちらが面倒見る。幼稚園にも通わせる。だからもう今すぐこっちに帰してやんな!なんなら迎えに行ってやるよっ!」
と、女前なことを言ってくれたんだがさすがそこまで甘えることは出来んし、でも旦那は「繁盛期で仕事休めへん」と言うので
それはオトンに頭下げて頼んで、ほなオトンが広島まで行ってくれてその足で折り返し埼玉まで、いちごを連れて帰って来てくれた。


「ままーーー!!! いちごがきたよーっ!!!」


「大きな声を出したらあかん走ったらあかん」って言うてる病院の廊下をそうして遠くから叫びながら走ってきて、
「毎日描いてたママと赤ちゃんの絵」と一緒に私の胸に飛び込んで来た、もうじきお姉ちゃんになるけど「まだまだ小さないちご」。



話かなり戻って、「ファイバー ~からの喫茶室」。



あ~~、そやったな~~~。 あの時はほんまもう何もかも大変やったな~~~。
いちごも頑張ってくれたけど、ももも、あの手術やら切迫早産やら乗り越えて頑張って生まれてきてくれて、
でもそこに行き着くまでにもうほんっま、いろんな人に助けてもらったなー。ほんで今でもそれはそうやしなー。
あいつら、そうしてもうあちこちに「お父さん」「お母さん」がいるしなー。
「神様はその人がこれを乗り越えられると思うからその試練をお与えになる」って言うけど私の場合は違うと思う。
私の場合は、神様が私にお与えになったその試練について、
「ここでこいつをコケさせてたまるか!っていう周囲・仲間の試練の乗り越え力が凄いだけ」で、そのことで
「私がその試練を乗り越えた」っていうそれは結果論的な話になっているだけで、ほんまはもう全部「仲間の力」やねん。
なあ、オカン、どう思うよ?なんか言うてくれよ。


…返事がない。ただの屍のようだ。



と、そうした感じで、私は今回もその喫茶店で「リセット・リスタート」をしてきたのでした。
願わくばいつか、「ファイバー ~無しで 喫茶店」に行けたらいいな、と思います。



[ファイバー ~からの喫茶店。その・2]の続きを読む
スポンサーサイト
  1. 2011/09/21(水) 01:39:56|
  2. 闘病?ネタ

ファイバー ~からの喫茶店。その・1

さて。


今日(もう昨日やけど)は、一年ぶりの大腸ファイバーの検査でした。

その検査のことに関しては、毎回まあほぼ一緒なんで、この記事 をお読みください。

ただ、今日はもうどうしても途中からが痛くて痛くてチューブが通らなかったので大腸の4分の3ぐらいまでしかいけませんでした。
主治医と看護師さんが上から腹を押さえつけて、腸の引っかかってるとこを押し込んで押し込んで頑張ってくれはったのに
でもどうしても、今日は「その先」からが全然もう通らなかったので、私は「難病認定を受けてる身」として申し訳なくなった。
この病気になった頃は「自分のこと」しか考えてなかったけど、五年も患っていると「医学会全体のこと」も考えるようになる。
「私が治ればほんまに凄い」、でも私が治らなくても、「私が状態・経過をしっかり見せること」で、私の後輩が治るかもしれない。

よって検査後、主治医に「例えば私に全身麻酔をかけてもらって隅々まで検査してもらう、とかはどうでしょうか?」と聞いた。

すると主治医は、

「う~ん…。麻酔検査も良し悪しがあってね…。痛いっていうのは言い換えれば危険信号やから、麻酔で眠らせてりちさんにその危険信号を感じとらせないまま画像の見た目だけで判断して無理やり通すと、腸が破れてしまう危険もあるんです。特にりちさんの場合は以前しはった手術で中がところどころ癒着して狭くなってるから。それに検査中は麻酔が効いてるけど家帰って麻酔が切れたら、検査中は麻痺させて通した部分に激痛が襲うこともある。入院してるなら僕らもすぐ対処できるけど家で一人でいて、そんなして動けなくなったら大変でしょ?子どもさんのことだってある。だから、僕はりちさんには麻酔を強いてまでの検査はしたくないんです」と言った。

「私個人のこと」もいろいろ考えてくれてはるんやな~と思った。


「当たり前です。」 って怒られるかもしれんけど。 


なんか、ちっともお役に立てなくて、なんかほんますんません。
「ゆくゆく癌化することが多い」と言われてるこの病気六年目の状態、じっくり見たいやろうに、なんかほんますんません。


話進んで。


昨夜(検査前夜)、私が大人のくせに「明日の検査いややなーいややなー」と、独り言で愚痴っていたら、
いちごが「ももちゃん、ちょっと…」と言って、ももを連れ去って子ども部屋に行ってしまったので、
「うはw ヘタレな泣き言いうてるオカン、なんか見捨てられたぞいよいよww」とか思っていたら
だいぶしばらくして二人が居間に戻ってきて、「ママ!はい、これっ!」と言って、どう見ても手作りのお守りをくれた。

お守り

いちご「前にシュシュを作った余りのきれやけどごめんねwそれと急いで縫ったからヘタクソやし、あんまりじっくり見んといてw」
もも「中には、ももちゃんがかいた絵がはいっていまーす!でもそれはまだ見たらだめでーす♪」
私「まだ見たらだめなんや?」
もも「だめだよおー!!ママがけんさで、ほんっっっとにしんどくて泣きたくなったときに、見てくださーい♪」

おまえらそれは「はじめてのおつかい」の見すぎやろwwわしゃ「おつかいコドモ」かwwwと思ったけど、嬉しかった。
と、こういうことが たま~に あるから、子育てって頑張れるのかもしれない。

だが実際ほんまにしんどくて泣きそうな時にお守りの中身など開封してられないので、
検査前に待合室で見てみたら、確かに、中にももが描いたらしき絵が入っていた。

絵


「ママ大すき。がんばってね!」



ご、ごめんよ…、いちご、もも…。
でもママ、今日は 横行結腸 までしか頑張れなかったよ…。




と、そんな感じで検査が終わり。


私は、院内に併設している喫茶店に遅めの昼ご飯を食べに行った。

私はこのしんどいファイバー検査後だけは、「その喫茶店でご飯を食べてもいい」と自分に許可しているんです。
いや、べつに特別美味しいわけでもないし、値段からして概ねが「業務用のレトルトか冷凍食品」やと思いますけどww
ただ、その喫茶店に私は特別の思い入れがあるんですね。

っていうのは私が通っているその総合病院はかつてオカンが入院していた病院で、何度も改修改築して綺麗にはなってるが
その「病院内にある喫茶店」は、「入院してるオカンのお見舞いに行った時にたまに連れてもらった思い出の場所」なんですよね。
おそらく「なんもしてやれへんから少しは喜ばせてやろう」っていう「この院内で出来ること」の母心やったんやと思います。
それでも子どもなりに気を遣ってパフェ(高い)は遠慮して頼めへんかったんで、100円のカキ氷ばっかり頼んでましたけど。
…あ、でも下の弟はいつもクリームソーダを頼んでいた気がする。今思い出したぞジェーンあいつまあまあKYやな!www


話戻って。


よって私はこの検査の後はその喫茶店に立ち寄り、

「もう私あの頃のオカンの歳を越えたんなあ」とか、
「オカンどんな気持ちでここに連れてくれたんかなあ」とか、
「ここ連れてもらうのが最高に嬉しいってどやねんwまあそれは今も変わらんけどあいつらマクド行くのに着替えよるしなw」
とかいった感慨にしばし浸り、そうして色々を「色々と」リセット・リスタートしてから家路に着くのだが、
今日はいちごとももにお守りをもらったことから、ふと、ももの妊娠中に入院した時の、色んなことを思い出した。


私は二年前にここ京都で いちごとももを置いて入院したこと がありますが、
私は以前京都から埼玉に引越して一年ぐらいの頃、当時4歳~5歳にかけてのいちごを置いて二回入院したことがあるんです。

それは今の持病が発症する前で、「次女・ももの出産入院以外」で、なんかもう「バタバタ」と。


つづく
  1. 2011/09/17(土) 02:10:19|
  2. 闘病?ネタ

すこぶる元気な安静患者・2

さて、 この 続きです。

「~てなわけで、ちょっと今から病院行くから子どもらを見ててもらいたいんやけど、なんか用事してます?」とオトンに電話したら、オトンは
「おまえ一人で行けるんか?子どもらも乗せて車で送って行ったる、今から迎えに行く!」と、10分後ぐらいに迎えに来てくれた。

っていうか、正直オトンには家で娘らの子守りしながら待っててほしかったんですよね。
何故ならばあのオッサンは病気・病院に対してめちゃめちゃビビリの怖がりなんで、不安が高じてだんだん機嫌悪なりよるんですよ。
しかも時期的にまだインフルエンザとかもあるにはあるし、夕方の救急外来とかもう絶対待つんで、オトンは確実にイラつきよる、と。
だがどうしても送って行くというので、しょうがなしにオトンも連れて(←送ってもらう分際でこの言い様w)行った。

そうして着いたかかりつけの総合病院は、さすが休診日、普段と違って暗くて静かで人がいなくてがら~んとしていた。
そのロビーの一角が救急外来の外待合になっており、私がそこで名前を言って受付をしていると看護婦さんが血相を変えて飛んできて
「座ってられる?順番が来るまで処置室のベッドで寝て待ちますか?」とかあれこれ聞いてくれたんだが、
「歩いてくる時に何回かふらっときたんですが、座ってる限りはふらつきはないんでここで大丈夫です」と私は答え、
と、そんな中、後ろの椅子でいちごとももがそれぞれのバックから持ってきた本を取り出して淡々黙々と読み始めた。
それを見たオトンが「こいつら度胸あるな~。ドキドキしてんのはわしだけか…」と呟いたので、看護婦さんはちょっと笑い、
「私よりオトンが血圧計ってもろたほうがええかもなw」とか言いながら問診表を書き、体温と血圧を計ってもらった。


…って、ね? 「元気」 でしょ?
だからほんまにね、「全然元気」だったんですよ、私は。



と、そうして30分ぐらい待って診察室に呼ばれると、担当の先生はいかにも研修医上がりたてぐらいのイケメンボーイだった。
マスクで顔半分隠れてたんで「正確なところ」はわからないんだが、医者でこれ(顔)ならモテるやろな~とか思いつつ
あ、でもこうして日曜の救急外来の当直してるぐらいやから「デートする時間なくていつもフラれる…」ってパターンかもな~とか
そんな下世話で余計なお世話なことを考えながらも診察を受けていたら、
「中で炎症が起きてるのはもう間違いないし、白血球の数値と、あと貧血の状態も見たいので採血をしたい」と言われ
採血なんざ定期健診のたびにやってるんでこっちにしたらもう慣れたことで「ああ、はいはいどうぞ」と右腕を捲ったら
横で待機していた、私と同年代かちょっと若い?美人の看護婦さんがもうすでにてきぱきと採血の準備をし始めていて
私の腕を台に乗せて上腕を縛ったあと「ちょっとチクッとしますよー」というあのお決まりの台詞と共に注射器を構えた。
まあ慣れてるとは言え、自分の腕に針が刺さるのをまじまじと見るのはあんま気持ちいいもんでもないので、私はスっと目を反らした。

看護婦さん「……はい、手の力抜いてラクにしてもらっていいですよ~」


ええっ!? てか、いつの間に???


今まで37年間生きてきた中でもうかれこれ多分50~60回は血を抜いてきたと思うが、ここまで「完全な無痛の採血」は初めてだった。
スゲー!この人マジでスゲー!!!と大感動した私は「いつ針刺さはったかほんま全くわかりませんでした!」と連呼し、
「普段お見かけしたことがないんですが平日勤務はされてないんですか?出来ればこの先もう一生あなたに私の血を抜いてほしい」と懇願し、
するとそのイケメン医師が「さすがですよね…」と、その看護婦さんをため息交じりの尊敬の眼差しで見て、
看護婦さんは「いえいえそんな…」と照れたように少し微笑みながら、またてきぱきと採血の後片付けをしていた。


よせ だめだ! やめろやめとけ、彼女に惚れちゃいかーん!
わかるけど、その「敬いと恋が一緒くたになってしまうその気持ち」は、もう痛いほどよくわかるけど、
まだ若い君が「どう頑張っても叶わぬ恋」に破れて傷つく姿など 私は見たくはないのだよーッ!





てか妄想ネタはええから早よ話を進めろや このクサレ病人!(怒)




という読者の皆さんの声がなんだか聞こえた気がしたので、ここからサクサクといきますと。


採血の結果、貧血のレベルはかなり高いが、炎症レベルはそれに相当するほどまでべらぼうには高くない。
だからここからさらに炎症が進むのか、このまま推移するのか、落ち着くのか、現時点では全くわからない。
ただ、今ひとつだけ言えることは次にまたジャーって(下血が)きたら輸血が必要になるかもしれない。
なので、このあと例えばそれは夜中でもなんでもジャーってきたら、すぐに救急車で来ること。
それと、明朝に必ず主治医の受診を受けること。これについては帰る時に受付で予約をして帰ってください。
今日は主治医がいないので、主治医を抜きにして今ここで今後の治療の方向性を決めることは出来ない。
とりあえずして欲しいことは今から絶食。ただし水分補給は絶対にしてください、OS-1(飲む点滴)を推奨します。
この絶食には二つの理由があって、
ひとつは明日直ちにファイバー(内視鏡検査)になるかもしれないのでお腹を空にしておいて欲しい。
もうひとつは出血・炎症を起こしている腸の活動を一旦休ませるためです。
新たな処方箋は今日は出せません。今、主治医から処方されているお薬をこれまで通り飲んでください。

私「ていうことは、家に帰っていいんですか?」
医師「一旦は。ただ、今言ったようにまた下血があったらすぐに来ることと明日必ず主治医の診察を受けてください」
私「そうですか!wwいや~ぶっちゃけ正直このまま入院になるかもしれんのも覚悟して来た、みたいなとこあったんでw」
医師「明日主治医がどう判断するかはわからないですけど、『今日のところは』、帰っていいですよ」
私「……。……そうですかorz」


「3時間以上待たされた結果が薬も出さんと『また明日出直して来い』ってどういうことや」と(案の定)オトンはご立腹だったが
「ごめんオトン逆にごめん私がそういう病気やねん先生も病院もなんにも悪くないねんだからごめん」となんとかなだめ、
めっちゃ不服そうなオトンにまた送ってもらって子どもらと家に帰って、
どうかまたジャーっと来ないことをひたすら祈りながら、私は朝までの時間をやり過ごした。

店(職場)には救急に駆け込む前に電話で現状(下血したので救急に行く)を伝え、
「~なので、すみませんが明日明後日は休ませてもらうことになると思うんです。診察が終わったらまた報告します」
と、明日明後日の欠勤予想の謝罪と報告をしておいたのだが、
そこでうちの敏腕副店長は(下血して二日やそこらで回復するわけがない)と機転をきかせてくれはったようで、

「…というわけで、今後のことは明日再度主治医の診察を受けてから、の話になってしまって…」

と、帰宅後にそんな恐れ多い追加報告をすると

「さっきの電話の後すぐに、向こう一週間までのりちさんの交代要員を確保したんで大丈夫ですよ。店長(休みだった)にも報告入れときました。だから仕事のことは心配しないで早く…って言うたらあかんかw『ゆっくり』良くなってください。りちさんが元気になって帰ってきてくれるん待ってますから。お大事に」

と言うてくれはったんで、私はなんかもう泣きそうになった。
っていうか私ほんま「元気」やのに仕事休まなあかんなんて、もうほんまなにこの体……。
でももう今さらそんなん愚痴ってもどうにもならないので「なるようにしかならん」と無理から開き直って顔を上げた。

幸いなことに絶食が効いたのか、それから朝まで「なんにも」出なかった。
そして翌日朝一番で主治医の診察を受けた。

このところわりといい状態をコントロール出来てたのに、今このいきなりの下血の原因がわからない。
しかも今朝の採血でも炎症レベルは(この病気の)許容範囲なのに、まだ貧血レベルは俄然高い。
よってステロイド投与は無しで(炎症レベルがそこに達してないから、逆にまだ出せないそうで)、
鉄剤のさらに上をいく「造血剤」という薬を出しつつ、薬(ずっと飲んでるやつ)を処方限界量まで増量する。
ただその限界量には投与期限がある(連続二ヶ月がMAX)ので、出来れば一ヶ月後には元の量に戻したい。
それと、この造血剤は色々としんどい副作用があるので、その副作用のしんどさと貧血のしんどさを計りにかけて
「もうこの薬を毎日こんだけ飲むのは嫌、しんどい」と思ったら、自分で少し量を減らしたりしてもいい。
ファイバーは今日はしない。今、刺激を与えると逆効果になったり腸壁が傷ついたりするかもしれないから。
あの最初の二回以降維持出来てるなら下血はこのまま止まると思います。
もし血便などがあれば受診してください。救急じゃなくても僕がいる時でいいので。
昨夜から絶食してくれてたので、今日明日は少量のおかゆから食べ始めてください。
肉と油は一週間後ぐらいに少し試みて、もしもダメなら「タイプ」が変わってるかもしれないので禁食してください。
一週間後と一ヶ月後にまた様子を見せてほしいので、予約を入れときます。

私「ていうことは、家に帰っていいんですか?」
主治医「いいですよ。 今すぐ入院しろ!って言われると思いました?」
私「そら思いますよー!だって全然元気やのにいきなり下血てこれ『ちょっと残って(=入院)くれるかな?』みたいな話になるんか?と」
主治医「うん。下血してるから貧血は仕方ないとしても、意外に元気ですもんね?」

私「やっとわかってくれる人がいた…。そうなんです、私は元気なんです!」



ただ、やっぱり事実としてこうなってしまってる以上、体の中は「何かしら」元気じゃないので、
一週間後の診察まで「自宅安静」をしてください、と言われた。もっと言うと「身体はもちろん、頭(神経)も極力使うな」と。
自宅でそれが難しいようなら、入院してもらってこちらで完全看護させてもらうしかないと。

副店長の有り難い機転により「向こう一週間休んでいい」と了承をもらってる私は即座に
「大丈夫です、自宅で出来ます。何故そう言えるかというとそれは…」と主治医にそのことを話し、すると主治医は
「理解のある職場で良かったですね~。あ、そうか、りちさん薬局勤めやもんね?それは理解もあるやろねw」と笑っていた。



てなわけで。


そうして「元気」にも関わらず一週間後の受診まで「安静」をすることになった私は、
こんなん言うたらあちこちから袋叩きに合うかもしれないが、ぶっちゃけ、「かなり暇」だった。

すこぶる元気なのに「身体と、さらに頭も休めなければいけない」ということになってしまい、ただただ家で昼寝とかしていた。
「仕事一週間休んでんのに(体動かしてへんのに)昼の日中に昼寝なんかできるかボケw」とか当初は思っていたけど
意外と目を瞑ればもうなんぼでも寝れて、目が覚めたら夕方の4時!っていう日もあったんで自分でもビックリした。
そうした昼寝に飽きたら、好きな作家さんや芸人さんの本(緩~いエッセイ)とかを布団で読んだりしていた。


そして主治医の「考え」は色々当たっていた。
一週間の安静の間、一回も下血はなく(止まった)良くなる一方、造血剤の副作用はだいぶしんどかった。
絶食以降、少量のおかゆしか食べてなくて食が細ってるところに副作用の食欲不振が重なり、
食べる気がしないのでほとんど食べなかったら、一気に顔がコケて体力がなくなってきて台所でふらつくようになった。
でも私は「一週間後には絶対職場復帰する」と自分の中で決めていたので(これ以上体力が落ちたら復帰した時にしんどい)と考え、
主治医に言われていた通り、有益と副作用を計りにかけ、自己判断で造血剤を減らして副作用を回避し、極力頑張って食べた。
「仕事のことは忘れておいていい」と副店長に言われていたのでシフト表も一切見ないようにしていたんだが、
日替わりで毎日入れ替わり立ち代わり、上司や先輩や後輩や同僚から
「りちさん大丈夫ですか?なんか欲しいもんあったら届けるから言ってくださいね」とか、
「りちりち元気だせよ!待ってるんだぜ☆ それと、誕生日おめでとーさんです♪」とか、
「あんたもう~~~ビックリしたわー!どやさー?ゆっくり休みよしや~?」とかそんなメールや電話が来るので、
シフト表を見なくても逆に「今日は誰々が出勤してるのか(朝礼で私の病状を店長・副店長から聞いた?)」がわかり、
なんで私はこんないい人・ええやつばっかりに恵まれてるんやろう?私はラッキーすぎる、と思った。

あ、あと今回のこのことはツレには一切言うてなかったんだが(何故なら私は「元気」だったので)
「ブログの更新が(変に?)止まってるからおかしいと思ってたら、やっぱりか!w」
と、とあるツレにはなんか見抜かれていたようで、そうして笑いながらもちょっと怒られた(爆)
あいつもほんまええやつよなー。ラッキーすぎる自分がもうほんま怖いわ。
ってそう思うと逆に、難病の一個や二個持っててちょうどプラスマイナスゼロなんかもわからんな、とか自分で思ったり。


話戻って。


一週間後の受診で、私は「安静」が解けた。

下血・血便(主観的異常)、なし。
採血での貧血・炎症レベル(客観的異常)、なし。
原因の究明と今後の対策については今だ未知だが、それは追々またやっていくとして、
現状MAX量の薬を減らせるかどうかのことはまた一ヶ月後の宿題としておいて、とりあえず、
あなたは「いわゆる緩解(寛解)状態」になったので、今まで通りの生活に戻していっていいですよ、と。


「助かったーーー!!!」


と思いました。


この病気になってから、これまで何度か悪なって、良くなる度に「助かった!」と思ったことはあるけど
今回のはもうほんま自覚症状というものがほとんどなかっただけに、
私自身が一番、自分の身体が持ってる力(免疫力)を信じて祈るしかないみたいな感じやったんでね。
生きてるねんけど生きてる心地がしなかった、そんな感じやったんで、「勝った!」よりも「助かった」と思った。


と、まあそんなことがありました、という話でした。


あ、今?今はもちろん元気ですよ?てか、だから何回も言うてるやんか、逆にもう言わすなよ!


私はずっと「全然元気」やったんや、っちゅうねん!



[すこぶる元気な安静患者・2]の続きを読む
  1. 2011/02/27(日) 01:31:29|
  2. 闘病?ネタ

すこぶる元気な安静患者

さて、二編に渡った先の記事(走るいちご~第一章ファイナル)に、いささかのタイムラグがあったのには理由がありまして。

忙しかったから?
いいえ。
それは何故なら、私はまたしても闘病生活をしていたからです。ていうかもっと言うと「安静命令」が出ていたのだ。

今回の「それ」もまた何の前触れも自覚症状も一切全くなく、起きました。

…以下、「血」とか弱い人は目を細めて斜め読みするように。
あと、今このどんつき~を飯食いながら読んでる人、「お行儀がどーの」の話でなく、食い終わってから読むように。


てなわけで。


それはとある日曜日の午後3時頃のこと。

特にお腹が痛くなったわけでもなくただなんとなく、ほんま、「なんとはなく、小」の感覚で私はトイレに行った。
そうして座ってしばらくしたら、ジャーっと勢いよく出たんだが、どうも「違うほうの穴から出た」感じがしたので
「んん?下痢か?お腹痛くもないのに?」と思ってちらっと後方下部の「溜まり場」を見たら、何故か水が真っ赤だった。
血便を通り越してもういわゆる下血というやつですな。


えっ、 なんで???


というのがその時の感想だった。


私は消化器系の病気を患っているので、その持病が悪化する時は大概腹痛を伴い、
また、何らかの前兆や予兆があったりとか、なんしか徐々に症状(経過)が悪くなっていくことが多いのだが
今回のいきなりのその状態にはもうマジで「なんで?」と、逆にこっちが質問したいぐらいだった。

どっこも痛くないし。
全然元気やし。
なんもヤバイもん(*)食べてないし。

*ヤバイもん、とは*
消化器系の病気は病気なんですが、私の場合は日頃から食べたものによる変調がほとんどと言っていいほどない。
私と同じ病気を患ってる人の中にはそれら食べたものがテキメンに症状に現れるタイプの人もいるようで、
そういうタイプの人は調子のいい時でもずっと日々の食事(食品)制限が細かくあったりしてだいぶ辛いらしいが
私の場合はどうも「食べたものはあんま関係しないタイプ」らしいので、ビール飲んでもキムチ食っても全然平気なんだが
ただ、そんな私にもいくつかは「食ったら100%弱る(=ヤバイもん)」があるので、それらは一切食べないようにしている。
一例としては、レトルトじゃないカレー、背油スープのラーメン、など。
余談だが、「背油スープ」と謳っているが実はそんな手間暇かけてない「いんちきラーメン」はりっさんにはお見通しだ。
何故ならば、ほんまにちゃんと「背油スープ」を使っていたら、私はもう一発でお腹を下すからだ。
同様に、「仕込みから煮込み上げまで丸一日かけている本格カレー」も、私の腹にかかれば一発でその嘘を見抜けるのである。


って だからなんやねん?て この悲しい大威張りはwww



話戻って。


そんなハテナマークだらけの頭で私が次に思ったのは「え、どうしよう」ということだった。

去るあの最悪の劇症期、2007年5月のことが思い出された。
本来ならば入院しなければいけないところを無理から「外来処方MAXのステロイド処方」をやったあの怒涛の日々のこと。
テキメンに効いたけど副作用にさんざん悩まされ、そしてそれを辞めていく過程がとにかくとにかくもうしんどかったこと。

…って、またあの事態になる?
でも半年前に続いてまたいきなりの下血はもう「外来でなんとか」は無理かもわからん…今度こそ入院かも…。


私自身(自認)としてはもうすこぶる元気なのだが、こうしてはっきりと「下血」という事実を叩きつけられてしまった以上、
私の自覚がある・ないに関わらず、私の腹の中では何かが確実に起きているのだ、しかもそれは悪い方向で。

だがどうしてもそれを認めたくなかった私は「どうか見間違いであってほしい」と祈りながらそれを抹消し、
もう何事もなかったかのようにトイレから出ると、彼氏さんが台所の椅子に座って携帯でメールか何かを打っていた。
私は今しがた起きたことを赤裸々に彼に話すべきか迷った。
何故なら、彼は一時間後には仕事に出ることが決まっていたからだ。
もし例えば私が今ここで

「いや~まいったよ、かっちゃん。なんかいきなり下血してやがんのw」

とかリアルに現状を報告しようものなら、彼はそのことを放ってはおけないだろうし、
だが、私が今病院に行くとなると子どもらはどうするのか、でも自分は仕事には行かないといけないし、で
平和なはずの日曜の午後がいきなりなんかもう途端に忙しい気持ちになってしまうだろう。
と、そんなこんなを考えつつ、
でも、もしこれから自分の意図とせずこのことがますます悪化の一途を辿っていった場合、
今回のことは私も全く今後の予想ができないことであるだけに先のことは私もかなり不安で、
もしも、もしもだが、この先もっと私の状態が最悪なことになっていくのだとしたら、
彼氏さんにはまたなんらかの迷惑(主に子どもらの家庭での保育)をかけていくことになるかもしれないので
一応の前情報として私は、「ちょっとお腹の調子が悪いっぽい」みたいな報告を彼に薄っすらとしておいた。
彼氏さんは「そうなんだ?それは大事にしないとね。ゆっくりしてなよ?」と私を労わりつつも、仕事に行った。


そして、彼氏さんが出かけたその10分後ぐらいに今度は明らかな便意をもよおして、私は再びトイレに行った。


「ここが勝負どころやぞおまえ(=腸)! 半ケツ…いや、判決はここで出る!w」
と、この詰まった状況でそんな最低な下ネタが浮かんでしまった自分がもう嫌になったのだが、
結果はまた「ジャーッ」で、しかもクロではなく、さらに真っ赤だった。
もうすでに「溜まり場」に溜まり血吹雪を上げているそれらをすくい上げて計ることはできないが、
強制削除した一回目のアレとトータルしたら「500mlの午後の紅茶(ストレート)」は完全に越えてる総量だった。




即入院。



という三文字が頭をよぎった。



っていうか逆に言うと、今「病院」にさえ行かなければ「入院」もそれは絶対ありえないわけで、
だから「入院」を回避したいなら「病院」に行かなかったらそれは確実に回避できるやん、と私は思った。
「私だけのこと」で考えるなら、「私は今、入院したくない」ので、病院に行かないという選択も出来る。

根本的に「だいぶかなり間違っているセルフメディケーション」の考え方なんですけど。


でも、いや「ちょっと待てよ?」と思って。


私は入院は絶対したくないし、医者にかかる時間もあんまりない。
なら、家で自分でなんとか治していきたい。治らなくてもマシになりたい。何故ならば、子どもと一緒にいたいし。
でも、それはこの病気の根絶にはならないし、「今だけ」逃げてるだけのことに過ぎないし、もっと言えば、
この病気になったからにはこの病気自体が解明される=いつかこの病気が特定疾患(難病)ではなくなること、
に身を尽くし、「この事例」を医学界にありのまま提供するほうがいいのか?と、私は真剣に悩んだ。


よって、私は、私の娘であるいちごとももにそのことについてどう思ってるのかを聞きたかったので、聞いた。


私「今しがた二回続けてめっちゃ血が出たから、ママは今から病院に行こうと思う」
いちご「日曜やのに?」
私「日曜やけどな」
い「ママ…そんなにしんどかったん?」
私「何にもしんどくないねんけどなー。ただ、この出血量から見て即入院になる可能性はあるかもしれん」
もも「ママ~~~しなないでー(泣く)」
私「死なへんよwww」
いちご「K兄(彼氏さん)は?」
私「K兄はお仕事です。だからママはこれからお爺ちゃんにこのことを伝えてママが病院に行ってる間あんたらのことを見ててもらえるようにお願いして、それからママは病院に行こうと思う。ただそうして病院に行ったら、もしかしたら、そのままママは入院になるかもしれん」
もも「ママ、にゅういんするの?」
私「したくはないけどな」
いちご「入院したらママの病気は治るん?」
私「入院してもすぐにママの病気は治らんと思う。でも、もしかママが入院したことでこの病気のことは何かわかるかもはしれないかもしれん。今はなんもわからんし、なんとも言えん。ごめん」


いちご 「まあ、明るくいきましょうよ! まだ何もわからへんなら!」

もも「ママはなおるの! だって ももちゃんのだいすきなママやもん♪」




なんか、「ガーン」って、きてね。


「難病認定」受けた時点で私の中に「もう治らない病気」みたいな自認があったんかなと思って。
この病気と一生付き合っていかなあかん諦め、みたいな。

この病気(持病)に対して私はどうしても後手後手の消極的な感じになってしまって、
この病気(難病)に対して私は「自分はたくさんの患者の中のひとつのタイプ」と思ってるけど、
でもこいつら(いちごともも)は、「うちらのたった一人のオカンは奇跡を起こす!」って信じきってるわ、って思って。

てか、思い起こせば、私も「オカン(特定疾患持ち)」のこと、そんなふうに思ってたしなー。




ならば、「ここ」で私が食い止めたる。

自分治って、さらには「概ね治りそうな病気」にまで、なんか持っていったる。





てなわけで。



共に闘う総合病院の救急外来に電話した。
日曜やから主治医の先生がいないことはわかってたけど。


私「○○の特定疾患でお世話になっているカルテ番号何番のりちというものですが。主治医は消化器内科の○○先生です」
看護師「どうされました!?」
私「突然下血したのですが量が多かったのでどうしたものかと思って。主治医のいる明日まで受診は待ったほうがいいですかね?」
看護師「下血!?どれぐらいですか!?」
私「目測ですが、500mlほどかと」
看護師「他に何か症状はありますか?」
私「それが全くないんですよ」
看護師「動けるようなら今すぐに来ていただきたいんですが来れますか!?」
私「わかりました。なるべくすぐ行きます」
看護師「救急車で来られるなら必ず病院指定してください!東側に車椅子を用意しときますので!」
私「え、救急車!?車椅子!?そんなんそんなん、タクシーかなんかで行きますし、あの、ほんま全然大丈夫ですから!」



ひとつだけ思ったことは、


こっちも命懸けやけど、あっちも命懸けてはる。



かくして私は、「すこぶる元気!」なのに「その急変?」で、日曜午後の救急外来を受診したのでした。


続く
  1. 2011/02/24(木) 03:39:47|
  2. 闘病?ネタ

内出血との戦い

さて。

闘病?ネタが二回連続で続きますが、
先日の記事「知覚過敏との戦い」を書きながら、実は私は知覚過敏とは別の痛みとも戦っていたのだ。
二つの痛みと同時に戦いながらどんつきを書くなんて…!

りっさん…。あなたはなんて強靭な魂の持ち主なんだ…!

って誰もそんなん言うてくれへんやろから、逆にもう自分で言うたった。

つーか、もっと言うたら実はうちの下の娘(ももちゃん)も、あの日戦っていたんですけどね。

今週明けてすぐ、ももが熱出したんですよ。
運動会(練習及び本番)の疲れと、最近の寒暖差で体調崩して風邪をひいたみたいで。
38度7分とかの結構な高熱が出たんで当然学校は欠席、それに伴い、私もシフト代わってもらって休ませてもらって
熱も下がって回復したんで登校再開したら、二日後ぐらいにまた学校で熱上がったとかで、学校から強制送還の電話があって
またしても、「すんませんすんません」言いながら、急遽シフト代わって休ませてもらったりして、ちょっとバタついていた。

ただ、今流行の風邪は熱はめっちゃ出るがそれ以外の症状は特にないものが多いようですね。
担任の先生からももにいただいた励ましのお手紙によると、今週はクラスでも何人か熱で休んでたらしい。
ちなみに三歳の甥っ子(下の弟・ジェーンの息子)も先々週風邪引いて数日保育園を休んだがわりと元気だったそうで
ももも、普段よりはちょっと落ちたが食欲もあって水分も取れていたので、そこそこ元気だった。
余談だが、
今年の秋冬はインフルエンザの流行以前に、例年に比べて風邪がめっちゃ流行るかもしれないというデータがすでに出てるんで(薬屋情報)
特に、受験生をお持ちのお宅は子どもさんの体温アップ(基礎体温=平熱が上がると自己免疫力が抜群に上がる)に努めてあげてください。
温かい紅茶にすりおろしたショウガを入れた「ショウガ紅茶」を毎朝飲ませてやるだけでも確実に体温が上がってきます。
生のショウガをいちいちすりおろすのがめんどくさかったら(効果はほんの若干落ちるが)市販のチューブ入りのショウガでもいいし、
紅茶も、別にリ○トンとかフォー○ョンとかでなくても、スーパーで売ってるような安売りのティーパックで充分なんで。
あと、今年のクリスマスに勝負しようと思ってる若者たちも是非お試しを。免疫力が上がったら、万が一風邪ひいても早く治るんで。

話戻って。

まあそんな感じで今週はももの様子を見ながらわりと夜中まで起きていた。まあ普段からわりと夜中まで起きてますがw

ももぐらいになるともう赤ん坊の頃みたいにずっと夜通しついてなくても大丈夫なんだが、
高熱で大汗かいて夜中に目覚めて、自分で勝手に着替えてまた寝るレベルにまで成長した上の娘(いちご)と違い
いかんせん、一年生のももはまだ熱が上がりきって汗びっしょりの状態でもそのまんま寝てしまってるので
「ももちゃん、汗かいたからお着替えしよか~。そのまま寝てたら、今度は汗が冷えて寒くなってまたお熱が上がるよ~」
とかのアプローチを、まだまだこちらからかけてやらないといけないわけなんですね。

で、せっかく(?)起きてるのでどんつきでも書こうと思って時計を見たら23時40分だったので
日付が「10月1日」に変わる前の最後の悪あがきで、私はコンビニにタバコを買いに行くことにした。

子ども部屋をそっと覗くと、もももいちごもぐっすりと寝ていたので
そっと部屋の戸を閉め、玄関の鍵をかけ、エレベーターで下まで降りて自転車置き場に急いだ。

ほんなら。

マンションの自転車置き場に停めてある十数台の自転車の半分ぐらいが
もう、見るも無残な形でドミノ倒しになっていたので私は呆然とした。


そして私の自転車もその大惨事に巻き込まれており、それらを起こすことを考えてうんざりしてしまった私は

「いい機会やから行くのやめ(もうタバコやめ)ようかな…」

と、そう一瞬思ったのだが、だが何故かそこで、
歳を重ねてもうとっくに消え失せたはずの、私の元来の反骨心がムクムクと目覚めてしまったのである。


つーか、逆になんでこんなことでやめたらなあかんねん?
この程度のドミノ倒しがなんぼのもんじゃ!!!



今思うともうアホとしか言いようがないのだが、
そうしてアドレナリン満開になってしまった私は、文字通り「片っ端から」倒れた自転車を起こした。
中には、自転車を停めるストッパーが横の自転車の後部タイヤに絡んだ状態で倒れているものもあり
なんか「めっさでっかい知恵の輪状態」になっていたりして、薄暗い自転車置き場でのそれはちょっと大変な作業だった。

っていうか、そもそもうちのマンションの自転車置き場には屋根も囲いもちゃんとあるので(大家さんありがとう)
少々の強風でもこんなことにはならないし、そもそも今日はそんな強風すら吹いてはいなかった。
よって、この現状は天災ではなくもう明らかに人災(人為的な災害)であり、
ということは、これを「犯った」のにこのことに修復もしないで「ほっといた」やつがこの世のどこかにいるのだ。


コナンくん! ちょっと今すぐこの現場に来てくれ!


だが、小学生のコナンくんはもうとっくに寝ている時間なので、
そして、グズグズしていたらほんのちょっとの時間差で(日付が変わって)タバコが値上がりしてしまうので、
「くっそー!私は低きには流れへんぞ!例え誰も見てへんかっても、逃げたらあかんことからは逃げたらあかんのじゃ!」
とか、そんな独り言をブツブツ言いながら(←ヤバってるひと@いちご口調)倒れた自転車を起こしまくった。

と、そうして複雑に絡んだ自転車を起こしてる最中、私はバランスを崩して自転車を抱えたまま倒れた。
倒れた方向は左側なんだが、両手が不自由な(自転車持ってる)体勢で咄嗟に変な受身を取ってしまったのか
左肘にまず軽い痛みと、そしてそのまま柔軟に倒れたらおそらく左脚膝か脛の外側を続けて打つはずなのに、
何故か、続けて「左膝の内側」に、もの凄い激痛を感じた。

あまりの痛さに正直ちょっと泣いてその場にうずくまったんだが、
「だがここで泣いていてもそれはなんの問題解決にもならない」と、私は自分を奮い起こし、
左脚膝内側の激痛に耐えながら、歯を食いしばり、脚を引きずり、なんか半泣きになりながら、
私は見事、倒れていた自転車を全部立て直し、さらには15センチ幅の等間隔にそれら全てを並べ直しきったのである。


てなわけで。


全うしきった私は爽快な気分で(でも脚めっちゃ痛い)自転車で近所の馴染みのコンビニにてタバコ一箱を購入し

レジの兄ちゃん「(時計見て)まだ間に合いますけど、カートン買いはしとかなくていいですか?在庫ありますよ?」
私「したいとこやねんけどな~。無い袖は振れへんからねw……ただまあ、10月入ったら私はタバコやめるからね」
兄ちゃん「あ、なるほどww……では、来月もまた、お越しをお待ちしてま~すw」
私「www てか、あんたうちの店来いw」


という軽いトークなんぞをした後、
家に帰り、依然として痛い「左膝内側のこと」を、履いてたジーパンを脱いで見てみたら
「手の平を思いっきりパーにしたぐらいの広範囲」が、全て赤紫色に変色していたので「ゲッ」と思った。


数年前から、なんか知らんけど急激に血管がもろくなってきた私は、
現状、感情込めて拍手をしただけで手の平の血管が切れて内出血してまうほど、血管(の壁)が弱いのです。
だから普段は極力その弱い血管を気遣って生きているし、腕相撲とか絶対しない。

だが、もう今こうして「自分が譲れなかったこと」による不慮の事故によって、
中で血管が切れてしまったものは今さらもう仕方がないので、
とりあえず打撲についての炎症だけは湿布で抑えようと思った。

だが、そんな広範囲をカバーできるサイズの湿布が家になかったことと、
もし仮にあったとしても、膝下(屈伸部)を一枚で覆うのは無理だ、と結論付けた私は
サロンパスサイズの湿布(効能は同じのジェネリック薬剤)を6枚継ぎはぎする形でその箇所の炎症を覆った。

ぐっすり寝ているももを起こさないよう、何度か熱を計りつつ、
先の記事「知覚過敏との戦い」を更新した後、
寝る前にもっかい湿布を貼り直しておこうかなーと思って、湿布を剥がして「その状態」を見た。


すると、そこには約5ミリ間隔の赤紫色のミミズ張れ様の紋様ができていた。


てか、何これ?だいぶきもちわるいんですけど。何この脚。


「てか、棚田???」


…。
……。
………。


そうか、わかった!
あ~~~!ヘタ打ってもうた~~~!!!



要はりっさん、
その内出血し始めの時に湿布を貼ったまではいいが「膝を曲げた状態(立て膝)」でそれを貼ったんですよね。
で、その後、膝曲げてる状態では痛いから、痛みがマシな膝伸ばした状態でずっといた。
その間に、「湿布の弛んだその部分」にドバっと内出血した血が集まって、
なんかこのような奇妙な紋様を描き出すことになってしまったのだな…。


っていうか。


内出血した血液はそのうち皮下内で淘汰されていくやろうけど、
この「見た目」の色素沈着が元に戻るかどうかは、それは正直微妙なとこなんですが。


頑張れ!りっさんのターンオーバー!!!



この後、おまけで「りっさん左脚のグロ画像」をアップします。(期間限定)
痛々しいことに耐性のない人は、絶対に見ないように。



[内出血との戦い]の続きを読む
  1. 2010/10/03(日) 00:35:37|
  2. 闘病?ネタ
次のページ

プロフィール

Author:りっさん

京都に生まれ京都で育ち、          放浪の末、京都に舞い戻った女

最近の記事

カテゴリー

FC2カウンター


無料カウンター

月別アーカイブ

よりかね(双子) です。

クリックしたらなんかしゃべるよ。

RSSフィード

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。