どんつきを右に曲がって左のかどっこ

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オトンと出戻り娘@同居

私はだいぶ親不孝な娘やと思います。
若い頃にヤンチャした云々の話や無しに。
てか、それもやけど、
親っていう生き物は、子どもが未熟な頃のヤンチャとか、
成人してからもどっちつかずでどうのこうの、っていうのは、
子どもが結婚した時点で一旦リセットされるらしい。

「そんな時代もあったね」と。


それを踏まえて、なお、私はだいぶ第二段階で親不孝な娘やと思います。


学生の頃は、「おもろかったらええねん」でやりたいことやってきて、
働くこと好きやしバイト満開してたから、お金のことでは迷惑かけへんかったけど
逆に「高校生の女の子が何時までバイトしてんねん!」って心配もかけたし、
就職が決まって、卒業した直後には、
「家が狭いから、私がいたら、思春期の弟二人に自室与えてやれんから」
って、自己判断の自己完結の自己決定で、
高校の時のバイト代の貯金で敷金礼金払って、卒業と同時に勝手に家を出て。

一人暮らしのマンションがわりと近かったんで、
朝、出勤前には必ず顔見せるっていう最初の約束もいつしか破って、
仕事にのめり込んで、色んな恋をして、遊び歩いたりもして、
休日の夕方にたまにちらっと実家行って「生きてまっせ」言うて、
なんかオカンに、一人暮らしでは食べきれんぐらい野菜貰って帰ったり。


そうして、四年間の一人暮らしで色々あって、
やっと実家に帰るも(オトンと改築費用折半で二階を増築した)
一年ちょっとで、ある日いきなり「彼氏と同棲します」言うて、また家出て、
「結婚します」言うて、婚姻届にサインしてもらって子ども産んで、
初孫の顔を見せて、オトンオカンを喜ばせるも束の間、
オカン持病悪化して、嘘みたいにドラマみたいに突然亡くなってしもて。
オカンおらんなったオトンの唯一の救いはたまに会う孫(私の娘)やったにも関わらず、
オカンおらんなって一年半で、私は、
「ごめん。うちら、旦那の転勤で関東行く」言うて、
娘の幼稚園の異動手続きもちゃっちゃと済ませて、一ヶ月後には京都離れて。

それから四年間、関東で、
手術したり切迫早産でギリギリで二人目のチビを産んだりでさんざん心配かけて、
挙句の果てに「離婚するわ」言うて、また実家帰ってきて。
しかも二人の子どもと、特定疾患(私のな)持参で。
さらに私、今、「生活力つけていつかここを出ていく」宣言してるし。


そんなアホで自分勝手な娘やのに、オトンは、
自分の煙草買うついでに、私の煙草も買ってきてくれたりするわけです。
「今夜は風が冷たいから、外出たら、おまえ風邪引くから」とか言うて。

もう、三十路とうに越えた、子ども二人いてる「娘」やのに。


いずれは、オトンは、
うちの弟(長男)夫婦と一緒に暮らすことが大よそ決まっています。
弟と嫁さんは、そのつもりで生活設計してる。

でも、オトンは、うちに来る人来る人に
「やっぱり、娘が帰ってきてくれて良かった。血の繋がった俺の娘や」とか言う。

人前では、
「おまえの好きなようにやれ。いつでも出て行け~どうぞご自由に」とか言うくせに、
二人で飲んでると、
「俺はおまえと暮らすのが一番ラクやわ。おまえキツイから、喧嘩になると激しいけどな」
とか言う。

その言葉を聞くと、私はなんか、躊躇ってしまう。


これって、「異性の親子」やから、なんかな。

例えば、オカンやったら、二人で飲んでても変わらず「好きなようにやれ」って言うたと思う。

そして私も晩年一人でいても、娘らには「好きなようにやれ」って言うと思う。


こないだ、飲み会の時、そんな話をしてたら、ツレが
「親が心配で出れへんっていうのは、親(オトン)じゃなくて子ども(私)が弱いからや」
と言っていた。

確かにそうなんかもしれん。

私がおらんなったらおらんなったで、オトン、何とかしよると思うし、
まして私は一人娘ではないですから。
「お姉は子ども二人を育てていくことに邁進したらええ。親父は俺が見る」
言うてくれる力強い弟が、弟らがいるんですから、
何も一人で背負うことはないんやけど。


めちゃくちゃ贅沢な悩みなんわかってますけど、いつかまたこの家を出たい。
鬼畜娘って言われてもかまへんから、自分で、自分らの幸せを掴みたい。

それも踏まえて、今、ここにいる間は、
なんか宴会とかやって、オトンのテンション上げてやりたい。
自分の友達を呼んで宴会するような馬力、もうオトンには無いですから。
てか。
オトンの友達・同世代の人らはみんな、
子どもがそれぞれ結婚して独立して、やっと夫婦水入らずで旅行とかしてはるから、
その相方がおらんオトンを、なんかアゲアゲにしてやりたいなと。

女は強いからね、いくつになっても女友達と飯とか旅行とか行くけど、
男が一人残るって、よほど何かで強くならんと厳しいんやな、って思う。



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  1. 2007/03/28(水) 01:43:43|
  2. オトンネタ
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お笑い洗隊T&R 中編

昨日の昼、ポストに入っていた一通のプリントを見て私は愕然とした。
それは娘の学校の先生の離任式・着任式のご案内だったのだが、
なんと、離任される先生の中に思いきり校長先生の名前が載っていた。

おい。

つーか、 ちょ、待てよ!!! (キムタク風)


えええーーーっ!(校長)先生汚なーっ!聞いてないぞ、私は聞いてない。
ちゅうか、「元担任からのお願い」だか何だか言うて、
京都帰ってきたばっかの私をPTA本部に引きずりこんだん、
(現校長・元私の担任)先生やんかあっ!
本部の人、だ~れも知らんけど、てか、年間行事の流れも何も知らんけど
(娘は去年の秋から転入したからね。まだ一年も通ってないのだ)

先生(現校長・現場叩き上げ組のバリバリ女性教諭・遥か昔に私の5~6年の時の担任)
が、居てはるんやったら、と思って受けたのに。

もお~~~頼むわあ~って思ってたら、会長さんから離任式に出てくれと通達がきた。
なんか、離任される先生に本部役員から花束を渡すとかで、
今回、離任される先生が多いので、花束渡す側の人数が足りないらしい。
上の娘は当然登校するのでいいんやけど、問題は朝早よからチビ預けるとこがない。
奉仕活動で自腹切って一時保育に預けてまで…って、ちょっと違うと思うし、
「どうしてもどうしても人が足りないようでしたら何とか当ってみますけど…」
と、一旦断って、
でも前日の夜になって「やっぱり人足りない」言われても、どうにも無理なんで、
なるべく早く連絡してほしいです、と告げた。
で、結局「なんとかなりそうです」って返答が返ってきたのですが、
個人的にはホンマは、出席して、先生に物申したかった。
「先生、私をはめましたね?」と。爆

てか、子どもの頃お世話になった担任の先生と、
先生・生徒でなくて、先生と保護者として、色んな話をしてみたかった。
尊敬する先生でしたから、そのことが残念でなりません。
先生に聞いてみたい。
「私が帰ってくるって、もっと早くにわかってたら、あと一年ぐらいおってくれた?」と。
「いや、なおさら去ったな」言われたりしてw
情に厚く、笑いにも厳しい先生でしたからね。ほんま、おもろかった。



さて、お笑い洗隊のつづきです。
なんか変な主題歌までできてるみたいですけど…。


Tちゃんと私はまず、親方に、清掃作業にかかる優先順位を確認した。
職人さんらの取り付けの順番とかあるでしょうから、
「あ~、先にこれを上げてほしかったのに、そっちからやってしもたか~」
みたいなことが起きると非常に効率が悪いんで。
親方は「ほなまず、これ(蛍光灯付ける本体)からいってもらおか」と言い、
水濡れ厳禁なそれに誤ってバケツの水ひっくり返したりすることのないよう
細心の注意を払いながら、クリームクレンザーをつけた雑巾で拭き掃除に着手した。

落ちねえぞ、これ。

早くも1本目からくじけそうになった。
油汚れだかヤニだかわからんが、何か黄色い色が全然取れねえ。

私 「なんか…。もう変色が沈着してるよな…」
Tちゃん「うん…。でもな、真っ白になるやつもあんねん、ほら」

Tちゃんが見せてくれたそれは、ホンマに真っ白に汚れが落ちていた。

この違いは、なんでや?この食堂で何が起こっていたのか。
頭の中に食堂の雰囲気を思い浮かべる。
さっきちらっと扉の貼り紙みたら「禁煙」って書いてあったけど、
あの紙の白地の新しさから言って、「食堂内の全面禁煙」は、
昨今の世の中禁煙ブームに乗っ取り、わりと最近そうなったと推理される。
てことはそれまでの長い年月で、多分、
食堂の一角、或いはそこかしこで煙草の煙が上がっていて、
煙は風の流れで動き、換気扇的なものの付近に集まり、
つまり、その上辺りに設置されていた本体はヤニが最もつきやすく、
換気扇的なもののトイ面に設置されていたものは、わりとマシ?
いや、つーか、なんか壊れたとかで取り替えられて新しいやつなんかもしれん。

そんなことを頭の中で考えながら黙々と作業していたら、
なんかだんだん変にハイになってきた。
Tちゃんと私の中では、なんか、
「悪さする生徒を更正させている先生」っていう設定が出来てきて、
おとなしく汚れが落ちたやつは、まあなんか話せばわかってくれる生徒で、
クリームクレンザー原液をぶっかけてだいぶ磨かなあかんやつは、
もう完全に心を閉ざしてしまっている手のかかる生徒、みたいな。

「こいつは手強い」とかお互いに指導報告をしながら作業していると、
Tちゃんがまだ取り掛かってない集団のほうを指差し、
「ちょ、なんか凄い人いるんやけど」と言った。
見たら、元々の色(アイボリー?)+汚れを通り越して、
なんかもう「同型・色違い(ダークブラウン系)か?」と思うぐらい、
凄まじい勢い(の油汚れ)で、強烈にグレまくっている生徒が約4名いた。
多分、ワルのたまり場(厨房のコンロの真下)におったやつらに違いない。

私 「ちょ、何あいつら…どないしよったんや?」
Tちゃん「…なんかもう、親呼んで来い!って感じやんな」
私 「あいつらは後回しにしような」
Tちゃん「うん、そうしよう。最後の最後にしよう」

そんなふざけた会話をしながら作業を続けていたのだが、
なんかごっつ寒くなってきて、唇が軽く震えてきた。
そもそも場所が京都の北のほうなんで、
しかもその日は「明日はちょっと冷えます」と予報されていたので、
街中でも寒いのに、山ぎわにあるそこではみぞれとか降ってきた。

吹きっさらしの中で、いつもの冬物の上着を着てこなかったことを痛烈に後悔した。
つーか、厚着して作業やりづらいのもうっとしいし、
暑くなった時に脱いでその辺置いたりしたら工事の邪魔になると思って
わざわざ薄めの格好で着たことが思いきり見当違いで裏目に出た。

午前の休憩の時に親方が全員に缶コーヒーをご馳走してくれて、
いつもは真冬でもアイスしか飲まない私ですらホットをお願いした。
工事中の食堂の脇でみんなでそれを飲んで、
なんか、職人さんと交流でもしようかと思ったけど
寒さで舌が回らないのでうまくしゃべれないっぽいことを自覚していたので
コーヒーの温もりに心身を委ねながら黙っていた。

休憩の後、また外の作業場に出たら、休憩前より一段と風が強くなっていた。
もう、今ユニクロが訪問販売でフリース売りに来たら定価の割増でも買う、と思った。
午前中、私は一回もトイレに行かなかった。
多分、脳が生命の危機を察知し、
「これ以上体温が下がると大変危険である、よって放尿をも禁ずる」
と指令を送っていたのだろうと思う。

汚れは力入れて拭いたら一応綺麗にはなるけど、
長年に渡る変色はもうどうにもならず、溝の汚れは雑巾では取れず、
朝の現場入りの時の決意と自信は崩れ落ちつつあり、
密かにショボーンって思ってたら、お昼休憩になった。


って、まだお昼か…。
長くなったのでまたつづく。
  1. 2007/03/27(火) 21:38:24|
  2. 仕事ネタ
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休みすぎやろ

「ちょっとブレイク」とかいうタイトルなんぞつけた因果か、
どんつきの更新を「だいぶブレイク」してしまった。

インフルエンザが母娘間で蔓延してたんですよ。きつかったなー。

で、病み上がった後は宴会三昧、三夜連続。

新潟からツレ(風まかせの仲間)が五日ほど泊まりに来てたんで、
風まかせの京都メンバーに集合かけて、
あと、蓋を開けたら後輩の嫁さんでしたという、例のツレのツレも強制参加で。

さすがに三日目の宴会では、なんか最初「ビールいらんな」思って、
(外に食べに出てたこともあって)一杯目はジントニック飲んだ。
もうね、口の中がビールの味するんですよ。
血液のほとんどがビールやったと思う。
でもやっぱり二杯目からは「生中ください」言うたけど。

そして明日も宴会だ。しかも昼集合でw

東京のツレが来るんですよ。
最初は子どもを介して知り合った、そして深くなった、
ママ友・飲み友・悩み友(悩みを話せる仲)なツレ。
そのツレに会いたがってる私のツレもいるから、みんなでご飯食べて飲もうやと。
昼間に京都着いて、夜までには京都出てまた新幹線で次へ移動、
っていう強行スケ組んでるみたいやから
「ブッ倒れんようにしてや~!」って祈ってます。


そうそう、新潟の君が来てる時、オトンがその彼に
「こんなおっさんと同居してるんわかってて、なんで来たんや?」
みたいなことを聞いたので、そいつはちょっと焦ったらしい。
「娘に下心があるのか?」みたいなニュアンスで聞かれたのかと。
自分はなんかオトンに叱られるのだろうかと。


吹いたw


あのね~、うちのオトン、すぐそんなん聞くんですよ。
そして参考までに、正解の回答例(オトンが待ってる答え)は

「人の輪が好き」とか「世代を超えた交流」とか「旅で出会うふれあい」とか、

なんかそんな言葉・雰囲気のことが入っている、それ。

なんかこう、「一人、愛・地球博」みたいな人なんで。

ひとが好き・出会いが好き・語らいが好き…みたいな、なんかそんなん。

だから初めてうちに泊まりに来た時にそのお馴染みの質問をされたら、
上のような回答を返してやってください、だいぶ喜びますから。



そうそうそう、やっと離婚がらみの手続きが全部終わりましたわ。

保険証の切り替えも、私と子どもの氏変更も身分証明の書き換えも全て。
銀行とか生命保険の氏名変更とかはまだやけど、まあそれはぼちぼち。

保険証の切り替えで仮申請から本加入までの据え置き期間にリミットがあったり、
戸籍の異動とか子どもの氏変更で家裁行く日とか粗方決まってたりしたんで、
母娘で寝込んだんにはマジ参ったけど、今回も、
私が奔走してる間、完治してない娘を家で看ててくれたり、
役所→家裁→役所の行ったり来たりを連れてくれたり、
手続き中とか面接中に子どもら見ててくれたりと、
みんなにさんざん助けてもらいました。
秋に帰ってきてから、ずっと、完了した今日まで。
みんなホンマありがとう。みんなのおかげです。

家裁の面接はちょっとだけ緊張した。
前の晩、宴会の後、朝までその新潟のツレと飲んで語ってたんで
「酒くさかったらどうしよう?」
「酒くさいお母さんの氏を名乗らせることは認められません。申し立て不受理」
とか、なんかそんなん言われてアウトなったらどうしよう、って。
家裁に連れてくれたツレにそう言うたら笑っていた。
「あほかい。そんなわけあらへんw」って。


保険証ないから自費でずっと払い続けていたインフルの医療費も、
三割の自己負担との差額の分は返金してもらった。
全員完治するまでにどんだけ(いくら)かかるねん?ってヒヤヒヤしてた。
学校の先生にも、
「やっとちゃんとホンマに旧姓に戻りましたわ。ご配慮、ありがとうございました」
って、挨拶して。


ま~でも、長かったなー。

まず一発目、持病の転院先探しとか、
特定疾患の手続きの切り替えで大幅に時間かかったんで、なおさら。

私の旧姓で新しい戸籍作るのに二週間ぐらいかかるって言われて、
その間、戸籍謄本とれへんのはもちろん住民票も一週間ぐらい出せない、
と言われて、なんも動けず、何の書類も取り寄せられず、
ただひたすら待機してた期間とかもあったんで、
その時はなんか若干「住所不定」な気分も味わったw





あ、お笑い洗隊の続きは、また来週ぐらいに更新します。

ばんばらばんばんばん!
ばんばらばんばんばん!
  1. 2007/03/23(金) 23:05:16|
  2. ツレネタ(飲み)
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ちょっとブレイク

お笑い洗隊後編を書くにはだいぶパワーがいるので、ちょっとブレイク。


このところ、私宛に届く小包とか郵便物を見ていて、娘が言うた。

娘「ママって凄いなー」
私「なんで?」
娘「だって、ママの友達って凄い人ばっかりやん!」
私「(凄い人?ああ、うん、凄いが…)それでなんでママが凄いの?」
娘「だって、凄い友達ばっかりやから!」
私「それは、ママが凄いとは言わん。凄いのは友達本人や」
娘「でも友達なんやろ?」
私「友達やで。でもぶっちゃけ話わからん時あるで」
娘「なんで?」
私「なんで、って、ママが話についていけてないから」
娘「そうなん?」
私「うん」
娘「…ママって、凄くないな」
私「……。」


そうですよ、ママは全然凄くないのです。


娘「私も凄い人と友達になりたい!」
私「そうか~。うん、頑張れ」
娘「どうやったらなれる?」
私「わからんけど、勉強するとか」
娘「勉強か~。ママもした?」
私「ごめん、してない。ほな、えーっと、パーティとか行く」
娘「パーティ行きたい~!ママも行った?」
私「いや、特に行ってない」
娘「じゃあどうしたらいいん!?」
私「えっと、えっと、なんか元気に挨拶するとか」
娘「…もういい」


結構マジメに答えたんやけど。


つーか、娘よ。

私は「凄い人」やから友達になったわけじゃなくて、
そら、「凄いな」と思うけど、
ともだちっていうのはそういうもんじゃないねん。

そら、「凄いな」って思うとこがあるからともだちなんやけど、
でも、
そのともだちの、社会的な評価での「凄いな」の部分と
ママが思う「凄いな」の部分はちょっと違ったりとかもするねん。


でも、今はその話はしませんでした。

いつかあなたが大人になったら、なんかわかるよ。

今、漠然とした淡い希望とかで
「凄い人と友達になりたい!」って思うことが、
なんか自分への励みとか向上心に繋がるものなら、
それもまあいいか、とか思って。
  1. 2007/03/14(水) 00:16:45|
  2. 思うこと(「生きる」)
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お笑い洗隊T&R 前編

金曜日、またまたいつものツレ(爆弾餃子女)ん家で飲んでいた。
ツレのママ友だという、新顔の若い可愛い子ちゃん(死語)も来てて、
その、わりと珍しい名字を聞いて、一瞬「アレッ?もしかして…!」と思ったらやっぱり、
高校の時に、ライブの時だけ助っ人で私がキーボードをやっていた、
二年下の後輩バンドのメンバーの、嫁はんだった。
世間って狭いなー。つーか、京都は特に、どっかで何か繋がってたりするんで
(わりとみんな生まれ育った京都から離れないでずっと生きていくからか?)
「おおー!へーっ!そうなんやあ~~~!!!」
みたいなことが多々ある。

てなわけで、Mちゃん(後輩の嫁はん)は今後、飲み会強制参加決定だ。


で、その時、飲み会参加してたツレ・Tちゃんから、
一日だけの超ド短期バイトのお誘いを受けた。
募集元はTちゃんの旦那様。
工事現場で、職人さんによって外された照明器具だかを大量に拭くとかで、
人が足りないんで、手伝いに来てくれへんかと。
技術的に難しいこととかではないから、
その作業にわざわざ職人さんを費やすのはもったいないんでと。

私 「月曜か~予定無いし行きたいけど…朝からチビ預けれるとこがあればな~」
Tちゃん「お母さん(旦那さんのお母上)に頼んでみよっか?」
   Tちゃん、お姑様にお伺いTEL。
Tちゃん「オッケーやって」
私 「マジっすか!ほな行きます!よろしくお願いします!」


てなわけで、
今日、朝8時すぎからチャリでチビつれてTちゃん家に行った。
旦那様は先にもう現場に入られているとのことで、
Tちゃんと私が追って今から現場に行くとのことで、
待ってくださっていた母上様にご挨拶してチビをお願いしようとしたら、
名前を聞かれたチビは普通に自分からベラベラと自己紹介して
普通に「お婆ちゃん家に遊びにきたー」みたいな感じで上がらせてもらって
私のほうを振り向きもせず、母上様と犬と一緒に奥の部屋に消えていった。

人見知り皆無なんはいいんですけど、泣かれても困るんですけど、
「あれ?ママは?上がらないの?」とかなんかそんなん無いんかい、
とか思いながら、Tちゃんの車に乗った。


現場は京都の北のほうの山の手にある某大学内で、近くまで行ったら、
駐車スペースの前で待ってはった旦那様が手を上げて合図してくれた。

旦那様とは飲み会で何度もご一緒してるんですが、
今日は「Tちゃんの旦那さん」じゃなくて「雇い主さんの社長さん」なんで、
いつもみたいにフランクに接してはいけないと気を引き締めていたにも関わらず
初めて見る作業服姿(しかも元が男前)に「うわ!かっこいい」とか呟いてしまった。

久々の体力仕事(ってほどの肉体労働ではないっぽいが)
危険と常に隣り合わせな緊張感のある現場に入るに際し、
こんなことではいかんと自戒し、
私は今日一日心の中で旦那様を「親方」と呼ぶことを決意した。


親方に連れられて事務所に入って現場入りにあたって必要な書類とか書いて、
そしてそこから少し歩いて、現場の某大キャンパスに向かった。

現場は大学内の食堂だった。
そして私達の仕事は、その食堂内とか厨房内の照明器具の清掃だった。
多分、改装だか何だかの工事はするけど、
照明器具とかは新調しなくても別にまだ使えるから、再度またこれを設置してください、
という大学側の(経費節減のため?の)依頼と、
それを受けて、
では綺麗に磨いて見栄え良くしておきましょう、みたいな施工側の計らい、
みたいなことなんかな、とか素人ながらになんとなく描いた。

ヘルメットを借りて現場内に入ったら、
なんか蛍光灯をつける本体の板みたいなやつと、傘みたいな細長い形の反射板が、
建物の外壁に、どわーって、いっぱい立てかけてあった。

スケールも何も持ってなかったし正確な長さ(横幅)わかりませんけど、
身長150cmの私の顔の辺りまであったんで、多分130近くぐらいあったんかな?
そしてこれも正確な数を数えてないんでわかりませんけど、30セット…
いや、40セット近くあったかもしれん。わからん。
そしてさらにバケツ一杯に入った、蛍光灯の両側の対のソケットと、
さらにさらにバケツに入りきらずに袋に入れられた、残りのソケットが到着。
これを綺麗に磨きあげることが、私とTちゃんの今日の仕事。

立てかけられたそれらを、もう一度よく見た。
元は白かったのか、元々こんな生成り色なのかよくわからないものもあった。
これらが設置されていた場所は食堂および厨房内。
なんか油とかタバコのヤニとかで凄いっぽい予感。

楽天家で前向きで大らかなタイプのTちゃんは、
「4時までの予想やったけど、これぐらいなら2時ぐらいに終わるかもね♪」
と言った。

だが、ヘタレで変なとこで心配性な私の中では、
今はまだ形にならない胸騒ぎと、そしてハプニングの香りがした。

脳裏には、ドラクエのあの音楽が流れる。


反射板と本体の板(電子板付き水濡れ厳禁)があらわれた!
どうする?

>たたかう

だれが?

>Tとりち

武器?

>ゴム手袋
>クリームクレンザー
>雑巾
>バケツ
>お掃除消しゴム

どこで?
>外で。風とかごっつ吹いてる。

敵はどんな?
>どんなってなんやねん。うん、なんか黄色くなってはるよ、どれも。


バケツいっぱいのソケットと袋入りソケットがあらわれた!
どうする?

>それもたたかう



てか、なんかワクワクしてきた。

もう、なんか全部ピッカピカにして、親方や職人さん達はもちろん、
今、後ろの垣根みたいなとこで作業してる造園屋さんとか
さっき現場入る時に「おはようございまーす!」って挨拶してきた監督さんとか
みんなをなんかビックリさせてやろうと思った。

「ねーちゃんら(決しておばちゃんらではない)、やるな!」とかなんとか。

…だが現実は、そう簡単にはうまくはいかないのであった。


つづく
  1. 2007/03/13(火) 00:05:19|
  2. 仕事ネタ
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コラボレーション。

さっきコンビニにビール買いに行ったら、
店の前でしゃがんでタバコ吸うてる若い兄ちゃん二人組が、
歩き来る私がその店内に入るまでをずっと追って見ているので
かなり自意識過剰に反応して変な歩き方になってしまった。

「だめよ。私には夫も子ども(…いや夫は別れていませんけど)子どもがいるの…!」

ビールと豆腐を買ってレジに持って行ったら、
さっき外でタバコ吸うてた兄ちゃんらが、店の制服(上っ張り)羽織って

「いらっしゃいませー」 って言うてた。普通に。


店員やったんかい!そら、客(私)が入ってくるん、ずっと見るわ!!!
もうな、あのな、君らはややこしいことをすな。
職務中の休憩・喫煙は奥のスタッフルームでせえ!
…何?昨今の禁煙強化でスタッフルームが「絶煙」になった?
ほんならバイト中の何時間かぐらいタバコ我慢しろ!!!

いや、偉そうなことは言えませんけど。
私もヘビースモーカーなんで。
胃カメラの検査当日の朝でも、
「一本ぐらいええやろ。胃と肺は関係ないはず」
とか言うてタバコ吸うてるやつなんで。


…いつからだろう。
「肩をトントン」とか、「ほっぺた、ツン」とかで声をかけられなくなったのは。

昨今、声をかけてくるやつは、
そのほとんどが何かパンフレット的なものを持ってるやつらばかりだ。



さて。
先日立ち上げた創作コラボレーションサイト「風まかせ」

皆様、せめて一度ぐらいはお運び頂けたでしょうか。


モノ創りを始めるとそっち重視になってしまって、
どんつき~あんまり更新しない風な感じになってしまうかもしれませんが
てか、そうなりつつあるが。

だめなんですよ、ホンマ。
何か創る・作る、に夢中になって、かつてどれだけ恋を失ってきたか。
もうなんかホンマ、一個ずつしか出来ないんですね、多分。
忘れてるわけではないけれど、みたいな。


さてさて、今日は「コラボ」について。

「風まかせ」では、何しかの作品がすでに上がっていて、
その作品から湧いたイマジネーションで、自分の作品をコラボっていく、
という形式を主として創作活動を展開しています。

例えば、

先に詩が出来ていて、その詩から描いたフォト・アートを撮る・描くとか、
先に画(フォト・アート)が出来ていて、そこに詩を乗せるとか。
更には、曲の放つ世界とイメージをテーマに小説を書くとか。
投げっぱなしのダジャレにイラストをつけて視覚からもその効果を上げるとか。

本来なら、コラボ作品が完全に仕上がってから初めてアップするんでしょうけど
「風まかせ」では、
「コラボ待ち」状態にも関わらず、作品出来上がり次第で随時アップしています。

これって、かなり冒険です、実は。

先行で上がってる表現や世界観を後攻が潰すかもしれないし、
また、先行の世界を後攻がより一層広げて食っていくかもしれないし。
その一部始終を、全部見せている。


かつて、「風まかせ」の前身であるとも言える創作サイトをやっていました。
「風まかせ」のカラーとはもう全然違うけど、
でも、コラボの形式は同じように進めていました。

そのことで、叩かれたこともありました。

「これはコラボレート(共同制作)ではない」と。

コラボというものは、その企画・プロット段階から綿密に打ち合わせて
その言葉通り、ゼロから「共同で制作」をしていくものだと。

ふ~ん。 って思った。

いや、わかるけど、そうなんやけど、そうなんやろけど、「ふ~ん」って。

まあそんなん言われたらちょっと腹も立つんで、
ゼロから(打ち合わせして)「共同で制作」した作品も上げてやりましたけど。


てか、あの、「ええやん」 みたいな。

作品に感化されて、そのモノを深化させていくことが楽しくて、
それは時として「先行の発信意図」と変わることもあるけど、
それはその作品がある種の一人立ちをしたということでもあって、
っていうか、
何かの作品に触れるとき、観る人は自分に当てはめたり置き換えたりして
自分なりの共感とか深化とかさせながら観て、何かを感じていくのと同じ。


「せーの、ドン!」でやることが必ずしも「共同制作」ではないと
私はそんなふうにも思うわけですよ。

歌でも「詞先行」と「曲先行」ってあるし、本なら「文筆」と「挿し絵」とかね。

「せーの、ドン!」でやった「共同制作」も楽しかったしやり甲斐あって燃えたけど、

なんちゅうか、

モノを創ることに枠とか決まりとかなくていいんちゃうかな、って。


やべえ語ってしまった。
これを読んだうちの相棒がニヤニヤしてそうで、ちょっといやだw
  1. 2007/03/09(金) 01:17:14|
  2. お知らせ・よりかねの思ひ出
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なんてったってアイドル・2

さて、前回のミナミさんに続いて、今日は、
まだ少女だった頃の私にとって、もう一人のアイドルのお話を…。

他愛ない昔の淡い恋の話って、なんでこんな楽しいんでしょう?
え?おまえの恋バナなんかどうでもいい?ここは場末の居酒屋か!って。
そんなん言うなや~。まあ聞けや。
私の、レモンの季節のことを。←意味不明。
大人の階段昇る~君はまだ~シンデレラさ~。←思いつき。しかもH2O。


その人は、高校の先輩でした。
私が1年生の時、二つ上だった人で、
でもダブってはったんで、二回目の2年生だった。

うちの高校は、ちゃんと勉強してたやつもいっぱいいるが、
なんかホンマ自由やったんで、遊ぶやつはとことん遊んでいた。

その人もわりと遊んでる側の人で、
っていうかホラ、なんか「目立つグループ」とかありますやん?
行事の時とかに真剣にバカやって盛り上げたりするような。
その集団の一人で、でもその人自体はそんな目立つタイプでもなく、
こう、ツレ(仲間)らが休み時間に食堂の横とかで
コドモのように水風船の投げあいとかしてじゃれてふざけてんのを
「フッ。何やってんだよ」って感じでクールに横目で見て微笑んでいて
「おまえは何を一人でたそがれてんねん!」とか言うて
みんなから水風船の集中砲火を浴びて、
「うわっ!ちょーやめろや~」みたいな、なんかそんな人。
雰囲気的にわかるかなあ?

派手なグループの人なんやけど、本人はそんな派手な人ではなく、
みんなを引っ張るリーダータイプでもなく、率先してスタンドプレイもせず、
だから後輩の私らとかも、
「顔は知ってるけど名前知らん…でもめっちゃ男前やんな~!!」
っていう、なんかそんな感じの人で、
多分男同士の中では、
「おまえはええよな~。黙ってるだけで女が寄ってくるねんから」
とか、なんかそんなん言われてそうなちょっとシャイな感じの人。
…前出のミナミさんもそんなタイプなんで、私はきっとそんな系の人に焦がれるんやな。

だから、だいぶ長いこと、その人の名前がわからなかった。
休み時間のたびに、食堂の横の中庭(そのグループのたまり場)で
なんかふざけたり、踊ったり(ジャネットジャクソンとか流行ってた)
なんかそんなんしてはるのをこっそり見に行くのが楽しみで、
あ、もちろんその人は踊ったりとかしないんですけど、
たまにボソっとしゃべりながら(しかも聞き取れないぐらいの声で)
基本的に「フッ」て笑って見てはるだけなんですけど、
そんな彼を見たいがために毎時間毎時間、
ツレと一緒に食堂の壁の陰に隠れて、
限りなくストーキングに近いおっかけをしていた。
手ぶらで立ってるとか変なんで、
いや、その人からバレるような場所からは見ませんけど、
廊下通りすがるやつらの「何この子ら」っていう視線が痛いんで、
張り込みの刑事+コーヒーにあんぱん、のイメージを真似て、
食堂でブリックのコーヒーとかフルーツ牛乳とか買って飲みながら張ってた。

名前が知りたいなあーと、ずっと思っていた。
夜寝る前とかに思い出して、彼の名前をつぶやいたりしてみたいと。←怖いから。
ツレとかに頼んで、部活とかの先輩経由で探ってもらったりしたんやけど、
「サトウっぽいらしい」とか「ヤマモト的な名前」とか
適当なことばっかり言うて、みんな真剣に調べてくれなかった。
なので、一緒に張り込んでたツレと、なんとか彼らの会話から
その人の名前を聞き取ろうと必死で聞き耳を立てていた。

そんなある日。いつもの中庭で。
自転車にまたがってるその人と、
その人と仲のいい後輩(2年生)のやんちゃグループの人がなんかふざけていて、
その2年生の人が、その人のチャリケツに強引に飛び乗ったりして、
その人が「おまえやめろやー」とか言って笑いながら振り落とそうとした時、

「ちょ、カエラさん!!」

って、その2年の人が叫んだ。

私とツレは、顔を見合わせた。

私 「今、カエラさん、って呼ばはったよな?」
ツレ「私にもそう聞こえた」
私 「カエラ、さん?」
ツレ「…なんか、変な名前……」
私 「うん…」
ツレ「でもそう聞こえた…」
私 「聞こえたよな…」

私とツレはそれからもずっと、
「もしかして、カワハラさん、の聞き違いなんじゃね?」とか
「実はハーフで、カール・エダさん、なんじゃね?」とか
なんか色んなことを言いながら、
「でも絶対間違いなくカエラさんって聞こえたよな!」って話に結局行き着き、
その人のことを「カエラさん」と、聞こえた通りのその名前で呼んでいた。
私と、私の付き添いのそのツレがしつこくおっかけしてるのを呆れてた他のツレらにも
「カエラさん」の名前は徐々に浸透していき、

「またカエラさん見に行くの?」
「りちはホンマ、カエラさんが好きやな~」

とか、普通にもうその人は私らに「カエラさん」って呼ばれていた。


やがてバレンタインの時期になり。
私はそんなんカエラさんにチョコレート渡すとか絶対無理とか思ってて、
そんなん違って、告白したいとか違ってカエラさんを見てるだけでいいから、
とか思っていたのに、ツレらがよってたかって

「おまえのカエラさんへの愛はそんなもんか」とか
「俺やったら付き合うどうの別として後輩の女の子からチョコ貰ろたら嬉しい」とか

なんかやいやい言うて私の乙女心に揺さぶりをかけてくるので、

「わかったわ!ほなチョコ渡したるわ!おまえら見てろ!」

みたいな話になってしまって、私はカエラさんにチョコを渡すハメになった。

時期同じくして、一緒にストーカーしてたそのツレがようやく、
「あの人の名前は本当はタチカワさん(仮名)というらしい」
という確かな情報を入手してきた。

私 「タチカワさん???全然、カエラさん違うやん!!」
ツレ「そのことなんやけど、あの時のことをもう一度思い出してみたんやけど、
   多分(あの2年の先輩は)、帰ろうとしてたタチカワさんを、
   帰らさん!…って言わはったんちゃうかなと思えてきて…」
私 「今頃そんなんピンとくんなよ…。もう完全にカエラさんやのに」
ツレ「でも、でも解ってよかったやん!チョコ渡す時にカエラさんとか言わんでよかったやん!」
私 「そらそうなんやけど…」

でも、タチカワさんっていうその名前は私の中ではやっぱり違和感があって
やっと探り得た「タチカワさん」というれっきとした本当の名前があるにも関わらず、
私もツレらもやっぱり「カエラさん」と呼び続けた。

そんなこんなでバレンタイン当日。

一時間目と二時間目の間の休み時間も
二時間目と三時間目の間の休み時間も
三時間目と四時間目の間の休み時間も
私はカエラさんにチョコを渡すことが出来なくて、
姿が見える距離まではいけるんやけど、
むこうの視界に入る距離まで、どうしても踏み出せなくて、
昼休みの時、固唾を飲んで見守ってくれていたツレらに
「ヘタレ」「ヨワムシ」「意気地なし」「アホ」「ちび」「Aカップ」
「何をやらせてもダメなやつ」「俺にきつねうどん奢れ」とか
なんかもう気の弱い子やったら登校拒否になりそうなことをいっぱい言われた。

それでもやっぱり、次の休み時間も踏み出せなくて、
とうとう放課後になってしまった。

「おまえあかんわ、イケてない」とか
「はいはい、おわりで~す」とか言いながら、
みんなが私を見捨てて、部活やらバイト行くやらで散らばろうとした時。

食堂の横の中庭でチャリにまたがって友達となんかしゃべってるカエラさんが、
廊下の端にいる私らのとこから見えた。

「ちょー、カエラさんまだいてはるやん!」
「行けーりち!!!」
「頑張れ!これが最後のチャンス!」とか勢いづけられて、
私は学園ドラマのヒロインみたいに長い廊下をダーって走って、
息を切らせながらカエラさんの前に飛び出した。

カエラさんはびっくりしていた。
びっくりっていうか、なんかもうギョッとしていた。

「あの、これ…、えっと、今日バレンタインで…」
とか、なんか締まり悪くしどろもどろで言いながら、
朝からずっと、
出したり引っ込めたりしてぐちゃぐちゃになってたチョコの袋を渡した。
ちょっと泣きそうになった。
カエラさんの頬が緩んで、友達に「おおーっ」とか冷やかされながら
「あ、ありがとう」ってもらってくれた。

緊張でぶっ倒れるかと思った。

カエラさんは「どうしたらいいのかな」みたいな感じで、
なんか去るに去れず、帰るに帰れず、っぽかったので、
なんか私が先に去ったほうがいいのかなとか思って、
「さようなら!」って言うて元来た廊下をダーって走って戻ろうとしたら
廊下の陰からその様子を伺ってたツレらがわっと飛び出してきて

「りち、やったやん!」
「うわこいつちょっと泣いてる~!」
「ようやった!よし、肩車したろ!」

とか言うてやんや騒いで、
私は何故か、男のツレの一人に肩車されながら
なんかもう祭りみたいな状態でぐちゃぐちゃになりながら撤収させられた。

肩車の上からちょっとだけ後ろを振り返ったら、
明らかに引きながら呆然とこちらを見ているカエラさんが遠くに見えた。

淡い恋の終わりを確信した私は、次の日からストーキングをやめ、
そして、三学期が終わる頃、風の噂で
カエラさんが学校を辞めるらしい、と聞いた。
もうきっとこれで二度と会えなくなるんや、と思ったその時、初めて、
ずっと遠い人だったカエラさんと、話とか、してみたかったな…と、思った。
  1. 2007/03/05(月) 00:26:07|
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なんてったってアイドル

今日はグダグダ前置き無しでいきなり本編。

高二の秋から、私はとあるお好み焼き屋で高校卒業までバイトしていた。
前出の、ヤ○ザ集会があった喫茶店のバイトをある事情で辞めてから、
そのお好み焼き屋のバイトを主軸に、
シフト入ってない日はガソスタやら何やら他のバイトも入れて。
もう働きづめに働いてましたね、あの時期は。
授業はブチっても、バイトは休まねえ!みたいな。


で、そのお好み焼き屋。

あのね~。ちょっと変わった店やったんですよ。

いや、普通のお好み焼き屋なんやけど、姉妹店がなぜか、
祇園の先斗町にあった、ボーイズ・ショー・パブ、っていう。
てか、元々水商売の世界でばっかりで商売してきた支配人が、
何を血迷ったか普通のお好み焼き屋もやっていた。
と言ったほうがいいのかもしれない。

てか、普通じゃなかったけどね。

店は、カウンターが十数席と、並列してテーブルが三卓ほどあって、
奥に畳の座敷が六卓。(四卓やったかも?)
居酒屋風お好み焼き屋の走り、みたいな感じで、
おつまみ系鉄板焼きメニューも、ドリンク類も充実してた。
つーか、元々が「夜」の人が経営してるんで、そうなるわな。

てか、「普通じゃない」のは、そんなところじゃないんですけどね。


うん、あのね。
姉妹店のショーパブで働いてた社員の兄ちゃんらが、
人事異動とかで入れ替わり立ち代わり勤務してたんですよ。

深夜の祇園で、仕事上がりのお水の姉ちゃん(=お客さん)相手に、
「ピンドン(ピンクのドンペリ)入りました~!(ニューボトルおろして頂きました~)」
とかやってる人らが、
次の週にはエプロン付けてカウンターで焼きそば焼いてたりする。


ショーパブやから、当然「ショー」もやらはるんですけど、
美しくカッコよく魅せるショーっていうより、お笑い系?
まあ、関西やからね。笑いありきになりますよ。
でも、ワンドリンクとチャージ料で笑って帰られたんでは商売あがったりなんで、
口説き口説かれご贔屓さん、を作ってボトルおろしてもらってなんぼなんで、
ショーパブ兼ホストパブ、みたいなとこあったんかな~?

つまりこの説明で何が言いたいかというと、

お好み焼き屋のカウンターで焼きそば焼いてるのが明らかに不自然な、
派手な「二のセン」の社員さんが多かった。


「いらっしゃいませ~」のイントネーションがそもそもおかしいんですよ。
もう、「夜」のそれ。 わかります?
客を怪しい世界に誘う感じなんですよ。
「今からお好み焼き食うぞ!」な感じじゃない。
店内、電気煌々とついてるのに、お好み焼き屋なのに、なんか「夜」。

社員さんも、チーフも、そして店長自体もそんなん(水上がり)やから、
うちら高校生・大学生・フリーターのバイトとかもなんかみんなつられておかしかった。




私は恋をしてました、恋を。

これを書くのは非常に恥ずかしいけど、でも書くけど、
なんちゅうの?
付き合いたいとかそんなん違って、そんなん恐れ多くて、
ただ「ずっと見ていたい!」みたいな。
そんな人が、いたんですよ。
姉妹店から、たまに助っ人に来る人で。

私の三つ上で目尻に小さいほくろがあって髪がサラサラで背が高くて
細身やけどガリガリじゃなくて背中が綺麗な逆三角形で
男っぽくてセクシイでありながらも時には母性本能もくすぐる感じで、
見た目はミスチルの桜井さんになんとな~くちょっと似た感じかな。
でも!その人のほうがずっとずっとずっとカッコイイけど!!!

私はみんなに「りっちゃん」とか「りち」とか「名字呼び捨て」で呼ばれてたけど、
その人は、その人だけは、「名字+さん付け」で私を呼んでくれていて、
みんなはその人を「あっちゃん」って呼んではったけど、
私は名字重視で「ミナミさん」って呼んでました。
呼んでました、っていうか、もう「ミナミさん」って呼ぶのも緊張するんで、
実際、「あの…」とか「えっと…」とか言うてたけど、
めっちゃめっちゃ優しい声で

「ん?どした~?(どうしたの?)」 って。


もうね、あのね、赤面。

ミナミさんが遠くからたまたまチラっとこっち向かはっただけでドキドキして、
目の前の鉄板でチーフが上げたオーダーの「砂ずり」を皿ごとひっくり返しそうになる。

ミナミさんが額の汗を腕で拭いながら「鶏モモの塩焼き」とか焼いてるのを見て、
ミナミさんの両手にしっかりと握られた、あの「コテ」になりたくなる。

ミナミさんがキュッと締まった「プリケツ」でカウンターに立ってるだけで、
なんかもうバイト上がりの11時まで頑張れる気がする、むしろ残業したい!



当時、私はミナミさんのひとつ上のSさんという人と付き合っていた。
ミナミさんの先輩である、その人と。

私は、Sさんと付き合う前から、Sさんが「ただのバイトの先輩」な時から、
Sさんにも、皆にも「ミナミさんへの憧れ」を切々と語っていたので、
Sさんもそれをよく知ってる上で付き合う流れになったので、
「ミナミさんカッコイイ~!!」
と私がどれだけのたまっても、Sさんはニコニコしてたけど、
ある飲み会(慰労会)の二次会のカラオケの時、チーフに呼ばれて言われた。

チーフ「あっちゃんがな、Sさんが最近俺に冷たい…って言うてたで~」
私  「え?なんで?Sさんとミナミさん、なんかあったんですか?」
チーフ「仲悪くはないよ。仲いいよ」
私  「…私が、ミナミさんミナミさんって言うことがダメ、ってことですか?」
チーフ「そうとも言う」
私  「でもSさん、ミナミさんネタで私のことからかったりしてるよ?」
チーフ「だからな、そこは男心を察してやって。な?」
私  「…わかりました。…わからんけど(ブーたれ顔)」


それから私はSさんの前で「ミナミさんカッコイイ~」と言うのはやめて、
心の中で「ミナミさんカッコイイ~」と叫ぶようにした。



月日は流れ。


私は、高校卒業と同時にその店のバイトを辞めて、会社に就職して社会人になって。
大学を留年して、学生のままのSさんと考え方の違いが、如実に現れるようになって、
Sさんと私は、別れた。


それからしばらくして、ハタチぐらいの頃。

高校からの男友達がバイトしてる祇園のホストパブで、
「売り上げ貢献したるわ」
って、恩着せながら安酒飲んで遊んでたら。

見るからに仕事上がりのお水の姉ちゃん(=お客さん)を連れたミナミさんが、
ひょこっといきなり、現れた。


時間が止まった。


祇園に戻らはったらしい、とは聞いてたけど、
まさかここで今、会うなんて。


「私はもうあの頃の、コドモな私じゃない!」


思いきり仕事中(アフター中)のミナミさんに、
めっちゃ酔うてるお水の姉ちゃんを巧くあしらうミナミさんに、
私は、自分から席を立って、声をかけた。

「ミナミさんですよね?…覚えてはります?えっと、私、昔…」

「覚えてるよ。(私の名字+さん)やんな?久しぶり。元気?」


あの頃と同じ、変わらない、優しいその笑顔と声に、
「私、あの頃、ミナミさんが好きでした!」 と、言えなかった。

やっぱり、言えなかった。


今でも、お好み焼きを食べるたび、
あの奇妙で不思議な店のことと、ミナミさんのことと、
それと、Sさんのことを、ちょっとだけ思い出す。
  1. 2007/03/04(日) 02:26:19|
  2. 思い出のネタ(学生編)
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ちょっとひとり

今日は昼イチからPTAの総会があったので、チビをツレに預かってもらっていた。
そのあと娘の授業参観もあったんで、夕方までお願い!って。
で、娘はまだ喉風邪残ってるっぽくて咳とかしてるんで、
それを言い訳に、いや、えっと、心配なんで、懇談会をブチって帰ってきた。

「ありがと~。もう帰ってきたしい」ってツレに電話したら
「ほな、チビちゃん送っていくわ~」と。

…しかし改めて思うけど、預かってもらう上に送り迎えつき。
私はなんと周りのツレに恵まれているのか。みんないつもありがとう。


そして先ほどツレがチビを車に乗せて送ってきてくれたのだが。

ツレ「チビちゃん、ご飯食べて帰るって言うたはんねん」
私 「ハハハ!あいつ~~~!!!」
ツレ「しかも車降りひん、言うてるしw」
私 「あれやろ?降りたら強制送還されるからやろ?wてか、ええの?」
ツレ「うちはかまへんよ~。チビちゃんだけやと娘ちゃんスネるか思って迎えに来た」
娘 「ご飯食べに行く~~!行きたい~!」
ツレ「風邪はもう大丈夫?」
娘 「うん!」
私 「ほな連れてもらうか?」
娘 「うん!!」
ツレ「宿題終わった?」
娘 「もう終わったよ!(すでに玄関下りて靴履いてる)」
ツレ「じゃあ行こっかー」
私 「すんませ~ん。ほな頼むわな~。ありがとう~」

ってなわけで今ちょっと一人です。
ってなわけでもう晩ご飯は弁当で!といきたいところだが
オトンの減塩メニューは作らなあかんねんけど。


そしてつい今しがたナイスなニュースが舞い込んできた。

ハニ婆、生きてた!!!

覚えてます?以前記事に書いた、
高校の時にたむろってた喫茶店の(ゾンビのような)マダム。
勇気振り絞り生存確認に行った爺パンGJGJGJ!

生きてたか~。もう81才らしい。
お出かけ中だかで会えなかったらしいが、元気なんやて。
当時小学生ぐらいやったハニ婆の孫二人がもう29才と24才になってるとかで、
あの頃の私ら(16,17,18才頃)より大人になってるっちゅうのが
なんかもう月日の流れを感じるというか。

てかハニーで同窓会やる予定なんやけど、あの子らに
「昔もアホそうな姉ちゃんらやったけどオバハンなっても相変わらずアホそうやわ~」
とか思われるのがちょっと怖いw
上の坊主のファミコン勝手に出して遊んだりしてたからな…。
「勉強教えて」って言われて「私アホやし無理」って即答してたからな…。

ん、ちょっと待てよ。
同窓会。ハニーで。うちらはとうに成人している。
もしかしてもう普通にハニーで酒とか飲んでいいんじゃね?
てか、ハニーだけに「虫入りビール」とか出てくる可能性大やけど。
春休み明けからGWまでに決行するっぽい感じです、たぶん。


そうそう、さ来週辺りからまた遠方のツレらが来るんですよ。
入れ替わり・ニアミス有りで、一週間ぐらい居る予定のやつも数名いる。
また宴会やな、これは。

そういえば、「家の前の道端でバーベキューする」という案件が出ていたが、
もうできるかな?いや、まだちょっと寒いか。ちゅうかあかんか。
でも昔マジでオトン若い頃、ツレとか近所の人とやってたけどな…。


なんかそんな感じでまたグダグダ更新ですが、
一人でいる今この時間、私は何をしていたかというと歌って踊っていた。

例の「耳コピ」頼まれてた曲の映像をようつべで見ながら、
耳コピせんならんのに、気付けばごっつ歌って踊っていた。

なんか「松本潤くん」になってた。

思い出ずっとずっと忘れない空 ふたりが離れていっても~♪ って熱唱してた。

振り付けちょっと覚えたぐらい踊ってた。

6人目のメンバーになった錯覚したぐらい。


誰か一緒に歌と踊りを覚えて披露しませんか。
うちの家の前の道端で。
  1. 2007/03/01(木) 18:09:04|
  2. ツレネタ
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りっさん

Author:りっさん

京都に生まれ京都で育ち、          放浪の末、京都に舞い戻った女

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