どんつきを右に曲がって左のかどっこ

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M字開脚のMは「負けるな」のM

ここ一週間ほど、そうとう体調悪かったです。
まあ早い話が持病が劇症化してしまったんですが。

私の病気は今の医学では完治することがないとされている難病で、
発症におけるメカニズムや原因も明確でないようで、
緩解期(比較的症状が落ち着いていて日常生活にさほど支障がない)と、
活動(劇症)期(急激な悪化。ストレス・疲労・環境や季節の変化など要因は様々)を繰り返しつつ
少しでも長い期間、緩解期を持続できるように薬その他で体をコントロールしていくもので、
私は主なターゲットが大腸なんですが、厳しい食事制限とかはないけど、
あ、データとか統計的に「あまり摂取しないほうがいい食品」とかはあるけど
それも「そう広く言われている」だけで、
一方ではまた別の見解を示している医学研究者もいるし、
そしてそれらを食べなかったら悪くならないのかとなるとそうでもなく、
だから私の主治医も「○○は絶対食うな」とかは言わない。

東京からの転院当初、
「なんか、生活五箇条みたいなものってありますか」と聞いたら
「それを守ろうとすることが返ってストレスになることがありますので、
あんまりこう、自分を縛ることはなるべくしないでおきましょう。
正直言って、これを忠実に守れば大丈夫ですということも現段階では言えないですし。
ただし、月一回は必ず受診することと年一回のファイバー検査は必ず受けてください」
と言われ、私はその先生を医者として信頼できる先生だと思ったのですが。
それぐらい、なんかようわからんことが多い病気なんですよ、膠原病って。
一番よう言われてる原因が「ストレス・過度の疲労」なんですけど、
「グサッ」と傷ついたり「イラッ」と怒ったりしないで生きていくことは無理なんで
もうそんなんシェルターとかで暮らさなあかんなるんで、
ストレス受けそうなことは極力避けていくしかないって言われています。


今までも何度か悪化して起き上がれなくなったことはあるけど、
今回は、マ~ジできつかった。
今も完全に治まったわけではないけど、こうして座ってられるぐらいまでは回復しました。

具体的にどんななったかというと…。

(ものすご怖いので、血とかに弱い人は読まないほうがいいと思う)


腸のあちこちの潰瘍から一気に出血して、一日中、下痢と下血していた。
それも「あ、なんか血が垂れた」みたいなレベルじゃないからね。
もうねえ、トマトソースみたいなん。
(全イタリア関係者?の皆さん、誠に申し訳ない)
もうねえ、真っ赤も真っ赤。
そんなんが一日に20~30~50回ぐらい、否応無しに一週間とか続く。
ほんで、むちゃくちゃ腹痛い。起きてられへん。特に午前中、最悪。
炎症起こしてる腹は痛いし、腹の痛みが限界超えて逃げ場を求めて、
真裏の腰に移って腰も痛いし、春やというのに貼るカイロを腰に貼って痛みを凌いでいた。

あまりの出血で極度の貧血症状から怠け者(なんぼ寝ても眠い・だるい)みたいになるし、
何よりもう体が食べるものを受け付けない。
お腹は減るんですよ、でも頭と体が食べることを拒否するんです。
腹にモノ入れたらまた地獄のような苦しみになるから。
つーか、何も食わなくても下血止まらないんですけどね、食わないほうがちょっとマシ。

最初のほうは完全に絶食してた。

横たわりながら、痩せていく手首を自分で掴んで、
ただ衰えていくだけの体を無心で受け入れて感じて、
「明日目が覚めたら、生きてるんかな~」とか漠然と思ってた。

しばらくして、飲むゼリーを一本だけ飲んでみて、まあ症状は変わらないんですけど、
今度は逆に、
「点滴してるわけでもないのに絶食とかしてたら家にいながらにして餓死するかも」
とか思い始めて(食べる意欲が湧いてきた証かもしれん)
ゼリー1個(子どものおやつみたいな3つパックの)と、おかゆひとくちとか食べてみて、
次の日は、おかゆをちょっとずつ二回に分けて食べて、
その次の日は離乳食ぐらいくたくたに煮込んだうどんとか食べてみて、
昨日久々に白いご飯を茶碗に三分の一食べた。
お腹はまだ緩いけど、あの悪夢のような下血からは開放されました。
多分、検査したらまだ出血はしてるやろうけど、ミートソースぐらい。
(全イタリア関係者?の皆さん、重ね重ね申し訳ない)


正直、いつもみたいに数日で治まると最初は思ってたし、
自宅で薬飲んで安静にしてれば戻るやろ、ぐらいに思ってたけど、
今回、やつは初めて本気を出しましたね。驚いた。

しかも安静にするって言うても子どもいてますから、
私がなんぼ苦しんでいようとも、
「ママ~あれやって~これやって~」
って容赦なく言うてくるし(子どもってそんなもんなんだよ)
おちおち寝てられないんですが、逆に、
「子どもの世話せんならん」
っていう気合いと使命感で、自分の精神を支えていたとこもあった。
もう、ちょっと最後のほう神経がおかしくなってましたから。
あれが鬱状態ってやつなんかな…。


なんかもう、人と話すのがとにかく嫌やったんですよ。

あ、期限内に出さなあかん書類があったんで、役所とかは行きましたけど
しかもチャリで行ったんやけど、どうやって行ったか道中覚えてないし、
係の人と何を話したかもあんまり覚えてない。
多分、あの時も「行かんならん」っていう気合いだけで体が動いてたんやと思う。

で、そう「人と話すのが嫌」。
絵本読み聞かせみたいに相手が話してるのを聞いてるだけならいいんやけど、
それに答えるのが億劫で、もうとにかく頭が回らないんで、
会話のキャッチボールをするのが嫌やった。
メールに返信することすら嫌になってたし、
なんか電話セールスとかかかってきても無言で切っていた。
これは普段の私なら絶対に有り得ないんですが、それぐらい病んでいた。

さらには「人に会うのが嫌」。
先のように、用事の場合は仕方ないですけど、なんかもう誰にも会いたくなかった。
会ったら「あんたまた痩せたな~」って話になるやろし、
私の体にとって「痩せたな~」=「さらに状態が悪くなってるね~」ってことなんで、
それを言われたらなんて答えたらいいのかわからないのは普段からなんですが、

ex.
「そうかな?」→いや、見たらわかるから。てか、自分が一番わかってる。
「そうでもないよ?」→とぼけてもムダ。以下、同上。
「さて、私は今、何キロでしょう♪」→合コンのツカミのクイズか!

もう、今それ言われたらなんかたぶん耐えられへんわとか思って、
人に会うのが怖かった。嫌やった。
ただでさえ、あんまり弱ってるとこ人に見せたくない人間なんで、
お見舞いとか来てもらうより、元気になってから会いたいタイプなんで。


そんな私をどん底から救ってくれたのは、1本のムービーメールでした。

それはある夜、遠方に住むある人から届いたものなんですが、
その日の朝に
「具合はどう?土日休みに家事でも手伝いに行こうか?」
というメールをもらっていて、
その時には「誰にも会いたくない病」はちょっと緩和されてたけど
…というのは、もう軽く自暴自棄になって、病気に対して戦意喪失してたんで、

「もうええわ。どうにでもしてくれ。持っていきたかったら全部持っていけや」

ぐらいに、心が荒んでいて、逆にどうでも良くなってたんですよ。

で、話は戻り。
でもそんなんわざわざ炊事洗濯してもらうためだけに来てもらうのもしのびないし
「いや、大丈夫。励ましムービーが欲しい」
みたいなことをちらっと返したんですよ。


覚えてます?昔、携帯ムービーが出始めた頃、auのCMであったじゃないですか。
仲間由紀恵ちゃんが上司に叱られて会社飛び出して、歩道橋の上だかで
「(上司に)怒られた!」とか言うて、
携帯に保存してた、友達からの励ましムービーをガーって出してきて
「元気出せよ」とか再生して、復活するっていうコミカルなストーリーの。
(途中、間違えて女友達の変顔ムービーとかを再生してしまうネタもあり)

なんかあんなん欲しいなあって。おもしろいかなあって。
そしたらそれを覚えててくれて、その日の夜にムービーメールがきた。


「負けないでね」って。


「頑張ってね」じゃなくて、「負けないでね」って。 真剣な顔して。


ちょっと泣きましたね。20分ぐらい泣いたな(けっこう泣いてるしw)
そして、単純やけど「そうや、負けてたまるか」って思った。
さすがにいきなり、
「負ける気しね~ぜ」ってとこまでモチベーション上げることはできなかったけど、
「絶対負けへん。自分の体に見切りつけない。諦めへん」って。
なんか、こういう時、動画の効果って絶大やなと思った。
その人がその表情でその声でその言葉をかけてくれる。
携帯ムービーを考えた人って凄いと、改めて思った。それぐらい嬉しかった。


そこからはもう周囲が目を見張るほどの回復で…
っていうようなドラマみたいな展開はさすがに起きませんでしたけど、
でも徐々に快方には向かっていると思います。
わかりませんけど、またガクっと悪くなったりするんかもしれんけど。
私は元々軽症なほうなんで、ステロイドも飲んでないし、
なんとか薬が極端に増えることなく乗り越えられたらいいなあと思います。
一旦増えてしまった薬を減らすのって、難しいですから。


とりあえず、回復したらほぼ毎晩飲んでいたビールをやめようと思う。
これは私にとっては革命に近い凄いことなんやけど、理解を得難いかもしれない。
「おまえは内臓を患っていながら毎晩酒飲んでたんか」
と、もっぱらお叱りを受けるかもしれんが、
それこそ、無理してやめることがストレスになりそうやったんですよ。
でも、なんか今は無理してるわけではなく、あっさりそう思った。
「なんか自分の体守ることしよ。あ、そや、毎晩飲むのやめよかな」って。

ずっと一緒に笑っていてほしい人、人達がいるから。

負けへんで。


ちなみに今日のタイトルは、
ムービーをくれた人がどうも昔飲んでそんなん言うてたみたいなんで
謹んでパクらせていただきました。


今日はオトンと娘らが甥っ子(上の弟の子ども)のお宮参りにお呼ばれしてます。
私も行きたかったけど、まだちょっと無理なんで欠席させてもらった。
みんなで美味しいもん食べてるんやろな~。ええな~。
私も早くなんか味のついたものが食べたいです。
さっきの地震、ちょっとびっくりした。
さて。たまってる洗濯するか…
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  1. 2007/04/15(日) 12:49:59|
  2. 闘病?ネタ
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0

始動だ。

先週末、哲学の道 を歩いて来ました。
(リンク先は京都新聞のwebページです。今年の哲学の道の桜動画も有り)
桜のトンネルが凄かった。長かった。
京都生まれ京都育ちでありながら、初めて、哲学の道を歩いたけど、
「これはもう相当考えごとできるわ」っていうぐらい長かった。
ところどころ歯抜けになってたんで、散ったんやと思ってたら
なんかまだ七分咲きだか八分咲きだかやったらしい(噂によると)

そうそう、こないだ入学式に行ってきたんですよ。
いや、娘は在校生なんですけど、例の、PTA本部役員の仕事として。
朝いちで下のチビをツレに預けて(ほんまサンキュー)
着任式から始業式、入学式と全部出て。
その後、本部で集まって、来月にある「19年度総会」の打ち合わせして。

一応「来賓」なんで、先生生徒がビシっと並んでる間を抜けて、
教頭先生に先導されながら、前を横切って入場するんですが
体育館に入ってすぐに、ツレのKちゃん(K先生)が立ってて
私の姿を見た途端わざとらしくのけ反り、私の通りすがりに
「ええっ?来賓?りっちゃん、来賓?大変ごくろうさまで~す(ニヤニヤ)」
と小声で言った。

私は一応まあまあKちゃんの体裁とかも考えて、
学校がらみのことでKちゃんと接する時は、ちゃんと
「K先生」って呼んで敬語で話したりしてるのに、
Kちゃんは「おう、りっちゃん」とか言うて、私をおちょくりやがる。

春休み前、私の留守中に自宅に娘の担任の先生から電話があって、
折り返し、学校に電話した時もそうやった。

Kちゃん「はい、○○小学校、Kです」
私  「(うわ、Kちゃんや)お忙しい所申し訳ありません。2年○組○○と申します、娘がいつもお世話になっておりま…」
Kちゃん「おう、りっちゃん。なんか来年度PTA本部役員を受けて頂いたそうで。ヒヒヒ」
私  「(腹立つな~)ええ、はいそうですね。お勤めさせて頂きま…」
Kちゃん「つーか正直嫌やろ?邪魔くさい思ってるやろ?なあなあ?そやろ?」
私  「(絶対しばく)いえ、とんでもないですよ。あの、(担任)先生からお電話頂いたそうで」
Kちゃん「あーそうなん?ちょっと待ってや」

もう、Kちゃんは教頭先生とかになんか怒られろ!



そしてその入学式の日は、午後から福祉事務所に保育園の申請に行きました。
ツレが夕方までチビを預かってくれると言ったんで、
多分濃い話になるであろう入所相談に一人で身軽で行けるのは是れ幸いと。

うちの区は待機児童が多い区なんで、
秋に帰ってきた時、ちらっと聞いたら即答で「空いてない」言われたんで
夏ぐらいに引越しとかでたまたま空きが出るまで無理やろなと思ってたら
なんと、近所の保育園でまだ若干名の空きがあるらしい。
春入園とうに締め切ったこの時期に。
「ちょ、どこ?」と思って聞いたら、私と弟らが通っていた園だったので吹いた。

福祉事務所の人に「いや、実は卒園生なんです」って話をして、
「そしたら園のことよくわかってはるでしょうね。でも一応見学行ってくださいね」
言われて、入所申請手続きの用紙貰って説明受けたら衝撃的なこと言われた。

係「保育料は世帯合算収入で決まるんで同居のお父様の源泉徴収票も要るんです」
私「が、合算収入?うち、生計は別ですし、父から金銭援助受けてないんですけど」
係「健康保険や年金はどうされてますか?」
私「もちろん別です。父の扶養に入ってませんし、私が娘ら扶養してますんで」
係「食費や光熱費はどうされてますか?」
私「父と私で折半です」
係「例えば、光熱費など、あなた名義の領収証は提出できますか?」
私「私名義では出せないです。契約者が父で、まとめて払ってますから」
係「そうですか…。う~ん。同居別生計の証明って本当に難しくてね…」
私「そやけど、父と私の合算収入で計算された保育料を私一人で払うって、かなりきついです」
係「そうですよね…」
私「具体的にどれぐらいになります?父の課税額は多分(金額)ぐらいです」
係「お待ちくださいね」

計算中。。。

係「お父様と合算で計算すると、月の保育料は5万円ぐらいです」
私「ご、ごまんえん!?んなもん払えるかwww正社員で固定給がある仕事じゃないですから…(半泣き)あの~なんとかならないんでしょうか?」
係「そうですね…。完全に別生計であると申告するには」
私「するには?」
係「台所とお風呂を別に増築して、電気ガス水道のメーターを全て別に設置するか、ですね」
私「そんな工事するカネあったら年間60万の保育料でガタガタ言わへんっちゅうねんww」

実は、うちは同様の理由で母子家庭手当を受けられなかった。
手当が貰えるかどうかの収入限度額も「世帯合算」で計算されたので、
扶養家族がいなくて控除もなく丸々の税金を払っているオトンの課税額が
「世帯収入の合算」とやらを思いきり吊り上げてくれたので、
見事に易々と限度額をオーバーした。
でもそれは、
「実家にいるし家賃がいらんのやから、プラマイしたら同じことやし」
と思って、手当貰えへんのはまあしゃあないか~と甘んじて受けた。

そやけど保育料にまで反映されるのはちょっと待ってくれ!
預けな働けへん、働いても自分の収入に見合う以上にごっそり取られる、では、
もうなんのこっちゃわからへんですやんか、と涙ながらに訴え、係の人は
「私も力になりたいと思います。まずは見学に行ってもらい、入所申請準備を進めましょう」
と言った。

帰ったその足で保育園に電話して、翌日、早速園に見学に行った。
内装リフォームしてあったけど造りはそのままで懐かしかった。
そして、更に懐かしいことに私が通園していた当時の先生がまだいた!
私はその先生のクラスになったことはないけど、下の弟が見てもらっていて
小学生の頃、オカンの入院中はずっと私が弟を迎えに行っていたので
「チビっ子ママ頑張りや!」っていつも応援してくれてた先生だったので、
先生もうちら姉弟のことをよく覚えてくれていて
「娘さんは当時のあなたにそっくりやわ」と、ちょっと目を潤ませていた。

余談だが、そのことをハニー(誰やw)に話して、
「先生、ゾンビかと思ったわ」と、私が悪態をついたら
「シーラカンスじゃね?」と、かぶせてきた。鬼畜め。爆

まあそんなんで、先生らも
「福祉事務所の決定が降りたら、待ってるからね」と言うてくれて、
休み明けの今日、その旨の報告と、
マジで保育料なんとかならんのか食い下がるために、
もう一回、福祉事務所に行ってきた。

係「よくわかりました。では同居別生計の申立てをしてみましょう。書類が数点要りますが」
私「ええ、なんぼでも書きますよ。今までもう何十枚と書いてきましたから」

てなわけで、まだ戦いは続くのだ。
でも空きがあってホンマに良かったです。
家で子どもみながら仕事するには限界あるし、
どうしても、子どもが寝てから、夜に寝る時間削ってやることになるし。


今月は年度初めでPTAのほうも週に2~3回ペースで役員会やら各種総会やらあって、
なんかもう、ちょっとわけわからんなりつつあるが。
「どうしても無理やったら欠席でもいいよ」とは言われてるけど、
なんせ初めて持った役なんで、本部にいる自分が把握しとかんと
各学年から上がってくる学級委員さんに説明も指示も出来ないんで。


どんつき~はあんまり書けへんかもしれませんが、
スタッフの作品を預かっている「風まかせ」のほうは、
なるべくタイムリーに更新していこうと思っています。


まあ、なんしか始動だ。
  1. 2007/04/09(月) 16:31:47|
  2. 家族ネタ
  3. | トラックバック:1
  4. | コメント:0

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Author:りっさん

京都に生まれ京都で育ち、          放浪の末、京都に舞い戻った女

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