どんつきを右に曲がって左のかどっこ

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休業宣言的なもの

どんつき書くのを、ちょっとお休みしようかなあと思ったんですよ。

理由は、「書きたいように書けなくなってきた」からです。

そもそも、私がこのブログを書き始めたのは、
私が管理人をしている 本サイト「風まかせ」 の宣伝行為であり、ある種の売名行為でして。

モノを生み出すっていうのは時間も労力もかかるし、
そないポンポン更新も新作も出来ないんで、
まあその間、「どんつき」でも読んでおいてください、ぐらいの。

私は本来、ブログとか日記の類を書くのは苦手なんです。


これを書くと語弊があるかもしれませんが、ぶっちゃけ私はそんなにブログが好きじゃない。


それは、

「本人を全く知らんやつのブログ(日記)読んで、おもろいか?」

っていう頭が、私にあるからなんです。

だから、もう死語なんかもしれんが、ネットサーフィン(笑)とかで
色んな人のブログを読みに行ったりもしないし、ほんまに、リアルでツレのブログしか読まない。
何故なら、私がそいつ(ツレ)を知ってるからこそ、
そいつがどんなことを書こうが、どんなことを言おうが、その人となりを知ってるので
読んだ文章がそいつの声のトーン、口調で聞こえてくるから
だから、読んでておもしろいと思うんですね。そもそも、そいつが好きやから。


話は戻って。

私はこの「どんつき」を書くにあたり、自分の中でスタンスを決めた。

① 何事も、あえて斜めから入る。

② エンターテイメントとして毒を吐く。

③ 私がちょっとおもしろいと思ったことを、さも、より一層おもしろく書く。



ひとつずつ説明をしていくと、

①については、まあ私の性格のまんまなんですが
私は、素直とか真っ直ぐなやつと勘違いされがちですが、結構違います。屈折しまくりです。
わざわざ口にしないだけで、わりと冷めて斜めから見てたりします。
でなかったら「笑い」や「コント」をやろう(書こう)とはしないですし、
ああ、話それるけど、私がそれに気付いたのは、25ぐらいの時に
「恋のから騒ぎ・人妻スペシャル」のオーディションの二次か何かの審査を受けた時です。
それまでは、ちょっとはシャベリにも自信あったし、
笑いに関しては「表」でやってきてたし、笑いで表に出たい人間でした。
でも、その審査を一緒に受けたメンツを見た時、なんか違うと思った。
バラエティ番組ですから、何を審査されるかと言うたら「おもしろさ」なはずなのに
ディレクターが言うた「普段の格好で来て」を守ってトレーナーにジーパンで行ったんは私だけで
なんかみんな違うとこに気合入ってて、パーティドレスとか着物を着てきてる人もいました。
ある意味、意気消沈した私は審査でひとこともしゃべらなかった。
なんかわかったんですよね、私はここじゃない、むしろ「裏(方)の人間や」と。
「私ももっとオシャレしてきたら良かったー」とか一切思わなかったですしね。
求められているものが違ったわけですね。
だってね、「から騒ぎ」は、素人いじりの天才・さんまさんの番組なんで。
逆にあれからかもしれません、「斜めから、真っ直ぐに見ることが、常」になったのは。

②については、どんつき初期の頃には、一部で苦情?も来ました。「口が悪すぎる」って。
まあ私は普段から口が悪いのでこんな感じですが、
いや、そら、「ちゃんとせなあかん」時はもちろんちゃんとしますよ、
ボキャブラリーは乏しいですが、間違った尊敬語・謙譲語は絶対使いません。
例えば、買い物に行ってレジの人がお釣りを渡してくれる時
「○○円のお返しになります」って言うた瞬間に、もう小一時間説教したくなります。
自分それ、丁寧に言うてるつもりかもしれんけど、根本的に間違ってんで、と。
でもね、皆さん。考えてみてください。
「エンターテイメントの読み物」として、「ブログ」を読んだ時、
最初から最後まで完璧に美しく清らかな表現で織り成された教科書みたいなモノを読むより
多少過剰な表現があったとしても、毒満開なモノのほうが、おもろないですか?
何故なら、「自分にはようそこまで出来ない」からです。
なんやかんや言いながらも、体張ってる芸人がウケるのも突き詰めるとそこやと思います。
「アホやこいつwww」って、見下しながらも、自分はやらん・やれん、でもおもろいから、
小島よしおが冬でも裸でおっぱっぴーしてるのがおもろいんです。
彼も最近、服着てますけど。

③については、私は「笑い」や「物書き」に関してはちょっと鬼畜的なとこがあるので
自分の中でなんかヒットしたら、それは躊躇なく表現します。
それが、誰かが言ったことであっても、したことであっても、どんどん使っていきます。
てか、裏を返せば、
私はほんまに嫌いなやつのことを執筆のネタには絶対しないし、それは100%しないし、
嫌いなやつのことや、自分の中で鬱積してることや不満を、書き物のネタには絶対しない。
何より、書けないですからね、思い入れがない人、出来事については。
書いてる自分がおもろなかったら、それは書けない。
私にとっては、「書き物(ネタ)」=「愛」なんです。
でも、なんちゅうか、「笑いの耐性」や「ここまではOKレベル」は人それぞれで
逆に、神経質な人や被害妄想の強い人、勝手に傷つく人は、
申し訳ないけど、どんつきを読まないでください、ってね、言いたい。
「どんつき」を「エンターテイメント」として読めない客は読んでいらん。
正直、どんつきで取り上げてきた記事のほとんどは「他愛もないこと」です。
それを、ただ、私がおもしろおかしく「読み物」として大げさに書いてきただけのことであって
ってか、普通、そんな年がら年中、万人がびっくりするような事件は起きないですし、
自分にとっては大事件でも、他人にとっては「だから?」やし、
それをいかにおもしろおかしく表現するか、それに尽きると思うんですね。
少なくとも、私が「どんつき」でネタにして書いてきた、
ツレや身内や仲間に何か悪い印象を持った読者はいないと思う。
何故なら、私は「愛ゆえに」書いて(ネタにして)きたからです。
それをもし、なんか湾曲して捉える読者がいたら、
それはおたくの受け取り方がおかしいんですよ、っていう。
言葉でも、文章でも、歌でもそうやけど、
発信してるのは作り手やけど、受信するのは見た・聞いた側やからね。
同じモノを見ても聞いても、受け取る人によって解釈は違う。


表現者には、表現をする責任があると言われます。

「モノを書く、伝える、声にするからには、受け取り手の気持ちも考えるべきだ」と。

でもな、そんなこと考えてたら「表現」なんか、ぶっちゃけできないんですよ。
だって、受け取り手の捉え方なんか千差万別なんやから。

客の顔色いちいち見てたら、ほんまにおもろいもんは創れない。

まして、インターネットという媒体は
「誰が読んでるかわからんから、最上の配慮を」って言われるけど、
それは逆に、読み手側にも「読まない自由と意志」が一番やれるわけやんか。
お金出してホンやCD買って、客が文句言うならまだわかるわ。
でもな、自分にとって腹立たしいものをあえて「タダで」自分の意思で読んで、追って読んで
「腹立つわー」っていちいち憤るとか、なんかアホかと。耐性なさすぎなんですよ。
私は某巨大掲示板とかで「名無し」で言いたい放題言うてるやつは大嫌いです、だから見ない。
そういうことなんですよ。

話またそれるけど、
自分のブログで「右翼満開思想炸裂」で色々書いてる友達のブログが、私は好きです。
たまに行き過ぎた表現するけど、それも踏まえて私はその友達の書き物が好きや。
私もどっちかいうと「右」の人間で、私が絶大な尊敬と信頼と癒しを感じていた母方爺ちゃんが
当時の右翼のまあまあ幹部の人だったので、爺ちゃんの思想に影響を受けてたんです。
マジで、昭和天皇が亡くなったら割腹自殺するかもしれんとすら思った人で、
昭和天皇が亡くなる前に爺ちゃんは亡くなったから、ある意味まあ良かったけど、
そんな話も、書きたかったけど、今のどんつきではもう書けない。
どんつきは私の手を離れてしまった感がありますね。


どんつきでも、アクセス解析機能付けてますから、
どの時間にどこの都道府県のどのホストから来てるとか、全部アクセスログ解析できてるから
そのIPで、どんつきにアクセスできひんように、私のほうでブロックすることも余裕でできるので、
むしろ、「腹立つけど、何故かどんつきにアクセスしちゃう」って人は、言うてください。

私が、あなたを、二度とどんつきにアクセスできひんように拒否設定してあげますから。


ひとつだけ言いたいことは

「笑いに、耐性とゆとりが無い、頭の固いやつは、マジでどんつきに来ないでください」って。

めっちゃツレと全然他人を分けた中で書くのが一番ラクやなー。こんなん言うたらあれやけど。
万人の機嫌取ったような記事は私には書けないですからね、書いてておもろないから。
簡単に言うと、書けるネタとか表現を考えなあかんのがなんかうっとしくなってきたんですよ。
仕事でもないのに、「書きたいように書けない」ことが。
そやし、ちょっともう休もうかなあって。
何より、書いてる自分自身がおもろいと思えないんですよねえ、最近のどんつき。

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  1. 2008/04/21(月) 03:03:05|
  2. どんつき(の、どんつき)
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少年とナイフ

さて、3月初めに会社の現場のほうに新人さんが入ってきました。
18才の男の子です。若っけーな。
なんでも社長の知り合いの息子さんだとかで、「鍛えてやってくれ」と、社長が預かった青年らしい。
髪を金髪に染めているが、ハゲる心配とかまだ全然せんでもええんやろなあ。
なんたって18才ですからね。
あと、いつも、なんか長めのピアスをしています。
仕事してて引っかかって耳たぶちぎれへんかいなと、オカン目線の私はひやひやするんですが
彼にとっては体の一部みたいな肌身離せないものなんかもしれんからね。
例えば、彼女にもらったものとか…。

あいつ…。なかなかやるな。(妄想)

ていうか、この外観だけ聞いたら、
なんか「チャラ男」みたいに思うかもしれないが、彼はとてもシャイな青年です。
最初に会った日なんか、私と目を合わせようともしなかった。
ずっと黙々と仕事をしていました。
なので、私はどんつき内では彼を勝手に「シュン」と呼ぶ。
誰って?

小栗旬 だよ。 決まってんだろ。

シャイの代名詞の若者って言うたらもう小栗くんしかないやろ、シュンや、シュン。
実年齢で言うたら小栗くんのほうがちょっとだけ年上なんやろうけど。
なんたって、シュンは18才ですからね、18才。

何回も言うけど、18才ですよ!


私、先日、ふと気付いたんですよ。

シュンって18なんよなー。私が18の時、何してたっけ。

あ、そや。高校出て、私も仕事してたな。
懐かしいなー。
若気の至りで青い理想論ばっか言うて上司に噛みついたりしたなー。
うわ、なんか恥ずかしいなw
先輩も上司も、ようあんな青二才の目線に合わせて話に付き合ってくれはったよなあ…。


さあ、みんなも、よ~く回想してや、各々。
自分の当時を、その頃を。
私がこの後気付いた衝撃に君らも付き合わせてあげるから。


18才ですよ、18才。


時に、今、何年ですか。

平成20年ですよね。


ん? 待てよ。


シュン、18才。

今、平成20年。



あいつ 平成生まれ やんけ!!!!!



もうね、驚愕ですよ、驚愕。 うわああああああっっっ!!!って。

私、今、平成生まれと一緒に仕事してんの!? ええええええええっっっ!!!!

平成元年といえば私が高校に入学した年です。
当時16才。
高校生バイトやったけど、初めて勤労をして給与をいただいた頃です。
さらには平成4年の春には学校を出て会社に就職して社会人になっていた。
そんな頃に生まれた、ジャリ、ガキ、小僧、 いや、若者が、今、同僚。
これはもうだいぶ衝撃ですよ、なんか。

私は昭和49年生まれなんで、昭和50年代後半生まれとか聞くと「うはw若いなww」とか思うし
でも年号が変わるっていうのはもうそういう「うはw」とかレベルじゃないからね。
うちの子らも当然平成生まれやけど、だからこそ、
「平成生まれ=コドモ」とか「平成生まれ=永遠の学生」っていう、
なんかもうそんな印象あるじゃないですか。

平成生まれが仕事しとんねんで、もう。
しかも多分これからわんさか湧いてくるで、平成生まれ。

なんか、なんかちゃんとしよう、むしろせなあかん。
あいつらが社会に出てくるわけですからね、「平成」が。
MTSHのHに○するやつらが出てくるわけですから、Sは頑張らんとあかんで、シャレならん。


まあそんなふうに私にだいぶ衝撃を与えてくれたシュンですが。

社長が彼をどこまで育て上げるつもりでいはるんか、私にはわかりませんが、
彼は今、工場で下積みの毎日を送っているようです。
主に、外に発送する商品の梱包の仕事をしているらしい。

うちの会社はずっと昔から、商品の梱包にかけては特に定評があるらしく、
多分それは、商品管理チーフのキム兄が
真摯に誠実に仕事をして培ってきはったキム兄への評価であるんやろけど、
そのキム兄の指導の元で、日々勉強してるわけですから、多分チェックも細かいだろう。
「もうこれぐらいええですやん~」とか思うこともあるだろう。
でも、でも、負けるなシュン!
きっと、きっとな、キム兄の教え通り頑張ってたら、いいことあるから!
と、私は陰ながらシュンを思っていた。
商品を発送したお客さんから「丁寧な梱包で~」とかお礼が来るたび、
「ああ、シュンも頑張ってるんやな」と、ちょっと熱くなっていた。


そんなある日、一通の不思議な「商品受取連絡」が入った。

「迅速丁寧な対応ありがとうございました。梱包も完璧でした。カッターナイフが入っていたので開封が容易にできました。ありがとうございました」


え?

カッターナイフが入ってた?

改めて、送った商品を確認すると、大物の外モノだった。
バンパーとかボンネットとかドアガラスとか、そういう類の、「車の外装パーツ」。
いわゆる、運送中の傷、折れ、割れ、厳禁な類です。
いや、どの商品でもそんなことがあってはならんのですけど、特に、特に厳禁な類。
なので当然、梱包も厳重になります。
サイズをでかくして送料をわざと高くするような過剰梱包は現場でも決してしはらへんけど
でも、搬送中の事故があったらもう使いもんになりませんから、
エアキャップでぐるぐるに巻いて、さらに上から巻きダンボールで巻いたり、
箱詰めの際には中で商品が遊ばんように(ぐらぐらせんように)
商品サイズに合わせて発泡スチロールで底と左右に支板を作って、
箱と商品の間に浮きがないように、0/0でカッチリはめ込まはる。
私も前に、幅+横+高さ350サイズぐらいのドアガラスを梱包しはる工程を見せてもらったけど、
まさに職人芸のような鮮やかさやった、速さも精密さも、全てが。

そのようにして完璧に梱包して発送されるわけですから、
受け取った客にしたらそれはもう感動するでしょう、見たらわかるねんから。
「大切に、送り出されてきた」ことが。
だが、厳重な梱包は解きづらいのも、悲しいかな、これまた事実。

なので、私は一瞬「カッターナイフが入っていた」という連絡を受けて、
現場で、なんかそういうサービスを始めたのかなと思った。
最初の箱開けて、カッターナイフが添付されてたら、まあ確かにその先が開けやすいじゃないですか。
でも、まてよ。梱包解く側もカッターぐらいは用意してるやろ。
しかも、こっちからカッターナイフを添付するってなったら、当然使い古しではダメじゃないですか。
刃物だけにね、それは新品で封開けてない状態で提供せなあかん。
あの、常日頃からコストダウンにうるさい、いや、厳しい社長が、そんなサービスを提供するかな…?

ってことは…。

ちょっと血の気が引いた。

ちょ、ってか、おま、シュン、これ…! ええええええっっっ!?


えーと。 …置き忘れ?


よりによって、カッターを???

もうそんなん、ある意味 カミソリレター じゃないですか! 

いや、わかる、状況わかるで、描けるで。
梱包の時の必須アイテムや、カッターナイフとガムテープ。
今回、残念ながら、その二者択一でカッターが入ってきた。


「お~っと赤のカッターが速かった!白のガムテープ残念!」
「まさかの赤のカッターが アタックチャーンス!



いや、児玉清は今出てくるな、なんかややこしい。しかもチャンス違う、むしろ大ピンチ!!!



俺、キレたら何するかわかんないっすよ?



いやいやいや違う!絶対違う!シュンはそんな子じゃない!
なんでもかんでもそんなふうに「少年とナイフ」を結びつけてはいけません。
それは歪んだワイドショーの情報を鵜呑みにしすぎている大人の悪いところです。
間違いない。これは完全なる「置き忘れ」だ。


私は、ひと呼吸置いてからキム兄に電話した。


私「お疲れさまです。あのね、こないだ(県名)に発送した(車種名)の(パーツ名)ありましたやんか」
キム兄「お疲れさまです~。えーっと(脳内検索中)…ああ、あれな。どないかした?」
   …てか、月300件ぐらい地方発送してるのに全部覚えてるキム兄には毎回脱帽だが
私「あれね、今日無事届いたって連絡あったんですが。その…、カッターが入ってた、って…」
キム兄「カッター???…って、カッターナイフ?」
私「はい。あ、クレームとかでは無いんです。評価も最上級で入れてくれてはりますしね(メール読み上げる)」
キム兄「あー…。ごめん、ちょっと待ってや」
   …キム兄、多分ちょっと移動。
キム兄「あ、ごめんな。…うん、ごめん、多分、それ、ミス」
私「ですよね?いや、一瞬考えたんですよ、そういうサービスを試動したのかとw」
キム兄「それは無いwwwいや、俺もな、最近はシュンに一人で(梱包)やらせてて、ずっとついてないねん。最終の箱入れの時には俺が必ずチェックするんやけど。ほんまごめんなー」
私「いえいえそんな。まあクレームにもなってないですし、とりあえず」
キム兄「ちなみに、どこにカッター入ってたんかな?」
私「いや、そこまでは言うてはらへんので…。多分エアキャップの外じゃないですかね?商品に触れへんとこ。巻き段との間とか」
キム兄「あー。なるほどな。それは最終チェックでも見逃してるな。俺が見るの、巻き段した後やから。ごめんなー。っちゅうか、刃が出てんで良かったなー」
私「ええ、私もマジで一瞬血の気が引きました。…でね、この返し、どうしときましょ?」
キム兄「ん?」
私「相手さん、うちの体裁を考えて、事を荒立てないように表向きはこっち立ててくれてはりますけど、これ明らかに厳重注意ですやんか。定型の御礼文の最後に、ご理解に深謝します、とかそんなんで締めましょか?」
キム兄「いや、それも無しでええんちゃう?もうな、なんも無し!なんかさらっといっとこ!」
私「カッターナイフ送りつけといて、さらっと、とかww」
キム兄「いやいや、それがええんやってwwいつも通りいこ!」
私「あえて、逆にあえて相手の温情に応えて、感謝の意を表さない、と」
キム兄「うん、それでいい。きっと相手はわかってくれる、そういう人はな」

私はキム兄のアドバイス通り、定型の御礼文で締めました。
それから、その件について、そのお客様と、取引終了後の延長試合も場外乱闘も、
そしてまた逆に、
しつこい祝賀パーティー(君が良かった、あなたも良かった、の誉め合いエンドレス)も、してません。
キム兄の言うように、ほんまにさらっと完了しました。

私はやっぱまだまだ、営業に関して経験不足で…。


って、なんでいつのまにか私の反省になっているのか。


おまえや、おまえ!シュンめ~~~~~~このやろう!!!
変な汗かいたやないか!!!



ちなみにこの件に関してはキム兄が「俺が預かる」と言わはったので、もしかしたら、
社長には報告を上げず、シュンに注意するだけで終わっているかもしれません。
結果的に問題にもおおごとにもなっていないので。
よって、これを読んだ会社関係者は決して社長に不用意な密告をしてはいけません。爆
  1. 2008/04/18(金) 12:20:12|
  2. 仕事ネタ
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今ならハウンドドックの声マネが出来ると思う

さて、前回、「本文は次に書く」とか書いておきながら何を書こうと思っていたか忘れてしまったわけですが
いや、覚えてるんやけど今それを書くと気分が滅入りそうなのでやめておきます。
というのもここ数日風邪がぶり返して具合が悪かったからです。

実は私は先週も風邪を引いていたのだが
(恐らく、入学式にPTA来賓で出席した帰り、思い切り雨に打たれたせいだと思われる)
土日にうねりが来るにあたり、なんとか治った。
で、うねりが日曜夕方に帰った途端、また熱が上がってきて見る見るうちに寝込んでしまった。
多分、うちの子らとうねりを三人まとめてお風呂に入れて
その後、晩御飯の用意でまた台所にずっと立ってたから湯冷めしたんやと思うんですね。

てか、うねりをお風呂に入れて思ったんやけど、
風呂上りに赤ん坊を受け取って着替えさせてくれる人がいるってめちゃくちゃラクよなー。
今回、弟が残業で結果的に8時半ぐらいに帰ってきたんで
彼氏さんと私で協力してうねりもろともお風呂に入れたんですが
思えば、娘とチビの時はこの作業を毎日一人でやってたんですよね。延べ9年間。
チビが生まれてからなんか、
先に娘を入れて、素っ裸のまま、ベビーベッドで待たせていた赤ん坊のチビを迎えに行って脱がせて風呂入れて、上がったらまた素っ裸のまま先にチビ着替えさせて、自分着替えながら娘の髪乾かして、チビに湯上りのお茶飲ませて…
当時、冬の間はもうずっとエンドレスで風邪引いてましたね。当たり前や。
今はラクになったなあ。

私「お風呂沸いたでー」
娘「待って待って!この(テレビのお笑いの)オチだけ見たいから!」
チビ「見たいから!」
私「えー。ママまだ用事あるんですけど。ほな先入ってるしそれ終わったら来いや」
二人「はーい」
私「脱いだ服、洗濯かごに入れてきてや」
二人「はーい!」

…こんなんできるんですからね。ラクになったよ、マジで。


話は戻って、私がめきめき具合悪くなっていくので彼氏さんは晩御飯を作ってくれた。
一気に熱が上がりすぎたせいで関節が痛くなって座ってられなくて横になった。
喉が尋常じゃなく痛い。唾が飲み込めない。
彼氏さんがうどんを作ってくれたけど、お碗に一杯しか食べられずまた寝た。
彼氏さんも翌日から仕事があるので、その日中に帰らないと行けないのですが
最終の新幹線のぎりぎりの時間までいて、茶碗洗いや後片付け、ゴミだしまで全部やってくれた。
彼氏さんが帰った後、一旦子どもらと寝て、夜中にまた起きて、
土曜夜~日曜に、会社の公休に併せて止まっていた仕事の、明日からの準備処理をしてまた寝た。

つーか、私、月曜日出社予定やったんですよ。
データを貰いに行かなあかんかったので。
夜中にその件で先輩がメールをくれた時は「もう明日無理」がほぼ確定していたので
「すみません、明日行けません」と泣き言を入れたら、先輩は
「それはお気の毒に…。社長とキム兄には僕から伝えておくから」と言ってくれたので
安心してまた寝た。

朝起きたら喉がどっか行っていた。
喉に鉛くっつけてるような感覚で声が全く出なかった。
膝が痛くて吉本新喜劇の杖ついてよろける爺ちゃんみたいにしか歩けなかった。
これはもう保育園にチビを送っていくことも出来ない、でも、声出ないから休みの連絡も出来ない。
そこで閃いた天才の私はFAXで欠席届を出した。

さらにもう一件、出社見送りを連絡しないと行けない方々がいたのを思い出した。
あーちゃんと社長嫁だ。

実はあーちゃんの車が調子悪いとかで、月曜、社長嫁引率のもと
あーちゃんが会社に行くことになっていたのだ。
私はその話を先々週の土曜にあーちゃんから聞いたので
「あ、私も会社行かなあかんねん。拾って行ってよ」と頼んでいたのだ。
なので、二人にもその旨メールした。
社長嫁が「そしたら、そのデータを受け取ってきて、帰りに持って行ってあげるわ」と言ってくれた。

朝ご飯は娘が学校に行く前に作ってくれたけど私は食べれなかった。
二時間ずつ仮眠しながら急ぎの仕事のチェックと会社からの連絡のチェックをした。
全部会社のホストアドレスのメール内で業務連絡をやりとりできるシステムを組んでおいて良かった。
陣頭に立って社内レクチャーしてくれた先輩には本当に感謝だ。

チビがお腹減ったと言ってきて、ああもう昼か、と気付いたが、
私は相変わらず唾を飲み込むだけで泣いてる状態だったので食欲がなかった。
お腹減ってないわけではないけど、飲み込むのがつらいので食べることを脳が拒絶するんですね。
チビが「ふりかけご飯が食べたい」と言うので、いつもなら
「ふりかけご飯だけとかあかん!栄養にならへん!」とおかずも作るのだが
なんかもうふりかけご飯だけでもええかもう…みたいになって
そしてご飯食べた後すぐに「プリン食べたい!」とか言うので、いつもなら
「ご飯のすぐ後におやつとかあかん!それやったらご飯をしっかり食べなさい!」と叱るのだが
なんかもうええかプリンも玉子入ってるし栄養やし…みたいになって許した。


そうこうしてたら社長嫁がデータを持って来てくれたので
パジャマの上にコートを羽織って、エントランスまで貰いに降りた。
社長嫁は私の姿を見て「ちょー、あんた大丈夫なん」と言い、
「お大事に。ゆっくり寝えや」と言って一旦帰ったが、
子どもらを保育園に迎えに行った帰りに、
うちの子らの晩御飯のお弁当と、食えない私に「これなら」と飲むゼリーを買ってきてくれた。

余談だが、あーちゃんの目撃証言によると
社長嫁は最初、「10秒チャージ」で有名な某ウィダーインゼリーと間違えて
筋肉増強の飲むプロテインを買おうとしていたらしい。

見たいですか?マッスルりっさん。

私が布団ひきっぱの中でパソコンつけっぱで仕事してるので、社長嫁は
「あんたまたほんでそんな状態でも仕事してるし…」と言ったが
逆に、家で仮眠しながらでも最低限の仕事が回せるというのはありがたいことです。
新学期は進級に併せて何かと物入りなんで、
有給あるような仕事に就いてない限り、のうのうと休んでられないんでね。
あ、でも新学期は何かと要り様なPTAのほうは欠席させてもらいました。
実は今日、役員会があったんですが、
各々トークせなあかん活動なんで(今は守秘義務で言えない、今日を過ぎるまで)
扁桃腺をやられて声がまともに出ない私は全くの役立たずなわけです。

「病院に行け」と言われつつ、でも病院に行ってもうがい薬ぐらいしか出ないことは知っている。
私は抗生物質が飲めないんですね、持病の関係で。今度、そっちが悪くなるから。
うがい薬やビタミン剤を貰うために何時間も待つぐらいなら家で寝てるほうがずっとマシだ。
なので、私は「風邪だけ」では病院に行かないんですね。

今日は、数日間いっぱい熱出た疲労感と声枯れは残っているものの快方の兆しを感じています。
朝から、たまった洗濯を片付けて、昨日もらったデータでオークションの出品作業をしている。

健康って素晴らしいぜ。みんなありがとおおおお~~~う!センキュウッ!
早く喉が治ってほしいぜ。私は大友康平じゃないんだぜえええ~~~い! (ハウンドドックライブ風)
  1. 2008/04/15(火) 12:33:31|
  2. どんつき(の、どんつき)
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うねりが来る

花粉症疑惑が出るほどの「絶え間ないおっさんくしゃみ」も治まり、
「ああ、あれはやっぱ風邪やったんやな」と再認識している今日この頃です。
京都はこのところ雨が続いて、桜もだいぶ散ってしまいました。
今週末、彼氏さんが来るので、今年の桜を一緒に見に行きたかったのですが、
今週末はそれどころではないんですよ。

「うねり」 を預かるんです。

そう、あの 「うねり」 です。 下の弟のとこの長男です。今、一歳二ヶ月です。

弟の嫁はんが地元の岡山でツレの結婚式に出るだかで帰省するので
うちで預かることになりました。
土曜の早朝に、弟が「うねり」を連れてきます。

これにしても、よくあるパターンとしては
嫁が新幹線乗るぎりぎりに自分と子ども(うねり)の荷物抱えてきて、
義姉(私)のとこに寄って
「お義姉ちゃん、ごめんね。じゃあ、うねりをよろしくお願いします」
となりそうなものだが、
今回、旦那(弟)が、出勤前の、朝7時前に、「うねり」を預けに来るらしい。

年配の方にしたらこれは信じられないことかもしれない。
「必殺・母親のくせに」が炸裂するかもしれない。
ぶっちゃけ、私もそんなことを旦那にしてもらった経験はない。
でも、私は自分がそれを耐えてきたからと言って、
なんでもかんでも次世代に強要するのは違うと思うし、
むしろこれは、とても良い今時の夫婦一体型育児の傾向だと思いました。

確かに、女はただでさえ出かける準備に時間かかるし、
特に、嫁さん、まだ24才とかやから、同級生にやつれたところも見せたくないやろうし。
私も同じ年代で子ども産んだから、それはちょっとわかる。
周りはみんなまだまだ独身で、自由でキラキラしてて、なんか自分だけが置いていかれるような。
ちゃんと「嫁や育児」してたら、それは大なり小なり、やつれる。
それが、「女の深み」にもなることが、その頃はわからなかったんですよ。

でも、それも、ある年頃を超えたら、それは逆転するんですけどね。
特に、女の場合は手の平を返したように逆転します。
「早くに子ども産んどいたほうが、後からラク。先に苦労したあんたは勝ち組や」って。

いや、わかる。順当に行ったら、早くで子ども産んどいたら後々ラクや。
今、私らの歳になったら尚更そう思うかもしれない、みんな。
歳行ってからの育児はきついと思うよ、確実に体力落ちるし徹夜効かんし。


でも、ただ、ひとつだけ言いたいことは、

私、離婚してますよwww勝ってない、勝ってない、ある意味負けwww



まあ、話は戻って。

そうして、自分の準備しながら子どもの用意を整えて、
義理姉に預けてから、やっと新幹線乗るとか
もうかなりかなりやつれた状態で帰省スタートになるわけです。

多分、弟はそれをイメージしたんでしょうね。
「おまえ、新幹線昼前やろ?ゆっくり家出ろや。俺が会社行く前にうねりを姉貴んとこ連れてくから」
とか言ったんでしょうね。

そやけど、あ、あ、朝7時前とかおまえらwww

でもね、なんかいいなと思ったんですよ。
うちはオカンがいませんから、オカン代わりの姉貴に遠慮して自分の嫁を気遣わない旦那より
「大丈夫やって」って、姉貴無視して嫁を第一に守ってくれる旦那とか、いいですよ。

そやけど、あ、あ、朝7時前とかおまえらwww



ひとつだけ言いたいことは、私は土曜も仕事です。
出勤日ではないので自宅ですが、
パソコンに向かってる間にバカップル様のご子息うねり様に事故があってはいけませんので
一歳二ヶ月とか、歩きだすわ、物触るわ落とすわ食うわ、一番危ない時期なんで、
「どうしよかなあ~。やっぱ仕事は夜中に回すか。土曜やし銀行入金もないし、社長に事情話して…」
とか思ってたら、休みの彼氏さんが助っ人に来てくれると。
そして、「口達者な妹(チビ)」しか知らない、上の娘も
「友達の弟とは違う、限りなく自分の弟に近い従兄弟のチビ」が来るのが楽しみなようで
大人二人とチビっこママが一人いたら、
一歳児育児を忘れてしまってる浦島太郎な私(しかも、仕事で目を離す時間帯あり)でも、
なんとかなるかなあと。

もうホンマ、「自分の要求が通らなかったら泣き続ける赤子の世話」とか遥か昔の話なんで、
でも、今、
甥っ子らには「お婆ちゃん目線」入ってるんで、泣いてるうねりもまたかわいいんやろうなあ。

夜には弟も仕事からうちに帰ってくるんで、実質、私が「完全責任」で預かるのは12時間やけど
つーか、もはや「浦島太郎状態」な、母親経験ある私よりも、
「現役」で嫁と一緒に育児してる父親、の弟のほうが、
うねりのこと、ちゃんとわかってるんやろな。

それもまた良し。それでこそ良し、これからの時代は。
「俺の息子や!」ってね、血で言うだけじゃなくて、ちゃんとオトンやってる、あいつはえらい。



そやけど、あ、あ、朝7時前とかおまえらwww





このまま本文行こうかと思ったけど、
なんか、前置きがえらく長くなったので、一旦切ります。
  1. 2008/04/10(木) 23:48:06|
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今年度は会計です

PTA本部の話ですけど。

大丈夫でしょうか、どんぶり勘定の私が会計。

さらに、前年度うっかり、
市P連のフェスタで初の入賞、しかも優秀賞とか獲ってしまったばかりに
今思うと、うまく言いくるめられたとしか思えない副教頭先生の話術で、
新聞部の部長も兼任になってしまった。

だってな。

「今までの例年通りでは、会計は○○委員とセットなんですが、○○委員は夜の会合が多いし、りちさん、状況的に無理でしょう?それやったら、(就任決定の)会計と得意分野の書き物とセットにしはったほうがラクやと思うんですよ」

とか言うねんもん。


その時は、ああ、なるほどと思いましたよ。
副教頭先生、私のこと色々考えてくれてはるわ~、この人ええ人や、って。
確かに、子どもらだけ置いて夜の会合とか出れませんから。

だが、今になって冷静に考えたら、
PTA機関紙を発行する部の部長=ほぼ全部の行事把握して押さえとかんとあかん
PTA会計を担う責任者=ほぼ全部の行事把握して押さえとかんとあかん


これ、完全にやられてません?
しかも、

私「もうほんまどこまで出来るかわかりませんけど…」
教頭「大丈夫大丈夫!来年もよろしくお願いしま~す!」
私「いや、なんかものすご軽い感じですけどマジでもうね…」
副教頭「あの壁新聞の入賞は感動しましたよ~!ヒューヒューみたいな!」
私「ああ、ありがとうございます。写真とか会議室とか用意していただいてお世話になりました、っていうか、えっとまあそれは置いといて」
(通りすがりの)K先生←(ツレ)「おっ。りっちゃん。来年度も子ども達のために。…ねえ~、いやいやりっちゃんがね~。PTA本部さん!えらいなー」
私「仰る意味がわかりませんが(学生時代のあんなことやこんなこと今ここで言うたら射殺、のメンチ)」
Kちゃん「(学生時代のあんなことやこんなこと今ここで言うたら射殺はわかってるよ、ニヤニヤ)いえいえ、ご苦労様やな~と思ってね~」


そして、こんな会話を繰り広げていた、
教頭先生も副教頭先生も、ツレのKちゃんも、今春、突然離任してしまった。

なにこの完全にやられた感と、言いようのない寂しさ。
来年も一緒にわいわいやれると思ってたのに。

先生って冷たいよなー。

っていうか、ほんまにそんなにぎりぎりまで本人にも内辞とか知らされないものなんでしょうか。
少なくとも、管理職に携わってる人はちょっと前に聞いてるやろww
なんか、もう策士ですよね、計画的ですよww

だって、PTA本部役員にですら、
こうやって事前に水面下で、来年度の根回しとかあるねんもん。
なぜならば、それは、
ほんまに当選当日に突然行ってもみんなほぼ断るから、事前の内偵と了承は必要なんやけど。
つーか、あっさり断んなよ、もっとよく考えろ。一回ぐらいやってみろ、って。
それも、今しかできない親の仕事であり、経験ですよ。

逆に言うたら、そういう活動に一切参加しないくせに陰で文句ばっか言うとか
いきなり学校に怒鳴り込むとか、そういう親には私はなりたくないんですよね。
「ちゃんと、自分の目で現状把握」は大切なことなので。
それを実際やってみてから、モノ言え、ってな。
やる根性がないなら黙っとかなあかんわ、それは。
なんか、「キレ者」を間違って、古いままの風切ってる親とか寒いもん。









私は結構子どもの頃から書きモノ系は得意だったので
ていうか、
「満点獲れる」「表彰される」な書き方が得意だったので、
読書感想文や作文なんかでも、まあまあ神童の域だった。

「今、求められてるもの」が直感でなんかわかるので、
その要求に対して多少オーバーに表現してやるだけで
なんかもうパーフェクトやったんですよね。
書いてる本人は結構冷めて書いてるんやけど。


去年一年、ガチガチに堅い公的な機関紙を刊行してみて思ったんですよ。
前校長であり恩師の、あの先生は確かに、
私の幼少期の文才?とやらを誉めてくれた人ですけど、
「あなたは書く人になる、なれる」って言うてくれた人やけど、
逆に、私が、
そんなん露とも思ってないことをさらっと綺麗にまとめて書いてしまうこともできる子やって、
本当は見抜いてたんちゃうかなって。


ズブの素人の私が本部に入った春、私を推薦した恩師はもういなかった。
私は、即座に「先生に騙された!」と思った。

そして、私は、
先生がいなくても、私が持てる力を頑張って発揮して、「優等生」な壁新聞を作って、入賞した。


でも、それ、多分、違ったんやと思います。


私がさんざん子どもの頃にやってきた「外れのない優秀な書きモノ」じゃなくて、
先生は、もしかしたら、「なんか、やる」のほうに飛躍してほしかったのかもしれない。



先生の世界の異動は、私にはわからない。

色んな背景があると思う、特に上に行くほど、
「現場にいたい」と思っても、「より良い現場の先生」をやるためには、
教育委員会とかで、違う見地から「教職」を勉強することも必要なのかもしれない。



「会社」で言うたら、人事異動とかしょっちゅうやし、どんな人とも「仕事」をしていかなあきません。

でも、私が恩師と一緒にPTAやってみたかったとか
去年一年、苦楽を共にした先生らともう一回やってみたかったと思うのは
私の中にある「学校」や「先生」がやっぱ、特別な存在やからかな。
「学校」は「会社」とは絶対違うと思うし、永久に違っていてほしいし。

私はもう大人なので、
クラス替えで好きな先生が担任にならなくて、平気で「えー」とか言う子どもではないので、
ていうか、新しい出会いの中で「仕事」はできるので、
私はホンマによほど滅多に「こいつ嫌い」とか思わないですし、楽しいんやけど、
正直、やっぱちょっと、「好きな先生」との別れは、いつになっても寂しい。
  1. 2008/04/08(火) 03:26:53|
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9から6。

春ですね。
桜がいっぱい咲いてますね。

去年は、哲学の道の桜並木を、彼氏さんと娘と歩いたなあ。
チビは道中、オトンの車の中で寝てしまって、
オトンが「(チビ見てるから)おまえら、三人で歩いて来い」って。

今年は、チビの保育園送り迎えのチャリ漕ぎながら、
ところどころ、一瞬、信号待ちとかで、街中の桜並木を見ました。

桜咲く、去年の春はきつかった。

去年の今頃辺りのどんつきブログも読み返してみた。
去年の春は最悪やった。ほんまに死ぬかと思った。
むしろ、もうええわと思っていた。もう、やるならいっそやってくれと。
顔の形が変わるぐらい痩せたもんなー。体起こすだけで息切れしてた。

あの、持病の悪化激痩せのせいで、自慢のFカップの乳がAまで落ちてしまったんですよね。




まあ嘘ですけどね、天性の貧乳ですけどね。





去年の春は。

これからやろうとしてた、やりたかった仕事へのアプローチを辞めた。
こんな劇症状態が突発的に起こる病気なら、
この持病と子どもらを抱えて、その仕事をやるのは無理やと思った。

就任したばかりのPTA本部にもだいぶ迷惑をかけた。
私にとっては娘の学校は私の母校で、私を役員に推薦してきた前校長は恩師やけど
前年度の秋に転入してきたばかりで保護者としては「誰それ?」な私が
就任一回目の総会を欠席とか、どうなん、って自分で思った。

チビの保育園が決まるか決まらないかの瀬戸際で、
這ってでも福祉事務所にちゃんと通って申請しなければ、
「そんなに大して今すぐ保育を必要としてない」と見なされる、それは困る、
チビを抱えては仕事にも就けないので、
ほんまに這うようにして期限通りに数々の書類を揃えて届けに行った。
「そんな状態で働けるんですか」って言われた。


昔から、「ピアニストのような指」と称されてきた、細く長い私の手指は
著しく病的に、さらに細くなり、氷のように冷たくなっていて、
最終的に私は、階段をろくに一人で昇降することすらできなくなってて、
もう、なんか色々諦めかけた。

その、絶望的な私の手をしっかり掴んで、
「あんたを、あんたら(私・娘・チビ)をコケさせてたまるか!」って、支えてくれたのは、

自分の生活や時間を後回しにして助けに来てくれたツレら。

携帯ムービーで激励のメールを送ってくれたおっさんツレ。

私が「元気」になることを一心に祈ってくれたツレら。

「今は何も考えず、元気になって」とメールくれたPTA副会長のMさんら。

「私も出来る限りするから、貴女も出来る限り頑張るのよ!」と寄り添ってくれた福祉の担当員さんら。

「負けないで」って言ってくれた彼氏さん。



なんか、色々思い出しました。



桜って、凄いな。
毎年、必ず咲くのな、強いよな。

私の、死んだオカンは、毎年、コスモスとツツジの花を追うことを、晩年の糧にしていました。
「来年も、このコスモスが見れるかな、このツツジが見れるかな」って。
多分それは、その季節にオカンが一番しんどい思いをしたんやろうと、今わかりました。

私は、桜の花を追う。追っていく。



こないだの定期受診で、薬が9錠から6錠に減ったんですよ。

ステロイドを辞めてから、その薬だけに頼ってたとこあったんやけど、
なんか、こう、自分の体が安定してくるごとに、
薬の副作用のほうが重く作用してきたので、ダメもとで、先生に言うてみた。

私 「減量とか、無理ですか?」
先生「減量なー。してみよか。ただ、減らした途端状態変わることあるから、7月ぐらいにカメラやるよ」


またあれか…。尻カメラか…。


院外処方を薬局で待ってる間、ジェネリック医薬品についてのアンケートが回ってきた。

私が飲んでる薬は、後発医薬とか全然追いついてない目下バリバリ研究中の薬なんで、
そのアンケートに答えるごとに、私はこのアンケートに答えていいのかなと思った。

① ジェネリック医薬品を知っていますか。

② ジェネリック医薬品を使ってみたいと思いますか。

③ ジェネリック医薬品を希望しますか。

私は、①に答えるのが精一杯で、②と③には答えられなかった。
なので、薬局の受付の人に回答用紙を渡しながら、正直にそう言った。

「私が飲んでる薬は全くまだジェネリックにはほど遠くて、その薬が開発されただけでも凄いことなので、今、自分が飲んでる薬の後発医薬品が出来たと聞いても、あっさりそっちに飛びつくのは正直怖いです。医師の処方箋でも後発医薬品の転向不許可指示が出てますし、そんな私が、ジェネリック医薬品のアンケートに答えることは遠い夢であり具体的な想像がつかなくて、私はジェネリックにするかどうか自分で選べる患者ではないですし、それは確かなデータとなる参考資料ではなく淡い希望に過ぎないと思うので、このアンケートは、私は辞退します」

そしたら、その受付の人はこう言った。

「そんな夢や僅かな希望でもいいんです。あなたの思いが、明日の医学の夢や希望なんです」

なんかちょっと熱くなって、私はアンケートに素直に答えた。




まあ、そんな感じで、9から6に減りました。
あくまでも「様子見ながら」ですが。

なんか、色々思い出す、桜の季節。

今年の桜は、9から6を運んできてくれた。
  1. 2008/04/05(土) 02:00:07|
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海の向こう

はっきり言うて、私は海外旅行が嫌いです。
というか、全く行きたいと思わない、関心がない。
20歳ぐらいの頃、会社の旅行でハワイに行ったけど、当時は若かったのもあって多少浮かれてたけど、
結局、ハワイに行っても私は日本と全く同じ生活をしていた。

ハワイでしか見られないという、ダイヤモンドヘッドや、なんたら大王の像とかも見ていない。
眠かったので、一人だけバスに残って寝ていた。
ツアーの中におのずと組み込まれていたハナウマ湾では最悪の天候にめぐまれ、
当時流行の水着(モノキニ、やったかな)を着てみたものの、「早くホテルに帰りたい」とのたまい、
延べ1週間、毎夜ホテルの部屋で皆で飲んだくれては
上司や先輩に暴言を吐き、おちょくり、後輩もまたおちょくり、笑い、
先輩の双眼鏡を奪って、遠く向かいのホテルの窓に映る怪しい男女の影を覗いて盛り上がっていた。
やっと晴れた最終日には、ホテル近くのビーチにみんなで行ったけど、
海にちょっと浸かったぐらいで、あとはレスキューのハンサムな兄ちゃんらとしゃべっていた。
日本にいるのと全然変わらない。

ていうか、
海外通の人間に言わすと「もはや海外ではない」というハワイですら、私は苦痛だった。
もう、これやったら、熱海の温泉で刺身食ってるほうが断然いいと思った。
だから、ツレが海外旅行に行ってきたという話を聞いても全く羨ましいと思わないし、
普通に「へー」っていう、旅行の土産話をしているツレに逆に申し訳ないぐらい
「へー」っていう感じしかないのだ。

これには多分、ふたつ理由があって、
ひとつは「今の自分の生活環境やペースが大幅に狂いそうなところに好んで行きたくない」
ふたつめは「日本が好きすぎる」

年末に、旦那さんの仕事の都合で海外に発ったツレがいるのだが
彼女はがらりと変わった暮らしを楽しみ、言葉を勉強し、生き生きと暮らしている。
なんかもう凄いなって思うんですよね。
私なんか、4年間関東にいましたが、ずっと思いきり関西弁のまましゃべってた女ですから、
外国でその土地の言葉をいちから勉強して、とかもう考えられない。
だからそのツレはほんま凄いなって思うんですよ。
もちろん、家族を抱えて言葉通じひんかったら日々の生活に支障が出るやろから
親・妻の使命としてそれを習得しなければならない部分もあるのかもしれないが
そのツレは明らかに楽しんで挑んでいる。
私多分、本気で泣きますよ、そんな状況に置かれたら。

海外の全部に興味なし・海外アレルギーとかじゃなくて、
文化的なものには部分的に関心もあります、今はね。

ダイヤモンドヘッドを平気でぶっちしたあの頃とは多少違いますから、
自分にヒットするおもしろそうな情報を得ると、「あ、観たいな」って思います。
でも、自分から色々調べてあちこち観に行ってとかはしないやろうなー、って。
あと、人は好きなので、ガイジンさんを毛嫌いするとかは一切ないです。

多分、私は生き方がもったいないタイプの人間なんでしょうね。
興味のないことにはとことん興味がなくて、広い好奇心もなくて
自分が好きなことだけに全てが集中する。なんかオタク気質なんやと思います。

あと、日本が好きすぎるとこ。
もしもですが、石原さんが首相になって諸外国となんか喧嘩しまくって
「日本は鎖国する」とか言い出しても、
ああやっぱり、ってちょっと笑うけどそれもええかとか思ってしまうかもしれない。

幕末時代の日本とかめっちゃ好きですしね。
私が坂本龍馬先生を崇拝するのはそのへんやと思います。
あの時代に、なんと、
「ちょ、もうおまえら喧嘩すんなやー。小さいねん、言うてることが。メリケンのやつら見てみろや」
って言うた。
それって凄いことですよ。


勝さん「龍馬くん、龍馬くん。船でメリケン(アメリカ)やらエゲレス(イギリス)やら行ってみいひん?」
龍馬「うはそれいいっすね!それは行っときましょ!僕、今から船の操縦の勉強しますわ!」


しかも、この背景にも諸説あって、
一部では国賊とも言われていた幕府開国派の幕臣・勝海舟を斬りに行った、
サムライ龍馬(当時、攘夷派勤皇の志士としての活動もしていた)が、
逆に勝さんに諭されたんですってね。

「私を斬りたければ斬れ。だが、君はメリケンに触れたことがあるのか?」って。

仮にも、武士として江戸に修行に来てたサムライが、ですよ。
自分が斬りに行った相手に諭されて、刀置いて、船の舵を取ろうと矛先を変えた。
その発想の転換とか理解力とか柔軟性とかが、なんかもう凄いなって。


私は当時に生きていたら間違いなく、尊皇攘夷派のサムライやったと思います。
広い視野で物事を見られる坂本龍馬は凄い、一角の人物やと憧れと尊敬を抱きつつ、
「ほんなら君も海援隊に入りいや!入れたるで!外国と貿易しようや!(亀山社中な)」って誘われても
きっと、よう行かんかったと思います。


まあそんな、平成の置いてきぼり一人で鎖国状態の私なんですが、
一ヶ所だけ、行ってみたいとこがあるんですよね。

バルセロナなんですけど。

てか、バルセロナにある「サグラダファミリア」なんですけど。


あれは見たいなー。
一説では、あの聖堂が完成することはないとか言われているようで、
建築作業を進めながら、昔作った部分が徐々に古くなってきてその修復作業も同時にしてるとか。
もうそんなん、イタチゴッコですよ。
それこそ一生終わらへんのちゃうの、って。

しかもガウディは設計図を書かない建築家で、模型で設計を起こすんですってね。
だから、本人の頭では全部わかってても、それを注釈してやらんとみんなにはわからない。
そして案の定、
ガウディが死んでしまった後、ガウディの頭にあった工程や完成図がみんなにはわからない。
なので、今、
彼が遺した模型を見ながら、「ここはこうしたかったんちゃうか?」とか、やってはるみたいです。

なにその気の遠くなるような作業。

でも、誰も「やめよう」って言わないんですね。
「ガウディおらんねんもん、無理やろ、これ」ってならない。
もうここまで世界的に有名になってしまったら、今さらやめられないところもあるでしょうけど
ほんまにやめようと思ったら何とでも言えるわけで。
だってもう十分過ぎるほどやってきはったと思うし。
「なんでやめんねん、ヘタレ!」って、誰も言わないですよ、多分。


もしかしたら、ガウディ自身も「こんなん完成するわけないけど」ってわかっていたかもしれない。
でも、彼は自分の中に湧いてきたものを止められなかった。
「ほんまはこうしたいけど、多分無理やしこのへんで」って妥協しなかった。
そして、彼のその意志を継ぐものが今だにそれを繋いでいるわけです。
「ガウディおらんから、多分無理やしこのへんで」って妥協しない。

なにもう君ら、その素敵な熱さ。
ちょっとある意味、頭おかしいのかもしれない。
ほんま、何してんの、自分ら、っていう。

職人魂、ですね。
私はそんなんめちゃくちゃ好きです。

ガウディ本人は今頃天国で「えっ。自分ら、まだやってたん?」って、ちょっと笑ってるかもしれんけど。


サグラダファミリアが完成してから観に行くのでは意味がないんです、私の中では。

もっと言うたら、もうね、一生やっててほしいですね。

それもある意味、私にはようやれんかった憧れと尊敬なんかもしれませんが。



特に行きたい外国はないけど、サグラダファミリアの工事は観たいな。

それだけ見たら、特に他は見んと、すぐ日本に帰ると思うけど。
  1. 2008/04/03(木) 01:07:36|
  2. 思うこと(「生きる」)
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プロフィール

Author:りっさん

京都に生まれ京都で育ち、          放浪の末、京都に舞い戻った女

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