どんつきを右に曲がって左のかどっこ

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天使のウインク

さて。

この 続き? です。


そうして一件落着したかと思えたその10月20日火曜日の夜。
あれは確か23時頃だったと思いますが、
なんか背中の肩甲骨の辺りがもうめっちゃ痛くなってきたんですよね。
そしてそれに付随して、その肩甲骨の真裏である胸の辺りまで痛くなってきた。

私は貧乳のくせに肩こり持ちなんで、この症状はまた肩こりだと思った。
いつもそうなんですよね。肩こり首こりがMAXになると肩甲骨の辺りが痛くなる。

っていうか、独身の頃から通っていた整骨院の先生が言うには
私の肩こりはそもそもその肩甲骨の辺りのこりが発端らしいので、
肩を揉みほぐすというよりも、背中の肩甲骨辺りを揉みほぐさないと肩こりも治らないとかで。


てなわけで私は、その問題の肩甲骨の辺りに湿布を貼って、寝たんですよ。


ほんなら。


夜中に左の背中と左胸の痛みが苦しくなって、その苦痛で目が覚めた。
もう裏も表も骨や筋肉が全部固まったようになってしまって、息がまともにできない。


これは霊の仕業だ。


と、最初は普通にそう思いました。


私は、今は「その力」が耄碌してしまっていますが、
いわゆる「見える」人で、「乗られる」人だったんですよ。
16才ぐらいの頃から、見たり、聞いたりとか、金縛りに合うことも日常茶飯事やったし、
多分あれは幽体離脱?をして、自分が「乗られて」苦しんでる姿を見たこともある。
いちごを産んでからその力は何故か突然消えてしまったが(多分いちごが持って行ったと思う)
体が固まって息が出来ない=金縛り、って思って、私はそれを「解こう」と尽力しました。

でも、だめだった。

っていうか、体全体の自由(身動き)を奪われる「あれ」とは違い、
今なんか明らかに、左上半身だけが自由を奪われていて、
「あれ」の息苦しさとは比べものにならないぐらいに、息を吸うことが苦しい。
よって、これはいわゆる霊的なものの仕業ではない。

私はその時、布団で仰向けになって寝ていたのだが、
背中の左側に体重がかかることがもうめっさ痛いので、死にもの狂いで寝返りをした。
そうしてうつぶせの体勢になり、さらに膝を曲げて前屈姿勢になって少しはラクになったが、
だがしばらくすると今度は左胸に向けてのしかかる重みでまたもうめっさ痛く苦しくなり
起き上がって座ろうとしたら、左胸と背中が鉛のように重くてもはや体を起こすことも出来ず、
一度落ち着こうと思って深呼吸をしたら、心臓が破れそうなほどの超激痛が走った。


「あかん。なんかあかん、死ぬかも」



そう思って、隣で寝ている彼氏さんにこの「りっさん瀕死」を気付いてもらおうと、
熟睡中の彼氏さんの迷惑を省みず、まさに「自分必死」で、力の限り叩いた。



…。
……。
………。



気が付いたら、私は暗い夜道を走る車の中に居た。
「居た」って言うか、彼氏さんに寄りかかりながら、走る車の後部座席で「落ちていた」。
っていうか、いわばもう全身で彼氏さんに倒れこんでいるような形で、「私が、在った」。
運転席の横辺りに緑色に光る数字メーターが見えて「ああ、ここはタクシーの中なんだ」と判り、
自分は今多分病院に運ばれている途中なんだなと思い、痛みの中でまた意識が落ちた。


次に気が付いたら、私は固いベッドの上に寝かされていた。
左胸にはモニターが付けられ、指には血液中の酸素量を測るクリップが挟まれており、
多分私の心拍と比例する「ピッ、ピッ」という音が室内に鳴り響いていて、
さらに、頭上には手術の時に使うようなやたらでっかい照明があったので、
ここが「救急救命の処置室」であることが判った。

胸の痛みはさらにひどくなっていて、時折わしづかみにされるような発作が起き、
息を吸うたび激しく響くので、浅くちょっとずつしか呼吸が出来なかった。


私を診ている当直の先生はいかにも研修医っぽい若い女の先生で
その傍らに同じく新人っぽい若い看護師さん(半泣きだったことが印象的)と、
ベテランっぽいおばちゃん看護師さんがいて、その三人が私を囲むようにしてなんかしていた。

おばちゃん看護師「りちさーん!わかりますかーっ?病院ですよー!」 
私「うう…。は、は…い…。い、いっ、痛い…っ!」
先生「どこが痛いですかー!?」
私「左胸と、背中…が…。ハッハッ…(←浅い呼吸)息が苦しい…!」
おばちゃん看護師「その痛みはいつから?」
私「じゅ、じゅういちじ(23時)ぐらい……ぎゃああああああっっ~~~(←発作発動)痛いーっ!!!」
先生「りちさんしっかりして!」
若い看護師「先生っ、血中酸素量が!」
先生「酸素チューブ入れてください!」
おばちゃん看護師「りちさーん。鼻にチューブ入れるよー?ちょっと気持ち悪いけど我慢してねー。鼻から酸素が出るから、鼻で大きく息を吸ってねー」


と、そこで私はまた意識が落ちた。


意識が落ちる寸前に、「救命病棟24時」のドラマでしか聞いたことがない、あの、
「何らかの問題が発生したことにより生命の存続が著しく危うい方向に向かっている警告音」を聞いた。
まさに七転八倒の痛みに犯されて、左胸と左の背中と精神が破壊されそうになりながらも、
「自分で自分の生命がだいぶやばい状態になってるのを音で聞くのは初めてやな…」と
どこか冷静に、かつ、ともすれば「オイシイ」とすら思いつつ、その警告音をキャッチしている私がいた。

廊下の待合で私のその「発狂」とその「やばい警告音」を夜通しずっと聞いていたという彼氏さんは
後日、「生きた心地がしなかった。本当に、本当に怖かった……」と、涙目で言っていた。
彼はあえて私にはその恐怖の理由を口に出しては言わなかったけど
「りちがこのまま死んでしまうんじゃないか?愛しいりちがもしも死んだら、俺はこの先どうしよう…」
とか多分思って、それが本当に本当に怖かったんだろうと思います。痛み入ります。


「っていうか、りっさん死ぬ気あらへんがな!www」



いや、あのね。

今となってはこうしてネタにしてますけど、ほんまにほんまにキツかったんですよ。
私の経験した痛みの頂上決戦はこれまで「陣痛」か、「S字結腸から先の尻カメラ」でしたけど、
今回のあの挑戦者はチャンピオンを脅かすほどのつわものでした。
何が辛いって、この痛み苦しみに「終わり」が全く見えないことが辛かった。
出産とか尻カメラ(ファイバー)とかは、いつか必ず終わりがくるじゃないですか。
でも、今回のあれについては、そんな心の拠り所がなかったですしね。
「私が生きてる限りこれが一生続くんちゃうか?」って思って、
こんなに苦しい思いをしながらも自分がまだ生きていることがもういやになった。


そうして私は何度も痛みの発作と呼吸困難で意識を落とし、地獄を這い回っていた。


気が付けば「採血の結果、尋常じゃない炎症反応が出ている」とか
また気が付けば「熱が39度まで上がった。血圧も依然高い」とか、
そんなあまり喜ばしくないニュースを薄い意識の中で色々と耳にした。
いつしか、背中~胸から始まった痛みは左上半身全域に渡っていて
左肩がいよいよ上がらなくなり、左腕は棒のようにまるで感覚がなくなり、
わき腹は「下痢でお腹が痛い時に力入れて我慢してる時」のように緊張して固くなったままで、
もしかしたらこのまま左上半身付随になるんじゃないかなと、私は真剣にそう思った。


私の症状から疑われた病名は「心外膜炎」でした。


なので、心臓専門の循環器科の先生にバトンタッチすることになったのだが、
私を診てくれていた研修医らしき若い先生の話では、
私の少し前に運ばれてきた患者さんが心疾患の持病があってペースメーカーを装着している方で、
今日の当直の循環器科の先生が今その救命処置にあたっているので、
もう少ししたらきっとその心臓エキスパートの先生がこちらに来てくれるから、
そしたらもっと詳しいことがわかるから、お願いやからそれまで頑張って、と言われた。


ちょw何やねん、その不思議なお願いはw
逆に聞きたいのは、
今おまえは何しに救命救急の当直を請け負っているのだ?
君の勉強や経験のお手伝いをするために
患者は救急救命に運ばれてくるわけではないんですよ?



でも、ここでそんなふうにキレるのはあかんことやと思って、私は半分死にそうな笑顔で頷いた。
何故なら、痛みと呼吸困難に苦しむ私を逆になんともしてやれないことについて、
きっとこの若い研修医らしき先生も今、自分の力不足になんしか苦しんでいるはずなのだ。
そんな時に、ここで私が


「この役立たずが!下がれボケ!!」


とか、自分の痛み苦しみの感情にまかせてそんなんをダイレクトに言ってしまったら、
もしかしたらこの駆け出しの若い先生はなんかもうごっつ傷ついてしまって、
まだほとんど医者として何も始まってないのに、
志半ばにして、なんかもう医者という仕事をを辞めてしまうやもしれない、と思い、
私はまだ動くほうの右手を先生に差し出して、「先生…、先生、ここにいてください」と、言った。

そしたら、その若い先生は、私の右手をぎゅーっと握り返しながら、
「りちさん!先生はここにいるよ!りちさんお願い、頑張って!」と言った。


そこで私が、なんかそんな伏線があった中で
その研修医の先生に手を握られながら安らかな顔をして死んでしまったら、
それはなんかある意味とてもいいドラマになったんかもしれないが、
例えば私が連ドラの第二話ぐらいでポッと現れた患者で、先生の心の何かを動かして、
その役目が終わったらバチコーン死ぬ患者、的なバイプレイヤーだったなら
それはある意味いいドラマになったかもしれんが、


だが残念ながら、
無粋な私は逆にその空気を読まず、まだしつこく死ななかった。

よって、続く。


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  1. 2009/10/31(土) 23:36:27|
  2. 闘病?ネタ

それは、「あき」まへん!

さて。

先日、私は ある記事 の中で、

(子どもは)常識を逸脱するようなことを平気でする。


と、書きました。

ただ、それに関してはいわゆる「幼少期の子ども」に重点を置いたつもりであり
今のうちの家庭で言うと、「ももレベルの話」で考える中でそう表現しました。

だが。


この度、我が家のしっかり者のチビっ子ママこと、いちご(上の娘・10才・小学五年生)が、
まさか、まさかの、常識を逸脱する事件を起こしやがりました。
もうね、いちごに関しては完全に油断していましたから、開いた口が塞がりませんでした。
子育てって、もうなんてこう次から次へと問題が起こるものなのかと、改めて思いました。


正確に言うと、それは10月20日火曜日の夕方18時過ぎのこと。
その日、私はいつものように17時の終業時間まで精力的にがっつり働き、
仕事を終えた後、同僚と休憩室で軽いトークなどをして笑って家路に着き、
家でタバコを一服だけしてからダッシュでもも(下の娘・5才・保育園年長組)のお迎えに走った。
その道中で、陸上の練習を終えて、友達らと下校するいちごと出会い、

いちご「ママー」
私「おう!おかえり!今からママ、もものお迎えに行くから」
いちご「うん」
私「宿題しときや」
いちご「わかってるよw」

という会話を交わした。
それは全然、もう全然いつも通りの日常だった。


「今日一日の報告」をかいつまんで、いや、むしろ、かいつまみすぎて
なんのこっちゃさっぱりわからん話を繰り広げるももをチャリの後ろに乗せて

(このまま買い物行ってもええんやけど、いちごが帰ってきてるから、一旦ももと、この保育園の持ち帰り荷物を家に置いてから、一人で出直すか…。てか、今カバンも財布も持ってないわ。家に置いてきてるわ。よし、やっぱ一旦家に帰ろう)

とか思って、その日はお迎え続きの買い物をしないで、まっすぐ家に帰った。


ほんなら。

とうに家に帰っているはずのいちごが、マンションの外廊下にいた。
いちごは外廊下の隅に置いているエアコンの室外機の上に宿題らしきプリントを広げて勉強をしていた。

私「???……あんた、こんなとこで何してんの?」
いちご「宿題してんの」
私「そら見たらわかるけど。てか家入れよwこんなとこにいたら寒いやろ」
いちご「今日な、学校に鍵持っていくの忘れてんー」
私「あ、そうなん?てか、ほなどうやって(エントランスのオートロック解除してここまで)入ったん?」
いちご「鍵忘れたって気付いて、下でママを待ってたら、隣のお兄さんがちょうど出かけはる時に会って、おかえりーって言うて中に入れてくれはったん」
私「そうかー。それはラッキーやったなw」

と言いつつ、私は自宅の鍵穴に自宅の鍵を差した。


だが、鍵が鍵穴に差さらない。


アハハ♪りっさんなんだか大失敗♪
彼氏さん家の合鍵と間違えて差しちゃったんだな♪(←もも風のん気ポジティブ)

と無理やり思って今差したその鍵を再度確認したらそれは寸分の狂いもなく「りっさん家の鍵」だった。


なんじゃこりゃー!? (←演技指導・松田優作氏)



これから。


いちごに、宿題しながらで悪いけどもものことをちょっと見ててなーママ買い物行ってくるわとお願いして、ももが持って帰ってきた保育園のお着替え類を洗濯機にかけてる間にパッと買い物に行って帰ってきてすぐさまご飯の用意をし、しながら、その最中にちょうど終わる洗濯物を干して、終わったら風呂掃除をして、ご飯の最後の仕上げをする。その頃にはいちごの宿題が終わるだろうから、出来たての温かいうちにいちごとももにご飯を食べさせて、食べたものを片付けてる間に風呂にお湯を張って、お湯が張れたら先にいちごをお風呂に入らせて、ももは私が入れて、上がったら髪を乾かして歯を磨かせて明日の用意をそれぞれさせて、「りち家子どもの基本就寝時刻」の21時までには寝かせる。それが出来ない場合でも、明日の子どもらの学校保育園での生活に支障がないように、遅くとも22時までには必ず子どもを寝かせる。

という一連の親の仕事が切羽詰って控えているのにも関わらず、鍵が何故か鍵穴に全く差さらない。

そのことについて、私自身の何か落ち度や鍵の変形等の問題はまるで見当たらないのに、
この鍵穴にこの世で唯一フィットするはずのこの鍵がなんかわからんけど今差さらないという、
自分の常識をもう遥かに逸脱するそのハプニングに見舞われた私は軽くパニックになった。
そんな軽くパニック中の私を、呆然かつ若干バツ悪そうに見ている背後のその視線に私は気付いた。

私「あんた。もしかして…なんか、した?」
いちご「今日、学校に鍵持って行くん忘れてん」
私「うん、それはさっきも聞きました。…で?」
いちご「で……。もしかしたら、頑張ったら開くかな?って思って…」
私「って思って、何を頑張った?」
いちご「そこにあったやつを小さく割って鍵を開けようとしたら、落ちて中に入ってしまった」

いちごの指差す廊下の手摺りの上には、
雨風で朽ちた手摺りの装飾のプラスチック片が散らばっていた。


私「こんなもんで開くわけがないやろ!」
いちご「もしかしたら開くかな?って思ったんやもん!」
私「それで開くなら鍵なんかいらんわ!!!」 


ブーたれるいちごに、
「なあ、さっきママがもものお迎えに行く途中で、いちごとすれ違ったやん?だからもうじきママが帰ってくるのは予想できたやろ?いつも通りのことやんか。なのになんでママが帰ってくるまで待たれへんかったんや?」
と聞くと、いちごは
「鍵を忘れたのは自分のミスやから、自分でなんとかして鍵を開けないといけないと思った」
と言った。

いちごは、わりと物事を物理的に考えるやつなんですよね。
よって、普段からいわゆる「無謀な挑戦」には手を出さないのだが、


どうやら私はいちごを甘く見ていたらしい。



今開かないこの鍵穴に、なんかプラスチック的なものが詰まっていることがもうわかったので
私は、本日夕方に仕事を終えて自宅にいるはずの、近所に住む彼氏さんに電話をし、
「そういうわけなので何かヘアピン的な先の尖った細いものを持ってきてほしい。いちごが詰めたであろうプラスチック片を掻きだしてみる」と言うと、彼は
「それで取り出せたら逆に鍵の開錠屋はいらないと思うけど…」と、
先ほど私がいちごに言ったことと同じようなことを言いつつ、クリップを持って急いで来てくれた。
しばらく彼氏さんと二人でプラスチック救出活動に勤しんだが当然全然無理だった。
彼は出がけに調べてきたという鍵の開錠業者の電話番号を提示しながら
「もうこうなったらやっぱ本職に頼むしかないよ」と言ったが、
開錠だけで済んだらいいが、更に鍵の差し替えなんてことになったら大家さんの許可がいるので
カバンも財布も家の中にある中、まさになけなしのアイテムである携帯電話の登録から
賃貸管理会社の電話番号をひっぱり出して、先に管理会社にこの事情を説明し、
それから、鍵の救○車に電話をしたら、その救急隊員は20分ぐらいで飛んで来てくれて、
一時間以上もの間、家主である私たちを外に放置していた、その問題の「開かない鍵」を
見たこともない不思議な道具をちょちょいと使って、なんとものの2分程度で開けてくれた。

「鍵を変えないといけないかどうかはバラしてみないとわからないのでこれをお借りします」
と言って、土台ごとごっそり外した鍵穴を持って車に戻った隊員がまた20分ぐらいして戻ってきて
「中でバラバラになっていたプラスチック片を全部取り除くことができたので鍵の差し替えは必要ないですね」
と言って、また土台ごと元通りに収めてくれた。
こうして、事件発生から2時間後ようやくこの事件は解決した。

かのように思われたが、実際まだ解決しなかった。


請求金額  14,700円也


あさっての休みに銀行に行こうと思っていたので財布の中には2,000円しかなかった。
っていうか、「志村、給料日前!!!」
泣く泣く彼氏さんにお金を借りて代金を支払うと、隊員はそれを受け取りつつ
「子どもさんにくれぐれもよく注意しておいてくださいよ」と、私を叱りつけた。
てか、逆に客やのに。

そういえばこういうレスキュー系の職人って、客にお金貰って「ありがとうございます」って言わないよな。
自分らみたいな商売がこの世から無くなるのが一番幸せって、ある意味そう思ってはるんかもわからんね。
と彼氏さんに言ったら、
今はその現場を離れているが、本来は発達障害のある子どもたちの支援サポートを本業とする彼は
「あー。うん、きっとそうだね。なんか少しわかる気がするな…」と言っていた。

私「っていうか一番わからんのが、なんで五年生にもなっていちごはあんなことをしたんやろう?」
彼「んー、逆に五年生だから、じゃない?…例えばももだったら、りちが帰ってくるまでただじっと待ってたと思うよ。それだけいちごが成長したってことだと思うよ」
私「そうかー…。なるほどね。…しかし高い授業料やったなー」
彼「そうだねw」

と、そんな感傷に長々とふけっている場合ではなく
この2時間のロスタイムを埋めるべく、私は馬車馬のように家事を働いた。
私が熱で寝込んだ時にこの家庭と子どもらを丸投げされたことがあり、
「りち家の暮らしのリズム」についてよく把握している彼氏さんは
私が何も言わなくても率先して家事育児協力に勤しんでくれて、
彼氏さんがももをお風呂に入れて寝る準備をさせてくれてやっと一日が終わった時、
時計の針は22時を回っていた。

「今日はなんかバタバタさせてしまったし、湯冷めしてもいけないから泊まっていけば」
と私は言った。

私たちは常日頃、
「平日は会ったり泊まりあったりしないで、自分のやるべきことをお互い頑張ろう」
という約束をしているのだが、今日のケースは特異なことであり、
しかも、そもそもヘルプ要請(ヘアピンか何か持って来て!)をこちらから出しておきながら、
「事件が解決したらもう帰れ」っていうのはあまりにも身勝手だと思い、私はそう提案し
彼も「じゃあそうさせてもらうよ」と言って、その日はうちに泊まることになった。


だが、この事件はこの後起こる大事件の序章に過ぎなかった。
今になって思うと、この事件を起こしてくれたいちごに感謝したいぐらいだ。


翌21日水曜日の深夜未明、
私は胸痛及び左上半身全域の痛みに伴う呼吸困難の発作を起こし、
それに気付いた彼氏さんによって病院に担ぎこまれ、そのまま救急救命病棟に緊急入院したのである。


続く



  1. 2009/10/27(火) 14:56:39|
  2. 家族ネタ

「シール、しますね」・2

さて。 この 続き。


そうして、会計のレジで「いやー!いやー!!!」と泣いてお菓子を手放さない子どもや
お母さんに促されて大人しくレジのお姉さんに渡したけれど、
なんか不安そうにお菓子の行方をじっと見ている子どもの心を落ち着ける時に大活躍するのが、
「お会計済みです」の、あの「シール」なんですね。


ほら、例えば、うちの店みたいなドラッグストアで言うと、
トイレットペーパーとかボックスティッシュとかレジ袋に入らないようなでっかい物を買った時に、
店員が「こちらはお印でご了承ください」とかなんかそんなん言うて

「ありがとうございますありがとうございますありがとうございますありがとうございますありがとうございます…」

とか、そんなん延々印字してある黄色いシールを貼られたことがないですか?
あれがいわゆる「お会計済みシール(お印)」というものなんですね。
昨今のエコブームの中では、逆に、買い物袋持参のお客様のほうから
「袋はいいですよ。シールでいいですよ」と仰ることもあるぐらいですから、
あのシールの存在を知らないやつは今の世の中ではもうほぼいないと思いますが。


てか、また話反れるけど、この「エコ」という言葉が出たついでにちょっと言わせてもらうけど、


「行き過ぎたエコはエゴになる」。


例えば、洗剤や雑貨類と食品を一緒に買わはった時とか、レジで一応聞くんですよね。
「洗剤・雑貨と食品を入れる袋は、別々に致しましょうか?」って。
いや、私らにしたら、全部一緒の袋に入れても問題がないことはさらさらわかっていますよ。
完全に密封されたプラスチック製の容器に入った洗剤やら柔軟剤やら芳香剤やら、
まだ一度も汚いものを拭いていない雑巾や、まだ一度も臭い足で履いてないスリッパやらを、
衛生的に個装された食パンや真空状態の缶詰と一緒の袋に入れても、
そのことで何ら問題が発生しないことなんか、こちとらさらさらわかっています。
匂い移りしそうな簡易包装の洋服用防虫剤や、雑多にしたら道中で割れる危険もある卵なんかは、
お伺いを立てるまでもなく、もうはなから(最初から)別の袋に入れていますしね。

なのに何故それをわざわざいちいちお伺い確認するのかというと、それは
「この客がよもやクレーマーになって、後々の対処に余計な手を取られないための事前対策」
なんですよね。
「口に入れるものと洗剤、ましてスリッパや雑巾までも一緒に入れるなんてこの店はどうかしてるわ!」
みたいな超~~~神経質なことを言う人が、今ほんま多いからね。
逆に直接店か、最悪、代表本部に言うてくるならまだいいんやけど、
尾びれ背びれ付けていんたーねっとに流された日には、ほんまもうたまったもんじゃないですよ。
だが、そうして神経質なやつがどんどんその神経質な神経を磨いていく一方で、
時代はもう空前の「エコブーム」でもあるのだ。

そんな「神経質熱心」な人々と、その対極にある「エコ熱心」な人々が混在しつつ
なお、共存をもしているこの世の中で物を売るという商売をしている私らにしたら、
逆にむしろ、「前者の方々へのクレーム防御」として、「そのお伺い」をしているんです。
だが、後者の方々にしたらそんな私たちの置かれている状況などまるで想像だにもしないようで

「今だにそんな袋分けをしているようでは、この店はダメだ」

と、なんかお怒りになる。

そしてさらには、
地球全体のエコを考えて今「袋は一緒でいい」と言った自分がどんだけ素晴らしい人間なのか、
みんなも自分を見習ってそうするべきだ、なのに誰もしない、なんと嘆かわしい世の中だ、
自分さえ良ければそれでいいと思っているやつが多いから日本はダメになったんだ!!!と、
後ろに、もういっぱいいっぱい客が並んでいるレジを占拠して、そんな演説をなさる。


あなたがそんなに聡明で賢くグローバルで思慮深いところを誠に誠に申し訳ございませんが、
もう、満を持して言わせてもらうなら
  
「志村後ろ!!!」 


もうね、ほんまこのことは一回言いたかったんですよ。ちょっとすっきりしました。



話戻って。



そう、あの「お会計済み」のシールを、子どもが手に持ってきたお菓子に貼ってやること。

たかがそんなことで、子どもはなんかもう「安心」をするんでしょうね。

切願してやっと、か、お母さんの機嫌や気まぐれ、か、その内情は知りませんけど、
なんか欲しかったお菓子をようやく買ってもらえることになったと。
そうして手に入れたお菓子を今このレジのお姉さんに渡せって言われたら
子どもの考えにしたら、
「もしかしたら、このお菓子を取り上げられるんちゃうか」って思うんだろうと思う。

だがそこで、
速やかにバーコードを通してそのシールを貼ってまた子どもの手元にそれを戻してやることで
子どもはなんか、「安心」をしよるんですよね、どんなケースの子どもでも。
だから、私は直ちに「あのシール」を貼って、子どもの手にまた返してやるんですよ。
そんなしょ~~~もないことでもう抱きしめたいぐらいに可愛い顔して、なんか笑うからね。


私は自分が「超~~~昭和」な家庭で育ってきましたから、ですから、正直、
「子どもが例えそのお菓子を大喜びで手に持ってきたとしても、それは一旦、その代金を払う親元(レジ袋)に入れて、家に帰ってからまた親の手渡しで頂く、という、それが筋なんじゃないか」
とも思っていました。
だから、「レジで子どもが持ってきたお菓子にシールを貼ってやる」その行為が
果たして本当にこの子にとって、この子の将来にとっていいことなのか、
子どものその「甘え」を増長することになるんじゃないかと迷った時もあった。


でも、今私が思うのは、
子ども時代に「安心」をより得た子どもほど、なんか羽ばたけるんじゃないか、とも思って。
でも、親にはなかなかそれができません。
何故なら、親は子どもを早くこの大人社会に通用する「大人」にしようと懸命になるし、
社会に通用する自立した人間に子どもを育てることが親の使命なので、つい厳しくなる。
そんな時に、「ある意味横から茶々を入れる」のが、「周りの大人」なんじゃないかなって。
「安心せえ、君を悪いようにはせえへんから」っていう、ある意味での「茶々」。

だから私は、子どもが手に持ってきたお菓子には「あのシール」を貼る。
そのことに十分安心したら、逆にいつか子どものほうから
「シールはいいです」って、きっと言うてくると思うから。
そうなったらなったで、その時はきっとなんか少し寂しいんやろうけど。

  1. 2009/10/26(月) 00:27:44|
  2. 「こっち見んな!!!」

「シール、しますね」

さて。

今日はまた来月の保育園親子レクの準備で相方ミワちゃんと東映太秦映画村に行ってきた。
レク当日にクイズラリーをするんで、クイズのヒントに使う写真やらを撮りに。
映画村は単なるテーマパークではなく実際にドラマやら映画の撮影所としても使ってはるんで
著作権?肖像権?版権?…なんかわからんけどそういうのが厳しいみたいで
クイズラリー用に作成した問題を一旦見せて、その問題の内容のチェックを受けることと、
レクが終わったら用紙を全部回収して廃棄処分することの二点を約束させられました。
実はミワちゃんは映画村で働いており、さらに「団体ツアーの下見」ってことで
子連れかつ今日は彼氏さんも一緒だったがまたもやフリーパスで入れてもらい、
下見の取材理由でタダで入村しているくせに、こないだ来た時に観てハマった、
あのおもろい座長率いるアクション劇団の忍者ショーをもう一回観て、また大笑いしました。
毎日まあ色々あるはあるけど、なんか私は平和に生かせてもろてるよなーと、ふとそう思った。


さて、本題。


こないだ仕事で店のレジに立っていたら、
若いお母さんと、3才ぐらいの女の子がお会計に並んでいました。
お母さんのほうは洗剤やら何やらの入った買い物カゴを持っていて、
女の子は小さいラムネを大事そうに手に握り締めて持っていた。
ほどなくしてお会計の順番が来るとレジ台を挟んで私のまん前に立ち、
くりくりの瞳でじーっと私の顔を見つめてくるので、「可愛い子やなあ」と思った。


私は自分が子どもを産むまではそんなに子どもが好きではなかったんですよ。
っていうか、どう絡んだらいいかわからないのでどっちか言うと苦手だった。


うるさいし。
しつこいし。
常識を逸脱するようなことを平気でしよるし。



まあ正直今でも子どもと遊ぶより、大人同士で遊ぶほうがそら楽しいんですけど、
自分が子どもを持って、子どもを愛おしいと思う気持ちが初めてわかった。
そら、実際育てていくには大変なこともしんどいこともいっぱいありますけどね。

そうして、いわば全くのゼロから「子ども」と向き合う人生を送るようになってから、
いつしか「自分の子ども」だけでなく、「子ども」というものを可愛いと思うようになった。

今までは何考えてるかさっぱりわからなかった赤ん坊や幼児に対しても、
いちごやももをここまで半泣き必死で育ててきたその経験などを踏まえて、
「例えば、私が今こんなことしたら、この子は今、笑うかな?なんか今、安心するかな?」
とか、そんなこともやれるようにもなって、赤ん坊や幼児と関わることが苦手じゃなくなった。

「育児は育自」とはよく言ったものでして、
「育児」を通して「自分の在り方・成り方」的なことを逆に考えさせられることがほんまに多い。
そしてその度、私は、私のように人間が出来てないやつ、人として成ってないやつにほど、
神様は「子育て」という形で「人間修行」の機会をお与えになっているのかもしれない、とか思う。
ちょっと哲学入ってますけど。



話戻って。



その女の子はラムネを大事そうに手に持ったままずっと私を見つめており、
すると、買い物カゴをレジ台に置いたお母さんが、
「○○ちゃん、お姉さん(=私)にラムネを渡して、ピッしてもらいなさい」と言ったので、
その子はお母さんに言われた通り、素直にラムネを両手でそっと差し出したのだが
なんかものすごく不安そうな顔で、私が受け取ったラムネの行方をごっつ見ていた。


幼い子どもと母親が買い物に来ることは日常茶飯事なのでこういうシーンはよくある。
中には、お母さんに「お姉さん(=私)にそれ(手に持ってるお菓子)を渡しなさい」と言われても、
「いやーっ!いやーっ!!!」と泣いて騒いで、もう絶対断固渡そうとしない子どももいる。

それこそ、独身時代にスーパーやコンビニでそういうシーンに出くわすと

「なにこのわがままなクソガキ」

「しかもこんなふうに育てたこの親も親」


みたいに思って、正直ごっつうっとしかった。
でも今はもうそういう状況の中でも、全くイラつかなくなった。

うちの子らは二人とも、買い物先でなんか駄々をこねて大騒ぎすることはなかったんですよ。
「買うてー!買うてー!」言うて泣いて、ひっくり返ったカエルみたいになることも一回もなかった。
確かに、幼い頃からそういう躾については徹底的に厳しくはしてきたが、
それは何も私の躾の仕方がとても素晴らしかったというわけではなく、
いちごとももがそういう駄々をこねなかったのは、むしろ偶然だったんじゃないかと今は思う。
なんぼ親が懸命に育てていても、子どもが「それ」をやりがちな時期、というのもあるのだろうと
そんなシーズンをとうに過ぎた今となっては、逆にそんなふうにも思う。

だってね、子ども目線で考えてみれば、
そもそも、赤ん坊の頃はなんかあればとりあえず泣いたら、もう親が直ちに飛んできてくれてくれて
ミルクやおむつの世話をしたり、あやしたり寝かしたりと、
自分の欲求・要求を全面的に満たしてもくれたわけじゃないですか。
そんな「泣けば済む」ふうだった赤ん坊時代から「泣いてもダメ」な幼児期に成長していくにおいて、
その今しばらくの間、「泣いたらまだ聞いてもらえるんじゃないか」と思ってしまう時期があるのも、
当たり前といえば逆に当たり前なんじゃないかなと、今となっては思うんですよ。

だから今はそんな子どもを見ても、そんな子どもと格闘する親を見てもうっとしいとは思わないし、
むしろ、その格闘している親に対して
「これが一生続くわけじゃないから、時期が来たら治まるから。今は辛抱して頑張りやー自分」
とか思って、温かく見守りつつ、逆に熱く応援すらしてしまうほどだ。


っていうか、そんなことよりも、
今誰もが「これ」を早くツッコみたくて、むしろ「それ」が気になって、なんか気もそぞろやろから
そんなおまえらを落ち着かせて、より本題を進めていくためにセルフツッコミを入れとくと、


りっさん(35才)を「お姉さん」ってwww無茶言うたらあかんでwww



こ れ で 気 が 済 ん だ か。



ってか、逆にどこが、いつが「その境目」なんでしょうね?
さていつ頃から私は「エセ・レジのお姉さん」から「ガチ・レジのおばちゃん」になるのだろうか?

多分今はまだ「ちょっと気ぃ使って」の範疇内で、私より遥かに若いお母さん方が、
寝不足すると目の下のクマをちょいちょい隠しきれなくなってきた私を
子どもを前にして「レジのお姉さん」と、まだギリでそう言うてくれてるんだろうが、
「本格的におばちゃん」の人に対してそれを言うのは逆に失礼になるじゃないですか。
そんなんいつまでも平気で言うてるのって「みのもんた」と「綾小路きみまろ」ぐらいじゃないですか。

私はいつ、晴れて正真正銘「レジのおばちゃん」になるのだろうか?と
四捨五入してアラフォー(笑)に差し掛かった昨今、そんなこともちょっと考えてみたりもします。



続く
  1. 2009/10/19(月) 00:00:46|
  2. 「こっち見んな!!!」

恋が終わらない

 
   君の思い出の中に 僕は いつか消えゆくのだろうけど


   やっと 少しだけ笑ってくれた

   君のあの笑顔を  僕は 今も忘れられないでいる





  1. 2009/10/16(金) 02:51:20|
  2. お知らせ・よりかねの思ひ出

性格診断との戦い

さて。


私がどんつきで記事を書く時、「書きながら考える」ということは、もうほとんどしてません。
何故ならば、出だしから起こし、展開、間に挟む小ネタ、そして最後の締めに至るまで、
私の頭の中では、とうに(とっくに)そのプロットはもう完成しているんですよね。

何か思ったこと、感じたこと、出くわした出来事や体験したことについて、
「あ、これ、どんつきのネタにしよう」
と思ったその時点で、起承転結の一連のホンがバーッと頭の中で出来てしまうんです。
だから、あとはもう、時間のある時にそれらのストックを頭の引き出しから出してきて、
ただただ打ち込むだけの機械的な作業のみ、っていう、
そんな更新の仕方を、実はここ「どんつき」でしてるんです。
だから、もっと言うと、私でなくても誰にでも「どんつき~」を更新することができる。
私が頭の中で出来てるプロットを話す、それをそのまんまキーボードで打ち込む、
という作業ができる人なら、もう、誰にでも「どんつき」の新作を更新することができる。


まあそんな感じで、「実はもうすでにとうに完成しているどんつき」を、
りっさんは日々(不定期ですが、まあ、日々)更新しているので、
その反動で、たまにこう、
「りっさん本人もどういう結末になるのかもうほんまに全くわからないw」
みたいなことも、なんかちょっとしてみたくなるんですね。



さて。

よせばいいのに、りっさんはまたもや「性格診断系」のテストに手を出しました。
以前、どんつきで性格診断系のテストをやって載せたこともあるんですが
今回はもっともっとハードに性格診断・性格分析してくるタイプのものに手を出しました。
結論から言うと、またちょっとへこみました。



そもそも、「性格診断」的なテストは私の天敵であり、宿敵なのである。



あいつら、人間じゃないぞ。気をつけろ。



私があいつらに仕掛けられたその質問に素直に正直に誠実に答えたことに対して、
私は何故かいつも、あいつら「結果の人」から、かなりの罵詈雑言を受けるんです。
ヤフオクの評価欄やったら絶対IDごと削除されるぞおまえ、ぐらいの暴言を吐かれる。


あなたがいなくなることが、
むしろあなたの周囲の人々の幸福なのやも(笑)


みたいな、なんかそんなことをもういっぱい言われるんですよ。




「むしろおまえが消えろやボケ!!!」





っていうか、逆におかしいと思いません?

自分で言うのもアレですけど、
てかむしろこの状況では自分で言うていくしかないので自分で言いますけど、
私は誰とでも仲良くやれるタチですし、ツレは多いほうだと思う。
しかもそれは浅く広くではなく、実はその一人ひとりとも深く付き合っていくタイプだ。
「今までこんなことを人に話したことがない。りっさんが初めてやわ」という台詞を、
今までの35年間、もう幾度となく私は聞いてきた。

確かに、ちょっと私は頭がおかしいんかもなと、自分で薄々気付く瞬間もあります。
だが、「あんたといると、なんかおもろいわw」とツレが泣き笑いして言うてくれるたびに
私は、「ああ、なんか私はイケてるんだな、よっしゃー」とか思うわけですよ。
そうして私が自分自身の実体験の下に幸せな考えで生きている中に突如割り込んできて、
見えない、いやむしろ、そもそも居ない敵、と戦わせる方向に持って行こうとするあいつら。


ほんま自分ら、どう思ってんの???




ですから。

私は、性格診断脳内診断恋愛診断相性診断etcetcというその一連のものには進んで取り組まない。
またなんか「知ったか風」にそんなん言われることを経験上わかってるのにそれでもまだやって、
やっぱりまた「やたら叩けばいい」的な感じでボロクソに悪口言われてしまって、
なんかちょっと傷つくとかそんなんもうアホ丸出しじゃないですか。


「てか、そこまで意志が強いならそんなもの一生絶対にやらなかったらいいのに」 って?


アホやなおまえ、ちゃうねん。それはちゃうねん。
何故ならば、こんなりっさんも、それは「人間」やから。
逆に、そういうやつほど魔が差したりもするんですよ。何故なら、「もしかしたら?」と思ってしまうから。


「こいつは、こいつこそは、この深い森の奥にある、それはキラキラと光り輝く澄んだ美しい泉の在り処を、よもや一発で見つけだすことが出来るんじゃないか?」 

とか、思ってしまうから。



だが、まあ結果はいつも同じです。
もう微動だにせずいつもと同じことにそれはなるのだ。


森の木々達は伐採され、さらには森全体を丸ごと焼き払われる。


「ちょっと気の弱いやつやったら死ぬか一生引きこもるぞ」ぐらいのことを普通~に言われますからね。
しかもまた難しいボキャブラリーを無駄に多用しながら
「あなたの出した結果結論は絶対的なものですから泣いてもだめ」ぐらいの威圧高圧を持って。
あんなもんもう、「イジメのレベル」と言ってもいいと思うわ。
ごっつ陰湿な感じの大人のイジメやで、あんなもん。




ひとつだけ思ったことは、

逆にあの手のハードな分析テストを今やった結果をオンタイムでまんまブログに貼ってる人らは、
逆に、なんであんな、「ど根性ガエル」的な結果を一発で出せるんだろうか?


泣いて笑って喧嘩して~♪みたいな。
憎いよ、このー♪みたいな。


「どっこい生きてる、シャツの中~~~」みたいな。 


そんないい感じの「大団円」な結果を、あの人らはなんで一発で出せるんだ?
私にはそんなカッコイイことは出来なかった。ただただボロックソに言われた。


私は臆病な人間なんで、自分が先に見てしまったその悲惨な結果をここにはよう貼れません。
今さら恥をかくことは全く恐れていませんが、あれは「読んだ人が、普通に引く」から。

それがネタとして笑いになるならば、りっさんは今まで通り身を削ってでもそれは出しますが、
あんなもんからはもう何の笑いも生まれない。
何故ならば、あいつらにそもそも「笑い」という名の愛が無いから。
もうね、こんなイジメ物語は封印ですよ、封印。


ただ、なんかもうあまりにもボロクソ言われたので、逆に私は、

「おまえらが思ってるいい人ってこういうことなんやろ?」

っていう感じでところどころ嘘をついてそのテストをやり直してやった。
そうして「半分ホンマ、半分嘘」でしてやったら、逆にもっと変人扱いされた。
腹が立ったのでさらにもっと嘘を交えてやったったら、さらに奇人変人認定され、
もう何が嘘で何がホンマか、自分自身でもわからなくなってノイローゼになりそうになった。



三回やったわ!!!





ひとつだけ言えることは

おまえらにはわからんかもしれんけど、
「はい」の中にも色んな気持ちがあって、「いいえ」の中にも色んな考えがあって
さらには「どちらでもない」の中にも、もう朝までずっとしゃべれるほどの思いがあるねん。



そしてひとつだけ、今一度強く思ったことは


おまえらなんかに私を分析されてたまるか
おまえらは逆にもう一生そこにいろ






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  1. 2009/10/15(木) 03:41:03|
  2. どんつき(もの)

早退騒動・3

さて、 この 続き。

そうして、私は早退させてもらえることになり、店長から、
「体調のこともやけど、どのみち明日は暴風警報が出たら子どもさんのこともあるし(学校・保育園が休業になるので、五年生のいちごはともかく保育園年長組のももを家に置いて仕事には来れない)色んな意味で無理をしないで、ゆっくり休んで元気になってまた頑張ってください」
と、半泣きになるような優しい言葉をかけられて、また胸がキューンとなり、
ユウスケを筆頭に、仲間のみんなからいただいたこのオフを有効活用すべく、
もう絶対今晩中に熱を下げてやると意気込んで、私は葛根湯と生姜湯(注*)を買って帰った。

(注*)
私は主に西洋医学の薬について持病の薬との飲み合わせ等等で制限があり、さらに、
いわゆる抗生物質を投与することを医者からお勧めされてないので、風邪薬の類はほぼ飲めない。
よって、以前、うちの薬剤師さんから
「りちさんが熱出したり、肩やら腰やら関節やらが痛くなった時に飲める漢方薬」
として指南を受けたのが葛根湯と生姜湯のコンビなのである。


強く引き寄せると書いて「強引」なユウスケと、
抱きしめて擁護すると書いて「抱擁」な店長の間で揺れる
乙女なりっさんのこの恋煩い(=胸の痛み)が
単なる「病状」であることを認識するまでさほど時間はかからなかった。
家に帰って熱を計ったら普通に38度越えていて、頭と体の感覚が麻痺してきた。
肺の辺りでからんだ痰を外に出すべく咳をするたび、胸の「キューン」も増していく。


志村!それ、「風邪」!!!



もう一刻も早く、唯一の武器である葛根湯らを飲んで寝てしまいたかったが
そういえば台風が接近しているらしいということを思い出して、
強風でハンガー等が飛んで行かないようにベランダの物干し場近辺のものを全部撤去し、
玄関前(マンションの外廊下)に置いている傘やいちごの一輪車などを片付けた。

さて。

ここで一番の問題に私はぶち当たった。
保育園に行っているもものことである。

本来ならば、親が仕事等で保育ができない状態にあるから園に預けているのであって
親が仕事を早退してきて自宅にいるのならばそれは迎えに行くのが筋なのである。

でも。

我が家の「チビっ子ママ」であるいちごとセットの時ならともかく、
ももだけが単品で家にいると、「ママ」の私は風邪だろうがなんだろうが寝てられない。

何故ならば、
「ママ~。あやとりの糸がもつれちゃいました!」 とか
「ママはオレンジと赤とどっちが好きー?ももちゃんはピンクが好きやねんー♪」 とか
「ママ、ママ!ももちゃん今からそくてんするから見ててや!」 とか
なんだかんだで叩き起こされてしまうのだ。

かといって、
「もも。ママはお風邪でしんどいからちょっと寝るね。ごめんやけど静かに遊んどいてくれる?」
などと言おうものなら、聞き分けのいいももは
「うんわかった!ママ、早くお風邪治してね。ももちゃん、静か~~にしてるからね!」
などと言い、
(そっか、ママはお風邪やから静かにしないと!)とか思って
一人で静かに遊んでる最中にたまたま見つけた高い棚の上にあるクッキーの缶を、
逆に、静か~~~に、一人で、どっかから持って来た踏み台に乗って取ろうとして


ドンガラガッシャーン!!!


「ママ~!棚の上のものがぜんぶ落ちちゃいました、ごめんなさい。そして缶の中身も空っぽでしたw」 

みたいなことになってしまうのだ。


だが、折りしも時は台風急接近中。
今夜未明にも和歌山辺りに上陸すると言われているそれにより
ここ、京都も夜に向けてますますこの雨風が強くなっていくことだろう。
そして私の体にしても、
熱の出始めは往々にして陽が落ちるごとに熱が上がっていくことが多いので
それらから考えられることとして、
今、この数時間は仮に安静に寝れたとしても、私の育児はなお続く。
よって、今よりもっと熱が上がってもっとしんどくなってから、
大雨の中を傘さしてチャリで保育園までももを迎えに行くことになるなら
もういっそ今のうちに迎えに行っておこう。そのうち、いちごも学校から帰ってくるだろう。
台風が近づいているので、放課後の陸上の練習は恐らく中止になるはずだ。

そうして私は、万が一私が起き上がれなくなった時の、いちごともものライフラインとして
その日、昼までで仕事を終わって自宅にいるであろう彼氏さんに、
「仕事中に具合が悪くなったので早退しました」という旨のメールをした。
こうしておけば、もし私と全く連絡が取れなくなった場合でも

「なんだよ。またメール返してこないし電話にも出ないよ、この女w」

といった、いわゆる普段の恋愛不精ではなく、
最悪、私が万が一のことになった場合、

「今、音信不通ということは、もうかなり具合が悪いのかも?」
「=いちごとももは、今、どうしてるんだ?」


と、何か想像を働かせて、
携帯が繋がらないなら、自宅電話(いちごが出る)にかけてくれるやもしれないと思って。



話戻って。


「というわけで今から迎えに行きます」と保育園に電話して、ももを迎えに行ったら
普段は「閉園ギリギリの一番最後の一人のお迎え」なので油断していたであろうももは
お昼寝の最中に突然起こされ、完全に寝ぼけ眼で「まさかの早迎え」を喜んでくれなかった。
だが、帰る最中にだんだん目が覚めてきたらしく
「よーっし!お家に帰ったらももちゃん、ママとレストランごっこするぞーっ!」とか
なんか異常にテンションが上がりだしたので、
私はただただ、いちごが一刻も早く学校から帰ってきてくれることだけを願ってチャリを漕いだ。


そうしてももを連れて帰ってきてからのことはあまり覚えていない。
「お願いやからちょっと寝かせてな」とか多分言って、
私は葛根湯やらを飲んで、風邪と戦うために体温を上げるべく布団をかぶって寝ただろうと思う。


寝ながら、子どもの頃の夢を見ました。

小四の時に突然、半年間入院したオカンが退院してきた日のこと。
今日オカンが退院できることは朝オトンから聞いていたので、学校から走って帰ってきたら、
下の弟がオカンの膝を占領していて、上の弟がオカンの背中を占領していたので
私は行く場所がなかったのと、四年生にもなってオカンに甘えるとか照れくさいので
なんか斜に構えながら「退院できてよかったよね」ぐらいのスタンスでいた。
そしたらオカンが
「りち、今日は何が食べたい?お母さんの入院中、りちがきっと一番頑張ってくれたやろから今日はお母さん、りちの一番食べたいものを作るわ」
と言った。
私はとりあえず「ハンバーグ」と答えたけど、実はお茶漬けでもなんでも良かったんですよ。
今日からずっとまたこの家にオカンがいてくれるなら、もうそれだけで良かった。
ただまあ、その後もやっぱオカンはちょいちょい入院してたんですけどね。

そんな夢を見て泣きながら目が覚めたら、時間はもう夕方の6時を回っていて
彼氏さんが晩ご飯の仕度をしながら、帰ってきたいちごの宿題を見ていて、
ももは寝てる私の横で塗り絵か何かをしていた。


そうしてその日は、ご飯の仕度から後片付けから洗濯からももをお風呂に入れることから
全部全部彼氏さんがしてくれた。してくれた、っていうか、
私が床に伏せてまた次に目が覚めるごとにどんどんそれらが完遂されていたので
「もしかしたら、父親(が風邪で寝込む時)ってこんな感じなんかな」と、ふと思った。


そうして迎えた翌朝。


台風は進路を変えて近畿には直撃せず東海地方に行ったが
朝7時の時点で暴風警報が出ていたので保育園と学校は休みになった。
ということはどのみち私は仕事を休まなければいけないのだが、
それはそれとして、私自身の戦いはどうなんだろうと思って熱を計ったら38度5分を越えていた。


なんでなんだぜ???


ちょっと待ってくれよ昨日早退した時よりも熱上がってるやん!
あんなに寝たのに。
あんなに(ご飯の仕度も片付けも子どもの宿題見るのも風呂も全部全部放棄して)寝たのに!!!


ほどなくして暴風警報が解除され、
事前に学校から連絡があったマニュアルに沿って、いちごは3校時から登校することになった。
同じくももの保育園でも、警報解除の後、
職員が随時来て受け入れ準備にあたるので一時間後から保育可能となったが
それよりも何よりも私は、
ああして昨日早退させてもらったにも関わらず風邪を治せなかったことについて
店長にどう報告しようとそればっかり考えて、答えが見つからないまま、とにかく店に電話した。
そしたら、のっけから店長が出た。


私「おはようございます。りちです。すみません、熱が昨日より上がってしまって。…38度越えてしまいました」
店長「あらら(←何故かちょっと笑ってる)」
私「本当に申し訳ございませんが、今日も休ませてもらっていいでしょうか?」
店長「何も考えんと、ゆっくり休んでください」
私「ほんますんません!本当に申し訳ございません!(今日シフトの)皆さんにも宜しくお伝えください…」
店長「わっかりました~!了解っす、お疲れさまです!(←何故かいきなりハイテンション)」
私「(釣られてちょっと笑う)申し訳ございません。失礼致します」
店長「ういーっすw」


その日のことはもうほんま、ますます全然覚えてません。
彼氏さんが泊まりこんでくれたことだけ、なんとなく覚えてる。


そうしてさらにその翌日。


台風一過の空の下、とりあえず熱が36度後半まで下がったんで、私は仕事に行きました。
治癒率的には70%ぐらいの感じだったと思います。

あとは、行ったら何とかやれるという自分なりの自信と、
その日はローテーションが私を含めてギリの「三人回し」だったことと、
ただでさえ、子持ちの私は子どもの病気とかで突然休んでしまう可能性が高いので、
自分の病気でこれ以上休むとかあかんやろっていう思いと、
生活面(経済面=来月の給料)を考えると、今日はもう休めない。(←社会の底辺は、今ここ)


そうして行ったら。


またこないだ(早退の日)と同じ状況になった。


ま~~~、来るわ来るわの客の数。
開店から丸2時間、客が一切一瞬たりとも全く途切れない。
息つく間もなくずっとずーっと、ず~~~っと、
「お会計マニュアルトーク」と
「常連さん向けのコミュニケーショントーク」をしゃべりっぱなしで
終には喉が枯れてきて、声がかすれてまともに出なくなる。
開店からここまでの売り上げは、普段の二倍。



病み上がり初日には、ぶっちゃけ過酷でしたが、逆に、


これが私の生きる道。



二日前に私が早退していく様を一部始終見ていた社員のYさんが、その日は13時からの出勤で、
私が朝からずっとレジに立っているのを見て「お体はもう大丈夫なんですか?」と言った。

私「その節はほんますんませんでした。概ね大丈夫です。あとはもう逆にお客さんにパワーを貰っていこうと思ってますよw…接客業って、その辺がなんかいいですよねー。お客さんの顔が見たらなんか元気になる、むしろならざるを得ない!みたいなとこあるじゃないですか?」
Yさん「(涙目)ですよね…」
私「こう、持ちつ持たれつ的なね。休んだおまえが言うなやって話ですけどw目の前にお客さんがいる仕事って、逆に生かされてるとこもあるなあって思って」
Yさん「はい(涙目)…ですよねw」


てな感じで、りっさんは職場に復帰しました。



ひとつだけ言いたいことは



ユウスケ、ありがとう。



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  1. 2009/10/14(水) 01:30:41|
  2. 仕事ネタ(現職)

早退騒動・2

さて。

この 続きです。




そんな感じで、あの日は朝からもうだいぶ、だいぶ実はしんどかった。


「もしかしたら、私は終業時間の17時まで持たないかもしれない」

と、内心ちょっと弱気になったりして。

でも、来るお客さんにしてみたら、一店員である私が風邪でしんどいとか全く関係ない話であり、
今日一緒に働くメンバーにしても、居るからには私はちゃんと戦力にならんとそれはあかんと思い、
「いつも通りに」を心がけつつ、勤務割り当てに乗っ取って朝からずっとレジに立っていた。


そしたら。


ま~~~、来るわ来るわの客の数。
開店から丸2時間、客が一切一瞬たりとも全く途切れない。
息つく間もなくずっとずーっと、ず~~~っと、
「お会計マニュアルトーク」と
「常連さん向けのコミュニケーショントーク」をしゃべりっぱなしで
終には喉が枯れてきて、声がかすれてまともに出なくなる。
開店からここまでの売り上げは、普段の二倍。



逆に、来てくださるお客様をないしはちょっとウザいとも思ってしまいましたからね。
「なんでよりによってこんな日に来るねん」ぐらいの勢いで。



「ちょwおまえらw台風来るねんぞwww」



いや、わかるんですよ。わかってるんです、頭の中では。
多分、台風が来る前に買い物をしておこうと思って、いわばその「ケツ」が決まってる状態の中、
引く手数多の店の中からうちの店を選んでくださって、
そぼ降る雨の中、傘をさしてわざわざ来てくださっている有り難いお客様であるということは。



だが。

それより何より、ぶっちゃけ、

「私がこんなしんどい日になんでおまえらわざわざ来んねんw」

と、私はちょっとそう思ってしまった。



私は、なんかもうあかんな~~~と思った。



体と態度は「いつも通りに」してるのに心の中でそんなん思ってしまうとか、
私はいよいよ、風邪に体を侵されて、ついには心まで病んできてるわと思った。


そしてその時、逆に気付いた。


自分は「いわゆる無理」のK点越えを、またもやしていたんだということを。



自分の割り当ての仕事(品出し)をしていた後輩のユウスケが、
ピンポン(レジ応援要請の放送)で呼んでもいないのにどこからともなくいつしか現れて、
「大量買い」のお客さんのサッカー(レジ袋にお買い上げ商品を詰める補助作業)に入ってくれたので
私はユウスケにだけ小声で、ちょっと泣き言を言ってしまった。

私「明日は休むかもわからんわ。もうかなりしんどい」
ユウスケ「うん、休み。明日なんか台風直撃やし絶対暇やろ。…っていうか今日もう昼で帰りぃや。(メイン)レジ、13時までやろ?13時から僕がメインやし、もう13時のレジ交代でそのままりちさん上がりぃや」
私「でも…」
ユウスケ「でも…じゃなくて!」
私「はい」
ユウスケ「僕から店長に言うとくから。13時で上がりぃや」
私「うん……(レジに来た、40代男性タクシードライバーの常連客に)いらっしゃいませー。あら?今日はいつもよりお昼休憩早いじゃないですかw(会計のバーコード擦りながら)こうして台風が近づいてる時って、会社から業務停止命令とか出ないんですか?…え、出ないんですか?ほんまに?wwwそんなん、走ってる最中に看板とか飛んできたらめっちゃ危ないじゃないですかwww(会計終えて)ほんま気ぃつけてくださいよ?…あ、この(私の)マスク?ちょっと昨日風邪っぽかってね、マスクに目覚めてしまってその癖でw全然元気ですよーこの通り!…鬼のカクラン?そんなん言わはりますか(袋渡しながら)ありがとうございますー。また明日もお待ちしてますのでww(次の、推定70才前の常連客に)お父さーん、もー!台風来てるのにわざわざ来てくれはったん?…酒でも飲まんとやっとれへんわーって、その気持ちはわかるけどwwもうこれ買うて帰ったら家でじっとしててくださいよ?外出たらあかんですよ?ほんま凄い風吹くみたいやし雨もいっぱい降るって。…あ、この(私の)マスク?しゃべりすぎやからおまえはマスクしとけ、ってみんなに言われてね、自重自重ww」

と、私がレジでそんなふうにいわゆる「営業トーク」を展開している中、
気付いたらユウスケがいつのまにかいなくなっていた。

そして。

ユウスケはほんまに店長に「りちさんを13時で上がらせます談判」をしたようで、
そしてその日一緒に入ってたメンツ(社員・バイト含め)全員に行き届くように
「りちさんを絶対に13時で帰らせますからね(あとは僕らでやれるでしょう、やりましょう)」
というような手配(根回し)をもなんかしてくれたらしく、
13時になるや否や、逆にこっちが戸惑うぐらいの勢いで
私の仕事をみんなして奪い取って、
みんなして、なんかあたたかく快く、私を13時で早退(強制送還)させてくれた。



ひとつだけ言いたいことは


店長、社員以下、バイトも含めた本日のメンバーで
「一番下っ端のユウスケ」が、なんと、
「本日の勤務体制変更指揮をした」、というその事実。





そんなふうに、半ば強引なぐらいのユウスケのことを、私は、


「こんなにも行動的な男の人って、強くて逞しくて、めっちゃ好き…」 


とか思って、胸がキューンとなって、きゅうーっとなった。



いよいよりっさんマックスレベルの熱に侵されながら、さらに続く。


  1. 2009/10/12(月) 04:35:18|
  2. 仕事ネタ(現職)

早退騒動

さて。

のっけから私信ですが、
店の後輩でありつつも今やごっつツレでもある「Yくん」改め「ユウスケ」のツレの「きみ」。
君は、この「どんつき~」に、なんかかなりハマってるらしいですね?
ユウスケくんから聞くところによると、
「このどんつきを書いているりっさんという人に、だいぶ会ってみたい」と?
ほんで、さ来週末にもう早速、ユウスケと一緒にりっさんの家にご飯食べ&飲みに来たいと?

まあ、 当然 ユウスケくんから報告がいってると思いますけど、

りっさんは とてつもない美人 なので、恋に落ちないように。

会うてしゃべるのを楽しみにしてまっせ。




さて。

先週、久々に風邪で二晩寝込みました。
お陰で亀田二号機が「完全に負ける」ことを期待していた試合を見逃してしまった。
結果は「判定負け」だったそうですね。
そうかー。なんかまたモヤモヤしますわ。

ホンマ、若いうちに「完全なる敗北=KO負け」を一回ぐらい受けといたほうがいいと思うんやけどな。
特に、一度として「負けること」を親父から絶対に許されなかったあの子ら兄弟は。

笑いの師匠こと兄貴がよう言わはることは

「人間は傷(ダメージ)を負うことで、より、心のかさぶたが厚くなって強くなって成長していく」
「今その時に負っておくべき傷を負うことを恐れて逃げ回ってるやつは、もう一生ずっとその時のままや」

っていうお話。

私も、ほんまそう思います。
やっぱなんや言うても若い時って柔軟で瑞々しいので
そういう若いうちに一回はボコボコにやられといたほうがいい。
大人になると自分を傷つけない逃げ方がやたら上手くなったり、
負けを負けとすら認めないほどに頭が固くなってしまったりするので。


よって。


まだまだ色んな意味で若い亀田兄弟には、
一回、リング上でボコボコのフルボッコにされて大恥かいて、
「でも、自分は負けたくないんだ。負けてるけど、まだ負けてない」と、
泣いて鼻血出して這いつくばるとこまでトコトンやられてみてほしいな


って思います。




話戻って、「早退騒動」。



ことの発端は上の娘のいちごが先々週末に風邪で熱を出したことでした。
でもそんな高い熱でもなかったし、本人も熱出しながらもわりと元気だった。
そのいちごの回復とオーバーラップする形で今度は下の娘のももが熱を出したのが週明け。
もももいちごと同様そんな高い熱でもなく、注意しても注意しても家中をうろついており、
先週の月曜日は私は持病の定期健診でもともと仕事休みを貰っていたので
「なんとか今日中に熱下がってくれ!とにかく熱が37度以下に下がらんことには、なんぼおまえがそんな元気でも保育園が受け入れてくれへんねん!仕事休まんとあかんなるねん!」
という祈る思いでいたら、次の朝にはももの熱がほんまにスッと下がってたので
「ああ、今回は子どもの病気でシフトに穴を空けずに済んでよかった。未然に乗り切ったー」
と、私はそう思った。

そうしてまんまと翌日からももが園に復帰したので、
私も普通に出勤することが出来て、夜は夜で、
「お姉ちゃんとももちゃんの看病で疲れてるところごめんね~」とか労わられながら
「いやまあ看病っていうても全然元気やったからなー。若いっていいよなw」とか言うて
保育園保護者会役員の作業(来月の親子レクのご案内やら何やらを打ったり)をしていた。
そんなふうに暮らしてたら、「日本列島にでっかい台風が来てますよ」というニュースと共に
私の体にもちょっとした暗雲が立ち込めてきた。「なんかだるい」。

で、その翌朝。

「明日近畿地方に台風が上陸するであろう」と言われていた前日のその朝、
自分の体がちょっと熱いと思って熱を計ったら、それは37度を越えていた。


しもた。うつったかも。


だが私は持病の関係で普段からちょいちょい「なんやわからん微熱」がよう出るので
またその類だ、そうなんだと自分に思いこませながらも、念のためマスクをして仕事に行った。
よもやの場合、りち家で地味に猛威を奮った「りち家菌」を他に拡散しないために。

その日はバイトが私を含めて4人いたので、もし仮に今、今日、私が休んだとしても
バイトの勤務においてのローテーションがギリで回せる最低人数(3人)をクリアしているので
「みんな大変になるかもしれんけど、なんとかしてくれるかもしれない」
という考えが一瞬頭をよぎったが
折りしも先週は特売期間だったのでまた店が混むかもしれないと思い、やっぱ休めなかった。

そうして出勤した、更衣室兼従業員休憩室で。

Fさん(先輩)「なんかりちさんしんどそうやけど…大丈夫?風邪?」
私「大丈夫ですよー」
Fさん「熱は?」
私「37度ちょいぐらいですね」
Fさん「37度越えてたら普通仕事休むやろ!w」
私「あ、そうなんですか?wいや、でも特売期間なんで~」
Fさん「台風来るっていうてるのにお客さんも来いひんやろ~今日から天気崩れてくるらしいしさー。なあ、絶対に無理したらあかんで?なんかあったらホンマ、言うんやで?」
私「はいwありがとうございます~」


っていう会話をしながら、
実はもうだいぶちょっとしんどくなっていることを自覚してもいた。



まだ開店すらもしていないのに、家からここまで歩いてきて着替えただけやのに、
実はもうだいぶちょっとしんどくもなってる。



ただね~。

私は、自分で自分の「無理」と「無理じゃない」のギリの境界線がわからないんですよ。
同意語として、「なんかあったら」と「なんでもない」の、その境界線も。
わからないっていうか、「むしろそれを自ら引かない」に近いんかなあ。

だってね、そもそも風邪ひいてる時に体がしんどいのは当たり前の話じゃないですか。

まあ風邪や病気でなくても、心のことや精神的なことでも何でもですけど、
「なにかが不調」な時は、それは「不調」なんですよ。それについてはね。
でも、だからって直ちに、
「今このことが不調だから、もう何もかもができない」
っていうふうに全部が全部そうなってしまうわけではないじゃないですか。
「そのことは確かに不調やけど、でもそれはそれとして、やればやれる」
じゃないですか、「概ね」のことは。

よって私は、
「無理したらあかんで」と言われて「心配してくれてありがとう」と言いつつも
「概ね」のことをやってやめないし、
「なんかあったら言うてや」と言われて「うん、なんかあったら言うわ」と言いつつも、
「概ね」でやって言わないんだと思う。

恐らく、長生きできないタイプなんでしょうね。



続く

  1. 2009/10/12(月) 03:45:55|
  2. 仕事ネタ(現職)

来るな!オリンピック

さて。

一部で盛り上がっていた、東京のオリンピック招致活動。
結局オリンピックを連れてくることができなかったみたいですね。


本当にありがとうございました。


ちょっと前に大阪にオリンピック呼ぶとか言うてた時もかなりヒヤヒヤしたものですが
もうね、あんなもん呼んでこなくていいんですよ。はっきり言うてりっさんは大迷惑です。

石原さんのことは個人的に嫌いではないんです。
逆にどっちか言うと好きなほうですしね。
だから石原さんをなんか責めたいわけではないんです。
ただ、単純に私は日本にオリンピックを呼ぶことに対して大反対なんです。

なんであんなもん呼びたいのかがホンマにわからない。
日本でオリンピックやって得する人って出場する選手とその家族ぐらいちゃうの?
わざわざ飛行機で外国まで行かなくてもいいからラク、っていう。

経済効果がどーのとか難しい話はわかりませんが
あんなもんが来たらめんどくさいことが増えるだけじゃないですか。

恐らく、見てくれ(見た目)を良くするために慌ててあちこち工事するんでしょ?
その祭りが終わったら何の役にも立たないようなハリボテをカネかけて作ったり
あとになったら、逆にそれを買ってしまったということが恥にすらなるような
もう生涯二度と着ることのない、「おそろ」のダサダサなTシャツ作ったりするんでしょ?


おまえらあれか。

先生の家庭訪問の前に家中の電球付け替えて襖も張り替えて
さらには美容院でパーマまであててくるおばはんか。




っていうか私が言いたいのはね、
日本のどこかにオリンピックなんか呼んだら、
「せっかく日本まで来たんだからさ~」ってな、なんかそんなノリで、
「あいつら」が我が町・京都に確実になだれ込んでくるじゃないですか。
それがただただもう私には迷惑で仕方ないんです。


いや、でもね、りっさん。
そうして外国人観光客が京都に来てくれたら、観光都市・京都の経済効果が…

って、だから今はそんな話をしてるんじゃないんですよ。


私が一番に懸念しているのは。

そんなノリでへらへらと乗り込んで来るあいつらは、どうせまた、
当たり前のように自分とこの母国語で平気で道聞いてきて、こっちがそれを聞き取れなかったら
「なんでわからないの?この子はアホなの?」みたいな顔しよるんでしょ。


それもう見たわ!!!



勝手に遊びに来てるくせに、ほんまなんであいつらはあんなに偉そうなのか?

うちのオカンはね、まあ色々変なおばはんでしたけど躾には本当に厳しかったんですよ。
特に、目上の方に対する態度やアウェイに出た時のルール・マナーにはとても厳しかった。

よそのおうちに上がらせてもらう時は「お邪魔します」って言うて、
おっちゃんおばちゃんに「こんにちは」ってちゃんと挨拶するんやで。


と、しつこくしつこくそう言われて、私は育ってきました。


そんな私にしてみれば、あいつらが遠慮というものも一切持たずに
ああして我が物顔の上から目線でこの京都の町を歩いていることが信じられない。

えっ、何て?
せっかく来てやってるのにその態度はなに?って?
京都の好感度下がるけどいいの?って?


人の好感度言う前におまえの好感度はどうやねん!
おまえみたいなもん来ていらんわ!
全っ然来ていらんわ!
むしろ来るな帰れ!!!




だからね、もうオリンピックなんかほんまに来ていらんのですよ。
アホ丸出しでよその国でお祭り騒ぎするやつらなんかもう全然来ていらん。
あいつらはそのノリのまま、確実にここ京都まで足を運んで来るに決まっているから。


もうね鎖国したったらええんですよ、「鎖国」。

これ多分何回もどんつきで言うてるけど、日本はもっかい鎖国をしたらいいんです。


あ、でも待てよ?
逆にそうなると、呼んでもいないオリンピックが向こうから来てしまう可能性が大やな。


クニヲ アケナサーイ!
ニホンデ オリンピックヲ サセナサーイ!
 とか言うて。


自分とこの都市にオリンピックを呼びたいと思う知事さんは
オリンピックなんたら委員会だかへのアピールの席で一回言うてみたらいいと思う。

「おたくら呼ぼうと思ったけどもういいですわ。日本は鎖国しますから、逆に絶対来ないでくださいね」

来て来てって必死で言うから、「えーどうしよっかな~♪」ってなるんですよ。
むしろ来るなって言われたら、「いやあの、行かせてくださいお願いします」ってなるんちゃうか?
いや~やっぱりっさん頭いいなー。
このアイデア、次回の招致活動でパクってもいいですよ。



って、いや、だからほんま来なくていいから、オリンピック!!!

  1. 2009/10/03(土) 12:48:01|
  2. どんつき(時事とか)

「抱きしめたい」

   

   迷いながら 惑いながら

   飾らずに 心のことを 話してくれた 君を

   僕は今 抱きしめたい


   君の涙が零れる前に 

   君をもう 抱きしめてしまいたい



   

  
  1. 2009/10/02(金) 01:19:46|
  2. お知らせ・よりかねの思ひ出

雨の向こう

   朝から ずっと 続く雨
   どうにも止まない ずっと雨
 

   だけど


   この雨の 向こう側に 君がいる
   この雨の 向こう側で 君は生きてる


   だから


   落ちる雫が 愛おしい
   君の優しい瞳のようで 君の柔らかな唇のようで



   空が 少し晴れてきた


   僕がヒコーキだったなら
   残る雨雲を蹴散らして 今すぐ 君に会いにいくのに



  1. 2009/10/01(木) 03:14:47|
  2. お知らせ・よりかねの思ひ出

プロフィール

Author:りっさん

京都に生まれ京都で育ち、          放浪の末、京都に舞い戻った女

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