どんつきを右に曲がって左のかどっこ

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先生と飲んだ

さて。

土曜日、ミワちゃん と りーちゃんと、ももの保育園でお世話になったハル先生とナツ先生と飲み会をしました。
数年前、いちごの小学校のPTA役員をしていた時にPTAのOB会の後の二次会・三次会(打ち上げ)で
校長先生と教頭先生と教務主任の先生らとPTA役員で飲んだので(経費からじゃないよ、各自自己負担ですよ当然)
子どもがお世話になった先生方と飲むのは初めてではないが、ただ今回はりーちゃん家での飲み会だったので
「えっ。それはどういうシチュエーションなん?」と若干驚いた。
やっぱ外飲みと家飲みってちょっと新密度?的なものが違うじゃないですか。
家飲みは、もう言うたら「ツレとの飲み会」じゃないですか。そこに子どもの先生を招待すんの???
これについては、同じくりーちゃんからご招待を受けた彼氏さん(←ガッコの先生)も驚いていた。

彼「保護者の方と飲み会ってそれはどうなのw成人した教え子と一緒に飲むとかだとまだわかるけど…てかぶっちゃけそれはしたいw」
私「多分ももの卒園と同時に退職しはった先生方やから声かけたんやと思うねんけどな。在園中(在職中)はそれはさすがにできひんやろし。ただ、私の感覚としてはやっぱ園を離れはっても先生はずっと先生やし、どういう立ち位置で自分が参加したらいいのかわからんねんけど、まあ誘って来てくれはるっていうなら先生らとしても多分フランクな感じで来てくれはるんやと思うんやけど」

とか言いつつ参加したら、りーちゃんは普通に「ハルちゃん」「ナツちゃん」と先生方をツレみたくちゃん付けで呼んでいて
でも私はやっぱ先生をちゃん付けするのは抵抗があるので「なんて呼ぼう?」と迷っていたので、もう正直に
「ちゃん付けするのは抵抗あるんですけど、ハル先生・ナツ先生って呼ぶのも、飲みの場でちょっとあれかなあって思って…」
と言ったら二人は
「私ら今もう先生じゃないから(休職中)ハルちゃんナツちゃんでいいよ。なんなら、ハル!ナツ!って呼び捨てでもw」
と言ったので、ああやっぱ今日は先生方も「そのつもり(ツレ飲み)」で来てはるんやと思い
だがさすがに、先生・保護者始まりの関係でしかも年上の人をちゃん付けではやっぱ呼びづらいので
「じゃあハルさんとナツさんでw」ってことで飲み会はスタートした。

りーちゃんは今回もまた「お金のかけず手間もかからない創作おばんざいやおつまみ料理」をいっぱい作ってくれて
今まで知らなかったが色々聞いてたら実はかなりのお料理上手なことが発覚したナツさんと、りーちゃんが
「海老の殻をすり潰して作る洋風ソース」とか高度な話で盛り上がっていたので
「ほなもう二人で店やったらええやん。まあ、来る客こんなん(うちらみたいな酒飲み)ばっかりやけどなw」
とか言って笑った。
そう、話は前後するがそもそもりーちゃんがハルさんとナツさんを誘ったのは二人が飲める人と聞いてたかららしく
実はあと二人「飲める人」な先生(同じく退職された)も誘ったらしいが用事があって欠席やって
しかもそのうちの一人はももの担任の先生で、
卒園させた教え子のももとミワちゃんの子にも会いたいとめっちゃ来たがったはったらしく
ハルさんがももとミワちゃんの子に「○○先生に写メ送ってあげたいしお写真撮らせてなー」と言って二人を写メっていて
「ああやっぱ保育士やるような人はほんまに子どもが好きなんやなー」とか思った。
そして実際、危ないことやあまりにも大騒ぎしているのを注意する以外はデーンと座って飲んでいるオカン三人組と違って
保育士(ハルナツ)と教育者(彼氏さん)の三人組は何かにつけてチョロチョロと子どもらが遊んでる部屋を覗いては
子どもらと一緒になってずっと遊んでいるので
「あっ、またこんなとこで油売ってる!早よこっち戻ってきてよ~。もっと飲みましょうやー」
と言っては、大人席に連れ戻していた。

てか、ハルさんとナツさんにもそれぞれ子どもがいるので、
やっぱ保育のプロやから家でも押したり引いたり上手に子育てしてはるんやろなーと思うと言ったら
「それは教え子やからできるねん。自分とこの子なんかもう全然あかんわ。な~んにも言うこと聞かへんw」
と言っていた。あと、絶対あかんねんけど、つい「(教え子の)ちゃんとできる子」と比較して叱ってしまうと。

ミワ「へーそんなんあるんや…」
私「私ら自分とこの子しか知らんから、比較対象がそもそもないしなー」
彼「てか逆に、夫婦ともが教師の子どもは曲がるかグレる、ってのがあってね」
ナツ「www」
ハル「それ、あるよねw」

あと、ももの在園中、K兄の存在は先生方にとってぶっちゃけどうやったんか?ってのも聞いた。

私「あんまそんなんこっちから言うもんでもないし、聞かれたら言おうと思ってあえて言わなかったんですけど、でも、ももが園でK兄のことをベラベラ話してるのを(ももの担任の)○○先生からのお帳面(連絡ノート)で知ったから、これは説明しとかんと、と思って、実はお付き合いしてる人なんです怪しい人じゃないんです、って話を○○先生には早い段階で言うてたんやけど。でも正直、先生方からいつかなんか怒られるんちゃうかと私は思ってて」
ナツ「なんで私らが怒るの?www」
私「だって彼氏がいる母子家庭の母親とかなんかダメっぽいイメージじゃないですか?ちゃんと育児してんのか?みたいな…。ただ、その報告をした時、○○先生が、ええやんええやん良かったやんおかあちゃん~!しかも小学校の先生?ええな~子どもの勉強見てもらえるやん、塾代いらんやん!中学高校行ったら塾代ほんま高いで、ビックリするで~!って言わはったんで、ある意味逆にそれはほんま救われたんやけど」
ハル・ナツ「言いそう言いそうwwwww」
私「でもね、やっぱ普通こういうのってそれこそいざ再婚に至るまではなんかオープンするもんじゃないと私は思ってて。でもももが園で、きのうK兄とごはんたべにいった♪とか、K兄とおそとでさんりんしゃのった♪とかもうどんどんオープンに言いやがるから、園の中でK兄がなんか一人歩きしてるみたいなとこがあったじゃないですか?」
ナツ「K兄一人歩きwwwしてたねwww」
私「そう、だからね、どう思われてんのやろこのうちの今の家庭状況は?って思ってて。そうこうしてるうちに私が入院したりして、私はK兄に子どもらのこと頼んでたのに、なんや知らんもう来んでもええのに横浜から元旦那飛んできたりして、朝はK兄が送ってきたけどお迎えはパパ(元旦那)がなんかいちびって来るとか、いよいよこの家一体どうなってんの?状態にもなってたじゃないですか」
ミワ「もうほんま急で大変やったよねあの時はw」
ナツ「私はずっとK兄はおかあちゃんの弟さんなんかな?と思ってたw園の行事やら見に来はる時でも、ももちゃんもようなついてるし。っていうかK兄はどんな関係?とか追求したい気持ちすらもなかったわ」
ハル「私もwももちゃんがK兄と遊んだことをほんま楽しそうに話してくれるから、K兄が誰とかどうでもいいっていうか、大好きなK兄と遊べてよかったね~ももちゃん、って私らはそんな感じに思ってたよ。ももちゃんがそうして笑ってるのが一番やし、もうそれが何よりって」
ナツ「私ら保育士は日々の子どもらの表情を見てるし、『なんかあるんちゃうか?』ってのは、子どもの顔見たらわかるしな」
ハル「うん。ももちゃんも、お姉ちゃんのいちごちゃんもほんとにいい顔してる。だから大丈夫」
私「そうか…。なんかそれがずっと引っかかってたから、ちょっと気が楽になった、ありがとう。てか、やることハチャメチャなくせに『常識的に』とか結構考えたりするんですよ。基本的に内に内に篭るタイプなんですよ。(彼氏さんに)なんやったっけ?私の持ってる障がいの傾向」
彼「自閉と学習障がいね」
私「なんか、そうなんですって」
ミワ「学習障がいとかwww私も学習障がいかも…勉強できひんしw」
私「学習障がいイコール勉強できひん?って一瞬思うよな?私も思ったwでもその学習とはまた違うらしい」
ハル「…私も自閉傾向あるかも。興味持つ範囲狭いし」
私「例えばハルさん、自分が何かに集中してる時に携帯鳴っても余裕で無視する?」
ハル「する。っていうかその音すら聞こえへん。その音は聞こえてるねんけど気にもならない」
私「あ、一緒や」
ハル「一緒?www…私、発達障がいなんかな?」
私「ドキッとしますよね?私もK兄にそれを指摘された時はドキッとしたwでもね、誰にでもなんかしらそういうのはあるらしいっす」


と、そこでもう満を持して彼氏さんが熱心に語りだし(←キラキラ。そしてステキ)
保育士歴15年のハルさんと保育士歴25年のナツさん(←超ベテラン保育士)が

「K兄、例えば超やんちゃな子どもがこういうトラブルを起こした時はどう対処したらいい?」とか
「そういった傾向のある子がクラスにいる場合、トラブルを未然に防ぐにはどうしたらいい?」とか
「多動性が見られる子を席に座らせるには、どういう指導が適切かな?」とか

そうして、
「現場経験は浅いけど、15年・25年前にはなかった勉強をしてきた先生(彼氏さん)」
が熱心に勉強してきたことを話すことを、
ハルさんとナツさんは、ほんまもうめっちゃ真剣に聞いていたので、
「先生」って言われる仕事をしてる人はやっぱ「勉強熱心」だなーと私は思った。


と、そうして先生と飲んで、私ひとつだけ思ったことは。


「先生って、なんか自分に厳しい人」



「先生」の仕事を本気でしている人は「先生としての軸がずっとブレない」ので、
より良い仕事をするための勉強を、貪欲にしていかはる。もうずっとそれを一生していかはるんですね。
それは「自分のため」でなく、「子どもたちのため」に。


今回のりーちゃん企画でハルさんナツさんと飲んで「ツレ」になったけど、でもやっぱハルさんとナツさんは「先生」やわ。

今からその歳からの再就職は難しいしなかなか募集がないかもしれんけど、
「軸がブレない」ハルさんとナツさんには、また「(保育士)先生の仕事」してほしいと、私は心底思ったよ。
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  1. 2010/08/30(月) 02:43:03|
  2. ツレネタ(飲み)

モテる人は、キラキラ

さて。

最近ちょいちょい聞かれるんですよね。

「りっさんツイッターしてる?(orせえへんの?)」 と。

ツイッターなあ……。ツイッターって、アレでしょ?

「○○なう」。

好きな作家さんがしてはるって聞いたんで、ツイッター、ちょっと見たことあるんですけど
「私はこれは一生せえへんやろなー」と思った。なんかめんどくさそうって思った。
そもそも自分が今どこで何してるとか、たった今こんなん思ったよとか、あんま人に言いたくないっていうか
いや、別に言うのはかまへんのですけど、「…だから(何)?」っていう話やん、って思うんで。
だからもし私がツイッターしても、

「ツイッターなう。」

っていう、「そのまんまやんけw」なつぶやきしかしないと思います。

っていうか、このブログ(どんつき)にしても「こんなん読んでおもろいんかなあ?」っていう思いがずっとあるしね。
「私の他愛ない日常なんか読んでておもろいかあ?」って思いながら、なんやかんやでもう4年ぐらい書いてますけど。
私のことを知ってるツレらやったら、もしかしておもしろがって読んでもくれるかわからへんけど
ほんまに全く私がどこの誰や知らん人が「どんつき」を読んでおもろいと思うんかなー?って思う。
なので、「それでも書くなら、どこの誰がふらっと来はってもおもしろがって帰ってもらえるように」と思って書いてるんですが。
そもそも私自身、ツレのブログしか読まないですし、ブログサーフィン(死語?)をしないからなおさらかもわからんけど。

と言いつつ、実は、「全くどこの誰や知らん一般人」やけど、もう何年も、好きで読んでるブログが一個だけあるんですけどね。
わりと知られてるブログみたいなんで読んだことある人もいるかもわからんけど、ここには貼りません。
「りっさん、こういうのん(書き口調)が好きなんやー?へ~w」ってバレてしまうのがなんかこっ恥ずかしいので。

書いてはるのは私よりおそらくちょっと年上なんかな?ぐらいの北海道在住の独身男性で、内容は主に
「男は女のこういうとこに弱いよ」とか「こういうこと言われたら男は落ちますよ」みたいないわゆる恋愛ハウツーもので、
私は本来人が書いたそういったものはあまり読まないのだが、文章がおもろいんでグイグイ引きこまれるんですよね。
まあその実際のテクニック自体は私は参考にする必要がないんで(てか、今さら誰を落とすねんw)「コラム」として読んでますが。
あと、結構趣味が多い人みたいで、おネーチャンを連れてキャンプ行った話や、おネーチャンと旅に行った話や
おネーチャンに頼まれてテーブル作った話(DIY)や、おネーチャンと美味しい店に行った話や、通ってるジムの話や
あとたまにエロスな話とかを、おもしろく爽やかにさら~っと書いてはるんで、多分かなりモテる人なんだろうと思う。


実際しゃべっててもそうですけど、モテる人がする話ってやっぱ聞いてておもろい。
話し方(引きこみ方)がうまいし、例えばそれが自分の全然知らん分野の話であっても聞いてて飽きない。
もっと言うたら「自分もちょっと始めてみようかな?」ぐらいになりますからね。
そのブログ主さんも、そうやって何人もの読者のおネーチャンをキャンプに連れてってはるし(笑)

あと、やっぱモテる人っていうのは自分に自信があるから、スイーツ(笑)風に言うと

「キラキラしてるんだよね☆」



個人的には年がら年中、宮川大輔みたいに

「アカーン!」
「ホンマ、アカーーーン!!!」 


と、いつもいつもなんかうまくいかなくて常にピンチに陥ってるようなやつが展開するネタも好きなんですけど。
「おまえまたかwww」って、逆に自分がどんなにしんどい時にでも、なんか確実に笑わされてまうんで。



話戻って。


モテる人は「キラキラ」しているので、話を聞いてるこちらも楽しいんですよね。
その人の放つ「キラキラ」が「ワクワク」となって、こちらにも伝わってくる。

てかもっと言えば、「モテる」は、「持てる(持ってる)」ってことかな?って私は思うんですよ。
即ち、「なんか持ってる」、ってこと。

例えば、それは恋愛に限らず、
このことには詳しいよ、長けてるよってこととか、好きでずっとやり続けていることがあるとか、
なにかそういった「自分を持ってる」ことによる自信がある人=「キラキラ」を放つ人。
自分でそれを「自分のキラキラ」と認識してる人もいれば、
自分では気付いてないうちにその「キラキラ」をステキに放っている人もいると思うけど。


例えば。

りっさんが彼氏さんのことを一番ステキだと思う時は、彼が子どもたちの話をしてる時なんですね。

彼氏さんは若い頃(今も若いけど)バンドマンとかしててわりとモテてたようですが
寝起きの顔がもう著しくおっさん化した今となっては、あまりモテなくなったらしい。
だがそれはあくまでも彼の自己申告なんで実際のとこは知らんけど。

「メアドとか…聞いてもいいですか…?」

とか、もしやなんかそんなことをちょいちょい女の子から潤んだ上目使いで言われて
「うんいいよ。てかメアド聞くぐらいでそんな緊張しなくてもw」とか言うてはるかもしれんけど。


…。
……。
………。

あ、彼氏さん、おかえり~。
ねえねえ、銃殺がいい?それとも斬首がいい?




話戻って。


例えば。

りっさんが彼氏さんのことを一番ステキだと思う時は、彼が子どもたちの話をしてる時なんですよね。

彼氏さんは大学でずっと児童心理学を勉強してきて、
発達障害(今は、障がいと表記するらしい)のある子どもの教育とか育成に関わってはったんですね。
今は、先生は先生でもその現場ではなく違う科目の先生をしてるんですが
特学(特別支援学級)の話になると、彼氏さん周囲半径1メートルの温度が3度ぐらい上がる。
もちろん、私はそんな専門的な勉強はこれまでしてきていないので、
てかそんな専門分野どころか小学校5年生の算数で習ったはずの割合の計算でも悩むぐらいなので
深い話になるとほんまにわからないんですが、でもそれを一生懸命話している時の彼の姿が私は一番好きなんですよ。


彼「…でもね、そういった(障がいの)傾向みたいなものは誰にでも何かしらあるものなんだよ」
私「え、じゃあ私にもなんかあるの?私にはどんな傾向があるん?」
彼「りちは、自閉傾向とコミュニケーションナントカの学習障がい(←よくわからなかった)の傾向がある」
私「ええっ?私、自閉傾向があるの?どこが?」
彼「自分が関心を持ったことしか興味を持たなくて、またそれに関してはズバ抜けて高い能力があるんだけど、関心のないことはもう一切興味を持たない、とかね」
私「確かに、龍馬と幕末は病的に追求していくらでも頭に入るけど、ランチ♪にはなんぼ誘われても行かないな…。ほなコミュニケーション云々はどこが?自分で言うのもアレやけど私結構コミュ力高いと思うんですよ。初対面でも全然しゃべれるし場を廻すのも笑いを生むのもわりと出来るし友達もそこそこ多いほうやと思うねんけど…」
彼「うん、そういうコミュニケーション力はりちは高いほうだと思うよ。でも普段は用がない限りは自分から人と接触しようとしないでしょ。あと、極端に一人でいる時間を好むとこもあるし」
私「確かに、元気~?みたいなメールも電話もしませんが…。てかだって何か話や用があるから連絡するんでしょ?何もないのに何を連絡することがあるんさ?」
彼「って、りちは思うんでしょ?そういうとこ」
私「……私は発達障がいがある人なの?」
彼「だからwwwさっきも言ったけど、誰にでも何かしらの傾向がいくつかはあるんだよ。俺にもあるし。それを、これは当てはまる・当てはまらないとか、そのレベルはどれぐらいかっていうのをチェックしていって判断していくの。だから、この子に発達障がいがあるかないか、あるとしたらどんな障がいがあるのか、なんてちょっと見たぐらいでは判断できないんだよね」
私「そっかー。でも逆にもうそれを認めたくはない!っていう親も中にはいるんじゃない?」
彼「そこなんだよね。おたくの子どもさんにはこういう発達障がいの傾向がありますよっていうのはこっち(先生側)からは言えないし。でもそのことで苦しい思いをするのは、結局子どもたちなんだよね…」


内容が内容だけに「今のあなた、キラキラしてるわ☆」とは言えないが
そうして子どもたちのことを話す時の彼氏さんは「キラキラ」してるんですね。


「っていうかノロケかよ死ね」


と言われるかもしれないが、だってしょうがないじゃないですか。
「キラキラ」してる人ってステキ、を身近で例えて言おうと思った時に彼氏さんが浮かんでしまったんやから。
っていうか死ねとか言うおまえが死ね。死ぬまで私への悪態つきながら大よそ80才から100才ぐらいの間で眠るように死ね。


てか私は「モテ(持て)て、キラキラ」できてるかな?
最近、捨て置くものが多くなってきて、持てる「キラキラ」が減っていく一方だなー。
  1. 2010/08/28(土) 03:55:10|
  2. 恋だの愛だの何だの、ネタ

民主党の代表選について

さて。

「時事ネタは書かない!」と言いつつ、今日はまた時事ネタです。
今私がひとつだけ言いたいことは


「つーかあんた、やめたんちゃうんかいやwww」



さて。


「(このままではダメだから)クリーンな党にしよう」という?鳩山さんの考えと勧めのもと、
幹事長の座を退いた小沢さんが、なんと、党内の代表選に出馬する決意を固めたそうな。

っていうことは、もしその代表選に通ったらあーた、 「それなんて総理大臣?」

っていうか、「そういう理由」で幹事長やめた人が、
なんで平気で「次は総理大臣(はあと」を狙って?代表選に出れるのか、その神経がわからん。

「幹事長やとクリーンではないが、首相になればクリーンになる」という大作戦でもあるんですかね?


ちなみにこれは独り言ですが、

国務に携ってる人を起訴するには、内閣総理大臣の許可がいるんですって。っていうことは。
もしも、内閣総理大臣自身が起訴されそうになった場合、内閣総理大臣(本人)が許可しないと、それはできないわけで。
もし、そうして自分が起訴される段になって、自分で自分のそれを「どうぞどうぞ」と許可するもんなんですかね?
あ、そうか。
「内閣総理大臣」に成りたいほどに国を思い、成った、心清い「クリーン」な政治家の人は、
例え「それ(起訴)」が我が身に起きたことであっても、「うむ。それは適切なことだ」と判断したら、
なんらためらうことなく、その起訴を許可しはるんでしょうね。なんて素晴らしい人格の持ち主。
私はそんな心清い立派な国士・政治家の先生方と違って、もう「我が我が」の人間なんで、
もしも、自分がそんな決定権・絶対権力を獲得したならば、もうそんなもん 100%その許可は出しません けどね。
追求されたらヤバいことが自分にあればあるほど、そんな許可なんぞもう絶対に出しません けどね。
小沢先生は、私のように自己中で利己主義で性根の腐った汚い人間が最も模範とするべき尊い人ですね。
自分がもうほとんど起訴されかかってる今、あえて自らがその最終決定権を持つ立場に立とうとするなんて、
それなんて「ずっと永久にクリーンな総理大臣」の始まり?



話戻って。



しかももっとわからんのが、小沢さんに出馬を勧めたのが、
「僕も首相をやめるからあなたも幹事長をやめてくれ」と小沢さんに言うた鳩山さんで。

「つーかあんた、つい昨日まで、菅さんを応援してる~言うてたやんかwww」



そしてさらにもっとわからんのが、いわゆる一年生議員と言われる人たちの中に
鳩山さんのその一連の不思議行動にだいぶかなり動揺してはる人らがたくさんいるみたいで、
「(鳩山さんがそんなんするから)菅さんか小沢さんかどっちに入れたらいいかもうわからへんなってきたー」
とか言うて、彼らはなんか今とても困ってはるみたいで。

「つーかあんたら、自分の信条とか信念とか、全然ないんかいやwww」



自分で言うのもアレなんですけど、私はわりとちょっと男気のあるやつなんですよね。

だから、例え自分が選挙で投票した候補者が落選したり、自分が投票した党が政権を取れなかったとしても
とりあえず、まず、「とりあえず」は、その結果は「結果」として受け入れて、
その監督(リーダー)の方針に従ってなんかやっていこう、と切り替えるやつなんですよ。

何故ならばそれは「国民(チームの仲間)の多くがその選択をした」ということなんで、
そこで、「(結果として)チームの中でマイノリティな考えを持っていた?私」が、キーッ!っと暴れても
それはもう単にただ「なんか諦めの悪いやつ」であり、それはともすれば、
「団結しようとしているチームの中のお荷物」にもなりかねないかもしれないので。

民主主義って、いわば多数決の側面もあると私は思うんですよね。
自分の考え方は間違ってないと自分は思うけど、でも「みんなが意見を出し合った結果としてそうなった」なら、
「一緒にやっていく仲間の多くがそれを望んでいる」ならば、自分の思いとか悔しさとかはさておき、
とりあえず、まず、「とりあえず」は、
チームの仲間の多くが選んだ「その方向」や「その監督(リーダー)」の元にまずはやっていこうと。


余談だが、今ちょっと思い出したおもしろい話。
あれも確か「ミヤネ屋」で見たと思うんですが。
「てかりっさんもうどんだけミヤネ屋好きやねんw」って思われるかもしれんが
宮根さんの歯に物着せぬシャベリや、関西独特のあのノリが私は好きなんですよねー。
全国ネットになってからちょっと変わったけど、関西ローカルの頃はゲストもみんなもっと言いたい放題やった。
あと、昼休憩の時にまとめて時事ネタを収集できるのって(関西では)ミヤネ屋ぐらいなのもあって。
他の局は愛憎ドロドロの昼ドラとかお取り寄せや通販系の奥様向け情報番組とかなんで、私の食指に触れないので。

てな感じで、確かミヤネ屋で見たそのおもしろい話。

どっかの先進国やったかそこそこ進んでる国やったかで「この国の政治が気にいらん!」とか言うて、
その国に暮らしていながらにして「家族単位での独立国家」を築いているおっさんがいるらしい。
ほんでまたその国も長い話し合いの末にその「おっさん家族の独立国家」を認めたみたいで。
「国王オトン、王妃オカン、大臣子どもたち。国の面積はおっさんの家の敷地内。」みたいな
なんかそんな「世界最小の独立国家」があるらしくて、だいぶ笑った。
しかもそうして独立国家を築いていながらも、その国の福祉(医療・教育)とかはなんか受けてるみたいで
「てかあんたそれ、ただの輩やんかwww」って、なんか笑いました。
この地球上にはほんま、色んな人がいるのなー。おもしろいな~。
でもやっぱ私は「このおっさん的な方向には行き着きたくないな(笑)」って思った。


話、だいぶ元に戻って。


よって私は、自分が支持していなかったにも関わらず「結果は結果なんだ」という「男気」を持って
この数ヶ月、国民(チームの仲間)の多くが選んだこの監督(新内閣)のやり方に、
まずは、とりあえず、「とりあえず、黙ってついて行こう」という努力をしてたんですよ、私は。


でも、もう無理。

てか、おたくら、なんかやっぱ「野党向き」やわ。



何故ならば、
監督(与党)の方針に文句言うてた時は、なんかもうハツラツとして生き生きとしてたのに
自分が監督(与党)になって前に立って逆に文句言われる立場になったら、もう全部スルーで試合ごと放棄するし、
しかも「自分らなりの戦略」も全くまとまってないまま無理からあちこちでゲームしようとするし、
「結局、監督はこのチームをどうしたいの?」が、もう全くわからんし。



そんな私が今ひとつだけ言いたいことは、


あなた方を信じて投票した人たちに今のこのグダグダを謝ってください。


私は別にいいんですよ。
先に述べたように、私はおたくらのことはそもそも支持してなかったんで。
「民意の結果としてこうなった」から、それは「男気」として「とりあえず」ついていく努力をしてただけなんで。

だから、あんたらが「アホ」に「ボケ」を塗り重ねても正直笑ってたし
「てかなんで代表選に小沢が出馬やねんwww」って今やもうだいぶ笑ってます。

ただ、

あなた方を本気で信じて投票した人たちには今のこのグダグダを謝ってください。


もしかしたら、
「この苦しい生活を本当に変えてくれるかもしれん」って気持ちで、
あんたらに最後の望みを真剣に託した人らだっていたんかもわからんよ?そういう人らにまずは謝れ。


国民をあんまナメたるな。


「正直、ノープランでした。ちょっと与党になってみたかっただけなんです、すみません」って、ちゃんと謝れ。
  1. 2010/08/27(金) 02:23:25|
  2. どんつき(時事とか)

ごっこ遊びの思い出・2

さて。


この 続き。


あれは私が小学校一年生か二年生ぐらいのことだったと思います。

同じ町内の四個上で、私のことを妹のように可愛がって遊んでくれる二人のお姉ちゃんがいたんですよ。
「すー姉ちゃん」と「ちー姉ちゃん」。

すー姉ちゃんには私の一個上に妹がいたけど「(姉妹の妹はムカつくが)よその妹分のりちは可愛い」っていう
妹を持つ姉にありがちなそういう感覚で私のことを可愛がってくれていて
ちー姉ちゃんは弟はいたけど、「(男の子より、シャベリの達者な女の子の)妹が欲しかった」っていう
弟を持つ姉にありがちなそういう感覚で私のことを可愛がってくれていたんですね。


とまあそんな感じで、学校から帰ったらすー姉ちゃんとちー姉ちゃんが毎日のように遊びに来てくれて
私の下にいる、まだまだ手のかかる息子二人(うちの弟ら)を育てながら、
家で着物の裏打ち(反物縫い)の内職をしていたオカンもその二人の姉ちゃんのことをとても有り難がり
「あんたらが遊びに来て見ててくれるから、おばちゃん針仕事できて助かるわー」とか言っていた。


と、そんなある日。


ちー姉ちゃんが「中学生ごっこをしよう」って言うて、すー姉ちゃんが「やろうやろう」って言うたんですね。


中学生ごっこ??? なにそれ?全然わからない。


小学校に入ってまだちょっとしか経ってない小学校低学年の私に「そのごっこ」のイメージが出来るわけもないんですが
当時五年生か六年生だった、中学進学目前のちー姉ちゃんとすー姉ちゃんになんかついていけばいいか、
そしたらきっと私にも「そのごっこ」ができる、と思って私は「やる!」って言うたんですよ。

ちー「先生、誰がやる~?りち、やる?」
私「えっ!?いいの?」

「中学生ごっこ」は今だよくわかってないが、多分「学校ごっこ」みたいなもんやろう。
その中で「先生役」をやらせてもらえるなんて、それはもう言うたら
「お母さんごっこ」で言うところの、もう「お母さん」じゃないですか!

四個上のお姉ちゃんらと遊んでる中で、
自分がそんな「花形役」をやらせてもらえるとはまさか夢にも思ってなかった私は
「やるやる!りち、先生やる!」と大喜びでそれを拝命した。
っていうか逆に断る理由がどこにある?ぐらいの勢いで、もう私は「教師」に就任した。


ほんなら。


新任教師の私が受け持ったクラスはもう、
「とんでもない不良(ちーとすー)のいるクラス」だった。



「では、授業を始めるので、みなさん教科書を出してくださ~い」と、初々しい新任先生の私が言っても

ちー「教科書?破いて捨てたよ」
すー「勉強とか、めんどくせーんだよ」

とか、生徒たちが言う。


ええっ。中学校ってこんなとこなん…?


っていうか、この「ごっこ遊び(物語)」が「どういうプロットから成るものなのか?」を
小学一年生か二年生ぐらいのりちちゃんは全く聞いてなかったので、りちちゃんは自分の考えで、
「だが、生徒が悪いことをしたら先生は叱らなくてはならない!」と思って、りちちゃん先生はなんか頑張った。


り「学校の教科書を破くような人はもう教室から出ていってください!」
す「聞こえませーん!今日、耳、日曜~」
ち「ムカつくんだよ、おまえはよ~」
り「先生におまえとかムカつくとか言ってはいけません!」
す「そんなこと誰が決めたんだよ?」
ち「何時何分何秒?地球が何回廻った時?」


余談だが、関西の子どもって
「学校で教科書読む時」と「ごっこ遊びする時」は何故か、標準語になるんよな。なんでかな?



話戻って。



今の私がこのクラスの担任に就任したなら、このクソガキらを軽く一発張って(シバいて)やりますが。


「おまえらは一体何を言うとんねん?」と。
「ちょっと廊下の水道で顔でも洗ってこいや」と。



でも、当時一年生だか二年生だかの私には、
こんな見たことも無い「中学生の不良」がいるクラスをどう切り盛りしていったらいいかまるでわからなくて
しかも、生徒と言えどもそれは実質「四個上のすー姉ちゃん・ちー姉ちゃん」なので、言葉で勝てるわけもなく、
就任して20分ほどで「中学校教師としての挫折」を味わった私は、すー姉ちゃんとちー姉ちゃんに泣きながら言った。


私「中学生ごっこ、もうやめたい」


すると、ちー姉とすー姉は
「えっ、泣いてるん?そんなにつらいならもう先生辞めていいよ。一緒に生徒をやろう!」と言い、
当時うちの家にあった全長120センチぐらい?のでかい熊ちゃんのぬいぐるみを、
新たに赴任してきた先生に見立てて、「中学生ごっこ」をまだまだ続けて、殴る蹴るの暴力を働いていた。


まさに、「顔はやめなよ、ボディにしな。ボディに」 の勢いで。


「初代の金八3B(三原じゅん子)世代」、恐るべし。


なんぼ「ごっこ遊び」でもこれはなんか行き過ぎてると思った私は
「もう熊ちゃんをいじめるのはやめて!熊ちゃんがかわいそうや!」
と、泣きながらその熊ちゃん先生にもう自らが縦となってその殴る蹴るの暴行から熊ちゃんを守り、
すると、ちー姉とすー姉は、
「りち、マジになるなよーガキやね~」みたいな感じで、二人は「そのごっこ」をやっとやめてくれた。


ちなみに、すー姉とちー姉は中学に進学してからもその手の不良になることはなく、
二人揃って「めっちゃ賢い私立の進学高校」に受からはってそのまま大学まで進まはったのだがその後は知らない。
よって、あの「中学生ごっこ」は決してちー姉とすー姉の描く「理想形」ではなかったんだろうと思うが、
なら、なんであの時、あんな野蛮な「不良ごっこ遊び」をちー姉とすー姉はあんなにもしたがったのだろうかと。
それは実はどんなプロットの元に描かれた物語だったのだろうか?と。
あそこでもし私が泣いて止めなかったら、あれはどんな結末になっていたんだろうか?と。


あれも「ただのごっこ遊びw」やったんかなあ?ほんまなんやったんやろうあれ…。
「熊ちゃんのぬいぐるみに非情な暴行を働いていたすー姉とちー姉の姿」が今だ私の中に強く焼きついている。



  1. 2010/08/26(木) 04:23:41|
  2. 思い出のネタ(学生編)

ごっこ遊びの思い出

さて。

夏休み中のとある日曜日、いちごとももがめずらしく静かにずっと子ども部屋に篭っていたので
「何してんねんやろ?」と思って戸の隙間から覗いたらシルバニアで遊んでいた。

シルバニアファミリー

いちごが小さい頃にハマったんですよね。
だから誕生日とかクリスマスに買ってやったり、お爺ちゃんお婆ちゃんから贈ってもらったり
あと、私のツレ(主にあーちゃん)がうちに来る時に「おみやげ」とか言ってプレゼントしてくれたりで
うちの家にはうさぎ・ねこ・いぬなどの数家族分のシルバニア人形と、菓子箱二つ分の家具と、
建物では、一階二階ワンフロアずつの小さい家、部屋割りしてあって階段やベランダもある大きい家、病院、幼稚園、がある。

6年生のいちごは友達が遊びに来ても、もうシルバニアで人形遊びなどすることはないが
1年生のももはシルバニア人形で遊ぶことにまだまだ現役真っ只中なので、姉妹が揃う休日には
「いちごちゃんシルバニアしよ~」といちごを誘い、三回に一回は断られながらも、よく二人で遊んでいる。

私「えらい静かやなと思ったらシルバニアしてたんか。そんなようけ家やら出して、片付ける時に押し付け合いして喧嘩しなや~」
い「だって全部使ってるねんもん~。今な、こっちの(小さい)お家からあっちの(大きい)お家にお引越してるとこやねん」
私「ああそう」
も「おかあさんが『さいこん』しはったから」
私「…………。ちょっと待て。…あの~……、えっ?それはどんなお話?お母さんは誰?」
い「(うさぎのお母さん人形を挙げて)は~い!」
私「子どもは誰?」
も「(うさぎの子ども人形を挙げて)は~い!あと、あかちゃんもいるよ♪」
私「お母さんが再婚する人は誰?」
い「あの人」
  と、病院のデスクに座っているうさぎのお父さん人形を指差して、
い「病院の院長先生でお金持ちなん。だから大きいお家をプレゼントしてくれはって、今からそこに引越すの」
私「……。」
  いちご、もも、物語再開で
も「おかあさーん、このテーブルはもっていく?」
い「それはいらないわ。お父さんがもっと大きなテーブルを買ってくれるから」
も「わかったー。じゃあテレビはー?」
い「それもいらないわ。来年から地デジだから。お洋服は全部持っていくから忘れないようにね」
も「はーい」

私「てかおまえらwwwww」

病院のデスクで一人佇む「お父さんうさぎ」の後ろ姿が妙に物悲しくも見えてきて、私はいちごとももに聞いた。

私「…もしかして、今の生活に君らは何かそうとう不満とかある?」
い「ええっ?なんで???」
私「だってそんな……お金持ちの院長先生とお母さんが再婚するから大きいお家にお引越しよ♪とか、なんかママせつないわ~。もしあんたらにそういう夢があるなら、ママもなんかお金持ちの院長先生と再婚せなあかんのかなあ?とか思うわ~」
い「ママ考えすぎwwwこれはただの遊びごっこやからw」
私「ちゅうか設定がリアルすぎるっちゅうか、そもそもなんで母子家庭スタートやねん?っていう…まあでも、そうか。現状そうやからそれがある意味あんたらにとっての自然な形なんかな?っていうか…」
も「ママもいっしょにシルバニアする~?」
私「ありがとう、ももちゃん。でもママは今からお昼ご飯を作るよ。何食べたい?」
い&も「そーめん!!!」
私「またそーめんかwほな出来たら呼ぶからお皿出すお手伝いとかしてね」
い&も「は~い!」


台所でそーめんを湯がきながら、私は一人悶々と考えていた。

っていうか、女の子の「ごっこ遊び」って、なんかプロットがちゃんとあるんですよね。
私は男の子を育てたことはないが、弟が二人いるので「その違い」はなんかわかる。
幼い頃の「ごっこ遊び」でめっちゃ覚えてるのは、弟らとした「(人形での)家族ごっこ」ですね。

お母さん(リカちゃん人形)→私
お父さん(仮面ライダーの人形)→上の弟
子ども(ウルトラマンの人形)→下の弟

お母さんは色々とトークするんやけど、お父さんと子どもは「うん」とか「おお」ぐらいしか答えてくれず
そうしてるうちになんか「宇宙からの敵が現れた!」とかで、お父さんと子どもが戦いに行ったまま全然帰ってこない。
「遅いわねー。ご飯が冷めちゃうわ~」とか言ってお母さんが戦いの現場を見に行ったら
鉄人28号の人形とか、名前忘れたけどなんかのロボットとかの「戦い仲間」と共に
お父さんと子どもが「宇宙からの敵」となんかめっちゃ死闘を延々と、もう延々と繰り広げていて、

「もう一生その 終わりの無い戦い ずっとやっとけ!」

と、お母さんがキレて

「二度とおまえらと遊んだらへんからな」

と、そんな捨て台詞を吐きながら、お母さん(私)はリカちゃんハウスを片付けるという。


「あー、なんかそやったそやったw」と一人で思い出し笑いをしてたら
ふと、私は「近所のお姉ちゃんらとした、ある恐怖的なごっこ遊びのこと」を、また思い出した。


つづく

  1. 2010/08/26(木) 04:01:57|
  2. 思い出のネタ(学生編)

児童虐待に思うこと

さて。

定期的に「育児絡みの熱い記事」を書くりっさんってわりと育児熱心なんじゃね?とか思うかもしれんが
私はどこにでもいる普通のオカンです。

てなわけで今日は、児童虐待に思うこと。

こないだの大阪のあの事件は私にとってかなりショッキングな出来事だった。
職場でも、子どもを持ってるスタッフが数名いるけど、誰もあの事件のことを口にしないのは
あまりにも凄惨な事件過ぎて、もう口にすらも出したくもないんだと思う。
普通の親なら、子どものそんな姿を想像しただけで気が狂いそうになる。ってか私はなる。
だからあの母親はきっとすでにそうとう気が狂っていたんだと思うし、
「許せない」というよりも正直、「なんでそんなことが出来たのかが全くわからない」。
だから「その気持ち」はわからないが、「虐待が起きやすい状況」については
これまで十年間子どもを育ててきて少しわかるところもある。
ただ、私は学者や評論家ではないので、「普通のオカン」として思うところを書いてみます。


「真面目な人ほど育児ノイローゼになりやすいねん」
「手を抜くところ、抜けるところをうまくみつけて、とにかく、育児を一人で抱えこんだらあかんよ」

とは、いちごを産み、3歳まで育てたハイツ(京都)の先輩ママから言われた言葉で。

いちごはほんまに手のかかる赤ん坊やったんですよ。これ多分何回か書いてるけど。
夜泣きがひどくて、一時間半抱いてやっと寝かしつけても30分で起きて泣き出すし
しかも昼夜逆転ならまだしも昼も夜もその調子で全然まとめて寝てくれへんし
なんかしょっちゅう熱出すし、そのたびにひきつけ起こして救急走らんならんし
そうして熱出しては吐くわ、離乳食食べては吐くわ、なんでもないのにいきなり吐くわ、
この子はどこか病気なのか、それとも私の育て方がよほど下手くそなのか、
っていうかこの状態がいつまで続くのかと、当時24歳だった私は闇の中でもがいていた。

ちなみに私は当時、いちごの妊娠発覚から出産までの妊婦日記と、
いちごが産まれてから一歳になるまでの育児日記をつけていたんですね。
っていうのは、
オカンを亡くした時、オカンの遺品を整理している時にうちら三人姉弟の母子手帳をみつけて
その母子手帳の「○ヶ月目成長記録欄」みたいなページにオカンがなんか書き綴ってたんですよ。
「ふえ(おもちゃのラッパ)が吹けた」とか「ちゃーちゃん(お母さん)って初めて呼んでくれた」とかね。
それを読みながらうちらは泣いて、
もう二度とオカンから私らの生まれた頃のことや小さかった頃のことは聞けへんけど
(男親のオトンはそんなんいちいち覚えてるわけないし、実際なんも覚えてなかった)
でも、ここに私らの原点がちゃんとある、オカンとうちらがここに居る、みたいなことを言い合ってね。

余談だが、下の弟のジェーンの予防接種券がほとんど残っていた(=ほとんど受けられてない)ことに笑った。
BCGとかはしかとか、かかったらほんまにやばそうなやつは受けてたけど、三種混合とかかなり結構残ってた。

ジェーン「ええっ!俺あかんやん、なんか俺やばいやんこれwww」
私「wwwでもこれ、オカン頑張って受けにつれてくれたほうやと思うで?wだってあんたが生まれた頃って、オカン、うちら乳幼児三人を育てながら大爺ちゃん(徘徊老人)と大婆ちゃん(痴呆&寝たきり)の自宅介護してた頃やん?そんな中で最低でも結核とはしかは抑えてるんやからオカンGJよう頑張った!」
上の弟「ちなみにその頃3歳やった俺の母子手帳には、ほとんどしゃべらない。内気で泣き虫。保育園で毎日泣いてる。動物が好き。こたつの中が大好き。って書いてある」
私「こたつの中が大好きwwww」
ジェーン「内気で泣き虫wwwてか、お兄、小さい頃、弟の俺に泣かされてたもんなww」
上の弟「うるさいわ!www」

っていうことがあったので、私も子どもを産んだらもうこれは絶対してやろうと思って。
いちごを産んだ時は今の病気(持病)はまだ発症してなかったけど、
この大元の病気は女の人がなりやすくて、うちはお婆ちゃんもオカンも「その大元」から来る病気になったから
私もいつかもしかしたら何か出るかもしれんと、内心薄っすらと思ってたんで、
なんか「その当時のリアル」を、自分の子どもにも絶対に遺しておいてやろうと。


てな思いでつけていた妊婦日記と育児日記(&母子手帳の成長記録)なんですが
「なんかほんま大変やったこと」は覚えてるが細かいことはやっぱもう忘れてるんで
今回、児童虐待について今一度考えてみるにあたり、私はその日記を紐解いた。


そしたら。


出産直後の「妊婦日記」には逆にもう引くぐらいのテンションで

「なんてかわいいんだろう!この子のためならもうなんでもできる!」
「神様ありがとう!私はこれから命がけでこの子を守り育てていきます!」


とかもうさんざん書いてたくせに、続編の「育児日記」で、私はものの見事に、
3ヶ月目ぐらいで泣き言を言い出し、11ヶ月目ぐらいまで、なんかほぼもう泣き言だった。

「寝ないでずっと夜通し泣いてる」
「昼間も全然寝てくれない」
「寝てもまたすぐ起きて泣く。近所迷惑なので窓は閉めきったまま」
「一日中ずっと抱いてて腱鞘炎になった」
「体重が36キロまで落ちて点滴になった」
「抱き癖ちゃうか?とオカンに言われたから、抱いて寝かせるのをやめたらもっと寝ない」
「夜泣きするのは昼間のコミュニケーション不足って6ヶ月検診で言われたから昼間いっぱい遊んだけどやっぱり寝ない」
「夜泣きするのは母乳が足りないからと近所のおばちゃんに言われたからミルクに変えたけどやっぱり寝ない」
「夜泣きするのは母親の愛情不足やから母乳で育てろと別のおばちゃんに言われたから母乳に戻したけどやっぱり寝ない」
「もうどうしたらいいかわからない…いちごは私が嫌いなんかな?」
「○○くん(←元旦那)が寝かしつけを変わってくれたけど、寝ない!と怒って頬っぺたを叩いたので喧嘩になった」
「私がしっかりしないと。だって私はこの子のお母さんなんだから。私が頑張らないと小さないちごは死んでしまう…」



てか、りっさん。いちごよりもまず、君が眠りなさい。
ほんまに眠たくなったら赤ん坊は寝るから。ほっといても寝るから。
身の安全だけ確保しとけばいいから、いちごをベビーベットに入れて
ちょっと耳栓でもして、君がもう寝なさい。



今のりっさんから言わせると、当時のりっさん(育児日記)はもう「育児ノイローゼ寸前」だった。
っていうか、同じハイツの中に何人も子ども育ててはる先輩ママさんらがたくさんいるのに
なんで一言、「助けて」「しんどい」って、よう君は言わへんねん?って思った。
きっと、根が真面目で責任感の強い当時のりっさんにしたら、その答えは
「子ども産んだんやから。私はもう親なんやから。母親が泣き言を言ってはいけない」
やったんやろうと思う。
だからそうして、育児日記に「誰にも言えない泣き言」をしたためていたんだろうな、と。



違うぞ、りっさん。君は何もわかっていない。


「子ども産んだ瞬間にもう親になる」とか、「机上の論理」もいいとこです。
逆に言うたら、「たかが産んだだけでもう親になれる」とか、育児をナメんなよ?

育児は育自、っていう言葉もあるように、子どもを育てながら親はだんだんと親になっていくんです。
子どもが0歳なら、親も0歳。子どもがやっと1歳になって、親もやっと1歳になるんです。
よって、
りっさん、君は人生経験で言うと「もう24歳」かもしれんけど、親で言うと君は「まだ0歳」やねん。

だからな、「なんかうまく出来ません」って言うて泣き言いうてもええねん、もう全然言うていい。
それを言うことが「即ち、母親失格」には絶対ならないから。
そもそも、自分以外の人間をゼロから育てて、その人間と一生関わっていくこと自体が難しいことなんです。
君がロボットならまだしも、君も人間なんですから、
「自分も生きていきながらにして、別の人間の命と人生を背負う」って、もうほんまにしんどいねんから。
それを一人で必死に背負ってたら、自分が崩壊するか、相手を崩壊させてしまうか、に、もうなってしまう。


とは言え。


当時の私は「そのどちらにも」行き着かなかったんですけどね。


あれは忘れもしない、いちごの夜泣きがひどかった時期、
「夜泣きするのは昼間のコミュニケーション不足」って6ヶ月検診で言われた私は
ハイツの中庭に小さなゴザを敷いて、お座りできるかな?どうかな?の頃のいちごと遊んでいた。
すると、そのハイツに住んでる、とあるお婆ちゃんがこちらに向かって歩いてきて
「今何ヶ月?」とか言って、いちごをかまい出したので、
「7ヶ月です」と私は答えて、そのお婆ちゃんといちごの接触を笑って見守っていた。

ほんなら。

そのお婆ちゃんが、いちごをあやしながら言うたんですよ。


「な~?こんなかわいらしい顔してんのに、あーんな大きい声で夜中泣くんやな~?」


ああ、やっぱ窓閉めきってても、いちごの夜泣きがハイツ中に聞こえてるんや…。
もうガムテープでいちごの口を塞ぐしかないのか…?
って、ないないないない!そんなんしたらいちご死んでしまうやんか!
……てか、もういっそ今、いちごと一緒に死んでしまおうか。
だってよその人にこんなこと言われるとか、もう、いちごが生きててかわいそう。
でも、何をしてもいちごの夜泣きは治まらない。

いちご、ごめんな…。
よそのお婆ちゃんに「夜泣きうるさい」と注意されるママはもう母親失格です。
だからもうママと一緒に死のう。
今度生まれ変わったら、もっといいお母さんの元に産まれてきてね…。



てか逆になんで死なんとあかんねんおいコラババア!締め殺すぞ!
仮にもおまえにも子育て経験あるんとちゃうんか!?
ちゅうかたまに中庭うろついてるブッサイクな中年太りのおっさん、
あれ、我がとこの息子やろがおうコラ?!
ろくに挨拶もせん我のボンクラ息子の震撼的強烈な気持ち悪さに比べたら、
うちのいちごの夜泣きなんかまだかわいいもんやろが!!!



喧嘩上等の訓練を若い頃にさんざん積んできたことがそこに来て復活してくれました。
さすがにそのお婆ちゃんと直接ドンパチはしなかったけど、
私の心の中ではもう「そう」して開き直ったんで、私といちごは心中しなくて済んだ。


ちなみに、
「この子は育てるのラクやったなー。いつの間にか、やったなー」
って印象のももの育児日記にも、
高熱を出しながらも、ももを風呂入れたことなどが綴られていて
「やっぱ、ラクな育児なんてないんよな…」と改めて思った。


そんな私が、乳幼児を必死で育てている後輩たちにひとつだけ言いたいことは


「むしろ、開き直れ」


開き直り方を間違えて、愛する子どもを殺してしまうとこに行ってしまう前に。

「このままやったら狂ってしまうかも…」と、今正直思ってる人は、今すぐそれを誰かに発信してください。
「しんどい」「疲れた」って言うことは「即=親失格」じゃないからね。
何故ならば、どこの親もそうしてみんなクタクタになりながら育児をしていますから。

「子どもを育てていくためならなんでもする」というあなたのその強い気持ちを
「助けてほしいって言える勇気」に変えれば、あなたは、また一歩「強い親」になれるから。


「手を抜くところ、抜けるところをうまくみつけて、とにかく、育児を一人で抱えこんだらあかんよ」


  1. 2010/08/25(水) 01:52:06|
  2. 思うこと(「生きる」)

「誰だおまえは」

さて。

首に巻いたタオルを3本交換しながら挑んだ地蔵盆も無事に終わりまして。
早く秋にならんかなーと思いながら相変わらずクーラーガンガンの中でブログなんぞを書いております。


さて。


こないだ十数年ぶりに小学校の同級生から電話がかかってきました。
ただ、十数年に及ぶ音信不通だったので電話帳にすらも登録してなかったんで
その正体不明の電話番号からの着信を見て、私はまた

「おまえ誰や?私はおまえなんぞ知らぬ」

と、長年の癖でうっかり抹消してしまいそうになった。



私はそもそも電話帳登録してない番号からの電話(携帯)には出ないんですよね。
だって、なんか気持ち悪いじゃないですか?
私はそいつが誰や知らんのに、そいつは私の携帯電話の番号を知ってるとかもうだいぶ気持ち悪い。
そら、なんかで自分の携帯の番号を人に教えた場合などはその数日間は知らん番号からの着信があったら
「こないだ番号教えたあいつかな?」とか思って出ますけど、自分にそういう覚えがない時はもうガン無視します。
逆になんかもう引くぐらい何回も続けてその番号からの着信が入ってるとそれはさすがに
「誰や知らんけど今もう異常に私と連絡を取りたがってるやつなんだな」と思ってコールバックしますが
そうでない場合は「私はおまえなど知らぬ」と、私はもうあっさりその場で履歴ごと抹消します。

ただ、この京都に帰ってきてからのこの数年、
帰ってきたもうその年のしょっぱなに、かつての恩師に
「生まれ育った地元京都に帰ってきたなら、後輩たちのために仕事をしなさい」
という教え(っていうかほぼ脅迫)を受けて、娘が転入した母校の小学校PTA本部役員をやってから
もうずーっと毎年毎年なんやかんやと、保護者としてや地域の社会人としての仕事をしてるんで

「それでお困りやったら一度りっさんに聞いてみたらいいわ」

とかいうおせっかい、もとい、親切な人が私の携帯番号を勝手に横流ししているようで。

その人が気の利くタイプならば
「誰それさんがこうこうで困ってはるからりっさんの番号教えたし知らん番号から電話あるかも」
などという情報を入れてくれるのだが、
そういうことに無頓着なやつは私の携帯番号を人に勝手に教えたまんま私に対するフォローをしないので
と、そんな残念な人の仲介で何かのお悩み相談の電話がかかってきても

「おまえ誰や?私はおまえなんぞ知らぬ」

で、私は抹消してしまう、と。

するとその電話主が、私の番号を勝手に教えしかもそのことを私に報告していないその人に
「りっさんに電話したけど出てくれへんかったー」っていう悲しいお知らせを報告し
「えーなんでやろ?仕事中やしかな?」とか言って、その人が私に電話してきて
そしたら私は電話帳登録してるその人からの着信には出るかあとでコールバックするんで
その時初めて
「こないだ電話してきた得体の知れないやつは誰それさんだった」
ということが発覚する、っていうめんどくさいパターンが何回か続いたんで


「わかったよ、出りゃいいんだろ出りゃ!コールバックしたらいいんだろ!」
「はいはい私が悪うございました、なんかすんませんでしたね!!!」



ということで、最近のりっさんは知らない番号からの着信にも出るようになったのだ。


話戻って。


と、そうしてここ数年で「知らん番号からの着信」への対応を変えたことで今回、
知らん番号からの着信(十数年ぶりに小学校の同級生からの電話)をガン無視及び抹消しなかったので
十数年ぶりに小学校の同級生だったタカシくん(タカちゃん)としゃべった。


私「はい」←電話には出たがまだ誰かわからんから警戒してる
タカシくん「あ、もしもし?りちさんの携帯番号で間違いないでしょうか?」
私「はい」←やはりまだ誰かわからんから警戒してる
タ「あの、僕、りちさんと小学校で一緒だった○○タカシというものですが、僕のことを覚えておられますでしょうか?」
私「……てか…。タカちゃん?やんな?」
タ「うん。…りちちゃん、やんな?」


私&タカちゃん「ちょー、めっちゃひさしぶり~~~!!!」


っていうか、そうして一緒に歓喜の声を上げながらも、
めっちゃ久しぶりなんわかってて「りちちゃんの携帯」に電話してきたタカちゃんが、
何故、今そうして私と一緒に歓喜の声を上げるのか?ってことに笑えたんですけど
タカちゃんも電話をかけながら正直何か不安だったのかな?と思った。
十数年ぶりに、しかも恐らく人づてに聞いた私の携帯に電話かける、しかもさらに、
電話に出た私(りちちゃん)は明らかに何かバリアを張ってる無愛想な声、っていう。


私「えー、いつぶりいつぶり~?中学校卒業してから会うてないよね?多分」
タ「会ってないねー。あ、でもハタチぐらいの頃に祇園で一緒に飲んだ女の子に『俺、○○中学の家近所で~』って言うたら『ほな、りっちゃん知ってる?私、りっちゃんと友達やねん』って言うてたw」
私「てか誰やその女wwwどうせ二人で私の昔話で悪口言うてたんやろw」
タ「いやいやいやw」
私「てか、私の携帯なんで知ってんの?」
タ「さーちゃんに聞いてんや。りちちゃん京都帰ってきてるで、って。春の同窓会でさーちゃんから電話あったやろ?」
私「あー、あったあった。用事あって(彼氏さんご両親が来京してた)行けへんかったけど」
タ「あれが思いのほか人集まらへんかったから、来月もっかいリベンジしようって思って、○日の晩にまたやるねんか、来れる?」
私「あー無理。晩の飲み会は概ね無理や」
タ「そっかー。春の時も女の子全然来てくれへんかって男ばっかで飲んでてん。俺らって女子に嫌われてんのかな?w」
私「っていうか単純に嫁は旦那みたいに簡単に晩出れへんやんか?小さい子ども居てたりしたらなおさら厳しいと思うで」
タ「ああそうか、なるほどなー。そうかー…言われてみればそうかもなー」
私「てかタカちゃん結婚したん違った?タカちゃんばっか外でて、嫁さん、家でストレスたまってんのちゃう?大丈夫?」
タ「あー……。……実は俺も離婚してんw」
私「ああそうでしたか、それは失礼しましたw」


てな感じで。


来月の同窓会にはまたしても行けないが、っていうか、子どもをバトンタッチできる旦那がいない私は、
「晩の単独行動」は5年~10年先ぐらいまでは概ね「出席は無理」と思っておいてほしいのだが
でもまあこうして「同窓会来れる?」とかの話でタカちゃんと十数年ぶりに話せてよかった、と私が言ったら



「りちちゃんって気さくでおもろいねんけど、真っ先に怒る人やったから怖かったわ」
「りちちゃんはしっかりしてるお姉さんって感じで、りちちゃんが真っ先になんか怒って、それで初めて俺らが間違いに気付く、って感じやったし」
「だから今日りちちゃんに電話するのも、俺めっちゃ緊張したんやで?」



と、タカちゃんが言った。


そうやったんや…。小学生当時の私はクラスメートからそういうふうに思われてたんや。
いやはや、聞いてみないとわからないもんですね。



タカちゃんが、
「今りちちゃんとこうしてしゃべってて、この十数年間のブランクを全く感じひんわw」と言うので、私が
「ああそれよく言われるwてか、ツレって多分そんなもんやと思うわ」と言うとタカちゃんが
「また電話するわー。個人的になー」と言ったので、「うんまたねー」と言って私は電話を切った。

でも、きっとタカちゃんが「個人的に」私に電話をしてくることはもう無いような気がする。
何故ならば、「それをやれる間柄」「それをしたいような間柄」なら
十数年の音信不通の時を越えて今さら「誰やねんおまえ?」の着信スタートからまた始まる、ことはないのだ。


そんな私が思うことは、


電話帳にすら登録してない、「知らん人」からかかってきた電話は、
やっぱ、「それなりの繋がりの人」なのである。




てかもっと。



もっともっと、話戻って。



私がひとつだけ言いたいことは


「そもそも、私の携帯電話の番号を勝手に横流しすんな!」
「切羽詰まって横流ししたならしたでええけど、ならその事後報告もせえや!」



ってことなんですよ。


「りっさんの電話番号を教えてあげること」を自分の手柄にしたいなら、「ちゃんとやれ」と。
そういうツメの甘いとこになんかイラつくんですよね。
自分が率先して「りっさんの携帯番号をその人に教えて、りっさんとその人の仲介した」くせに、
私に「誰やおまえ?」っていうところから初めさせるとか、

「そんな中途半端なブローカーみたいなことしたんなよ」

って、私は思うんですよね。
その電話をかけてきた人にはイラつかないが、中途半端な仲介したそいつにむしろイラつく。





[「誰だおまえは」]の続きを読む
  1. 2010/08/24(火) 02:05:03|
  2. どんつき(ひと)

明日はしゃかりきに地蔵盆

さて。

まず始めにお知らせしたいことは、私はおそらく「クーラー病」です。

元々暑さに弱いので夏はクーラー無しには生きていけないのだが、
今年のりっさん・サマーコレクションは特に、日中屋外に出ると亀よりも動きが鈍くアリよりも力が弱い。
あ、もちろんクーラーガンガンの室内では「最強流!」で向かうところ敵無しですけど。

多分、仕事中に店舗内と駐車場を一日中行ったり来たりしてるのが原因だと思います。
猛暑の中、足をお運びくださったお客様に快適にお買い物をしていただくため、本部からの「経費節減」の声にも負けず
店舗は当然冷房をガンガンに効かせているので、我々もお客様のおこぼれに預かり、快適に仕事をさせてもらっている。
ただ、大量の入荷商品が入った折コンやダンボールを積んだ業者のトラックが日中ひっきりなしに来るので
そのたびに、商品の受取確認や店舗及びバックルームへの搬入など、炎天下での力仕事(裏仕事)がありまして
そうして一瞬にして吹き出た汗が店舗に戻ると急激に冷え、体が冷えた頃にまた次のトラックが入って来る。
を、繰り返しているうちに自律神経がぶっ壊れてくる→初期の風邪みたいな症状→クーラー病勃発(今の私)。

まあでも、こないだミヤネ屋で宮根さんも言うてはったけど、
今年はエコだの地球環境だの言うてんと、ほんま朝方までクーラーつけてんとちょっともう無理ですよね。
たまに晩11時頃、「ちょっと涼しい風が吹いてきたから」とクーラーを切って窓を開けてみても
ベランダを通じて隣の兄ちゃんがつけてるクーラーの室外機からの情熱熱風セレナーデ☆が吹き込み、
うちの部屋の中がもうサウナみたいになるので、光の速さで窓を閉めてやっぱりクーラーをつける。
と、そうしてまんまと教科書通りのヒートアイランド現象に一役かってしまってるわけですが。
先月18,000円だった電気代が今月どこまで跳ね上げるかがかなり恐ろしいですね。
しかもうちは「借主が勝手に入れ替えられない、マンション備えつけの古いエアコン」なんで、なおさら電気代をくうんですね。
電気屋(電気工事士)のジェーン(下の弟)が嫁はんと子ども連れてうちに遊びに来るたび
「化石エアコンまだ頑張ってはんねんや?てか俺がこの仕事(クーラー取り付け本職)してんのにお姉の家のクーラーがコレって、なんかもう自分が許せへんわ~。俺が大家さんに交渉しよか?仕入れ値と工賃下げるし、もう全室入れ変えなはれ、って」
と、職人魂満開の嘆きをぼやいていきます。築年数が10年ちょいなんで多分15年前ぐらいの型やと思う。
なんかそんな「借りぐらし」な姉でごめんよ、ジェーン。お姉、なんかがんばるよ。


さて。

そんな感じで屋外では絶不調な最近の私ですが、今日明日と二日続けて屋外の祭りが続きます。
今日は地域の夏祭り兼盆踊り大会でした。
数年前、PTA本部役員をしていた時にビッグママらに借り出されてジュースの売り子をした、あの祭りです。

今年は去年からの約束通り、今までのが着られなくなったいちごの浴衣を新調したんですが
小柄で細身のいちごが衣類や靴を新調するたびに勃発するあの問題がまた起きました。

「もっとお姉さんっぽいのがいいのに、いちごに合うサイズがないの…」

いわゆる、金魚とか鞠とかそういう柄をいかにも子どもっぽい感じでデザインしたものではなく、
最近流行の「黒地にピンクのローズ柄」みたいなちょっとお姉さん系?の浴衣を求めるいちごとオマケのももを連れて
仕事帰ってきてから連日、近所のライフだのジャスコだのイオンモールだのをはしごし
最初に描いてたのとちょっとイメージも色も違うけどまあまあ本人が納得するものがようやくみつかった。セーフ。

もも「ももちゃんもあたらしいゆかたほしいな~。いちごちゃんだけ、いいなー…」
私「っていうか!そうやん、もも!ママ、今すごいこと思い出したよ!ももちゃん大きくなったからさ、もしかして今年はなんと!いちごちゃんが2年生のときに着てたあの水色の浴衣がもう着れるかもよ?」
もも「やったー!あ~なんてしあわせ!あのいちごちゃんのみずいろのゆかたがなんともう!いよいよももちゃんも着れるかもしれないなんて!」
私「な~?楽しみやな~?では早速おうちに帰りましょう!」
もも「かえりましょう、かえりましょう♪」
いちご「(吹き出し笑いで)www」
私「(なんかうまくいったから、おまえはあえていらんこと言うなよ、という目配せ)」
いちご「(うんうん、と頷く)」


と、そうして新調した浴衣をいちごに着せた後、ももにいちごのお古の浴衣を着付けてる間に、
友達と待ち合わせしてたいちごは、また今年も一足お先に会場に行きました。
同じ祭りに行くんやから一緒に行ったらええのにーと親にしたら思いますけど、
私も小学校高学年ぐらいから親と離れて別行動してましたから、いちごの気持ちはよくわかる。
親と同行することがなんか恥ずかしいんですよね、子どもが青年に巣立つ「親離れ」の時期ですな。
ただ、行きはええけど帰りはやっぱ暗くなるし心配なんで、
「誰と何時に帰ってくるのか」「一人で歩く距離が長くなるなら迎えに行くが必要か」は確認しましたが。

余談だが、それは別の祭りやけど私が中学生の時、
祭りが終わってから近くの公園でツレとたむろってたらパトロール隊のおっさんらに補導されたんですよ。
しかもその時オトンが中学校の補導委員をしてたんで、都合の悪いことになんと「オトン」に補導されまして
家帰ってからそれはもうボッコボコにどつかれました、「俺に恥をかかすな」と。
「っていうか、ただ公園でしゃべってただけやのに」と当時の私は思ったけど、
子どもが子どもだけで夜遅くに出歩いてると非行や犯罪に巻き込まれる確率が高くなるんで
子どもらはうっとしいかもしれんけど夏の夜のパトロールはやっぱ必要やな、と思う今日この頃。
「大人が見てる」ってだけで、子どもにしたら非行の抑止力になりますからね。経験者は語る。
よって私は自分のしてきたことを棚に上げてでも、っていうか逆に
「今になって思うと無事だったことがミラクルだった」と思うことがいっぱいあるので、やっぱ娘らにはきつく言いますね。

話戻って。

ただ、今日の祭りはまだいいんですよ。
今年はPTA本部にも絡んでないので完全にゲストで行けたし、しかも夕方からなんで
日が落ちると会場のグランドにはちょっと風も吹いたりして、暑さでへばることもなかった。
問題は明日の祭り、「町内の地蔵盆」だ。
これについては今年は町内の地域委員なので、
朝7時の準備から夕方の片付けまでがっつり動かなくてはいけない。しかも日中の炎天下で。

京都及び関西近郊にお住まいでない方のために簡単に説明すると地蔵盆とは

「路地や辻(町内)ごとにいにしえより安置してある地蔵菩薩=子どもの守り神(仏さんやけど)を年に一回町内を挙げてお祀りし、常日頃お地蔵さんが子どもの健やかな成長やその町内家内安全を見守ってくださっていることに感謝する行事。その地域町内の子どもがメインとなる行事なので、各家庭からのお供えもののお下がりを子どもたちがいただいたり、おやつがもらえたりゲームやカキ氷やおもちゃの福引など、一時間おきぐらいにお楽しみイベントがあり、それらはお地蔵さんの祭壇の前に広げられたゴザの上(会場)にて開催され、そんな元気いっぱいの子どもたちを見守りながら、提灯の下で大人が酒とか飲んだりする」

みたいな。

詳しく知りたい人は各々ググってください。
これ以上私が私の言葉で説明すると厳かさもへったくれも(ry

余談だが、
「明日昼間、演奏会やるから予定ないなら見に来なよ」とお誘いをくれたツレに
「ごめん、うち明日町内の地蔵盆やねん」と言ったらそのツレが
「あ、そうか今どこも地蔵盆シーズンか。うちの町内、地蔵がないから忘れてた」と言ったのでビックリした。

私「京都でお地蔵さんない町内とかあるんや?」
ツレ「うん。だからここの町内の子は地蔵盆したことないからかわいそうやって言うて、ずっと昔、一回だけレンタル地蔵借りて地蔵盆したらしい。私は小さかったし覚えてへんけどな」


レンタル地蔵(爆)


それこそ初めて聞いたわ。なんか


「バイトの坊主(笑)」


みたいな響きですよね、イマイチありがたみなさそうな。

あ、ちなみに地蔵盆にはお寺の住職さんが地蔵菩薩さんへの読教に来てくれはります。てか呼んでる。
各家庭のお盆会はあるわ、あちこちの町内で地蔵盆はあるわでこの時期京都はまさに「坊主丸儲k…」。
ミニバイクで西へ東へと走りまくりの坊さんをそこら中で見ることが出来ますので
坊主フェチの方はこぞって京都にお越しください。ただ、ほんま暑いし心して来ないと多分死にかけますけど。


話戻って。


まあそんな感じの地蔵盆なんですが、ちょっと正直準備手配が大変だった。
子どもメインの行事だけに町内の地域委員(小中学生の子を持つ親が持ち回りでやる)は運営役員入り必須なんだが
どの程度仕切らなあかん(関与せなあかん)かは、もうその町内の方針によってマチマチなんですよね。
例えばうちの実家の町内なんかは基本的に町内の五役さん(会長・副会長・会計など)、
いわゆる「おじいちゃんおばあちゃん世代」が仕切ってくれはって
「おもちゃの福引だけ地域委員さんで用意してくれはる?わしら、今の子たちが何がええかわからへんし」
って感じだったみたいだが、今私が住んでる町内は各家庭からの寄付(予算)をボーンと渡されて

「ご苦労さんどすな~。子たちのためにあんじょうしたってな~」

という丸投げの勢いだったので若干度肝を抜かれた。

よって色々買い物とか行かなくてはいけなかったのだが、
私も相棒のよっちゃんも平日フルタイムで仕事してるんでお互い動ける時間があまりに少なく、
年寄りのダイスキな「1円でも安い店」とかを見比べて廻ることなんかできなかったので、
「むしろ逆にカネで解決してやろうぜ」と、与えられた予算をフルに使い、
小分けから包装から何から全部してくれて日時指定で宅配してくれる問屋をネットで調べ倒して使い倒した。

よ「今年はえらい経費かかったんやな~って言われそうやけどw」
私「予算オーバーはしてへんねんから問題ない問題ないwっていうかさ、昔と同じようにやれとかもう無理やんか?色々。京都人は『今まで通り』がな~んか好きで、『無難に無難に』言うて、変革も革命もよう起こさんきらいがあるけど、昔からの伝統を守っていくならむしろマイナーチェンジが必要なんやって。それこそ私らの親世代は専業主婦がほとんどやったから、働くオカンは『仕事してるから』で役員も逃げれたらしいけど、今なんか働いてるオカンがもうほとんどやから、仕事は言い訳にならん時代やんか?逆に言うと、それでもなんとかしてやれって言われるならもうやれるようにやっていくしかないよ。その変革すらもアカンって言われるなら、ほないっそのこと、そんな時代の流れにすらもついてこれへんその行事ごともうやめはったらよろしいやんってなりますけど、さてどっちを選ばはりますか?って話やん」
よ「あんたほんま屁理屈言わせたら天才やなwww」
私「おうよ、どっからでもかかってこいやw」

てなわけで。

町内の子ども+夏休みで帰省してきてる外孫さんも含めて60人分の子どものおやつ・食料担当のうちの家には
明日の出番に備えて福井県から来た60人分の袋詰めおやつのダンボールが山積みになっている。
先日、研修を終えて関東から帰ってきた彼氏さんはこの光景を見て


「引越すの……?」


と、素で聞いた。



「言うわ!www」


なんぼ私が「何かにつけて事後報告の女」でも、さすがにその時ぐらいはあなたには事前に言いますよってw


明日晴れへんかったええのにな~。
テント張りとか荷物の運搬が大変になるから雨は雨で逆に困るんで、「曇り」ぐらいがいいんですが
ただ京都の夏は雲ったら曇ったで湿気がものすごいことになるんで
クーラー病の私にとってはどのみちきついんですが晴天よりはだいぶマシ。
っていうか、なんぼテントやら張って日陰作ってるとは言え、
体感温度50度にもなるアスファルトの上にゴザ敷いて道端で地蔵盆やること自体がもう無理なとこに来てると思う。
そんな環境の中、「暑いー」ってへばってテントの下から出ない子どもらを見てじいちゃん連中は
「今の子は軟弱や」「わしらの子ども自分は地蔵盆言うたら朝から晩まで外で遊んでたもんや」と憤っておられるが
逆にそう憤っておられるお年寄りのほうがもう今やその会場から熱中症で運ばれるんちゃうかという不安すらあるからね。
  1. 2010/08/22(日) 00:09:29|
  2. 学校・PTA・役員ネタ

ツレの結婚

さて。

のっけからアレなんですが、まず最初に謝罪。


「スーパーフライさんと、曽根、すまん!ごめん!」


今朝、どんつき~を読んでくれてるツレがメールをくれたんですよ。
「クレーマーちゃうで?(笑)いやほんまクレーマーとちゃうねんけど、どうしても気になったから」という前置き付きで、
私が書いた先の記事(高校のツレの曽根がスーパーフライだかいうバンドのライブの時にギター弾いてるって話)について
「りっさん、あのな。スーパーフライはバンドじゃなくて、ボーカル誰それの一人ユニットなのだよ」と教えてくれた。

あーそうなんや~。ちゅうことはあれかな?
「TMレボリューションこと、西川貴教」みたいなもんか? 紛らわしいw



てか、やっべー。



曽根がギター弾いてる「スーパーフライ」を全く追い(検索)もせんと記事書いたん、もう「ちょんバレ」じゃないかよ。
曽根ごめん、なんかごめんwww見るから!ちゃんと見るから、そして聴くから!すまん!ごめん!

おわびと言ってはなんだがググってブログを見つけたんでざーっと読みましたよ。コメントはあえてしなかったけど。
何故ならば、ファン向けの記事を書いてるとこに、昔若かりし頃に一緒にふざけたツレからコメントがくるという、
そのこっ恥ずかしさや照れくささみたいなものは、もうほんまとてもとてもよくわかるので。
書き口調は「ギタリストの曽根巧」で書いてるなと思ったけど、中身はやっぱ「曽根」のまんまやね。
「(わざわざ時間作って書いてる)ブログで、しんどい疲れたとか、そんなこと書きたくないし…」とか。
あの一文はもうかなり胸に響いたよ。
そうして自分に厳しくを貫いた結果が今、「ギタリスト・曽根巧」なんやなって思って。

まあでもひとつだけ言いたいことはあんたのギターの一番最初のファンはきっと私とユッコです。
八瀬遊園内のライブとかウーピーズのライブとか、鴨川沿いジャック・ギグして警察に怒られたりとか、色々懐かしいよ。



さて、そんな感じで今日の本題。


今年、独身時代に勤めていた元会社の同期が二人結婚します。
いや、正確には「初夏にもうしました」と、「この秋にします」。
もうしたほうは男の同期で、これからするほうは女の同期で、
特にその女の同期のほうは今もめっさ仲ええツレで、笑いも涙もいっぱい分かち合った親友の一人なんで
もう何年も付き合ってる彼氏がいるのは聞いてたが「結婚はせんと思う」ってずっと言うてたから
「なんかとんとん拍子に話が進んでやっぱ結婚することになったわ~」と聞いた時、ほんま嬉しかった。

っていうか、よくよく深く考えたら、
「なんでツレの結婚報告で嬉しい気持ち」になるのかわからんのですけどね。
ツレが結婚するって聞いて、何故私が嬉しい気持ちになるのか。

息子の嫁や、娘のウエディングドレス姿、しいては孫の顔が見たい親御さんやったらまだしも、
ぶっちゃけツレの私からしたら、「ツレが結婚する=もう今まで通りにいかなくなる」。
具体的に言うと、ツレが結婚して家庭を持ったらそのツレとはもうなかなか会いづらくなってしまう。
例えば独身やったら、自分の仕事の段取りさえつけば「今から行くわ!」「週末遊ぼ!」とかも簡単にできるが、
家庭を持つとそうはいかない。

女なら、家事育児先任者もしくはそれらのチーフがそう簡単に家を空ける(離れる)ことはできないし、
「出かけてもいい?」っていうお伺いをいちいち旦那にしなくてはいけなくなる。
男なら、「女友達(生物学的女のりっさん)と飲みに行く」とか言うた日には嫁に眉をひそめられ、
最悪の場合、帰ったらテーブルの上に署名捺印した離婚届を置いて、嫁が実家に帰っている。

とかね。
よって、ツレが結婚するということは即ち、ツレがなんか遠いとこに行ってしまうということでもある。
「寂しい」と思うのがむしろ正直な感想であるはずなのに「嬉しい」と思うこの矛盾。



そしてさらに、私個人の話で言うと、私は離婚をしてるわけじゃないですか。
原因や理由はどうあれ「結婚生活に見切りをつけて、自分自身はもう離婚してる」わけじゃないですか。
自分はそうして「結婚ね~(笑)」って感覚で生きているのに、ツレや知人が結婚すると聞くと「嬉しい」と思い、
自分は結婚生活で嫌な目とかに合って離婚したにも関わらず、ツレには「結婚おめでとうー」って言うという。


「逆に、私ってもうほんま冷たい人間なんかな…?」



いざそのフタを開けたらどんなことが起こるかわからんぞってことを充分知ってて体験もしてるくせに
ツレから「結婚するねん」って聞いたら「おお!ええやん!」と、祝福する。
逆に言うたら私はそうしてアホ丸出しで喜んでる場合じゃなくて、むしろ私こそが
「今は盛り上がってるかもしれんけどほんまにええのか?ほんまにほんまにその人で大丈夫なんか?」
とか、そんなんをもうしつこくしつこくうっとしいほど問い正したったほうがいいんじゃないのか?
逆に言えば、説得力をもってそれが出来るのは私なんじゃないのか?なのに何故私はそれをしないのか。

もしかして、私はもうほんまに心の底から「人のことなんかどうでもいい」と思ってる人間なんやろうか?
だとしたら、もうこれはものすごく恐ろしいことですよ?私はなんて恐ろしい人間なんだ。
例えば「人を恨むこと」。悪の行為やけど、でもその行為にはまだ「その人への関心」がある。
でも「人に対して無関心」こそは、ほんまもう「救いようのない最悪」じゃないですか。
いにしえより、「好き」の反対は「嫌い」ではなく「無関心」である、とも言われてるぐらいですから。
てか、なんでこんな救いようのない最悪な私に対して、みんなはツレになってくれるんだろう?


「りち、ノイローゼがもうリーチだよ~」
「さて寝ますか、そろそろ。夜に色々考えるとネガっちゃうよw」



と、救急救命ボートを出してくれる彼氏さんが今、京都にいないので(先生の勉強と研修で関東に帰ってる)
私は自力で、今にも沈みそうな船の帆を立て直し、今一度オールを手にして船を漕ぎだした。



まず始めに。
この近年離婚率が著しく上昇しているとは言え、やっぱ離婚する夫婦はまだまだマイナーケースであり、
ツレが私のようにいつか離婚するとは思っていないので、今、私のその「大丈夫?確認」は全くもって必要ではない。
次に。
多種多様な生き方を認められてもきたこの現代社会の中で恋愛の終着点が必ずしも結婚ではなくなってはきたが
だからって「好きな人と生涯を共に生きていくという生き方」の株が下がったわけでは決してない。
さらに。
っていうかもう単純に、「結婚すんねん」って嬉しそうに言うコイツの話を聞いてるのが、私はなんか嬉しい。
嬉しいことを嬉しいと言うツレを見て嬉しい気持ちが伝染しないやつがいたら、むしろそいつこそが「人に無関心」なのである。
結論。


「結婚するんかー!おめでとう!!!」


なんか、ぐずぐずと悩んだ時間がアホみたい。それなんて無駄な時間。難しく考えんでいいんよな。
よって、私はこれからも、もう心のままに嬉しがり続けます。もうアホ丸出しの大喜びでいく。
だってやっぱ「嬉しい」と思ってしまうねんもん、「ツレの結婚」。


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  1. 2010/08/19(木) 03:48:05|
  2. 思うこと(「生きる」)

オカン、またなー。

さて。

今日は五山の送り火でした。
全国的にどんだけメジャーかはわからんが、日本で生まれ育った人ならその行事名ぐらいは聞いたことがあると思う。

まあ簡単に言うと、
「お盆に帰ってきていた先祖の霊がまた天に帰らはる時に迷わはらへんように山に炎を灯しながらお見送りする」
みたいな。

詳しく知りたい人は各々ググってください。
これ以上私が私の言葉で説明すると厳かさもへったくれもなくなってしまいそうなので。


五山の~と言うからには五つの山(正確には六つだが)に

大文字(東の山の大の字)
妙法(二つの山に灯る妙と法の文字が二つで1セット)
船形(船の形の絵)
左大文字(北の山に大の字)
鳥居形(鳥居の絵)

が、8月16日の8時10分だか頃から順番に点火されていくんですね。

子どもの頃はなんで山に火をつけても山火事にならへんのかが不思議だったが
私も現物を見たことはないが、なんか普段からその形の点火台?みたいなんが山にちゃんとあって
そこに、送り火当日、薪やら古いお札やらをくべてなんか燃やすそうです。

ちなみに昔、京大だかどっかの学生が懐中電灯を持ち出して
「大文字」の「大」の字の右上に点をつけて「犬」の字にするというイタズラをした年もあったらしい。
その話を聞いて私は

「賢いくせにアホみたいなイタズラすんなw中学生か?w」

と、不謹慎にもちょっと笑ってしまったが、送り火を守る会だかの人々はきっとババ怒りしたに違いない。
多分そうとう怒られたと思います、京都は特にそういう伝統とか大事にしますから。

年相応のイタズラはもうその時に存分にしといたほうがいいですよ。
「遅ればせてのイタズラ」はそれまでの努力を多々、パーにするからね。


さて。


五山の送り火には色々な言われがあって、最も有名らしいのは、
翌日、山に登って燃やした後の炭をもらってきて半紙で包んで紅白の帯(紐)で止めて
家の柱(確かなんか方向があったけど忘れた)に飾っておいたら
家を守ってくれるとか家族が病気にならんとか、なんかそんなん。
ただ、自分で山に登ってまでそれを貰いに行く人がなかなかいないのでそれは非常に手に入りづらい代物で
うちもそんなん貰いに行ったことなかったし、家にそんなん飾ってあるのも見たことがなく
よって、オカンはもしかしたら知ってたかもしれんけど私は長年知らなかったんですが、
オカン亡き後、私が東京にいる時、親友・あーちゃんのお母さんの知り合いが山登ってもらってきはったとかで
あーちゃんママがその貴重な炭を少し分けて東京に送ってくれはって、初めてそんなんがあるのを知った。
「東京に嫁いだ三番目の末娘」ぐらい、京都を離れた私を何かと気にかけてくれてはったんで
多分色々と心配してくれてはったんでしょうね。そや、またあーちゃんママにも会いに行こう。


話戻って。


まあそんな感じで色々と言われがある送り火なんですが
これ、どっかで書いたかもしれんがうちの家にまことしやかに伝わっていたのは
「送り火の炎を透かして映したコップの水を飲むとその一年健康でいられる」というもの。

うちの実家は二階の東の窓からスコーンとまっすぐ大文字(東山の)の「大」が見えたんで
送り火の日は毎年、点火時間の5分前ぐらいから


「志村、水!水!」 (志村無関係)


とか言って、台所でコップに水を組んで点火を待ち構え、
家長のオトンから順番にそれを透かして映しては、家族みんなで一杯のコップの水を廻し飲みしていた。
「これで今年一年、みんな健康やなー」とか言いながらね。



「ちゅうかど~でもええけど君それ安っすい健康やな~!」
「何言うてけつかるねん怒るでしかし!」




 (やすきよ無関係)  





つい今しがた神妙な気持ちでご先祖を見送られた皆様、なんかすみません。もうしませんごめんなさい。



また話戻って。


今住んでるマンションの玄関前の廊下からは左大文字の「大」と船形が見えます。
船形はどっかの家の屋根で一部欠けるけど、肉眼で、手の平より大きいサイズでクリアに見える。
ちなみにうちは四階なのだが、南のベランダからは京都タワーも見えます。
京都の町はそもそも商業地域と繁華街以外の住宅地は建物の高さ制限が厳しいので
西陣の織屋さん界隈みたいな長屋続きの「ザ・京町屋」な地域を除いては、
「その向き」の窓かベランダがあれば、或いは家の近くのちょっと広い通りに出れば、
五山の送り火のどれかは、なんか多分見えると思う。


さてそんな感じで、りっさん家に代々伝わる「五山の送り火の日の水飲み行事」。


いちごとももは7時50分頃からテレビのチャンネルをKBS京都(京都のローカル局。送り火を唯一生中継する)に合わせ
今か今かとうちから見える左大文字と船形の点火を待っていた。

いちご「ももちゃん、お水汲んできて」
もも「おっけい♪」
私「あのさー、その話なんやけど…。今年は水飲むのはちょっと無しにせえへん?」

いちご・もも「なんでえええーーーっっっ!?」

私「いや実はママ、ミネラルウォーターを買ってくるのを完全に忘れたんですよ。…でも、だからって水道の生水をあんたらに飲ませるのは抵抗あるなって思って。うち、浄水器も付けてないしさ」
いちご「水道の水はそのまま飲める水なんやろ?蹴上浄水場の見学でそう勉強したけど」
私「でもうちはマンションやし、水道から直接じゃなくて一旦マンションの貯水槽に溜まってから出てる、言うたら古い水なわけやんか?だからママは夏場の生水はもう特に怖いねん」
もも「でもKにい(彼氏さん)はいつもすいどうのおみずのんではるで~?」
私「もうあの人はなんかほっといたらいいねん、頭が理科やからな」
いちご「じゃあいちごが(マンションの)下の自動販売機でペットボトルの水買ってくる!」
もも「いちごちゃん夜にひとりでおそとでたらぬすまれる(もも語録で言う誘拐される)よ!」
いちご「(ハッ)盗まれるかな…?」
もも「ぜったいぬすまれるよ!だっていちごちゃんかわいいし!」
いちご「そうかな…。実は毎朝顔洗った後、鏡見て、いちごけっこうイケてる?とか思うねん」
もも「イケてるイケてるー。だっていちごちゃんほんまにかわいいしぃ~~~」

私「っていうかなんやねんおまえらなんの話やねんwwwもういいママが行く!」

もも「でもママもぬすまれるかも、けいさつのひとに!」
いちご「警察の人に盗まれる?えっ、ももちゃん、どういうこと?」
もも「だっておとなのおんなのひとはおそとで半ズボンとかはいてへんし…」



私のこの部屋着の短パンは公然わいせつ罪にあたって逮捕ですか、
ああそうですか。このままお外に出たらなんかそうなりますか。

わかったよ着替えていけばいいんやろ!?着替えていけば!!! 



よって私はもう半ばヤケクソで、マンションのもうほんまに「真下」にある自販機に、
「送り火を映して飲む用の500ミリのペットボトルの水」を買いに行くそのためだけに
わざわざ部屋着の短パンをジーパンに履き変えてエレベーターを降りて30歩ほど歩いてそれをゲットしてきた。


と、そうして私が買ってきたペットボトルの水を早速ガラスのコップに移した二人は
「あかん、水が冷たすぎて(コップが雲って)大がぼやける!」とか言いながらコップの外側を何回も拭いて
「ママも早く来てよ!大文字が消えちゃう!」と私を呼んだ。


私「てかあんたら普段、ヤバってるし~とか言うてるくせに、送り火映して水飲むとかヤバってるし~って思わへんの?」
いちご「思わへんね!」
もも「おもわへんね!」
私「てか若いうちからどんだけ健康目指してるねんwww」
いちご「いちごは、いちごの健康を祈ってるんとちゃう。いちごは、ママの健康を祈ってるん」
もも「ももちゃんも!ママのびょーきがなおりますように、だいもんじさま!」
いちご「だから、一回でもこのことはやめたらあかんねん」



私「……。」


って、私がそこで泣くかと言うと私はそこでは泣かなくて。


何故ならば、
私がかつて子どもの頃に毎年「送り火を透かして飲んでた時」も、やっぱり実は、
「オカンの病気が治りますように」って、毎年毎年そう思ってそれをしてたんで。
それを一回でもやめたら、オカンが死んでしまうんちゃうかとも思ってた。
でもそれはオカンには絶対言えなかった。
それを口にすることで、今で言う「オカン死亡フラグ」が立つのが怖かったのと、
「そんだけオカンのことを思ってる」と素直に言うのが、なんかもうこっ恥ずかしくて。

と、そんな私が、逆の立場で娘らにそんなんをもうこうしてガチコーンと正面から言われたら、
なんかもう「それについてのリアクション」に、逆に困るんですよ。

「それは言うなや!思ってくれててもあえて言うなや!」と思ったり、
「何を大文字の送り火ごときにママの命を託しんねんアホかw」とか思ったり。
でも、かと言って、それを総合した挙句


「うるさいだまれ」


とか、そんな返しもできない。
「これ言うたらりっさん、なんか弱りよるでw」ってわかってやってる愉快犯なツレらへのツッコミならまだしも、
ほんまに純真無垢な思いでそんなん言うてる子どもらのそれを茶化すようなことは言えない。
なんぼ笑いに魂売った人間でも。



携帯の写メなんで画像悪いですが、うちから見える左大文字と船形。


左大文字と船形




コップに移した水、なんかもうついでにみんな飲んどけ。



てか、こういうパターンわりとけっこう多いんですよね、うちの家。



「笑い」は常からそこそこ鍛えてるんで、いちごももももそこそこできるしついてくるし、
こと「笑い」の部分では、シュールなネタとかも解って拾ってくれるんでいいんですが
「素」の部分になると、なんせもうあいつら(いちご・もも)はなんかピュアやから困る。
さらにそこに「ピュア界のラスボス」こと彼氏さんが居て、
三人からそうして「ピュアビーム」を一斉に放たれた日には私にとってはもういわば最悪の出来事で、


「ああそうなん?それはどうもありがとうございます」


ぐらいしか、もう言えなくなる。
多分あのピュア界の人々からすれば私は「リアクションの薄いヤツ」と思われてると思います。



さて、そんな感じで五山の送り火。



送り火を映した水を飲みながら、私は今年も「いちごとももが健康であること」を祈りました。


いにしえに、私ら姉弟が
「お母さんの病気がいつか治るように!」と思って毎年飲んでたあのコップの水を、オカンは
「子どもらが健やかであるように」と祈って飲んでたんかもしれないな、と、なんかそう思った。


オカン、またなー。また、来年な。



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  1. 2010/08/17(火) 02:23:08|
  2. 家族ネタ

夏休み終了

   休みの日が終わる 最後の夜は 明日が来なければいいなと 思う
   君がくれた時計は 僕のものなのに 時間を止めてあげることができない
                               /song by ジュンスカイウォーカーズ

さて。
四日間ほどの盆休みも今日で終わり、明日からはまたいちごの陸上朝練とももの学童保育が再開。
それに伴い、私も出勤開始。りっさん家の夏休みは終わり、明日からまた営業再開です。

私は面接の時に
「下の娘の保育園が休みの日(今は学童保育が休みの日)と、子どもの行事、月一回の通院(私の)は基本休み」
という契約を店(会社)としているので、年中無休のサービス業にも関わらず、
日曜祝日と盆正月休みやゴールデンウイークなどは何ら文句を言われることなく休みをいただいている。
ただ、休憩室に

「○日(日)、○日(祝)、人が足りません!ご協力を!」

という店長の心の叫びとも言える赤紙が貼ってあるともういたたまれない気持ちになり
店のため、そして自分の生活のため(底辺労働者は人が働きたがらない時にこそ働かねばならんのよ)
なんとか子ども(ってか、主にもも)の預け先を探して出来る限り出勤している。
っていうか、人数的には充分足りているはずなんですよ、先月も新人のバイトが二人入ったし。
ただ、特に土日祝日や連休は大学生が入ってくれないんですよ、やっぱ遊びたいしかなあ。
っていうか遊ぶにもカネがいるので遊びたかったら働かんと遊べへんはずなのだがその費用はどこから湧いてるの?親?

よってその穴を埋めるのは
「うちらが学生の頃は土日と春夏冬休みはもう一色バイトしてたよねえ?時代が違うんかなあ?」
とか言いながら、家族をほっぽらかし、老体に鞭打って出勤している我ら「チーム・おかん」なのだ。
「主婦・子持ちは使えへん」と思ってる雇い主のみなさん、今時の主婦は意外とやりますよ。


とまあそんな感じで今日は夏休み最後の日。

せっかくの盆休みなのに、というか、せっかくの盆休みなので普段できないことを詰めてしました。
私といちごとももの歯医者治療と検診を、11時14時16時と贅沢に一日でクリアしたり(←悲しい)
来週の地蔵盆の子どものおやつや福引の手配(地域委員の仕事)をしたり(←虚しい)
あと、高校の頃からのツレの家に昼間から子どもらも連れて遊びに行ったり(←これは楽しい)
さらにその晩にツレ(別の)が来て夜中の1時までさんざんトークしたり(←これも楽しい)。

久々に昔からのツレに会うと「みんなそれぞれ頑張ってる報告」を聞けたりして嬉しいです。
今回は、ツレの曽根がスーパーフライとかいうバンドのライブの時にギター弾く人になってるのを聞いた。

私「スーパーフライってなんか聞いたことあるわ。今の若い子が好きなバンドやっけ?例えばよっちゃん(アユのバックでギター弾く野村義男)みたいな感じ?」
ツレ「ああ、そんな感じかもw」
私「そうなんやー。てか曽根、やっぱほんまにギター好きやってんやなー」
ツレ「なー?モノになってよかったなーって思たわー。去年か一昨年かのフジテレビの27時間の深夜でおさちゃん(ガンダム芸人・若井おさむ、それもツレ)の結婚式中継やってたやん?あのコスプレしてる芸人さんらに混じって友人代表で曽根と○○が二人、普通にスーツ姿で出席したらしい」
私「wwwてかそれ曽根らにしたら拷問やろw」


私は「あいつは今どこでどうしてんの?」って話を積極的に聞き耳立てて仕入れようとしません。
何故ならば、「いい話」はおのずと入ってくるんで。「果報は寝て待て」。
人の噂話とか、「(悪い意味での)誰がどうこうらしいよ~」とか、特に興味ないんですよ。
「自分ダイスキ人間」ですし、もう「我が我が」なんで。

曽根が今も好きなギターを懲りずにまだ弾いてることを聞いてめっちゃ嬉しかった。
解散ライブの時「東京ドームでいつかライブやってくれるんやろ!?」って泣いた私の頭を撫でた曽根は
「まだそんなこと言うてくれるんかw」と笑って、アンプの下に貼ってた曲順を書いたメモをくれて
「これあげるから勘弁して、ごめん」とか言うて逃げた。
なあ、曽根ちゃん。
あんたがそんなんするならもう私は、あの時私があんたに描いた夢を、また追うで?


さて。

と、

そうこうしていたらもう最後の一日になってしまったので今日はなにもせずにほんまに休むことにした。

朝8時ぐらいに目が覚めたんで「あ、いちごとももの朝ご飯」と思って起きたら
いちごとももが「ママ遅い。もう朝ご飯食べちゃったよ」と言ってチャレンジをやっていた。
あ、チャレンジというのはこの夏から二人が始めた通信学習(いわゆる赤ペン先生)です。
なんか、無料でお試しドリルみたいなんが貰えるという広告を見たんで
「夏休み中、昼間ずっと(私が)いない間、いちごが家で勉強するのにいいかな」と思って
「試しにやってみるか?」と申し込んでやったら、いちごが「わかりやすい!続けたい!」とハマった。

だがいちごには通信学習について過去に「前科」がある。
実は一年生の頃に「ポ○ー」だかいう同じような通信学習の教材を
「友達がやってるのを見ておもしろそうだから」という理由でやりたいと言い
年間契約のほうが安いので5月くらいに年間契約で取ってやったら
いちごはものの2ヶ月ほどでそれに飽きてまんまと踏み倒しやがったのだ。
最初の頃は「ポ○ーやったん?」とか私も口うるさく言っていたが、

「でも一年生の間からあんまり勉強勉強言うのもなー」
「いやいやでも自分がやるって言うたんやからその責任は自分で負わせるべきだ」
「まあ待ったりいや。その責任能力が今のこの子にあるか?まだ一年生やん」

などと葛藤の末、もう親として今どうするのがベストなんかがわからなくなり
だが年間契約をしてしまってるので途中退会もできず、
毎月毎月送られてくるテキストやらドリルは結局、年度末にまとめて古紙回収に葬られた。
よって私はもう二度といちごには通信教育の教材は取らないと心に決めていたので、
いちごが「続けたい」と言った時、即座に「いや、だが買わん」と言った。
すると、いちごはなんかもうめちゃくちゃ怒って、私に突っかかってきた。

いちご「じゃあお試しコースなんか取ってくれんかったらいいやんか!」
私「いや、ママとしてはな、ママがいない夏休み間の復習勉強だけのつもりで頼んだんや。しかもタダやし」
いちご「勉強は続けへんかったら意味がないし!」
私「それはごもっとも。だがそこで忘れてはいけないのは、君には前科があるやろ?」
いちご「(ハッ)…それは…そうやけど…。でも今度は違う」
私「なにがどう違うの?」
いちご「ポ○ーの時は、友達がやってたからつられた。でも今度は自分がほんまにやりたいと思ったん」
私「ああそう」
いちご「なあママお願い!チャレンジを続けさせて」
私「でも今は夏休み中やからいちごも時間あるやろけど、学校始まったらまた毎日放課後6時まで陸上練習やんか?ほんで、帰ってきて学校の宿題とさらにチャレンジやで?ほんまにやれるか?」
いちご「宿題の後にやってた自分勉強(自宅学習)の時間をチャレンジに使うからそれはできる」
私「なんかチャレンジに夢中になって学校の宿題忘れました~とかならへんか?」
いちご「それはない!学校の宿題は一番大切にやる。陸上の練習も続ける!だからママ、お願い」



りっさんもうええやん、もう許したって。
頼むしもう、いちごちゃんに「チャレンジ」をやらせたってくれ!
てか、「勉強したい」って言うてる子どもの勉学心を阻む親がどこにおるねん!?



と思われるかもしれないが、残念ながらここにちょっといる。

っていうか、私は勉強のできる子どもを育てたいわけではないんですよね。
そら出来ないよりは出来るほうがいいと思いますけど。
でもそれよりも私は子どもらに「生きる力」を身につけさせたいんですよ。
「教科書の勉強」はその「生きる力」の中の1アイテムにしか過ぎないと私は思うんで。

例えば、そんなん言いながらまたしても今度もいちごが赤ペン先生を踏み倒しても
そのことでは私はもう多分怒り狂うが、私はいちごという人間をやはり許すだろう。
何故ならばやっぱ「親」だから。
でも「何回も同じ過ちを犯すようなことは社会に出てからは通用しない」ということはちゃんと教えたい。
そこにどんな理由であっても、そんなことしてたら「信用」は削れていきますから。

まあ厳密に言うとそういった過ちやわがままも赦されることもあるんですけどね。
「あいつやったらしゃあない、赦したろ」と思ってもらえるような人間になれたら、
それを特赦してもらえることも、あるにはある。
ただそう思われるような人間になるには、普段からの相当な努力が必要なんで、よって
「おまえまたかw」と人様から言われないようにちゃんとしとくのが基本形だと私は思うんですよ。

ただ、ここで「やっぱりあかん。君はそれだけのことをしたんや」とシャットアウトすることで
「一回チョンボしたらもう次はない」みたいな人生への恐怖心を今のいちごに植えつけるのもどうかと思った。
それをすると、いちごは失敗を怖がって挑戦(まさにチャレンジ)をしないヤツになるんじゃないかと思って。
特にいちごはその傾向が強かったんでね。今の担任(兼・顧問)の先生と出会って、陸上を本気でやるまでは。

何回失敗してもええ、また何でもやれる時期はむしろ親に守られてる子どものうちだけなんで。
今のうちに、何回も失敗してそこからまた立ち上がる経験(練習)を積ませてやるのも
「巣立つ力」、しいては「生きる力」の育成になるんじゃないかと。

何故ならば、人間は「打たれてなんぼ」で、打たれても打たれてもまた立ち上がってやり直せるので。
まあ、やり直しがめっちゃ難しいことも実際あるにはありますけど、
その訓練をしてきたヤツと全くしてきてないヤツでは、打たれた時のダメージと回復力がもう全然違うので。


…。
……。
………。



私「いちごの気持ちはわかった。ただひとつだけママが言っておきたいことは、君も薄々は気付いてると思うが、君がかつてポ○ーをブッチした頃と今の我が家の経済状況はもう全然違います」
いちご「薄々っていうか、かなり気付いてるけどw」
私「それを言うなよww…でもな、それでもあんたがチャレンジをやりたいと言うなら、ママはもうまさに自分の命を削って働いてでも、君にチャレンジを続けさせてあげようかなと思っています。ただしもう年間契約はしない。あんたの様子を見ててこいつはまたしてもアカンと思ったら、ママはもうそこでチャレンジの契約を打ち切る」
いちご「でも年間契約にしたほうが安いからお得です~今なら学年末までの半年契約も出来ます~ってここ(一緒に送られてきたビラ)に書いてあるで?」
私「年間契約や半年契約しても途中でやめたら結果的には高くつく」
いちご「……。ママはいちごを信用してないってことなんやな?」
私「そういうこと。一回裏切られてる人間を誰がそう簡単に信用するか。悔しかったらママをギャフンと言わせてみろ」

いちごは一瞬反骨的な目を見せた後、さらに意志表示を持ってした強い目で


「絶対やめへんし」


と言った。



なんかもう魂の戦いだな。望むところだ。



ちなみに、ももも「ももちゃんもいちごちゃんといっしょにちゃれんじべんきょうやりたいー」と言うので
私は同じくももにも「チャレンジ」を取ってやることにした。

いちご「ももなんかどうせすぐやめるって、ママ!」
私「っていうかおまえがそれを言うなwww…まあ、ママにとっては二回目のことやけど、ももにとっては初めてのことやからな。それはいちごと同じようにももにもしてやるよ、もうあえて」
いちご「じゃあ、ももちゃんが途中でチャレンジやめへんようにいちごが『一緒にチャレンジやろう』ってももを誘うわ」
私「挫折経験者からのアドバイスかwおせっかいにならん程度になんか頑張れw」




話だいぶ戻って。


てなわけで、私が「完全休むつもり」の朝、「そや、朝ご飯」と目覚めたら
いちごとももはすでに朝ご飯を済ませていて、二人で「チャレンジ」をやっていた。

私「勉強中のところなんかすみません。…で、朝ご飯、何食べたん?」
いちご「冷蔵庫に卵とベーコンがあったからベーコンエッグとお味噌汁作って食べたよ。あ、ママ、卵の賞味期限あと三日やから早目に使ったほうがいいで」
私「じゃあ今晩はカニ玉でもしようかな?…てかあの、ママもっかい寝てきていい?今日最後の休める休みやねん」
いちご「うん、いいよ。いちごとももちゃん、チャレンジしてるし。でも昼から床磨きするからその時は起きてね」
私「床磨きするんや…」
いちご「今日でお休み終わりやから明日からまた忙しくなるし」
もも「ふろーりんぐわいぱーで!」
私「ああそう…てかそれはフローリングワイパーを使いたいだけなんでは…」
いちご「お昼の12時になったら起こすから」
私「えっマジでwそれはもう寝ます今すぐに、おやすみ」



とまあ色々徒然書きましたが、ひとつだけ思うことは


長い休みが終わる最後の日は「あーあ」って思うけど
ずーっと長い休みやったらそれはそれで「あ~~~」ってなると思うので、やっぱこれでいいのかな。
  1. 2010/08/16(月) 03:02:21|
  2. 家族ネタ

走馬灯エディター

さて。

今日は町内の子どもらを連れて映画に行きました。
夏休みの子ども会行事です。今年は地域委員なんで。
相棒のよっちゃん(もう一人の地域委員で小学校の時のツレ)が
我が息子を含むトイストーリー希望組(ほとんど男の子)を連れてくれたんで
私は、いちごとももを含むアリエッティ希望組(ほとんど女の子)を連れて行った。

借りぐらしのアリエッティ

まだ観てない人に悪いんであえて詳しい内容は書かないが、
ひとつだけ言えることは

高所恐怖症の私には、「借りぐらし」はできない。


あと、内容書かないと言いつつ書いてまうけどラストが「えっ?」って感じでした。
「えっ?これで終わり?」みたいな。
ジブリ作品ってけっこうそういう、ストンと綺麗に落とさない(?)みたいな終わり方する作品が多いと私は思うが
だいぶ前に、ジブリ好きのあーちゃんが
「ジブリ作品は実はめっちゃ奥が深くて複雑な話(原作)を、子ども用に易しくしてあるんや」
みたいなことを言っていて、だからこのエンディングも子どもらの中ではちゃんとオチてんのかなあ?と思ったが
同じ映画を観て私だけがわからない(引率の大人は私だけ)のもなんか悔しいので
帰り道で子どもら相手に「君ら的にはラストはあれでOKなん?」と答え合わせをしてみたら
結構な数の子らがどこか物足りなさを感じたようで、それこそネタバレになるので詳しくは書かないが
「おおっ、それいいやん!自分将来映画監督になれるで!」っていうぐらいラストシーンのアイデアを出した子もいた。
ちなみにももは「らいねんつづきのおはなしをやるかもね♪」と言っていたがそれは多分ないよ、もも。
よしよし、なんかかわいいね(はあと
あと、本編が始まる前の近日公開映画の予告ラインナップでちょっと観たいと思ったのがあった。

ハナミズキ

こう見えて(どう見える?w)私は純愛モノがけっこう好きでっていうかどっちか言うともうラブストーリーは、
女がなんかはっちゃけキャラなコメディ路線より、ガチガチの純愛モノが好きかもしれない。
若い頃はそれこそロンバケの「結婚したら朝倉みなみ~(山口智子)」とか、かなり好きやったんですが
朝倉(葉山)みなみの年齢をとうに超えてしまった今となっては逆に見てて痛いというか
いや、ロンバケの場合は見たら見たで当時の感覚にまた(いい意味で)戻って見れるんだが
今、新作で朝倉みなみみたいなキャラのヒロインがはっちゃける作品を見るとなんかもう痛々しくて見てられないと思う。

ハナミズキの予告編はなんかめっちゃ良かったな~。素直に観たいと思いました。
あれ、倦怠期のカップルとか十年二十年選手の夫婦とかが観るといいかもしれないですよ。
あと、友達以上恋人未満(死語?)をずっとやってる人らとか。
逆に、付き合いたての手探り状態の恋人たちにはあまりオススメしない。
映画終わった瞬間、彼女が昔の恋人の元になんか走り去ってしまうかもしれないので。

てか、映画の予告編ってほんまよう出来てますよね。
特に映画好きでもない私が観ても「あ、これ観たい」と思うもんな。
まあそらプロのエディターが「本編を観たくなる」ように創ってはるんやから当然なんですが。

と、そうした「予告編」を観るのも好きなんですけど、私が最も好きなんは実はエンドロールなんですよ。
本編の最後にスタッフクレジットがダーって流れていく中で流れるあの映像が、映画の中で一番好きなんですね。


エンドロールって、観ててなんかもう熱くなるんですよね。
エンドロールには「自分ら(スタッフ)はこの作品をほんまに好きで創ったんです」っていう、
いわば「お客様向けの本編」には覗かせないような、スタッフ(裏方)の鼓動みたいなものが見えるんですよね。
よって、ドラマにしろ映画にしろ、実は私は本編よりもエンドロールが一番好きなのだ。
ただまあ連ドラの場合は「どの回の最後に観ても(全体的に)馴染む」ように創ってはると思うんで
「これは新しいやり方(技術)やな」とか、そういう新発想の部分でスタッフの鼓動を感じるんですが
短編ドラマや映画の場合はもうダイレクトにその作品に込めたスタッフの想いがガツーンとくるんで。



もう十年近く前になるが、「映画」を創ったことがあるんですよ。


ツレが子ども産む時に出産ビデオを撮って編集して、贈った。
モノを書くことは好きでやってたが、それを映像に仕上げるのは監督さんやエディターさんの仕事やと私は思ってたんで
「書いて、撮って、繋ぐ、を自分でやろう、やりたい」と思ったのはそれが初めてだった。

まだツレの子が産まれてない、お腹にいるうちからその企画が(私の中で)持ち上がったんで、
予定日に向けて陣痛待ちをしながら、絵コンテ作って、もう撮れるとこから撮って行って。
この私が創るんやから、ただの出産記録ビデオではなんかおもろないと思ったんで
どうせやったらもうその子(産まれてくる子ども)のルーツから追ったろうやないかと思って。

ただ、当時は初期のデジタルビデオカメラが一般に普及し始めた頃で、
Hi8式のホームビデオカメラでも10万近くとかしてた頃なんで、
ルーツ追う、言うてもそれ以前の映像とか当然残ってなかったからどうしようかと思い、
逆に、ええ感じのBGM流して静止画で繋ぐのもアリなんちゃうか?と閃いて、
ツレと旦那さんのそれぞれの赤ん坊の頃の写真から幼少期の写真から、
交際中の何気ない写真からデート先で撮った写真、結納や結婚式の写真に至るまで、
プライバシーの侵害上等でアルバムごとごっそり借りて、その膨大な中から素材を厳選して撮って繋いだ。
このアナクロ具合が逆にこの子が大きくなった時に親子で話のネタになるはずとそう信じて、もう行くと。

メインの出産シーン(てか陣痛シーン)の撮影はそのツレの双子の姉に頼みました。
私は当時3才の子持ち(いちご)で、しかも一ヶ月半後には関東に引越すことが決まっている荷造りの最中で
よって、ツレの身内であり当時独身でわりとフットワークの軽いそのツレの双子の姉に頼んだ。

「っていうかそんな中でなんでその企画が自分の中で持ち上がってんwww」

っていう話なんですが、実際、引越のダンボールにまみれながらそれを創ってたんですが、
もう一言で言えば、

「私は今どうしてもこれを創りたいと思ったから」


話戻って。


そうして完全に巻き込まれてしまった感もあったそのツレの双子の姉に私は
「どこをどう使うかはフィルム見てから考えるから、尺とか考えんともうずっとずっとカメラ回し続けてくれ」
って言うて、「リアルに姪っ子が産まれるそのツレの姉」も次第にテンションを上げてくれて
私が依頼した陣痛シーン以外にも、その産婦人科の外観とか館内の様子とか装飾品とかも撮ってくれていた。

ちなみに明日そのツレ姉妹と主人公(子ども)に久々に会うんですけどね。朝、起きれるかな?w


話戻って。

ただ、そのメインの撮影でちょっと問題が起きてしまって。
そうしてツレの姉が寝ずに撮ってくれたテープ3本分の音声が、もう丸っぽ使えなかった。
なんかツレのカメラの録音機能が痛んでたみたいで、ノイズがひどくてクリアな音声が取り出せない。


「ちょwこんなんもう致命的ミスやんか!」

「てか本番前に適当になんかリハ撮りして一回ぐらいランスルーしといてくれよ~」



だが、明日か明後日か、はたまた一週間後かに陣痛が来るかもしれない緊張状態にあったそのツレや
「妹に陣痛が来た」と言う連絡を受けて、もう自分の生活の何もかもを置いてまでこの作品のために
むしろ旦那さんよりも先にカメラを担いで現場入りしてくれたそのツレの姉に対して私はやはりそれは言えず、
「大丈夫、なんとかする」と笑って言いながらも、心の中ではもう半泣きっていうか全泣きだった。

あらゆる手段を駆使して音声を取り出そうとしたがやっぱ音響の素人にはどうしても無理だったので、
本職のサウンドエンジニアの友人(ツレ、でなく、あえて友人)に「なんとかなりません?」と泣きつき
「君が俺に連絡してくる時はいつも泣き顔やなw」とか言われつつ、かなり頑張ってもらったんですが
「上からノイズが被ってるだけならノイズ消したらしまいやけど主音そのものが欠損してるからこれは無理やわ」
と、サウンドのプロから見てもやはりその結論に達した。

私「ここがメインやから、ここの音がないとかなり厳しいんです」
彼「でも映像は生きてるんやから、ええ感じのBGM流して映像繋いだら?」
私「それはもうやるんですよ、これこれこうで~(ルーツ部分)。だからやっぱメインには生音入れたい」
彼「でももうその音は録れへんねんから、物理的に。あとはこの映像を生かす音を描いていくしかない」
私「作曲しろってこと?無理ですよ!私、音楽センスないもん!○○さん(彼)創ってくださいよー」
彼「俺に曲の発注したらカネ取るぞ?…っていうか仕事じゃないからこそ今君は燃えてるんじゃないんか?」
私「そうです」
彼「ほな、俺が助けてやれることはここまで。その友達にしても、そういうクオリティを求めてるならプロに発注するやろ。いい意味で、趣味でやれ。君と友達と産まれてくる子にとっていい作品が出来ることを祈ってまっせ」
私「わかりました。お忙しい中ありがとうございました」


ってなわけで。


悩んで悩んでだいぶ悩んで、テープ3本分のフィルムを見て見て見倒してイメージを高めて、
色んな曲を聴いて聴いて聴き倒して私がそのメインのBGMに選んだのは、
劇団四季のミュージカルの「ライオンキング」の曲(Circle of Life)でした。
じわじわ盛り上がってくる曲調が私の編集したい陣痛出産シーンのそのイメージに合ってたのと
その曲が描き出す「生命の繋がりと、生きとし産まれる逞しさ」みたいなものと、
苦しい陣痛の中で子どもを産もうとしているツレの「その逞しい姿」がもうバシッと合うたんで。
そうしてマックスまで盛り上げて、旦那さんが「産んでる部屋」に入るとこで一旦バンっと切った後、
一点、ハクナマタタ(同じくライオンキングの曲)に繋いで、子ども誕生後は軽快にポップに仕上げた。

余談だが、でもやっぱちょっと生音も入れたかったんで
ツレには完全に内緒で、ツレと、ツレの旦那さんのそれぞれご両親にインタビュー撮影を決行した。
「このことはマジでもう絶対に内緒で」とさんざんお願いしたその空気をご両親も汲んでくださったようで
仕上がった作品で初めてそれを見たツレが「いつの間にw」と本気でビックリしていたので「勝ったw」と思った。


と、そんな感じで私が創ったその一時間近くにも渡るその「映画」の中で
私が一番ノリノリで編集してたのは、実は「エンドロール」だった。
本編を必死でやったからこそエンドロールに愛着が持てたんかもしれませんけどね、逆に。


MCハマーに扮して踊ってくれた仲間が真っ黒なドーランを上半身の半分だけ塗ってリハしてるところや
パフィーに扮してミニコントをしてくれた仲間が私の演技指導を真剣に聞いているところや
オープニングエキストラで「たかが3秒のカット」にNGを連発してふてくされたいちご(当時3歳)の横顔や
子どもを産んだばかりの妹を今愛おしく撮っている姉を、そのさらに後ろから私が二人を撮ったカットや
「陣痛・出産の本編」には入りきらなかったけどやっぱ遺したかったその親子三世代の姿や
両家のご両親へのインタビューロケで緊張しきりだったご両親に
「今、カメラ廻ってませんよw」と嘘ついて撮ってた、孫が生まれた喜びに満ちたご両親の素の表情や
膨大なフィルムの中のそんないい表情や仕草をエンドロールで編集している中、私は正直泣いた。
この二ヶ月の間、この作品に携ったスタッフ全員がこれを創ることに真剣やったことがもうありありと解って
このチームでこの作品を創ってほんまに良かった、楽しかった、またやりたいと思った。

私がエンドロールをとても好きになったのはむしろその体験があったからかもしれない。
エンドロールにスタッフの表情や想いが見えるようになったのも、あれからかもしれない。




てな感じで、さて、ここで本題。(ここでかよ)


「人間いよいよ死にそうになった時、なんか走馬灯のように記憶と記録が駆け巡る」とか
なんかそんなんよう聞くじゃないですか?
ならばそれ(そのフィルム)、私に編集させてくれへんかなあ?とかそんなん思って。
いわば人生のエンドロールですよね。

これちょっと新しいんじゃね?「走馬灯エディター」。

ただ、いいエンドロールを創るにはやっぱ「本編」にがっつり絡まないとそれはできないんで
誰でも彼でもからはその依頼を受けることはできませんが。
やってみたいですね、「走馬灯エディター」。ええもん創るよ、泣きながら。
  1. 2010/08/14(土) 04:17:05|
  2. 思うこと(「生きる」)

帰省の思い出・2

さて、 この続き です。

ついさっきまで「頭の中は喧嘩ごし」だった私はそうしてユキちゃんと友達になり、
ユキちゃんと私は毎日毎日二人でツルんで遊んでいた。

そもそもおない年ぐらいの女の子のいとこがいないので、年が近いユキちゃんとツルむのが楽しかったのと
中学生にもなると、正直、街育ちの私は田舎の子(いとこら)とはなんかもう感覚?が違ってたんで
田舎の子でもちょっとヤンチャっぽい金髪のユキちゃんとはしゃべっててもなんか気が合った。
ちなみに、村の中学生を全員知ってるわけではないが、本家の兄ちゃんらやその友達を見ている限り
男の子はみんな揃って坊主頭、女の子はみんな揃っておかっぱ頭という出で立ちの中
髪を肩まで伸ばして脱色してるのはユキちゃんぐらいしかいなかったので、
多分ユキちゃんは当時、村で唯一のヤンチャ娘だったんじゃないかと思う。

ただ、「毎日ツルんで遊ぶ」といっても周りは田んぼと畑と山と海しかないので
自然の中を走り回っても別に楽しくはない中学二年生と三年生の私とユキちゃんは
家の前や道端に座ってお互いの学校のこととかをしゃべったり、
ある高校に好きな先輩が進学したから来年そこを受けるというユキちゃんの受験と恋の話や
憧れてる先輩がいるんやけどなんか変なやつにばっかり告白されるねんという私の恋の話や
あと「ホットロード」の登場人物で誰が好きとか、そんな話をしていた。

ちなみに先の記事の会話内にもちょっと出てきたが、
「ホットロード」というのは当時、中高生の間で大流行していたヤンキー(純愛)漫画で
少女向けの漫画雑誌に連載されていたのだが女の子だけでなく男の子も、姉や女友達に拝借して読んでいた。
ちょっと前に、年上のツレのおっさんが自身のブログで懐かしの「ホットロード」のことを
「ヤンキー少女達のバイブル的存在で~」と書いていて「まさにそう!」と大笑いしたのだが
例えば同年代の初対面のヤツに会った時、自己紹介や略歴などもう何も一切話さなくても、ただ
「ホットロードが好きか嫌いか?」「ホットロードのどこが好きか?」というこの二点を聞くだけで
もうそいつの傾向が全部わかるぐらい、ヤンキー界のみならずその世代の少年少女たちの中では
むしろ「秤」や「指針」となるぐらいの、なんかそんな漫画でした。もう泣くしね、泣いたしね。


話戻って。

まあそんな感じで飽きもせずに道端でトークばっかしてたんですが、
元気で明るくて、時に強引だが、積極的でよくしゃべるユキちゃんは
生まれ育ったこのど田舎が大嫌いなようで、都会暮らしに憧れと関心があるらしく、
街の中学生はどんなんか?とか、りちちゃんの普段の生活はどんなんか?などとよく聞いてきたが
日が落ちたら川の水の音と田んぼの蛙の声しか聞こえてこないというこの環境の中で
私が暮らしているその眠らない街の説明をするのは非常に難しく、言うても多分わからんやろうと思ったんで、
「絵の具の緑色があんまり減らへんねんかー」とか、なんかそんなことを答えていた。

一度、ユキちゃんが「今日はマチに行こう!」と言うので下関あたりまで連れてくれるんかと思っていたら
それは例の最寄りの無人駅からのローカル電車で三つか四つぐらい先の隣町だった。
駅を降りてちょっと行ったところにごく小さなオバチャン商店街?みたいなところがあった。
「これがユキちゃんのマチか~。ユキちゃんを河原町(京都の)とか連れて行ってあげたいなー」と思いながら、
たまに来る買い物客のおばちゃんを横目にその商店街の一角でアイスを奢ってもらって二人で食ってたら、
向こうから三人ぐらいで歩いてきたそのマチの中学生(チーム・学校ジャージ)になんかからまれて
「あんたら見かけんけど、何処から来たほ?」とかそんなん言われたんで

「京都。」

と言ったら、どうやら「よそ者にもほどがありすぎた」ようで、チーム・学校ジャージは黙って消えていった。
その後、「ユキちゃんのせいでからまれたんや」「違う、りちちゃんのせいじゃ」とかふざけて押し付けあったが
「目が悪いから睨んでるように見られてしまうユキちゃん」と違って、
当時の私はほんまに反骨的な目をしていたようで地元(京都)でもよくからまれていたので
「きっと多分私のせいやろうな…」と内心では思っていた。


そうして毎日毎日ユキちゃんとツルんでいたら、
ある日、本家のおっちゃんから「ユキと遊んじゃいけん。ユキは、あれは不良じゃけ」と言われた。
それを横で聞いていたいとこのチュータ兄ちゃんは自分の友達を悪く言われたことに怒り
「ユキは不良じゃなあ(ない)!」と意見した。

いつも学校で本意気の不良の先輩方と接している私から見ても、
タバコ吸うわけでもない(←タバコの自販機がないので親の使い以外で子どもはそもそもタバコを買えない)
原チャリパクって乗り回すわけでもない(←放置リヤカーならあるが放置バイクがないのでそもそもパクれない)
そんなユキちゃんは不良っていうか、不良に憧れている女の子って感じだったので
「ユキちゃんは不良じゃないよ。悪いことも勧めてきはらへんし」と私が意見すると
「そうじゃ!ユキよりりちのほうがよほど不良じゃ!」とチュータ兄がさらにそう意見し(なんかひでえw)、
だが本家のおっちゃんは、「もうユキとは遊んじゃいけんど!」と再度強くそう言い放った。



「もう一生言うとけ。」



その次の日、ユキちゃんはいつもの朝10時になっても私を誘いに来なかった。



「もしかしておっちゃんがユキちゃん家に電話して、もう遊びに来るな!とか言うたんかも…」
と、私は思った。
だが本家のおっちゃんは朝から畑仕事に出ていたので「その疑問に対する質問」ができなかった。


もしほんまにそうなら、私の知らんとこでそんなことがあったなら、
ユキちゃんは今なんかごっつ傷ついてるんちゃうか?と思って、私はもうユキちゃんの家に行くことにした。


本家のおっちゃんの言いつけ(ユキと遊ぶな)を破ることになる?
っていうか私は「その約束」は交わしてはいないので。
おっちゃんが勝手に「その規則」を強いてきただけなんで。



これ試験に出ますよ、中高生の子どもをお持ちの親御さん方。
約束が成立したことは守るが、一方的に敷かれた規則はむしろもう破っていきますよ。
何故ならば「自分が全然納得していないから」。



話戻って。


いつもはユキちゃんから誘いに来てくれていたので私はユキちゃんの家に行ったことがなかったが
なんか「あの奥の坂(ってか山道)を上がったとこが家」とかユキちゃんが言ってたのを頼りに
砂と草ですべるその道を私はペタンコのサンダル(俗に言うヤンキーヘップ)で頑張って上がっていき、
すると古い大きな家がそこにぽつんとあって表札を見たらユキちゃんの名字が書いてあった。
玄関の戸が開いてたので「すみませーん」と声をかけたら中からおばあちゃんが出てきて
「ユキちゃんいはりますか?」と聞いたら「ユキは水やり当番で学校に行ったよ」と言われた。


水やり当番で(夏休みに)学校に行った。

ほらー!見てみいや、(本家の)おっちゃん!!!
ユキちゃん、やっぱ不良じゃないやん!!



と、私はそうプンスカ憤りつつ、
でも本家のおっちゃんによる何か圧力ではなかったんだということにホッとしつつ、
上がった時よりさらにすべりそうになりながらその坂を必死で降り(一回こけて尻もちついた)
おばあちゃんに教えてもらったユキちゃんの学校までこのままユキちゃんに会いに行くことにした。


だが。


「前の道(県道)をまっすぐ」っていうその情報を元にずっとまっすぐに歩いても、
どこまで延々延々まっすぐ歩いても歩いても学校の影や形がいつまでも全く見えてこないので
もしかしてまっすぐの方向(左右)を間違えたのか?と不安になったが
いや、でもおばあちゃんは確かに「(坂を降りて左に)まっすぐ」って言わはったので
おばあちゃんがボケてないことを祈りながら、私は炎天下の中を延々とまっすぐ歩き続けた。

途中、何回かもうほんまに嫌になって正直引き返そうかと思ったが
だが引き返すにしてもまたこの道を延々と戻らなくてはいけないので逆にそれもいやだと思い、
人とも車とも犬とすらも一切すれ違うことのないその県道を、一人でずーっと歩き続けた。

「毎日こんなふうにして学校に通ってるユキちゃんらってもうほんま凄いな」と思い、
ユキちゃんと友達になるまでは暇で暇で退屈で仕方なかったこのど田舎をなんか凄いと思った。
こんなとこで育ったやつと本気で喧嘩したらもう体力的に負けるかもわからん…と思った。


そうして、やっとやっとやーーーーっと着いたユキちゃんの学校は
小学校と中学校が同じ敷地内にあるらしく、連名の看板が門の前に建っていた。

セキュリティにいちいち厳しくいちいち門を閉めているうちらの街中の学校と違って
それはとてもウエルカム的な感じでもう全開で門が開いていたので、
「今ウエルカムされたな」と判断した私は、そのまま敷地内に入って行った。

すると、入ってすぐの校庭で走ってた子ら(部活?)が走るのをやめてなんか集まりだし、
その中の一人が明らかに私の様子を伺いつつそっと、だがバレバレで校舎のほうに走って行った。


「うわ、なんかあいつチクりに行きやがったwww」

「てか殴りこみとかそんなんちゃうねんけどなー。見てみ?丸腰やし」



でもそこで立ち止まるのも逆に怪しいので、
とにかくここは水やり当番のユキちゃんを探そう、ユキちゃんに会えたらその誤解も解けるはず、と思い
歩みをそのまま止めないでいたら、校舎の中からさっきのチクリ女が先生を数人連れて走って出てきた。

そしてさらにその後ろから(校舎に居た?)制服姿の生徒らがわらわらと出てきて
そしてさらにその後ろから、どっから湧いてきたんかわからんジャージ姿の生徒らがわらわらと出てきて。


「ごっつ閉鎖的やん全然ウエルカム的とちゃうやん!なんか騙されたwww」



とか思ってたら、その湧いてきた生徒の中になんとユキちゃんが居た。
ちなみにそこにはいとこのチュータ兄ちゃんも居た。

ユキちゃん「りちちゃん!?なして(どうして)!?」
私「ユキちゃんに会いに来たん」
ユキちゃん「えーうれしいありがと!そうかーりちちゃんやったんかー!…なんかね、ほんまもんのヤンキーが学校の中歩いとるらしいよって聞いたけ、急いで走って見にきたほw」
私「ほんまもんのヤンキーってなんやねんwてかヤンキーちゃうわ!www」

っと弁解する私のファッションは
胸元に派手なロゴが入った薄紫色のメンズもんのTシャツに、下は黒のスパッツ、
足元は黒地に金糸で龍の刺繍を施したペタンコのサンダル(俗に言うヤンキーヘップ)、
という、いわゆるもうまさに「ホットロード・ルック」のまんまだったので、
そんな二次元(漫画)でしか見たことない人がいきなりここに現れたらこの騒動もさもありなんか、なんかごめん。


てなわけで。

「ユキの友達じゃったかー」ということで、色々な憶測やあらぬ誤解が無事に解けた私は
ユキちゃんに会いに来ただけなのになんか職員室にまで招待してもらって、
「ここまでほんまに遠かったから歩いててちょっと泣きそうになったんです~」ってことを話したら
先生方が「それはご苦労さんじゃったね~」と笑って、冷え冷えの麦茶を淹れてくれた。

ユキちゃんの担任の先生に「京都の中学校はどんなかや?」と聞かれたので、


「窓ガラスが常にどっか割れてるんで冬は廊下が寒いです」
「こないだ体育館のカーテンが燃えたんで臨時の全校集会がありました」
「木刀持ってるヤクザみたいな用務員がいて、悪いことしたら半殺しにされます」



と答えたら、それまで和やかだった職員室の先生方が笑顔と言葉を失って固まってしまわれた。
「自分はこの(ど田舎の)学校の教師で良かった…」と、なんかそう思われたに違いない。


余談だが、ユキちゃんの友達や後輩が「紹介して、紹介して!」となんか群がってくる中、
逆にいとこのチュータ兄ちゃんは、なんかもう完全に他人のフリをしていた。
(てかどうせこの狭い村ではいずれ、ユキの京都の友達=チュータの京都のいとこ、ってバレると思うんだが)
だから私は、チュータ兄を怒らせたんかなあ?と思って、家(本家)に帰ってからチュータ兄に
「今日学校行ってごめん。なんかいややった?」と聞いたらチュータ兄は
「いややなあ(ない)よ。…なんちゅうか、りちをユキに取られたような気がしたんじゃ」と言った。


話戻って。

そうして暇で暇で退屈になっていた私の帰省は、ユキちゃんとの出会いでなんか変わった。

高校生になっても社会人になっても私は、夏休み・盆休みになるとそこに帰るようになり、
それはもはや親の帰省の便乗ではなく、自分のバイト代や給料で、
あえてあの何もないど田舎に自らの意志で「帰省」をするようになっていった。
何故ならば、自分にとって懐かしいあの場所に省って、懐かしいユキちゃんに会いたいから。
あの場所はむしろもう「私のふるさと」だから。


ちなみに、「ユキちゃんと会えない時」は、恥ずかしながらほんまに「文通www」してました。
年と時代を追うごとにそれは電話やメールになっていったけど、ユキちゃんとの交流はずっと続いています。

「高校を卒業したら絶対都会に出る!田舎は嫌いなほ!私は都会でキャリアウーマンになるけん!」
と、もうさんざんそう言っていたユキちゃんは
高校を卒業した二年後に結婚してお母さんになって、今もあのど田舎で暮らしています。
そんなユキちゃんの旦那さんは、中学三年生の頃にユキちゃんが
「ある高校に好きな先輩が進学したから来年そこを受ける」と話していた、その「好きだった先輩」で。

「なしてこげんなったかね?私こんなとこで終わるはずやなかったのになー」
とか言うて嘆いてるけど
逆に私から言わせれば、「ユキちゃん、それはステキな奇跡やでー」
「下の息子が根性なしでね~なんも身につかんっちゃ。あの子はいよいよいけん、どうにかせんと」
とか言うて悩んでるけど
逆に私から言わせれば、「でもあの道のりを毎日登下校してるんやろ?息子くん、根性あると思うでー」



あとがき。


って、これ書いてるうちになんかまたちょっと山口に帰省したくなってきた。
  1. 2010/08/12(木) 02:28:58|
  2. 思い出のネタ(学生編)

帰省の思い出

さて。

こないだ別れた元旦那から電話かかってきたんですよ、晩に。「お盆休みどっか旅行とか行くん?」と。

私「いや?どこも行かんよ」
元旦那「えーまたあ~?どっか旅行連れたれや~子どもらかわいそうやんけ~」
私「うっるさいなーいっつもいっつも!頑張って育ててるんですよこれでも。っていうかそんな小姑みたいなこと言うために電話してきたんやったらもう切ってええかな?今日は疲れてんねん」
元旦那「おまえさー、俺が電話した時いつも疲れてるよな?体大丈夫なんけ?」
私「てかもっと言うたら、君と話すと疲れてくる、が正しい表現かもしれませんw」
元旦那「www」

元旦那の用件は
「お盆に一日ぐらい休み取って(子どもらに会いに)京都行こう思うんやけどお盆は京都にいるんか?」
というお伺いだった。

ほな最初からそれだけ聞いたらええやないかほんまうっとしいわ~~~

まあでも元旦那が長い休みのたびに「子どもらを旅行に連れていけ」と言うてくるのもわからんでもない。
何故ならば彼は「そういうお家」で子ども時代を過ごしてきた人だからだ。
元旦那の実家はお父さんが不動産関係の自営業をしていて、
うちの親はサラリーマンなのでようわからんが、なんでも自営業の人は
「儲けた分だけ経費を使わんと確定申告でどえらい額の税金を払わなければならない」そうで
まあそれもあって年に二回はおじいちゃんおばあちゃんも誘って家族旅行に行き、
まさに「不動産屋ウハウハ」のバブルの頃なんぞは長期旅行で海外にも連れてもらったらしい。
だから、彼の中では「長い休みは家族旅行に行くべきもの」とインプットされているようだ。

だが私は家族旅行はおろか家族で映画や遊園地にすら行ったことがない子ども時代を過ごし
私が就職してから私の招待でオトンとオカンを温泉に連れて行ったのが初めての家族旅行なんで、
(弟らはもう高校生になっていたので友達優先&思春期の照れもあったのかついてこなかった)
よって、そんな「長い休みは子どもを旅行に連れて行くのが当然」みたいな感覚は私の中にはなく
そんな私が育てているいちごとももにも「連れてもらって当然」という感覚はないようで
うちはそれでなんかうまく回っているので、かわいそうがられる筋合いはないのだ、だからほっとけ。

っていうかそもそもお盆休みは「故郷ダイスキ」のオトンの大決定により
毎年オトンの実家(山口のおばあちゃん家)に帰省してましたから
言うたらそれ(帰省)がうちの家族旅行だったんですよね。
元旦那いわくは「帰省は家族旅行ではないよ」らしいが、だからもう一生言うとけ。


さて、そんな感じで今日の本題。

「帰省の思い出」。


オトンの故郷は目の前が田んぼと畑、その向こうに海、横と後ろは全部山、という正真正銘のど田舎です。

今は兼業農家だがオトンの子どもの頃は専業農家で、オトンも子どもの頃から畑仕事を手伝っていて
畑仕事に使う牛とか馬を納屋で飼っていて、それら家畜の世話の手伝いもしていたらしい。
そんな家の手伝いが嫌で時々ぶっちして、家の馬を勝手に持ち出して友達と海辺で乗って遊んだりしていて
日が暮れておそるおそる家に帰ったら父親(私が生まれる前に死んだ、私のおじいちゃん)に
「おまえはなんで今日畑に来んかったか!」と、鎌をブン投げられてくるぶしがざっくり切れて流血、
さらには晩ご飯抜きで納屋に放り込まれ、真っ暗な中で馬と一緒にしくしく泣いていたら
母親(私のおばあちゃん。今だ健在)が竹の皮に包んだおにぎりをそっと持ってきてくれて
「やった!助かった!これで母屋に戻って眠れる!」と思ったら、ところがどっこい
「父ちゃんの言いつけ守らんやったあんたがいけん。明日の朝、父ちゃんに謝りぃよ」と言われて
ガチでそのまま納屋に置いて行かれ、馬の藁の上で泣きながら寝た、と、なんかそんなど田舎で。
まあ「畑仕事サボって激怒した親父から鎌を投げられて流血云々」のあたりは

りっさんそれ、ど田舎無関係w

って話かもわからんが、オトンの故郷はなんかまあそんなど田舎で。
数年前に平成の大合併で「市」になりましたが、それまでは長いことずっと「郡」で「大字小字」でした。

京都から帰省する際、新幹線降車駅で言うと一番近いのは「新下関」という駅になるんですが。
近いって言うてもそこからさらに電車で2時間ぐらいかかるんで正直「新下関駅」はもう全然近くない。
そしてさらに、毎年帰省していた当時はまだ「のぞみ」がなく「ひかり」が最強だったんで、
京都を出て「大阪」「広島」と停まってその後もう終点「小倉」まで行ってまう最短のひかり号があって
(てかのぞみが走るようになってからひかりには乗らなくなったんで今もあるかはわからん)
それがうまく取れたら、あえて関門海峡を越えて「小倉(九州)」で新幹線を降りて、
小倉から違う電車に乗り換えてまた関門海峡を渡って新下関に戻るほうが結果的に速いからいっそ小倉まで行く、
とかそんな「地図で言うとわざわざ遠回り」なことをした年もありました。
てかこれ、JR西日本の下り路線とか知らん人にはあまりピンとこないかもわかりませんが。


中国地方出身の君らと、九州地方在住の君ら「チーム・西日本」よ、
「あるあるw」「やるやるw」「それわかるw」って、なんか笑ろとけw



話戻って。


京都の人間はそもそも、他県と比較して、就職や結婚で京都の外に出ることがほんまもう極めて少なく、
例えば大阪の会社とかに就職してもそれは実家から全然通えるから実家(京都)からあえて出ることもなく
そうして結婚するまで京都にいて、京都で恋をして京都で結婚して京都で家庭を持つケースが多いので、
必然的に「両親とも京都出身です」という家庭に育つ子どもがもうダントツに多い。
よって、「新幹線に乗って両親の故郷に帰省すること」が京都の子どもたちには少なく、
「修学旅行で初めて新幹線に乗れるのが楽しみ!」という、そんなツレらから、
赤ん坊の頃から帰省で毎年新幹線を乗り倒してきた私はちょっと羨望の眼差しをも受けてもいたのだが、
逆に私がひとつだけ言いたかったことは、「おまえらなんかもう全然わかってへんわ」と。

…てか、これ言うてええんかなあ?
歴史的背景も踏まえてあれは無罪、あるいはもう時効やろし、まあもう言うたってもええかw


あのね。

新幹線の乗り方にも、それはもう「色々な乗り方」がありましてね。



うちのオトンは「半人前の子どもに席なんかいらん。どうせじっと座ってへんねんから」っていう考えの人やったんで
毎年、「全員分の乗車券」+「D、E席(2列シート)の指定券」だけを取ってその席にオトンとオカンが座り、
その足元に新聞紙を引いて、うちら三人姉弟はそこで三角座りをして凌いでいたんですね、
新幹線に乗っている5時間ぐらいの間、幼児と小学生の子どもたちがずっと足元の新聞紙の上で三角座り。


今やったらおそらく、「オトンのブログ」はなんか炎上し、
「子どもを虐待する親とか、もう死ねばいいのにね」
とか、なんかそんなん言われていただろうと思う。



ただ、オトンを庇うわけではないが、昭和ってなんか「そう」だったんですよ、「なんか、そうだった。」
だから他の乗客もそんなうちの家族を白い目で見てヒソヒソ話したりザワついたりとかしなかったですし、
私ら自身も「自分らは親からとても屈辱的なことされている」とかそんな鬱積は全くなかった。
切符確認に来る車掌さんに怒られたり注意されたこともなかったですしね。
足もろくに伸ばせない中でしょうもない兄弟喧嘩したり仲良く弁当食べたりするのがおもろかったし、
「僕らの秘密基地」的な、「(子どもである)今だけ」のその空間がなんかとても好きでした。



話戻って。


オトンの実家(本家)の最寄り駅は天下のJR(旧・国鉄)なのに駅員さんがいない無人駅で
ホームの内と外の境界に白線が引いてあるだけの「改札」に置いてある箱に切符を入れる時
「ほんまにこんなんで(降りて)いいの?」と、私は毎回ビクビクしていた。
ちなみにオトンはそのローカル線で二つ向こうの駅の高校に通っていたのだが
電車の時間に遅刻した時は手を振って電車を追いかけながら線路脇を走り、
車掌さんがそれに気付いてくれたら途中で電車を停めて乗せてくれた、と言っていた。
まさになんでもありの「田舎ルール」。田舎おそるべし…。

あと、田舎おそるべしと言えば「なんでも屋のお店屋さん」。
オトンの実家の近所に唯一、一件だけ個人商店(お店屋さん)があったんですが
「ここは何屋さん?」って思うぐらい、なんでも一緒くたに売ってるんですよ。
各品のバラエティは豊富ではないながらも、
食品から洗剤から文房具からお酒からもうなんでもひと揃えはひと通り置いてある。
豆腐の横に靴下がぶら下がってるんですよ?そしてさらにその横には花火が置いてある。
「ここはなんちゅう節操のないお店屋さんなんや?」と子ども心に思ったが、
今でいうところの、あれはもう「コンビニ」やったんかもわかりませんね。

ちなみにその店の前に「やっと、村で最初の自動販売機」が出現した時は、
「自販機でジュースを買ってみたい村人によるプチ行列」ができたらしい。
なんかもうカルチャーショックにもほどがあり、逆にもうついていけません。


まあそんな何もないところなんで、オトンの故郷滞在中は「基本的に暇」でした。

おばあちゃんや本家のおっちゃんは畑仕事で昼間いないし、本家のいとこは部活で学校行ってまうし。
オトンは高校野球見てるか、同じく帰省してきた兄弟と昼間から飲んでるし、
オカンは本家のおばちゃんの手伝いで台所に立っている。
海が近いので、帰省組のいとこらと海に行こうとしても「子どもだけで行っちゃいけん」と止められ
しょうがないので大人の宴会が終わるまで、畑仕事の道具が置いてある薄暗い納屋とかを探検したり
あと、本家ほどど田舎ではないがまあまあ田舎に住んでるやんちゃな分家のいとこの兄ちゃんらが
青蛙を捕まえてお尻にバクチクを突っ込んでこっぱ微塵にしたりするのをドン引きしながら見学していた。
ゲーセンの機械をいたずらに破壊することはできても、青蛙をいたずらに破壊することはようできない。
ある意味ほんま怖かったです。「田舎の子」のそんな無邪気ないたずらが。


余談だが、田舎の子ども(特に男の子)はなんで道を歩く時、
そこらへんに落ちてる木の棒や長い草を拾っては振り回しながら歩くのかが不思議でならず
それは最近までずっと私の中での永遠の謎だったのだが、
こないだ彼氏さん(千葉の田舎出身)にその質問をしたら、「(あれは)武器」と、あっさり言われた。

私「武器???てか何と戦うねんwそもそも(田舎には)歩いててすれ違う人すらほとんどおらんやんかw」
彼「いや、いるんだよ敵が!襲ってくるの!…まあ道端の木とか草なんだけどねw」
私「そうなんや~~……なんか(妄想が)忙しいんやな~田舎の子は……」
彼「…ん?今ちょっと田舎の子をバカにした?」
私「いやいやいやwwなんか頑張ってくださいw」


話戻って。


だから、オトンの故郷の滞在中は「基本的に暇」でした。

小学生の頃はそれでもそれなりに多分そのど田舎感覚を楽しんでたと思うんですが
中学生になった頃から「基本的に暇」が「もうほんまに暇」になり、さらには「退屈」にもなってきた。

なんかもうあまりにも暇過ぎて刺激が無さ過ぎて、
「なんかもう(来年からはこの帰省は)いいかな」って思うようにもなってきた。
「このど田舎で私が得るものはもう何もないわ」ぐらいの感じで。


そんな私に「風」を運んできた、とある「出会い」がありまして。
あれは忘れもしない、中学二年生の夏の帰省中のこと。

暇で暇で退屈で居場所がない私が、本家の敷地の前の私道の脇でヤンキー座りでボーっと佇んでいたら
なんか、道の向こう側からごっつこっち(私)を睨んでるおない年ぐらいの金髪の女がいたんですね。


「何見とんねん?」


だが、私は少林寺拳法に魂を捧げた人間なので、無益な喧嘩(戦い)をするのは嫌なんですよ。
でももうあまりに退屈すぎるんで、売られた喧嘩ならもう買ってもいいかなぐらいに思っていて。

道を挟んで、両者動かない。視線、反らさない。
軽トラが、なんか横切る。(田舎ってその辺ちょっとKY)

「言いたいことあんなら言えや、てか来いや」って目で挑発したら、
その金髪女が道渡ってもう一気に走りこんで来たんで、私は、
「迎え打ちで先にどつくか、あえて打たせてそれ避けて蹴るか、どっちでいこかな?」
と考えながら、
どうにでも出れる構えで、走り突っ込んでくる女を待ち構えていた。

ほんなら、その女は「やる(組む)距離」ではない手前でピタっと止まって、

「もしかして、チュータ(一個上の本家のいとこの兄ちゃんのあだ名)の彼女さんですか?」

と、なんかいい笑顔で言った。


私「はあ???…私はチュータ兄ちゃんのいとこです」
女「いとこさん!?w見たことないかわいい子がチュータの家の前におるけ、チュータの彼女か?って思いよったw」
私「チュータ兄ちゃんが見たことない子をいきなり家に連れてくるとかないと思う…」
女「それはそうっちゃねwチュータは奥手やけんね、真面目やしw」
私「……。チュータ兄ちゃんのことが好きなんですか?」
女「バカ言わんでよwあたしはチュータの幼なじみ。あたし、ユキ」
私「チュータ兄のいとこのりちです。京都から来てます。チュータ兄の一個下です」
女「京都?ええね~!りちちゃんも舞妓さんになるん?」
私「ならないですよw…やっぱ京都ってそういうイメージなんですね?」
女「でもさっきりちちゃんが私を睨みよった目は『ホットロード』の和希やったねw」
私「『ホットロード』の和希ww先にメンチ切ってきたんはユキさんでしょw」
女「メンチきる…?」
私「睨む、の関西弁」
女「ええー?睨んどらんよ!私、目が悪いけ、ごめん!ねえ、友達にならん?友達になろ!私、りちちゃんが好きになった!」
私「ええっ?w…でも私、お盆の間ぐらいしかここには帰ってきいひんねんで?」
女「それでもええ!会えん間はいっぱい手紙書くけ、文通しよう!」
私「文通?www…うん、じゃあなんかそういうことで…」


そうして、その女、もといユキちゃんと友達になったことで、
「暇で暇で退屈やなー」になってきていた私の帰省は、そこから新たに進化していくのだった。


続く。
  1. 2010/08/11(水) 05:05:37|
  2. 思い出のネタ(学生編)

末は博士か大臣か?・2

さて、 この 続きです。


今回のももの取り組みのテーマは「洗濯物の色によって乾き方の速度や熱の吸収に違いが出るのか?」

ちなみにそれをももが調べようとした動機は
「ママのおてつだいでせんたくものをとりこんでるときにほんわりあったかいふくとひやっとつめたいふくがあって、なんでだろうとおもったから」
らしく、私は
「へー。そんなこと考えながら洗濯物取り込んでたんや~?」と思った。
毎日の家事がいわばやっつけ仕事になってる私にしたらそんなん気付くこともないが
子どもってやっぱ大人よりゆっくり時間が流れてんのかなあと思った。
そういや30過ぎてからやたら一年が速くなった気がする。
それこそ小学生の時は遊んでも遊んでもなかなか夕方にならなかったけれど。
…と、しばし感傷に耽りながら、もものその実験プランを読んでいたら
彼氏さんは黙々と「先生のご指導のもと、ももが考えた準備するもの」を用意し始め
色違いのTシャツ数枚を風呂場で濡らして洗濯機で脱水などしており
まだ出番ではない書き物担当の私は半分寝ぼけながらそれをボーっと見ていた。
彼の中ではもうこの実験の全容が描けているようで、
ハンガーに吊るしたTシャツを等間隔に干していくもものバックショットを撮影したりしながら
「もも、見てごらん。おひさまが当たってるところと、屋根の影になっているところがあるね」とか
後々のヒントになりそうなことをちらっと言ったりしていたので「ああ、やっぱ先生だなあ」と思った。

彼「(私に)でさあ、何分おきに調べるかなんだけど、3時間で乾くとして10分間隔だとそんなに違いが出ないかもと思うんだよね。15分か20分おきが妥当かなあ?どう思う?」


私が正直ひとつだけ思ったことは 「てか、細けえw」

だが彼はさらに細かいことに「実験に必要なデジカメとか取りに帰ってくるよ」と帰宅した際に
調べる時間の間隔が狂わないようにと、ご丁寧にキッチンタイマーまで持ってきていたので
理系の人とはやっぱもう頭の仕組みが根本的に違うわ、と私は思った。
というかそれは理系文系というより「マメ」「ずぼら」という性格的な心の仕組みの違いかもわからんが。
よって私が

「てか、最初30分間隔ぐらいで計って、ちょっと乾きだしたらそこからはもう一気に乾くやろから途中から10分間隔に変えたら?」

と言ったら、彼はその場でフリーズし「アンタなに言ってんの…?」という目で私を見た。

私「…っていうのはダメ…ですよね?」
彼「それは絶対ダメだね…。(何たらかんたら←言葉忘れた)の定義を揃えないと実験にならないし」
私「てかもう実験部分はかっちゃん(彼)に任せるからなんかうまいことやってください」
彼「うんわかった」


まあなんかそんな感じでキッチンタイマーが鳴るごとに彼氏さんが
「もも、時間だよ」とももに声をかけ、ベランダでTシャツをあちこち触りながら二人はなんかしていた。
そうして溜まっていった「ももの発見メモ」を見ながら私は頭の中で文章構成を始め
まだ結果も出てないうちから私の中では「この研究のめあて」から「最後のまとめ」がもう出来てしまったのだが
「3時間ぐらいで乾くだろう」という彼の予想を裏切って
本気を出した真夏のおひさまはものの1時間で綿のTシャツを概ね乾かしてしまい、
それが理科好きの彼氏さんの何かを触発したようで
「まだ陽が高いから、トレーナーとか色々な素材を使ってもうひとつ実験をしてみる?」とか言い出したのだが
衣装ケースの中に仕舞いこんでいる冬物のトレーナーを引っ張りだすのが明らかにめんどくさかった私は
「いや、それはこの実験を終えての次回のテーマという形でまとめに使わせてもらうわ」と言って
もう早速、ももに実験のまとめの執筆作業にに入ることを提案し、
実験内容を順追って整理して書かせながら、さらにももの思いや考えを引き出し膨らませつつ
「実は大したことないことなんやけどさも大きなことをしたようにも魅せる文章のテクニック」などを伝授した。

小さな手で「かきかた鉛筆」を握って、熱心にまとめを書いている姿に私は心を打たれて、
「ももちゃん頑張るな~。ママ、こんなに勉強してるももを初めて見て、なんか感動しちゃったよ」
と言ったらももは

「ももちゃんいちにちでこんなにいっぱい字をかいたのははじめてー」


「あー、ちょっとそろそろアイスとか食べたほうがいいかもしれんな~」 



と、誉めてもらったドサクサに紛れてそんな「あわよくばアイス」を仕掛けてきたので、私は笑った。



 「いや、それとこれとは話が別w」



「物書きながらアイスなんか食べたら集中は途切れるわ原稿はベタベタになるわでいいことなしや」
「ももは今、いい波に乗ってるよ。だからこのままもう書き上げてしまおうや、いけるとこまでもういこう」 
と、そんな「作家さん」と「作家さんを励ます編集(担当)者」のようなやりとりの中、
ももが書き上げた夏休みの理科の自由研究は
「到底小学一年生が書き上げたとは思えない、B4用紙述べ20枚にも渡る壮大な作品(論文)」
になってしまった。


私「てかこんなんもうほとんど親が引っ張ってるってバレバレなんだがいいのだろうか…」
彼「てか低学年の子どもの自由研究はほとんど親が引っ張ってるのはこっちも(先生側も)わかってるし…」
私「ですよね…ってそもそも先生が『しっかり見てあげて』って言わはったことに応えた結果がコレなんやから、逆にこれで怒られたら私はもうどうしたらいいか……」


てな感じで、ももの夏休みの理科の自由研究は夏休みに入ってすぐの一週目でもう完成しました。
あとは、彼氏さんが撮ってくれたデジカメの写真をプリントしてもらって要所要所に貼るだけです。


いちご「原稿用紙20枚にまとめ書いたぐらいで誉めてもらえる1年生はいいよなあ~。いちごが20枚ぐらいで終わったら絶対先生に、もっと深めなさいって叱られるわー」
私「そら君はもう6年生なんやから1年生と同じレベルのことしても誉めてもらえへんのはしょうがないwじゃあ逆にいちごも、お洗濯物の乾き方の実験♪する?」
いちご「せえへんわwww」

あ、ちなみにいちごが今回「夏休みの理科の自由研究」で取り組もうとしていることについては、
私はもうほんまに何もかもわかりません。
逆にいちごからも「ママ手伝ってな、教えてな」などとも全くもって言われていない。
恐らく理科についていちごは私をすでにもう完全に見くびっていると思います。
その得体の知れない実験で使うらしい、名前すらも聞いたことのない道具について
「どこになら売ってると思う?」という相談も私を飛び越えて彼氏さんに直接していたようなので。


「正直、助かった(爆)」



とまあそんな感じで寄り添った、「ももの夏休みの理科の自由研究」。



私が「理科好きになりそうらしいもも」にひとつだけ思うことは


ついていかれへんママのことを置いて、もうどんどん何処にでも行け。


それはいちごの「陸上」に対しても、私は同じことを思ってます。


「子どもがこれに興味を持った、だから親の私もそれを勉強しなくちゃ!」とは私はならない。
何故ならば、私は君らを「一人前の一人ぼっち」にすることを目標にして君らを育てているので
君らが私の手元から離れていけばいくほど、とても凄く寂しいけどそれはとても凄く嬉しいことなのです。


「末は博士か大臣か」


親馬鹿の勘違いを巧みに表現した、いにしえより伝わるこの言葉に私が思うことは
親は子どもが出すその結果(この子が博士や大臣になること)を本気で願って求めてるんじゃなくて
子どものその姿(こいつもしや博士や大臣にもなるんじゃね?w)を見てるのがなんか嬉しいんだと私は思う。


[末は博士か大臣か?・2]の続きを読む
  1. 2010/08/07(土) 02:28:58|
  2. 家族ネタ

末は博士か大臣か?

さて。


このところいくつか続けていちご(長女)が絡んでいるネタを書いたので、もも(次女)ネタもちょっと書こうかと。

長女で長子のいちごが、やっぱ先に先にどんどん成長していくんで
いちごよりも5年後に産まれた次女で末っ子の「もも」はもうどこまでいっても
「おまえまだそこかw」みたいに見てしまうところが私の中にはどうしてもありまして。
まあそれが、いちごの言う「ママはももに甘いねん!」の所以でもあると思います。

私は特に特別にももにだけなんか甘く接してるつもりはないんですけどね~。
てか、もっと言うたら、君(いちご)のほうが甘い思いをしてきてますからね。
ももが生まれる前、「初めての子どもである君の一人っ子期」に、
次女のももには絶対に味わえない「究極の甘~い時期」が君にはあったんですよ。
もう記憶にもないやろけどな。

話戻って。

私にしたら、いちごももももその成長に合わせて叱らなあかんことは同じように叱ってるし、
ももに今私がしている躾は、いちごの時にもしてきたことと全く同じことをしています。

ただ、人間って成長する生き物なんで、それは親業でも同じことなんで、
なんもわからへん初回より、一度経験してる二度目のほうが若干上手にやれるのは確かで。

「あー。なんかそれ、前にもあったわ~」みたいな。



さて。


なんかそんな、我が家のお気楽ご気楽次女(笑)「ももちゃん」。

先の記事の「続き」欄でちらっと書いたけど、
夏休みに入ってすぐの個人懇談会でももの担任の先生が仰ったことにはさらに続きがあり、
その内容について、私は内心衝撃を隠しきれなかった。
以下、個人懇談会の続きの話。

先生「それと、ももちゃんは観察熱心で着眼点が鋭く、なぜ?どうして?を解きたい気持ちが強い子です」
私「へ~そんなストイックな面があるんですか?wももはなんかいつも笑ってるんで、もうあえて物事を追求や分析しないタイプや思ってましたw」
先生「ええ笑ってますよね、ももちゃんはいつもwママやいちごちゃんやパパやお友達や、とにかくみんなのことが好きで好きで仕方ないみたいですしね」
私「ちょっと純粋過ぎていつか潰れてまうんちゃうか?って、ちょっと心配なんですけどね。幸運のペンダントとか買うてまうんちゃうやろか?って」
先生「幸運のペンダントwww」
私「成績が上がって彼氏もできて宝くじも当たる!みたいなんあるじゃないですか?」
先生「その点はしっかりしてると思いますよw観察力と考察力がとにかく凄いので、授業中も私が問題提議したことにほんとにいい返しをしてくれるんで、ももちゃんの発表に助けてもらってるんですよwももちゃんは理科が好きになるかもしれないですね。お母さん、ももちゃんの夏休みの自由研究(理科の自由研究の課題がある)ぜひともしっかり見てあげてくださいね。楽しみにしてます」


っていうか、私がひとつだけ確認したいのは、


「えっ、ちょっと待て。ももは理科が好きになるかもしれない子なの?」




今まで私がももに対して余裕をかましてきたのは先にも述べたように、
「いちごのあの頃」や「それ、いちごの時に見たわw」という経験があったからで、
そして偶然にもいちごは(現状)私と同じ文系寄りの考え方をするやつで、
だからなんとなく「そっくり姉妹」と名高いももも、いちごと同じ文系寄りだと私は勝手に思っていた。
だがいきなり「おたくの子は理系寄りかもしれない」と言われたことは私にしたらまさに寝耳に水で。

実はかつて上司に「おまえの頭(考え方)は理数系の頭やねんで」と言われたことがあるんだが
だが私はやはり自分の中でそれを否定している。数学も理科も今だになんのこっちゃわからんし。
確かに、物によっては答えを最終的に一つにまで突き詰めていくというオタク的気質もありますが

「この理論や方程式に基づけば答えはこれになるのです」

っていう、いにしえに誰かが発見したその法則に対して
「あ、そうなんですか~。じゃあなんかもうそれで」とは、なんかこう、自分の気持ちがそうならないのだ。


余談だが、件の上司はずっと
「元来その素質(理数系の頭)があるおまえが数学に興味を持てなかったのは、おまえに『数学っておもしろい!』と思わせるような教え方ができなかった先生らが悪かったんやで」
と言ってとても残念がってくれていたのだが、でも私はそうは思わないんですね。
何故ならば、私と同じ授業を受けていてもちゃんと数学に興味を持って勉強を深めていった級友らだっていたからです。
学校は個別指導の塾じゃないし、学校の先生は自分だけの家庭教師でもない。
よって、なんか勉強がおもろなくなった時は自分からそれを発信しなくてはいけないし
それをせずに、「なんかおもろないし次の授業ブチってハニるかカラオケでも行こうぜー」
などと言って、おもろない勉強よりおもしろいことに逃げてしまったやつはもう確実にその本人が悪い。
よって、私の理科数学嫌いは先生のせいではなく、当時そこから脱落した私自身が悪かったのだと思うのです。



話戻って。



そんな感じで、担任の先生から「しっかり見てあげてくれ」と言われた「ももの夏休みの自由研究」。
てか、逆にほんまに「しっかり見てるだけ」ならもうなんぼでも見てますけど
明らかにそれは「いい研究ができるように導いてあげてくださいね」の、その暗喩であろう。

うちらの子どもの頃はそれこそ自由研究(当時は自由課題)はほんまに「自由」やったんで
工作が得意な子はヤクルトの入れもんと牛乳パックで陳腐なロボットとか作ったり、
絵描くのが好きな子は植物園かどこか行って絵描いたり、まさに「したいことを自由に」してました。
ちなみに私は国語の教科書で習ったお話の続きを書いたりとか、そんなんをようしてましたね。
国語の教科書で習う話って終わり方がなんかちょっと切ないのが多いじゃないですか?
それをあえて強引にひねって、無理からもっかいハッピーエンドに持っていくのが好きでした。
死んだ人が一日だけ生き返るとか、庭の木が一瞬だけ天まで伸びるとか、もうやりたい放題書いてた。

だが昨今の小学校教育はわりと理科に力を入れてはるところが多いみたいで。
(その割に、ゆとり教育制度で低学年は理科単品の授業がなくなったのがイマイチよくわからんとこだが)
でもまあ確かに理科で実験や観察したことを文章にまとめてさらに発表するのって色んな力が必要やと思う。
私は高卒なんでようわかりませんが、店でも大学生らが「なんたらの論文の課題が~」とかたまに言うてるけど
何か目的あってそれを調べたらこういう結果結論が出てそれについて自分なりに考察したことを最後まとめる、
とか、そんな感じなんでしょうかね?
だとしたら、昨今の小学生がやってる「夏休みの理科の自由研究」はその練習みたいなもんなんかな?と。
なんでもそうですけど、
どんな凄いことを発見・発想してもそれをまとめて発表する力がないとそれは埋もれてしまうんで
小学生のうちからその一連の作業をセットで訓練することはいいことなのかもしれない。
その、内容をまとめる・書くことにおいてはそこそこ導いてやれる自信が私にはあるんで
これ今回(ももの自由研究)、なんかちょっと導いてやれるんじゃないかと。


ただ、そんな私が「よっしゃもも、バッチ来い!」と大手を振って言うてやれないひとつだけの懸念は


「理科…な~……。」


ただ、私は普段の日常の中で、ももの学校の宿題に寄り添ってやれることが一切ないんですよね。
何故ならば、ももは学校帰りに直接学童に行って児童館で宿題を済ませて帰ってくるので。
陸上の練習で遅くに帰宅してそこから宿題を始めるいちごの勉強は晩ご飯作りながらたまに見てるけど
ももの勉強は正直もう全くと言っていいほど私は見ていない。
さらに、夏休み中の今も、宿題のドリル系は普段と同じくももはやはり学童でやってますから。
よって、私がももの勉強を何か見てやれるとしたら、やはりそれは
「ももが家でやろうとしている、夏休みの自由研究」しか、それはないわけで。


「でも、理科…か~……。」



だが、そこで天才の私は閃いてしまった。



いるじゃない?

理科が好きで得意でさらには「教えてる人」が、なんかいるじゃない?




よって私は、仕事休みの日にうちに来ていた彼氏さんにざっとこの件の概要を説明し
「てな感じで、ももの夏休みの自由研究の実質実験の部分はもうあなたに一任したい。まとめ(書き物)の部分は私が見るので」
と言ったら、
彼はこのところ日がな夜通しに渡って夢中になっている怪盗ロワイヤル(モバゲー)の手を止めて
「ええっ、それは俺なの?w」と言った。

確かに。

親でもないのに子どもの夏休みの宿題の一部を彼が担当するというその人事はちょっとおかしい。
だが世の中にはいや社会には、時折ビックリするような人事がわりと結構発令されるものなのだ。
よって、このプロジェクトの総括責任者の私はもう心を鬼にして彼に言った。


私「私がももの理科の自由研究を一人で見てそれが無事に完成すると思います?」


もういわば「ヤクザの論理」です。
だがもうここは行く、なんかもう振り切ってそれは行く。


彼「難しいところだねw…でも俺、文章まとめるの苦手なんだけど…」
私「だからそれは私が見るよ。だからね、『実験』。実験のとこだけ、もう全てお願いしたいのです」
彼「うん、それならいいよw」



交渉成立。



「ちなみに、ももはどんな研究をしようとしてるの?」とか
「道具はもう揃えてあるの?温度計とかあるの?」とか

もう早速そんなふうにしてテンションが上がってきた彼を見ながら、私は、
「理科が好きなこの人」と「理科とか全く興味のない自分」の温度差を改めて感じた。


続く。
  1. 2010/08/06(金) 02:14:49|
  2. 家族ネタ

「○○な、おばあちゃん」になりたい。

さて。

毒づくのも嫌になるぐらいの、連日の猛暑ですね。


さて。

生前、オカンがよくこんなことを言っていた。

「私は歳いったら、かわいいおばあちゃんになりたいわ」
「はいはい~言うて、いっつもニコニコしてるかわいいおばあちゃんになりたい」



オカンはうちら幼い三人姉弟を育てながら、自分の母親と祖父母の自宅介護をずっとしてきた人で
あんまり介護経験の話はしなかったが、時折聞く話だけでもま~~~相当凄まじい生活だったのが想像できた。
歳いって頑固になってるところに体が思うように動かない苛立ちを全部ぶつけられてきたのがほんま辛かったんでしょう。
「自分が歳いったらかわいいおばあちゃんになって、ずっとあんたらや孫らと仲良く楽しくしていたい」と、
オカンはそんなんをちょいちょい言うてました。

うちのオカンは重めの病気を持ってたんで、私はその「願い」を聞くたびに若干切なくなったのだが
「オカンはどう転んでも偏屈ババアにはならんと思うで。その点ではオトンのほうがだいぶヤバイやろw」
「オカンは80才の誕生日にバンジージャンプをしてみたい!とか言い出して孫らを泣かせそうやなw」
とか、そんなんを私は笑って言っていた。

結局オカンは「歳いってかわいいおばあちゃん」になる前に49才の若さで亡くなってしまったんですが
最近、私はオカンがあの頃よく言っていた「そのこと」がちょっとわかるようになってきた。



さて。


こないだ、なんか明るみに出たじゃないですか。
家にいながらにして30年間家族にも会わずに自室に閉じこもってミイラになってたおじいちゃんの事件。


てか、なんであんなことが起きるの???


自分に置き換えるとそんなんが成立する、それをうまくやれるとは私には到底思えないです。

例えば、私が
「明日からママは死ぬまでこの部屋に閉じこもります。誰にも会わない。よって絶対部屋の戸も開けるな」
と言うたとしますよ。




いちご・もも「(ぽかーん)」



いちご「お仕事はどうするん?」
私「辞める」
いちご「ハア?バッカみたい!買い物は?病院は?」
私「全部しないし全部行かない。閉じこもるから」
いちご「えーっwwwそんなんもうヤバってるしねwww」
もも「よーし、ももちゃんもママといっしょにとじこもる!ママあけてー、ももちゃんもとじこもります♪」

だがそれがママの笑いの新ネタではなく本気の決意だと、いちごとももが気付いたら、
まず始めに、ももが多分「ママしんだらいややー」とか言って俄然泣きだすだろう。
そしていちごは「ももがパニクったから、私がなんとかしなくちゃ!」とか思って、
多分彼氏さんに「ママがこんなん言うてるねんけどー」と電話(援軍要請)をするだろう。
で、多分彼氏さん登場。

彼氏さん「りちー?どうした~?」
私「うるさい!私に話しかけるな戸も開けるな開けたら別れる」
彼氏さん「ちょwww…とりあえず、お昼ご飯食べようよ?俺、なんか作るよ。何が食べたい?」
私「ぎょ、餃子……いや、いらん何もいらん何も食べたくない」
彼氏さん「ん~~~~困ったね……」

そしてさらに事態が長引きそうなら、
多分彼氏さんは私のツレらに「りちが、なんだか反抗期なんです(苦笑)」とかそんな報告をするだろう。
多分真っ先に報告するのは、私とも彼氏さん自身とも交流が深く何かと相談しやすいミニャととみぃ。
で、多分ミニャととみぃ登場。

ミニャ「りちコラいいかげんにしろw…てかさ、あんた(彼氏さん)がもう戸ぶっ壊して引きずりだしたらええんちゃう?」
彼氏さん「いよいよ最終的にはそうしますけど、今はまだ…」
とみぃ「てか、踊る大捜査線のビデオを大音量で流したらそのうち出てくるんちゃ~う?w」
ミニャ「(子どもらに)君たちはお昼ご飯は食べたんか?」
いちご「K兄(彼氏さん)が作ってくれるって」
とみぃ「じゃあみんなでどっか食べに行く~?せっかくやし♪」

私、多分、「せっかく、ってなんやねんw」とツッコみたくて、思わずちょっとだけ戸を開けてしまう。
それを多分、天の岩戸宜しく彼氏さんミニャとみぃに一斉にガーっと開けられ、私は身柄を確保される。

いちご・もも「ママぁー!!!(と抱きついてくる)」
私「(いちごとももを、ぎゅううっと抱きしめる)」
ミニャ「あんたな~~~!!!アホか!!!」
私「すまん…」
とみぃ「閉じこもりたいお歳頃♪やったか?wでもそれはあんまり楽しくなさそうやしもうやめときw」
私「うんもうやめとく。ほんますまんかった」

彼氏さん、多分私の頭を「ポンポン」か「よしよし」ってする。

私「(口パクで、ごめんなって言う)」




終~了~。



と、概ねなんかそんな感じで、そんなことは成立しないと思うんですね。
っていうかそもそも子どもらを放置して親の私がそんなんするわけがないんで、
だからこれはほんまに「例えば」の話なんですが、それが成立しないであろうことは確か。


ではなんであのおじいちゃんに限ってはそれが成立してしまったのかと言うと私が思うに、

「言い出したら聞かへん人やからもうほっとこう」

って、家族や周囲がなんかそうなってしまったのじゃないかと。


私は当事者や関係者じゃないんで実際のところはわかりませんけど
私が思うに、そのおじいちゃんは家族の中でかなりの威圧感がある人だったんじゃないかと。
もっと言うたら、そのおじいちゃんになにか逆らうのがもうほんまに怖かったんじゃないかと。
まあそれはある意味、「子どもの引きこもり」が家庭内で成立してしまうのも同じ感じかもしれんですね。
「叱ることでもっとひどいことになって外で暴れたり自傷行為とかされたら困るからそっとしとこう」みたいな。
要は、「逆にビビってしまってる」わけですね。あと、ある意味「現実逃避」もちょっとあるのかもしれん。
自室に閉じこもってる=自分の視界には入らない、ので、その問題をいわば先延ばしにしとくみたいな。


話戻って。



「人が死んでるんやで!」

っていう感情(論)に、人間は、特に日本人はいかんせん弱い。
それが日本のいいところでもあると私は思ってますし、私はそんな日本の感性が好きだ。
だが、あの事件後のワイドショーや一部ネットの白熱議論を見ていると
「おじいちゃんを30年かけてミイラにした犯人探し」みたいな感じにそれはなっていて。

「おじいちゃんが会いたくないと言ってる」という家族の言葉を鵜呑みにし続けた民生委員が悪いとか、
その民生委員の報告を受けてたのに生存確認をしなかった役所の人間が悪いとか、
家族がおじいちゃんの30年間の年金を不正に受給するためにあえてミイラを隠蔽してたんだろとか、
こうして日本をダメにしたのはダメな政治家の責任だ、だからもう全員辞めろ仕切り直しだとか。



あの、ちょっとしゃべらせてもらっていいでしょうか?



私は幼少の頃から「死んだ人の悪口は言うたらあかん」という躾を受けて育ってきました。
「死人に口無しって言うて、死んだ人はもう思いを伝えることすらもできないんや」と。
「だから、生きてる人間が死んだ人に対してあーだこーだ言うのはしたらあかん、無粋なことなんや」と。


でも、あえて言う。
今もう、あえて私は言わせてもらう。



あの事件は
「家にいながらにして30年間家族にも会わずに自室に閉じこもってミイラになったおじいちゃん自身」
が、なんかもうあかんやろそれは根本的にと私は思うんです。
家族にも知人友人にも「それを止めさせること」も決してさせないまま、
「自分はミイラ(即身仏)になるのだー」とか、最期まで好き勝手すぎ。
自分が上手くミイラになるのを黙って見過ごし続けんならん家族のこととか考えましたか?
いや、絶対考えてへんやろ?だからそんなことが出来たんですよね?って思って。

あのおじいちゃんはこれまでずっと「ワンマンプレー」をやってきたんとちゃうかな?って、私はそう思います。
だから今はの際ですら「どうせ(この人は)何言うても話聞かないやろ」と、
なんかそうして「家族にすらもう放っとかれること」になってもしまったんちゃうかな、と私は思う。


そんな私がひとつだけ思うことは、

「あのおじいちゃんは一体何と戦ってはったんやろう?」と。
意固地はほんま、損ですよって。
腐っても鯛であるべき先人がミイラになってしもてどうするんですか。




話だいぶ戻って。



オカンは生前「かわいいおばあちゃんになりたい」と言っていました。
そして私も最近、なんかその気持ちがわかってきました。
だが、私はオカンとは違う夢を描いている。

「歳いっても、なんかおもろいおばあちゃんになりたい」
孫に、「おばあちゃんと笑いのコンビ組みたいw」と言われるぐらいおもろいおばあちゃんになりたい。

みなさんはどんなおじいちゃんおばあちゃんになりたいですか?

[「○○な、おばあちゃん」になりたい。]の続きを読む
  1. 2010/08/05(木) 03:01:49|
  2. 思うこと(「生きる」)

「別れたあの人に贈る歌」を創る、その苦悩のこと。

さて。

実は先週、あんなふうに急に具合が悪くならなければ私は店の先輩のショウさんのライブに行けるはずだった。
ショウさんのバンドのライブは大概夜にやってはるんで、相方(旦那)がおらん母子家庭のオカンの私は、
晩に子どもらを預けて出かけることができないので、今まで一度もショウさんのライブを観に行ったことがないのだが、
その日は彼氏さんが子どもらを見ててくれるって言うてくれはったんでめっさ楽しみにしていたので残念だった。

ショウさんにライブ観に行けなくなったことを謝るとショウさんは
「ライブはまたやるから、ゆっくり早く元気になってまた観に来てえや」と言ってくれたが
今回のライブにはちょっと密かに思い入れがあったんですよね。


それは、ああして具合が悪くなる前の週の話。
ショウさんとタケちゃん(後輩のシングルマザー)と私がシフト一緒だった日のこと。
ショウさんが、私とタケに「二人に聞きたいことがある」と突然切り出した。

ショウさん「例えばさー、好きな人に好きな人がいたら、自分らどう思う?」
タケちゃん「えっ?」
私「???…あの、質問の意味がちょっとわからないんすけど…」
ショウさん「だから~、好きになった人に、好きな人とか恋人がいたら、自分らやったらどうすんのかなあ?と思って」


私「あー、そういうこと?そらもう奪い取る。」

タケちゃん「その恋人とやらを出し抜く。」

ショウさん「……。君らに聞いたんが間違いやった。」




私・タケ「うへへ」



ショウさんにはもうだいぶ長いこと付き合ってはる、とても相性のいい彼女がいる。
しかもショウさんはごっつシャイなので、普段は恋愛の話をほとんどしない人なので
その質問は本当に「例えば」の話なんだろう、ということはわかっていたが
なんのためにその「例えば」の話の回答を求めているのかがわからなかった。
でも、それきりショウさんは私とタケにはもうその質問を続けてくれなくなったので、私とタケは
「今の、何やったんやろな?w」
「さあ?最近暑いからショウさん逝ってしもたんちゃいますかw」
とか言いながら、特に気にも留めずにヘラヘラしていた。

その数日後、ショウさんとまたシフトが一緒になった時にショウさんが
「こないだりちさんらに質問した話の続きなんやけどさ~」とまた突然切り出して
その「例えば」の話についての全容を明かしてくれた。

その物語の主人公であるショウさんの友人のAくんは、B子さんという女性に思いを寄せていた。
だが、B子さんにはCくんという彼氏がいて、さらにAくんとCくんは昔からの友達だった。
よってAくんは自分の気持ちに気付いた時からその恋を封印することを決めていたのだが
ある日、B子さんとCくんが別れてしまい、AくんはB子さんを懸命に励まし、
そうこうしているうちにAくんとB子さんは付き合うことになった。
だが、しばらくしてB子さんは「やっぱりあなたとは付き合えない」とAくんに別れを切り出し
その数ヵ月後、B子さんとCくんの婚約パーティーのお知らせがAくんのもとに届いた。
AくんはB子さんに「幸せになってほしい」と願っていて、それをどうしても彼女に伝えたい。
という思いを歌にして新曲を書いてライブで歌ってくれ、とAくんから頼まれて
ショウさんは一生懸命、曲を作ってそれは完成したのだが、どうも歌に感情が乗らない、
もっと言うたらAくんのその伝えたい思いがどうもイマイチわからないのだと。

私「っていうか、もうなんっかチープなドラマですよね。安っすいハナシやでw」
ショウさん「安っすいハナシとか言うたるなw俺の大事なツレのハナシやw」
私「例えば、普段はどう感情入れていかはるんですか?自分の経験ばっかで曲創って歌ってはるわけじゃないでしょ?」
ショウさん「そやな~…普段はその歌を歌っている人に入るというか…どう言うたらいいか難しいな」
私「わかりますわかります。私がホン書く時と一緒やわ。その台詞を書いてるのは私やけど、その台詞を言うてるのは私じゃなくて私が生んだとある人で、だからその人に入って書く、みたいな」
ショウさん「うんうん。ただ、その曲はAくんの曲やからさ~」
私「でも曲を創ったのはショウさんじゃないですか」
ショウさん「そうなんやけどな~」
私「なまじっか実在の人物がいるだけにニュートラルに入れないって感じですか?」
ショウさん「あーそんな感じかもわからんわー」


この手の依頼っていうのは正直非常にめんどくさいんですよね。
依頼した本人にしたらやっぱものすごい思い入れがあるから、
ちょっとでも違う感じで表現したら「それは違う」ってなるし、
こっちにしたら「じゃあもうおまえが自分で思うように好きに創れや!w」ってなるんですけど、
「いや、自分ではそれをようせんから君に創ってほしいねん」っていう、なんか「わがまま」。

だが、「他ならぬツレの頼みやからなんとかいいモノにしたい」という熱いショウさんを見ていて
私も及ばずながら協力したいと思い、今一度「Aくんの思い」を掘り下げて考えていくことを提案したら
ショウさんは「うん、それやってみよう」と言い、二人で「Aくんの思い」を深めていくことにした。


私「てか、そもそも振られた相手に『幸せになってほしい』とかぶっちゃけ思いますかね~?」
ショウさん「不幸になるよりはそら幸せになってくれたほうがええやろ~」
私「自分は振られて不幸のどん底やのに、自分を振った相手には幸せになってほしいと?」
ショウさん「振られてもその子のことがまだ好きやったらやっぱそう思うんちゃうかな?」
私「なるほど。君に振られても僕はまだ君が好きやから君は幸せになってねと。なんか女々しいな~」
ショウさん「なんか女々しいとか言うなやw」
私「てか男ってほんまなんか女々しいですよね」
ショウさん「女々しいんと違うねん、純粋やねんって!」
私「そうですか、それは失礼しましたwてか話戻して、でもほんま言うたら一緒に幸せになりたかったわけじゃないですか?もっと言うたら自分が彼女を幸せにしたかった」
ショウさん「ほんま言うたらな。でもそれがもう叶わへんならせめてその彼に幸せにしてもらいや、と…」
私「その彼っていうか元彼ですけどね。なんかもうアホ丸出しですやん」
ショウさん「なんでアホ丸出しやねんな?」
私「だってそもそも元彼と別れてそれを励ましてる中で俺らは付き合ったのにやっぱ結局元彼とこ戻って結婚するわ~とか、俺の存在は一体何やってん?って話ですやん」
ショウさん「でもその時は彼女に必要とされてたわけやから…」
私「あの楽しかった思い出があれば俺は生きていけると?いや、嘘やろ。絶対嘘やわ~そんなん坊主じゃあるまいし」
ショウさん「坊主どっから出てきてんw」
私「いや、煩悩とか欲とかなさそうなイメージでなんとなくwてか坊主で思い出しましたけど、私のツレが若い頃に付き合ってた彼氏と別れて別の人のとこに行った時に、別れた彼氏にヨリ戻してくれって言われて断ったら鈴虫寺(*何でもひとつだけ願いを叶えてくれると有名な京都の寺)のお守り投げ捨てて行った、って言うてましたよ。『効かないじゃないか!』って」
ショウさん「えええっ!怖っわwww」
私「wwwいや、ほんま怖かったらしいけどねwwてか確かにだいぶ怖いけど、でもそれが振られた人の正直な気持ちやと思うんですよね」
ショウさん「でもそんなんしたら逆に嫌われるかもしれんやんか」
私「はい来た、いただきました『嫌われるかもしれん』。多分そこなんでしょうね。振られた上に嫌われたくないからその正直な思いは言えないんですよ。『なんで俺じゃダメなん?なんでそいつなん?』って。だから……?」
ショウさん「君よ幸せになってくれと、無理してええかっこを言う?」
私「振られたのにそんな余裕かましといたら、自分を見直してくれてあわよくば自分とこに戻ってきてくれるかもわからん、という打算もちょっとあったり?」
ショウさん「いやさすがにそれはないやろ~。他の男と婚約決まってんねんで?」
私「他の男と婚約決まってんのにまだ内心そんなん思うところこそ男の女々しさクオリティでしょ逆に。…てかそのご招待にしたって、よう俺に婚約パーティーの招待状送ってこれたよな?って正直思うと思いますよ?どの口で俺にそんなお知らせをするんですか?あんま俺をバカにすんなよ?って」
ショウさん「まあな~そのお知らせされるのは確かにキツイよな…」


私「ほんまはもう死ねぐらい思ってますよ。そんなおまえはもう死ね!」


ショウさん「……いや、違う。違うって!あいつはそんなやつじゃないよ…」 



私「あいつはいいやつとか今関係あらへん!今表現するべくはショウさんのAくんへの思いじゃないんですよ!内心かなりドロドロしてるけどええかっこ言うAくんのそんな思いなんですよ!」

ショウさん「もうやめてくれ頼むからやめてくれ!wwあいつはいいやつなんや、ほんまにええやつなんや…!」


ショウさんはかなり疲労困憊した様子で「自分、なんかほんまもうどうなん…」とつぶやいた。
だが安心してくださいショウさん。実はかく言う私も今かなり疲労困憊しています。
「人の心の本音に本気で寄り添った上でモノを創る」って、もうほんまに疲れますよね。
「ノンフィクション」とかほんましんどいですから、淡々とやれないならいっそもうそれはやらんほうがいい。

ちょっと話逸れますが、
例えば、愛は地球を救うの24時間テレビとかで障害者を扱ったドラマとか創ってる人とかそんな感じやと思います。
その対象に自分がなんか変に感情移入しすぎると、
多分書けなくなるし撮れなくなるし演技も演出も、もう何もかもうまくは出来なくなると私は思う。
よって、自分はどこか斜に構えてないと「ノンフィクション」はもうしんどくてやれないだろうと私は思う。


てなわけで。

ショウさんたちがその曲を演奏するというこないだのライブを
私はとても聴きに行きたかったんですけど、あの体調不良で行けなかった。
それを聴きに行って確かにそれを聴き届けた上で

「なんかほんまwお疲れさまでしたw」

と、そうツッコミ(ショウさんかなり頑張ったと思う労い)を送りたかったけど、
私は体調不良でそのライブには行けなかった。とてもとても悔しかった。



そんな私がひとつだけ言いたいことは


「Aくん。君は本当にいい友達を持ってると思う」
「でも、自分が伝えたいことはやっぱ自分の言葉で言わんとあかん」
「最後のあがきにクリエイターを担ぎだしても、彼女の心は動かせへんと思うで?」



てか、もっと言うと「そんなことやから」君は彼女に振られてしまったんですよ、って。


[「別れたあの人に贈る歌」を創る、その苦悩のこと。]の続きを読む
  1. 2010/08/04(水) 03:13:21|
  2. 恋だの愛だの何だの、ネタ

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りっさん

Author:りっさん

京都に生まれ京都で育ち、          放浪の末、京都に舞い戻った女

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