どんつきを右に曲がって左のかどっこ

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すこぶる元気な安静患者・2

さて、 この 続きです。

「~てなわけで、ちょっと今から病院行くから子どもらを見ててもらいたいんやけど、なんか用事してます?」とオトンに電話したら、オトンは
「おまえ一人で行けるんか?子どもらも乗せて車で送って行ったる、今から迎えに行く!」と、10分後ぐらいに迎えに来てくれた。

っていうか、正直オトンには家で娘らの子守りしながら待っててほしかったんですよね。
何故ならばあのオッサンは病気・病院に対してめちゃめちゃビビリの怖がりなんで、不安が高じてだんだん機嫌悪なりよるんですよ。
しかも時期的にまだインフルエンザとかもあるにはあるし、夕方の救急外来とかもう絶対待つんで、オトンは確実にイラつきよる、と。
だがどうしても送って行くというので、しょうがなしにオトンも連れて(←送ってもらう分際でこの言い様w)行った。

そうして着いたかかりつけの総合病院は、さすが休診日、普段と違って暗くて静かで人がいなくてがら~んとしていた。
そのロビーの一角が救急外来の外待合になっており、私がそこで名前を言って受付をしていると看護婦さんが血相を変えて飛んできて
「座ってられる?順番が来るまで処置室のベッドで寝て待ちますか?」とかあれこれ聞いてくれたんだが、
「歩いてくる時に何回かふらっときたんですが、座ってる限りはふらつきはないんでここで大丈夫です」と私は答え、
と、そんな中、後ろの椅子でいちごとももがそれぞれのバックから持ってきた本を取り出して淡々黙々と読み始めた。
それを見たオトンが「こいつら度胸あるな~。ドキドキしてんのはわしだけか…」と呟いたので、看護婦さんはちょっと笑い、
「私よりオトンが血圧計ってもろたほうがええかもなw」とか言いながら問診表を書き、体温と血圧を計ってもらった。


…って、ね? 「元気」 でしょ?
だからほんまにね、「全然元気」だったんですよ、私は。



と、そうして30分ぐらい待って診察室に呼ばれると、担当の先生はいかにも研修医上がりたてぐらいのイケメンボーイだった。
マスクで顔半分隠れてたんで「正確なところ」はわからないんだが、医者でこれ(顔)ならモテるやろな~とか思いつつ
あ、でもこうして日曜の救急外来の当直してるぐらいやから「デートする時間なくていつもフラれる…」ってパターンかもな~とか
そんな下世話で余計なお世話なことを考えながらも診察を受けていたら、
「中で炎症が起きてるのはもう間違いないし、白血球の数値と、あと貧血の状態も見たいので採血をしたい」と言われ
採血なんざ定期健診のたびにやってるんでこっちにしたらもう慣れたことで「ああ、はいはいどうぞ」と右腕を捲ったら
横で待機していた、私と同年代かちょっと若い?美人の看護婦さんがもうすでにてきぱきと採血の準備をし始めていて
私の腕を台に乗せて上腕を縛ったあと「ちょっとチクッとしますよー」というあのお決まりの台詞と共に注射器を構えた。
まあ慣れてるとは言え、自分の腕に針が刺さるのをまじまじと見るのはあんま気持ちいいもんでもないので、私はスっと目を反らした。

看護婦さん「……はい、手の力抜いてラクにしてもらっていいですよ~」


ええっ!? てか、いつの間に???


今まで37年間生きてきた中でもうかれこれ多分50~60回は血を抜いてきたと思うが、ここまで「完全な無痛の採血」は初めてだった。
スゲー!この人マジでスゲー!!!と大感動した私は「いつ針刺さはったかほんま全くわかりませんでした!」と連呼し、
「普段お見かけしたことがないんですが平日勤務はされてないんですか?出来ればこの先もう一生あなたに私の血を抜いてほしい」と懇願し、
するとそのイケメン医師が「さすがですよね…」と、その看護婦さんをため息交じりの尊敬の眼差しで見て、
看護婦さんは「いえいえそんな…」と照れたように少し微笑みながら、またてきぱきと採血の後片付けをしていた。


よせ だめだ! やめろやめとけ、彼女に惚れちゃいかーん!
わかるけど、その「敬いと恋が一緒くたになってしまうその気持ち」は、もう痛いほどよくわかるけど、
まだ若い君が「どう頑張っても叶わぬ恋」に破れて傷つく姿など 私は見たくはないのだよーッ!





てか妄想ネタはええから早よ話を進めろや このクサレ病人!(怒)




という読者の皆さんの声がなんだか聞こえた気がしたので、ここからサクサクといきますと。


採血の結果、貧血のレベルはかなり高いが、炎症レベルはそれに相当するほどまでべらぼうには高くない。
だからここからさらに炎症が進むのか、このまま推移するのか、落ち着くのか、現時点では全くわからない。
ただ、今ひとつだけ言えることは次にまたジャーって(下血が)きたら輸血が必要になるかもしれない。
なので、このあと例えばそれは夜中でもなんでもジャーってきたら、すぐに救急車で来ること。
それと、明朝に必ず主治医の受診を受けること。これについては帰る時に受付で予約をして帰ってください。
今日は主治医がいないので、主治医を抜きにして今ここで今後の治療の方向性を決めることは出来ない。
とりあえずして欲しいことは今から絶食。ただし水分補給は絶対にしてください、OS-1(飲む点滴)を推奨します。
この絶食には二つの理由があって、
ひとつは明日直ちにファイバー(内視鏡検査)になるかもしれないのでお腹を空にしておいて欲しい。
もうひとつは出血・炎症を起こしている腸の活動を一旦休ませるためです。
新たな処方箋は今日は出せません。今、主治医から処方されているお薬をこれまで通り飲んでください。

私「ていうことは、家に帰っていいんですか?」
医師「一旦は。ただ、今言ったようにまた下血があったらすぐに来ることと明日必ず主治医の診察を受けてください」
私「そうですか!wwいや~ぶっちゃけ正直このまま入院になるかもしれんのも覚悟して来た、みたいなとこあったんでw」
医師「明日主治医がどう判断するかはわからないですけど、『今日のところは』、帰っていいですよ」
私「……。……そうですかorz」


「3時間以上待たされた結果が薬も出さんと『また明日出直して来い』ってどういうことや」と(案の定)オトンはご立腹だったが
「ごめんオトン逆にごめん私がそういう病気やねん先生も病院もなんにも悪くないねんだからごめん」となんとかなだめ、
めっちゃ不服そうなオトンにまた送ってもらって子どもらと家に帰って、
どうかまたジャーっと来ないことをひたすら祈りながら、私は朝までの時間をやり過ごした。

店(職場)には救急に駆け込む前に電話で現状(下血したので救急に行く)を伝え、
「~なので、すみませんが明日明後日は休ませてもらうことになると思うんです。診察が終わったらまた報告します」
と、明日明後日の欠勤予想の謝罪と報告をしておいたのだが、
そこでうちの敏腕副店長は(下血して二日やそこらで回復するわけがない)と機転をきかせてくれはったようで、

「…というわけで、今後のことは明日再度主治医の診察を受けてから、の話になってしまって…」

と、帰宅後にそんな恐れ多い追加報告をすると

「さっきの電話の後すぐに、向こう一週間までのりちさんの交代要員を確保したんで大丈夫ですよ。店長(休みだった)にも報告入れときました。だから仕事のことは心配しないで早く…って言うたらあかんかw『ゆっくり』良くなってください。りちさんが元気になって帰ってきてくれるん待ってますから。お大事に」

と言うてくれはったんで、私はなんかもう泣きそうになった。
っていうか私ほんま「元気」やのに仕事休まなあかんなんて、もうほんまなにこの体……。
でももう今さらそんなん愚痴ってもどうにもならないので「なるようにしかならん」と無理から開き直って顔を上げた。

幸いなことに絶食が効いたのか、それから朝まで「なんにも」出なかった。
そして翌日朝一番で主治医の診察を受けた。

このところわりといい状態をコントロール出来てたのに、今このいきなりの下血の原因がわからない。
しかも今朝の採血でも炎症レベルは(この病気の)許容範囲なのに、まだ貧血レベルは俄然高い。
よってステロイド投与は無しで(炎症レベルがそこに達してないから、逆にまだ出せないそうで)、
鉄剤のさらに上をいく「造血剤」という薬を出しつつ、薬(ずっと飲んでるやつ)を処方限界量まで増量する。
ただその限界量には投与期限がある(連続二ヶ月がMAX)ので、出来れば一ヶ月後には元の量に戻したい。
それと、この造血剤は色々としんどい副作用があるので、その副作用のしんどさと貧血のしんどさを計りにかけて
「もうこの薬を毎日こんだけ飲むのは嫌、しんどい」と思ったら、自分で少し量を減らしたりしてもいい。
ファイバーは今日はしない。今、刺激を与えると逆効果になったり腸壁が傷ついたりするかもしれないから。
あの最初の二回以降維持出来てるなら下血はこのまま止まると思います。
もし血便などがあれば受診してください。救急じゃなくても僕がいる時でいいので。
昨夜から絶食してくれてたので、今日明日は少量のおかゆから食べ始めてください。
肉と油は一週間後ぐらいに少し試みて、もしもダメなら「タイプ」が変わってるかもしれないので禁食してください。
一週間後と一ヶ月後にまた様子を見せてほしいので、予約を入れときます。

私「ていうことは、家に帰っていいんですか?」
主治医「いいですよ。 今すぐ入院しろ!って言われると思いました?」
私「そら思いますよー!だって全然元気やのにいきなり下血てこれ『ちょっと残って(=入院)くれるかな?』みたいな話になるんか?と」
主治医「うん。下血してるから貧血は仕方ないとしても、意外に元気ですもんね?」

私「やっとわかってくれる人がいた…。そうなんです、私は元気なんです!」



ただ、やっぱり事実としてこうなってしまってる以上、体の中は「何かしら」元気じゃないので、
一週間後の診察まで「自宅安静」をしてください、と言われた。もっと言うと「身体はもちろん、頭(神経)も極力使うな」と。
自宅でそれが難しいようなら、入院してもらってこちらで完全看護させてもらうしかないと。

副店長の有り難い機転により「向こう一週間休んでいい」と了承をもらってる私は即座に
「大丈夫です、自宅で出来ます。何故そう言えるかというとそれは…」と主治医にそのことを話し、すると主治医は
「理解のある職場で良かったですね~。あ、そうか、りちさん薬局勤めやもんね?それは理解もあるやろねw」と笑っていた。



てなわけで。


そうして「元気」にも関わらず一週間後の受診まで「安静」をすることになった私は、
こんなん言うたらあちこちから袋叩きに合うかもしれないが、ぶっちゃけ、「かなり暇」だった。

すこぶる元気なのに「身体と、さらに頭も休めなければいけない」ということになってしまい、ただただ家で昼寝とかしていた。
「仕事一週間休んでんのに(体動かしてへんのに)昼の日中に昼寝なんかできるかボケw」とか当初は思っていたけど
意外と目を瞑ればもうなんぼでも寝れて、目が覚めたら夕方の4時!っていう日もあったんで自分でもビックリした。
そうした昼寝に飽きたら、好きな作家さんや芸人さんの本(緩~いエッセイ)とかを布団で読んだりしていた。


そして主治医の「考え」は色々当たっていた。
一週間の安静の間、一回も下血はなく(止まった)良くなる一方、造血剤の副作用はだいぶしんどかった。
絶食以降、少量のおかゆしか食べてなくて食が細ってるところに副作用の食欲不振が重なり、
食べる気がしないのでほとんど食べなかったら、一気に顔がコケて体力がなくなってきて台所でふらつくようになった。
でも私は「一週間後には絶対職場復帰する」と自分の中で決めていたので(これ以上体力が落ちたら復帰した時にしんどい)と考え、
主治医に言われていた通り、有益と副作用を計りにかけ、自己判断で造血剤を減らして副作用を回避し、極力頑張って食べた。
「仕事のことは忘れておいていい」と副店長に言われていたのでシフト表も一切見ないようにしていたんだが、
日替わりで毎日入れ替わり立ち代わり、上司や先輩や後輩や同僚から
「りちさん大丈夫ですか?なんか欲しいもんあったら届けるから言ってくださいね」とか、
「りちりち元気だせよ!待ってるんだぜ☆ それと、誕生日おめでとーさんです♪」とか、
「あんたもう~~~ビックリしたわー!どやさー?ゆっくり休みよしや~?」とかそんなメールや電話が来るので、
シフト表を見なくても逆に「今日は誰々が出勤してるのか(朝礼で私の病状を店長・副店長から聞いた?)」がわかり、
なんで私はこんないい人・ええやつばっかりに恵まれてるんやろう?私はラッキーすぎる、と思った。

あ、あと今回のこのことはツレには一切言うてなかったんだが(何故なら私は「元気」だったので)
「ブログの更新が(変に?)止まってるからおかしいと思ってたら、やっぱりか!w」
と、とあるツレにはなんか見抜かれていたようで、そうして笑いながらもちょっと怒られた(爆)
あいつもほんまええやつよなー。ラッキーすぎる自分がもうほんま怖いわ。
ってそう思うと逆に、難病の一個や二個持っててちょうどプラスマイナスゼロなんかもわからんな、とか自分で思ったり。


話戻って。


一週間後の受診で、私は「安静」が解けた。

下血・血便(主観的異常)、なし。
採血での貧血・炎症レベル(客観的異常)、なし。
原因の究明と今後の対策については今だ未知だが、それは追々またやっていくとして、
現状MAX量の薬を減らせるかどうかのことはまた一ヶ月後の宿題としておいて、とりあえず、
あなたは「いわゆる緩解(寛解)状態」になったので、今まで通りの生活に戻していっていいですよ、と。


「助かったーーー!!!」


と思いました。


この病気になってから、これまで何度か悪なって、良くなる度に「助かった!」と思ったことはあるけど
今回のはもうほんま自覚症状というものがほとんどなかっただけに、
私自身が一番、自分の身体が持ってる力(免疫力)を信じて祈るしかないみたいな感じやったんでね。
生きてるねんけど生きてる心地がしなかった、そんな感じやったんで、「勝った!」よりも「助かった」と思った。


と、まあそんなことがありました、という話でした。


あ、今?今はもちろん元気ですよ?てか、だから何回も言うてるやんか、逆にもう言わすなよ!


私はずっと「全然元気」やったんや、っちゅうねん!



[すこぶる元気な安静患者・2]の続きを読む
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  1. 2011/02/27(日) 01:31:29|
  2. 闘病?ネタ

すこぶる元気な安静患者

さて、二編に渡った先の記事(走るいちご~第一章ファイナル)に、いささかのタイムラグがあったのには理由がありまして。

忙しかったから?
いいえ。
それは何故なら、私はまたしても闘病生活をしていたからです。ていうかもっと言うと「安静命令」が出ていたのだ。

今回の「それ」もまた何の前触れも自覚症状も一切全くなく、起きました。

…以下、「血」とか弱い人は目を細めて斜め読みするように。
あと、今このどんつき~を飯食いながら読んでる人、「お行儀がどーの」の話でなく、食い終わってから読むように。


てなわけで。


それはとある日曜日の午後3時頃のこと。

特にお腹が痛くなったわけでもなくただなんとなく、ほんま、「なんとはなく、小」の感覚で私はトイレに行った。
そうして座ってしばらくしたら、ジャーっと勢いよく出たんだが、どうも「違うほうの穴から出た」感じがしたので
「んん?下痢か?お腹痛くもないのに?」と思ってちらっと後方下部の「溜まり場」を見たら、何故か水が真っ赤だった。
血便を通り越してもういわゆる下血というやつですな。


えっ、 なんで???


というのがその時の感想だった。


私は消化器系の病気を患っているので、その持病が悪化する時は大概腹痛を伴い、
また、何らかの前兆や予兆があったりとか、なんしか徐々に症状(経過)が悪くなっていくことが多いのだが
今回のいきなりのその状態にはもうマジで「なんで?」と、逆にこっちが質問したいぐらいだった。

どっこも痛くないし。
全然元気やし。
なんもヤバイもん(*)食べてないし。

*ヤバイもん、とは*
消化器系の病気は病気なんですが、私の場合は日頃から食べたものによる変調がほとんどと言っていいほどない。
私と同じ病気を患ってる人の中にはそれら食べたものがテキメンに症状に現れるタイプの人もいるようで、
そういうタイプの人は調子のいい時でもずっと日々の食事(食品)制限が細かくあったりしてだいぶ辛いらしいが
私の場合はどうも「食べたものはあんま関係しないタイプ」らしいので、ビール飲んでもキムチ食っても全然平気なんだが
ただ、そんな私にもいくつかは「食ったら100%弱る(=ヤバイもん)」があるので、それらは一切食べないようにしている。
一例としては、レトルトじゃないカレー、背油スープのラーメン、など。
余談だが、「背油スープ」と謳っているが実はそんな手間暇かけてない「いんちきラーメン」はりっさんにはお見通しだ。
何故ならば、ほんまにちゃんと「背油スープ」を使っていたら、私はもう一発でお腹を下すからだ。
同様に、「仕込みから煮込み上げまで丸一日かけている本格カレー」も、私の腹にかかれば一発でその嘘を見抜けるのである。


って だからなんやねん?て この悲しい大威張りはwww



話戻って。


そんなハテナマークだらけの頭で私が次に思ったのは「え、どうしよう」ということだった。

去るあの最悪の劇症期、2007年5月のことが思い出された。
本来ならば入院しなければいけないところを無理から「外来処方MAXのステロイド処方」をやったあの怒涛の日々のこと。
テキメンに効いたけど副作用にさんざん悩まされ、そしてそれを辞めていく過程がとにかくとにかくもうしんどかったこと。

…って、またあの事態になる?
でも半年前に続いてまたいきなりの下血はもう「外来でなんとか」は無理かもわからん…今度こそ入院かも…。


私自身(自認)としてはもうすこぶる元気なのだが、こうしてはっきりと「下血」という事実を叩きつけられてしまった以上、
私の自覚がある・ないに関わらず、私の腹の中では何かが確実に起きているのだ、しかもそれは悪い方向で。

だがどうしてもそれを認めたくなかった私は「どうか見間違いであってほしい」と祈りながらそれを抹消し、
もう何事もなかったかのようにトイレから出ると、彼氏さんが台所の椅子に座って携帯でメールか何かを打っていた。
私は今しがた起きたことを赤裸々に彼に話すべきか迷った。
何故なら、彼は一時間後には仕事に出ることが決まっていたからだ。
もし例えば私が今ここで

「いや~まいったよ、かっちゃん。なんかいきなり下血してやがんのw」

とかリアルに現状を報告しようものなら、彼はそのことを放ってはおけないだろうし、
だが、私が今病院に行くとなると子どもらはどうするのか、でも自分は仕事には行かないといけないし、で
平和なはずの日曜の午後がいきなりなんかもう途端に忙しい気持ちになってしまうだろう。
と、そんなこんなを考えつつ、
でも、もしこれから自分の意図とせずこのことがますます悪化の一途を辿っていった場合、
今回のことは私も全く今後の予想ができないことであるだけに先のことは私もかなり不安で、
もしも、もしもだが、この先もっと私の状態が最悪なことになっていくのだとしたら、
彼氏さんにはまたなんらかの迷惑(主に子どもらの家庭での保育)をかけていくことになるかもしれないので
一応の前情報として私は、「ちょっとお腹の調子が悪いっぽい」みたいな報告を彼に薄っすらとしておいた。
彼氏さんは「そうなんだ?それは大事にしないとね。ゆっくりしてなよ?」と私を労わりつつも、仕事に行った。


そして、彼氏さんが出かけたその10分後ぐらいに今度は明らかな便意をもよおして、私は再びトイレに行った。


「ここが勝負どころやぞおまえ(=腸)! 半ケツ…いや、判決はここで出る!w」
と、この詰まった状況でそんな最低な下ネタが浮かんでしまった自分がもう嫌になったのだが、
結果はまた「ジャーッ」で、しかもクロではなく、さらに真っ赤だった。
もうすでに「溜まり場」に溜まり血吹雪を上げているそれらをすくい上げて計ることはできないが、
強制削除した一回目のアレとトータルしたら「500mlの午後の紅茶(ストレート)」は完全に越えてる総量だった。




即入院。



という三文字が頭をよぎった。



っていうか逆に言うと、今「病院」にさえ行かなければ「入院」もそれは絶対ありえないわけで、
だから「入院」を回避したいなら「病院」に行かなかったらそれは確実に回避できるやん、と私は思った。
「私だけのこと」で考えるなら、「私は今、入院したくない」ので、病院に行かないという選択も出来る。

根本的に「だいぶかなり間違っているセルフメディケーション」の考え方なんですけど。


でも、いや「ちょっと待てよ?」と思って。


私は入院は絶対したくないし、医者にかかる時間もあんまりない。
なら、家で自分でなんとか治していきたい。治らなくてもマシになりたい。何故ならば、子どもと一緒にいたいし。
でも、それはこの病気の根絶にはならないし、「今だけ」逃げてるだけのことに過ぎないし、もっと言えば、
この病気になったからにはこの病気自体が解明される=いつかこの病気が特定疾患(難病)ではなくなること、
に身を尽くし、「この事例」を医学界にありのまま提供するほうがいいのか?と、私は真剣に悩んだ。


よって、私は、私の娘であるいちごとももにそのことについてどう思ってるのかを聞きたかったので、聞いた。


私「今しがた二回続けてめっちゃ血が出たから、ママは今から病院に行こうと思う」
いちご「日曜やのに?」
私「日曜やけどな」
い「ママ…そんなにしんどかったん?」
私「何にもしんどくないねんけどなー。ただ、この出血量から見て即入院になる可能性はあるかもしれん」
もも「ママ~~~しなないでー(泣く)」
私「死なへんよwww」
いちご「K兄(彼氏さん)は?」
私「K兄はお仕事です。だからママはこれからお爺ちゃんにこのことを伝えてママが病院に行ってる間あんたらのことを見ててもらえるようにお願いして、それからママは病院に行こうと思う。ただそうして病院に行ったら、もしかしたら、そのままママは入院になるかもしれん」
もも「ママ、にゅういんするの?」
私「したくはないけどな」
いちご「入院したらママの病気は治るん?」
私「入院してもすぐにママの病気は治らんと思う。でも、もしかママが入院したことでこの病気のことは何かわかるかもはしれないかもしれん。今はなんもわからんし、なんとも言えん。ごめん」


いちご 「まあ、明るくいきましょうよ! まだ何もわからへんなら!」

もも「ママはなおるの! だって ももちゃんのだいすきなママやもん♪」




なんか、「ガーン」って、きてね。


「難病認定」受けた時点で私の中に「もう治らない病気」みたいな自認があったんかなと思って。
この病気と一生付き合っていかなあかん諦め、みたいな。

この病気(持病)に対して私はどうしても後手後手の消極的な感じになってしまって、
この病気(難病)に対して私は「自分はたくさんの患者の中のひとつのタイプ」と思ってるけど、
でもこいつら(いちごともも)は、「うちらのたった一人のオカンは奇跡を起こす!」って信じきってるわ、って思って。

てか、思い起こせば、私も「オカン(特定疾患持ち)」のこと、そんなふうに思ってたしなー。




ならば、「ここ」で私が食い止めたる。

自分治って、さらには「概ね治りそうな病気」にまで、なんか持っていったる。





てなわけで。



共に闘う総合病院の救急外来に電話した。
日曜やから主治医の先生がいないことはわかってたけど。


私「○○の特定疾患でお世話になっているカルテ番号何番のりちというものですが。主治医は消化器内科の○○先生です」
看護師「どうされました!?」
私「突然下血したのですが量が多かったのでどうしたものかと思って。主治医のいる明日まで受診は待ったほうがいいですかね?」
看護師「下血!?どれぐらいですか!?」
私「目測ですが、500mlほどかと」
看護師「他に何か症状はありますか?」
私「それが全くないんですよ」
看護師「動けるようなら今すぐに来ていただきたいんですが来れますか!?」
私「わかりました。なるべくすぐ行きます」
看護師「救急車で来られるなら必ず病院指定してください!東側に車椅子を用意しときますので!」
私「え、救急車!?車椅子!?そんなんそんなん、タクシーかなんかで行きますし、あの、ほんま全然大丈夫ですから!」



ひとつだけ思ったことは、


こっちも命懸けやけど、あっちも命懸けてはる。



かくして私は、「すこぶる元気!」なのに「その急変?」で、日曜午後の救急外来を受診したのでした。


続く
  1. 2011/02/24(木) 03:39:47|
  2. 闘病?ネタ

走るいちご ~第一章・ファイナル~ ・2

さて、 この 続きです。


そうして遠くに見えたゼッケン○番(いちご)は、今まで駆け抜けて行った子らと同様、
「てかそれマラソン(長距離)の走りかよ!?」と思うほどの勢いで走り込んできて、一気に顔が見える距離まで近付いて来た。

え、ちょ、あいつ(いちご)も 速っやっっっ!!!


そもそも、マラソンってこう、「エッホエッホ…」みたいなペースで黙々と走る、ってイメージありません?


京都は国際駅伝とか全国駅伝とかあるんで、駅伝バカのオトンに連れられて子どもの頃に何度か観に行ったこともあって
実際に走ってる選手を沿道(間近)で見たら、その一歩がとんでもなくでかくてあっという間に走り去るんでビビッたんですが、
テレビで観てたら、なんかこう「トントンサクサク…」といった感じでわりとゆったり走ってはるように見えるじゃないですか?

ただああいう大会は走る距離が長いんで、速いは速いけどおそらく色んな配分をしながら走ってはると思うんですが
今回、約1500メートルを走るいちごの「それ」はもうほんまに短距離の走り(全力疾走)に近い速さだったので、私はかなり怖気づいた。

「こいつこんなスピードでずっと走ってきよったんか!?エエエーーーッ???」
「てかもう軽く1キロ以上走ってんのにおまえ、一体どんな体力してんねん!?」


いちごはかなりしんどそうだったが、でも、めちゃめちゃ真剣な顔で、もう文字通り「懸命に」走っていた。
私はこれまで走るいちごの背中しか見たことがなかったので、いちごのそんな表情を見るのは初めてだった。
いや、これまでも何回か(行ける時に)競技会とか記録会とか見に行ったことはあるんですが、
それらはほとんどでかい競技場やグラウンドで行われるので応援席(観戦席)は二階三階に設けられてるんで
ピッチで走るいちごを爪楊枝かご飯つぶぐらいの大きさでしか目視できないことのほうが多かったんですよね。
「あーなんか走ってるわ~。あ、あれかな?次かな?あれそうやんな?…おー走った走った~。お疲れさーん」みたいな。

そうして初めて臨場感タップリの中で「走るいちごの顔」を間近でまともに見た私は、
いちごに頼まれていたあの掛け声、「いちご、ラスト上げろ!」をここで本当に言うてええもんか?と悩んだ。
スタートからここまでのこの長い距離をこんなダッシュで走り続けてきてんのに、ここでさらにまだ「上げろ!」とか言うて
ほんまにさらにもっとピッチ上げよったら、こいつもう心臓破れて死んでまうんちゃうか?と思って、ごっつ怖かったんですよね。

と、0.01~0.05秒ぐらいで迷っている中、
いちごはもうすぐそばの至近距離まで来ていて、沿道でいちごの名前を呼ぶ私のほうをチラッと見た。





今 こっち見た 気がスル━━━━━(゚∀゚)━━━━━!!! 





ってだから ここは「ジャ○ーズのコンサート会場」かとww




いちごは私の顔を見たそのほんのわずかな一瞬、ちょっと安心したような表情を見せた。
そしてそれを見た私は何故か、さっきまでの「あの言い知れぬ恐怖」がどこかに消えさり、



「いちご上げろ!!!」



と、大声で叫んだ。と言うか、もう叫んでいた。


それはいちごにそう言うてくれと頼まれていたから、ではなく完全に「自分の気持ち」で。
「ここまでそうして懸命に走ってきたんやったらもう1ミリの力も残らんぐらい全部出しきれ!!!」と。

そしてさらになんと鬼畜なことに、それに続けて私は



「あと一人抜け!!! あと一人抜いたら10位や!!!」



と、そんなことまで叫んでいた。



ちょっと前に、いちごが都道府県対抗女子駅伝をテレビで見ながら、
前にいるランナーを追い上げてる選手に「行け行け!抜け、抜かせ!」と声援を送ってたんですよね。
なので私はいちごに「この選手のファンなん?」と聞いたんだが、いちごは「別にファンというわけではないけど」と言った。

私「ほななんで、抜け抜け!とか言うん?」
い「なんで、って…抜かそうとしてはるから」
私「でも、抜け!って言われて『抜かしたい側』はええかもしれんけど、『抜かされたくない側』はそんな声援が聞こえたら気ぃ悪いやんか~ママそんなんよう言わんわ~」
い「ママ考えすぎwww」
私「そうかなあ~。でもママはやっぱその掛け声はなんかいややわー。『抜け!』ってなんかもう露骨すぎるやん~」

と、そうして、あまり好きではなかった「抜け!」という掛け声をかけてしまった自分にもビックリしたが、
絶対へとへとに決まってるそこからさらにまだピッチを上げて前方の選手を追い上げて行くいちごに腰が抜けそうになった。



ほんま何なの、あいつ どうなってんの???



コースの先が緩やかなカーブになっていたのでゴール(次の中継点)まで見えず
急激に小さくなっていくいちごが前のランナーの背中を捉えたところまで、で、いちごが視界から消えた。


ちなみに、走るいちごの耳には「いちご上げろ!!!あと一人……」までしか届いてなかったようで
「あと一人ってなに?あと一人で何かあんの?」と思いつつ、
「あと一人と言うなら、とにかくあと一人!」と、ラストを思いきり上げて行ったそうで。
走ってる時は現状(自分)の順位ってわからないもんらしいですね。
それこそプロの選手なんかやとその辺も数えながら前の走者を待つ余裕あるんかもしれんけど、
小学生のいちごにそんな余裕はなく、もうとにかく次の走者にタスキをつなぐことに意識を集中していたらしい。



話戻って。


と、そうして初めて「その最前線」で走るいちごを見た私は、なんかもうフラフラの放心状態だった。
ちなみに隣の兄貴はもう完全に「熱く」ならはったようで、後続の選手が走りくる度、大きな拍手をしながら
「○○小!」とか「ゼッケン○番頑張れ!」と、熱いエール(多分涙目でw)を送り続けてはりました。
逆に走ってる子らにしたら「どこの誰や全く知らんおっちゃん」やったと思うが、兄貴の声はきっと届いていたと思う。

そうしてしばらく兄貴と一緒にエールを送り続けていたら、兄貴が
「ちゅうかおまえ、(走り終えた)いちごのとこ(ゴールの中継点)行ったらんでええんか?」と言ったので
「え?あ、そうか。そうですよね、ほなちょっと行ってきますわ」と、言われてやっとそれに気付いた私は
「私もいちごちゃんとこ行く!」という兄貴の娘二人と一緒に、いちごの居る中継点までのそのそと歩いて行った。


そうして中継点に着いたら、テントの脇でいちごがロープ越しに応援に来てくれた友達らとなんか話していたので、
私はそこから少し離れた場所でその様子をしばらく見ていた。
いちごは疲れてるけどやりきった顔をしていて、友達らはいちごの頭を撫でたり抱きしめたりしていた。

「あいつ幸せなやつやなーええ友達が居てくれてるねんな~。私(親)の出る幕ないやんwやっぱ兄貴とこ戻ろ」

とか思っていたら、ふと視線を横に向けたいちごに気付かれてしまい、なんとこっちに向かって歩いてきたので、
「え、来んのかよwてかおまえもうツレらとこにずっと居れやw」とかなり動揺しながら私は、ロープ越しにいちごと対面し、
「感動して泣きかけたわ」とか、なんかそんなことを淡々と言ったと思うけど正直あまり覚えていない。

ちなみにそのゴール地点で「走るいちごシリーズファン」のツレ(元会社同期)に出会い、
「てか、こっそり来てたんかいwww」と内心笑いながらも非常に感謝した。 ひらちん、ありがとうな。


そして、結果。


目標としていたトップ10には入れなかったけど、彼ら彼女らは「かなりええとこ」までいき、
いちごも、あとから聞いてビックリするほどの区間成績をおさめ、さらに昼間の中継を晩にテレビ(放送)で見たら、
タスキを貰った時は40~50メートルほど差がついていたのが渡す時は一秒差にまで詰めていた。


いちご「そうか……あと20メートルあったら抜けたかもなー!もうほんま悔しいっ!!!」
私「たらればで言い訳したらキリないんちゃうの?君らスポーツマンの世界は特にそうなんちゃうの?知らんけどねw」
い「そうなんやけどー!w…あ~~~みんなでヒーローインタビュー(トップ3の)受けたかったな~!」
私「(手をマイクにして)いちごさんお疲れ様でした!今日の感想を聴かせてください!」
い「ええっwww……えっと(姿勢正して)、えっと、…みんなで目指してたトップ10に入れなくて、終わってからいっぱい泣いたけど、でもこれが自分らの今の力なんやと素直に受け止めて、明日からまた努力します。支えてくださった方々、応援してくださった皆さん、ありがとうございました!!!」



そこでママがひとつだけ言えることは……



なんも、「何も」 ないわ。


てか、あんた 「輝きすぎ」 ですわ。




いちごはその大会翌日からまたいつも通り今まで通り…なんやけど、
多分きっと今まで通りではない「何か」に向けて、朝練、放課後を相変わらず走り続けています。
そして、中学に入って勉強が難しくなっても、やっぱり陸上(中・長距離)はずっと続けたいそうです。
「陸上、陸上になって勉強を疎かにするようなことは絶対にならないし、しないから、陸上を続けたい」と。


てか、逆に親の私が言いたいのはあんた、


「陸上」を理由にして、「勉強」を疎かにしたこと、ないやん。
「そこ」を突っ込まれるまでもなく、「どっちも」両立してやってきてるやん。




走れいちご。

ただ、ママは「走るいちごの懸命な顔」も好きやけど、正直見てるこっちが心臓ぶっ壊れそうになるんで、
ママはこれからもまた「走るいちごの後ろ姿」をずっと、ずーっと「ここ」で見てる。

走れいちご。 もう好きなだけ「走れ」。 っていうかもう一生走っとけ、走っていけw





[走るいちご ~第一章・ファイナル~ ・2]の続きを読む
  1. 2011/02/21(月) 04:19:21|
  2. 「走るいちご」 シリーズ

走るいちご ~第一章・ファイナル~

さて。

今日の更新は、先日の記事の、その後の話です。
アホボケカスが売りのこのどんつき~の中、意外や意外にファンの多い「走るいちごシリーズ」。


それは、とある土曜日、いつものように陸上の練習から帰ってきたいちごが
「ママ。いちご、本選のメンバーに選ばれたよ」と、そう淡々と、もうそれはまるで
「ママ。回覧板来てたよ」ぐらいの、そんな淡々とした感じで言ったので、私もつい

「ああそう」

と、そう普通に聞き流してしまった。


<間>


「…っていうか今なんて言うた?本選メンバーってあの駅伝大会の?」と、追って私はビックリしたんだが
いつも通り、練習で着ていたジャージや体操服を洗濯カゴに入れてるいちごを今一度とっ捕まえて

「やったやん! いちご、ようここまで頑張ったな!」

とか、取って付けたように言い直すのもなんかアレなんで、私も、もういつも通り、
それはもう普段の記録会や競技会と同じくいつも通りに、「大会当日はお弁当いるん?」 と、いちごに聞いた。


ええ、わかってます。
みなさんに突っ込まれるまでもなく、ほんま最低なオカンやな、と自分でも思います。
子どもがこれまで二年かけて頑張ってきたその目標を達成したことをまず誉めてやるでもなく、「お弁当いるん?」 てアンタ。

そやけど、言い訳するわけじゃないけど、こんなんもうしゃあないやんか?
いや、この二年間の目標を達成したいちごはもうほんまに凄いと思いますよ。
これまでほんまによう頑張りよったんやろうなと思うしね、元々走るん遅かっただけにそれはもうほんま凄いと思う。
でもあんな淡々と言われたらな、「ああそう」って、それはもう「つい」、ついそう言うてまうって。
まして私は「走るいちご」の背中を時折垣間見てきた程度のオカンなんですから、今さらになって


「あなたならきっと出来ると、ママは信じていたわ!」


とか言うて抱きしめるとかもなんかシラこいし、つーかもう第一声で「ああそう」って言うてもーたし。



てなわけで。


その大会で「走るいちご」を、私とももと彼氏さんとオトンとで観に行くことになったんだが、
駅伝とか走ったことない私は実際走る人の気持ちとか何が励ましになるとか全くわからんので、
ここはもう全面的に「走るいちご」の言う通りしようと思い、「ママらにはどこに居てほしい?」と聞いた。

するといちごは、1500メートルほどのその距離を走るイメージが自分の中ですでに描けていたようで
「いちごの走る区間の三分の一ぐらいのとこに橋があるねん。そこまでは自分で頑張るから、その橋を渡ったとこから先にバラけて居てほしい。橋を渡ったとこにおじいちゃん、中間点にK兄(彼氏さん)、ゴール(次の中継点)の前にママ、の順番で立って、いちごの名前か学校の名前かゼッケンの番号を呼んでほしい。ほんでママはいちごが走って来るのが見えたら、『いちご、ラスト上げろ!』 って思いきり声かけてほしいねん。そのママの声が聞こえたらラストまで全力で上げるから」
と、いった超具体的な指示を出してきた。

余談だが、
オトン(←中学高校陸上部で長距離と駅伝やってた)はゴール前に自分が居たかったようでその配置に若干不服そうだったが
「そこまで自分一人で頑張って走ってきて、何より一番に顔を見たいのがおじいちゃん、なんかもよ?」
とか、そんなん(適当www)言うたらなんかちょっと機嫌良くなったのでセーフだった。



てなわけで、大会当日。



朝6時、「体、温めとく」と言って家を出たいちごは一緒に走る仲間と少し歩いたり公園でストレッチしたりして、
一旦帰ってきて朝ご飯を食べ、お弁当と水筒と、走った後に羽織るバスタオルやらなんやが詰まった大きなリュックを抱え、
彼氏さんのお兄ちゃん(陸上経験者)が送ってきてくれはった「箱根神社(駅伝にちなんで?聖地?)」のお守りを握って、
号砲の4時間近く前の、朝の7時前に「行ってきます!」と、いざ出陣した。
と、そんないちごを見送った後、私は「まだまだ時間あるから二度寝しようw」と思っていたんだが、
「仕事休みの日にこそやっとこう」の家事等で「ラッキー二度寝w」が出来ずに時は過ぎ、ももと彼氏さんとオトンとで、
交通規制がかかる(*)ことも見越して、いちごが走ってくるであろう一時間前にタクシーでその区間の場所に行った。
(*)国際マラソンとか全国駅伝とかで走らはるのと同じ大通り(一般道)をあちこち止めてやらはる大会なので。

と、そうして現地についたものの、「ラストまで全力でピッチ上げる」に適した距離が掴めず
「これぐらいあればスパートかけられるか?」とか「いや、もうちょっと伸ばしてもいけるかな?」とか
そうしてゴール(中継点)から自分の足で何度か走って行き来して、ゴールの200メートルほど手前に待機することにした。
と、そうこうしていたら、「応援行くで!」と言ってくれていた笑いの師匠こと兄貴から「着いたよ」とメールが来たので
「私は次の中継点の手前にいます」と返したら、兄貴が可愛い応援団の娘ちゃんらを連れて私がいるところまで歩いて来てくれた。
そうして兄貴となんやかんやしゃべってたら、そろそろ第一区がスタートしたぐらいの時間になったんだが、
いちごの走る区間はもうだいぶ最後のほうなんでまだまだ時間があるので
兄貴が貸してくれた携帯ゲーム(頭の中に浮かべた有名人をコンピューターが当てよる、みたいなやつ)をしたりしていた。


って、りっさんえらいのん気やなwww
自分の娘が念願のレースを今から走るというのにwww



と思われるかもしれないが、正直その現場に立って待っていながらも、「まだ」、私にはその実感がなかったんですよね。
それこそ、ずーっと「走るいちご」を見てきたなら、そこに居るだけで、「もう」、込み上げるものがあったのかもしれんが
「あいつホンマにやりよったんやな~。てかホンマようやってきよったよな~」みたいなそんな漠然とした感じやったんですよ。

ちなみにその大会は昼間の中継を当日の晩にテレビで放送するんだが、もうそれにしても


「よーし! いちごが走るなら、ママ頑張って地デジテレビとブルーレイ、まとめて買っちゃうぞー」


みたいなんもなかったし(つーかそんな馬力もないがw)、現状のアナログ放送のVHSビデオで録画する気満々やったし
っていうか逆にいちごがいつか大人になった時、それもまたおもろいかな?wっていうのもあったんですけどね。
例えば、いちごの子どもや孫がね、


「アナログ放送ってなにw」 とか

「ぶいえいちえす びでお かせっとてーぷ(爆)」 とか

「平成生まれ、マジぱねえっすwww」 とか、


ってそれもまたなんかネタになれば、「オイシイ」じゃないですか、と。


話戻って。


と、そうこうしていたら、次第にコースの沿道に人(観客)が集まりだし、現場が「そろそろ(来る?)」な雰囲気になってきた。

するとしばらくして、いちごの走る区間の一個前の区間を観戦していたツレ(息子の学校の友達が走るとかで)から
「いちごの学校、今行ったで!」と電話が入り、だが今どの辺(観戦してるのが)なのかも言わずそいつが切ってもーたので

兄貴(もそのツレと友達)「今行ったでぇ~~~やなしに大よその順位ぐらい言わんかいw」
私「ちゅぅ~~~とはんぱやな~~~w」
兄貴「いちごの学校のゼッケンは何番やねん?」
私「○番ですわ。目標はトップ10に入ることらしいっす」


とか言っていたら、
しばらくしてもう早くもトップの子がとてつもない速さで走りこんで来て瞬く間に走り去って行った。


兄貴・私 「速っやーーーっ!!!なにあの速さ???」


かつてPTA本部役員をやっていた時、その大会の地区予選会の応援(役員の仕事)に行ったことはあるが
私の任期の時は残念ながら予選敗退で本選に出れなかったので、その大会の本選を観るのは初めてだったんですよ。
だから「勝ち残ってきたその子ら」の中でも「さらにその先頭行く子ら」のその速さにもうほんまビックリして、
「エーッ!?いちごは今こんな子らと走ってんのかよ?てか、あいつ大丈夫か!?」と私は急に心配になった。

そうしてもうまさに文字通り「俊足」で走りぬけていく子らを指折り数えていると、
いちごらが目指しているトップ10の、そのラストの「現状10位」の子が駆けて行った。

兄貴「今の子で何位や?」
私「ちょうど10位ですわ」
兄貴「そうか…」

ゴール目前のこの区間で現状10位に食い込めてなかったら、残念やけどもう無理やろな…と私は思った。
口には出さはらへんかったけど、兄貴も多分そう思ってはったと思います。


でもまだわからん。 まだわからんよ?


と、そうして固唾を飲んで「来る先」を見つめていたら、なんと次の瞬間、
沿道の人だかりの陰からひょこっと、もうほんま「ひょこっ」と、小さい体で走り来るゼッケン○番が見えたんですよ。



兄貴・私 「 ○番キタ━━━(゚∀゚)━━(゚∀゚)━━━!!! 」




私がひとつだけ言いたいことは、


おまえら ここは「淀」かとwww (関西人か競馬ファンしかわからん?)



話戻って。



遠くて顔は見えへんけど、開会式の前夜に私が縫い付けたあのゼッケン○番はもう紛れもなく「いちご」や。
いちご、早よママとこまで来い!ママここに居るで、待ってるで!頑張れ!!!走れいちご!!!

なんでかわからんけど泣きそうになった。

でもここで泣いたら「なんかあかん」気がして、私は必死で泣くのを堪えていちごの名前を叫び続けた。



続く。



  1. 2011/02/09(水) 00:24:29|
  2. 「走るいちご」 シリーズ

「ボス」の思い出

さて、先日。

近々ももが学童の日帰り遠足で京都の北のほうに行くんだが、それに伴い、学童の先生から
「もし雪が残ってたら雪遊びをするので、濡れてもいい服装の準備をお願いします」
というお達しがあったので、ももと私は
「保育園のお泊り保育で買ったあのスキーウエアはたいそう(大げさ)か?」
「なんぼ北部でも市内ならもうそない雪もないやろし、かさばるからやっぱジャンパーで行く?」
とか言いながら、普段あまり着ない服を収納しているクローゼットの中を漁っていた。
すると、もも(&いちごも。お下がりなので)が小さい頃に着ていたジャンパーがひょっこり出てきて
それを懐かしくおもしろがったももが小さくなったそのジャンパーを無理から着ながら、
「ママ見て~w うでがみじかくてちょんちょこりんやあ~♪」と笑っていた。

相変わらず小さいけどやっぱ確実に成長してんねんな~と改めて思いつつ見ながら、
私はその一方で、「とあるジャンパー」についての出来事をふと思い出した。


さて、てなわけで今日の本題。

昔、まだ私が会社に勤めていた頃、巷で一時「ボスジャン」なるものが流行っていた時期があったんですね。
サントリーの缶コーヒーの「BOSS」ってあるじゃないですか?
あの缶コーヒーのロゴとマーク(おっさんの顔)がバックプリントされた中綿入りのジャンパーなんですが、
なんか、缶コーヒーについてるシールを何枚か集めて応募したら抽選でその「ボスジャン」をプレゼントします、
とかいう企画をサントリーがやっていて、でもそれがまた全っ然当たらへん・当たったやつ聞いたことない、という
まあなんかそんな難易度?の高い懸賞やったんですが。

当時、うちの会社には食堂ともう一ヶ所の計二ヶ所にサントリーの自販機が設置してあって
休憩の時とか、仕事の合間にタバコ吸う時とかの飲み物を買うのにそれらの自販機を利用してたんですが
二人ほどの先輩が「ボスジャン応募するから、シール要らんやつ、シールくれ」って言うてシールを集めてはったんで
喫煙コーナーの隅に応募用紙(シール貼る台紙)をぶら下げて全課を挙げてBOSSのシール集めをしてたんですよ。
ちなみにそのうちの一人は、私の「笑いの師匠」こと兄貴先輩やったんですがw

話戻って。

缶コーヒーノイローゼだった私は毎日1~2本は必ず缶コーヒーを飲んでいたんだが、特に銘柄に拘りはなかったんで、
その期間はジョージア(コーラの自販機もあった)ではなくあえてBOSSばっか飲んで兄貴を全力で支援していたんですね。
てかまあ、もうまんまと(懸賞やってる)サントリーの思うツボっちゃ思うツボなんですけど。爆

と、そんなある日、なんかコーヒーの味がいつもと違う感じがしたんですよね。
苦いっていうか渋いっていうか、なんか飲んだ後味が悪いような不味いような。
ただ、私は元々コーヒー通ではないので(なんせ缶コーヒーで満足するぐらいやし)それに自信がなく
一緒にタバコ休憩してた上司に「ちょっとこれ味おかしくないっすか?」って一口試飲してもらったんですよ。
その上司はコーヒーはブラックでしか飲まないというちゃんとした?コーヒー好きの人なんで、舌も確かなはずやと。

I主任「おかしいってなんやねん?(飲む)……(含んで味わう)……うん、なんやちょっとおかしいな?」
私「でしょー!?なんか変なもん混ざってんねやろか?」
I主任「おいやめろや、わし飲んでもうたがなww」
私「んなもん死なばもろともっすよ!w」

I主任は「不審な穴など空いてないか」と訝しそうに缶をあちこちからチェックし、最後に缶の底を見た。


I主任「おまえこれっ…!賞味期限切れとるがな!」

私「ええっっっ!!!」



確かにその缶コーヒーは賞味期限を一ヶ月ほど超過していた。

だが、あくまでも賞味期限と消費期限は違うし、
しかも生鮮食品じゃないんやから一ヶ月ぐらいどーってことない、と、飲んでしまったI主任と私はお互いそう慰めあったのだが
そこに、いっちょ噛み(寄りたがり)の祭り好きでデリカシーのないY係長が「なんやなんや?w」と噛んできた。


Y係長「そんなもんサントリーに電話したれ! 裁判や、裁判! 訴えたれ!w」

私「実際お腹壊したわけでもないのに訴えるとかそんなんただの輩ですやんかw」




そもそも、サントリーの商品になにか不具合があったとしてもそれがメーカーに直結してるとは限りませんしね。
何故なら、「製造元」と「販売元」は違うんで。
確かに、その自販機に品入れしてるのも三ヶ月に一回ぐらいでメンテに来るサントリーの業者ですが、
でもその自販機の販売責任者である酒屋の兄ちゃん(息子さん。私より一回り上ぐらい)もそれはしてるので
ここでもう早速サントリーを呼び出すっていうのはそれこそ「なんもわかってへんアホなクレーマー」やし、
そしてさらに厄介なことにその酒屋さんはうちの社長と共にこの地に古くから名を馳せる地主さんで、
社長が昔からご贔屓にしてはるとこなんですよね。

よって、たかが賞味期限切れの缶コーヒー1本ごときのことでやいやい言うのもどうかと思った私は、
とりあえず「今自販機に入ってるBOSSのカフェオレは賞味期限が切れている」という情報だけを皆に伝え廻しておいた。

問題のその缶コーヒーはもうその場で流しに処分したんだが、
「賞味期限切れの缶コーヒーを飲んでしまった」という精神的なダメージからか、その日は胃が気持ち悪かったけど
でも多分それは気のもんで、ってかそもそも「腹立つ」よりも正直、「ネタとしておもろかった」んで、まあええかwと。


で、その数日後、品入れに来はった酒屋の兄ちゃんに、
「…ってそんなことがありましたんでw」と、そっとさらっと話したんですね。

だが、それを聞いた瞬間、酒屋の兄ちゃんはもう一気に青ざめ、ひた謝りのだだ謝りで、
「ちょ、そんなんいいですいいです!てかあのほんまそういう意味で言うたんと違うんで!」
とドン引きして断る私の手に無理から缶コーヒー代の100円玉を握らせ(返金し)、そしてさらに、
「ただ、自分は品入れの時は必ず賞味期限チェックをしてますし、サントリーもそれは徹底してると思うんですけど…。必ず原因を調べて報告しますので、すみませんがもうしばらく待ってください」
と言った。


てかあの、ほんまに「そんなん」ちゃうねんけどwww



そして。


それから一ヶ月ほどしたある日、総務部からうちの課長に内線(電話)が来たんですよ。
「サントリーさんがりちさんにお会いしたいと訪ねて来てはるんですけど、りちさん出られますか?」と。
もうすでにその頃には「りちが賞味期限切れの缶コーヒー飲みよったw」ことなど私もみんなも忘れていて、
その笑いのブームもとうに去っていたので、私にとってはもう頭の中が「???」だらけで。


「サントリーが私に会いたいって、なんで?」
「私、サントリーでなんか不良(仕事の)出した? いや、絶対出してへんぞ?」



と、そうしてビクビクしながら応接室のドアを開けるなり、
直立不動で立っていた背広姿のオトンと同年代ぐらいのおっちゃん二人が


「この度は誠に申し訳ございませんでした!!!」


と、一斉に二人して90度の角度に腰を折って頭を下げはったんですよ。



えええっ? 何???



と、そうして「そんなことがあったこと」すら完全に忘れている私は
おっちゃんらの謝罪と説明を聞く中で「あ、あのことかw」とそこでやっとそれを思い出し、
つまり、それは、酒屋の兄ちゃんが「その原因」を追求したところ、どうも、
品入れに来てたサントリーの担当者が品入れ時に(今入ってる物の)期限チェックをせずに上から上から入れてたようで
なんしか、今こうして「サントリーの上の人」が出てくる事態になってしまったようで。


っていうか私がそこでひとつだけ思ったことは


おいコラ、ボンボン(酒屋の息子)よ?
なんで今 あんたはこの場に同席してへんねん?
あんたが私に(勝手に)した「約束(報告します)」の筋が 逆にもう全く通ってないやん?




話戻って。



サントリーのおっちゃん二人組は、
「大変申し訳ございませんでした」と、私が買ったBOSSのカフェオレ(現品)をくれて、
そしてさらに、BOSSのあのマーク(おっさんの顔)が印刷された何やら大きな紙袋を
「つまらないものですが、お詫びのしるしに…」とか言いながら渡してきた。
内心もう早く仕事に戻りたかったので、これ以上ことを長引かせたくなかった私は
「え、なんかほんますんません。あ、私なんも別に怒ってませんし、BOSSの缶コーヒーこれからも飲みますしw」
とか言いながらもうあえて遠慮なくその紙袋をあっさり受け取り、
と、そんな私(ハタチの小娘)をサントリーのおっちゃん二人組はまた90度のお辞儀をしながら見送ってくれた。


と、そうして、缶コーヒーと大きな紙袋を持って私が我が課に戻った時、私はもう完全に「好奇の対象」で。

「りっさんがサントリーにケツまくった(←まくってないしww)」 とか
「りちがキレてサントリーを呼び出した(←キレてないしwwてか逆にいきなり呼ばれたしww)」とか
「りちがサントリーを正座で土下座させた(←無いことわかってて背びれ尾びれ付けてるやろww)」とか

そんな風評被害の中、兄貴が
「ちゅうか、おまえその紙袋はなんやねん?」と聞かはったので
「なんか帰り際に貰ったんですけど、なんでしょう?」って開けてみたら
その中に入っていたのはなんと、あの、「応募しても全っ然当たらない」と言われている、
兄貴を筆頭に、みんなして「シール集め」をしているあの、「ボスジャン(紺色)」だった。



えええーーーっっっ???

なんかもう色々とごっつ「複雑な気分」なんですけど……。




兄貴「こんなんもうほなシール集めて応募するより賞味期限切れのコーヒー飲んだほうが早い話やんけwww」
私「すんません、なんかすんませんwww……てか兄貴、要ります?(この)ボスジャン?」
兄貴「そんないわく付きのボスジャンなんか要らんわwww」
私「いわく付きとか言うなwww」



その後しばらくまた、

「賞味期限切れの缶コーヒーをあえて全部飲んでからその落とし前としてボスジャンをゲットした輩のりちwww」

という尾びれ付き過ぎの噂やレッテル等(笑いのネタ)が続いたので、まあそれはそれでおもろかったんですが、
でも私は、その「ボスジャン」には一度も袖を通していないんですね。てか、「通せなかった」。

それは何故なら、その「ボスジャン」を前にすると、
私みたいな小娘に謝罪したあのおっちゃんらの姿をもうどうしても思い出してしまうので、
その責任の一切を負う・担う「BOSS」ってほんまに大変なんやろなーって思ってしまって、
「この、それ」に袖を通すことが出来へんかったんですよね、なんか。


[「ボス」の思い出]の続きを読む
  1. 2011/02/02(水) 02:08:37|
  2. 思い出のネタ(社会人編)

プロフィール

りっさん

Author:りっさん

京都に生まれ京都で育ち、          放浪の末、京都に舞い戻った女

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