どんつきを右に曲がって左のかどっこ

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「メアド変更のお知らせ」

さて。

先日、次女のももが、「夏休みの理科の自由研究で、ママといちごちゃん(長女)に手伝ってほしいことがある」と言った。

私が小学生の頃はそんなふうに「理科の」と限定されてはおらず、ほんまの「自由(にやっていい)研究」だったので
各々得意分野で適当にズボラかましながらその宿題をやっていたものだが、最近はそうして限定している学校も多いようで。
ちなみに去年は、こんな感じ でやっとりました。懐かしい。

話戻って。

よって私は、ああもうまたそんな時期かと思いながら「うんええよ。何したらいいの?」とももに聞いた。
するとももは、「あのな、ママといちごちゃんの前がみの長さを計らせてほしいねん~」と言った。

私&いちご「はっ…? ま、前髪???」 

それは理科の自由研究ですよね?と三回確認したんだが、ももは三回とも自信を持って「そうだよ♪」と言った。

「ことしのじゆうけんきゅうは、ももちゃん、かぞくの前がみののび方をしらべます!」


いちご「いやあの、それを調べても…」
私「そもそもその研究の行く末が見えないっていうか…」

まあでもこれはまだ決定ではなくきっと「やりたいことを考えてきてごらん?」って話だろうと思い、とりあえず前髪を計らせてやることにした。
するとももが「うごかないでね~♪」と言いながら1mのメジャーを伸ばして私の額に当ててきたので、それにはもうさすがにツッコんだ。


私「って なんでメジャーやねん!ママどんだけ顔長いねん!」
いちご「モアイ像もビックリwww」



と、そうしてももは「かぞくの前がみ」を計って、その記録をノートにつけて学校に持って行ったのだが、
その後、先生がうまいことシフトチェンジしてくれたようで「やっぱりシャボン玉の実験をすることにした」と言っています。好きにやれ。


とまあそんな感じで、さて今日の本題。


もうだいぶ前のことになるが、店の後輩のタケちゃんが携帯メールのアドレスを変えたんですよね。
それは、私が約二年前にタケと知り合ってから(タケが入ってきてから)「二度目のメアド変更」だったんですが。

っていうかあれ、変える人はもうしょっちゅう変えるよなー?「迷惑メールが多いので~」とか言うて。
私は携帯のメアドを変えたことはこの方一度も無く、そうしてメアドを変えたくなるほどの数の迷惑メールも届かないんだが
もし仮にそんなにも迷惑するほどの数の迷惑メールが届いたとしても、私はやはり、
「それを無視する労力」と、「メアド変更のお知らせをする労力」を比べると、「前者」を取ると思う。
だからそうして「ほっときゃいい迷惑メール」ごときでしょっちゅうメアドを変える人を「マメやな~」とある意味感心している。


話戻って。


ある晩、タケから「メアド変更のお知らせ」のメールが届いたんで、あーそうなんやと思って私はそのまま放置していた。
別に今すぐ大急ぎで登録変更しなくても、消去しない限りそのメールは消えないんやし、また後で再登録したらええわと思って。
っていうか極端な話、ほぼ毎日店で会うてるんですから別段タケとメールでやりとりすることもないし、そない急いでやることでもないわと。


するとその30分後ぐらいに、

もう「全ーったく同じ内容」のメアド変更お知らせメールが「また」来たんですよ。


しいて違うところといえば、文章の最後に付いてる、なんか動く絵文字?が、
イエーイ♪ってしながらくるくる回ってるウサギ から 卑屈なほどにペコペコ頭さげてるたぬき に代わってる、
っていうぐらいの、もうほんま「どうでもええわwww」という、そんな程度の違いなんですよ。

よって私は、「何回も何回もしつこいなーこいつは!もうそれさっき聞いたわ!w」と思い、それもそのまま放置した。
っていうか、もう明日店でタケに会うたら怒ったろう、とも思っていた。
「おんなじことを二回も三回も言うな、一回聞いたらわかる!」と、ちょっともう怒ったろう、と思ってもいた。
だが逆に「怒られた」のは、「私のほう」だった。


さらにその30分後ぐらいに、今度はタケから電話がかかってきたんですよね。


こいつ まだ言うか~~~!?
さっきから二回も続けて 「おんなじメール」 をしてきたにも関わらず、
さらに電話してきてまで 「まだ」 そのことを言いたいか???



もうこれは絶対に怒っていいところだと思った。あまりに、もうあまりに、しつこすぎる。
ただ、タケは「いきなり怒鳴られる」とか「いきなりマックスで叱られる」とかに対して弱い(トラウマがある)やつなんで、
電話出た瞬間に私が「おまえなー!!!」とかって怒ってやると、こいつはもう異常に傷つき異常に凹むかもしれない。
だからまずはタケの出方を待とう、とそう思って、私は「…はい、もしもし?」と静かに普通に電話に出た。
すると、「いきなり怒鳴られるとかそんなん怖いはずのタケ」が、逆にもういきなり私に怒鳴ってきたのである。


タケ「メアド変更しました!ってさっきからずっと言ってるじゃないですか!!!」

私「いや聞いたよそれはさっきから二回も、つーか逆になんでおまえがキレてんねんwww」


…。
……。
………。


タケの「言い分」はズバリ、「確認したよというフィードバックが欲しかった」ということだった。


私「ていうかさ、メール不行き届きの連絡が自分の手元にバックされない限りそれは相手に届いてるってことやん?」
タケ「それはそうなんですけど…」
私「やろ?ほなもうなんの心配も問題もないやん?なのになんであえてそれを何回もこの短時間に言うてくるの?」
タケ「届いてるかが心配っていうことじゃなくて! わかったよ~ってひとこと返事返してくれるぐらいしてくれてもいいじゃないですか!?忙しいかもしれないけど!」
私「おまえは 『めんどくさいタイプの女』 やな…」
タケ「それをめんどくさがってるのはりちさんでしょ!!!」
私「wwwww そう言われるともうなんにも言われへんけどwww でも実際にめんどくさがってるのは7割ぐらいやで?」
タケ「7割…?結構高いじゃないですか!ww じゃあ、あとの3割は?」

私「気遣い、かな?(笑)」


「また言葉巧みにりちさんに逃げられた!」と、タケは怒りながら笑っていた。
でもそれは「思いつきの逃げ口上」ではないとこもあるんですよ。ほんまに3割ぐらいは「あえて気遣い」で放置してるんです。

何故なら、私は「メアド変更」をしたことないから「その状態」が実際わからんけど、「それ」を自分なりに想像すると、
例えば、200~300~500人とメモリ登録してる人らに一斉に「メアド変更しましたのお知らせ」をした(送った)時、
その全員からいちいち「返信」が来てみ?そんなんもう「迷惑メール」の比ではないほどにめんどくさいぞ!?
そしてさらにその中で「超久々なツレ」は、もう特に「近況報告」と共に、「これを期に会おうアポ」とかも取ってくるやろしね?
だから…!ごく近い人間(毎日ほど会うてるやつ)はそこで返信せんのが粋(気遣い)やと私は思ってるんですよ、3割ぐらいで。


っていう話をよくよくするとそれをタケもなんか解ってくれたようで、

「わかりました。便りがないのが元気な証拠、ってことですね!」

とか言っていた。


絶対 わかってないわ、おまえwww



と、そんな私がひとつだけ言えることは、


タケが次にメアドを変えた時(三回目)、私は 「デジャヴ」 に逢うだろう。


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  1. 2011/06/30(木) 01:58:12|
  2. ツレネタ

私が兄貴を慕うわけ・2

さて、この 続きです。

そうして今年度のお楽しみステージで、私は「パフィーとか」をやることになった。

ちなみに、なんでかわからんがその年は「恒例の対抗戦」でなく「有志のステージ」とされ、
出場義務はないがそんなことは関係なく、私は「変わらず、出る」つもりだった。

話戻って。

だがその相方を探すにあたり、同期(相棒)のともはその頃、仕事をしながらまあまあ本気で趣味のバンド活動をしていたので
そっちのほうのスタジオ練習があったり、土日のたびに京都や大阪でライブをやったりと、なんや忙しくしとったんですね。
なので私は、当時週末しょっちゅう一緒に飲みに行っていた、同じ課の一個上の「まあきいさん」という先輩に声をかけた。

まあきいさん「え、パフィー?しかも兄貴さんプロデュースで?w…ようわからんけど、なんかおもしろそうやからやるわw」

と、そうしてひとつ返事で快諾してくれはったんで、まあきいさんと私による「パフィーとかやるコンビ」が結成し、
とりあえず、ほな「アジアの純真」でも歌って踊ろうかいな、ということと、
揃いの衣装(デビューの頃の)と、あの髪型のカツラを用意せんとあかんな、というところまで話が決まった。

余談だが、衣装揃えのほうはもう全然楽勝でした。
なんせ印刷もやってる会社だったんで、当時パフィーが着てた「水色の無地のTシャツ」を適当に二枚買ってきて、
製版課に協力してもらって自分らで胸元のプリント版(Paffy & co...だか何だか)を作り、課の上司にお願いして、
退勤後の作業室で即席の手刷りで印刷してもらった(←ちなみに、これを人に売ったら「偽造販売」という犯罪になる)。
あと、下はそれぞれ自前のジーパンでいけたんで、別段準備もいらなかったし。
問題は、あのロング・ソバージュのヅラ(ウイッグ)探しのほうでした。あれはほんまに難儀しました。
当時は今みたいにウイッグやエクステ(?)が一般的ではなく、休みのたびにせんどあちこち探し回ってもどこにも置いてなかった。

私「意外と おしゃれ洋品店 になら、それらしいものがあるかもしれないですね…」
まあきいさん「なにそれww」
私「ほら、ちょっと寂れた商店街の隅っことかにあるじゃないですか?客入ってんの一回も見たことない、豹柄の服着てるおばはんがやってるような店?ああいうとこにやったら逆にあるかもしれんな?と思って」
ま「あーなるほど、 おしゃれ洋品店 なwww」
私「ただ、あったとしてもロングソバージュのヅラがあるか?ってのが微妙ですけどね。それもう本気やん!っていう、 レディースアートネイチャ~ みたいなやつしかないかもやしww」

とか言いつつ「そういった店」にまで行き着くしたがそれでも見つからず、いわば「ヅラ難民」みたいな日々を過ごしていた。

そんなある日、誰か先輩やったか後輩やったかが「京都駅の近くの○○ビル(ファッションビル)で見かけた!」という情報をくれ、
もう大急ぎで次の休みにそのビルに駆けつけ、やっとそこでパフィー(亜美ちゃんと由美ちゃんっぽい)ウイッグを入手した。
おそらく、まあきいさんと私は延べ三ヶ月ぐらい、ヅラを求めて放浪していたと思う…。あ、仕事もしてましたよww


話戻って。


と、そうしてこちらはもう着々と「パフィーとか」の準備を進めているのに、
当のプロデューサー(兄貴)からは、もう一向に「稽古の呼び出し」も「演技指導の呼び出し」もなかったんですね。
よって、不審に思った私は「なんかボケましょか?w」と、こちらから兄貴にお伺いを立てたんです。
だが兄貴はそこで、もう到底「兄貴(笑いびと・笑いの神)らしからぬこと」を言ったんですよ。


「いや、おまえらはボケんでいい」
「おまえらはもう 普通~に、パフィーを歌って踊ってしたらいい」



私「普通に…。てか、え?おまえらは、って他に共演者がいるんですか!?」
兄貴「共演者というか、特別出演というか…」
私「なんなんすかw誰なんすかw聞いてないwww」


と、そこで初めて知らされた今回の全貌(兄貴プロデュース)とは。

君らが「パフィーとか」をやってる舞台の後ろを、社長と専務のお面を付けたやつが、なんかちょっと横切ります、と。
「この子ら何してんのかな~?パフィー?知らないなー?」みたいな感じで見ながら、社長と専務が横切って行きます、と。
客席が笑います。でも君らはそれに動じず「普通に」パフィーをやり続けます、と、今回のステージはそんな内容です、と。

私「えっと、色々聞きたいんですけど、まず社長と専務のお面っていうのはなに?w ないですやん?そんなん?」
兄貴「そやねんな~。ないねんな~…。 だからそれはもうコレから作ろうと思う」

と言いながら兄貴が取り出したのは、年に数回発行される我が社の「社内報(総務部広報刊行)」で、
兄貴が指さしていたのは、新春号の「新年の挨拶(社長・著)」に横に載っていたおよそ3センチ角の社長の顔写真だった。

兄貴「ここから拡大コピーしていって、でっかいお面を作ろうと思ってんねん。70センチ角ぐらいの」

私「ぜったい 怒られるって!!!www クビなるわクビwwwww」 


すると兄貴は、「だからや! だから、そこで、おまえらの力が必要なんやんけ!」と言った。
それがパフィー、つまり「若い女の子二人組メインのステージ上でのこと」でなら、それは「絶対に」怒られないはずだ、と。
おそらく昨年度の宴会で私とともがやった「パンチラダンスの優勝」を逆手にとって、その悪巧みを思いつかはったのでしょう。
なるほどな、そういうことか。 いやはや考えはったな、さすが兄貴……。


私「要するに、うちらは、 鵜飼いの鵜 なわけですね?鵜飼いの兄貴の笑いの  になれと?」
兄貴「君らは後ろで起きている出来事は何も気にしないで、前で歌ってたらいいからw」


私「ほんまに鬼畜やで このひとwwwww」 


もうそれは言葉のアヤでなく、この人はほんまに「笑いの鬼畜」やと思いました。笑いのためならなんでもしはる。
いや、「なんでもしはる」っていうか、「この笑いにクレームが来ない方法でのやり方」を、もうなんでも考えはる。
って、それもうほんまにプロデューサーやん! 悪いけど本家の「奥田民生」を越えたで、「コスさ(ズルさ)」ではwww


話進んで。


兄貴の作った「社長専務のバカでかいお面」の出来がもうあまりにもナイスなおかしさだったので、兄貴と私は爆笑しました。
それを被るともうたちまち誰もが、「社長と専務の顔で、四頭身」ですからね。
もう「Dr.スランプアラレちゃん」に出てきそうな「社長くんと専務くん」ですからね。「んちゃ!」ですよ、「んちゃ!」。
しかもアピールしまくりのそのでっかい顔(お面)は「イマドキ、白黒」だというその重ね重ねのミスマッチ・シュール。
って、もうそうなると、「チョイ役出演でこのクオリティはもったいないのではないか?」ということで(←さらなる悪ノリ開始)
兄貴は夜な夜なその「社長と専務のバカでかい白黒お面」を、なんとトータル10体(社長と専務のコンビで計5セット)も量産し、
当初は「アジアの純真」をパフィーとか、が歌って踊ってる中を社長と専務が通りすぎる、で終わる予定だったはずが、
二曲目「サーキットの娘 with 社長専務ダンサーズ」(←メインイベントwww)を、なんかやることになった。



その年の慰安旅行の「お楽しみステージ」は、史上初の「笑いのステージ」だったと思います。


入社一年目と二年目の女子社員が歌って踊るバックで、
スクールメイツ風のダンスをする「10人の社長と専務たち」。



中小企業といえど、当時150人ぐらい社員がいました。関西では、特に「その業界」では、かなり名だたる企業でした。
と、そんな会社を取り仕切るツートップ(でっかいお面)が、「はにかんだ調子でボックスを踏んで踊る♪」という異常事態。


「あいつらムチャクチャしよるwww」


とか、もうみんな口々にそんなん言いながら、腹かかえて、手叩いて、もう泣いて笑ってました。
私がステージ上から確認していた限り、笑ってないやつは一人もいませんでした。
社長専務本人も、そら「70センチ角の自分らの顔」には一瞬ビックリしはったけど、やっぱ笑ってはりました。
あれはもうほんま夢のような「笑いの祭典」でした。天才兄貴の「笑いの祭典」。

そして、兄貴(プロデューサー)が「おまえらが前面に立っている限り、大丈夫や」と言っていた通り、
その笑い(悪ふざけw)に対して、誰もなんのお咎めもなく誰もクビにもならず誰も左遷されなかった。
てかそれどころか、そのステージ後の集合写真が次号の「社内報」のトップに掲載されましたからね。
「ホンモノの社長専務を囲んでの、パフィーと でっかいお面の社長専務10体 の集合写真」が。

余談だが、
その写真を社内報のトップに掲載したのは、総務部の某係長(おとなしく真面目なイエスマン)だったのだが、
彼はそのステージの間中、まるでカメラ小僧のようにもう大喜びで「でっかいお面の社長と専務」の写真を撮りまくっていた。
自分には一生かかっても実現できないとんでもない「笑い」を見て、もう胸が踊ったんでしょう。それでいいんだよwww


話戻って。


その集合写真に、裏方の兄貴(プロデューサー)は載っていませんでした。
この壮大な企画を発案・構成し、キャスティングし、「社長と専務」にスクールメイツダンスの演出をつけたのも全部、兄貴なのに。

でも兄貴はそのことで何も言いませんでした。「あれは俺の手柄なんやで」みたいなことをもう一切言わなかった。
だからもしかしたら今でも、あの壮大なステージが「兄貴の仕業」だったことを知らない人もいるかもしれない。

と、そんな兄貴は、その社内報のトップページを見て爆笑していました。

「おもろかったな~!傑作やったな!」 



もうめちゃめちゃいい笑顔で。



そんな兄貴を見て私がひとつだけ思ったことは


「鵜飼いの鵜」でも なんでもいい。なんでもやる、逆に 「したい」。
この 笑いの天才・兄貴と ずっと一緒に 「笑い」をやっていたい。



私はその当時まだ若くて(ハタチぐらい)、正直自分が「パフォーマー」として前に前にも出たかったし、
自分がそれをしないと、前に出ていってやらないと、「自分の笑い」はできないもの、とも思っていたんですね。
でも、兄貴のその手腕を目の当たりにして、「こういうやり方(表現)もあるんやな…!」と思ったんですよね。

それから会社を辞めるまでの数年間、私はなんのかんのと表立ってやりましたけど、でも自分の中に、
「いつか私も兄貴みたいに、裏方(演出)がやりたい」という意識・思いが強く芽生えたのも事実で
会社を辞めてからの話にはなるが、脚本とかコントとか書き出したのも「あの時の影響」がかなりあると思う。


てなわけで。

兄貴と一緒にやった企画の中で一番覚えている、強く残っているのは、「あの出し物」のことなんですよね。
そして、だから、私は兄貴を「笑いの師匠」と慕い、私は兄貴を「兄貴」と、そう慕うのです。



もうほんま勝たれへんわ。そもそも追いつける気がしない。
だって、ぜったい 頭おかしいもん、あの人www



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  1. 2011/06/29(水) 00:59:08|
  2. 思い出のネタ(社会人編)

私が兄貴を慕うわけ・1

さて。

今日はいきなり本題です「私が兄貴を慕うわけ」。

兄貴というのはもう「どんつき~」ではおなじみの「笑いの師匠」こと、元・会社先輩であり現・親友の男性なんですが
そういや、私が兄貴を何故「兄貴」と慕うのか、ということを詳細に書いたことがなかったんじゃないか…?と思い、
もう思いきり「今さら?」なんだが、「今さらw」なんだが、改めて今一度書くことにしました。

兄貴をひとことで言うと、「根が真面目で心のあたたかい人」です。
そしてもうひとこと付け加えるなら、「三度の飯より悪ふざけが大好きな人」です。

私が兄貴に出会ったのは私が高校を卒業してすぐ入社した会社で、兄貴は私が配属された課の四年目の先輩でした。
当時、兄貴は入社五年目ぐらいまでの「若手」のリーダー的な存在で、課長以下役職者の上司からも一目置かれていた。
と、そうした仕事面でもそうですけど、それに加えて、兄貴は「その課の笑いを築く人(ムードメーカー)」だったんですよね。
なんせ、兄貴がいるとこいるとこ、行くとこ行くとこで、常に「笑い」が起きている。

それまで学生時代、私もそこそこ「笑い」が取れるほうやったので、私は「笑い」にはまあまあ自信がありました。
ちなみに、入社一ヶ月目ぐらいで開催してもらった新人歓迎会で、うちら新人が何か一発芸をやることになったんですが、
「こんなことぐらいしかできませんけど…」と、得意の「欽ちゃん走り」で会場を走り廻ってやったらめっちゃウケて、
もう早速「久本(マチャミ)」というミドルネームがついた。つーかそれ、高校の時からもうずっと言われてきてるけど、またかw

ただ、学生と社会人の「笑い」の一番違うところは、ここは「学校」ではなくあくまでも「職場」であるということで
私が入社当初やっていた「笑い」は、今思うと「学生ノリ」の延長で、先輩や上司にはまあまあ失礼なことも言うてたと思う。
と、そんな学生気分のまんま「笑い」をやってる私に、「職場で笑いをやる(とる)こと」を教えてくれて、
私を「職場で通用する芸人」として鍛えて育ててくれたのが、兄貴=笑いの師匠、だったんですよね。
って、これを兄貴に言うと、兄貴はいつも

「いや、俺はなんもしてないからw 俺はそんな大した人間じゃないからw」

とかそんなん言わはるんですけど、「兄貴」なくして、「今のりっさん」はないんですよ。これはもうほんまマジで。
今私がどんな職場でもどんな集まりでもどんな会合でも「笑いの天才」として君臨しているのは全て兄貴のおかげなんです。
もっと言うと「私の笑い」が今ここでウケてるんじゃないむしろ「兄貴の笑い」が今ここでウケているんだ、と!!!


「ちゅうか、おまえはwww もうほんまええ加減にせえよ???www」


という兄貴のツッコミがなんだか聞こえた気がしたのでもうこの辺でやめとく、これ以上やると逆に怒られるww


話戻って。


兄貴はまあまあかなり人見知りをする人なんで、最初はあんまり自分からしゃべりかけてはくれませんでした。
よって私は、逆にもう私のほうから「○○さん、○○さん」と、なんや言うては兄貴にちょっかいを出して行った。
ないしは当時、「りっちゃんは、○○さんのことが好きなんじゃないか?」と思っていた人もいたと思う。
って、もうそれぐらい私は、用もないのに無理から用を作って、兄貴にいちいちまとわりついて行った。

と、そうして兄貴の近辺をちょろちょろしてるうちに、兄貴が、
「なんやねんもうおまえはw」とかそんなことを言いながらも、次第に私に、
「兄貴の笑いのコマ(弟子)の役割」を与えてくれるようになったのである。


もうなんという「胸熱」。 (胸が熱くなる、の意)


例えば、朝礼の時。
課の全体朝礼は、うろ覚えだが確か週に一回(月曜日)だけで、それは課長が指揮ってはったんですが
それ以外の日は、各チーム(班)のリーダーが指揮ってやってはったんですね。
そして当時兄貴もその「各チーム」のリーダーの一人だった。
会社の新人研修、さらに課の新人研修(具体的レッスン)を終えた私が最初に配属されたのが兄貴のチームで、
その「チーム朝礼」の前、兄貴は時折、私をそっと呼び寄せてはこんなことを言ってきた。

兄貴「おまえ、俺が朝礼中に『腕上げたな』って言うたら、こうやって腕上げろよ?」
私「はい。…え、こうですか?」
兄貴「もっと堂々と自信持って高らかに、こう、な」
私「こ、こうですか???わかりました(←わかってない)」

~そして朝礼中~

兄貴「(仕事の話)…と、そんなわけでこのチームにも新人が入ってきたわけですが、新人の君らも、二年目三年目の君らも、それぞれに成長して、『おっ?こいつ、腕上げたな?』 って言われるように…」
私「(あ、来た! 『腕上げたな』 や! …と、高らかに腕を上げる)」


兄貴「よしよし、腕上がったな! …って、その腕と ちゃうわ!!!」


すると、それまで(真面目な仕事の話に)緊張がちだった同期(新人)も、
リーダー(兄貴)の話に真剣に耳を傾けていた二年目三年目の先輩らも、みんなそこで爆笑して、
チームがなんかとてもいい雰囲気で、その朝礼後、それぞれの仕事を始めていったのだ。


そうか! これか!
これが、 「メリ」 と 「ハリ」 か!



その後、ほどなくして私は別のチームに転属することになり、ほんでそれがまた、
歴代通称「アマゾネス軍団」と呼ばれていた、「女が女丸出しの争いをしている、女しかいないチーム」で、
そのチームの女帝(ボス)に対し、私はもうのっけから一切全く媚びへつらわなかったので

「ふ~ん? なかなかおもしろい子が入ってきたじゃな~い?(笑)」

とか言われつつ、その女帝とだいぶ戦って最終勝った(その変な空気を変えたった)んですが、
まあそのネタは今はいいとして、需要があればまた別記事で書くとして、ともあれ、
その最初の三ヶ月を「兄貴が率いるチーム」に所属できたことで、私はたくさんの「笑い」を兄貴から学びました。

それを「三大則」にまとめると、

① ここはあくまでも職場なんやから、「笑い」は、「仕事のエッセンス」であらねばならない。
② 下をイジるにも上をイジるにも、みんなが笑える「大きな笑い」をやらねばならない。
③ 朝一のネタは、変にひねるな。むしろもう「ベッタベタ」でいいぐらいである。

ちなみに、この③については兄貴から「実際の経験に基づくアドバイス」がありました。

兄貴「昔、大雪の日に朝礼で 「今日はシュプール号に乗ってきました!」 言うたら見事にスベってなw」
私「ハハハ! 兄貴でもスベったことあらはるんですねwww」
兄貴「もう思いっきりスベったっちゅうねん!俺がボケてることにすら気付いてもくれへんww 朝一はみんなまだ半分頭寝てるからひねったらあかんねんな?だから朝礼ではもうベタがええんやろな?」
私「なるほどww勉強なりましたwww」


兄貴とはもうほんまにいろんな企画をやりました。
人集めてバーベキュー行ったり、フィールドアスレチック行ったり、海行ったり。
そしてそれはただ行くだけではなくて、チーム対抗でゲームしたりとかの「現地イベント」も用意・準備してね。
と、そんなん好きなやつはもうほっといても来ますけど、そんなんあんまり苦手なやつもなんか来てました。
多分、兄貴がうまいこと誘い出さはったんやろと思います。きっと「来るだけ来てみ?」みたいな感じで。
そして来たからには兄貴はそいつをほっとかないし、次回はノリノリで「行きます!」言えるようにして帰してはった。

当時付き合ってた彼氏と撮った写真は一枚もないが、兄貴と一緒に写ってる写真は山のようにある。
ってそれぐらい、私はいつも兄貴とおもしろおかしくツルんでいた。


そら、付き合っても付き合っても 彼氏と別れるわwww
あの頃 私の恋愛が続かなかったのは 「兄貴のせい」 やwww




と、そんな数々の企画の中でも私が一番覚えているのは、私が入社二年目の時の慰安旅行の宴会(出し物)です。

当時、毎年慰安旅行のたびに「各部署対抗・お楽しみステージ」で何か芸をやるのが通例だったんですよね。

ちなみに私が入社一年目の時のそのステージには、兄貴は先輩の主任さんと出場しはって、
一曲目は「みんなが知ってる会社の人をイジる替え歌」で、
うちの課長(手短に言うと・結論から言うと、が口癖だが、実行された試しがない)の話が長すぎるだの、
購買部の○○(誰もが恐れる、口うるさいおばちゃん主任)の口数が多すぎるだの、
営業の○○(字が恐っそろしく下手で、伝票が全く読めない)はとにかく綺麗に書けりゃいいだの、
そんなことを好き放題言って(歌って)いちいち爆笑を取り、
二曲目は「みんなが知ってる仕事(作業)の大変なことあるあるの替え歌」で、
バックにヘンテコダンサー(うちの課の男性陣)を従えて、これまた爆笑を取ってはりました。
他の部署の出場者も、その年に一回の対決にもう相当力を入れてきていて、
例えば、大阪の営業部は「ヒーロー大集合」と銘打って、全員総出で全身を絵の具でペイントして、
入れ替わり立ち代わり色んなヒーローが上手から出てきては下手に捌けていく、っていうネタをやってはった。
「レレレのおじさんがほうき持って出てきたと思ったらマグマ大使がそれに飛び蹴りかましながら出てきたのをデビルマンがチョップで倒す」
とか、なんせもう散らかりまくりのグッチャグチャでしたが、そんな「五分間の力技」もおもしろかったし、
例えば、開発系の事業部(競馬好きが多かった)は自作の馬のかぶりものをかぶって会場内を走り回ってレースをしはって
「走りながら社長のお膳引っくり返すんちゃうかw」と、見ててヒヤヒヤするほどの本気度でそれもまたおもしろかった。

ちなみに私は同期(相方)のともを誘ってパンチラダンスをしました、女先輩二人にバックで歌うたってもらいながら。
うちの課からは兄貴らが出てはるんで、逆に私らはもう出なくてもいいんですが「なんか出たかった」ので。
ともと相談して、「兄貴に笑いで勝つのは無理やから18歳の新人の女の子という武器を利用したろ」→「パンツ見せたろ!」と。
わざわざ高校のツレ(元テニス部)にアンダースコートまで借りたからね、もうアホですよww
だがそれにまんまと食らいついて二回アンコールしたおっさんらもとい幹部連中も、もうアホですよww
そしてさらにそれ(パンチラダンス)で、なんとうちらが「優勝」してしまったので、うちの課の上司は他部署の出場者に

「反則反則wwwあんなんもう反則やわwww」

とか言われたはったが、上司からは「おまえらでかした、ようやったwww」とお褒めの言葉をいただいた。

その年の二位は大阪営業部(ヒーロー大集合)で、三位が兄貴らでした。
でも、ただひとつだけ言えることは、
うちらにしても大阪営業部にしてもいわば「色モン」ですから、実力で言うとあれは(三位の)兄貴らの優勝やった。



話戻って。



兄貴との数々の企画の中で私が一番覚えている、私が入社二年目の時の慰安旅行の宴会(出し物)のこと。


きっかけは兄貴のこんなひとことでした。

兄貴「おまえ、今年の慰安旅行でまたなんかやるんけ?」
私「ええ、まあなんかはやろうと思ってますけど」
兄貴「ほなパフィー(当時流行っていた)とかやれよ」
私「あ、はいわかりました。…え、てか、兄貴は何しはるんですか?」
兄貴「俺は今年は裏方や。まあ言うたらプロデューサーやなw」
私「なんすかそれwwwでもまあ、はいわかりました。ほなパフィーとかやります」

だがその時の私は、まだなんにもわかってなかった。
この「プロデューサー」が、まさかあれほどの悪ふざけをプロデュースする気でいるなんてなんにも知らず、

「そんなパフィーおらんやろwww」

みたいなこと(兄貴の考えたネタ)をなにかやらされるんだろうなw ぐらいの感じに、私は思っていたのです。


つづく。
  1. 2011/06/23(木) 03:17:34|
  2. 思い出のネタ(社会人編)

「ハズレ」(その愛と、そして笑い)

さて、カテゴリー再編集の途中ですが、それはそれとしてやっていくとして。

先日、店で先輩のショウさんが突然こんなことを言いだした。


「なあ、りちさん? 今から宇宙飛行士になるのってやっぱ難しいと思う?」


私「難しいでしょそれは! 前に何かで聞いたんですけど、宇宙飛行士って虫歯あったらなられへんのですって」
ショウさん「そうなん?ほな俺なれるわ。俺、虫歯一本もないし」
私「マジっすか?虫歯一本もないとかそれはもうなれますよ確実に宇宙飛行士に」


っていうか 君ら、そこ??? 問題は、「そこ」???


もちろん、私もショウさんも問題は「そこ」では、「そんなことではないこと」はわかっててやってます。
宇宙飛行士の人らは日々凄いトレーニングをしててごっつ体力あるとか、当然英語もペラペラで頭もいいとか、
そんなこんなことも、もう全~~部わかってて、でも、「あえて、そこ(虫歯のあるなし)」っていう。
まあ言うたら、そんな「ネタ=外し」を、お互いわかっててやってるわけですね。
だから逆に「ツッコミ」も要らない、何故なら心の中でツッコミ合いながら「わかってて」やってるから。

だが、世の中には、そうした「ネタ(外し)」をネタだと気付かない人もいて、
そういう人にうっかりこういうネタ(外し)を振ってしまうと、もう思ってもみなかった大変なことになる。

「夢は叶う~」 とか、なんかそんなん言いだしますからね。



「諦めなかったら夢は叶うよ!」

「夢は叶えるためのものなのだから!」 




「外し」もここまでくるともはやそれは「外し」ではなく、もう「ハズレ」です。
しかも厄介なことに、そうした人たちには「自分が今、外している」つもりがないので、その出来事はそこで終わらない。
そうしたいわば「ボケ殺し(フリ殺し)」をされ、その場はなんかどうにかやりきった(逃げきった)としても、
「そうして潰されたネタがあったこと」をやっとようやく忘れた頃に、その辛い思い出をまたほじくり返してこられるのです。

「前に言うてた宇宙飛行士になりたい夢はどう?進んでる?」




もう なれ!!!

もうおまえが宇宙飛行士になれそして夢を叶えろ!!!





でもねえ、そこでそうはなかなか言えないんです。
何故なら、そうした人のもう大概は、ほんまに「ええ人」 なんですよ。
他人の幸せをもう自分のことのように本気で願っているという、もうほんま「ごっつええ人」。

っていうことを踏まえて、
さて、今日の本題。


と、そんな「ハズレ爆弾」、もとい、「ごっつええ人」が、うちの店にも若干一名います。
それはズバリ、先輩の「キョーコさん」です。

キョーコさんは私のように「稼ぐために働いている人」ではなく、「健康維持のために働いている人(本人談)」なので、
週に一回か二回しか出勤しておられず、なかなかキョーコさんとシフトが一緒になることがない。
だから私はキョーコさんと「たまに会える、一緒に働けるその日」が嬉しくて、もうめっちゃ楽しみなんだが、
彼女のひとつだけ困ることは、「外しでなく、ハズレなところ」なのである。

彼女はそうして久々に会うたび会うたび、「ビックリするアイデア(考え)」を提案してくれます。
私にしたらそれは全部「ハズレ」なんですが、だがキョーコさんはいつも真剣なのです。
余談だが、彼女はちょっと前、私に、

「私考えたんやけど、今からでもりっちゃんはもう占い師になったらいいと思う」

とか、突然そんなことを言ってきた。てか逆にどんな進路アドバイスやねんそれは!
「占い師になりたい」とか一個も言うたことないわ! つーかそもそも占いとか信じてへんわwww


話戻って。


と、そんな「ええ人」のキョーコさんに先々週久々に会って、するとまた突然こんなことを言われました。

「私考えてたことがあるんやけど、りっちゃんはやっぱり社員になるべきよ」


私「は???」


っていうか、そんなんそもそも私(バイト)がそれは決められることじゃないじゃないですか。
それは会社(本部)の人事部が決めることじゃないですか。
「私、やっぱり社員になるって決めた」とか、バイトがそう決めてそうなるもんじゃないじゃないですか?
だがキョーコさんは「でもりっちゃんは絶対、バイトを辞めて社員になるべきや」と俄然強く言ってきた。
よって、私はキョーコさんが「そう考えた」その理由を聞いてみた。

キョーコさん「だってりっちゃん、めちゃくちゃ仕事熱心やん?そんなりっちゃんと、言われたことだけやってるような私が同じバイトやなんて世の中は間違ってると思うわ」
私「っていうかそもそも(会社と)そういう(バイトっていう)契約で、私はここで働いてるわけですから」
キ「だけど社員になったら有給だってあるし、そしたらりっちゃん今みたいに、休んだらお給料減るからって体調悪くても持病の状態が悪くても無理して出勤したりとかしなくて良くなるやん?」
私「まあそら給与面だけで見たらそうですけど…でも体調不良で急に休んだらスタッフに迷惑かけるんはバイトでも社員でも同じじゃないですか?っていうか逆に店とバイトを管理する社員の立場で急に休んだら今の立場で休むよりさらにもっとみんなに迷惑かけるじゃないですか」
キ「……。りっちゃんはえらいなあ~ほんまに関心するわ…。やっぱり社員になる人は言うことが違うわ…」
私「だ か ら www」

この会話のおそろしいところは、これがネタでなく(キョーコさんにとっては)ガチであるというところなのだ。
例えばこれをショウさんとネタでやってるんやったら私も、「てかむしろ社長になりますわw」とかそうさらに「外す」けど、
ここでそんなことを言ってしまうとキョーコさんは「りっちゃん(私)が社長になるその日まで」ずっと応援し続けるだろう。

よって私は「今もう全然自分がおもしろくないこと」を自覚しながら、このハズレのルートを本線(軸)に戻した。
「外してなんぼ」の芸人にしたら、「本線に戻すこと」ほど、やってて恥ずかしいことはもうないんですけど。


もし仮に、キョーコさんがそうして言うてくれるように、私(仕事熱心なバイト)を社員に昇格することを会社が検討するとしても
もう37歳で、これまでどこぞの支店長や店長をやっていたという経験、いわゆる管理職経験のない私は、「無い」です。
その同じ条件(仕事熱心なバイト)なら、大学生四回生(これから育ててもたくさん元を取れる)を引っ張りたいでしょう。
そして私にしても、もし、ここの社員になったら、もう今の、「今までの」ようにはいかない。
片親で子ども育てて、さらによくわからない病気を持ってることについて多少配慮はしてもらえたとしても、今までみたいに
「日曜は休ませてください」だの「朝から夕方までの出勤にしてください」だの、そんな我がままな希望は出せないし
他の社員さんと同様に「円滑な運営重視」で、朝から出たり昼から出たり閉店までいたり、色々な働きをしないといけなくなる。
確かに、片親でも晩の10時、11時まで仕事しながら子どもを育ててる人もいます。中には明け方まで働いてる人もいる。
でも私は、それは出来ないんですよ。中1・小2の娘らだけを晩、家に置いて仕事に行くことは、私には出来ない。
と、そうした「メリット・デメリット」を踏まえた上で、今は、「この現状」が私にとってはベストな状態なんですよ、と。


私のその話を聞いてキョーコさんは「そう…」と押し黙った。なので私は、(なんか逆に悪かったかな…)とも少し思った。
だが、その一分後、キョーコさんはまたしても驚きのアイデアを打ち出したのである。


キョーコさん「りっちゃんはやっぱり彼氏くんと結婚するべきよ。だって夜には彼氏くんも仕事から帰ってくるんでしょう?」

私「てか なんじゃその結婚の理由 そしてきっかけwww」




私ももうこの歳なので、っていうか逆に「歳」とか関係なく「性格」として、

波打ち際、彼氏さんに追いかけられて逃げる私。
「ウフフ♪ こっちよこっち!私を捕まえてみて!」
 

とか、

ラベンダー畑で私をお姫様抱っこする彼氏さん。
「君がどんなに嫌がっても、僕は君を離さない!」


とか、

そんなことが結婚の理由やきっかけになるとは思っていないし、逆にそんなものやそんなことは望んでもいない。



深夜。

国道の脇で、言葉と心の諍いをしている私と彼氏さん。
すると突如、走り来る大型トラックの前に彼氏さんが飛び出し轢かれかける。
その出来事にもうただただ息を飲むしかない私に向けて無事だった彼氏さんが側頭部から振り返り、
涙と共に大量の鼻水を垂れ流しながら


「僕は死にましぇん!!! 僕は 死にましぇーん!!!」

「あなたが! あなたがぁー! 好きだからぁーーー!!!」



武田鉄矢さん浅野温子さんごめんなさいごめんなさいもうしません。



話戻って。


にしても、そんな私にしても、そんな理由やきっかけでの結婚(再婚)は「無いわ~」と思ったので、


「そんな結婚式なんかどこの教会も指揮ってくれないっすよ!」
「逆にその式でうちらにその宣誓を誓わせる牧師さんに痛み入りますよ!」



と、もうボケたら、いっそもうそうしてボケたったら、それは見事にスベった。

「なんで?」って、普通にそう聞かれた。



もう死にたい切腹する誰か介錯してくれ。



キョーコさん「りっちゃんは幸せになるべきなんよ!こんなに何事にも頑張ってるんやから!」
私「なんかありがとうございます…てか私って今なんかそんなに不幸せそうに見えますかね?w」
キ「りっちゃんにはほんとに幸せになって欲しいんよ!頑張り屋のりっちゃんにはその資格があると思うのよ!」


もう、どうしたらいいんだろう? このことは。
「いつまでも落とさせてもくれへん」とか ほんま勘弁してくれw





ひとつだけ言えることは、キョーコさんはほんまに「ごっつええ人」です。
こんなに他人の幸せについて考えられる人って、ほんまなかなかいない。
ハズレやけど。全部が全部「ハズレ」やけど「困る」けど。

そしてもうひとつだけ言えることは、

そんな「ハズレ」に飲まれてるうちは、私の笑いは「まだまだ」だということなんだろう。
  1. 2011/06/21(火) 02:48:28|
  2. 思うこと(「笑い」)

クレーム、来た!

さて。

ブログはブログ、ツイッターはツイッター、と分けてやっていこうと思っていたのですが
はるかぜちゃんが紹介してくれたこともあって、ツイッターのほうにもここのURLを載せることにしました。
そのことで新しい読者さんが増えてくれたのは嬉しいのですが、私が恐れていたことがやはり起こりました。


「どんつきに対するクレーム」 が、日々ツイッターに寄せられております。



が。



こんなクソブログ直ちに閉鎖しろ!
ここは悪い言葉と酷いネタの温床や、読んでて気分が悪いわ!!!



といった類のクレームは今のところひとつも寄せられておりません。

ここ「どんつき~」にそういった感情を抱いた方々は、この記事の冒頭で、
私がもう、くれぐれもお願いした通り、即刻退散してくださったのだと思います。ご協力ありがとうございます。


では、どんなクレームが寄せられているかというとそれは、


どんつきのせいで寝られへん。
どんつきのせいで仕事に支障をきたしている。
どんつきの長文は笑いの殺人兵器に等しい危険なものです。




どう見ても一番タチの悪いクレーマーです。
本当にありがとうございましたwww




いや、でも正直嬉しいですよ。



私があの、バスコさんのブログ を(遅れて)初めて読んだ時に自分が抱いたのと同じような感想(文句)をつけてこられるということは
これはもうほんま、「笑いの芸人冥利に尽きる」というものです。だから逆にそれらは「めちゃくちゃ嬉しいクレーム」なんです。


余談だが、中でも、「超・どんつき重症重体患者(読者)」が、私が把握している限り、3人はいて、
私に聞こえるところで「あいつはほんまにおっさんだよ、本人も断言しているように」と私の悪口を言ったり、
これまた私に聞こえるところで「(結託して)りっさんに損害賠償請求をする相談」とかをしていました。


そこで私がひとつだけ思ったことは、


りっさん(の笑い)もヤバいが、こいつら(の笑い)も、だいぶヤバい。

つーか、逆に怖い!うかうかしてられんwww


「本人に聞こえるとこ」や、「本人の周囲にも聞こえるとこ」で、「その人の悪口をあからさまに言う」ということは、
他の世界ではどや知らんけど、この「笑いの世界」ではそれは「陰口」ではなく、完全に「イジってるネタ」なので、
だから、ともすれば、

「そのトン吉チン平カン太が繰り広げるスピンオフ・コント」に、
「本家どんつきが食われてしまう」 ということもありうるのです。


「結局、一番笑わせたもん勝ちや!」という、もうそんな恐ろしい世界。



話、戻って。


でも確かにここ「どんつき」は今から来た人にしたら
「もうどこから手をつけていいのかわからない散らかり具合、かもしれないな」
と、私は反省し、よって、カテゴリーをさらに細分化することにしました。


が。


なんかもう膨大な時間がかかりそうなので、とりあえず、とりあえず、


ここを読めば「どんつきの笑いの方向」がだいたいわかるのは、

「思い出のネタ・カテゴリー」 



つーか、昨日のことはもうどんどん「思い出」になっていくんやけど、
そんな中でも「思い出のネタ・カテゴリー」にあるネタがここの「だいたいの笑いの方向」だと思います。


あとはもう追い追いやっていきますので、とりあえず。
  1. 2011/06/12(日) 00:47:28|
  2. お知らせ・よりかねの思ひ出

単語帳とか、いちごとももとか、じゃぱんとか。

さて。

この春、中学生になった長女のいちごが、生き生きと楽しんで学習している教科。それはズバリ英語です。

最近は子どもが小さい頃、それこそ「幼児」の頃から英語塾に通わせたりしているご家庭もあるようですが、
私は基本的に、幼い子どもにはあまりに早い「勉強の予習」はいらないと思っているんですよ。
何故なら、幼い子どもって、毎日「今やらなあかん人生勉強の復習」だけで、もう正直手一杯やろうなと思うんで。
何回、何十回、何百回と、同じことで親に叱られて、やっと一個ずつ、少しずつマスターしていってる途中やからね。
だからきっとあいつらは、「今覚えなあかん人生勉強の復習」だけで、もうまあまあ一杯一杯やろなーと私は思うので。

それと、まあ例えば文字にしてもそうなんですが、
小学校に入学して、先生が黒板に大きく書かはる「初めての文字」をわくわくしながら待って、習う、
って、そういう「新しいことを学ぶ楽しみ」は、やっぱ学校という場所で経験してほしいなと私は思うんですね。
ただ、本人が「じぶんのおなまえをじぶんでかきたい」と希望するなら、それは「そこそこは」教えたるし、
実際、いちごも、もも(次女)も入学前から文字に興味を持って、自分の名前とか、
なんか、「宇宙からの暗号文か?」みたいな手紙(文字)を書いてましたし、そういう意欲はもう止められない。
でも私は基本、小学校六年間と、まあ中学の一年ぐらいまでは、そうした「授業でのワクワク感」がわりと大事だと思っているので
そこで、彼女らが要求する以上のこと、例えば「書き方教室に通ってみる?」とかは言わなかった。

って、この手の話はほんま色んな考え方とケースがあるので、何が正しいというのはないと思いますが。

ちなみに、部活(小学校でその楽しさに目覚めた陸上・中長距離)に燃えているいちごは、
「塾に行くと部活や練習を休まなあかん日が出てくるから、私は塾には行かない」
と、もっぱら家で「赤ペン先生」と一緒に、習った授業の復習と少しの予習の勉強をしているんで、
それがいちごのやりやすいスタイルならそれがいいんだろうと私は思って、好きにやらせている。

てなわけで。

そうして、小学校の時の「半分遊びの英語」ではなく、初めて習った英語が楽しくて夢中ないちごはこのところ、
もうすぐ行われる、中間だが期末だかのテスト勉強を活発にしています。
なんか一個ワクワクすることがあるとそれが相乗効果になるようで、なんか色々勉強に夢中みたいだ。
そして、そんないちごが気になって仕方ないもも(いちごちゃん=姉、大好き)が、またしてはいちいちちょっかいをかける。

もも「いちごちゃん、ちゅうがくのおべんきょうたのしい?ももちゃんにもえーごおしえてよ~」
いちご「えー?ww …じゃあ、えっと、自分のことを言う時は、アイアム~ って言います」
もも「あいあむ!あいあむ!……。あいあむ……。」

どうしたもも!なにか発表したいことはないのか?なんでもええんやで!

もも「……。」
いちご「ももちゃん、どうしたん?ちょっと難しかった?」
もも「……。…いちごちゃん、『日本』は、えーごでなんていうの?」
いちご「?? ジャパン」

こっ、これはもしや… なんか嫌な予感がするが…。



もも「(満面の笑みで) あいあむ じゃぱんっ!」


いちご「ももちゃん、日本やったんかよ!?www」

私「ズコーwwwww」




もも、それは完全に「NGワード」ですよ。難波グランド花月のお客さんやったら笑ってくれるかもしれんけど。
ちなみに同じような例として 「あいあむ あ ぺん!」 というのもありますよ、気をつけろ!
でも、まあももに関してはまだ小2なので、今はまあ良しとしましょう。
以前、57歳のくせにそれをやらかしたおっさん もいるんですから、ももはまだまだ全然大丈夫です。



さて、そんな感じで今日の本題。


今、とある事情により、うちの家には山ほど「単語帳」があります。みなさん覚えてます?「単語帳」。
パンチ穴の開いた白いメモ紙の束をリングで止めてあるだけ、というあのなんとも素朴な文房具。
私は小中高と進学するほどにどんどん勉強しなくなって行った「ふざけた学生」だったのですが
中学の試験勉強の時には単語帳をよく活用していました。つーか、ぶっちゃけ「単語帳集め」が流行っていた。
当時は、表紙の絵柄に様々なキャラクターが印刷してあったり、色使いがオシャレだったりとデザインも豊富でしたしね。
でも、最近の学生は単語帳とか使わないんですかね?昔ほど見かけないですよね?どっかにはまだ色々あるの?
ちなみに私が購入したそれはうちの店の文具コーナーに誰にも気付かれず置いてあったものを買ったもので、
全然足りないので100均でさらに買い足したものなのだが、なんか「おっさんの靴下」レベルに地味なデザインです。
つーか、そんなんしか売ってなかった。昔みたいな「ハイカラな単語帳」は、もうなかった。
そして、まあ初めての定期テストっていうこともあるのかもしれないが、
現役中学生のいちごは、「単語帳」なるものの存在自体を知らなかった。


い「なにこれ?」
私「知らん?ママの学生時代はテスト勉強の定番やったんやけどな。友達とか先輩とかでこんなん持ってる子いいひん?」
い「見たことないなあ~。これはどうやって使うの?」
私「例えば、表に英語の単語を書いて、裏に日本語でその意味を書くとかさ。そしたら、jump えーっと、飛ぶ!(めくる)飛ぶ、おおっ!合うてた合うてた!…と、そういうことを繰り返しながら覚えていくという勉強道具なんや。英語だけでなく何の教科にでも使えるねんで?例えば社会なら、鎌倉幕府!(めくる)イイクニ、の1192年!とかな」


いちごは私のその説明をただ黙ってじっと聞いていた。だから私は「おっとこれは?」と思った。


いちごは私が学生時代(特に高校時代)あんまりちゃんと勉強していなかったことを私自身の言い伝えによって知っているので
「ママは、勉強せんでも得意だった国語と、好きで大人になってから学んだ坂本龍馬(幕末期)以外のことにはアホだ」
と、ぶっちゃけそう思っているに違いない。
だがそんな私が自分の知らない勉強道具を紹介したことで、彼女は今非常に私のことを見直しているに違いない。
と、私は思っていた。

だが、次の瞬間いちごの口から出た言葉は、そんな私の想像を絶するものだった。



いちご「いちごは、単語帳は別にいいよ」



私「なんでやねん! ってか何が 別にいい やねん!?沢尻イズムか!!!」

いちご「エリカ様www てかそのネタ古っwwwww」




いちごが単語帳に関心を示さない理由はズバリ、「そうして単語帳に書き込むのが遠回りに思える」ということだった。
確かに、漢字わからんかってもいちいち辞書を引かずとも携帯メールの予測変換でパパッと出せるような現代において
そんなちまちましたやり方は古典的で二度手間に思える、と言われればそうかもしれない。
いちごは自分の携帯を持っていないが、そうして「簡単に調べる方法がある」ということは知っているのでね。
でもこの単語帳の凄いところは、
「これは覚えてるから書かなくていい」、「これはまだ覚えてないから書いておこう」
と自分の弱点を今一度見つめ直せるところと、そして
「あかん、覚えてないわ。このことは(書いて)何回も覚えよう」
と、それを選択して書き込んだ時点で、すでに8割ぐらいはそのことをもう覚えられる、というところなのだ。


余談だが、ちびまる子ちゃんの作者でおなじみのさくらももこさんが、もうかなり前に出版されたエッセイで、
「睡眠暗記枕」なるものを学生の時にバイト代ローンで購入した話を書かれていた。
うたい文句の「眠っているだけですらすら覚えられる!」につられて買ったのだと。
だが、届いた説明書を読むとその枕にセットするテープには自分で録音(吹き込み)しないといけないは、
挙句の果てに「まず、覚えたいことを100回ずつ紙に書いてください」と書いてあったそうで。

「だからそれ(100回書くとか)をしたくないからこの枕を買ったのに!!!」

と、さくらさんはそんな痛恨の叫びを記されており、私は大笑いしたんですが、でもなんかそんなことなんですよ結局は。


話戻って。


いちごは「でもママがそんなに言うんやったら、いちごもその単語帳使って勉強してみたい」と言うので1個やった。
そしたら意外と使い勝手がよかったのか、後日、「まだあるならもうひとつ欲しい」と言ってきたので、私はもうひとつやった。



いちご「ほんまはめっちゃ緊張してんねんかー、テスト」
私「何に緊張してんの?」
いちご「だって初めてのテストやし…。それと、頑張って勉強してもテストの点が悪かったらどうしよう、って…」
私「頑張って勉強してもテストの点が悪かったということなんかいくらでもありますよ。つーか社会に出たらそんなんもっともーっとあるよ。そんなん永久にあるわ。今、ママにもそんなんあるよ。頑張って仕事してんのに売り上げがイマイチ伸びひんのはなんでやろ?とかな。そのことでいつも話し合ってるよ。でも失敗は成功の元という言葉もあって、その失敗を真剣に考えて次に生かしていけたらそれはそれでOKやねん。たかが一回のテストで人生が終わることなんかない、ってママはいつも言うてるやろ?」


いちごは私のその話をただ黙ってじっと聞いていた。
だから私は「おっと、ちょっとカッコ良すぎたか?w」と一人で照れた。

だが、次の瞬間いちごの口から出た言葉は、またしてもそんな私の想像を絶するものだった。



いちご「でもこれでテストの成績悪かったら単語帳を推してきたママの責任やんな?w」

私「アホか なんでママの責任やねんww そんなもん、頭悪い自分の責任じゃwww」



すると、その会話を横で聞いていたももが
「えーっ。いちごちゃんいいなあ~。ももちゃんも、たんごちょうかきたいよー」
と言った。


私「単語帳に何を書きたいの?」
もも「えっとね、えっと……」
私「書くこともないのに、いちごちゃんが持ってるからって同じように欲しがらんでもよろしい」
もも「あるもん!かくことあるもん、ももちゃんだって!」
私「何を書くの?」


もも「きまってるやんっ! じゃぱん とか かくんやん!!」


私「なるほど、じゃぱん とかね。 君には単語帳はまだ要りませんwww」




買うたる買うたる、ももにもまた「単語帳」買うたる。
ももが「その時」になって、ももが私の話を聞いて、「それ、やってみるわ」って言うたなら、また、「その時」にな。


  1. 2011/06/11(土) 02:14:26|
  2. 家族ネタ

出会いと「人見知り」について

さて。

昨日ちょっと時間が空いたのでツイッターを見ていたら、とあるメディアジャーナリストが
「今中学生にツイッターを教えていて、これから中学三年生が本音の意見をツイートするので素直な感想を寄せてください」
みたいなことを言っていたのでおもしろそうだなと思って、見たら「今の日本をどう思いますか?」という意見があったので私はこう返した。

「そういや道端で立ちションをしているおじさんを見かけなくなったよなあと。私が子どもの頃はよくいたんやけど(37歳)」

すると、それをたまたまタイムリーに、
ここ(どんつき)の読者さん(はるかぜちゃんの件でここを知ってくれた女性)が見ていたようで、それに乗っかってきたので
しばらく彼女とネタの掛け合いをしながら、ふざけてはっちゃけた。
と、そうしてネタがひと段落したので私はツイッターを離脱し、
しばらくしてまた空きができたので、なんとなく先ほどの彼女のタイムラインを見ると
彼女は私とのそのやりとりの直後、こんな呟きをしていたので私は飲んでいた茶を吹いた。


○ち○○ん、好きです。(*^ー^*)


コラおまえっ! おかしいやろ!? ○で伏せるところが!!!www


確かに私はツイッター上で「りちおさん」を名乗っていて、皆からもそう呼ばれている。
でももうこんなんどう見ても不自然じゃないですか。こんな奇妙な名前の伏せ方がこの地球上にあるか???
完全に意図的に、「そっち」に持っていこう持っていこうと、「言わせよう言わせよう」としてるじゃないですか。
「確信犯」ですよこんなもん!だから私は誰かが気付く前にもう自分から言ってやった。


誰が「お○んち○」やねん!!!


ただ、ひとつだけ言えることは、彼女は笑いのノリもいいが頭もいい。
おもろかったです、また遭遇したら遊ぼう!



てな感じで、さて今日の本題。


とまあこのようにして世の中には色んな出会いが存在しますが、そこで出てくるのが「人見知り問題」です。

私の周りには人見知りをするという人がわりと多いが、私は一切人見知りというものをしない。
何故ならそれは、誰に対しても同じ態度で接するからだと思う。
…って言うと、
「ほんなら何かい?人見知りする人は、人によって態度を変えてんのかい?」
ってなると思うが、実際そうなんだろうと思う。

ただしそれは「いい意味で」。

逆に私の場合は「悪い意味で」それをしないのである。もっと言うと「相手に全く合わせない」。

例えば、上品な人に出会った時、「お上品にしないと」って意識のどこかで思うと思うんですよ。
それは何故なら、下品なことをしたらその人に嫌な思いをさせるかもしれないし、自分が嫌われるかもしれないと思うから。
いたって普通の感覚だと思います。人にわざわざ嫌な思いをさせたい人や嫌われたい人なんか概ねいないと思う。
だが私の場合は「嫌なことしたくない・嫌われたくない」よりも「笑わせたい」のほうが勝ってしまうんですね。
だから、上品な人にもいつも通り自分のネタをやるし、いつも通り下品な冗談も言ったりする。
最初は眉をひそめられることもあるが、でもそれを続けていくとだんだんそれがウケてくるんですよ。
「ああ、りっさんはこういう人なんや」って相手が慣れてくる(=りっさん汚染。爆)んだと思うんですけど。
まあ、態度を変えない・合わせないというより、「笑いを変えない・合わせない」っていう話なんですが。

だから、自分が人見知りだと悩む人はそんなに悩むことはないと思います。
むしろ相手に気を遣っているいい人なんだなと、私は思いますしね。

友達に恋人を紹介されて、友達にも、初対面の恋人にも嫌な思いをさせまいと気を使ってうまく話せない。
めちゃくちゃいいやつじゃないですか!
それに引き換え、私なんか速攻でこんなん言いますからね。


「へーそうなん?それはそれは初めまして!明日別れろ



余談だが、こないだの兄貴と姐さんのライブに、私はあるインタビュアーの人を招待していたんですね。
その人は京都の人で、それこそその人ともツイッターで知り合ったんですが、私もまだ実際に会ったことはなくて
…って思うと結構ツイッター活用してるよな、私。最初は「何がおもろいねん」と全く乗り気じゃなかったくせにwww
まあそれはいいとして、話戻って、
朱美姐さんがこれから関西にも進出しはる(かもしれない)にあたって、是非その人にも姐さんの歌を聴いてほしかったし
さらに姐さんは障害のある子どものサポートとかもしてはるんで、何かその活動が広がるきっかけにもなればと思って
私はそのインタビュアーさんと姐さんを、もう是非ともそのライブで会わせたかったんですね。
ただ、その人も忙しい人なんで、来てくれはるかはわからなかったんですけど、私は誘うだけ誘ってみた。
すると当日の朝に「行きます!」と連絡があって、大阪での仕事が終わってすぐ飛んできてくれたんです。

インタビュアーの仕事をしているだけあって、初対面やけどとても気さくで人懐こい、ええ人でした。
そしてさらに、「全員初対面で誰一人知ってる人がいない」というその状況で、彼はなんとライブ後の打ち上げにも参加し、
うちの彼氏さんが
「りちはここに居なよ、俺が行くよ。りちは今日二人を引き合わせたキーの人なんだから、そのりちが席を外したら姐さんが緊張しちゃうよ」
と、そうして気を遣って買い出しに行ってくれたそのビールを、西尾さん(あっ名前書いてもうたww)はもうゴクゴク飲み、
おつまみのポテトチップスにいたっては「僕がやりましょう」と、もういの一番に袋を開けて誰よりもバクバク食っていた。


西尾 自重www



と、そんな彼に私は、ああ、この人も「こっち寄り」のタイプやな、と思った。
「どこで誰といても自分はこんな感じですわ」っていう人なんやろな、と。


私「西尾さん、人見知りとかしないでしょ」
西尾さん「人見知り?…う~ん、したことないなー」



当たり前じゃそんなもん!!! 一瞬考えるまでもないやろ!!!

逆にこれで今
「いや~、こう見えて僕、人見知りするんですよね~」
とか言いやがったら、そのポテトチップスの袋で頭百回しばいたるわwww



てなわけで。


なんにもあかんことじゃないよー、「人見知り」。
  1. 2011/06/10(金) 16:05:42|
  2. 思うこと(「生きる」)

おーのおっちゃんの思い出(…&改めまして自己紹介)

さて、今日の本題に入る前にひとつだけお知らせしておきたいことは

「どんつき~」の昨日の閲覧者数 770人(爆)

アクセスカウンターがぶっ壊れたんかとオモタ。

おそらく昨日の読者のみなさんは、「 はるかぜちゃん のところ 」から飛んできてくれはったんやと思います。
というのは、この最近はるかぜちゃんがツイートしていた内容(リアルタイムでは私は読んでなかったが)について、
以前私がここで自分の思うところを書いたことがある内容だったので、
「そのことで私、前にこんなん書いたんですわ」と、はるかぜちゃんにその記事のURLを送ったら
はるかぜちゃんが自身のツイッターで、私のその記事(このブログ)を紹介してくれたんですね。はるかぜちゃんありがとう!
…よって、昨日はもうそんなこと(いきなり閲覧者770人)になっていたんだと思います。

というわけで、ここ「どんつき~」にお越しいただいたみなさん、ありがとうございます。
中にはわざわざ私のツイッターまで追ってきてくれて「おもしろかった」と感想を伝えてくれた人もいました、なんていいやつ。
そしてさらには「これからも読ませていただきます」というありがたい言葉もいくつかいただいたんですが、
ただ、ひとつだけ言っておきたいことは、多分この「どんつき」を読み進めるにあたって

なんじゃこの女www

と、もう本気でそう思わはる場面がたくさんあるかと思います。
と、そうして笑ってくれはるなら逆に嬉しいんですが、「なんか気に障るわ~」となる人もいるかと思います。書き口調も悪いですしね。
よって、もしそう(なにか気に触ってきた、と)なった時はもう直ちにこのブログを閉じて引き返してください。
「なんか腹立つのになんか気になってつい読んでしまってまた腹が立つ」という悪循環は精神衛生上ほんまによろしくない。
ちなみに私は今まで生きてきて、「あんた頭おかしいやろww」と、多分500回以上はリアルに言われている、そんなやつです。
なんかすんません。

てなわけで、何人の勇者(笑)が「どんつき」に残ってくださるかわかりませんが、一応改めて自己紹介をさせていただくと
6年前に離婚して、現在、中1の長女(通称いちご)と小2の次女(通称もも)を育てている、いわゆる母子家庭のオカンです。
仕事はドラッグストアで働いていて、高卒~長女の出産まではシルクスクリーン印刷製版業というちょっと特殊な仕事をする会社にいました。
このブログに頻繁に出てくる「兄貴(笑いの師匠)」というのは実の兄ではなくその会社にいた時の先輩です。
ちなみに兄貴のツイッターは、@adades529 で検索してください。ブログのURLもそこに載っています。
それと、現在(言うても5年目?)交際している人がいて、歳は9歳下ですが精神年齢は私よりかなり上だと思います。
この通称「彼氏さん」もちょいちょい我が家の事件に巻き込まれてはさんざんなことになってはりますが、
根がポジティブなのかちょっとイカレているのか、何があっても最終的に「勉強になった!」に落ち着く人です。ちなみにもうすぐ三十路。
あ、あと、消化器系に持病があります。難病認定患者です。その辺のネタは闘病ネタカテゴリーで書いてますが、
私は多分まだ軽いほうなんで、もうほんまに重い病状の人が読むと色々ムカつくと思うので読まないほうがいいと思います。

といった感じで、
京都の「どんつきを右に曲がって左のかどっこ」からお届けする、ここ「どんつき~」をどうぞよろしくお願い致します。
あ、もちろん、これまでからの読者の皆様もますますよろしくお願い致します。



さて、今日の本題。「おーのおっちゃん」の思い出。


こないだ休みの日に家でボケーっとしていたらマンションの下の通りから「おお~~~」っというあの低い声が聞こえてきて
いちごとももが「ママ、おーのおっちゃんや!おーのおっちゃん来た!」と騒ぎ出した。


なんのことかというと、おーのおっちゃんとはお坊さんのことなんですよ。
京都は寺が多いので、その寺に所属?するお坊さんの数もやはり多いのですが、そういった「法事で来はるお坊さん」ではなく
ここで言っている「おーのおっちゃん」とは、…あの人らはいわゆる修行僧?になるのかなあ?
なんか黒い袈裟着て傘かぶって街中を練り歩いてはるんですよ、「おお~~~」っていう独特の低~~い声を発しながら。
と、そうして「おお~~~」って言うて歩いてはるから「おーのおっちゃん」という、まあ安直なネーミングなんですが、
そんな「おーのおっちゃん」は、京都の子どもらにとって不気味で怖い存在で、私も子どもの頃はもう相当怯えていました。
「霊柩車見たら親指隠せ!」どころの話じゃなかったからね。道で出会った時点でもうアウトなんですよ、おーのおっちゃんは。

ほんでまたオカンがそれを煽りよるんですよ。

「悪いことしたら おーのおっちゃん 来はるで!!!」

とか言うて。

もうそんなん絶対、一番したらあかん子どもの叱り方・言うことの聞かせ方じゃないですか。
「そんなんしたら鬼来るで!」とかね。「よそのおばちゃんに怒られるで!」とかね。
…じゃあ何か?怒られへんよう(バレへんよう)にしたらいいのか?って、子どもにしたらそう思いますよ。
それの何があかんのか、なんでそれをしたらあかんのかをちゃんと説明しないと、子どもにしたらそう思う。
でも、こと「おーのおっちゃん」については、もうそういう講釈すらも超越した絶対的な存在なんです。
おーのおっちゃんは「おお~~~」としか言わないけど、もうおーのおっちゃんには全部お見通しや、ぐらいの勢いで。


っていうか、もうどんだけやねん 「おーのおっちゃん」 !!!www


余談だが、ツレの中には大真面目に「おーのおっちゃんは子取りや」とか言うてるやつもいました。
子取りってわかります?昔の京都弁(関西弁?)で言う誘拐犯のことなんですけど。
今になって思うともう、(そいつの)親はどんだけ「おーのおっちゃん」使って脅かしてんねんwっていう話なんですが
子どもの頃はもう普通に「ああやっぱり…」とか思って、さらに真剣に「おーのおっちゃん」を怖がっていました。
そしてそんなに怖いおーのおっちゃんの中でも時々、木で編んだザル?カゴ?みたいなもの(賽銭箱?)を持って歩いてる人がいるんですが
「そのおーのおっちゃんに出会ったら持ってるお金全部そこに入れんと許してもらえへん。お金持ってなかったら山に連れて行かれる」
とか、そんな大恐怖な噂話もバンバンに流れていました。逆に何を許してほしいことがあるのか?wっていう話なんですが。



話戻って。



と、そんなにも怖いおーのおっちゃんに、私は、いや私らは、小3の夏休み、「挟み打ち」に合ったんです。


その時、私とツレのよりちゃんはよりちゃんの家の近所の道端で縄跳びをして遊んでいました。
すると、どこからともなくあの恐怖の声(おお~~~)が聞こえてきたので
「おーのおっちゃん来た!!!」ともう即座によりちゃんの家に緊急避難しようとしたのですが
なんと、よりちゃんの家のある方向(後方)からおーのおっちゃんがもうすぐそこまで歩いてきていたんです。
なので私とよりちゃんはよりちゃんの家とは逆方向になるが、あえて前方方向に一目散に走って逃げた。
「とにかく、おーのおっちゃんの死角になるとこまで逃げたら助かる!」と。
そうして、もうちょっとで次の角を曲がれる!というそこまで逃げおおせた時、
なんとその曲がろうとしていた角から、もう一人の新しいおーのおっちゃんが「おお~~~」と低く呻きながら歩いてきたんです。



あっちからもこっちからも おーのおっちゃん が!!!

進路もなければ退路もない!!!






絶対絶命とはまさにあのことです。
あれが本能寺で私が信長だったら、私は最終的手段としてもう屋敷に火を放っていました。
だがそこは本能寺ではなく「道端」で、私は信長ではなく「小学三年生のりっさん」だったので、

「私とよりちゃんは、今からもう壁や」

と、私はよりちゃんに提案しました。


よりちゃん「え、どういうこと?」
私「動いたらおーのおっちゃんに見つかるやん?だから私らはもう壁になるんや」
よ「壁に…なる…?」
私「そこのブロック塀に張り付くねん。さすがにおーのおっちゃんでも壁まで剥がしてはいかへんやろ?」
よ「あーっ!!!そういうことか!!!」
私「しーっ! し ず か に! 見 つ か る か ら!」




気持ち的にはもう「くのいち(女忍者)」



逆にあの二人のおーのおっちゃんの目に、あれは果たしてどう映っていたんだろうか?と、今になっては思います。
もう見つかってる…っていうか丸見えの子ども二人がコソドロのようにそろそろと移動して、壁に張り付いて気配を消すという。
私がおーのおっちゃん(修行僧)なら、間違いなく心をかき乱されます。
「でもそれでも無心になることが、この修行なんですよ」ってなんぼ和尚さんに言われても、私にはそんなんやっぱ無理です。


「おまえらバレバレなんじゃwww」って、
その子どもらの頭をシバいて、もうツッコんでしまうと思う。




また話戻って。



でも、その二人のおーのおっちゃんはどちらもそんなことはしなくて、私とよりちゃんをそのままスルーして行った。
だから私とよりちゃんはこう思った。


「おーのおっちゃんに 私らは 勝った!!!」



これまで、

誘拐犯(子取り)
恐喝犯(賽銭箱に有り金入れんと許してもらえへん)
軟禁監禁犯(それができないと山に連れて行かれる)


として、子ども社会の中のラスボス的に恐れられてきた、あの「おーのおっちゃん」に、
そんなふうに挟み打ちにされても、私とよりちゃんはその戦いに勝ち、そして生きながらえた。
そのことは瞬く間に学校中に広がり(てか自分らからそれを発表したんやけど)、私とよりちゃんは一躍「時の人」となった。
「おーのおっちゃんから逃げずに対決して、そしてなんと勝ったやつら!!!」と。



っていうか、おまえらwww


っていう話なんですが。

そして、「おーのおっちゃん、当時はもうほんまに色々と修行の邪魔してごめんなさい」っていう話なんですが。



話だいぶ戻って。



こないだ休みの日に家でボケーっとしていたらマンションの下の通りから「おお~~~」っというあの低い声が聞こえてきて
いちごとももが「ママ、おーのおっちゃんや!おーのおっちゃん来た!」と騒ぎ出した。

だから私はあえてもう逆に、いちごとももに言うてやった。


「悪いことしたら おーのおっちゃん 来はるでwww」



[おーのおっちゃんの思い出(…&改めまして自己紹介)]の続きを読む
  1. 2011/06/08(水) 01:54:10|
  2. 思い出のネタ(学生編)

迷子の迷子の奇面組?

さて。

先月半ば辺りから、京都の街に見慣れない制服姿の集団がやたらうろちょろしています。
もう毎年のことですが、その光景を見ると「ああもうそんな時期か」と思う。いわゆる修学旅行シーズンなわけです。

京都に修学旅行に来る学校はどちらかというと田舎の学校が多いのか、ヤンチャそうな子はほぼ見かけず、みんなおとなしく真面目そうで
ゴミをその辺にポイ捨てしたりもしないので(つーかどっちか言うと地元・京都の学生のほうがやりよる)、私はそれを微笑ましく見ています。

と、そうしたこの時期になると、
もう我々店舗販売業務に就いている人間にとって切っても切れないのが「修学旅行生への道案内」で。

コンビニとかスーパーとかドラッグストアとかって聞きに入りやすいんでしょうね、「庶民の店」みたいな気楽なイメージあるやろし。
逆に、「エルメスのショップ」とかやとそんな「道聞くだけ」で気軽にも入れないんでしょうけど。
そしてさらにうちの店のある場所はどうも修学旅行の自由行動(観光)エリアに組み込まれやすいようで、
そうした「(何にも買わないけど)道だけ教えてください」という修学旅行生のグループがちょいちょいご来店されます。

ただ、そこでひとつだけ言っておきたいのは

そこ(店)にいるからと言って店員がその辺の地理に長けているかどうかは別問題である

ということなのです。
彼らはそこで仕事をしているだけなのであって、日頃からそこに暮らしているわけではないので、
中には車で1時間かけて通っている人もいるので、そないメジャーやない道や建物のことはわからないこともあるんです。
そしてそれはうちの店でも例外ではなく、よってそうした道案内は最終的に私(リアルに近所に住んでる)に回ってくるのだ。



てな感じで、さて今日の本題。


少し前のことになりますが、
その日は(ていうかいつものことだが)夕方ちょっと「お客様ラッシュ」になっていて私らはレジを全台解放して対応にあたっていた。
私は一番端のレジに立っていたのだが、逆端側のレジで先輩と後輩が見慣れぬ制服姿の学生達を前になんか困っていることに気付き、
(ああまた修学旅行生の道案内か。つーか今めっちゃ混んでるから今はちょっと勘弁してほしいんやけどなー)
と内心思いつつ、対応中のお客様のお会計が済み次第、私は先輩の元に走った。

私「代わりますわ」
先輩「りちちゃんありがとう~助かるっ!」
私「あんた、あっちのレジ(私が立ってたところ)入っててくれるか?すまんな」
後輩「了解です!ありがとうございます!」

と、そうして、私は
「後ろにお客様がお並びなので、こちらでお伺いします」と、彼らをレジ外の空きスペースに誘導し、
「さて…」と、今一度、その男子学生三人組の顔をよくよく見上げて、私はうっかり吹きだしそうになった。


何故なら三人とも「ハイスクール奇面組の眉毛が太いやつ」にそっくりだったのだ。




もう放送事故やろ、こんな「奇面組」。


全員、顔一緒ですやんか!!!




もちろん一人ひとりの顔立ちは違うんですが、三人とも眉毛太いあいつ(豪くん?)にもうめっちゃ似てるんですよ。
類は友を呼ぶとはよく言ったものだが、こんなんもう神様のいたずらだとしか思えなかった。
よって私は脳内で「豪くんその1、その2、その3」と呼び分けることにした。
すると早速、「豪くんその1」が、○○旅館の行き方を教えてください!と逸り気味の強い口調で言った。

どこのド田舎から来たのか知らないが、ここ観光都市・京都には地元の人間にも把握しきれないほどの数の旅館があり、
よってそんな名前だけでは何の案内もできないんだが、私は偶然その○○旅館の名前を知っていたんですね。
っていうのは、そこは社員旅行とかにも使えるぐらいでっかい(しかも割安)の旅館としてまあまあ有名なとこだったので。
ただその旅館は本館とか別館とかがもうあちこちにあるんで…と言いかけた時、その2とその3が何かモメだした。

その2「あの10分が大きかったね。あの10分が響いてるよ」
その3「今そんなことを言ってる場合じゃないだろ」
その2「開き直るんだ?」
その3「そう思うのならそう思えばいいよ」


おいおいおい なんやねんおまえら、どないしてん???


だが、その1は背後の二人のモメ事を止める素振りもなく、ただただ「○○旅館の在り処を知りたい」と目ヂカラで訴えて続けていた。

よって私は、さっきからなんとなく感じていた彼らの放つ空気の違和感とその決定的出来事から、
「はは~ん。今、彼らは仲間割れをしているのだな?」ということを察知しました。

多分迷う前に行ったどっかでその3がなんか「10分のロス」をやらかしたことにその2はムカついているのだろう。
そしてその1にしてみたらこの窮地にそんなしょうもない小競り合いをしているその2にもその3にもムカついていて、
さらにその3にしてみたら自分を責めるその2にもそれを止めてくれないその1にもムカついているのだろうと思う。

ふと時計を見ると、16時25分だった。

よっておそらく今日は午前中に清水寺とか金閣寺とかを回り、午後からは班ごとの自由行動で17時には旅館に戻ってきなさい、
みたいなスケジュールで動いていた中、ここにきて旅館の場所に迷いこのままだと集合時間に間に合いそうになくて、
っていうことが後押ししての「このチームの不穏な空気(=仲間割れ)」になったんだろうなと。



あのな~。
逆に、集合時間に間に合わへんぐらいなんやねん?
そんなん、三人で先生に怒られて「ごめんなさい!」って謝ったら済む話やないか。
そんなことより、せっかくの修学旅行で友達と仲間割れなんかするなよ。


と、私はもうよっぽどそうして説教してやりたかったが、今この店の店員としてやるべきことは、
早く○○旅館とやらを突き止めてさっさと彼らにお引取りいただき、速やかにお客様対応に戻ることなので
「その旅館の近くに駅とか、何か有名な建物はないですか?」と聞いた。すると三人はハッと目を見開き

その1「二条城があります!」
その2「二条城の近くだったと思います!!」
その3「二条城まで行けば思い出すかもしれません!!!」


やかましいわっ!!!


もう何回続けさまに 「二条城」「二条城」 言うねん! 
しかも息ピッタリやないか、おまえら「ダチョウ」か!!!

てか逆におまえら、そうして「二条城」一致団結したんなら、
この修学旅行中、もう二度と仲間割れなんかすんなよ!?



私「そしたら、二条城までの道をご案内したら、あとは行けそうですか?」
その1「大丈夫です、お願いします!」
私「では地図に書きながらご説明しますね。二条城まではまずこの店を出てもらって…」

するとそれを聞くその1の背後でまた、その2とその3がなんっかまたグズグズと小競り合いをやり始めた。

その2「あれだけ走ったから喉が渇いたよ」
その3「(手に持っていたアクエリアスのペットボトルを脇に隠す)」
その2「(見る)……」
その3「この店、飲み物も売ってるんじゃない?買ってきなよ?」



おまえらはもうほんまにりっさんを怒らせた。


まずその2、おまえはその人の過ちを遠くからつつくような陰険な物の言い方をやめろ!
そしてその3、おまえは「あの10分のこと」に心から反省して心からひとこと謝れ!
さらにその1、おまえはおそらくこのメンツの中のリーダーなんやろ!?
○○旅館に時間内に辿りつくこともそら大事やけど、チームメイトの様子にも目を向けんとあかんのちゃうん!?



と、私はもういよいよそうして爆裂説教をしてやりたかったが、だが今この店の店員としてやるべきことは、
早く二条城までの道のりをご案内してさっさと彼らにお引取りいただき、速やかにお客様対応に戻ることなので
「この店を出て左に行ってもらって、ここをこう行くとここに交番所があります」と言った。すると三人はハッと目を見開き

その1「交番所、ありました!」
その2「交番所、覚えています!!」
その3「交番所に行って、その交番所で聞きます!!!」



おまえらもうほんまええ加減にせえよ?

天丼はええねん天丼は!!!www




そうして一件落着(?)したので、私は店の前(外)まで彼らを見送った。
すると小雨が降りだしていました。

その1とその2はすぐに折りたたみ傘を鞄から出したけど、その3はその用意がなかったようで、雨の様子を見ていた。
その1とその2が(自分らだけ傘をさしていいものか?)と、その3を気遣うような素振りを見せたので、私は言った。


このまま走っていったほうが早いんちゃう?
どうせ旅館ついたら、晩ご飯の前にお風呂の時間なんやろ?
「雨の中を必死で走った修学旅行の思い出」とか、そんなんあってもいいんとちゃう?



すると彼らは「そうだよね!どうせ濡れるんだから!」とか言いながら、「せーの!」で駆け出して行きました。
傘持ってるのにその傘をささずに、ワーキャー言いながらなんや楽しそうになんかアホみたいに。



もう死んでしまえ 青春真っ盛りwww

風邪引け、風邪www

三人揃って旅館で寝込め ボケwww







気ぃつけて帰れよ。
もう仲間割れとかすんなよ。






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  1. 2011/06/04(土) 01:59:22|
  2. どんつき(ひと)

兄貴と姐さんのスペシャルライブ

さて。

もう一ヶ月も前のことになりますが、世間でいうゴールデンウイークの最中、とあるスペシャルライブが開催されました。
なんと、「兄貴」と「横浜の朱美姐さん」が対バンライブをしてくれはったんですよ、ここ京都で。

兄貴というのは、もうどんつき~ではおなじみ、私の「笑いの師匠」であるあの方(昔勤めていた会社の元先輩でもあり、現・友人)で、
朱美姐さんというのは、これまたどんつき~で何回か書いてますが、私が東京に住んでた時に友人になった横浜の歌い手さんです。

と、ここで、しばらくどんつき~から離れてた読者の方はある種の違和感を感じるかもしれない。


(口の悪い)りっさんが、「ツレ」でなく、「友人」と呼ぶ人たちのことについて。


私は友人のことをここでもリアルでも「ツレ」言うてますが(てかもうそろそろええ年なんやしこの呼び方もやめんとあかんのかね?)
兄貴と姐さんのことは、ツレ(=友人)やけど、やっぱいまだに「ツレ」とはよう言われへんのですよ、遠慮してるとか違ってね。
「憧れ」とか、「敬意」、になるんかなあ?
アホなこと言うてふざけ合ってても、「なんでやねんww」ってツッコミ倒してても、やっぱ一段高いとこ、ちょっと先にいる人、みたいな。
と、そんな二人が、なんと、一緒にライブを一緒にやってくれたという。


ことの始まりは、年明けぐらいに、姐さんから
「ゴールデンウイークに大阪で開催される大きなイベントで歌えることになったから、関西に行くことになったの!」
と、突然の連絡があったことでした。

CD(インディーズでデビューしてはるんで)で歌は聴けるものの、姐さんの生歌は私が東京を離れてかれこれ6年近く聴いていない。
一度、用事で京都に来はった時にうちに寄ってくれて、その時に持参のローリングピアノ(巻物みたいなやつ)でアカペラで歌ってくれはって
やっぱもう声量すごくて、「これ今、このマンション中のやつが(聴いて)酔いしれてんのちゃうか?」ぐらい感動ものやったんですが
私としては「ステージの姐さんが歌う生歌」を聴くのが、やっぱ一番好きなわけですよ。
なんていうか、独特の世界っつーかオーラを持ってはるんですよね。彼女の歌をひとめ(ひと耳?)聴いたら、なんかそこに引きこまれるという。
ジャンル的にはフォークバラードになるんかなあ?曲調優しく、癒しのメッセージ性が強く、全て包み込む感じ。


東京に住んでた時に初めて行った、姐さんの高円寺のライブで、私は人目を憚らず号泣しました。
私は性格が歪んでるんで、癒しの歌に癒されることってあんまりないんですよね。つーか、なかった。

泣きたい時は泣けばいいよ  (その)涙が枯れたら、笑顔が待っているから

とかって、いきなり言われても、なんか斜めに取ってしまうというか茶化してしまうところがあったんですよ。
「今、自分めっちゃええこと言うたげた、って、ちょっと自分に酔うてるやろ?ww」みたいに。
でも、姐さんのその歌を初めて聴いた時、自分でも不思議なほどそれがもう「スーッ」とまっすぐに入ってきたんですね、
(ああ、なんぼそうして斜に構えてみせたところで、この人にはもう全部お見通しなんや…)っていう。

多分、あの高円寺のライブに来ていた他のお客さんはそうとうビックリしはったと思います。
カウンター席(ジャズバーだった)で、ジントニック片手にアンナ朱美の歌を聴きながら、嗚咽漏らして大号泣している女がいるという。


え、なんなんこの子?どうしたん?

とんでもなく悪い男に騙されてボロボロにされたんか、
もしくはとてつもない額の借金でも背負ってんのか???



話戻って、「姐さんの関西遠征」。


ただ、世間はゴールデンウイークやけどうちの店は年中無休で営業してるんで、スタッフ足らんかったら出なあかんし、
だからその大阪のイベントにはいかれへんかもしれんという懸念があって、私はそのことを姐さんに言うたんですね。
そしたら姐さんは、
「なら、どこかスペースさえあるなら京都でも歌いたい。あなたに、またぜひ私の歌を聴いてもらいたい」と。

ひとつだけ思ったことは

姐さんこと「アンナ朱美」ファンがこれを知ったら、私は多分ボコられる。


と、そうして姐さんは「りちさんの前で歌えるなら、場所はどこでもいいの」とか殊勝なことを言ってくれていたが、
姐さんの友人であり、それと同時にアンナ朱美というミュージシャンのファンでもある私は、
もし、姐さんが大阪+αの京都でもライブが出来るんだったら、それはより多くの人に聴いてほしいと思ったんです。
だが、地元の横浜や東京では数々のライブやイベント、さらにはミュージカルの舞台(ダンスもしてはる)まで演ってる姐さんでも
関西ではまだ言うても無名のアーティストに等しく、初の関西遠征でソロライブを決行するとか正直かなりバクチだ。
しかも、関西の人間はやたら受け入れが良いように見えて、実は「見たことない人」「知らない人」に構えるところもあるのです。
自分が見たことある人知ってる人は温かく受け入れるが、全く知らない人のことは「お手並み拝見」と、若干試しにかかるきらいがある。
これはいわゆる「閉鎖的」と言われる京都だけの話じゃなくて、関西自体が実は意外とそういう「閉鎖的」なところがあると私は思う。
何故ならそれは、「吉本新喜劇」がずっと関西で笑いのトップを張ってるのがいい例なのだ。
毎週毎週何十年も同じことをしているのに今だ根強い人気があるというのは「この人のこのネタ知ってるw」っていう安心感なのだ。

余談だが、私の経験から言うとそういう意味では逆に、東京の人のほうが「初めてのことにも柔軟」かもしれない。
多分いろんなとこ(=よそ)から来る人(=上京してくる人)に慣れてるところがあるんやと思いますが、
関西から来た私が関西弁丸出しでコテコテの関西ノリの笑いとかやっても「おまえ誰や?」みたいなんなかったし
そうして初めて見たこと(知らん人のやること)に対しても全然受け入れてくれましたしね、「おもしろいwもっとやって!」と。
ただ、東京の人(というか東京という街に暮らす人)は、どんだけ慣れても相手に踏み込みすぎない距離を保たはるんですが
関西の人間はその辺のデリカシーがなく、慣れたらもう土足でグイグイ来るんで、それが「受け(入れ)がいい」と勘違いされるんだろうと思う。



話戻って。


と、そこで私の頭に浮かんだのは、「兄貴」だった。

音楽やってはって、ライブ経験もあって、(自分も会うたことない)音楽仲間が知らん客の前で歌を歌うことについて空気を温められる
…って、そんな器用なことができる人は兄貴しかいないと。

ただ、それは私が勝手に描いた画であって、姐さんが対バンでライブをすることについてどう思うかわからないし、
まして兄貴に至っては、今まさに自分がそこに抜擢されていることなど露とも知らずにいてはるわけですからね。
でも、もしこれが実現したら、なんか凄いことになるかもしれないと私は思ったんです。
てか正直、兄貴のライブも一年ぶりに聴きたいし。
でもなんかこんなきっかけでもないと、兄貴、次はまた10年後までライブしてくれへんかもしれんしww

よって、私はまず姐さんにそのことを話した。すると姐さんはなんの躊躇もなく「是非是非!」と乗ってきた。

って、この辺が音楽やってる人のなんかおもしろいとこなんですけど、
自分の歌に自分なりのこだわりはあるのに、歌聴いたこともない人と一緒にライブやることには全く頑なではないという。
やっぱこれって「音楽の力」なんかなー?

てなわけで、私は次に兄貴にその話を持って行った。確かこんな感じで切り出したと思います。

私「兄貴、ゴールデンウィーク、家族で旅行の予定とかってあります?」
兄貴「家族旅行の予定はないけど実家のオカンが引越しするから、その荷造りの手伝いをしたらなあかんねん」
私「実はこうこうこうな話でミュージシャンの友達が横浜から関西に来はることになって今ここまで話詰まってるんですけど現状このこととこの機材のことが問題でそれがクリアになればその京都ライブ出来るんですけど、てか兄貴的にはそもそもまたライブしたいと思わはりますか?もちろんベースの相方さんとも相談せなあかんと思うし答えは急がないですけど一回考えてみてもらえないでしょうか!」


おまえそれはどんな強引なプレゼンやねん!?www


って、兄貴にしたらそう思わはったと思いますけど、そうして言うだけ言うた私は兄貴の答えをひたすらに待った。
すると数日後、兄貴から返事が来た。

兄貴「どこまでやれるかわからんけど、やってみようと思う」
私「ありがとうございます!!!」



だがそんな中、あの3月11日の大地震が起こったんです。


姐さんは、その当日と翌日に二日続けての大イベント(姐さんの歌+ダンサーさんのコラボ舞台)を横浜で演らはる予定で
ずっとずっと前からその稽古や準備をしてはったのに、その初日の開演前のあの時間にあの地震に遭ったことで当初の計画は崩れ、初日は中止。
きっとだいぶ悩んだ挙句やろうけど、
きっと、「こんな時に歌って踊るってそんなことをしてる場合か!」と叩かれるかもしれないという覚悟もあったやろうけど、
それでも、姐さんは二日目、その講演を決行しはったんですよね。
余震が相次ぎ、電車もろくに動いてない中、色んなことがまともに機能してなかったであろうことは関西にいる私にも想像がついた。
でも、やっと姐さんと連絡が取れた時、姐さんは「なんでよりによって(今日なん)?」みたいな泣き言や恨み言は一切言わなかった。

「ほんとに大変でね…。今も大変だけど、でも生かせてもらった自分の命を大切に使わないといけないと思ったんだ」
「あの中で、舞台やろう!って集まってくれた仲間と、それを観に来てくださった方に、伝えたいことがあったから」


ずっと準備してたイベント、崩れたのに。
めっちゃ赤字も負ったのに。
逆に今こそもう私が姐さんに言いたいわ!


「泣きたい時は泣けばいいよ」 と!!!




と、その一方で兄貴と私は話し合いをしていました。

兄貴「あんな地震とかあって、朱美さんは5月にこっちに来れる状態なんか?」
私「ぶっちゃけわかんないです。でも姐さんはバイトでも何でもして旅費作って絶対に歌いに来るって言うてはります…」
兄貴「わかった。俺らは(ライブ)やる準備できてるから、朱美さんからの連絡を待とう」


そして月日は流れ、いざ当日。


姐さんと、ピアニストのえいこさんが会場に来てくれた。


震災後初の大型連休だったこともあって各地で様々なチャリティーライブが開催される中、オープニングのMCで兄貴は、

「このライブは震災があったから企画したわけではなくて、あの地震の前から企画していたライブでした。だから、このライブでは特に義捐金を募るとかはしません、それは個人でそれぞれしてもらったらいいと思います。僕ら関西の人間は、あんな大きな地震があっても今まで通りの生活を送れている。でも、この後歌ってくれる方は横浜から今日来てくれて、あの地震のことも少しはお話してくれはるかもしれません。オリジナル曲で勝負してはるんで聴いたことないかもしれませんけど、皆さん、温かい気持ちで最後まで聴いていってください」

と言った。



兄貴、やっぱうまいなあと思いました。
何がうまいって、人の気持ちを掴んで引きつけるのがうまい。



それはもしかしたら、実は兄貴自身が「人見知り」で、かつ「気ぃ使い」だからこそ、なこともあるんかもしれません。
私(←人見知りしないし気も使わないやつ)やったらきっと、最初にガーッと自分のペースに巻き込んで盛り上げてから最後の最後に
「さて、なんとこの後には!!!」みたいな感じで紹介したと思うんですけど、多分そのやり方では客はあらかた帰ってしまうと思う。
「りっさんのお祭り騒ぎ」で、なんか終わってしまうと思う。

「…アレ?なんでみんな帰るの…?さっきまでさんざん盛り上がってたやんか?」


…って、いややわ~!!!
こういう「我が、我が」なやつ、もうほんまシバキたい!!!
もう絶対、こんなやつと一緒に 「対バンライブ」 とかやりたくないわwww




話戻って。


兄貴に仕切ってもらったのはほんま大正解でした。

姐さんも最初は正直緊張したやろけど、兄貴が作ってくれたその空気、+姐さんの持つオーラ(一見さんをも引きこむ)で、
本人的にもかなりいい「京都初ライブ」をやれはったと思います。そして私もまたちょっと泣きました。
と、そうしてまた歌で人をさんざん泣かし、ライブ後にCDも売れ、姐さん募金箱(※)にそのCDのお釣り入れるやつが絶えなかった。←これも兄貴の力。



と、そこで私がひとつだけ気になったことは、


兄貴的には、このライブはどうやったんやろ? と。



姐さんに関してはもう大成功の、初の京都ライブやったと思います。
打ち上げで「今日、姐さんのライブ聴いたファン」とも、しっかり交流して帰らはったし。
「兄貴さんには本当にお世話になって、ほんとにいいライブができました!」って感動して横浜に帰らはったし。


でも、兄貴は? 


兄貴と相方さん(ベース君)的には、今日のライブはどうやったんやろ?っていうのが私は凄く気になって。

自分らもまたライブした気持ちもあってこの企画に乗ってくれはったんやろけど、でも今回は特に、
「りちの頼みやから、力貸したろ」で、これをやってくれはったとこがかなりあったと思うんです。
仕事も忙しい中で、そうして「突然持って来られたライブ」に向けて練習もしてくれはって、
当日は演者でありながら、裏方仕事(機材や会場のセッティングから何から何まで)も、全部してくれはって。
イベント的には(対バンと言いつつも)兄貴らのバンド「オジトオイ」のライブに「アンナ朱美」がゲストで来てくれるテイで集客したのに
逆に、盛り上がる度に「まあ、今日の俺らは前座なんでww」みたいな働き(=笑い)も、ちょいちょい噛ましてくれはって。


私はミュージシャンじゃないんでその辺の感覚がほんまにわからなくて、でももしかして、兄貴には申し訳ないことをしたんかなと思いました。

方やオリジナル曲で勝負してるセミプロと、方や趣味の範囲でコピー曲を楽しんで楽しませているアマバンが一緒にライブやるって、
兄貴にしたら逆に「俺ら(コピーバンド)でええの?」みたいなとこもあらはったんちゃうか?と、今さらながらにそう思って。
聴いてる側にはそんなん関係ないんですが、演る側にしたらそういうのもちょっとはあらはったんちゃうか?と思って。
でも、兄貴と相方さんはこの企画を受けてくれたわけです。音楽家魂が多分勝ったんやと思う。


と、そんなこんなで、ライブが終わってから機材と会場を撤収してる兄貴に私はよう(おもしろおかしく)声をかけれなくて、
そしたら兄貴のほうから、「いや~~、しかし今日は色々勉強になったわ~。ええライブやったな!」と言ってくれた。


私がひとつだけ直感したことは、


兄貴、いよいよ「オリジナルソングの作詞作曲」に乗り出さはるかもわからんwww




と、逆に記事なんかには起こせないことを無理から記事にした感がある今日のどんつき~ですが、
「えー。なんかりっさん何言うてるかわから~ん」って今なってるやつは、とにかく「ライブ」に来なさい。来たらわかる。
刺激を受け合った兄貴と姐さんはきっとまた一緒にライブやらはるよ。←と、勝手な宣言。そして、to be コンテニュー。


そして最後に、兄貴、姐さんへ。


スペシャルライブ、ほんまありがとうございました。
あなたたちみたいな先輩、大人、になることを、私はこれからも目指したいと思います。

[兄貴と姐さんのスペシャルライブ]の続きを読む
  1. 2011/06/01(水) 00:28:53|
  2. ツレネタ

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Author:りっさん

京都に生まれ京都で育ち、          放浪の末、京都に舞い戻った女

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