どんつきを右に曲がって左のかどっこ

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
  1. --/--/--(--) --:--:--|
  2. スポンサー広告

歌下手ヒサコ・その2

さて。

一昨日、店頭にサイズがなくて注文してた長女の陸上用シューズを受け取りに行ったら、京都・河原町の新京極で佐藤健を見ました。

ババン! (ダウンタウンDX 無関係。) 

てか、私はその彼が「佐藤健」やとは思ってなかったんです。だってこんなとこ(京都の新京極)にいるはずがないので。
ただ、遠くからこっち向かって歩いてくる段階で、すでに、「なんかあの子(青年)気になるな~?オーラ」があったんですね。
あ、もちろんモデル歩きとかしてないですよ。普通に私服でぷらぷら歩いてたんやけど。「なんか」、気になる。
で、道行く知らん他人のことなんかどうでもいい私が珍しく、彼が近くまで来て、そのすれ違い様に顔見たら、「佐藤健」に激似だった。

三回、振り返りました。

本人では絶対ないやろけど、ほんまよう似てるな~。
つーか、あの子(青年)たぶん一般人じゃないな。役者か何か「魅せる仕事」をしてる子なんやろな~、と思った。

で、電車乗って帰ってくる途中にそのこと(佐藤健に激似の青年を三度見したwネタ)をツイッターでつぶやいて、
そしたら翌朝、「全然知らないどこかの佐藤健ファンさん」から、リプライ(返事)が来ていた。
「それきっと本人ですよ。昨日その繁華街の映画館でもいくつか目撃情報あるし、今、佐藤健くんは京都で撮影をしてるので」と。

「インターネット」 怖えええっっっwwwww

このご時勢でタレント活動をしてる人を、私は「しんどいやろなー」と思う。
昔よく言われていた「いわゆる有名税(←?)」どころの話じゃないぐらいの中で、彼ら彼女らはその仕事をやってるんやな~って思う。

もしかしたら、私もいつか、
「りっさんがどんつき~でなくガチで 笑わせんなボケwww ってツッコんでるのを聞いた!」とか、そんなん書かれるかもしれませんねw


ないよ。 



てな感じで、さて この 続き。


歌下手ヒサコは、自分が歌えるようになりたい歌を私に歌わせます。彼女いわく「あんたの歌を聞いて覚えるから」。
てか、「それ」が出来るなら歌手が歌ってるのを聞いて覚えればいいのに君に「それ」が出来ないから君は現状「こう」なってるわけで、
「それ」をそもそも出来ないやつが、「あんたの歌を聞いて覚えるから」とか、意味わからんわ眠たいこと言うな!ww
と言いたい気持ちをぐっとこらえ、私は歌下手ヒサコのリクエストに答えて、色々歌います。
すると、歌下手ヒサコはなんか調子に乗って、あれもこれもと次々に自分の課題曲を私に「歌え歌え」とせがんでくるんです。

だからもう、その「オカンの七回忌の法事後のカラオケ」で言うたったんです。だいぶ厳しめに、私はもう言うたったんです。

「いや、私が何曲でも歌うのはいいけどさ、聞いてるだけじゃなくてヒサコ姉ちゃんが自分で歌って練習をせんと」
「人が聴いてるからよう歌わん~じゃなくて、人に聴かせるように歌えるようにならんと、もうなんにも変わらへんって!」


言いながら、内心、「ちょっと、ここまで言うたらきついかな…?」 って思いもありました。
でも私がここで心を鬼にしないと「歌下手ヒサコ」は歌下手のままなんで、逆にそれは身内である私も一緒に背負うべき苦しみでもあるのです。
歌下手ヒサコはそんなん言われて傷ついてるかもわからんけど、そんなん言うてる私も歌下手ヒサコと一緒に今、傷ついてる。


だが。


歌下手ヒサコはもう信じられないことに、そこで、

「そこまで言うなら、歌おか~?」 

と、言ったんです。



なにその、まるで 「紅白のトリ」 気取りは。



もう なんっにも 伝わってない!!!



そんな私がひとつだけわかったことは、

歌下手ヒサコの歌下手は、「緊張経験あるなしも努力経験あるなしもなんら関係のない、ただの音痴」だ。

常日頃「自分は歌が下手」とか言いながらも、この場面で「そんなふうに出れる」っていうのは、
常日頃の「それ」は、逆に「謙遜(←???????)」であったのであり、
自分が「歌下手」とすらもきっと認めても気付いてもいない=「ほんまにただの音痴」だったのだ。



と、そうして、(自分の中で)満を持してマイクを握った歌下手ヒサコは、
私がそれまで笑いと歌で温めた店の空気を「鈍器のようなもの」でかち割り、さらに室内温度を「マイナス10℃ほど」下げ、
さっきまで拍手喝采・爆笑していた客の目と耳のやり場を困らせ、皆、モニターに流れる歌詞だけをただただ黙って見つめていた。
だがそんなことはお構いなしで、歌下手ヒサコは全部が全部音を外している状態の「しかも大音量」で悦に入って歌い続ける。
もうそのあまりのお聞き苦しさに、「お姉ちゃん、ちょっと一緒に歌おか」と、私は二番から「歌下手ヒサコの壊滅的悲惨歌」に途中参加した。
それをすることで、もしや、歌下手ヒサコが「自分の音が外れていること」に気付いて「私の音」に合わせてくるんじゃないかという願いを込めて。

曲は、「つぐない」でした。

ところが私の音に合わせてくるどころか、歌下手ヒサコは何故かもっと外れて「ないしは今、ハモろうとしてるの?」みたいなことになってきた。
それが「ハモろうとしてるのかな?」なら、まだ「耐えれる話」なんですが、だんだん「かん高いお経」みたいになってきた。


だから「法事」 は もうさっき 終わったから!!!
っていうか、 おまえが今 「このこと」 を つぐなえ!!!

「窓に当たるその陽」が西からか東からかすらわからんぐらい
もう 「ぐっちゃぐちゃなこと」 に なっとるわ!!!




「この怒りに任せて、歌下手ヒサコの歌をようつべにでも上げたろか?」とか思ったりもしました。
でもそれをしたところで、多分、「歌下手ヒサコ」は反省するどころか、逆に「喜ぶ」と思う。
何故ならそれは、「歌下手」の自覚がないから。

もう、ほんまになんとかしないといけません。「歌下手ヒサコ」のことは、もうほんまになんとかしないと。


数年後に、「オカンの十三回忌」があります・・・。

[歌下手ヒサコ・その2]の続きを読む
スポンサーサイト
  1. 2011/09/29(木) 02:49:57|
  2. どんつき(ひと)

歌下手ヒサコ・その1

さて。

私の親戚に とんでもなく歌が下手な叔母さん がいまして。名前を「ヒサコ」と言います。

正確には、ヒサコ叔母さんは私の叔母さんではなく、私のオカン(故)の叔母さん(私の爺ちゃんの弟の嫁)なんですが。

オカンは六人兄弟姉妹の長男(私の爺ちゃん)と、六人姉妹兄弟の長女(私の婆ちゃん)の間に生まれた長女で長子なので、
オカンと末のほうの叔父叔母さんとは、10歳ぐらいしか歳が違いませんでした。よって、感覚的には、
「歳の離れた兄姉みたいな感じ」だったようで、オカンは死ぬまでそれら対象を「○○兄ちゃん」「○○姉ちゃん」と呼んでいた。
逆にいうと、「私や弟ら」と、「その対象の人ら」のほうが年齢差的にも、「叔父叔母と姪甥感覚」、なんですね。

だから、私ら(姉弟)の中では「その対象の人ら」はもうほぼ「叔父叔母感覚」なのだが、
その「ヒサコ叔母さん」におかれましては、オカンが死んだ後も私らが彼女を「おばちゃん」と呼ぶことを決して許さず、
「私はずっとそう呼ばれてたんやから、あんたらも私を ヒサコ姉ちゃん と呼べ!」という、「命令」 により、現在に至る。

と、そんな 「ヒサコ姉ちゃん」 は、先ほど言ったように とんでもなく歌が下手 なのにカラオケが大好きで、
法事で会うたび会うたび、私に、「なあ~このあとカラオケ行こうさ~カラオケ~」と、そうせがんでくるんです、「歌下手」のくせに。
そして私は、その「歌下手ヒサコ」の、そのカラオケのお誘いを断ることが出来ないんです。
それは何故なら、うちのオトンがそれらの法事を取り仕切っているからだ。

オカンはもともと2歳下の弟との二人姉弟やったんですけど、その弟が17歳の時にバイクの事故で亡くなってるんですね。
酔っ払い運転手の運転する大型トラックの信号無視でハイスピードで正面衝突され、その場で即死やったそうで。
と、そうしてオカンは一人娘となり、 オカンにストーカーまがいに惚れこんだオトン と結婚して、
息子を亡くしたショックからリウマチを発症して一気に2年で寝たきりになった母親(私の婆ちゃん)の介護と、その母親の代わりに、
祖父母(私の大爺ちゃん大婆ちゃん)の自宅介護も末期の半病院介護も、全部あの人らが2人でそれをやってきたんですね。
乳児幼児の子ども(私ら姉弟)を育てながらのオカンとオトンのそれは、もう並み大抵の苦労じゃなかったと思いますわ。
ピークの時で、家に介護老人二人(しかも一人は夜間徘徊する)と、乳幼児が三人いたんですから、ほんまいつ寝てたんか?と思う。

と、そうして最初に、婆ちゃんが死に、大爺大婆が死に、爺ちゃんが死に、そして最後にオカンが死んでからも、
オトンはずっと、自分が面倒見てきた嫁さん方(私の母方)のお墓の世話とその代々の法事・年会を今もなお勤めていて、
それについてオカン方の親戚連中は「ほんまはわしらがせんならんのに」と、オトンには多大なる感謝をしてはるようだが、
でも逆にそれを当然として継続しているオトン、その子ら(うちら姉弟)にしたら、「今日は来てくれてありがとうの立場」なわけです。
よって、歌下手ヒサコが「二次会でカラオケ行きたい」とか言うても、(来てもらってる側の)私はそれを無下に断れないのである。

でもまあ、私もオトンも歌は好きやしカラオケも好きなんで、付き合い半分ノリ半分で、法事二次会はいつもカラオケです。

ただ、「歌下手ヒサコの旦那のミツオ叔父ちゃん」が、カラオケ嫌いの「飲むだけ」の人なんで、カラオケボックスには絶対行きたがらない。

よって、「子連れで行っても大丈夫なオトン行き付けのスナック(カラオケ有)」に、法事二次会は毎回行くのですが、
すると当然、下町の小さなお店といえども他のお客さん(ほぼ常連やけど)がいたり、入って来たりもするわけで。

と、そうなると、「歌下手ヒサコ」は、さっきまであんなにカラオケカラオケ言うてたくせに、なんか急にもじもじするのである。

私「ヒサコ姉ちゃん、カラオケやで。歌いーや」
ヒサコ「よう歌わんわーこんなとこでー。他のお客さんも居てはるしー」
私「ワレとこのクソ旦那がカラオケボックスはいやや言うからここになるんやないか!!!www」
ミツオ叔父「お~い、聞こえてるぞー? 誰がクソ旦那やねん~?」
私「ねえほんま誰ですかねそんなん言うてんの?出てこいコラええ加減にせえよ!?しまいに張り倒すぞボケー!!」

店に居た客や、今さっき来た客が、どっと笑う。

ヒサコ「も~!みんなこっち見てはるやないのーよけい歌われへんなったわー」


 ↑ 「これ」。

もう 「ここ」 なんですよ、歌下手ヒサコの 「なんかあかんところ」 は。



プロの歌い手さんは「歌うこと」に対するベクトルがまた違うと思いますけど、素人の「カラオケうまい」は、要は場数なんです。
「人前でどんだけ歌ってきたか」、もっと言うと、「知らん人の前で、どんだけ歌ってきたか」。

歌下手ヒサコは「週一でカラオケ友達とカラオケボックスに行ってるのに全然上達しない」と嘆いていますが、
私に言わせると、「そんなもん当たり前じゃwww」なわけです。何故なら、

人が歌ってる時に誰もその歌をなまじっか聞いていないで各々が「歌本」をめくって次に自分が歌う歌を探している

というそんな中で、もう何十曲何百曲歌ってもそれはただの自己満足に過ぎないのです。緊張感が全く足りないのだ。


と、そんな偉そうに言う私は、特別に「歌がうまい」わけではないし、ちゃんとした歌のレッスンも受けてない。
ただ、「カラオケはうまい」。もっと言うと、「さも歌がうまいかのようにカラオケで歌うことが出来るやつ」なんです。
それは、「知らん人の前(カラオケ)で歌うことの場数を踏んできたことで自分が習得したこと」、なんです。
なんせ小学生の頃から、「歌(カラオケ)好きのオトン」によって、近所のスナックに連れられてましたからね。

「カラオケデビューは小学生の頃で、それはハチトラでの演歌でしたww」って、私のツレや同世代にでも、あんまりいないです。
大概、「高校生の頃にカラオケボックスがばんばん出来て、それが僕の私のカラオケデビュー」って感じです。
私が中学生になった頃ぐらいからスナック(飲み屋)がレーザーディスクになったけど当初は、「1曲200円」でした。
それは、「その数年後に世に出た最初のカラオケボックスのシステム制度」と、同じくして、なんかそうでした。
あ、平成生まれの読者さんは「りっさん今何言うてるかわからん話」やと思いますが、興味があったらググってみてください。


話戻って。


と、そんな「スナックのカラオケ」に、おニャン子クラブの「セーラー服を脱がさないで」なんぞ一切入ってません。
カラオケは「大人の遊び道具」でしたから、子ども向きには作られていなかった。


東京シティー は 風だらけ。 (ARB 無関係) 


と、そんな子どもがそこで生き抜くためには、「津軽海峡冬景色」を、もう歌うしかないわけです。
最初は酷いもんやったと思いますが、そうして知らない人に聞かれてる緊張感の中で歌うと「うまく歌えなかった時」の反省度が半端ない。
「今度はここで外さないようにしよう」と、音を取りながら意識しながら歌うようになるし、こぶし聞かせる真似事みたいなこともしたりする。
って、なってくる(場数踏む)と、そこにいる人(知らん人)らは、「おっ?なんやなんや?いけるやんこの子~」ってなってくる。
と、そうして注目されることで「次はもっとうまく歌わないと」ってなってきて、知らん(うまい)人の歌を聞いて「勉強」をする。
と、そうして勉強したこと(知らんうまい人が歌ってた知らん歌)をも、今度は自分が「見よう見まね」でやってみたりもする。

おかげさまで、就職して社会に出てから 「年配上司とのデュエット曲」 には、なんにも困りませんでした。
「昭和枯れすすきを完璧に歌える18歳の新人女子社員」は私だけだったので、まあまあ重宝もされました。



話だいぶ戻って、歌下手ヒサコ。


「もうほんまになんとかしないといけない、この歌下手ヒサコを。それは身内として」 


と、私は思い、オカンの七回忌の法事の二次会のカラオケの時、「歌下手ヒサコ」に、いよいよだいぶ厳しいことを言いました。



続く。
  1. 2011/09/27(火) 01:35:59|
  2. どんつき(ひと)

ファイバー ~からの喫茶店。その・2

さて。本題に入る前にひとことだけ。

ユートさ~ん!

「どんつき~」、読んでくれてはるんですってね!聞きましたよ~。
なんでも、「私が昔、蜂に刺された話が大爆笑だった」、とか。それはたいへん良かったです。

ただひとつだけ私が言っておきたいことは、

町内のおっさんのションベンをぶっかけられた私は なんっにも おもろなかったです。


さて、この 続き。


一度目の入院は、次女のももを妊娠していることがわかったのと同時に、そのエコーで卵巣嚢腫があるのが見つかって、
「このままだとお腹の中で大きくなる胎児の成長に押されて捻転を起こしたり破裂する危険がある。そうなると緊急手術になるので胎児もあなたも危険」
ってことで、妊娠安定期に入るのを待って、嚢腫部分を切り取る手術をしました。水風船ぐらいの大きさになってたらしい。
と、その手術の後、回復過程で腹の中がところどころ癒着した←これが現在、私の腸にファイバーが通りづらい理由です。
その手術自体は今や内視鏡手術でも出来る場合もあるそうですが、私はなんせ妊娠中だったんで安全策で「開腹手術」をしたんですよね。
盲腸とかでもそうですが開腹手術をするとどうしても、切ったとこがくっついていく中で癒着などを起こすこともあるそうです。

余談ですが、
「そうした開腹手術を妊娠中に経験したこと」で、私は娘二人を普通分娩で産んだにも関わらず、
「帝王切開で子どもを産むことについてのしんどさ、痛み」についても、私はもうその概ねを経験している。

これはもう何回も、色々な場所で書いても言うてもいるんですが、最近からの読者さんもわりといるのであえて今一度書いておく。

帝王切開で子どもを産んだお母さんは「自分は陣痛の苦しみを知らないから…」と、出産ネタになると控えめになる節があります。
でもそんなん全く臆することはないのです。そこで口ごもることもないし控えめになることもない。何故なら、

背中に打つあの半身麻酔がどんっなに痛いかをあなたは経験しているのだ。

しかも生まれたらもう早速に授乳せなあかんから、普通の外科手術みたいにそんなタップリ鎮痛剤も飲めないしね。
私も妊娠中の手術やったから、鎮痛剤は術後に1錠もらってそれっきり。あとは「気合で耐えろ」でした。
こちとら腹バッサリ切ってんのに「母親ならその痛みにも気持ちで耐えられるはずよ!」的な。


アホなこと言うなwww
母親やろが何やろが腹斬られたら「人として」痛いもんは痛い、っちゅうねんwww



陣痛~出産も命がけなら、腹切って子ども産むんだって命がけです。昔はそれで侍が死んでたんですから。ヒント:切腹。
だから引っ込み思案になることなんかなにもない。もう堂々と胸を張ってください。出産にラクもしんどいもない、「みんなしんどい」。


話戻って。


でもそれはいわば計画入院だったので、仕事休み取ってくれたオトンと山口の伯母(オトンの姉)が、
オトンが術日込みで3日、そこから伯母に交代で、退院後の安静も考えて計2週間埼玉まで来てくれて、いちごを面倒見てくれた。

手術でかなり体力落ちてるわ、上の子(いちご)いるわで、その後の妊娠経過もまあまあしんどかったが、
近所の先輩ママや、いちごの幼稚園で知り合ったツレらにも助けてもらいながらなんとか頑張ってたんだが、
その数ヵ月後、年末30日だか31日だかの晩に急激にお腹が張ってきて、時間計ったら10分感覚ぐらいになってるんですよ。
つーかこれ、進行したら陣痛やん!あかんてまだ予定日まで一ヶ月半以上もあんのに今生まれたら!
ってことで救急で産婦人科に走ったら私はもうそのまま「切迫早産」で緊急入院になり、陣痛抑制剤の点滴を繋がれた。
しかも「寝たきりの絶対安静、トイレに行くのも禁止」だったんで、尿菅入れて(←これがまたばんばん痛いww)のガッツリ拘束。
当然身の回りのこと(洗濯とか)も出来ひんし、いつ何が突然起こるかわからんから、誰か常に通える身内をつけてくれと言われた。

って、そんな私の身の回りのことや飛んで来てくれるをしてくれる人以前に、「いちごをどうしよう…」ってなって、
でも年末年始の帰省で近所のママさんらやツレらも実家帰ってたりでいないし、とにかく京都の実家のオトンに電話したんですが、
「わしも年始明けには仕事始まるし、そんないつ退院できるかわからん状態で仕事休んでいちごを世話しには行けない」と。
でもそれは旦那(元)も同じことで、「そんなん俺だって明後日から仕事あるんやから、無期限休暇とか無理やし」と。
で、結局旦那は「もうどうにもならん」と自分の実家の広島に行って、義父母に頼んでいちごを一人に置いてきたんです。

いちごは当時、ものごころついてからは「盆正月の帰省で2回」しか広島の爺ちゃん婆ちゃんに会ったことがなかった。
全然知らん土地。全然知らん周りの人たち。ほとんど全く覚えてない爺ちゃん婆ちゃん。
そこに、先月5歳になったばかりの子がたった一人で置いて行かれる、とか、もうどんなに心細かったかと思う。
でも私にはどうすることもできなかった。自分は繋がれてるから何も動けない。そんな自分が旦那を責めることも出来ない。
自分だけのことやったらそんな「広島に一人で置いてきた」とか、速攻で連れ帰ってなんとしてでも踏ん張りますわ。
でも私のお腹にはもうひとつの命があるんで、ここでいちごを想って無茶をしたらこのお腹の中の子はどうなるのか…。

ほんでまたその旦那のお義母さんが、もうしょっちゅうナースステーション(宛てで私)に電話してきはるんですよ。
「尿管は取れてトイレ許可だけは出たけど、それ以外はまだ起き上がるのも禁止の寝たきりや」、言うてんのに。

義母「いちごちゃんがほうれん草を食べてくれないんだけどどうしたらいいの?」
私「(え?そ、それだけ?)…そうですか、すみません。どうしても食べなかったら無理させなくていいです」
義母「あなたは子どもの好き嫌いを許してるの?栄養が偏るじゃない!」
私「いや、ではなくてww普段は何でも食べるんですけど、今はもうこんな時なんで、きっと気持ちのバラつきもあると思うので…」
義母「私の料理が美味しくないってこと!?でも昨日のタラコスパゲティは全部食べてくれたのよっ!ママのご飯より美味しいって言ってくれたわ!」
私「(えー誰もおまえの飯がまずいんやろとか言うてないwそして子どもも子どもなりに気を遣っているわけで…)いちごに毎日美味しいご飯を作っていただいてありがとうございます。本当にすみません、私もなるべく早く退院できるように頑張りますのでどうか…ってかこうしてしょっちゅう電話あると安静に出来ないww
義母「なぞなぞを出してきて私は絶対正解してるのに、ブー違いまーす!とか言うのよ?じゃあ正解はなに!?」
私「(てか5歳児相手になぞなぞで必死になるとかもうw)すみません、子どもの言うことですので適当に聞き流してください。きっと甘えてるんだと思うんです。すみません、全部私が悪いんです。退院したらしっかりしつけますんで、今は何卒大目に見てやってください」


ひとつだけ言いたいことは


お義母さん それ 「育児ノイローゼ」 や。(泣)


点滴台引っ張ってトイレ行くふりして、こっそり洗濯室で洗濯してたのもよう見つかっては怒られたが、
それより何より、お義母さんからのそうした電話についてはもうまあまあかなり看護師さんに怒られました。
「毎日毎日いい加減にしてください!ナースステーションの電話は私物じゃないとあなたからもお義母さんによく言ってください!」

言える 「わけ」 がないwww


自分の入院で子ども預けっぱにしてる身の上やのに

「そんなことで毎日毎日電話してくんな空気嫁!!!」
「考えるんじゃない、感じるんだ! Don't think, feel !!! 」


とか、そんなん言える 「わけ」 がないwwwww


でもね、お義母さんもきっといっぱいいっぱいでやったくれてはったんやろなと思うんですよ。
子育てなんかもうとうに忘れて夫婦で大人のペースでのんびり暮らしてるところに、息子が孫を、
しかも「年一回の帰省でしか会うたことない勝手のわからん5歳の幼児」を、突然置いて行かれたんですから。


テンパってるお義母さんに電話を代わってもらって、いちごと話した。

私「いちご、ママだよ」
いちご「……。」
私「いちご、毎日ママと赤ちゃんの絵を描いてくれてるんやってね。お婆ちゃんに聞いたよ。どんな絵かな~?って、ママも毎日楽しみにしてるよ」
い「……。」
私「いちご、ママのお話、聞こえてる?」

そしたらいちごが、もうほんまに蚊の鳴くような小さな小さな声で 「まま……」 とだけ言った。

私はもう自分の腕に刺さってる点滴の針を引きちぎって今すぐいちごの元に行っていちごを抱きしめてやりたくなった。
涙がボロボロ出てきた。でも私が泣いたらあかん。いちごのほうがもっと泣きたいのに、でもいちごは泣いてないんやから。

いちごは夜寝る時に布団の中でこっそり泣いてたと思う。でも私も毎晩病院のベッドでこっそり泣いてました。
それは何故なら、私が泣いたらみんな泣く。
そしたらもうここにいる全員(同室仲間)も各々つらくなって、きっともう「負の連鎖」になってしまう。
「上の子が居てない初産婦のあんたはまだいいよ」とか「実家が近くて親がいろいろしてくれるあなたはまだマシだ」とか、
そうして、「この中で私が一番しんどい!って言いたい合戦」になってしまう。
何故なら、「泣きたいのはみんな一緒」なんやから。誰だって、今、「好きでここにいる」んじゃないんやから。


と、そうしてるうちに、いちごの幼稚園の冬休みが終わって。


「いちごがずっと幼稚園を休んでるのは何故?」と先生に聞いたツレらが私の「大晦日からの緊急入院」を知って見舞いに来てくれて、
私はそこでそのツレらに めちゃくちゃ 怒られた。

「なんで相談してくれないの!?こういう時に助け合うのが友達でしょ!?まして同じ母親同士じゃない!」
「水臭いよあんた!!ほんといいかげんにしないとうちらマジで怒るからねっ!!!」

(え~もう怒ってますやんwww)とか思いながら私はそのツレらの言葉に不覚にも泣いてしまい、そしたらツレらが
「いちごはうちらが面倒見る。幼稚園にも通わせる。だからもう今すぐこっちに帰してやんな!なんなら迎えに行ってやるよっ!」
と、女前なことを言ってくれたんだがさすがそこまで甘えることは出来んし、でも旦那は「繁盛期で仕事休めへん」と言うので
それはオトンに頭下げて頼んで、ほなオトンが広島まで行ってくれてその足で折り返し埼玉まで、いちごを連れて帰って来てくれた。


「ままーーー!!! いちごがきたよーっ!!!」


「大きな声を出したらあかん走ったらあかん」って言うてる病院の廊下をそうして遠くから叫びながら走ってきて、
「毎日描いてたママと赤ちゃんの絵」と一緒に私の胸に飛び込んで来た、もうじきお姉ちゃんになるけど「まだまだ小さないちご」。



話かなり戻って、「ファイバー ~からの喫茶室」。



あ~~、そやったな~~~。 あの時はほんまもう何もかも大変やったな~~~。
いちごも頑張ってくれたけど、ももも、あの手術やら切迫早産やら乗り越えて頑張って生まれてきてくれて、
でもそこに行き着くまでにもうほんっま、いろんな人に助けてもらったなー。ほんで今でもそれはそうやしなー。
あいつら、そうしてもうあちこちに「お父さん」「お母さん」がいるしなー。
「神様はその人がこれを乗り越えられると思うからその試練をお与えになる」って言うけど私の場合は違うと思う。
私の場合は、神様が私にお与えになったその試練について、
「ここでこいつをコケさせてたまるか!っていう周囲・仲間の試練の乗り越え力が凄いだけ」で、そのことで
「私がその試練を乗り越えた」っていうそれは結果論的な話になっているだけで、ほんまはもう全部「仲間の力」やねん。
なあ、オカン、どう思うよ?なんか言うてくれよ。


…返事がない。ただの屍のようだ。



と、そうした感じで、私は今回もその喫茶店で「リセット・リスタート」をしてきたのでした。
願わくばいつか、「ファイバー ~無しで 喫茶店」に行けたらいいな、と思います。



[ファイバー ~からの喫茶店。その・2]の続きを読む
  1. 2011/09/21(水) 01:39:56|
  2. 闘病?ネタ

ファイバー ~からの喫茶店。その・1

さて。


今日(もう昨日やけど)は、一年ぶりの大腸ファイバーの検査でした。

その検査のことに関しては、毎回まあほぼ一緒なんで、この記事 をお読みください。

ただ、今日はもうどうしても途中からが痛くて痛くてチューブが通らなかったので大腸の4分の3ぐらいまでしかいけませんでした。
主治医と看護師さんが上から腹を押さえつけて、腸の引っかかってるとこを押し込んで押し込んで頑張ってくれはったのに
でもどうしても、今日は「その先」からが全然もう通らなかったので、私は「難病認定を受けてる身」として申し訳なくなった。
この病気になった頃は「自分のこと」しか考えてなかったけど、五年も患っていると「医学会全体のこと」も考えるようになる。
「私が治ればほんまに凄い」、でも私が治らなくても、「私が状態・経過をしっかり見せること」で、私の後輩が治るかもしれない。

よって検査後、主治医に「例えば私に全身麻酔をかけてもらって隅々まで検査してもらう、とかはどうでしょうか?」と聞いた。

すると主治医は、

「う~ん…。麻酔検査も良し悪しがあってね…。痛いっていうのは言い換えれば危険信号やから、麻酔で眠らせてりちさんにその危険信号を感じとらせないまま画像の見た目だけで判断して無理やり通すと、腸が破れてしまう危険もあるんです。特にりちさんの場合は以前しはった手術で中がところどころ癒着して狭くなってるから。それに検査中は麻酔が効いてるけど家帰って麻酔が切れたら、検査中は麻痺させて通した部分に激痛が襲うこともある。入院してるなら僕らもすぐ対処できるけど家で一人でいて、そんなして動けなくなったら大変でしょ?子どもさんのことだってある。だから、僕はりちさんには麻酔を強いてまでの検査はしたくないんです」と言った。

「私個人のこと」もいろいろ考えてくれてはるんやな~と思った。


「当たり前です。」 って怒られるかもしれんけど。 


なんか、ちっともお役に立てなくて、なんかほんますんません。
「ゆくゆく癌化することが多い」と言われてるこの病気六年目の状態、じっくり見たいやろうに、なんかほんますんません。


話進んで。


昨夜(検査前夜)、私が大人のくせに「明日の検査いややなーいややなー」と、独り言で愚痴っていたら、
いちごが「ももちゃん、ちょっと…」と言って、ももを連れ去って子ども部屋に行ってしまったので、
「うはw ヘタレな泣き言いうてるオカン、なんか見捨てられたぞいよいよww」とか思っていたら
だいぶしばらくして二人が居間に戻ってきて、「ママ!はい、これっ!」と言って、どう見ても手作りのお守りをくれた。

お守り

いちご「前にシュシュを作った余りのきれやけどごめんねwそれと急いで縫ったからヘタクソやし、あんまりじっくり見んといてw」
もも「中には、ももちゃんがかいた絵がはいっていまーす!でもそれはまだ見たらだめでーす♪」
私「まだ見たらだめなんや?」
もも「だめだよおー!!ママがけんさで、ほんっっっとにしんどくて泣きたくなったときに、見てくださーい♪」

おまえらそれは「はじめてのおつかい」の見すぎやろwwわしゃ「おつかいコドモ」かwwwと思ったけど、嬉しかった。
と、こういうことが たま~に あるから、子育てって頑張れるのかもしれない。

だが実際ほんまにしんどくて泣きそうな時にお守りの中身など開封してられないので、
検査前に待合室で見てみたら、確かに、中にももが描いたらしき絵が入っていた。

絵


「ママ大すき。がんばってね!」



ご、ごめんよ…、いちご、もも…。
でもママ、今日は 横行結腸 までしか頑張れなかったよ…。




と、そんな感じで検査が終わり。


私は、院内に併設している喫茶店に遅めの昼ご飯を食べに行った。

私はこのしんどいファイバー検査後だけは、「その喫茶店でご飯を食べてもいい」と自分に許可しているんです。
いや、べつに特別美味しいわけでもないし、値段からして概ねが「業務用のレトルトか冷凍食品」やと思いますけどww
ただ、その喫茶店に私は特別の思い入れがあるんですね。

っていうのは私が通っているその総合病院はかつてオカンが入院していた病院で、何度も改修改築して綺麗にはなってるが
その「病院内にある喫茶店」は、「入院してるオカンのお見舞いに行った時にたまに連れてもらった思い出の場所」なんですよね。
おそらく「なんもしてやれへんから少しは喜ばせてやろう」っていう「この院内で出来ること」の母心やったんやと思います。
それでも子どもなりに気を遣ってパフェ(高い)は遠慮して頼めへんかったんで、100円のカキ氷ばっかり頼んでましたけど。
…あ、でも下の弟はいつもクリームソーダを頼んでいた気がする。今思い出したぞジェーンあいつまあまあKYやな!www


話戻って。


よって私はこの検査の後はその喫茶店に立ち寄り、

「もう私あの頃のオカンの歳を越えたんなあ」とか、
「オカンどんな気持ちでここに連れてくれたんかなあ」とか、
「ここ連れてもらうのが最高に嬉しいってどやねんwまあそれは今も変わらんけどあいつらマクド行くのに着替えよるしなw」
とかいった感慨にしばし浸り、そうして色々を「色々と」リセット・リスタートしてから家路に着くのだが、
今日はいちごとももにお守りをもらったことから、ふと、ももの妊娠中に入院した時の、色んなことを思い出した。


私は二年前にここ京都で いちごとももを置いて入院したこと がありますが、
私は以前京都から埼玉に引越して一年ぐらいの頃、当時4歳~5歳にかけてのいちごを置いて二回入院したことがあるんです。

それは今の持病が発症する前で、「次女・ももの出産入院以外」で、なんかもう「バタバタ」と。


つづく
  1. 2011/09/17(土) 02:10:19|
  2. 闘病?ネタ

【緊急募集】 嫁。 【経験者優遇】

さて。

先日、「私がこの夏の登録販売者試験にもうたぶん確実に受かったこと」を書きましたが、
そして何故その試験を受けたのかというとそれは「勉強の目処(いつまでにここまで理解するリミット)」だったと書きましたが。

人間というものは、もう本当にいやらしいもので、「自分がその資格免許を取れたであろう」とわかるや否や、
私はもう早速、「登録販売者募集」という求人広告がやたら目について、気になって、なんかしかたないのである。


だってもう ほんまに貧乏 なんやもん、この「バイト暮らし」の母子家庭。


登録販売者という資格を持って仕事をすれば同じバイトでも単純に今より時給が倍になります。その分、責任も莫大に伴うけど。
っていうか、それ(時給云々)より私を食いつかせて離さないのは、
その資格を持っている人間の社員募集(中途採用)が、まあまあわりとあることだ。しかも「年齢不問」で。


いや、わかってます。 


中途採用の壁は、もうはっきり言って、「30歳以下」、「30歳まで」、なんです。
だが昨今それを公に謳わなくなったのは「求人募集に年齢制限をしてはいけない」という法律的なモノが出来たからなんです。
ぶっちゃけ 「20年以内に定年になる中年よりは30年以上働ける若いやつ」 のほうが、それは絶対良いに決まってるんです。
よって、「してはいけない」とされている年齢制限を「理由付き」でして、中途採用を募集しているところもあります。
「これから先、会社を引っ張っていく幹部候補を育てたいから」とか、なんかそんな感じの理由で。
だからそうしたところは、もうなんぼ37歳のオバハンの私が「トーハンの資格持ってます!」と出向いたところで無理。
でも一応、一応、そうして「年齢不問」で求人をかけているところについては、私はまだ「望みがある」んです。何故なら、


バイトと言えど私は薬剤師の下で3年間薬売りの実施アシストをしてきました!


…っていうようなモノでは大したアピールポイントにならないと思いますが、ではなくて私の場合、


「且つ、キャンペーンをめっちゃ売ってきたエース級のバイトでした!!!」


っという、「御社の即戦力になれますよ!」っていう、そんな資格+α(実績)の「自分の売りどころ」がある。



ただ。



そうして、私が「うまいこと」中途社員雇用をゲットしたとして、それ給料や待遇はもう今(バイト)より抜群に上がるけど、
問題は、その雇用形態で働くことになると今(バイトの身)だから許されている「シフト希望」がもう一切通らなくなることだ。

例えば、「うちは母子家庭でしかも下の子がまだ小学二年生なので夜番(閉店まで)の勤務は勘弁してほしい」 とか、
例えば、「うちは母子家庭で子どもに緊急事態が起きたら私が出向かないといけないので遠い転勤はできません」とか。

逆にずっとそこに社員として勤めてて急に何らかの事情でそうなったら会社もそこは譲歩してくれるでしょうけど、
そんな制約を最初から持ち込んでくるようなやつをわざわざ「中途」で採用しますか?
私が人事部担当やったら、そんなもんもう絶対採用しませんわ。
なんぼ「すぐにでも仕事できそうなこと(資格・実績)」を引っさげてきても、それはもう絶対採用しませんわ。


と、ここで私がひとつだけわかったのは、


我が家における「女手」の不足。


専業主婦でも兼業主婦でも、或いは「婆ちゃん」でもいい。
なんしか家に「女手」があれば働き方の制限しなくていいんです。それはもう思いきり外で働くことができる。


余談だが、あと2年で定年になる63歳のオトンに私は今日、「そのお伺い」を立ててみたんですよ。
最終的に頼るとこは、唯一生き残っている親(育児期終えて生活にゆとりのある身内=オトン)しかないかな、って思って。


私「このままの働き方してて子どもらを進学させるのって無理やと思うねんか。だから転職考えてるねん。でもそうすると私は今以上に一般的休日もそして夜も働くことになるんやけど、それは全然いいねんけど、ただその間を子どもらだけ家に置いておくのか?ってことが。具体的に言うと、晩の10時11時までこの子らだけで生活をさせるのか?って言うのがもう一番ネックになってる問題でさ~」

私的には、そろそろ定年間際のオトンに「そっち(私が働いてる間の子守り・留守番)」をお願いしたかった。

だが、オトンは「まるで予想だにしない形での協力提案」してきたのです。


オトン「下のももが二十歳になるまであと13年、大学に行ったとしてあと15年。そしたらそれまで俺はこの仕事を辞めんと孫を食わせる!だからおまえはもう一人でそんなに必死で頑張って働かなくていい!また一緒に暮らそう!そしておまえはたまにパートに出ながら家事と育児をしてメインで働くお父さんのわしの飯も作れ!もうただそれだけでしてたらいい!体弱いんねんから!わしはいちごとももが一人立ちするまでこの仕事続けるから!(キリッ」



てかオトン あんた現状「63歳」ですけどwww
15年後には だいぶ「78歳」なんですけどwwwww



「夢や気合い」でなく「現実的」に私は話してるんですけどwwww



話戻って。



かなり、もうかなりの、我が家は「女手不足」です。
専業主婦でも兼業主婦でも或いは婆ちゃんでもいい。「女手」は、もうほんまに貴重です。
家庭に「女手(守る人)」がいてくれるからこそ外で思いきり働けるのです。特に子どもが小さいうちはなおさら。


嫁さん、欲しいですわ~、マジで。


嫁さんいる人、嫁さんのこと大事にしたってや?ほんま。「思いきり仕事できる糧」やで、マジで。
[【緊急募集】 嫁。 【経験者優遇】]の続きを読む
  1. 2011/09/15(木) 03:23:00|
  2. 仕事ネタ(現職)

つまらんシナリオ

さて。

目下成長期である中1の長女・いちごが春頃から膝と踵の痛みを訴えており小児整形外科に通っているんだが、診断は「成長痛」ということで、
「様子見ながら痛い時は筋トレだけにするとか練習メニューを考えながら(陸上)してね」と医者に言われたそうで、
もうほんま痛くて思うように練習ができないそうで、タイムも伸びず大会での成績も上がらず、で、ちょっとイライラしています。
と、そんな体の成長期に兼ね備えて彼女は心の成長期(反抗期)でもあるので、
そうした「どこにもぶつけようのない苛立ち」を、母親である私に、日々ガンガンにぶつけてくるのである。

いちご「もういやや、こんな足」
私「ほなどんな足がええねん」
い「成長痛のない足」
私「そら無理やwあんたは今、成長中やねんから」
い「でも同じように走っても膝とか痛くならへん友達だっているもん!」
私「そんなん言うたってしゃあないやんか、あんたはあんたであってその友達じゃないねんから」
い「もう最悪や。最悪最低の不幸や私は」
私「そういうこと言うのやめとけ。それを聞かされてるあんたの耳が悲しむ。…っていうか体の成長が止まっても骨は一生破壊と修復を続けとるねんな~実は!…ってこの話なんかちょっとおもしろくない?なんかちょっと不思議じゃない?w」
い「べつに全然おもしろくないしね。てかそんなこと聞いてるんじゃないしね」
私「ほな何が聞きたいんや」
い「どうしたらこの最悪最低の不幸な膝が痛くなくなるのか」
私「それは先生に聞いてくれよwwママは医者じゃないねんからわからんよwww」
い「薬売ってるくせに」
私「まあ薬屋ですから…。っていうか、何?膝が痛いなんてかわいそう!!ママの足と取り替えてあげたいぐらい!!っとかそんなん言うてほしいの?」
い「やめてくれる?その子ども扱い。ほんまにイラつくから」
私「やろ?っていうかそろそろママもこの不毛な会話にイラついてきたわ」
い「親が子どもに『イラつく』とか言っていいと思ってるの?それって、虐待やで」
私「wwwwwもうなんやねんおまえはwwww」


口達者の反抗期、相手するのに疲れます。


そしてこの会話について、私がひとつだけわかったことは、

いちごの頭の中にはもう最初から「あるシナリオ」が出来ている。だから私の話(考え)なんぞ聞く気はないんです。
「ママの落ち度を突いて責めるというシナリオ」に基づき、そこに「私の発した言葉を当てはめること」を、いちごはこの会話の目的としている。
要は、相手(私)の伝えたいこととか聞く気もなくただ「自分のそのホンに当てはまる私の台詞」を引き出したいだけなのだ。



って、 こういう話 どっかで聞いたことあるよ~? 
「反抗期の子どもでもないのにそんなんしてる話」、
なんかどっかで聞いたことあるよ~? しかも、つい最近。






私は「そのやりとり」を実際見てないんですが、そのやりとりをちゃんと追った友人にその全容を聞きました。
と、それを至極簡単に書き現しますと、それはなんか「こんな話」でした。

記者「(福島から帰ってきた直後のその大臣に対して)その服装(現地で着てた作業服?)のままなんですか?」
大臣「うん、(直帰したとこで)着替える間がなかったから。…放射線、うつしたろか?」

記者「大臣がそんなこと言っていいと思ってるんですか!!!」


っていうか、「それはそこでそんな質問をしたおまえに対する皮肉やろwww」と私は思いました。

だっておかしいと思いません?

なんで現地視察?だかして帰ってきたとこの人に「服装そのままなんですか?」っていう質問をする?
その質問の裏には、「その服に放射線は付いてないの?」っていう「含み」を感じるじゃないですか。
っていうことに気付いてしまったら、私やったらなんかもう「カチン」と来ますわ。
ほな逆にこいつの「その心配」に対する皮肉のひとつでも言うたろか?wとか、そんなん思ってしまいますわ。


「りっさん、アウトー!!!」 (ガキの使い、無関係。)



そのやりとりの全容をちゃんと追ったその友人は、そんな「やり方・聴き綴り方」に、まあまあ怒っていました。
その友人は人の話を聞くことを生業とするインタビュアーの仕事をしているので、まあまあ本気で怒っていた。
「それを生業としない私」ですらそこに気付いてなんか腹が立ったぐらいですから、
「その本職の人間」にしたらそれはもうだいぶ腹が立ったことだったろうと思います。

なんか、なんにも変わってないなーと、私は思いました。

「一国の首相がカップラーメンの市場売価を答えられないことをこぞって言及してた時」と、なんにも変わってない。

首相が、市場で売られてるカップラーメンの値段を即答できなかったからって、それがなんなん?
大臣が、自分のしてる仕事(国のこと)を真剣に聞く気もないやつに皮肉的な発言をしたからって、それがなんなん?

余談だが、私は政治家に対して「庶民性」とか「親しみやすさ」とか、そんなものは求めていません。
もちろん、一般人の暮らしから随分かけ離れた案ばっかり出す人でも困るけど、政治家は「奇人」でいいと思っている。
っていうか逆に、政治家に庶民性や親しみを求めるなら、「サザエさん」 が総理大臣になってしまいますからね。


お魚くわえたドラ猫を裸足で追いかけたり買い物行くのに財布忘れてしまうような総理大臣が
数々の国難を乗り切り、イジメレベルの喧嘩を随時売ってくる「北・南・中国」と渡り合えると思う???
 



変な話、
国民がみんな潤うなら「それをやってみせた政治家」が陰で私腹を肥やしていても別にかまへん、と私は思ってます。


「なるほど…!りっさんはどうやら小沢総理の誕生待ちみたいだ!」

いや、 「500%」 それはないからwww
それこそ、「私の言葉」を「君らのシナリオ」に当てはめないでくださいwww 

 


話戻って。


今起きている出来事を忠実に伝える、人の話を聞いてそれを忠実に伝える、それが「報道の仕事」じゃないのか。
最初から「シナリオ」があるのはドラマやコントの作り方であり、「報道ジャンル」でそれをやるのは違うと私は思います。

「ちょっとおおごとにしただけで一国の大臣を辞めさせることが出来る」って、なんか「気分爽快」なんかもしれんけど、
逆にそれが「気分爽快」になってしまってるのなら、もう「その仕事」を辞めたほうがいいわ、と、私はそう思います。

「そんなことをするためにその報道の仕事に就いたの???」って、見てて聞いてて、もうほんま、そう思いますわ。
  1. 2011/09/14(水) 01:47:18|
  2. どんつき(時事とか)

「君のこと」

  

  僕が

  「君が元気になったら、あの山に一緒に登ろうよ」

  と、言ったら


  君は 笑って
  
  「先に行ってて。私も必ず、あとから行くよ」

  と、言った。


  
  そんな君を僕は愛おしく思うのだけど、君にはもっと、僕に甘えてもほしいかな。



   
  1. 2011/09/13(火) 05:05:42|
  2. お知らせ・よりかねの思ひ出

「続けていく」ことの力。~EARTH JACK 10周年記念ライブ

さて。

今日はあのNY9.11から10年目、3月11日の震災から半年という節目…。「節目(?)」の日でした。
っていうか、「節目」は「節目」やけど、それは「なお継続」してるし、今後もそれはしていくからなー。
例えば、私は「母親の命日が自分の27歳の誕生日」なんですが、私にとってオカンの命日とは、
「オカンが死んだ日」というよりも「自分のリスタートの日」みたいなところが私にはあります。
何故なら私はまだ生き続けているので、生きてる人間にとっては、「それはいまだ継続」をしとるんですよね、もうずっと。


そして。

誠に個人的なことですが、私にとっては今日「もうひとつ」、大きな出来事がありました。


EARTH JACK 10周年記念ライブ! 


奇特などんつきフリークですらもう忘れているかもしれないが、私はかつて、とあるジャズバンド に所属していたのです。
というか、「バンドやろうぜ!」言うて人集めるだけ集めて、わずか4ヶ月で元旦那の転勤で関東に行ってもーたんですが
それからもそのとあるジャズバンドこと「EARTH JACK」、略して「EJ」は音楽活動を続け、今年で10周年になるそうで。

みんなそれぞれ仕事があったり、乳幼児・小学生の子どもを育てながらのその活動継続は、趣味とはいえ大変だったと思う。
というか、彼ら彼女らの活動はもう、素人の趣味の域を超えてますからね。
老人ホームに出張ライブしたり、地下鉄地下街の音楽イベント出たり、結婚式披露宴二次会で演ったり、呼ばれたらどこでも行きますから、楽器持って。
と、そんなEJに「是非演奏してほしい!」という京都開催のイベントがあればこちらまで→http://katy.jp/ejej/ (活動告知用 携帯サイト)

余談だが、この「EARTH JACK」というバンド名の由来は

めっちゃ上手になって音楽で地球をジャック(乗っ取り)してやるぜ!

っていうところから命名されたんですが、


おまえらは一体、何を言っているのか と。


まあ「乗っ取り」っていうのはシャレ(冗談)ですが、それぐらいの気持ちでやっていこうぜ!ってノリで名付けられたんだが
ひとつだけ言えることは、

バンド創設当時、メンバーの中にはなんと「楽譜が読めないやつ」がいた(爆)

と、そんなEJが、今年でもう「活動10周年」だという。

その間、メンバーが転勤や県外引越し等で抜けたり、試験・就職・出産育児・仕事過密などで練習に出れなかったりで、
何回かバンドの存続自体が危うくなったこともあったようだが、
それでも彼ら彼女らは「EJの灯火」を消さないようにと、どっかからか新たなメンバーを引きずりこんできて
もとい、募ってきて、懸命に、この10年間ずっと、音楽活動・バンド活動を続けてきたんですよね。

「10年」言うたら、まあまあ凄い年月です。
生まれたての赤ん坊が小学校五年生ぐらいになるほどの、まあまあ凄い年月です。


今日のライブはそうした彼ら彼女らの「10年間の努力の結晶」みたいな素晴らしいライブでした。

「これ、今演奏してるんって、あの EJ やんな…???」

と、正直そんなことを思いながら、私は客席でその演奏を聴いていた。
その素晴らしい演奏に触れて、「私もまた吹きたい」と、そう思った。

継続は力なり、とか、そんな耳がくすぐったくなるようなことは言いたくないんだが、やっぱ「続ける」って凄い。

お客さんもいっぱい来てくれてはって、通路や後ろのほうでは立ち見が出てました。
なんだかんだで100人ぐらい来てくれてはったんちゃうかなあ?素人バンドにしてはかなり凄い集客力やと思います。
あと、メンバーに育児中のオカンがおるならではの配慮やと思いますが、キッズスペースで子ども向きのビデオ流してたりとか
子どもらが飽きそうな中盤で子どもらの好きなアニメソングをやったり、「子ども限定じゃんけん大会」やったり、
と、そんなんもあったからか子連れで来てる人もけっこういました。家族総出やったり、母と子やったり、父と子やったり。


と、まあそうして大盛況に終わった「EARTH JACK 10周年記念ライブ」だったんですが、
実は、私は今日のライブのMCを、私の笑いの師匠である兄貴と一緒にやってくれないか?と頼まれていたんです。

私はこう見えて(どう見える?w)ばんばんアガリ症なんで、そんな、人様のライブのMCなんか引き受けられるような人間ではないんですが
「兄貴とMCがやれる」っていうのは私としてはかなり嬉しいし、しかも兄貴は自分のライブで「MC慣れ」もしてはるんで
「兄貴と一緒やったら…」と一旦は引き受けたんだが、日程がもう思いきり、前出の記事で書いた「勉強の目処試験」の数日後やって、
でもやるからにはやっぱちゃんと打ち合わせもしたいし、兄貴とネタ作りネタ合わせ(←www)もしたいし、でも勉強も真剣にしたいし、
限られた時間の中であれもこれも抱えて結局どれも中途半端の不完全燃焼になるのはいやなんですよね、と兄貴に相談したところ、
兄貴が「俺はおまえの考えに任せるよ。でも、そやな。今は勉強に集中したほうがいいかもしれんな」って言うてくれはったんで
ほんま申し訳ないねんけど…と、栄えある「EJ10周年記念ライブのMC依頼」を、私は辞退したんですよ。

でも逆に、辞退して良かったと思います。

今日のMCさんの一発目の発声、


「みなさ~ん! こんにちはー!!!」


を 聞いた時、私は もう心底 そう思った。


もう バリバリの 「正統派イベントMC」 ですやん!!!
そうか、 「こっち系(ノリ)」 か!!!

危っぶねーーー!!! 受けんで良かった!!!www 




そしてそれは兄貴も全く同じことを思ってはったようで
「あれ(MC)は俺らじゃないほうが良かったな。俺らがやったらもう確立してるあのバンドのカラーを濁してしまってたと思うわ(笑)」
と言ってはりました。 


兄貴「俺やったら、(オープニング曲のあとの一発目のMCで)『何を吹いとんねん!』から始まってたわ」
私「ほんで私が、『っていうかトランペットの兄ちゃん一曲目から汗だくなんやけど大丈夫?』」
兄貴「『何を吹き出しとんねん!』」
私「それたぶん高度ですわw(私はわかるけどww) 続いて、『軽めの客イジリ』がいいんじゃないかとw」


…っていう方向性のMCを兄貴と私は展開してたと思うので、MCのうちらがしゃべればしゃべるほど客は引いて行ってたと思います。
ともすれば、「MC(笑い)にマジギレするEJ(音楽)ファン」も現れたかもしれない、そうなったらもうライブ自体が台無しや。


音楽と笑いの融合は、かくのごとく難しい。

でもまあ多分、やったらやったで演者(メンバー)本人らは「そんなMC」に爆笑してたやろなと思いますがww



てな感じで、「EARTH JACK 10周年記念ライブ!」


たくさん勉強させていただきました。素晴らしい演奏を聴かせていただいて、ありがとうございました。
継続は力なり。耳くすぐったいけど、今日は「あえて」それを言いたい。


あと、最後にひとつだけ言いたいことは、EJのメンバーさんたち。


私を「このバンドの創始者」として語り継ぎ続けるのはもうそろそろやめてくれwww

EJは、もうすでに 「あなたたちのもの」 なんですから!
私、もうほんまにEJの活動には 「なんにも」 関与してないですから!www
 



まあまあ最近から?のメンバーのペットの兄ちゃんとライブ後に階段ですれ違った時、
「はじめまして!EJでペット吹いてます!」って直立不動で挨拶されて、逆にどうしようかと思ったぞw




  1. 2011/09/12(月) 00:41:35|
  2. どんつき(外出)

「スベり知らず」のりっさんから、「スベリまくる人」へ。

さて。

今日昼間ツイッターのタイムラインをボケーっと見ていたら、私のおふざけ仲間の一人である山口県在住の男性が
娘さん(2~3歳?)に買ってあげたという磁石で絵とか書けるボードの玩具(昭和の頃でいう、『せんせい』)を使って
「パパだいすき(ハートマーク)」と書かれた写真(画像)に対して 「買ってあげて良かった」 とつぶやいており、
フォロワーさんから光の速さで「自演」とツッコまれて「サーセンwww」と謝っていたので笑った。

ほんま、世の中にはおもしろい人がたくさんいるなあとつくづく思いますね。
最も、そうしたボケに対してもう本気で

「いい娘さんですね!感動しました!」

とか言うようなやつ(ボケ殺し)も世の中にはたくさんいるんですけど。

その娘さんがまだ2~3歳だという前情報がなかったらそのボケがわかりづらいのもあるかもしれないが
そもそもそれを言うてる人のキャラやこの状況で考えたら「なんかボケてるんやろな」ってわかるやろ…?っていう。

すると続いて、彼が「スプーかいてみた」と言って、
もう病的にヘタクソなスプー(NHK教育テレビ・お母さんと一緒のマスコットキャラ)の絵を描いて見せたんで
私はまた大笑いして「わざとやってるやろwww」っていう意味合いを込めて「なにそれこわい」とツッコんだ。
すると彼が「ググったら元ネタわかるよwww」と教えてくれたんで、さっそく「スプーかいてみた」で検索した。
そしたらとんでもないものがヒットした。

http://www.youtube.com/watch?v=ef-cyA7fZ8M&feature=related


ちょww しょうこお姉さん ヤヴァイwww
これはあかんて!こんなもん幼児向けの番組で流したらあかんて!wwww
編成か誰かが「待った」かけたれよ!テレビの前のちびっ子ら泣くってww



どうやら有名な「事件」だったみたいですね。その関連のネタや動画がたくさん出てきました。
かなりおもしろいので興味があったら色々見てみてください。笑い死にしかけた。


話戻って。


ああいうのって、「センス」やなあと思います。「笑いのセンス」。
ものの見方と発想力と、あと、自分が持ってる引き出しの巧い引き出し方。

あ、さっきの「しょうこお姉さんの絵」のことじゃないですよ。
アレはどう見てもガチですから、もう「隔離レベルの事故」やからwww

その、私のおふざけ仲間の山口県在住の男性とか、「病的スプー」イジリをしてる人たちのこと。


これは私の持論なんですが、物事を斜めから見るひねくれ者は笑いに向いてると思うんですよ。
逆に素直な人、何でも素直にそのまんま受けとる人は笑いにはあまり向いてないと思う。
「明るくて楽しいね」って言われることはあっても「おもしろいwww」って言われることはあまりないと思う。
何故なら、笑いとは今あるものや常識を引っくり返すことや、その盲点をつくことから始まるので。

とかって言うと、「自分はひねくれ者ですけどおもしろいことは言えないですよ」って言う人が必ず出てくるんですが
それはきっと、「攻撃的なひねくれ方」や「否定的なひねくれ方」をしてるから笑いに広がらないんじゃないか?と私は思います。
とかって言うと、「ええ、自分は攻撃的で否定的な人間ですよ」って、早速そんな攻撃的で否定的な返しがほぼくるので、
私のこの考えはまあまあ当たっていると思います。
そしてもっと言うとその人は、実は内心そんなに「おもしろいことを言いたい」とも思ってないんだと思う。
ではその発言を持って本当は何が言いたいのか?というと「自分はダメなやつなんです」って言うことが言いたいんでしょう。

心療内科行け、心療内科。
一回、医者に診てもらえ。



と、まあそうした「相談内容が根本的に違う人」のことは置いておくとして、
今日は「おもしろいことを言いたいのに何を言ってもスベってしまう、笑いが取れない」と本気で悩んでいる人に向けて、
笑いの天才である私の思うことをちょっと書いてみたいと思います。


まず、「ハプニング的なものを除いて、今まで一回も爆笑を取った記憶がない」という人。
あなたは、自分の「これまでのスベり歴」はどれぐらいか?を、今一度冷静に振り返ってみてほしい。
もしあなたが今社会人で、「そういえば学生のころからそうだった」とか、
もしあなたが今大学生で、「そういえば中学生のころからそうだった」なら、残念ながらあなたにはセンスがないと思います。
それでも笑いがやりたいなら逆に「スベリ芸」を磨いてください。あなたの目指すところは「村上ショージさん」です。

次に、「ボケてるのに、ボケがイマイチ伝わらない」という人。
あなたはマニアックなボケをしてるのかもしれません。だからそのボケに対する「説明」が必要なんだと思います。
もしあなたに相方がいたら「ツッコミ」という形で後からその説明作業をやってくれると思いますが、
ピンでボケる場合は自分で事前にそのお膳立てをしてからそのボケをしないと「突然何の話?」ってことになるのです。
自分のしたい話(ネタ)の起承転結を組み立てる力を上げるため、様々な背景を持った人々とたくさん会話をしてください。

次に、「ネタになるような爆笑の出来事が自分の身の上には起こらない」という人。
あなたはここどんつきを百万回読んでください。そしたら、なんかわかると思います。
おもしろい出来事があったからそれがネタになるのではないのです。
よくある出来事をおもしろおかしく言うことでそれがネタになるのです。

次に、「ボケる前からすでにもう自分で笑ってしまう」という人。
あなたはおそらくとてもおもしろい発想ができる人なんだと思います。
そんなあなたに足りないのは、一旦のクールダウンと、そして「演技力」です。
自分でもう笑ってまうようなおもしろいことを思いついても、それは決して顔に出してはいけない。
何故なら、自分が自分の思いついた大爆笑ギャグに爆笑しながらボケることで、周りの人々にしたら
「なんか口から泡吹いてるけど…」とかそんなことが目について、そのボケに対する正当な評価が得られないからです。

次に、「一体何がおもしろいのかもうよくわからなくなってきて、なんかやけになってきてる」という人。
あなたは笑いというものを今一度考えてみてほしい。笑いとは「愛」なのです。
他者への愛(ボケる、ボケを拾う)にしろ、自己への愛(おもしろいって言われたい)にしろ、それは「愛」なのです。
愛を失くしてやけになったら「笑い」はできません。やけでやってる笑いには「卑屈」が伴う。そんなん誰も笑いません。
頭ばっかり使わずに、なんかちょっと体動かすこと(スポーツ)をするのもいいかもしれません。

次に、「自分がおもしろいことを思いつく前にもっとおもしろいことを他の人が言うてるのでボケる機会を失う」という人。
逆に聞きたいのは、なんでそこでそうして引っ込んでしまうのか?
笑いはナマモノです。よってどんどん進化して、深化もしていきます。
だから逆に言うと、その「出遅れたとこ」から、自分が「新しいこと」をやることもできるんです。
「いかに自分の笑いに風を向かせるか?」というのが笑いの世界なんです。「出遅れた」とか、そんなん無いんです。

そして最後に、「おもしろいことを言うことで人々に元気と勇気を与えたいんだ!」と、そう強く思ってる人。
そらウケへんわwwwその「アツイオモイ」に逆に感動されてしまって、そら何をやってもウケへんわwww
そんなあなたは「江頭2:50」を目指してやっていったらいいと、私はそう思います。

笑いをやりたい人間も、一人の「人間」やからね、それはもうほんまに。

  1. 2011/09/11(日) 02:35:58|
  2. 思うこと(「笑い」)

りっさん、「勉強」をする。 その2

さて、この 続きです。

と、そうして私は人知れず始めた勉強を人知れずやめた。

お客さんのご理解・ご協力もあって、店では買い占め騒動も収束してきて、個数制限を解除できる商品が増えてもきた。
でもツイッター上ではまだまだ家族や知人を探すRTの拡散で溢れており、同時に原発批難や怒りのRTがちらほら出始めた。
と、そんな時、私の親友である、とあるツレがこんなつぶやきをツイったんです。

「私はもう今まで通りにするねん。自分に出来ることをするねん。もう、そう決めたねん」

雑で鈍感で乱暴な私と違ってそいつはほんまに感受性の強く根が優しいやつで、だからそれはもうよほどの思いでの決意なんだろうと思った。

余談だが、そいつは私のそのトーハン試験の一週間前、
「りっさん、試験頑張ってね!」 でもなく 「あんなに努力したんだからうんたらかんたら~」でもなく

「ほれっ」

っと言って、堤真一様のご尊顔(画像)に「りち、気合い入れていけよ」というコメントを加工した写メを送ってきやがり、
それを見た私は「ウヒョオーーーー!!!」と叫びながら狂喜乱舞した。


こ、こいつ…。 さすがだぜ、「なんか」 わかっていやがる…。


話戻って。


私はそのツレのつぶやきを見て、今一度考えた。
「勉強したいけど出来ない仲間を思って、勉強ができない」 …違うやろ。それは違うやろ、心折れるところがおかしいやろ。
「勉強したい仲間の分まで、頑張って勉強をする」 …いや、それもなんか違う。それもいいと思うけど、私はなんか違う。
…うん。そうや、やっぱり、「今、自分に出来ることをする」 …これや。これに尽きる。

よって、3月11日以降全く開かなかったテキストを約一ヶ月ぶりに開き、4月半ばから私はまた勉強を再開した。

勉強の内容は大きく分けて5章に分かれており、

医薬品に共通する特性と基本的な知識
人体の働きと医薬品
主な医薬品とその作用(←ここが一番ウエイトが高い、ハンパない)
薬事関係法規・制度
医薬品の適正使用・安全対策

といった感じなのだが、そもそも理科が小4レベルの私には
同じ作用(薬効)でもこっちから見たら良いけどこっちから見たら厄介、というのを理解するところから始まった。

例えばそうですね…

鼻が出るから鼻水を止めると喉が渇いたりおしっこが出にくくなったりする、みたいな。
要は身体の分泌を止めるわけですから、そんな都合よく「鼻水だけが止まる」ことはないわけです。

でも一個そうして理解したら、こんがらがった紐を解くように色んなことが理解できるようになり、そしてついには
「いつも健康診断で片方のコレステロール値が高いって言われるけど、でもまあ問題ないって言われるんだ」と言う彼氏さんに

「ああ、それはLDLすなわち低密度リポ蛋白質いわゆる悪玉コレステロールと、HDLすなわち高密度リポ蛋白質いわゆる善玉コレステロールの体内における働きが違うからだよ。LDLは肝臓で産生されたコレステロールを末梢組織に運ぶ働きをしていて、HDLは末梢組織のコレステロール取り込んで肝臓に運ぶ働きをしていて、そうして運ばれてきたコレステロールは肝臓で代謝される、っていうふうに2つのリポ蛋白質が肝臓と末梢組織を行き来してるんやけど、もしLDLが多くてHDLが少ないと肝臓にコレステロールを戻せない、つまり代謝がおいつかずにコレステロールが末梢に蓄積してしまうやんか?これが一般的に言われる、コレステロールが高いっていう状態で、でもかっちゃんの場合はLDLの値は正常でHDL値が高い=多いから、だからまあ問題ないって言われるんだよ」

という説明ができるようになった。そして彼氏さんは

「……!?(ドウシタ!?アタマダイジョウブカ?コイツ???)」

となっていたが、まあそうだろう。
なんぼ説明しても台風の発生する仕組みを理解できない私がそうして科学的根拠に基づいた理論的な説明をペラペラっとしたのだから…。

と、そうして自分がどんどん「人体バカの医薬品オタ」になっていくのを感じながら勉強を続け
薬の裏書に書かれている全成分の薬効(主作用)と副作用、注意するべき対象・基礎疾患などが概ねわかってきた頃、願書提出となり
それからさらに勉強を続けて、最終的には「外国語もどきだった過去問題」で95%の正答率を出せるようになっていた。
いや~、すごいぞ。「勉強」って。 やってみるもんやぞ~。


って おまえに言われんでも全員とっくの昔にわかってるわそんなこと!!!


と、そうしてまあまあ内心自信満々で試験を受けてきたんですが、意外と「よし出来た!」手応えがなかったので

「ピョー」

ってなった。
全く出来なかったら「ガーン」なんですが全く出来なかったわけでもない、おそらく第一章などは全問正解だ。
でも、なんかこうイマイチ手応えがない、だからなんかこう「ピョー」っていう。
自信ないところが全問不正解やったとして合格点ギリギリだろう。だからそれプラスさらに自信あるとこまで間違ってたらもう不合格。
でも、試験(引っ掛け問題)には落ちても勉強したことは覚えてるし身についてるからまあいいか、と思った。

とそうして諦めながら、翌日の晩にネットに出た解答速報(非公式)で自己採点したらなんと85%正答していた。

えっ!? ほな「合格」やん……。

毎年全国の解答速報を出してるところなんでそんなべらぼうに解答が違うことはないと思う。
でもいかんせん非公式なんで、解釈違いとかで数問は誤答があったとしても「20問以上」誤ってない限り合格。


ただし名前を書き忘れてなかったら←←← 


ってツイッターで先行報告したら、フォロワーであるツレ(元はツレのツレ)が
「それとマークシートが一段ずれてなかったら」とカブせてきた。


「それ←←←」もあったか!!!


てな感じで半年間に渡る「勉強の日々」が一旦終了したんだが、でも多分やめると忘れると思うので勉強は続けていこうと思います。
もっともっと「いいトス」を上げ、たまには「いいスパイク」も決めていけるように。

[りっさん、「勉強」をする。 その2]の続きを読む
  1. 2011/09/09(金) 17:06:54|
  2. どんつき(の、どんつき)

りっさん、「勉強」をする。 その1

さて。

いつものように「アホボケカスクタバレwww」とか言いながらも、私はここ半年間ずっと 勉強 をしていました。


おいおいwww りっさん、とうとう「湧いた」でwww 


「湧いて」へんわwww


実は先日、「登録販売者試験」を受けてきたんですよ。

…と、ここで奇特などんつきフリークの方は「あれ?りっさん、トーハンは取らへんって言うてなかった?」と思うだろうが
確かに私は数年前の薬事法改正時、「私はトーハンは取らず薬剤師さん・トーハン持ちの社員さんのアシストに徹する」と述べた。
そもそも私は、「自分はエース(アタッカー)よりも、エースにいいトスを上げる二番手(セッター)に向いてる」と、そう思っているので。

だが。

私がその時(薬事法改正時)に「すると多分こうなると思う」と予想して言っていたことが、やはり現実のこととなったんですよ。

ずっと身近に接して(接客して)きた私らが突然、薬の相談に関してはもうびた一文としてしゃべらなく(しゃべれなく)なり、
「では、薬剤師(または登録販売者)をお呼びしますね」って、そこでワンクッションをかけることで、お客さん(患者さん)らは
「そんなんわざわざいいっていいって!そんな、先生に聞いてもらうほどのことじゃないし!」って変に恐縮しはって、
せっかく「今はまだ軽度な症状」を自己治療しようとしているその機会を失って、そのまま帰ってしまわはることが多発した。
でも法律は法律なので逆にそれに慣れていってもらわないといけないし、でも慣れない人はやっぱ慣れないんですよ、それはいまだに。

と、そうした日々の中、「これ、もし私がその販売資格を持ってたら、もうこの場で解決する話なんよな…?」って思い始め、
っていうか、その資格有る無しうんぬんもやけど、
これ、もし私にその専門家なみの知識があれば、情報提供及び販売行為にまでは至れなくても(それは法律でダメなんで)、
その免許を持ってる薬剤師さんらを呼ぶ間、お客さんを不安にさせる(待たせる)ことなく、この話の流れの「延長」で、
それ相当の相談にも乗れて、かつ「必要な情報」を整理して、もっと「いいトス」を上げれるんじゃないか?と思って。


そうだ、勉強をしよう。  (JR東海、無関係。)


と、そうして一念発起したのが今年の正月が明けてしばらくしたぐらいの頃で、
だが私はヘタレハナタレの根性なしなんで、こうして「勉強する」と決意しても、その勉強が難しくてなってきてつまづいたら
「もうそこそこわかったからいいか」で、そこでやめてしまうんじゃないか?と自分で自分に思ったんですよ。
「いつ(年月)までにこれを全部理解できるようになる」っていう具体的な目処を立てないと、なんかもう「ダラダラ」になってまうぞ、と。
よって、その具体的な目処、自分の中でのリミットとして、「今夏に実施される登録販売者試験を受ける(それまでに熟知する)」
として、その勉強を始めたのが今年の2月でした。


ただその試験を受けるには、
一年以上薬剤師の下で医薬品販売に関わる様々な仕事に従事しており、且つ、月何十時間以上勤務していないといけない、
といった受験資格みたいなものがあって、さらにその証明がいる(会社に書いてもらって実印をもらわないといけない)ので
私は店長に「今年の夏トーハンの試験を受けようと思うんで、すみませんが証明書類を揃えていただきたいんです」とお願いした。
すると店長は「おっ。ついにトーハン受けますか!」と言って、早速「試験」について色々と親身にアドバイスをくれた。
「過去問はもう絶対繰り返しやっときや」とか、「年々問題難しくなってるから薬事法のほんま細かいとことか出ると思うよ」とか。
でも私の中ではその試験はあくまでも「この勉強における目処」だったので、その辺はまあいいかと思っていたんだが
でもせっかくそうしてアドバイスを下さったので、言われた通り、本屋で「その過去問」とやらを読んでみたんです。



するとなんにもわからなかった。



もうほんまに 「なんっにも」 わからないんですよ。


「今、何を聞かれているのか?」すら、わからない。
「この人が今、何の話をしているのか?」すら、わからない。
 




私は自分が消化器系の病気を、それこそ18の頃から「胃潰瘍」だのなんだのを長く患ってきたので、
消化器系及び胃腸薬には「まあまあ知ってる自信」があったんだが、その「自信あるくだり」についてすら、
「そんな次元の話」 とは 「もう全っっっ然違う次元の話」 ばっかりだった。



全部「日本語(片仮名と漢字と平仮名」)で書いてあるのに、「全てが外国語で書いてある」ぐらい、解読できなかった。



「専門家」とは、「専門の勉強」とは、こういうことなのかと思いました。
でも「こういう話」が理解できるようにならないと「勉強した」とは言えないのだと気を引き締めつつまあまあ半泣きになった。

だから2月はもうほんまにめっちゃ勉強しました。

隙があったら勉強してた。っていうか、「隙を作って」勉強してた。
とにかく、この人ら(テキスト)の言いたいこと・言うてることをまず理解しないといけない。話はそれからだ。
でもそうして勉強していくと、「この本にはそれは載ってないこと」が出てきて、「そのことが載ってる本」を探し歩き、
近所の書店にはそれはないのでもっとでっかい書店に行き…と、そうしてどんどん「本(教材)」がぶ厚くなっていった。


これまでの人生において私は、「テキスト(=本・教科書での)勉強」というものを熱心にしたことがなかったんです。

小学生の頃はなんにも努力せんと、ただ授業聞いてるだけで「神童」言われたぐらい出来ました。
中学に入ってからはその授業すら聞いてないこともあったけど、それでも「中の上」ぐらい出来ました。
その後も「なんとなく(難となく)」高校受験を突破し、「なんでかわからん(何出かわからん)」入社試験を突破しました。
と、そんな「ふざけた勉強人生」を送ってきたんで、「深い参考書を探してまでの勉強」ということを私は今までしたことがなかった。
だからそんなふうにして、「もっとこれ以上の教材を求めている、今まで無かった自分」に、自分でちょっとビックリもしていた。


※ ただし 「坂本龍馬」、「幕末関連」を除く。


…。
……。
………。


これ、この話、「坂本龍馬関連幕末関連のことをもっと知りたい気持ち」と一緒やん?



これ今、「勉強してる」って構えるから、「こんなにも勉強をしている自分」になんか違和感すらをも感じるけど、
「自分がそれが好きでもっと知りたいから自分が好きで調べて学んでる」って考えれば、それは一緒のことじゃないかと。
この「知りたい気持ち、学びたい気持ち」に対してなんら照れることはない。知りたい学びたいことに正直になろう、と。



そんな私がひとつだけ思ったことは、


本来これを勉強したかった気持ちを、逆に「試験」が狂わせるのかもしれんな。


「試験を目処と考えてその勉強を始めた私ですらをもそうして一瞬狂わせかけた」んですから、
「試験に受かることを目的として勉強する」ようになったら、それこそ「狂うこと」になるかもそれはしれんな、と。



話戻って。



そうして、勉強すること、知りたいことを探求追求すること、がもう楽しくて仕方なかった2月。

そうして勉強していくと、「ではさて実際どのくらい身についてるのか?」を知りたくなってきて、
あの、「なんにもわからなかった外国語で言うてるもどきの過去問」を解いてみると、

「おおっ!解ける解ける!君の言うてるその話、もうわかる!」 

ってなって、するとさらにまた「もっと知りたい!!」と、私はもっともっと「その学び」に夢中になっていった。

と、そうしてもりもりと精力的に勉強をしていた、その矢先。



3月11日。


あの、東日本大震災が起きたんです。



関東の水類・紙類の「買い占め騒動」を追うようにして、そのわずか二日後から始まった「関西でのあの騒動」。


「なんで直ちにそうなるねん!?今ここ関西(非被災地)でそんなことしてる場合じゃないやろ!?」っていう客への憤りあり、
「でも客がこうして殺気立ってしまってるのは、信頼関係を築けてなかった私らに責任があるんや」っていう反省もあり、
そんなこんなで現場(店)はもうしっちゃかめっちゃかの状態になった。
したくもない「どんな家族も一家族と見なしての一律個数制限」を強いたりとかした。

あれはもうほんっっっまに辛かった。

当時ここでも書いたけどもう二度と「あんなこと」はしたくない、あんな「売り方」はしたくない。

ずっと「一人ひとり」と向き合ってきたのにそれを「一律と見なす」のが、もうほんまに精神的にきつかった。

よって私は「この異常事態」をいち速く収束することに命をかけ、後輩にもそれを説き上司にも様々な提案をした。
同じようにズタボロになって「泣きそうです辞めたい」言うてる同業のフォロワーさんらにも「ここで逃げるな」言うた。


「笑い」や。 こんな時こそ、「笑い」やwww



と、みんなにそんなん言うてる一方で、私は「勉強」が出来なくなったのです。


「目的・目標は各々様々であれ私と同じこの勉強していた東北の仲間たちがもう今それどころはなくなってしまった」
「なのに私だけが、ここでこの勉強をして、続けていていいのか?」
「勉強したくても今その勉強が出来ない、出来なくなった、そんな仲間がもういっぱいおるのに…」




参考書を開くと、どこの誰やわからんや全然知らん「おまえ誰やねんwww」みたいなやつが、なんか東北弁で
「りっさん、一緒にがんばろうね!私もがんばってるよ!」みたいなことを言うてくる(のが浮かんでくる)んです。
でも、そうして私の元に現れたその人らは、もう津波に飲まれてそこには居ないのかもしれない。
或いは、命からがらなんとか、なんとか、避難所とかに居るのかもしれないけど、どのみち勉強どころではないだろう。
そんな同志がもういっぱいいっぱい居るんやと思うと私は、自分の好きな勉強をするのがなんかもう無理になった。
「それでも私は勉強をするよ」が、私には、なんかもう無理になった。

「(当時さんざん叩かれていた)笑いをやることの不謹慎」にはもう全くもって謹慎をしなかった私が、
「この状態の中で自分は勉強をすることの不謹慎についての謹慎(自粛)」をしてしまったんですね、今思うと。


いわば、「同じこと」 やのに。



でも「それ」に気付かなかった私は、「もうこの勉強は、今年はもうやめよう」と、そう思ったんです。


続く。
  1. 2011/09/09(金) 03:39:32|
  2. どんつき(の、どんつき)

我が家の「スイーツ(笑)」娘たちへ。

さて。

今日晩ご飯を作っていたら、居間でサザエさんを見ていた長女いちご(中1)と次女もも(小2)が

「カツオってさー、ほんとは絶対、花沢さんのこと好きやんな~!?」

とか言いながら、ワーキャーと盛り上がっていました。



「あるあるあr……ねーよ!!!wwwww」 



だってそんなこと(設定)、逆にもう今までのサザエさんワールド(カツオ・花沢ネタ)がまるで成立しなくなるじゃないですか。
そんな「プロット」は、もうめちゃくちゃな話ですよ。もうどんだけ長い伏線やねん???ってなるわ!
こんだけ何十年にも渡って花沢さんのアプローチから逃げ回っていたカツオが今「実は僕も本当は花沢さんのことが好きでしたー」って
十数話完結の「イケメンなんたら」いうドラマやったら知らんけど少なくともこの「サザエさん(しかも国民的アニメ)」でその急展開はない。

よって晩ご飯を食べながら、なんでそういう見解に至ったのか?今日の放送で何があったのか?を、二人に聞いてみた。
するといちごとももは「待ってました!」と言わんばかりに瞳をキラキラさせながら一斉に説明し始めた。
おまえらちょっと落ち着け。一人ずつしゃべれ。

まとめるとつまり、
カツオが男勝りの花沢さんに「男に間違えられそうだねw」みたいなことをからかったら花沢さんがマジで怒った、と。
いつもの調子でふざけて言ったカツオはまさかそこでマジギレされると思わなかったので、焦って本気で悩んで、必死で仲直りを申し出たと。


私「それのどこが、ほんとは絶対花沢さんのことが好きやんな! になるん?」
い「だってさ~、自分がほんまに嫌いな女子が怒ってもほっとくやん?でも自分から仲直りしようとしたってことはほんまは好きってことやん」
も「そうそうwほんまはすきなんだよ♪カツオくんは、はなざわさんのことが♪」
私「君らの頭の中には好きか嫌いかの二択しかないのかwww てかさ、男子と女子っていうよりそもそもカツオと花沢さんは友達やんか?友達怒らせて悪かったなと思ったら謝るやろ?」
い「自分のこと好きってわかってる女子でも?」
私「いやだからそれはそれって言うか…どう言うたらいいんかな? こう、今まで少々のことでは傷つかへんかった花沢さんが意外なとこで傷ついたら、いつも通りにふざけて言うたカツオにしたらだいぶ焦るとこもあると思うねんか?」
い「それは、実はほんまは花沢さんのことが好きやから、ではないの?」
私「うんそれとこれとはまた別」
私「でもそこでほっとかれへんかったってことは、花沢さんはカツオに嫌いと思われてないってことやん?」
私「てかカツオはそもそも花沢さんのこと嫌いじゃないと思うよ」
も「じゃあ、すきなんやん♪」
私「だからwww」


私がひとつだけ思ったことは


なんかやっぱすげーな、女子脳。

つーか、「スイーツ(笑)」 もう凄すぎるwww 




ここで、「別に付き合う気はないけど嫌われたらちょっと寂しいから繋ぎ止めておきたい気持ち、というものの存在の話」をすると、
なおさら話がややこしくなると思ったので今日はあえてそれはしなかったんだが、なんかもう「発想の持って行き方」が凄い。

わからんわ~??

「ポジティブ」、って言うてしまえばそれまでやけど、そういったものともまた違う、「その思考回路」。


余談だが、
多分これ、ここ(どんつき)かどこかで前にも書いたと思うけど、恋愛絡みっぽいようなネタをやるのって難しいんですよ。
特に「女子脳」、および「スイーツ(笑)」、の人の前では。


何故なら、「着眼点」が、まるっきり違うので。


例えば、そうですねー…。

あ、例えば、「恋人にスットンキョウなプレゼントをもらった話(ネタ)」をするとするじゃないですか。
この場合、話のメインは当然「そのスットンキョウなプレゼントのおもしろさ」なんですけど、
女子脳、スイーツ(笑)、の人々は、なんかちょっと「受け方」が違うんですよ。


「ラブラブやん~♪」 とか言わはるんです。

「それって、のろけ~?」 とか、そんなん言わはるんです。



君は私の話を聞いてんのか?聞く気があるのか?と。
なんで そこで 「そういう解釈」 になるねん???と。



でも、「ああ、きっと着眼点が違うんだな」ということが解ってからは、そうした疑問も無くなりました。
要は、「恋人に(何か)プレゼントを貰ったということ」が、この人の着眼点なんだ、そこで止まってしもてるんだなと。
ちなみにこれは女性に限ったことではなく、男性でもそういう脳の仕組み…というか「思考回路」の人はいます。
と、そうした人々を私は総じて「ボケ殺し」と心の中で呼んでおり、そういう反応を示した人々の前では二度と
「恋人がね…」という出だしで始まる話(ネタ)はしないようにしている。何故なら、「伝わらない(=受容体が違う)」ので。



話、戻って。



「この私」の娘でありながら、なんでいちごとももがこんな「スイーツ(笑)」な発想の持ち主になったんかは全くわからないが、
私が日々順回転をガーッとやってその回転率を上げていってる中で、家帰って不意にそうした「逆回転」に触れると、
「なにを言うとんねんwww」とか思いながらもそれに触れることによって頭が休まるとこもある、というのは事実で。
職場にこんなんおったら完全にうっとしいけど、「家」やから、「家」だから、それは居てほしい。


まあ何が言いたいかというと、「一家に一台、スイーツ(笑)」は必要なのかもしれません。
うちは幸いなことに二台おりますがwww


毎日ご苦労、我が家の「スイーツ(笑)」たちよ。 ありがとう。 愛してんぜ。

  1. 2011/09/05(月) 00:03:57|
  2. 家族ネタ

島田紳助さんの引退について。

書きたいと思いつつも日が経ってしまったので、
「なんかわざわざ話を蒸し返すようになるのもいややし、もう書かんほうがええのかなあ…」
と思ってるところもあるんですけど、「いや、でもやっぱ書いておこう」 と 思うので、書きます。



「あの会見」の翌日、晩ご飯の時、長女のいちごがこんなことを言った。


「今 一番、どうしよう!?って思ってるのはノッチやと思うねんか」



私「ノッチ…? ノッチって、あの(デンジャラスの)ノッチ?」
い「だってノッチ、番組の企画で沖縄行って奥さんと民宿やってはるやん?」
私「ああ、そやったかな?」
い「俺どうしよう!?って、ノッチ、思ってはると思うねん。ノッチ、ドンくさいけど義理堅い人やから、帰って来いって言われるまで沖縄の民宿をやり続けはると思うけど、ノッチは民宿をやりたい人じゃなくて芸人をやりたい人やん?」
私「確かになwww」


番組の今後については目下検討中みたいですが、スポーツ紙やったかのネットニュースをさっきちらっと見たら、
「とりあえず、沖縄の民宿(企画)のメンバーを帰すかどうかについてはまだ決まってない」、らしいです。


「の…、ノッチ、 なんか 今しばらく ガンバレ!!!」




さて。


ビックリしました、ほんまに。
ほんまに突然の、あの紳助さんの引退。
私は「言葉」を失い、そして、「大きな大きな壁(目標)」を失くした。

私は、「島田紳助という芸人」 がずっと好きで、「島田紳助がこれぞ笑いだと考える笑い」が、ずっと好きでした。


「島田紳助」には、ずっと死ぬまで 「笑いの世界」に居てほしかった。


動きも道具も映像(テロップ・活字含む)も何んにもなくても「シャベリだけ」で人を笑わせることが出来る芸人は、
上岡竜太郎と、島田紳助と、松本人志だけやと、私は思ってきたし、私もそれを目指してやってきた。
だからここ(どんつき)にしても「書き物でも声(シャベリ=ラジオ)に聴こえるように」を意識してやってきた。
まあまあつらいです。越えたい大きな大きな壁がこうして無くなったこと。気を抜くと折れそうになる。



だいぶ前、それこそ「ネット文化が発達し始めた十数年前」から、ずーっと、紳助さんが「ネット上」で、
もうあることないことさらには妄想で、さんざん色々なことを書かれてはるのは知ってました。
多分本人も知ってはったと思いますけど、ずっと「黙って」はったんやろなと思います。何故なら「自分は芸能人だから」。

自分の好きな芸人さんのことを「アホら」がボロクソに言うてるのを見るのはあまり気持ちのいいものではなかったです。
でも私は、ネット上で「そんなアホら」が紳助さんの悪口を言うてるのを見かけてもそいつらと語り合うことをしませんでした。


何故なら、それらはもうほんまに 「ただの悪口」 だったので。



これ、何回かここ「どんつき」でも言うてると思うんですけど、
ネットの掲示板とかで創作者とか創作品をボロクソにこきおろしてる群衆が、私は そもそも大嫌い なんです。

「なんやねんその評論家気取りは?」って、端から見てて、ほんまにちょっと哀しくもなってくるんですよ。
「ソースはこれ(ネットで得た情報)です!」をこれ見よがしに提示してくることにはやたら敏速で長けてるけど、
そこに全く「クリエイティブ性」を感じないんですよね、「攻撃」ばっかりで「後退」していく一途で、なんか「後ろ向き」やわ、と。

自分の著書やブログでその発言の全責任を自分が負う形でボロクソ言うなら、まあまだいいと思うんですよ。
でもああしたネットの掲示板でそれをやってる人々には「集団心理に毒されていくだけの人々」にしか見えない。
その創作者および創作品について「自分ならもっとこんなふうにしていいモノ創れる自信あるアイデア」があるのなら、
そんなネット掲示板とかでぐちゃぐちゃ陰口言い合って低レベル満足(=勝った気)してるんじゃなくて、
確実に本人に届くようにそれを伝えるか、自分がそれ(そのいいアイデア)をやりだす(動く)はず、でもそれはしないという。


もう 一生 そこにいろ。 


と、そうしたアンダーグラウンドの中でも、
「紳助さんがずっと書かれてきていたネット上の陰口」に関してはなんかちょっと特殊で、
「島田紳助という芸人(創作者)」に対するものや、「島田紳助の笑い(創作品)」に対するものではなく、
「それら(島田紳助の創作)には全く関係のない、島田紳助個人に対するただの悪口(妄想込み)」ばっかり、だった。

てかそれ、


「島田紳助の創作は凄い、勝てへん天才」ってのを認めてるからこその、
「本人へのただの悪口」をどうしてもなんとか編み出し結びつけて「言う」しかないの?




しょっぱいわ~。 薄ら寒いわ。



芸能界を引退して一般人にならはった紳助さんに私がひとつだけ言いたいことは


紳助さん、残りの人生で
「今まで散々あることないことをネット上で振りまいて自分を侮辱したやつら」
を 片っ端から挙げて訴えたったら、多分全部勝てると思いますわwww



お疲れ様でした。

残念です。

今だ立ち直れてはいないですけど、「笑い」を絶やさぬように、なんか頑張ります。


[島田紳助さんの引退について。]の続きを読む
  1. 2011/09/03(土) 05:27:50|
  2. 思うこと(「笑い」)

プロフィール

りっさん

Author:りっさん

京都に生まれ京都で育ち、          放浪の末、京都に舞い戻った女

最近の記事

カテゴリー

FC2カウンター


無料カウンター

月別アーカイブ

よりかね(双子) です。

クリックしたらなんかしゃべるよ。

RSSフィード

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。