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「南三陸チーム」の青年に会った・その3

さて、この 続き。

と、そんな峯岸さんは、時には歌津地区の様々な困りごとについても色々なプロジェクトを立ち上げては実行してました。

この夏の節電対策で関西でも扇風機がよう売れたんですが、歌津でも扇風機がかなり不足してたようで、
峯岸さんは、各地から扇風機を集めては仮設住宅などに届ける、という活動(支援募集も含めて)などもしていた。
と、そうして「歌津、歌津」言うてる峯岸さんを見ていて、「なんでそこまで歌津歌津なんやろ?」と思うことも最初は正直ありました。
峯岸さんは東北出身というわけではなく横浜の青年で、「歌津にはこの震災がきっかけで初めて行った人」だけになおさら。
今回はもうかなりの広範囲に渡って被害を受けたんで、困ってることがたくさんあるのは歌津だけではないと思う。だが峯岸さんは、「歌津、歌津」。
でもね、少しずつでも確実に前進・深化していく峯岸さんの活動をずっと見てて、思ったんですよ。
やっぱ、「峯岸さんは、歌津、歌津。」で、いいんだなと。
なんでもそうですけど、「広く」やろうとすると「浅く」なってしまうじゃないですか。体は一人につきひとつで一日は24時間しかないので。
逆にそれが「浅く」で出来ることならば、それを「(その体で、その持ち時間で)出来るだけ、広く」やれればいいと思うんですけど、
「深く」やらないと出来ないことについては、「深く、ピンポイント」でやっていかんとやっぱそれは難しいんだ、と峯岸さんを見ていて思った。
そうして例えば、「俺はここ」、「自分はこっち」、と、分散してのピンポイントでそれをすることでそれぞれが「深く」取り組める。
だからそうして、「峯岸さんが、歌津」なら、私の後方支援についてもやっぱ、「私は、峯岸さん」で、やっていこうと。

余談だが、私はたまたまそうして峯岸さんという「ピンポイント」に出会うことが出来ましたが、
そのピンポイントが見つからない場合、「どこか名の通った大きな団体を支援しとこうか」って形になると思うんですね。
もちろんそうしたやり方もいいと思います。大きな団体は大きな支援を集めることが出来るので、個人で出来ない大きなことが出来る。
でもそうして大きな団体で多額の支援金義捐金を集めてはみたけど、「どこにどう分配するか?」で、かなり手間取って、
結局のところ、なかなか被災地・被災者一人ひとりの手には渡らなかった、という話もたくさん聞きました。
ならば、実際に現場で動けて、かつ迅速にそれを生かしてくれる個人や小規模組織を支援するのもひとつの手じゃないかなと私は思います。
中にはそういう思いを利用した詐欺(消えろゴミクズ)とかもあるみたいなんで、それは自分の目でよく見極めないといけないと思うが。

と、そんな峯岸さん、及び 「魚竜の湯」 については こちら をご覧ください。

震災からずっと無償でお風呂を提供してきた「魚竜の湯」は、8ヶ月経ったこれからまさに「お風呂屋さん」に進化するそうです。
それについては、ホームページの中でご本人が語ってはるので、是非読んでみてください。

そして私は「物資」を送ることはもうしていません。何故なら、もう歌津でも色んなお店が営業を再開してるみたいなんで。
ここでもし、例えばですが、「峯岸さんが風邪ひかはったようだ!」って知った私が「それっ!」と、うちの店で売ってる風邪薬を送ったなら、
そこ(歌津)で営業している「薬局・薬店の人」は、さて、どう思うか? 

私がその時「薬局・薬店の人」やったら、私はこう思いますわ。

「京都からわざわざ風邪薬送ってもらったの!?良かったですね、峯岸さん!健康が第一ですから早く治してくださいね!」

「・・・でもその風邪薬、もう全く同じものを、うちの店でも売ってるんですよね・・・(苦笑)」

って、私がその時「峯岸さん」やったら、私はこう思いますわ。


飲 め ま せ ん  こ の 風 邪 薬 !!!

熱40度あるけど 水を飲んでも吐きそうなぐらいしんどいけど、

なんかこれはもう、 飲 め ま せ ん !!!www 



私がしたいのは峯岸さんの応援・バックアップなのに、逆にそれは峯岸さんの足を引っ張ることになる。
私がそうして京都から送った薬は「なんか飲めないww」わ、歌津の薬局で「それあるのにww」同じものを買い直すこともできないわ、
そのことで困るのは誰ですか? 
それは、「熱40度あって水を飲んでも吐きそうなぐらいしんどい、風邪ひき峯岸さん」です。
そしてそのことでさらに困るのは誰ですか?
それは、「峯岸さんに早く風邪を治してもらって、復興のためにまたバリバリ働いてもらいたい被災地」です。

よって、私は峯岸さんに「物資」は送りつけないで、「現金」を送りつけていく。
あ、もちろん、
「今、歌津で○○がとても不足していて、困っているんですよ」
「ああ、それやったらこっち(関西)に過剰にありますよ?スーパーのビンゴの景品になってるぐらいですわw」
っていうことが出てきたら、手っ取り早くその物資そのものを調達することもあるかもしれんけど。

ただ私は、「億万長者の孫正義」ではないので、
「時給700円代(転職前)のパート暮らし、且つ、2人の子持ちの母子家庭のオカン」なので、
現金を直接送金するとなると、「ほんまにこんな額でも役に立つんだろうか…?」って、躊躇ってしまうとこもあったんですよ。
支援に感謝や見返りを求めるのが違うのと同じく、自分の家族(娘ら)の生活を犠牲にしてまでそれをするのもまた違うと思うんで。
と、そんな私の出来る「無理のない支援(余力)」といえば、ギリギリの人時(人件費)で店を廻してる中で
「りちさん、今日もうかなり忙しいから、あと1時間残ってください」って上司に言われた時の残業代、ぐらいのものなので、
それ(1時間残って)が、4~5回あっても正味の話、「3,000円ぽっち」ぐらいにしかならない。
でもその「これっぽっちの3,000円」は具体的に、「歌津でまあまあしばらく走れるガソリン代」になるんですって。
「だから、りっさん。峯岸さん、きっとほんとに助かってると思うよ」 っていうことを教えてくれたのが、

ここまで来て や~~~っと 出てきた、本題の「その青年」で。


あれはいつ頃だったかもう忘れてしまったんですけど、
そうして峯岸さんにちょいちょいツイッターで絡んでる(お話を伺っている)私をめざとく見つけたやつがおったんですよ。
何故そいつが私を見つけたかというと、その彼は歌津地区を含む南三陸を支援してるボランティアの青年で、
実際に峯岸さんと現地で一緒に活動することもあって、彼もまた峯岸さんとツイッターを相互フォローしていたので
峯岸さんのタイムライン(活動経過・報告など)を追うことで多分、峯岸さんと私のトーク(絡み)も見かけたんでしょうね、きっと。
で、そうした彼が私に絡んで(話しかけて)きてくれて、プロフィールを見たら南三陸を支援してる人だったので
「ああ、きっとこの人は峯岸さん繋がりで来たんだな」と思って、そうして私と彼は相互フォローすることになったんですよ。


だがそこからが悪夢の始まりだった。


結論から言うと、
峯岸さんファンクラブ会長(自称)であるわたくしは現在、おそらくその彼が「そう」言い出して、
さらには呼び寄せた(広めた)一部の「わるいやつら(某・南三陸ボランティアチーム)」から

「鉄平さん(峯岸さん)ストーカー」

という「ミドルネーム」を拝命しています。
確かに峯岸さんの活動について私がやってきたこと・やってることはまあまあストーカーに近いんだが、


「ストーカー」 とか 言うな、って!!!

いくら峯岸さんが王子様みたいな人でも、
さすがに 距離 を置かれるわ! 「距離」 を!!!




普通に考えてこんなことはもうありえないですよ。
懸命に支援活動をしているその人の後方支援をしている人間を「ストーカーよばわり」するとか。
気ぃ弱いやつやったらもうほんま、ちょっとした鬱病にもなりますよ???


もう一回あいつら全員一列に並べて、端から順番に頭しばいたらんとあきません。




てなわけで。


いわばその諸悪の根源とも言えるその青年=「大くん」が、大阪で用事があるので関西に行くというので
「ほな京都で新幹線降りろ!その日私は弟の家に泊まってるからおまえも来い!最寄り駅まで迎えに行くからww」
みたいな感じ(どんな感じ?いや、そんな感じw)で、大くんと会って、ちょっと飲んで、色々話して。

ええやつでした。ええやつなんはそれまでからわかってたけど、会って話してもほんまにええやつでした。

「顔面・竹野内」 というニックネームを、うちの弟らから名付けられていたが。
っていうか、そこはもう普通に「目元が竹野内豊によう似てるなー」でええやんけ!
「機関車トーマス」 みたいに言うたるなよ! だが弟ら「GJ」だwww


と、そうして宴もたけなわな中、
「顔面・竹野内」から「酒飲んで顔面赤い・竹野内」と化した大くんは、本来の用事を全うするために、京都から大阪に行きました。



記事、おわり。




ええっ!? おわり???
「あんなこと」も「こんなこと」もあったのにwww
しかもこの記事は僕がメインの「そのタイトル」なのにwww


っていう、大くんの心の叫びが聞こえてきそうですが、私がひとつだけ言いたいことは


おまえが私にしでかしたことを考えてみろ。



「ストーカー」 やぞ? 

おまえのせいで 私は完全に 「鉄平さんストーカー」 になってもうてるんやぞ?

そんなおまえを「記事のタイトル(看板)」にしてやっただけでも
「ありがとう」 と 感謝をしろ このクソボケwwww





大くん、また「こっち」にも来いよー。

私もいつか「そっち」にも行けるように、日々頑張るからな。

だが、私がそうしてようやくそこに行けるようになった頃には
「笹かま食いに来たん?もしくはわかめ?www 貴様に売る笹かまやわかめなどないわ!!昼に完売したわwww」
…っていうような話(ネタ)になることを目指して、これからもやっていこうな。

[「南三陸チーム」の青年に会った・その3]の続きを読む
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  1. 2011/11/30(水) 01:55:37|
  2. どんつき(ひと)

「南三陸チーム」の青年に会った・その2

さて  この 続きです。


話、詳しく戻るが、

「峯岸さんのお風呂屋さん」 こと、「魚竜の湯」 というのは、
東日本大震災の津波被災を著しく受けた「歌津地区」の避難所となっていた、歌津中学校の敷地内にあって。

いや、「あって」というか、「そこに作らはった」から、「そこ」に出来たんですが。
試行錯誤しはった水の動線やお湯を沸かす設備についても当時ツイッターで色々書いてはったんだが、
素人の私にはその辺の凄さはよくわからず、
「浴槽は、魚屋さんから業務用のめっちゃ大きな桶を貸していただきました!」
っていうのだけは理解した。っていうか、ほんま「そこから」のスタートやったからね、「魚竜の湯」は。

ちなみに「魚竜の湯」っていうネーミングについて、
「峯岸さんは、もしかして元ヤンなのか?」と思ったこともあったが(だって「竜」とか入ってるし)
ご本人の解説によると、「魚竜」っていう歌津ゆかりのそんな生物が、なんかいるんですって。
興味のある人はまた調べてみてください。

話戻って。

峯岸さんは毎日毎日本当に熱心に「歌津のお風呂屋さん=湯主」に尽力していました。
被災者だけでなく、ボランティアで来てくれた人たちにも分け隔てなく、全部無償でお風呂を提供していました。
「えっ?なんで無償でそれが出来るの?ポッと来た横浜の青年に?」って?
それは、魚竜の湯をひそかに応援する人たちからの支援金と、あと、「峯岸さんの自費」 で、それをやり続けていたからだ。


私、思ったんですよ。


これ、「そこ(被災地)でこの活動をしている峯岸さんを応援・支援する人」がいないと、いつか峯岸さんがコケてしまわないか?

だって一人で「このこと」をやってはるんですから。


工事やら何やらその都度手伝ってくれはる人はいはるみたいやけど、それは峯岸さんの人徳によるものやろけど、
この「峯岸さん自体」がコケてしまったら、もう「魚竜の湯」ごと、それはコケてまうんじゃないか?


被災地・被災者支援も大切やけど、


「それを支援してるその人の後方支援者も、これは必要やで!!!」 



よって、結論。


「峯岸さんファンクラブ」 を、私はここに結成する。

 目的 峯岸さんをコケさせない。
 方法 峯岸さんの後方支援。(臨機応変に)
 会長 りっさん

以上。





てか なんだこの決起集会wwwww

しかも、しかも!!!
出席者、 「会長」 ただひとり っていうwwwww 




とまあ、そうして勝手に「峯岸さんの支援」を始めた私は、その魚竜の湯の進化と共に、
「中古の洗濯機を数台いただいたので魚竜の湯で洗濯も出来るようになりました」と聞き知れば、洗濯槽のカビ取り洗剤を送りつけ、
「エコのこともあってそのモノを使っているので、もうなんせそこにたかるハエが多い」と聞き知れば、ハエ取り紙を送りつけ、
「歌津の夏は今クーラーどころか扇風機もないから部活に励む子どもらの熱中症が心配」と聞き知れば、熱中症対策飴を送りつけたりした。


もちろん全部、「峯岸さん宛て」に。

何故なら私は、
「(被災地でその活動をしている)峯岸さんのファンクラブの会長」ですから、
「峯岸さんのその今(現地での)お困りごと」には、それはもう直ちに動きますよ、と。



正直、だいぶ気持ち悪かったやろうな、と思いますわ。
「何この人???」 って、なってはったと思う、逆に峯岸さんにしたら。



話、かなり戻って。


私が何故そうして、そこまで「峯岸さん」という人間に魅入られていったかと言うと、


峯岸さんは、「誰も、責めない」んです。
峯岸さんは、「何も、責めない」んです。


震災直後から現場入りした峯岸さんは、もうほんま「色んなこと」をずっと見てきはったと思うんですよね。

「これが今直ちに必要なのに、それが国の、自治体の組織的に、結局ほとんど出来てないこと」も、
「とにかく悪者探しの追求糾弾をすることで自分の鬱積を晴らそうとする人もいること」も、
「失って初めてかけがえのない人だったと気づいて、そこから動けないでいる人がいること」も、
「おまえに何がわかるのか!?と誰にも心を開いてくれない人もいること」も、

もうほんま、ずっと「色んなこと」見てきてはったと思う。むしろ「色々」言いたいと思う。


でも、峯岸さんは 「一切」 それは言わなかったし、「今も」 それは言ってない。


逆にそこで軸がブレて、「なんか、その運動」に行った人も、中にはいたと思います。
って、そういう人は大概、そのステージをいんたーねっつに鞍替えしたと思います。
「自分戦ってる」アピールをしたいだけなら、労力とコストの低いそっちでやるのがラクでいいでしょうしね。


と、そうした世の中や現地の動きの「色々そうした中」でも、峯岸さんは一貫して、


「口を動かすよりも、手を動かしてきた人」で。

「言うてただけのやつ」が、結局 何にも結果出せてない中、
ずっと走り廻ってきた峯岸さんは、「結果」を、出してきたしね。






「魚竜の湯に、ついにシャワーも出来ましたー!」
「まだまだもっと、やりたいことできること、ニーズがあります」
「魚竜の湯を、歌津の憩いの場にしていきたい」
「支援から、やがては復興・自立へ」
 




絶対、コケさせへんし。



この人、ほんまに。





続く。
  1. 2011/11/22(火) 02:44:32|
  2. どんつき(ひと)

「南三陸チーム」の青年に会った・その1

さて。

先日、次女(もも)の学童のお祭りがありました。
学童に通う子どもと先生方と保護者らが屋台やゲームをして地域の方に来てもらう、というお祭りです。
私は今年度、保護者会の本部役員なんでバザーの責任者をしていました。

え、なに? 「りっさん、また役員やってんの?ww」 って?

そうです、 また やってるんです。

離婚して秋に東京から京都に帰ってきたその翌春からもう早速、長女の小学校のPTA本部役員。
しかもなんとそれがまさかの二年任期だったんでその翌年もまた、長女の小学校のPTA本部役員。
やっと任期終わった~と思ったらその翌年、次女の保育園の保護者会の本部役員。
もうやっと終わった~と思ったらその翌年、町内の地域委員(小中学生の子どもの世話係)。
もうほんまにやっと終わった~と思ったら翌年、次女の学童の保護者会の本部役員。←今ココ。役員関係通算、五年目。

って、これだけ聞くと、「りっさんは、役員ダイスキ人間なんだな(笑)」と思われるかもしれないが、
この中で私が立候補したものは ひとつも ありません。
全て、「逃げる余地のない圧力」によるもの あるいは、「今年は休めると思ったのに、くじ運悪ス」 によるものです。
でもまあ「どうしても嫌」ではないですけどね。めんどくさいこともあるけど、なんだかんだで人と絡むのは好きなんで。
ちなみに今年のその本部には、偶然ですが、小学校のツレの妹と高校のツレの嫁はんがいます。
一昨年の次女の保護者会本部には偶然、下の弟の元カノがいたし、去年の地域委員の相棒はこれまた偶然、小学校の同窓生でした。
地元おそるべしww
つーか、京都の人間ってほんま、あんま外(県外)に出ないよな。まあ就職先もそれなりにあるしかもしれんが。

余談だが、今年の地蔵盆で町内会長から
「これは町内会長からのお願いなんやけどさ来年度りちさん中学校の役員を持ってくれへんか?さ来年うちが地区ブロック長に当たるんや」
と言われた。


なにその またしても 「逃げる余地のない圧力」。
「これは町内会長からの~」 とか、そうした 「枕コトバ」。 




てなわけで、さて、今日の本題。


そのお祭りが夕方に終わって撤収してから、私と娘らは下の弟の家に泊まりで飲みに行きました。
私の合格祝いと転職祝い&私が勤め先を変わったら土日祝は基本的に出勤になるので(昼過ぎまでやけど)「週末泊まり」が難しくなることから、
同じ市内に住んでいながらちょっと距離があるのでなかなか会えない弟ら夫婦が「ほんま一回、泊まりでゆっくり遊びに来ぃや」と言ってくれて。
あと、近所に住んでる弟嫁の双子の姉一家も来てたんで、大人五人・子ども五人で「遊び(大人は飲み)」ました。
上の弟一家も来れたら良かったんですが、こいつもこいつで土日出勤の平日休みなんで都合がつかなかった。
お互いが自分の道を歩み出すと、「きょうだい」って、近くにいても、まあまあなかなか会えへんなるね。


話進んで。


そしてその翌日、私は「とある青年」をそこに巻き込みまして、昼間からちょっと飲みました。
その青年は普段東京に住んでるやつなんですが、用があって関西に来るって言うから「ほなおまえも来ぃや!w」ってな「いつもの感じ」で。

彼とは「ツイッターで相互フォローし合っているツイッター仲間」なんですが、「+まあまあ濃い繋がり」があるんですよ。
「違う場所にいても同じ目標を目指している、その同志」 っていう。

そのとある青年こと「大くん」と知り合うことになったのには、そのキーパーソンとなる「ある人」の存在が先にありました。
それは、「峯岸さん」という人で、その人のことも私はツイッターで知りました。もうほんまに「たまたま」ですが。



あれは東日本大震災が起きた二週間後ぐらいのことだったと思う。



東京千葉埼玉茨城横浜に従兄弟やツレがおる私はあの震災直後、それまで登録したもののなんやようわからんで放置してたツイッターをよく見てました。
テレビでは流れない(報道が被害の甚大な東北地方中心なんで)関東地方の被災状況も知りたかったんで、情報が欲しかったんですよ。
それまではリアルツレと好きな作家・芸人さんしかフォローしてなかったが、情報を出してくれる現地の(知らない)人を積極的にフォローして。

と、そうしてたら、どこで何がきっかけで目に止まったのかはもう思い出せないが、なんか横浜の青年(?)が
「もうじっとしてられないから、俺は被災地に行く!」って言ってるのを見かけて、
(えっ。ていうか横浜もあちこち被害あるんとちゃうの?)とか思いながら、直感的に私はその青年をその場でフォローしたんですね。
「この人はきっと、なんかある。なんか持ってる」って、思って。

と、それが、私がその横浜の青年=「峯岸さん」=後に「大くん」及び「南三陸チーム」と私を引き合わせた人、を知ることになったきっかけで。

当時、首都圏のあの「買いだめ買い占め騒動」よろしく、関西でも「プチ騒動」が起こってたんで、うちの店はドッタバタになっていて、
私は情報を得るだけでなく「私のやれるやり方」で、買いだめ買い占めお控えくださいプロモーションを自分のスペースでやっていた。
まあ、「私のやれるやり方」って「笑い」しかないんですけどww
そして、いいネタに恵まれて(ネタの全てが店で起きたことっていうオールドキュメントだったんで)さらにそれをおもしろく書けた時は、
フォロワーの多い作家さんに頼んで「そのネタ」を拡散してもらったりした。(バスコさん、内村宏幸さん、その節はありがとうございました)


と、こっちはこっちでそうこうしているうちにナント、それまで仕事休みに「通い」でボランティアをしていた峯岸さんが
「仕事辞めて、横浜から南三陸歌津に移り住む!俺はここでこの歌津で生きていく!」って言い出したんですよ。


峯岸さん、キタコレ。


っていうか、「歌津」 ってドコらへんです?



東北地方行ったことない京都人の私にしたら、南三陸っていうたら「わかめ」ぐらいの知識ぐらいしかないですし、
さらにその中の「歌津」とか地区名で聞いても、そこが「地図のいったいどの辺」なのか全く検討がつかなかった。
よって「知る」と、そこは津波の被害が著しく大きかった地域だった。

峯岸さんがそれまで何の仕事をしてたのか知らないが、「歌津で風呂屋をやる」と言って峯岸さんはそれに尽力していたので
「ああ、峯岸さんは設備屋さん(ボイラー技師=職人さん)なんだ。さすが熱いな」と私は思って、彼のその活動とビジョンをずっと見守っていたんだが、
だんだん、「ただ見守っているだけ」ではもう足らず、いつしか、峯岸さんに「コメント(リプライ)」を寄稿するようになり、
「辞めた会社から(? 経由で?←この辺もまたよく覚えてない)機材を調達できそうです」などの経過ツイートについて、いちいち
「良かったですね!!頑張ってくださいねずっと見守っていますから!」などというかなり気持ちの悪いエールを私は送り続け、
だがそれに対して峯岸さんはなにも気持ち悪がることなく
「いつも見守っていてくださってありがとうございます!今、自分に出来ることを精一杯頑張ります!」
とかいう、もうとてつもなく爽やかで清々しいコトバを返してくれていた。


王子様、キタコレ。



っていうか、「峯岸さんファンクラブ」 開設の、これは勢いです?



続く。

[「南三陸チーム」の青年に会った・その1]の続きを読む
  1. 2011/11/14(月) 02:19:13|
  2. どんつき(ひと)

衛生兵を呼べ!

さて。

先の記事のおまけでちらっと書きましたが、先日、私はとある仕事の面接を受けてきました。
そして私はその仕事の面接に合格しました。よって今後は「いちアルバイト」でなく「専門家」としてその仕事に従事することになります。
そのことをツレらがほんま喜んでくれて、身内もほんま喜んでくれて、さらには今の職場の仲間も、ほんまに喜んでくれています。


でも、私は今 心が痛い。 


だいぶ先日の記事で、私は、
「やっぱトーハン受かったらやらしい話、今(いちアルバイト)より給料いいとこ(トーハンとして使ってくれるとこ)とかその正社員募集とか、見てしまう」
と、書きました。

あれから実際に「ダメ元」でいくつか聞いてもみたんですが、トーハン資格ありきで社員として雇ってくれる(その求人してる)ところには、
「平日土日祝日関係ないシフト制での週5日勤務でさらに朝(日中)も夜(閉店まで)も状況に応じて出勤してもらうことになる」
と、あっさりがっつり言われた。
ならばと、トーハン資格ありきのパートとして長時間勤務を募集してるとこにアタックしてみても、やはり同じことをあっさりがっつり言われた。
っていうかまあ、そら「平日土日祝日盆正月関係なく朝10時頃から晩の10時頃まで営業している職種」なんですからそれは当然のことで。
ただ、「そうした形」で私が外で働くことになると、中1と小2の娘らも「その生活」に合わせて自分らだけで暮らしていかないといけなくなる。
平日の朝から夕方6時頃まではまあいいですよ。学校及び部活(長女)と学童保育(次女)があるので彼女らはどのみち家にはいない。
土曜の朝から夕方6時頃までもまあいいですよ。長女は部活や大会があるし、なければ友達と遊びに行くか家でなんなり過ごすでしょうし、次女は一日中学童だ。
問題は、そうした「子らの宛て先」のない日曜や夕方から晩寝るまでの時間をずーっと自分ら(子ら)だけで暮らしていかせること、なのだ。
よって「状況に応じてランダムに出勤する」という当たり前と言えば当たり前のことが私には非常に困難で、「トーハンとしての転職」は一度諦めたんです。
そもそも、私がその勉強をしたのは「試験に受かるため」ではなく、今の職場で薬剤師さんのアシストをしたかったからなんだから、
試験を受けることは、その勉強に対してダラダラやらないための「具体的な目標」だったんだから、と。


っていうかりっさん、今の職場(会社)で「今まで通りの時間帯で、トーハンのパート」として雇ってもらえばいいじゃない! って?


それ、考えたわ!!! 
てか、副店長に 「それ」 も言われたわ!!!

てか逆に私が 「解答速報で答え合わせしたら合格でしたw」 言うた瞬間から、
店長はすでに 「それ」 を考えて、いろいろ動いてくれてはってたらしいわ!!!




結論から言うと、今の職場(会社)はトーハンのパート・アルバイト募集をしてないんですよ。
何故なら、トーハンはもうまあまあ今いる社員さんでなんとなくだいたいギリで足りてるから。


余談だが、
多分みなさん知らないと思いますが、っていうか私も薬事法(あの改正後)を勉強するまで知らなかったが、
トーハンの試験に受かったからって、その合格通知が届いた次の日から「もう早速、薬を売ること」はできないんです。
その試験に合格してさらに「この県内の薬店で薬を売ります(販売従事登録)」をお上に申請し認められないと、まだ薬は売れないんです。
それから、でないと「薬に関する一切合切の情報提供をしてはいけない」んです。知ってても。わかってても。
何故なら、自分が業務中にしたその薬についての情報提供によって客がその薬を買った=「自分が売った」ことになるので。
極端な話、でも、ほんまの話、
「一日何回飲んだらいいの?」とお客さんに聞かれた時に「箱の裏書の用法容量を読み上げること」もダメなんです。それも「情報提供」になるから。
そしてそれ(従事登録)をするには「トーハンとして」この人を雇っていますよ、という会社が出す「書類」がいるのです。

「仕事に生かすためにそれを勉強したいと思って勉強した(そして受かった=理解できた)私」にしたら蛇の生殺しのようなもんです。
いちいち薬剤師やトーハン登録してる社員を呼ばなくても「もうこんなことわかってること」でも、まだ言えない。
「その手をいちいち煩わせないために、私はそれを勉強した」のに、でも「まだ」言えない。
それは何故か。
この会社が私に「販売従事登録に要る書類(トーハンとして雇っています)」を出してくれないから。
さらにそれは何故か。
この会社はトーハンはもうまあまあ今いる社員でなんとなくだいたいギリで足りてるから、バイトまで使う「その必要」がない。


話戻って。


店長は、私の知らない間に、なんかほんまものすごく色々と考えてくれたはったみたいです。後から知ったんですが。
今トーハン社員が足りてない店舗があるからそこスタートでパート→子どもさんが大きくなったらいずれ社員に、として上(本部)に推薦しようか?
でもそれらの店舗は市内の外れの外れとか県外なので通勤にかなりの時間がかかるから「出勤したら最後、何があっても早々には帰れない」し、
それは母子家庭のりちさんには難しい、子どもに何かあった時駆けつけるのはりちさんしかいない。
うちの会社で是非ステップアップしてほしい、この人は「打てば響く人」、「しかも売れる人」、手放したくない。
そして何よりりちさんの生活(金銭面)を「今のカッツカツ」より「ちょっとはラク」にしたげたい、子どもさんのためにも、と。


もうほんま しまいに泣きますよ?




話、進んで。



ほんなら、あったんですよ。


このご時世に、というか、むしろこのご時世だから、かもしれないが、
「朝から昼すぎまでもいいですから薬の専門家さん居てください」の、パート社員の求人募集が。ドラッグストアではないんですが。
もちろん「土日祝日は関係なく出勤する」なのには変わりないが、でも、「朝から昼過ぎまでいいので」 なら全然できる。そしてさらに、
「週5日の朝から昼までのちょっと4時間だけの間、その道の専門家として従事できる」働き方と、
「週5~6日の朝から夕方までもう何でもして一日走り回っているが、専門的なことは何ひとつ言ってはいけない」働き方で
「同じだけの給料」を貰えるって、 ここでそっちに鞍替えしないバカwww が、どこにいる?


だが、ここにいる…。



なんかもう色々と抱えきれなくなってしまったんで、
私はなんとありえないことにその「自分の転職相談」を、今の職場の上司(店長)にしました。


自分はこの店を辞めたくないこと。この店が好きでこの店のスタッフが好きでずっと一緒に働いていたいこと。
でもここにいたら私はやっぱり薬が売れないままで、具体的なアシストもできないままで、自分がなんなのかわからない。
でも、大戦力のタケが抜けてその直後に「私も抜けます」ってなったら、この店は、仲間はどうなるのか。ただでさえギリの人数で廻してるのに。
でも「この資格持ってることでここではないどこかでなら少しでなくかなり給料が上がるもんなら、そら上げたい」っていう気持ちもある。
片親で安い時給で子ども育てていくのはもうかなりしんどい。だからもうそっちに転職しようと思ってる、受けてみようと思ってる。
でもそこに転職したからって体はラクになるけど(昼過ぎまで働いて今フルで働くのと同じ収入)、生活の質=金銭面は変わらない。
だから私は、もしそこに受かって転職しても、午後からまたどこか別のバイトを掛け持ちしようと思ってる。

っていうことまで、もう全部「ぶっちゃけ」で。


そしたら、店長がこう言ったんです。


「いいんじゃないですか?僕がりちさんやってもそうするわ(苦笑)」


店長いわく、
ステップアップしていく人間はどんどんステップアップしていく。その人材を引きとめる魅力のない会社が悪い。
それは管理職(店長)の僕も含めて。
ほんま言うたらトーハン受かったりちさんにはその第一線に立って欲しいけど、僕はりちさんにいまだ薬を売らせることが出来てないし
生活面(金銭面)でも、僕の一存で上げてあげられるりちさんの給料は「(頑張り度で)時給10円アップ」とかそんな程度やから、
その人材を引きとめる魅力のない会社が悪い。だからりちさんは何もそのこと(転職)に申し訳ないとか思う必要はない。
っていうか、逆に午後どこかでバイト掛け持ちするんならうちに残ってくれないか?来れる時だけでもいいし例えほんの数時間でもいいから。
僕にはりちさんという仲間、部下が必要なんです。正直、僕がこの店にいる間(転属あるから)だけでもいいから居てほしい。
りちさんが午後から来れる時に合わせてやりくりしていくから、りちさんの掛け持ち先としていいように使ってくれたらいいから。


もう ほんまに 泣くし。 



もうこんなんドラッグストア業界では「まあまあ有り得ない話」です。


朝番しか入れないバイトが「開店から昼過ぎまでの一番立て込む時間帯は給料のいい他のとこで働くことを考えてる」言うてるのに、
「それでいいからとにかく辞めないでほしい」って引き止めてもらえるってどんなに鈍感な人間でもこれは泣くよ、もう絶対泣くし。



心が、痛い。




転職先(次の会社)との「契約のこと」もあるんで、難しいです。
うちでは専門家として働いてる人間が(スタンスは違うがいわば)同業の別のとこで、いちアルバイトとして働くことが、どこまで許されるのか。



なんかいろいろ、心が痛い。




衛生兵を呼べwwww 



  1. 2011/11/06(日) 22:51:45|
  2. 仕事ネタ(現職)

これはひどい。

さて。

実はこれは今日書こうとしていた真面目な記事の「出だしのネタ」にしようと思っていたんだが、
逆にこのあとにもう何を書いても「コレ」に持っていかれる、と思ったんで、もう「別記事」にしました。


てなわけで、さて、本題。


今日、晩の6時半頃、実家(近所)のオトンから 「今日おまえとこに晩飯食いに行くし!」 というかなり一方的な連絡が来たんですよ。

まあ、「オトンがうちに晩飯を食いに来る」のは別にいいんですけど、「急に」、しかも、「私が仕事の日に」、それはできればやめてほしい。
何故ならオトンは晩酌をするので、「ご飯のおかず」というよりも「酒のアテ」がたくさん(量でなく、種類で)要る人なので。
あらかじめそれ(来ること)がわかっていたらその準備もしておくが、仕事帰ってくるなりそれ(行くこと)を言われても、こっちにも「生活」がある。
ていうか、私もつい今さっき(6時前頃)帰ってきたとこで、ほんならもう帰るなり、いちご(長女・中1)に
「明日またこのジャージ要るから、ママ、ジャージ洗ってー」とか言われて、
「えーもうほな今すぐ洗って干さんと乾かへんやん、つーか洗濯機の使い方こないだ教えたやろ?明日またすぐ要る自分のジャージぐらい自分で洗わんかい!」
ってことで、まだ全然「ご飯の仕度」するより、先に「今日干してた洗濯物」をとりこんで、「次の洗濯」をしてるし、
っていうか、そもそも、うちの今日の晩ご飯(予定)は 「ビーフ・シチュー」 その一品のみですがwww


私は一瞬考えた。


「ビーフ・シチュー」 では、 さすがに 酒は呑めんよな…。
どうしよう? 急遽、メニュー変えたるか…?
いま冷蔵庫にあるものの「有り合わせ」でしか出来ひんけど、せめて、まあ 「酒のアテ=和食」 よな。
いや、でも待てよ…?
「これ(急に言うて急に来たけどりっさんがちゃんとわしのアテを用意してくれた!)」を一回やると、いつしか「それ」がもう当たり前になる。


よって結論。


「こんな時間に、急に言うて 急に来よう」 とする、これは 「オトンが悪い!!!」

「ビーフ・シチュー」 で 酒が呑めるもんなら 「呑んでみやがれ!!!」www 



と、そんなわけで私はメニューの変更をしないままオトンを迎えたんだが、オトンはその献立を知るや否や、
「いや、今日は晩飯を食いに来たわけやないから、これで帰る」とか、そんな謎の…というかある意味わかりやすい言い訳をしながら、
「おまえが薬剤師の試験に合格したからその祝いにと思って…」と言って、「それはもうどう見てもケーキですよね?」っていう「箱」を差し出した。


オトンの間違い・その①  私が受かったのは「薬剤師の試験」ではなく、「登録販売者の試験」です。
オトンの間違い・その②  私は甘いお菓子を好んで食べませんので、「ケーキ」とかは、わりと「罰ゲーム」の類です。


っていう、さまざまな「間違い」はあるにしても、


今日は、 「そういうこと」 やったんか……。
「親の心、子知らず」 って、「こういうこと」 かもしれんな……。 



とか思いながら、
そうしてオトンが帰った後、「あえてメニューを変更しなかったビーフ・シチュー」を、いちごともも(次女・小2)と三人で食べた。


私の心の中では「その反省の思い」もあって「その、どう見てもケーキ」の箱を今夜中に開封する気にならなかったんだが
逆にそこもそこでまた「親の心、子知らず」により、晩ご飯の後、いちごとももが
「おじいちゃんにもらったママの合格祝いのケーキ開けようよ!ねえねえ、開けようよ!」と言うので、私はそれを開けてみたんですよ。





そしたら。






ケーキ






何故か 「オトンがトーハンに合格したこと」 になっている件。 



いや、わかるんですよ。オトンの言いたいことは、なんか 「解る」 んです。
「おとうさん」 からりっさん(私=娘)に 「合格おめでとう」 と言いたかったという、それはわかるんです。

ただ、私がひとつだけ言いたいことは


もちろんもう「オトンもオトン」なんやけど、逆にこの「ケーキ屋もケーキ屋」やろ!!!
「え? なんですのん?その話www」 と、疑問にも思えって! 少しは!!!www




だってそうじゃないですか。



白髪混じり+ハゲ頭の推定60代のおっさんが来店してきてね、ショーケースでおもむろにケーキを選んでね、決めてね、
「あ、 そのケーキに おとうさん 合格おめでとう っていうメッセージを入れてください」 というもうまあまあ異常な依頼をしてきた。
その「むしろまるで想像がつかない話(異常事態)」に対して、なんでハイハイ言うて「そう言われたまんま」にそれをやってしまうのか。
このもうだいぶ半分ジジイであるこのおっさんの「おとうさん」言うたら、だいたい80か90ぐらいの「もうだいぶかなりのジジイ」ですよ?
そんな「もうだいぶかなりのジジイ」がいったい何に合格したの? が、むしろ逆に気にならなかったのか?おまえは「少し」もwww




話戻って。



「おじいちゃんが合格したことになってるしwww」と大爆笑した娘らが中に入っているろうそくをみつけ、それを点火してみようと言った。




だからやってみた。もういっそのことそれもやってみた。






111102_204841.jpg




輝いている。



ごっつ輝いている。




おとうさん 合格おめでとう。





これはひどい。




  1. 2011/11/03(木) 00:50:43|
  2. オトンネタ

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Author:りっさん

京都に生まれ京都で育ち、          放浪の末、京都に舞い戻った女

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