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笑いについて 2

前にもこのテーマでちょっと書きましたね。
てか「笑いについて」って広すぎて難しいんですけどね、しかも正解って無いし。
なので単純に「思うこと」をつらつらと。

私は職業芸人ではないので、
例えば舞台なんかで演者として笑いをやるとかそういう機会はないんですけど、
いわゆる笑いを職業とする人ではない一般の人でも、
なんか人を笑わせたり、ちょっとボケたりする場面は多々あると思う。
学校や職場、また、ツレとしゃべってる時、人が集まるお茶会・飲み会、とかね。

よく「関西人が二人いるとそれだけで漫才になる」とか聞きますが
あれはなんででしょうね。
吉本新喜劇を見て育った影響でしょうか。
ボケる→(回し役が)ツッコむ。
あるいは、ボケる→(周りが)コケる。
またあるいは、ボケる→誰かが乗っかる(さらにボケる)→まとめてツッコまれる。

っていうか、関西という土地柄よりも、
「それ(ボケ・発想)をイメージとして描けるかどうか」がキーかもしれんなと思います。
関西人でもボケもツッコみもせんとボーッとしてるやつ、なんぼでもいますから。

以前、東京に住んでた時にあーちゃんが遊びに来て、
その時に同じマンションのツレらも呼んでみんなで飲んだんですが
私とあーちゃんがいつもの調子でしゃべってたら、大笑いしてた東京のツレらが
「その会話はネタ合わせでもしてあるの?」と聞いた。
ようそんな瞬時にボケたりツッコんだりできるねと。

してるかwww
つーか、さっきからずっとここにいてるがな。いつネタ合わせすんねんてw

なんで瞬時にそういうやりとりができるかというと、それは関西人だからではなく
単に、あーちゃんが言うありえないこと(ボケ)がイメージとして描けるからです。
瞬速で頭にそのありえないことを一旦描いて、
「いや、それは(常識的に)ないって」→「なんでやねん」となるわけです。
誰かが言うたおもろいことを笑う時、
みんな無意識にその作業を頭の中でやっているはずなのだ。

こないだ書いたねずっきーの話なんかでもそうですけど、
そもそも、
「ミッ○ーマウスにそっくりなニセモノのねずっきーというキャラクターがいる、とする」
ということが、鮮明なイメージとして描けないと、
もうあの話は何を言うてるんかすらわからないと思う。
そしてさらに、
「そんなことありえない」とわかって言っている・聞いているからこそボケになるわけで、
「ミッキー○ウスのニセモノがいてなんでダメなの?」
という発想を持った人には逆に笑えないだろう。
子どもなんかそうですね。
頭が柔軟すぎるというか、まだ自分の中の「一般常識・タブー」が少ないですから、
何言うても「ああ、そういうこともあるんだ」と思いますから。
まさにボケ殺しですね。怖ろしいやつらです。
子ども笑わせるのは苦手ですね。
私の天才的なボケに気付いてくれませんからね。
さらに、へたしたら天然でわけのわからんことをボケ返してきますから。
他に第三者がいたらそれも笑いとして成立(?ちょっとちゃうけど)するけど
誰もおらんでその子どもと二人の時にそれやられたら家帰りたくなりますね。
笑わせるなら大人がいいよ、大人が。


話は戻りますが、
相手がボケた時にツッコむには、相手がボケてることにまず気付かないといけない。
つまり、
共通の「イメージ」が描けることと、
共通の「常識軸」みたいなものがないとダメなわけですね。
その「常識」から外れたおかしなことを言うから「なんでやねん!」となるわけです。

これどこかで書いたかもしれませんけど
笑いをやる人というのは常識人だと思います。
常識人って言うたらなんか堅苦しいけど、そう「普通の人」。
この「普通」もどこからどこまでを普通というのかがまた難しいんですが、
元から「なんか違う」やつは、
何が真っ当で何が脱線してるのかがわかりませんから、ボケれない。
っていうか、ボケてんのかマジで言うてんのかわからない。
普通の人が笑いによって「変人」をやるからおもしろいんですね。

そしてさらに言うなら、その場にいる全員が同じイメージを描くことができたら
「ツッコみ」はいらなくなると思います。
誰かのボケに対して、各自が「なんやその発想!」と頭の中でツッコめたら
「なんでやねん!」(あなたはおかしいことを言っていますよ)
と言う役割がいなくても、笑いは起きる。
私も三十路を越えたので、
いずれ行き着く先であろう年配の人のことをあまり言いたくないんですが
(そのわりにビッグママのことさんざん書いてるがw)
おっちゃんとかボケてることに気付いてくれへん人多いですし、
ただ、子どもの場合のそれと違うのは、やっぱ「すぐにイメージできないから」やと思います。
常識的に云々、っていうのは、考えたら絶対わからはると思いますから。
だから、「今、ボケましたよ!はい、ここ、笑うとこですよ!」
っていう役割(ツッコミ)が必要なんでしょうね。

私としては、コンビでやるならツッコミ無しでボケ倒すほうが笑いとしては好きです。
ありえへんことでネタくるとか、もう延々やれるじゃないですか。
白紙の紙に絵描くのと一緒で、なんでも言うたもん勝ちですから。

ただ、大勢で、それこそ飲み会とかで「隙あらば全員がボケてくる」場合は
やっぱシメ役というか、ツッコミがおらんかったらキリないですね。
それもあえて誰、とかじゃなくて自然と持ち回りになったりね。

そして頻繁に同じやつと絡んでいると、次第に笑いのツボが似てくる。
これはどっちが影響を与えた、とかじゃなく(それもままあるけど)
恐らく、訓練によってお互いの描くイメージが統一されてくるんやと思います。


「笑い」は好きですね。
アホなことばっかり言うて生きていけたらいいなあと思います。
なんかまだ書き足りない気がするので、一旦切ってもうちょっと書こうか。
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  1. 2007/08/27(月) 15:03:15|
  2. 思うこと(「笑い」)
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