どんつきを右に曲がって左のかどっこ

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幻記事になるかもしれない

と、先に断っておいて。
私はやっぱり、どんな時でも「書く」ことでしか、
整理も消化(昇華)も出来ないのかもしれない。

友達の妹さんが今朝、亡くならはった。筋肉が動かなくなる難病を持っていた。
私は妹さんとは面識がありません。
でも、その友達が妹のことをどんなに大事に思っていたかは折に触れて聞いてた。

その訃報を私に知らせてくれたのは、姉を亡くした経験があるツレだった。
どんな思いで伝えてくれたのかと思うと、ホンマ言葉に詰まる。

そのツレの姉ちゃんが亡くなったのは、上の子が私のお腹にいた時で、
私が、仕事続けながら切迫早産気味になってるのも知ってたので、
「りちがショック受けて、腹の子に触ったらあかんから」言うて、あえて
「りちには知らせんな」と、箝口令をしいていたらしく、
私は、ツレの姉ちゃんのお見送りには、行っていない。
十数年来の付き合いになる親友の姉ちゃん、やのに。

仕事辞めて、臨月に入って、
もういつ産まれても大丈夫な状態になってから初めて、
そのツレの口から「実は、姉貴がな…」って聞いた。


同じ状況の気遣いが、30年前、うちの家庭内にもあった。
オカンが上の弟を産んだ三日後、婆ちゃん(オカンの母親)が亡くなった。
出産直後の女の体、っていうのは、ホンマ心身ともに不安定でね。
そら、妊娠10ヶ月かけて徐々にホルモンバランス変わったもんが、
子供産むと同時に一気に元に戻そうと、体が勝手にするんですから、無理がきくわな。
しかも、そんな自分の体を支えながら、新生児に三時間毎に乳やらなあかんねんから。
そんな時に母親の訃報を伝えるべきかと親戚中で話し合った結果、

入院中のオカンには知らせないまま、婆ちゃんの葬儀が執り行われたらしい。
オカンが弟を抱いて退院してきた時には、自分の母親は小さなお骨になっていた。

そして、そのオカンも、今はもういない。
心にはいつもいるけど、私や弟達の名前を呼びかけてくれることは、もう、無い。

私は、というか、うちの家は「身内の死」が常に身近にあった家庭で、
私が覚えてるだけでも、
大爺ちゃん・大婆ちゃん・爺ちゃん(全てオカン方)・オカン・伯父ちゃん(オトンの兄)。
そして私の記憶がない頃、また、産まれていない頃も含めて、
叔父ちゃん(オカンの弟)・爺ちゃん(オトンの父親)・婆ちゃん(オカンの母親)。

「それだけたくさん身内亡くしてきたら、身内亡くした気持ちようわかるんちゃう?」
って、よう言われます。
わかるよ。でもな、実際のとこはわからへんねん。

身内を亡くす辛さはわかる。
だけど、深いとこで言えば、わからないんです。
それぞれの「身内」に対する思いは、本人にしか絶対わからない。
祖父母であれ、伯父伯母・叔父叔母であれ、親兄弟、子供であれ、
「自分の身内」が亡くなった時の思いに照らし合わせて、
その気持ちの接点を見つけて、悲しみを共有し合うことしか出来ないんです。

親を亡くすのと、兄弟を亡くすのと、旦那・嫁を亡くすのと、子供を亡くすのとは違うやろし、
いや、辛いことには違わへんねんけど、
自分より年上の身内を亡くすのと、自分より年下の身内を亡くすのは、また違うやろうし、
自分の親を亡くすのと、自分の子供を亡くすのは、また違うやろうし。
私は「自分より年下の身内」を亡くした経験は、無いですから。

オカン亡くなった時でも、確かに辛かった。でも、
「親はいつか自分より先に死んでしまうんや!ヘタレんな!オカンが見てるで!」
って、自分を持ち直した部分が、かなり有りましたからね。


そうした「本人にしかわからない身内への思い」があるんですから、
他人にはわからないんです、ホンマのとこなんて、きっと。

でも、やっぱ「接点」がある人間は、なんとか、解ろうとするんですよね。
解ろう、っていうか、分ち合おうと。


ここ最近で言うと、
奥さんを亡くしたツレがいる。
身内ではないけど、母・姉同然である友人を亡くしたツレがいる。

でも、私は何にも言えなかった。慰めも励ましも、うまく言葉にならなかった。
ただ、自分は「その時」どんな思いで、どうしてきたかということしか言えなかった。


うちのオカンは喘息があったので、いつも吸引器を持ち歩いていたんですね。
たかが近所のスーパー行くだけでも、吸引器忘れたらめっさ不安そうにしていた。
そんなオカンを見てたから、私はオカンの棺に吸引器を入れようとした。
オカン、これ無かったら、また不安なるかもしれんから、と思って。

その私の手を、オトンが止めた。
「向こう行ってまで、お母さん、喘息は無いって。それはもう要らんのちゃうか」って。

「そら、そやんな~。そら、そうや!」って、泣きながら笑った。


友達の妹さんもきっとこれから、
やりたかった事を、のびのびと、思いっきり、しはるかもしれん。
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  1. 2006/11/18(土) 01:22:14|
  2. 思うこと(「生きる」)
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