どんつきを右に曲がって左のかどっこ

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「シール、しますね」

さて。

今日はまた来月の保育園親子レクの準備で相方ミワちゃんと東映太秦映画村に行ってきた。
レク当日にクイズラリーをするんで、クイズのヒントに使う写真やらを撮りに。
映画村は単なるテーマパークではなく実際にドラマやら映画の撮影所としても使ってはるんで
著作権?肖像権?版権?…なんかわからんけどそういうのが厳しいみたいで
クイズラリー用に作成した問題を一旦見せて、その問題の内容のチェックを受けることと、
レクが終わったら用紙を全部回収して廃棄処分することの二点を約束させられました。
実はミワちゃんは映画村で働いており、さらに「団体ツアーの下見」ってことで
子連れかつ今日は彼氏さんも一緒だったがまたもやフリーパスで入れてもらい、
下見の取材理由でタダで入村しているくせに、こないだ来た時に観てハマった、
あのおもろい座長率いるアクション劇団の忍者ショーをもう一回観て、また大笑いしました。
毎日まあ色々あるはあるけど、なんか私は平和に生かせてもろてるよなーと、ふとそう思った。


さて、本題。


こないだ仕事で店のレジに立っていたら、
若いお母さんと、3才ぐらいの女の子がお会計に並んでいました。
お母さんのほうは洗剤やら何やらの入った買い物カゴを持っていて、
女の子は小さいラムネを大事そうに手に握り締めて持っていた。
ほどなくしてお会計の順番が来るとレジ台を挟んで私のまん前に立ち、
くりくりの瞳でじーっと私の顔を見つめてくるので、「可愛い子やなあ」と思った。


私は自分が子どもを産むまではそんなに子どもが好きではなかったんですよ。
っていうか、どう絡んだらいいかわからないのでどっちか言うと苦手だった。


うるさいし。
しつこいし。
常識を逸脱するようなことを平気でしよるし。



まあ正直今でも子どもと遊ぶより、大人同士で遊ぶほうがそら楽しいんですけど、
自分が子どもを持って、子どもを愛おしいと思う気持ちが初めてわかった。
そら、実際育てていくには大変なこともしんどいこともいっぱいありますけどね。

そうして、いわば全くのゼロから「子ども」と向き合う人生を送るようになってから、
いつしか「自分の子ども」だけでなく、「子ども」というものを可愛いと思うようになった。

今までは何考えてるかさっぱりわからなかった赤ん坊や幼児に対しても、
いちごやももをここまで半泣き必死で育ててきたその経験などを踏まえて、
「例えば、私が今こんなことしたら、この子は今、笑うかな?なんか今、安心するかな?」
とか、そんなこともやれるようにもなって、赤ん坊や幼児と関わることが苦手じゃなくなった。

「育児は育自」とはよく言ったものでして、
「育児」を通して「自分の在り方・成り方」的なことを逆に考えさせられることがほんまに多い。
そしてその度、私は、私のように人間が出来てないやつ、人として成ってないやつにほど、
神様は「子育て」という形で「人間修行」の機会をお与えになっているのかもしれない、とか思う。
ちょっと哲学入ってますけど。



話戻って。



その女の子はラムネを大事そうに手に持ったままずっと私を見つめており、
すると、買い物カゴをレジ台に置いたお母さんが、
「○○ちゃん、お姉さん(=私)にラムネを渡して、ピッしてもらいなさい」と言ったので、
その子はお母さんに言われた通り、素直にラムネを両手でそっと差し出したのだが
なんかものすごく不安そうな顔で、私が受け取ったラムネの行方をごっつ見ていた。


幼い子どもと母親が買い物に来ることは日常茶飯事なのでこういうシーンはよくある。
中には、お母さんに「お姉さん(=私)にそれ(手に持ってるお菓子)を渡しなさい」と言われても、
「いやーっ!いやーっ!!!」と泣いて騒いで、もう絶対断固渡そうとしない子どももいる。

それこそ、独身時代にスーパーやコンビニでそういうシーンに出くわすと

「なにこのわがままなクソガキ」

「しかもこんなふうに育てたこの親も親」


みたいに思って、正直ごっつうっとしかった。
でも今はもうそういう状況の中でも、全くイラつかなくなった。

うちの子らは二人とも、買い物先でなんか駄々をこねて大騒ぎすることはなかったんですよ。
「買うてー!買うてー!」言うて泣いて、ひっくり返ったカエルみたいになることも一回もなかった。
確かに、幼い頃からそういう躾については徹底的に厳しくはしてきたが、
それは何も私の躾の仕方がとても素晴らしかったというわけではなく、
いちごとももがそういう駄々をこねなかったのは、むしろ偶然だったんじゃないかと今は思う。
なんぼ親が懸命に育てていても、子どもが「それ」をやりがちな時期、というのもあるのだろうと
そんなシーズンをとうに過ぎた今となっては、逆にそんなふうにも思う。

だってね、子ども目線で考えてみれば、
そもそも、赤ん坊の頃はなんかあればとりあえず泣いたら、もう親が直ちに飛んできてくれてくれて
ミルクやおむつの世話をしたり、あやしたり寝かしたりと、
自分の欲求・要求を全面的に満たしてもくれたわけじゃないですか。
そんな「泣けば済む」ふうだった赤ん坊時代から「泣いてもダメ」な幼児期に成長していくにおいて、
その今しばらくの間、「泣いたらまだ聞いてもらえるんじゃないか」と思ってしまう時期があるのも、
当たり前といえば逆に当たり前なんじゃないかなと、今となっては思うんですよ。

だから今はそんな子どもを見ても、そんな子どもと格闘する親を見てもうっとしいとは思わないし、
むしろ、その格闘している親に対して
「これが一生続くわけじゃないから、時期が来たら治まるから。今は辛抱して頑張りやー自分」
とか思って、温かく見守りつつ、逆に熱く応援すらしてしまうほどだ。


っていうか、そんなことよりも、
今誰もが「これ」を早くツッコみたくて、むしろ「それ」が気になって、なんか気もそぞろやろから
そんなおまえらを落ち着かせて、より本題を進めていくためにセルフツッコミを入れとくと、


りっさん(35才)を「お姉さん」ってwww無茶言うたらあかんでwww



こ れ で 気 が 済 ん だ か。



ってか、逆にどこが、いつが「その境目」なんでしょうね?
さていつ頃から私は「エセ・レジのお姉さん」から「ガチ・レジのおばちゃん」になるのだろうか?

多分今はまだ「ちょっと気ぃ使って」の範疇内で、私より遥かに若いお母さん方が、
寝不足すると目の下のクマをちょいちょい隠しきれなくなってきた私を
子どもを前にして「レジのお姉さん」と、まだギリでそう言うてくれてるんだろうが、
「本格的におばちゃん」の人に対してそれを言うのは逆に失礼になるじゃないですか。
そんなんいつまでも平気で言うてるのって「みのもんた」と「綾小路きみまろ」ぐらいじゃないですか。

私はいつ、晴れて正真正銘「レジのおばちゃん」になるのだろうか?と
四捨五入してアラフォー(笑)に差し掛かった昨今、そんなこともちょっと考えてみたりもします。



続く
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  1. 2009/10/19(月) 00:00:46|
  2. 「こっち見んな!!!」

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Author:りっさん

京都に生まれ京都で育ち、          放浪の末、京都に舞い戻った女

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