どんつきを右に曲がって左のかどっこ

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「シール、しますね」・2

さて。 この 続き。


そうして、会計のレジで「いやー!いやー!!!」と泣いてお菓子を手放さない子どもや
お母さんに促されて大人しくレジのお姉さんに渡したけれど、
なんか不安そうにお菓子の行方をじっと見ている子どもの心を落ち着ける時に大活躍するのが、
「お会計済みです」の、あの「シール」なんですね。


ほら、例えば、うちの店みたいなドラッグストアで言うと、
トイレットペーパーとかボックスティッシュとかレジ袋に入らないようなでっかい物を買った時に、
店員が「こちらはお印でご了承ください」とかなんかそんなん言うて

「ありがとうございますありがとうございますありがとうございますありがとうございますありがとうございます…」

とか、そんなん延々印字してある黄色いシールを貼られたことがないですか?
あれがいわゆる「お会計済みシール(お印)」というものなんですね。
昨今のエコブームの中では、逆に、買い物袋持参のお客様のほうから
「袋はいいですよ。シールでいいですよ」と仰ることもあるぐらいですから、
あのシールの存在を知らないやつは今の世の中ではもうほぼいないと思いますが。


てか、また話反れるけど、この「エコ」という言葉が出たついでにちょっと言わせてもらうけど、


「行き過ぎたエコはエゴになる」。


例えば、洗剤や雑貨類と食品を一緒に買わはった時とか、レジで一応聞くんですよね。
「洗剤・雑貨と食品を入れる袋は、別々に致しましょうか?」って。
いや、私らにしたら、全部一緒の袋に入れても問題がないことはさらさらわかっていますよ。
完全に密封されたプラスチック製の容器に入った洗剤やら柔軟剤やら芳香剤やら、
まだ一度も汚いものを拭いていない雑巾や、まだ一度も臭い足で履いてないスリッパやらを、
衛生的に個装された食パンや真空状態の缶詰と一緒の袋に入れても、
そのことで何ら問題が発生しないことなんか、こちとらさらさらわかっています。
匂い移りしそうな簡易包装の洋服用防虫剤や、雑多にしたら道中で割れる危険もある卵なんかは、
お伺いを立てるまでもなく、もうはなから(最初から)別の袋に入れていますしね。

なのに何故それをわざわざいちいちお伺い確認するのかというと、それは
「この客がよもやクレーマーになって、後々の対処に余計な手を取られないための事前対策」
なんですよね。
「口に入れるものと洗剤、ましてスリッパや雑巾までも一緒に入れるなんてこの店はどうかしてるわ!」
みたいな超~~~神経質なことを言う人が、今ほんま多いからね。
逆に直接店か、最悪、代表本部に言うてくるならまだいいんやけど、
尾びれ背びれ付けていんたーねっとに流された日には、ほんまもうたまったもんじゃないですよ。
だが、そうして神経質なやつがどんどんその神経質な神経を磨いていく一方で、
時代はもう空前の「エコブーム」でもあるのだ。

そんな「神経質熱心」な人々と、その対極にある「エコ熱心」な人々が混在しつつ
なお、共存をもしているこの世の中で物を売るという商売をしている私らにしたら、
逆にむしろ、「前者の方々へのクレーム防御」として、「そのお伺い」をしているんです。
だが、後者の方々にしたらそんな私たちの置かれている状況などまるで想像だにもしないようで

「今だにそんな袋分けをしているようでは、この店はダメだ」

と、なんかお怒りになる。

そしてさらには、
地球全体のエコを考えて今「袋は一緒でいい」と言った自分がどんだけ素晴らしい人間なのか、
みんなも自分を見習ってそうするべきだ、なのに誰もしない、なんと嘆かわしい世の中だ、
自分さえ良ければそれでいいと思っているやつが多いから日本はダメになったんだ!!!と、
後ろに、もういっぱいいっぱい客が並んでいるレジを占拠して、そんな演説をなさる。


あなたがそんなに聡明で賢くグローバルで思慮深いところを誠に誠に申し訳ございませんが、
もう、満を持して言わせてもらうなら
  
「志村後ろ!!!」 


もうね、ほんまこのことは一回言いたかったんですよ。ちょっとすっきりしました。



話戻って。



そう、あの「お会計済み」のシールを、子どもが手に持ってきたお菓子に貼ってやること。

たかがそんなことで、子どもはなんかもう「安心」をするんでしょうね。

切願してやっと、か、お母さんの機嫌や気まぐれ、か、その内情は知りませんけど、
なんか欲しかったお菓子をようやく買ってもらえることになったと。
そうして手に入れたお菓子を今このレジのお姉さんに渡せって言われたら
子どもの考えにしたら、
「もしかしたら、このお菓子を取り上げられるんちゃうか」って思うんだろうと思う。

だがそこで、
速やかにバーコードを通してそのシールを貼ってまた子どもの手元にそれを戻してやることで
子どもはなんか、「安心」をしよるんですよね、どんなケースの子どもでも。
だから、私は直ちに「あのシール」を貼って、子どもの手にまた返してやるんですよ。
そんなしょ~~~もないことでもう抱きしめたいぐらいに可愛い顔して、なんか笑うからね。


私は自分が「超~~~昭和」な家庭で育ってきましたから、ですから、正直、
「子どもが例えそのお菓子を大喜びで手に持ってきたとしても、それは一旦、その代金を払う親元(レジ袋)に入れて、家に帰ってからまた親の手渡しで頂く、という、それが筋なんじゃないか」
とも思っていました。
だから、「レジで子どもが持ってきたお菓子にシールを貼ってやる」その行為が
果たして本当にこの子にとって、この子の将来にとっていいことなのか、
子どものその「甘え」を増長することになるんじゃないかと迷った時もあった。


でも、今私が思うのは、
子ども時代に「安心」をより得た子どもほど、なんか羽ばたけるんじゃないか、とも思って。
でも、親にはなかなかそれができません。
何故なら、親は子どもを早くこの大人社会に通用する「大人」にしようと懸命になるし、
社会に通用する自立した人間に子どもを育てることが親の使命なので、つい厳しくなる。
そんな時に、「ある意味横から茶々を入れる」のが、「周りの大人」なんじゃないかなって。
「安心せえ、君を悪いようにはせえへんから」っていう、ある意味での「茶々」。

だから私は、子どもが手に持ってきたお菓子には「あのシール」を貼る。
そのことに十分安心したら、逆にいつか子どものほうから
「シールはいいです」って、きっと言うてくると思うから。
そうなったらなったで、その時はきっとなんか少し寂しいんやろうけど。

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  1. 2009/10/26(月) 00:27:44|
  2. 「こっち見んな!!!」

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Author:りっさん

京都に生まれ京都で育ち、          放浪の末、京都に舞い戻った女

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