どんつきを右に曲がって左のかどっこ

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天使のウインク

さて。

この 続き? です。


そうして一件落着したかと思えたその10月20日火曜日の夜。
あれは確か23時頃だったと思いますが、
なんか背中の肩甲骨の辺りがもうめっちゃ痛くなってきたんですよね。
そしてそれに付随して、その肩甲骨の真裏である胸の辺りまで痛くなってきた。

私は貧乳のくせに肩こり持ちなんで、この症状はまた肩こりだと思った。
いつもそうなんですよね。肩こり首こりがMAXになると肩甲骨の辺りが痛くなる。

っていうか、独身の頃から通っていた整骨院の先生が言うには
私の肩こりはそもそもその肩甲骨の辺りのこりが発端らしいので、
肩を揉みほぐすというよりも、背中の肩甲骨辺りを揉みほぐさないと肩こりも治らないとかで。


てなわけで私は、その問題の肩甲骨の辺りに湿布を貼って、寝たんですよ。


ほんなら。


夜中に左の背中と左胸の痛みが苦しくなって、その苦痛で目が覚めた。
もう裏も表も骨や筋肉が全部固まったようになってしまって、息がまともにできない。


これは霊の仕業だ。


と、最初は普通にそう思いました。


私は、今は「その力」が耄碌してしまっていますが、
いわゆる「見える」人で、「乗られる」人だったんですよ。
16才ぐらいの頃から、見たり、聞いたりとか、金縛りに合うことも日常茶飯事やったし、
多分あれは幽体離脱?をして、自分が「乗られて」苦しんでる姿を見たこともある。
いちごを産んでからその力は何故か突然消えてしまったが(多分いちごが持って行ったと思う)
体が固まって息が出来ない=金縛り、って思って、私はそれを「解こう」と尽力しました。

でも、だめだった。

っていうか、体全体の自由(身動き)を奪われる「あれ」とは違い、
今なんか明らかに、左上半身だけが自由を奪われていて、
「あれ」の息苦しさとは比べものにならないぐらいに、息を吸うことが苦しい。
よって、これはいわゆる霊的なものの仕業ではない。

私はその時、布団で仰向けになって寝ていたのだが、
背中の左側に体重がかかることがもうめっさ痛いので、死にもの狂いで寝返りをした。
そうしてうつぶせの体勢になり、さらに膝を曲げて前屈姿勢になって少しはラクになったが、
だがしばらくすると今度は左胸に向けてのしかかる重みでまたもうめっさ痛く苦しくなり
起き上がって座ろうとしたら、左胸と背中が鉛のように重くてもはや体を起こすことも出来ず、
一度落ち着こうと思って深呼吸をしたら、心臓が破れそうなほどの超激痛が走った。


「あかん。なんかあかん、死ぬかも」



そう思って、隣で寝ている彼氏さんにこの「りっさん瀕死」を気付いてもらおうと、
熟睡中の彼氏さんの迷惑を省みず、まさに「自分必死」で、力の限り叩いた。



…。
……。
………。



気が付いたら、私は暗い夜道を走る車の中に居た。
「居た」って言うか、彼氏さんに寄りかかりながら、走る車の後部座席で「落ちていた」。
っていうか、いわばもう全身で彼氏さんに倒れこんでいるような形で、「私が、在った」。
運転席の横辺りに緑色に光る数字メーターが見えて「ああ、ここはタクシーの中なんだ」と判り、
自分は今多分病院に運ばれている途中なんだなと思い、痛みの中でまた意識が落ちた。


次に気が付いたら、私は固いベッドの上に寝かされていた。
左胸にはモニターが付けられ、指には血液中の酸素量を測るクリップが挟まれており、
多分私の心拍と比例する「ピッ、ピッ」という音が室内に鳴り響いていて、
さらに、頭上には手術の時に使うようなやたらでっかい照明があったので、
ここが「救急救命の処置室」であることが判った。

胸の痛みはさらにひどくなっていて、時折わしづかみにされるような発作が起き、
息を吸うたび激しく響くので、浅くちょっとずつしか呼吸が出来なかった。


私を診ている当直の先生はいかにも研修医っぽい若い女の先生で
その傍らに同じく新人っぽい若い看護師さん(半泣きだったことが印象的)と、
ベテランっぽいおばちゃん看護師さんがいて、その三人が私を囲むようにしてなんかしていた。

おばちゃん看護師「りちさーん!わかりますかーっ?病院ですよー!」 
私「うう…。は、は…い…。い、いっ、痛い…っ!」
先生「どこが痛いですかー!?」
私「左胸と、背中…が…。ハッハッ…(←浅い呼吸)息が苦しい…!」
おばちゃん看護師「その痛みはいつから?」
私「じゅ、じゅういちじ(23時)ぐらい……ぎゃああああああっっ~~~(←発作発動)痛いーっ!!!」
先生「りちさんしっかりして!」
若い看護師「先生っ、血中酸素量が!」
先生「酸素チューブ入れてください!」
おばちゃん看護師「りちさーん。鼻にチューブ入れるよー?ちょっと気持ち悪いけど我慢してねー。鼻から酸素が出るから、鼻で大きく息を吸ってねー」


と、そこで私はまた意識が落ちた。


意識が落ちる寸前に、「救命病棟24時」のドラマでしか聞いたことがない、あの、
「何らかの問題が発生したことにより生命の存続が著しく危うい方向に向かっている警告音」を聞いた。
まさに七転八倒の痛みに犯されて、左胸と左の背中と精神が破壊されそうになりながらも、
「自分で自分の生命がだいぶやばい状態になってるのを音で聞くのは初めてやな…」と
どこか冷静に、かつ、ともすれば「オイシイ」とすら思いつつ、その警告音をキャッチしている私がいた。

廊下の待合で私のその「発狂」とその「やばい警告音」を夜通しずっと聞いていたという彼氏さんは
後日、「生きた心地がしなかった。本当に、本当に怖かった……」と、涙目で言っていた。
彼はあえて私にはその恐怖の理由を口に出しては言わなかったけど
「りちがこのまま死んでしまうんじゃないか?愛しいりちがもしも死んだら、俺はこの先どうしよう…」
とか多分思って、それが本当に本当に怖かったんだろうと思います。痛み入ります。


「っていうか、りっさん死ぬ気あらへんがな!www」



いや、あのね。

今となってはこうしてネタにしてますけど、ほんまにほんまにキツかったんですよ。
私の経験した痛みの頂上決戦はこれまで「陣痛」か、「S字結腸から先の尻カメラ」でしたけど、
今回のあの挑戦者はチャンピオンを脅かすほどのつわものでした。
何が辛いって、この痛み苦しみに「終わり」が全く見えないことが辛かった。
出産とか尻カメラ(ファイバー)とかは、いつか必ず終わりがくるじゃないですか。
でも、今回のあれについては、そんな心の拠り所がなかったですしね。
「私が生きてる限りこれが一生続くんちゃうか?」って思って、
こんなに苦しい思いをしながらも自分がまだ生きていることがもういやになった。


そうして私は何度も痛みの発作と呼吸困難で意識を落とし、地獄を這い回っていた。


気が付けば「採血の結果、尋常じゃない炎症反応が出ている」とか
また気が付けば「熱が39度まで上がった。血圧も依然高い」とか、
そんなあまり喜ばしくないニュースを薄い意識の中で色々と耳にした。
いつしか、背中~胸から始まった痛みは左上半身全域に渡っていて
左肩がいよいよ上がらなくなり、左腕は棒のようにまるで感覚がなくなり、
わき腹は「下痢でお腹が痛い時に力入れて我慢してる時」のように緊張して固くなったままで、
もしかしたらこのまま左上半身付随になるんじゃないかなと、私は真剣にそう思った。


私の症状から疑われた病名は「心外膜炎」でした。


なので、心臓専門の循環器科の先生にバトンタッチすることになったのだが、
私を診てくれていた研修医らしき若い先生の話では、
私の少し前に運ばれてきた患者さんが心疾患の持病があってペースメーカーを装着している方で、
今日の当直の循環器科の先生が今その救命処置にあたっているので、
もう少ししたらきっとその心臓エキスパートの先生がこちらに来てくれるから、
そしたらもっと詳しいことがわかるから、お願いやからそれまで頑張って、と言われた。


ちょw何やねん、その不思議なお願いはw
逆に聞きたいのは、
今おまえは何しに救命救急の当直を請け負っているのだ?
君の勉強や経験のお手伝いをするために
患者は救急救命に運ばれてくるわけではないんですよ?



でも、ここでそんなふうにキレるのはあかんことやと思って、私は半分死にそうな笑顔で頷いた。
何故なら、痛みと呼吸困難に苦しむ私を逆になんともしてやれないことについて、
きっとこの若い研修医らしき先生も今、自分の力不足になんしか苦しんでいるはずなのだ。
そんな時に、ここで私が


「この役立たずが!下がれボケ!!」


とか、自分の痛み苦しみの感情にまかせてそんなんをダイレクトに言ってしまったら、
もしかしたらこの駆け出しの若い先生はなんかもうごっつ傷ついてしまって、
まだほとんど医者として何も始まってないのに、
志半ばにして、なんかもう医者という仕事をを辞めてしまうやもしれない、と思い、
私はまだ動くほうの右手を先生に差し出して、「先生…、先生、ここにいてください」と、言った。

そしたら、その若い先生は、私の右手をぎゅーっと握り返しながら、
「りちさん!先生はここにいるよ!りちさんお願い、頑張って!」と言った。


そこで私が、なんかそんな伏線があった中で
その研修医の先生に手を握られながら安らかな顔をして死んでしまったら、
それはなんかある意味とてもいいドラマになったんかもしれないが、
例えば私が連ドラの第二話ぐらいでポッと現れた患者で、先生の心の何かを動かして、
その役目が終わったらバチコーン死ぬ患者、的なバイプレイヤーだったなら
それはある意味いいドラマになったかもしれんが、


だが残念ながら、
無粋な私は逆にその空気を読まず、まだしつこく死ななかった。

よって、続く。


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  1. 2009/10/31(土) 23:36:27|
  2. 闘病?ネタ

プロフィール

りっさん

Author:りっさん

京都に生まれ京都で育ち、          放浪の末、京都に舞い戻った女

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