どんつきを右に曲がって左のかどっこ

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行く年・来る年 その2

さて この 続き。


さらに「行く年」、に思うことはやっぱこないだのクリスマス会かなあ。

先日、 例の ももの保育園のクリスマス会があったんですよね。

母体が教会であるももの保育園では、クリスマス会は礼拝として神聖に執り行われます。
だから、明かりを消して祭壇の上のろうそくに火を灯すとこから儀式が始まり
そこにいる全員が目を閉じて手を組み、神様に感謝の祈りを捧げる黙祷をします。
その後、園長先生が生誕祭(クリスマス)についてお話をされ、
その後、その教会の牧師先生がお見えになって、
聖書の中から子どもたちにもわかるような例えを持って何かお話をしてくださる。

保育園の保護者の中にはこの儀式について、正直、
「毎年毎年もうええって。子どもの劇を観に来たんや。てか、うち仏教やし」
って、ちょっとうんざり気味のやっつけ仕事になってる人もいるようですが
私にとっては逆に、てかそれは逆に順当に、その礼拝こそがメインなんですよね。
いや、うちも仏教ですけど。てかもうどの家もほぼみんな仏教ですけど。

なんちゅうか、

年に一回あの礼拝をすることによって、なんか自分がクリアになるんですよね。
「今年もこうしてクリスマス(私たちの救い主である神の子イエス様がこの世にお生まれになった日=神様からの愛を私たちが感じることが出来た、その素晴らしい日)をお祝いすることができる喜び、感謝」
について、その祈りを神様にお捧げすると、ものすごく清々しい気分になるんです。年々、歳を増すごとに。

いや、わかってますよ。
ろうそくの火がおごそかに揺れているだけの礼拝中から、
終わったらパッと電気がついて目の前が明るくなる→晴れた気になる、
っていう視覚効果?的な印象も関係しているのではないか、ってことは。


っていうか、なんて言うんかなー。


ぶっちゃけ、毎日毎日全てに感謝して生きているような聖人ではないですから私は、
そら、世の中にはそれを苦労せずにやり遂げられる人もいるのかもしれないし、
私のツレらでも年がら年中全てに感謝して生きている人間もおるし、それは凄いと思う。


ただ、私にはそんなことはできない。


いや、いいことがあった時は、それはわりと簡単に出来ると思うんですよ。
自分が「あー幸せやなー」っていう状態やとね、感謝のひとつでもしてみたくなるし。
ただ、問題は悪いこと・嫌なことが起きた時なんですよ。
そんな時は「感謝(笑)」とか、なんかもう鼻で笑ってしまいますからね、私は。


嫌なことやムカつくことがあったりなんか腹立つこと言うようなやつがおったら、


アホぬかせやカス。  とか
このボケほんま…!(いてまうど!)。  とか
いっぺんおまえの頭の中が見てみたいわ!  とか


正直思いますからね、それは。



そんな時にまで、

こんな人間にはならないようにという戒めを、
神様が、或いはこの人自身が、私に与えてくれているんだ



とか、そんな感謝の思いをいついかなる時も持って私はよう生きられませんし、
ちょっと時間が経ってから「まあこれもいい経験や」と消化することはあっても
毎日毎日全てに感謝しながら生きて、
さらにその感謝を誰かにフィードバックするということ(祈り)をするのは私には難しい。


余談ですが、
某宗教の毎日の勤行とかほんまようやるなと思いますしね。ツレにもわりといますけど。
私にはできないですよ、毎日お題目を上げるとかもう無理ですね。
ただ、そういう「祈り」についてはなんか少しわかるところもあるんですよ。
それは「基本的に葬式と命日と法事と盆正月お彼岸の時しか仏壇やお墓に参らない」という
「いわゆる仏教」の家庭に育ちながらも、幼少の頃にちょっと「神教」もかじってたからかもしれないが、
毎日そうして「祈り」が出来るということは、常にどこか心に余裕があるんやろうと思うし、
いや、そら「苦しいからなんか助けて~」とかで祈ってる人はなんかあかんと思いますけど
前向きな意味で「祈り」を続けている私のツレらは、
そんなことは絶対できない私より、なんか心が広い人間なんやろうなとも思うし。




話戻って。



さて。


そんな私が、怒りも照れも、「笑い」すらもむしろ忘れて、
本当に神聖な気持ちで「感謝の祈り」を出来るのが、もものクリスマス会(礼拝)なんですよね。


ただ、ももは今年でここを卒園するので、
ももが卒園したら私はこのクリスマス会にもう来ることもないので、
てか、母体が教会なんで多分何らかのクリスマス礼拝は教会側としてやってはるやろけど
そこにわざわざこれからも行くほどのやつではないことは自分でわかっているので
逆に「年に一回」やからそれが出来ていたのであって、その機会がなくなったら
「来年から、なんかどうしよう?」って、そうも思ったりして。


そんな感じで、
私は、「今年が祈り納めになるな」っていう気持ちで神様への祈り(礼拝)をお捧げした。



「子どもたちが健やかに成長していることを感謝致します」
「私の後ろで半分寝てるこの彼氏さんと、私たちが出会えたことに感謝致します」
「素晴らしい友達に恵まれたことを感謝致します」
「今、私が生きていることを感謝致します」
「私に出会ってくださった(一部を除く)全ての人々に感謝致します」
「イエス様のお名前によって、このお祈りを神様にお捧げ致します」




またしても実に清々しい気持ちになりました。





ただ、この日この後、飲み会したんですけどね。



志村、神聖!!!



ももの保育園ママ友始まりで出会った、
漢字は違うけど、私と名前が一緒の一個年上のツレ「りぃちゃん(仮名)」の家で、
保護者会役員仲間のミワちゃん(下の弟の元カノ)も一緒に飲んだ。

りぃちゃんのお母さんは「京都のおばんざい飲み屋」を経営しながらりぃちゃん達三人姉弟を育ててくれて、
お父さんはある日突然2000万の借金を置いて蒸発したいわば「ろくでなし」だったらしい。

りぃ「母親が水商売してたのに私は母親の酔ってる姿を一度も見たことないねんな~。法律とか知らんからさ、借金取りに脅されるがままに蒸発した夫の借金も母親が完済したしな。私も就職してから少しは助けたけど」
私「てかそれ、オカン女前(男前的な女に対する関西の誉め言葉)すぎるやろwww言うたらあれやけど当時でその金額やったら子ども連れて心中してもおかしないで」
りぃ「かなり女前やんな?w」
私「てか、むしろりぃちゃんのオカンとなんか飲みたいわwww」
りぃ「いや、オカン酒止めたからwもう70やからwwwって今も弁当屋でおばんざい作り続けてますけどww」
私「よほど料理が好きなんやろな、お母さん」
りぃ「多分そうやと思う。小さい頃から色々料理を教えてくれてさ~。私も料理するの好きやったから、それがほんまに楽しくて、嬉しくてさ~」
私「料理好きな子は好きやからなwwwいちごもなんや言うては台所をうろうろしてるわw」


そんな「りぃちゃん」のおもてなしは、
安くて早くて簡単な中で独自の工夫がしてあって、さらに栄養も抜群の
「おかずにもなるし、おつまみにもなる」っていうアイデア料理ばかりでどれも美味しくて
三ツ星レストラン(笑)とかが裸足で逃げ出すような愛情のこもったおもてなしだった。

よって、私はなんか飲み過ぎて、
帰りがけにももにジャンパーを着せようとして有り得ない体勢ですっ転んで
左の頬骨を床でダイレクトに強打してみんなにだいぶ心配をかけたが、
一緒に飲み会に参加してた彼氏さんの保護によって、なんか無事に家まで帰ってきていた。


と、まあ、昼間どんだけ礼拝を捧げても。私なんか所詮そんなもんですよ。




話戻って。




私にとっては一年に一回、なんか総決算でまとめて感謝するぐらいの礼拝が多分向いている。
でも、ももが今年卒園するので、それも来年からどうなるのかと思ってたんですが、
今年も、彼氏さんのご実家から「(年末の)お餅つきに帰っておいで」とお誘いをいただきました。



そやった!

クリスマス礼拝が来年から出来なくなっても、この時期これからも毎年、
感謝の祈りを捧げられる神(彼氏さんのお母さん)が、居はったんやった!




よって今年もまた年末、いちごとももを連れて彼氏さんの実家に帰ります。


来る年のことは来てみないとわからないので、また来てから書きます。


皆様、良いお年を。

   
   



そうそう、クリスマス会といえば「イエス様の生誕劇」で、ももはもうめっちゃ緊張してましたwww



ももマリアはなんかずっと深刻な表情をしながら懸命に歌い、また懸命に台詞を言っていた。



今もあんま変わらんのかもしれませんけど当時のあの国ではもう14~16才ぐらいになると
親が決めた婚約者がいて、その人の元に自分がお嫁に行くことがもう決まっていたんですね。
そんな幼い子どもが子を宿しただけでも不安だろうに、しかもそれが「神様の子ども」だとか言われると
それはもうかなりかなり不安になると思うが、あれは決してももが役作りをしているわけではなく
単純にもうごっつ緊張しているだけだと、私はわかった。


それは12月のとても寒い夜のこと、
決して裕福ではない暮らしの中、粗末な身なりをしたヨセフとマリアが
王様の命令でナザレの村から故郷のベツレヘムに向かう旅の途中、


ヨセフ「(身重のマリアを気遣って)マリア、大丈夫かい…?」
マリア「(うつむいたまま)ええ……大丈夫よ……」


…って、マリア大丈夫とちゃうぞ、これ確実に!

誰か……!!!
誰かマリアに今すぐ温かい飲み物と毛布を!!! 




「あのシーンはももちゃん名演技やったね。もう二人が可哀想すぎて泣きそうになったわ…」
と、あとから保護者の方々にさんざん言われましたが、私は、
「緊張しぃで舞台本番に弱いのは私の血やな」と、そう思いました。


保育園のホールが狭いことと、今年は特に新型インフルエンザの持ち込み→園内拡大を懸念して、
在園児も含めて、劇に出る本人以外の兄弟姉妹の観客は一切禁止とされていたので
ももの劇をめちゃくちゃ楽しみにしていたいちごが本番を観れなかったのは残念だったが
ももが帰って来た時に「ビデオ楽しみにしてるしな!(注*)」といちごが言い、
それに対してももが「さあ?それはどうかな~?w」と小悪魔的な顔で答えたことに、
私はなんかちょっとウケてしまった。


注*
そもそも、ももの園ではクリスマス会自体がマジで厳粛な儀式とされているので、
子どもらが演る生誕劇も単なるおゆうぎではなく神様に捧げるお祈りとして行われるのです。
だから上演中は掛け声も拍手も禁止、親の持込のカメラ撮影・ビデオ撮影・写メ等も一切禁止。
よって生誕劇のVTRや写真は保育園側で撮影し、後日希望者が買うというシステムなのですね。
でも、それも私が通ってた頃には園が写真撮ってくれるとかも一切無かったので、
なんか「時代」に合わせてだいぶ妥協?してはるんやなと思った。


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  1. 2009/12/24(木) 01:15:06|
  2. 「こっち見んな!!!」

プロフィール

りっさん

Author:りっさん

京都に生まれ京都で育ち、          放浪の末、京都に舞い戻った女

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