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24時間テレビに思うこと・2

さて この 続きです。


そんなある日、「欽ちゃんが24時間テレビのギャラを全額寄付しはったらしい」という話を知ったんですよね。
いつやったかチャリティマラソンを走らはった年があったじゃないですか?多分その時のことやと思うんですが。


スゲーぜ大将!カッコイイぜ、男だぜ!


でもね、ふと思ったんです。
逆に、24時間テレビの出演者の中の何人が、実際に、欽ちゃんと同じように「それ」ができるのだろうかと。
だっておそらく番組契約で仕事してるタレントとかアイドルって、思いのほかほんま少ないと思うんですよ。
そら、テレビ局と事務所は「このタレントはこの番組1本(一回)でいくら」って番組ごとの契約をしてるでしょうけど、
タレント自身は給料制やったり年棒制で事務所から給料貰ってはる人が多いと思うんですよ、師匠クラスの大御所以外は。
だから実際、「自分はこの番組にナンボで出てる」とか知らないまま出演してるタレントが多いと思うんです。

しかも24時間生放送に出続ける(さすがにちょっとは仮眠してはるみたいやけど)ってなったら
売れっ子タレントやアイドルの体預かってる事務所にしたらその前後の仕事抑えたり控えたりもせんならんやろうし
ってなってくるともう「24時間テレビっていうこの番組だけ(ノーギャラ)って話」ではなくなってくるじゃないですか。

っていうかそもそも「チャリティ番組でギャラが発生することが人道的に云々」っていう話よりも、まずは
(そうしてギャラが発生してでも)やっぱ影響力のある人に出演してもらわないと番組自体が注目すらされないわけで。

例えばですけど、私が「ノーギャラでいいっすよ」って言うて、24時間テレビのパーソナリティをしたところで
誰が24時間テレビを観てくれる?誰が武道館まで来てくれる?誰が応援ファックス送ってくれる?
ええとこツレや親戚がちょっとファックスくれて、関東在住のツレの何人かが武道館まで来てくれる程度ですよ。
スポンサーがっかり、準備したスタッフもがっかり、そして何より
「こういう病気があることを世間の人にも知ってほしい」と願う人たちがもう一番がっかり。
ってなると思うんですよ。だから、問題は「そこ」じゃないんかもしれんなあって思って。

っていうかもっと言うたら、
「チャリティ番組なんやからノーギャラでやるのが当然やろ」って全部が全部そうなってしまったら
「テレビ離れでスポンサーがついてくれずテレビ局自体にカネがない」このご時勢、それはそれで別の問題が起きるかもしれない。

変な話、頭に「チャリティ」って付けといたら、もうそれは「チャリティ番組」にもなれてしまうんで
下手したら新聞のラテ欄(テレビ欄)が「チャリティだらけ」になるかもわからないですしね。


チャリティ・月9ドラマ
チャリティ・コントバラエティ
チャリティ・ニュース



とかね。



ル~ルル ルルル ル~ルル……
「みなさまこんにちは、チャリティ・徹子の部屋です…」




黒柳徹子さんごめんなさい。もうしません。




「チャリティ~~~アターックチャ~ンス!」




児玉清さんごめんなさい。ほんまにほんまにもうしません。





話戻って。


募金のことにしたって、例えば日テレが
「24時間テレビをやったつもりで、それにかかる費用の10億をまるっぽ寄付しますわ」
って、したとして、まあそんなことは会社の上層部のOKがまず出ないでしょうが、もしもそれが出来たとして、
そら確かに「話は早い」かもしれんけどそれがほんとに喜ばれるんかなあって。
そらどんなカネでもカネはカネなんで、困ってる人にしたらそら嬉しいかもしれんけど
同じ10億の寄付でも、多くの人の応援と善意が積もり積もっての10億の寄付、のほうがやっぱ嬉しいんちゃうかなって。
だから、「10億かけて10億集めるって遠回りやん、一体なにがしたいねん」って話じゃないんですよね、きっと。
あの番組をやることで視聴者に「募金」でなく「募気(ん)」を呼びかけてるんですね、「気持ち」を募りたい。
それこそ、テレビ(メディア)はボランティア団体じゃないんですから「伝えること」が仕事、使命であり
タレントにしても「何かを表現すること」が、その才能を選ばれた彼らの仕事であり天命だと思うんで、
それらが組み合わさった形で生まれたのがあの「24時間テレビ」というチャリティ番組なのではないかと。

逆に言うたら「誰も損はしてない」わけですし。

その企画に賛同したスポンサーは自分とこの会社の宣伝にもなるからとその番組にカネを出し
そうして集めたカネでテレビ局は「伝えたいことを伝える番組」を創ることができる。
それに起用されたタレントは報酬を貰うことで仕事として手を抜かずに「表現」をし
その結果、「そんな風に苦しんでいる人がいるなんて知らなかったこと」が世間の人々に広まり、
そのことで、多くの人々の気持ちを募ることに成功し善意の募金も集まって、困ってる人たちが助かる。


なら、もうなんかそれでいいんじゃないかと。
「その裏」を突き詰めて、私が怒ることもないんじゃないかと。



今回の24時間テレビについて「ヤフーニュースのコメント欄がなんかめっちゃ荒れてた」という話を聞いた。
それは私が長らくの間、「なんとなく不快感」を拭えなかった時の思いと同じようなコメントも多かった。
「あんなもん慈善ちゃうわ!24時間テレビは偽善じゃ!」みたいなね。
そうね、そうね、わかります、めっちゃわかりますよ。でも私はもう「そこ」を越えた。なんか越えた。

そんな私が今ひとつだけ言いたいことは


「各地の募金箱置いてるとこをいちいち中継すんの、あれ、やめてくれ」


もし自分がそこに見切れて(映りこんで)しまって
「りっさん募金行ってたやろwテレビに映ってたでw」とかツレから言われようもんなら、私はもうその場で自決する。
テレビ観て感動して今すぐになけなしの小銭を募金したい気持ちが高まっても、あの「ランダム中継」がいちいちあることで、
それがよもや身内にバレた時のことを思うともうほんま恥ずかしいので、なんか躊躇してしまうんですよ。

「今動いた心」のまま、募金箱めがけてまっしぐらに走れた「幼い頃の私」が、なんだか眩しい。


逆にもうちょっと経験値を積んだら、今の「ここ」も越えることができて

「うん、行ったよ。」

って言えるようになるのかもしれんが、それにはまだ少し時間がかかりそうだ。






おまけ。


今回の24時間テレビについて「ヤフーニュースのコメント欄がなんかめっちゃ荒れてた」という話を聞いて思ったこと。


あの番組がスタートした当初と違って、今はぶっちゃけ
「人のことかまってるより自分が生きていくだけでもういっぱいいっぱい」な人間が多いじゃないですか。
ボランティアとかチャリティ活動をしてるやつは自分の生活に余裕があるからできるんや、みたいな。
だからなおさら、ああいうチャリティ番組を見るとなんかちょっと腹立つような感情も起きるのかもしれないし、
てか、私も今「人のことかまってられへん必死生活」を日々してるんで、その気持ちもわかるとこあるけど
でも、それとこれとは話が違うと思うんですよ。

「自分が今しんどいから、なんかもうみんなしんどい目に合えばいい」って、
そんな負の感情に自分が負けたら、もう自分がほんまにダメになると私は思うんですよね。


ぶっちゃけ、「人助け」は心と生活に余裕のある人がしてあげたらいいと私は思う。
でも、今自分にその余裕がないからってそれができてる人を叩くのはなんか間違ってると私は思うんだぜ。

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  1. 2010/09/01(水) 23:45:30|
  2. 「こっち見んな!!!」

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Author:りっさん

京都に生まれ京都で育ち、          放浪の末、京都に舞い戻った女

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