どんつきを右に曲がって左のかどっこ

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お座敷小唄

さて。

先日、久々に見た「しゃべくり007」のゲストでミッツとマツコが出ていて、おもしろくて夢中で観てしまった。
あの手の人らのトークはもうほんまおもろいですね。まさに「ゲイ(芸)」術。
若い頃、祇園のゲイバー「カルシウムハウス」にたまに遊びに行ってたことは以前にもちらっと書いたと思うが
ああいった「おねえさま方」の抜群のトークを前にしたら、なんぼ普段ちょっとばかり周りの人やツレらから
「りっさんおもろいw」とか言われてても、そんなもん私ごときなんかが、よう笑いをやれませんでした。
何故ならば、調子こいてそこに変なギャグや無駄なツッコミ入れてスベるんが怖いから。
だからもうただただ「素」で笑わせてもらってた。
なぜかめっちゃよう覚えてるんは、私が行ってた頃にわりとよく席についてくれてたあるおねえさん(もう名前も忘れた)が
「アタシなんて体中の無駄毛を剃るのにヒゲ・脇・腕・下半身~脚と、毎日4本のカミソリを使い分けてるのよ~」と言うので、私が
「ほなもういっそ全身脱毛しはったら?(店の)ショーでドレス着たりして年中肌見せてはんねんから」って言うたら、
くねくねのおねえ言葉から一変、男の野太いダミ声に戻って

「全身脱毛の前に全身工事にカネが要るんじゃドアホ!」

と言い放たはったので、全く思いも寄らなかったそのアクションに大笑いしたことです。
そんな自虐的(?)ボケツッコミも、相手に「ここで笑ったらあかんのかな?」っていう躊躇いや遠慮をさせないという、
そんなあの人らの芸には、なんしかもう絶対に勝てないです。
「笑われてる」人ではなく、「笑わせてくれてる」人。いわば、誇り高きの芸(ゲイ)人さんや。
でも、そうして笑わせた客の数だけ、もしかしたら明け方、部屋で一人枕を濡らしてはったんかもしれんけど。
帰り際、そのおねえさんの「工事募金箱」に、お釣りで貰った千円札を入れて帰りました。めっさ笑わせてもろた御礼のチップ。


さて、そんな感じで。


そんなおねえさま方の芸にはもう足元にも及ばないが、私にも多少「持ち芸」がございまして。
いわゆる「なりきり・あるある系の一人即興コント」ってやつですが。
わかりやすく言うと、以前友近さんがよくやってはった「電話交換手のおっさん」みたいなやつですね。
いくつかレパートリーはあるんですが、中でも私が得意とするのは
「昭和の宮川町(祇園)に居てそうな、歳くった引退間近の芸者(おねえはん)」。

その芸を私がマスターしたのは17歳ぐらいの頃で、また話が逸れるんで詳しくは書かないが、とにかく
「ちょ、怖わっ…!花街の女の世界って、なんか怖わっwww」
「京女はイケズ(意地悪)で強か(したたか)って言われるのは、多分こういうことなんやな…」
という、自分の実体験を元に、それを一層オーバーにデフォルメした形で生まれたのがそのキャラクターで、
高校を卒業して就職した会社の飲み会の席などで、酔っ払いのおっさん 上司連中相手に度々その即興コントを披露していた。

昼間の仕事中と違って、そこはもう「りちお(私のあだ名)おねえさん」が上がってるお座敷ですから当然、

鈴木部長(仮名)は、「鈴木の大旦那はん」
高橋課長(仮名)は、「高橋の旦那はん」

と、それは呼び名も変わるわけで、だから例えば、
昼間の仕事の話の延長で「鈴木部長」に「高橋課長」が捕まってめんどくさそうに相づち打ったりしているところに、
「りちおおねえさん」がおちょうし(熱燗のとっくり)を持って「ごめんやす~」と割り込み、

「鈴木の大旦(おおだん)はんは、ほんま仕事熱心なお人やから~」
「会社を…いえ、この日本をいずれは背負っていかはるお人やと、うちはそうおもてますのんえ」
「あんたが大将!…そうどっしゃろ?…『そうや』、言うておくれやす、うちのために!」


と、鈴木部長をアゲアゲのええ気分にしてお酌をしつつ、
皆には聞こえるが「だいぶ酔うてる鈴木部長」には聞こえない程度の声で、鈴木部長から救出した高橋課長には、

「疲れるほど働いたらあかしまへん(あきまへん)え」
「…せやけど、今日は高橋の旦はんのお顔が見れて嬉しおしたわ」
「うちな…。…ほんまはず~っと寂しかったんえ?…今度はいつ会えるのんやろ?」

とか言いつつ、お酌をする。

と、そんなふうにして、「りちおおねえさん(場末の芸者)」にあしらわれるおっさんら 鈴木部長と高橋課長の姿に
部長課長クラス以下の若手や中堅社員らがごっつ笑うのだが、そうしてそれを笑っている中堅の佐藤主任を見つけるや否や、

「ところで。さっきから佐藤の若旦はんが進んでへんみたいやけど、どこぞ(体が)お悪おすのやろか?」

と、大旦那はんと旦那はんにちょっとお暇をいただいて「佐藤の若旦那はん」のお座敷へ上がり(佐藤主任、ロックオン)お酌をする、と。
すると、主任クラスの連中は「気を抜いたら明日は我が身」という緊張感の中、
だが、捕まった同期のことがおもしろく笑っているが「明日は我が身」で漏れなく「ロックオン」される。
そしてさらに、時には、
「自分は完全ノーマーク」とタカをくくっていた「丁稚(同期や後輩)」のお座敷にも、りちおおねえさんは神出鬼没する。


っていうか。

新人の頃からそんなことばっかしてて、私、あの会社をようクビにならんかったよな。
今さらやけど、ほんまそう思いますわ。懐の深い社長と上司に、感謝。




と、まあそんな感じで、
年増のオバハン芸者キャラにも関わらず、「りちおおねえさん」は宴会で引っ張りだこだったのだが
あちこちでお呼びがかかるようになると一人ひとりに対する接客時間(コントの尺)が短くなってしまうので
りちおおねえさんとしてはもう一人ぐらい芸者(芸人)仲間が欲しいところだったのだが、
芸鼓言葉をしゃべれるやつがいないのと、そうした台本無しの即興コントを延々とやれるやつがいないのと、
そして何よりこれ、「りっさん」やからこれが笑いになるけど、他の女の子にやらせたらコントでなくリアルに
「酔っ払いのおっさん相手のマジ(エロ)接待」になってしまう恐れがあり、そうなるとちょっと主旨が変わってしまうので
りちおおねえさんが所属する置屋には、りちおおねえさん以外の芸鼓を置くことができなかったんですね。


と、そんな折、部署も事業部すらも違うが、なんかおもろい後輩が入社してきたんですよ。

大卒なので歳は私より上だが、元プロ野球選手の衣笠のような顔をしたえらくガタイのいいその後輩は
そのデカイごっつい体格とゴリラみたいなその風貌に似合わず、いい意味で神経が細かくて、なんかめっちゃ人なつこいやつで
うちの課の若者衆の飲み会とかにも、「おいで~や」と誘ったら「はい!」言うて普通~~に来たりしていて
もうぶっちゃけそのまんまなんだが、彼は、「ゴリ」 とか 「ゴリちゃん」 とか呼ばれて、みんなから親しまれていた。

ゴリが勤務していた課は「理系バリバリの連中」が集う、業界屈指の最先端技術を研究開発する課だったので
その部署に採用されたゴリも、多分もうほんまはとてつもなく頭ええんやろうと思うが、
彼はインテリぶったようなところも一切なく、もう普通に「ゴリラ」だった。てかもっと言うと、「笑いのできるゴリラ」だった。

例えば、「笑いの師匠」こと兄貴がちょっと高度な、…角度でいうと225゜ぐらいのヒネリのギャグをかまし、
180゜までの分度器しか持ち合わせていない人々が、兄貴のそのネタのふり幅についてこれてない時、私が
「あかん、こいつらキャパオーバーしとるw(ネタの補足で)ツッコミ入れとこか」と、0.5秒で思った矢先、
ゴリが大ウケしながら、私がしようとしていたその作業をしたりするので
「こいつやるな~。これはうかうかしてられん」と、私はゴリに一目置いてたんですね。



と、そんな中、うちの課+有志の参加者で忘年会をすることになり、やはりそこにゴリも来ていた。

そして、りちおおねえさんはまたしても恒例のおっさんイジリ お座敷のハシゴに忙しかったのだが
こっち側の人間(芸人)であるゴリが隣の人と談笑しながら、なんかのん気に天ぷらとか食っていたので
「こいつも働かしたろw」と思った私は、パンパンッと手を打ち、ひときわ大きな声で、

「今日はみなさんにお知らせがありますのんえ~」
「お陰さんで、うちにもや~っと『ニューフェイス』が来ましたん」


と皆を注目させてから、


「ゴリ奴(やっこ)ちゃ~ん?ちょっとおいない(おいで)」


と、ゴリを呼び込んでやった。


当然、事前の打ち合わせも一切ないし、それどころか
「あんたに今日私の十八番のお座敷コント振るから、キャラ固めてきいや」などという話も全くしていない。
よってここでゴリが「いやいや、りちさんそれはできないですよーw」みたいに逃げよったり
もしくは例えゴリがこの無茶振りな船に乗ってくれたとしても、
お互い台本なしのぶっつけで創っていく即興コントがなんかうまくかみ合わなかったら、
それはゴリがスベったんでなく「ゴリを呼び込んだ私」がスベったことになるんで、
私にとってはほんまに賭けだったが、私は、「こいつとならきっとやれる」と、ゴリを信じていた。


すると、その突然の指名を受けたゴリが、


「はいっ、ねえさん。」


と、初々しくもやたらハキハキとした声で返事をし、
ゴリラ顔のデカイ図体を引っさげて、そそそと私の傍らに来て正座をし

「ゴリ奴と申します~」
「今日初めて、お座敷に上がらせていただきます~」


と、宴会場の皆さんに三つ指をついて挨拶したので、場内は大爆笑となった。


おそらく、あの時あの場にいた誰もが

「ゴリが祇園の芸者とかwwwもう出オチやんwww」

と、そう思ったと思うんですよね。



だが。


場末の年増芸鼓と、若さだけが売りのブサイク舞妓見習いの「お座敷小唄(コント)」は、むしろそこから始まっていったのだった。


続く。
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  1. 2010/10/12(火) 00:18:26|
  2. 思い出のネタ(社会人編)

プロフィール

りっさん

Author:りっさん

京都に生まれ京都で育ち、          放浪の末、京都に舞い戻った女

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