どんつきを右に曲がって左のかどっこ

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忘れないでほしい・2

さて、 この 続きです。

そのお婆ちゃんのことは、私らがここに引越してきた当初から見かけていた。

何故なら、そのお婆ちゃんは、
家の前に風呂用の椅子?を置いて、日がな一日そこに座ってひなたぼっこをしてはって
そしてその道(そのお婆ちゃんの家の前の道)は、どこかに出かける時にほぼ必ずうちらが使う(通る)道だったので。

そのお婆ちゃんがちょっとボケてはるんやろなっていうのは薄々わかっていた。
表情にあまり覇気がなく、視線も表情もほとんど動かず、動かさずに、もうひたすら「ボーッ」としてはったんでね。
そしてさらに、…こんなん言うとあれやけど、こうならはる前はわりときつい?ヘンコ?な人やったんやろなと、なんとなく思った。
やっぱそういう人柄ってか、どんな生き方してきはったかって、顔つきでわかるじゃないですか?特にお年よりは。
ずっとニコニコして人生を生きてきはったんやろな~って人は、歳いっても見るからにかわいい。
かなり年配の人に対してこんなん言うと失礼やけど、その顔つきが、なんかもう「かわいい」。

と、まあそういうのもあって、あえて特に積極的に話しかけたりすることはなかったんですが、
ただ、私らがここに引越してきたのは真冬の季節やったんで、
「ずっと外出てて寒ないんかな~?お婆ちゃん、風邪ひきなや~」
って思って見てたらたまたま目が合ったりすることがあって、そんな時はちょっと会釈するっていうその程度だった。

そのお婆ちゃんと最初に知り合い?になったのは、下の娘のもも(当時3才、保育園年少組)でした。
その道で、いちごとももと彼氏さんとで遊んでたら、なんかももがトコトコと歩み寄って話しかけていったみたいで
そしたらそのお婆ちゃんも、ももの話相手をしてくれてはったから、彼氏さんはてっきり、
うちらがここに越してきてからの間で、もうすでに交流があるお婆ちゃんなんだ、と思っていたらしい。
っていうわけで、ももを連れて歩いていると、ついでに横にいる私のこともなんとなく認知してくれはったようで
それがきっかけで、それから私とそのお婆ちゃんは、会うたび必ず挨拶を交わすようになった。

と、そんなごく最初の頃は、ちょっとボケてはる感じではあったがまだわりと会話があったんですね。
どっか出かけるのに(ちょっとええ服着て)家族で歩いてると「どちらへお出かけ?気ぃつけてね」言うて見送ってくれはったり、
いちごが一輪車の練習をする周りをももが走り回っていると「あれまあ、お嬢、転びなさんなやー」とか言うて案じてくれはったり。

でも、いつしかお婆ちゃんからのそういった語りかけはなくなり、逆に私が
「だいぶ暖かくなりましたね~」とかって話しかけても、全く上の空で聞いてはらへんことが多くなり、
そのうち、「おはようございます」「こんにちは」「こんばんは」っていう挨拶だけにしか応答がなくなり、
そしてついには、そうした挨拶を交わしても、もう次の瞬間には忘れてしまわはるのか、
「本日二回目」で会っても「あら、こんにちは」と今日初めて会ったようなニュアンスで挨拶をしはるようになったので、
多い時で、私は一日6回、そのお婆ちゃんと「今日初めて会った挨拶」をするようになった。

その頃は、保育園にももを通わせながら家で仕事をしていたので、
① 朝、ももを保育園に送って行く時。
② 保育園に送って、家に帰ってきた時。
③ 午後、スーパーに買い物に行く時。
④ 買い物から帰ってきた時。
⑤ 夕方、ももを保育園に迎えに行く時。
⑥ ももを連れて、家に帰ってきた時。


そして今では、なんでそうなったのかはよくわからないが、
徒歩で出会う時は、お婆ちゃんは私を認知できないみたいで、徒歩で挨拶しても存在に気付いてもらえなくなった。
ただ、自転車で通りすぎる時に挨拶をすると、何故か必ず応答してくれはるんですよ。
しかもそれが、なんかもうごっつええ笑顔で。
例えるならそれはまるで、「憧れの大学生(男性)さんに会った女学生」のような、そんなはにかんだ笑顔で。
てかほんまに、自転車の私が挨拶する時、そのお婆ちゃんはなんかそういった思い出?が甦ってはるんかもしれんけど。


私は、そうした人(ボケてる人)に対してどういうふうに接するのがいいのかわかりません。

そうなる仕組みについて勉強したこともないし、そういった人のサポートの仕方を学んだこともないし。
だから、私が今しているそういった交流の仕方(自転車の君、の挨拶)が正しいのかはわからない。

「お婆ちゃん、私よ?私。わかってる?」とか言うて、もっと食い込んでいくほうがいいのか、
ではなくて、例えばもっと食い込むにしても
「キンモクセイの匂いがしますね~」とか言うて、五感のほうに食い込むほうがいいのか。


ただ、私がひとつだけ思うのは


「忘れんといてほしい」


私にはそのお婆ちゃんのボケの進行をなにか少しでも遅らせるような技術(?)はないし
そもそも、お婆ちゃん自身が実際にそれを望んではるかどうかもわからないし、
てかもっと言えば、「それは(その研究をしようとしてる)あんたらの自己満足ちゃうの」っていう話かもしれないし。

だから私は、完治しないそれ(ボケ)をちょっと遅らせるためにあーだこーだ言うてはあれもこれもと覚えておかせるより
そうしてたくさんの色々を忘れていく中でも「これだけは忘れへん」ってことをどうか忘れんといてほしいんですよね。

…っていう私のそんな思いも、逆に言うたら「自己満足」な話なんかもしれない。
本人のほんまのとこなんか、本人以外の誰にもわからんし(まして本人はボケてはるし、いよいよわからん)。



今、ふと 「アルジャーノンに花束を」(ダニエル・キイス著) を、思い出した。


話戻って。


私は今日も明日も明後日も、自転車でその道を通るたび、そのお婆ちゃんに挨拶をし続けます。
でもいつか、「自転車に乗った私」が挨拶してもお婆ちゃんの応答がなくなった時には、私はもう挨拶をやめます。
それは何故ならば、そうなった時は多分、そのお婆ちゃんにとって
「もっと忘れたくないこと」が何か見つかったのであろうから、その邪魔を、私はしたくないんですよね。


「忘れんといてほしい」



ただもうそれだけ。


余談だが、
どんつきを読んでくれているツレらにひとつだけ言っておきたいことは


私が晩年ボケた時に「自転車に乗って挨拶する人」にだけ何か反応を示したら、
それはきっと「あのお婆ちゃんとのこと」を思い出してる時かもしれない。





おまけ。


先日、またしてもタケが「思い出せる、大丈夫。待つよ、待ってるよ」をしていた。

と、そうして30分ぐらいかけてそのボケたお婆ちゃんの買い物に付き合ったタケが、
買い物を無事終えたそのお婆ちゃんを見送った後、(それをチラ見していた)私のとこに来て
「ええ、自己満足ですよ!?自己満足です!」と言った。

私「なんも言うてへんがなw」
タケ「りちさんがまたなにか言いたそうだったんで、言われる前にもう言いました!」
私「www …てか、ああいったことを心底でやれて、それに満足ができるあんたはぶっちゃけええやつやと私は思ってるよ」
タケ「(何故かまた涙目)…私もりちさんはいい人だと思ってます。何があってもその問題を早く解決しようとするのは、りちさんの人に対する優しさなんですね」

と、そうしてお互いがお互いを誉めあってるそのキモい状況が急にこっ恥ずかしくなってきて、私は


「もうええから おまえどっか行け!」


と言った。するとタケは


「言われなくても行きますよ!」


と言って、振り向き様にものすごく憎たらしい(でもちょっとかわいかったw)顔で
「ベーっ!!!」っと舌を出して、持ち場に戻って行った。
おまえはコドモかwww


と、そんな私が最後にひとつだけ言いたいことは


ボケてる爺ちゃん婆ちゃんを買い物に連れてくる付き添いのおたくら。
定年退職後に親の介護たまに手伝ってる息子か、「買い物に連れてくるまでの契約ですヘルパー」か、どや知らんけど、
買い物メモが何処いったかわからんって困ってる本人さんを、ようそうして入り口に突っ立ったまま放置無視ができるよな?
ほんまどんな神経してんの?なんか眠たいの?

この店内でのことはうちらスタッフに任せてもろていいです。そのほうが話早いんで。
ただ、「お願いします」「ありがとう」「すんません」などと言った、そんな「バトンタッチ」の言葉もないのかい?


そんな「ガキの使い」が、ボケてるこの人に付き添ってやらんでくれ。


私は、「ボケてる人」にはキレへんけど、付き添ってきた「ボケてない人の非常識」にはキレますよって。

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  1. 2010/11/19(金) 01:00:11|
  2. 「こっち見んな!!!」

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Author:りっさん

京都に生まれ京都で育ち、          放浪の末、京都に舞い戻った女

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