どんつきを右に曲がって左のかどっこ

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
  1. --/--/--(--) --:--:--|
  2. スポンサー広告

地デジテレビがやってきた。

さて先日、店(職場)の中を怪しげに徘徊するおっさ…、もといお客様がいらしたので「何かお探しですか?」と聞くと、
振り返ったその人は、もうどう見ても酒気帯びとしか思えない赤ら顔(推定年齢60才いくか、いかんか)で
「おかあちゃん(嫁?)に洗濯石鹸買うといて~言われて来たんやけど、どこにあるやわからへんのやー」と仰った。
「そうでしたかー。わかりづろうてすんませんね~。洗剤はこちらです~」とご案内しながらちょっと話していたら
なんでも奥様は看護師さんで、「今日は晩まで帰れへんから、アンタ昼間に洗濯石鹸買うといてよ」ってなことらしく。

客「人を犬みたいに使いやがってあのオバハンはほんまに~」
私「あはは。でもお仕事やったらしょうがないじゃないですかw」
客「まあそうなんやけどな~。わしら昼間っから酒飲んで寝てるんやさかいなw」

正直、100%無職のおっさんだと思った。もっと言うと「奥さんも苦労してはるやろな~」ぐらいに思った。
だが、さらに話しているうちにその赤ら顔のおっさんは「実は昨日京都に帰ってきたとこなんや」と言い出した。

私「へー。ご旅行ですか?」
客「福島にな」
私「福島ですか~。え、…福島?」
客「重機にな、乗ってたんや。二週間交代やさかい、二週間したらまた行くんや」

おっさんは福島の被災地で瓦礫の撤去作業をしている人だった。
行ったら行ったきりでぶっ通しで働いて、二週間したら次の班と交代して各々家に帰って…という感じで作業をしているそうで、
昨晩は二週間ぶりに福島の現場から京都の自宅に帰ってきて、そのまま布団に転げるようにして寝て、
今朝起きたらもう嫁は仕事に出ており、「起きたら洗濯石鹸買うて来といて」という旨の書き置きが残されていたと。

おっさんが、「かわいそうやったで…。ほんまに、ほんまにかわいそうやった……」と独り言のように言いながら目を潤ませたので、
私は、おっさんが見た「その場面」について根掘っては聞けず、胸の奥のもっと奥のほうが、ぎゅうう~っとなった。
そこから解放されたらもう、なんかそうして寝起きで昼間から酒でも飲まないと心がパンクしそうになるんかもしれない、と思った。

そんな私がそのおっさんにひとつだけ言いたいことは

100%無職とか思って、なんかほんますんませんでした。
人を見た目や第一印象で判断しては、ほんまにいけません。ごめんなさい。


余談だが、おっさんは
「わしの乗ってた重機が途中で壊れたんやけどあれはわしのせいやないねん。わしが乗ってた時はちゃんと動いとったんや」
「あれはきっとわしの後に乗ったカワカミが潰しよったんや思うわ。だってわしが乗ってた時はちゃ~んと動いてたんやから」
と、おっさんの会社の人間でもなんでもないドラッグストア店員の私に何故か懸命に弁明していたので、逆に怪しい、と私は思った。


とまあそんな感じで日々を過ごしているわけですが。


さて、今日の本題。

もうタイトルのまんまなんですが、
2011年7月がいよいよ眼前に迫る中、とうとう我が家に地デジテレビがやってきました。
と、ここで何故「やってきた」と形容しているかというと、それは私が購入したものではないからです。
我が家のテレビ事情をもう見るに見かねた彼氏さんがプレゼントしてくれはったんですよ。
遅かれ早かれいずれ一緒になるんだから今買っても同じことだし、と…。


…え~っと、話戻りまして。

と、彼氏さんがそうして「見るに見かねた」我が家のテレビ事情とは。


① もらい物(中古)の、10年前ぐらいに発売された27型のアナログテレビ+録画は7年選手のVHSビデオデッキ。→全然見れる。
② テレビのリモコンが壊れたのでテレビ本体の「選局」とか「音量」とかのスイッチで変換することに。→まだ全然見れる。
③ テレビ本体が壊れて受信できなくなったので、配線を変え、ビデオデッキで受信(入力)してテレビに出力することに。→まだ全然見れる。
④ よって当然、録画機能と視聴機能が連動する(=録画中はそのチャンネルしか見れない)ことに。→でもテレビはまだまだ全然見れる。

と、ここで、この平成のデジタル時代にはもはやイメージしがたい「旧式のチャンネル争い」が勃発。

いちご(長女)「もう寝るから、この後のドラマを録画したいねんけど」
私「ママはこの後のニュース番組が見たいねんけどなー」
いちご「ママがニュース見るんやったら、いちご、ドラマ録れへんやん」
私「…まあ、平たく言えばそういうことになるな」
いちご「もう~~~っ!何なん、このビデオ!?時代遅れやわっ!」
私「いや、ビデオは悪くない。どちらかと言うと完全にテレビが悪い。…っていうか、そもそも子どもが寝た後の時間に放送するドラマは子どもが見るにふさわしくない、もっと言うと子どもが見たところで理解できない内容のものやからこそ、あえてその大人の時間帯に放送しているのであって、だからその番組のターゲットではない子どものいちごが『好きなアイドルが出てるから』と、それを録画してまで見ても果たしてどこまでその作品の伝えたい意図が解るのか?という話で、それを見たいちごも『何このドラマ?』ってなるのがオチかと……」
いちご「出た、テレビ作る側の人の考え!!!…もういいよっ!大人になったらいっぱいドラマ見るしねっ!もう寝る、おやすみっ!」
私「おやすみwww」

と、そうして論点をすりかえることでその戦いに勝った私だが、長い目で見ての「勝算」もあった。
何故なら、人間、特に子どもの順応性というものはもう本当に素晴らしいので。
よって、いちごもいつしかその生活(我が家のテレビ事情)にすっかり慣れ、

いちご「ママ、菜々子(友達)の家のテレビ凄いねんで!ビデオ撮りながら同時に違うチャンネルも見れるねん!」
私「へえ~っ!それは凄いなー!?一体どういう仕組みなんやろうな???」
彼氏さん「(小声)てかそれ普通だし…」
私「(いいからここは黙ってろ)」


そして続き。


⑤ アナログ放送の画面左右に余白ならぬ「余黒」にて画面縮小。「地デジ化早く!」のテロップが定期的に流れだす。→うっとしいけどまだ見れてる。
⑥ 流れるテロップでは飽き足らず、画面右端に随時「アナログ」と表示することでさらに切迫感を煽りだす。→かなりうっとしいけどまだまだ見れてる。

と、ここで、大人が大人の社会で勝手に決めた地デジ化に、社会的弱者の子どものいちごともも(次女)がだいぶ焦り始める。

いちご「2011年7月が過ぎたら、うちの家のテレビはどうなるの?」
私「このままやと見れなくなりますね」
彼氏さん「(小声)てかすでにテレビとして見れてはないし…」
私「(うるさい、だまれ)」
もも「ももちゃんちのテレビ、ばくはつする?」
私「爆発???w 爆発はしません、てか爆発したら逆に笑うけどww」
いちご「てかママ。…ほんま、笑ってる場合じゃないし」
私「そのマジトーンやめろw わかってる、なんとかするよ、なんとかする。地デジ化のこともあんたの中学の制服のこともママがなんとかする。だからそんなやいやい言わんといてくれ、なんとかするから!」


そして、そして続き。


⑦ 受信機器としても活躍していたビデオデッキもついに壊れ、録画開始と同時に今見てるテレビ音声も消える。→チャップリン(無声映画)だと思えばいい。
⑧ もはやただのモニターと化しているテレビの映像にノイズ(縞)が出始める。→テレビの上か横を三回叩けば治ることもある。
⑨ テレビの本体の主電源を入れても起動すらしない時がある。→病んでしまったテレビの気持ちになって、その病いに寄り添っていこうよ。
⑩ ビデオの本体の主電源を入れたら入ってたビデオテープを吐き出す時がある。→「ここはブラック企業や!」ということに気付いた彼への言葉は「他にいくとこあるのかな?」


てな感じで、三年、延べ五年が過ぎ、2011年4月上旬のとある日。



彼氏さん「今週末、地デジ対応のテレビ買いに行こうよ」
私「いや、うちのテレビはまだまだ見れてるから問題ないよ、まだいけるよ。…てか、そんなお金ないし急にそんなん言われても無理」
彼氏さん「それはわかってるよw だからりちに買えって言ってるんじゃないよ」


彼氏さん「てか、もう買うよ?いいね?」
私「……。お任せします……」
 




てなわけで。


その一週間後、彼氏さんがプレゼントしてくれたその地デジテレビ+ブルーレイが我が家にやってきたんですが、
「私が主としてそこに立ち合わなくても、そこに立ち会ってくれる主(彼氏さん)がいる」という安らぎから、
その搬送の最中、私はそのかすかな物音と時折聞こえるいちごとももと彼氏さんの笑い声に癒されつつ、爆睡していました。

そうして昼過ぎに起きたら、居間のテレビが大きく変わっていた。
画面の大きさや色彩は元より、文字のエッジまで綺麗な鋭角で、とにかくすべてが美しかった。

いちごもももも、彼氏さんも、みんな満たされた笑顔でワイワイと心機一転のテレビを見ていて、起きぬけの私は
「今まで何をひとりで頑張っていたんだろう?」と気が抜けつつ、そのみんなの笑顔につられ、なんか笑ったのでした。



話戻って。



「我が家に地デジテレビがやってきた」。


私が今、子どもらにひとつだけ思うことは、

「ふたつの番組を同時に録画できる」という今のこのことが、いつか、いちごとももにとって当たり前になっていったとしても、
「ビデオ録画してる時はその番組しか見れへんかった」という、そんなことがあったことも、ずっと忘れないでいてほしい。
それをいつまでも忘れなければ、例えばこの先どんな窮地に陥っても、


「無いもんは無い。それでも尚、生きていく、いける」


っていう、自信や逞しさにそれはなると思う。
スポンサーサイト
  1. 2011/04/16(土) 02:44:15|
  2. どんつき(もの)

プロフィール

りっさん

Author:りっさん

京都に生まれ京都で育ち、          放浪の末、京都に舞い戻った女

最近の記事

カテゴリー

FC2カウンター


無料カウンター

月別アーカイブ

よりかね(双子) です。

クリックしたらなんかしゃべるよ。

RSSフィード

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。