どんつきを右に曲がって左のかどっこ

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「笑い」においての「障害」について。その2

「年金を貰うまでは死んでたまるかと強くそう思う」という、全く新しい治療法(爆)

いきなりなんだ?と思われるかもしれないが、どんな医学書にも載っていないこの治療法を独自に実践している方がいるそうです。
その話を聞いた時はだいぶ笑いました。でもその方は実際にその治療法で発病から今日まで逞しく生きておられるそうです。
mayoさんのお母さーん!見てますかー!「どんつき」、笑ってますかー!「難病持ちのりっさん」ですよー!www
つーかなんだよ、やるじゃねーか、年金。もうあかんもうあかんと言われ続けてるけどおまえなかなかやるじゃねーかw


てな感じで、さて今日の本題。

先日、私は この記事 で、「障害のある人の(人との)笑いにおいて、障害になると思うこと」について書きましたが、
実はあの記事の中で、私に「置いてきぼり」を食らっている人たちがいます。
それはズバリ、「身体的な障害」ではなく、「知能的な障害」のある人、です。

こんなん言うとあれですが、「身体に障害がある人」とは、「頭(脳)で考える常識の軸」は、概ね同じなんですよ。
だから「心のバリア(=笑いにおいての障害)」さえ取っ払えば、その「常識軸」が同じならそれは同じようにやれるんです。
だが、もうぶっちゃけ言いますけど、「知能的な障害のある人」とは、そもそもその「常識軸」が、なかなか揃わない。
「では、そうした人たちと、どう笑いを共有していくのか?」ということについて、私が思うことを少し書いてみようと思います。


私が通っていた小学校には特別学級があって、知的障害のある子ども数名がそのクラスに通っていたんですね。
その中には私と同学年の女の子もいて、だから私やツレらは休み時間になるとよくその教室に遊びに行っていました。
でもそれは「そういう友達とも仲良くしてあげなあかんから」とかではなく、単にそこにおもしろい玩具がたくさんあったからです。
馬の形したロデオ人形とか、ボールテント?みたいなんとか、小さいジャングルジムみたいなんもあった。
自分らのクラスには「勉強に関係ないもの」はなかったので、そういうのが珍しくて遊びに行ってたんですね。
だが、最初は「よく来てくれた」とウエルカムな雰囲気だったそのクラスの先生(担任)が、次第にそれに気付いたのか、
ある日ついに「遊びに来るのはいいけど、君ら(普通学級の子)はこの教室にある玩具で遊んだらあかん」と言ったんです。

と、そうしてある意味「共通項」だった玩具を突然取り上げられると、どうやって一緒に遊んだらいいのかがわからくなった。
「私らがおもしろいと思うことと、その友達のおもしろいことが違う」っていうか、「興味を持つことが違う」っていうか。
だから一緒に遊ぶとなると、私らが相手のおもしろいと思うことに合わせてあげないといけない、みたいな感じになってきて
「友達と一緒に遊んでる」というよりも、「幼い子(同い年なんやけど)の面倒を見てあげている」みたいな感じになってきて、
なんかだんだん遊んでてもおもしろくなくなってきたので、いつしか次第にその教室から足が遠のいて行った。
「自分らは優しくない人間なんや」と、その教室に遊びに行かなくなった(逃げた)ことを、子ども心に後ろめたく思いました。

…と、ここで、知的障害者本人及び家族・親戚・友達さんたち、今、「ここ」で怒るのはまだ早いです。
っていうか逆に「そういう人」は今全く怒ってないで、りっさんの話を聞いてはるだろう、と私は思いますけどね。
むしろ、ここでもう早速もってキレてはるのは、きっと「なんたら団体所属の人たち」だろう。←どんつきの天敵(爆)


帰れ!!! そして二度と来るな!!!www


と、そんな話も踏まえて、話進んで。


私が子どもの頃、実家の近隣ではかなり有名な「なんばらぼん」というあだ名のおっさんがいました。
なんばらぼんはうちの実家の隣の学区に家があって、年老いたお母さんと住んでいました。
なんばらぼんは年齢不詳だったが、確かな噂(なんばらぼんと中学の時同級生だったおっちゃんの話)では、
私が小学生当時で、当時のうちのオトン(30代半ば)より年上の40代後半ぐらいだったと思う。

なんばらぼんは、警察官の制服のバッタもん(偽物)みたいな紺色の服を着ていて、それは夏用と冬用とがあって
ご丁寧に「それっぽい帽子」まで被っていた。いつもその服装だった。っていうかあれどこで入手したんやろう?謎だ。
と、そんな出で立ちで、新聞配達の人が使っているようなチャリの後ろ(荷台)に空き缶をいっぱいぶら下げて乗っていた。
一見「オブジェ」に思えるその空き缶は実は「武器」で、「なんばらぼんをからかう小中学生男子」から石などを投げられた時、
なんばらぼんはその空き缶を投げて応戦していた。下げている空き缶が底をついたら、唾を吐いて応戦していた。
ちなみにいつだったか、なんばらぼんのチャリのサドルがパクられて(恐らくそれもそいつらの仕業)その事件から後は
「イスがないイスがない…」と独り言を言いながら、なんばらぼんは「サドルの無いそのチャリ」にまだ無理から乗っていた。

と、これだけの情報でもうすでにほとんどの人がピーンと来ていると思うが、「なんばらぼん」は知的障害のあるおっさんでした。
なので、大人たちは子どもたちに、ズバリとは言わないが「遠まわし」にこう言っていた、「なんばらぼんに関わるな」。

と、そうして概ねの大人たちが「なんばらぼん」との接触を避け、子どもたちにもそれを命じている中で、
逆に、その都度その都度もう自分から積極的に「なんばらぼん」に絡んでいく大人がいたんですよ。
まあ、うちの「オカン」なんですけど。


もうほんま、 いちいち 「なんばらぼん」 に 声をかけるという。 


例えば、夏にオカンが家の前で水撒きしてる時になんばらぼんが汗だくでチャリに乗って通りかかったら

オカン「ぼん、大汗かいてどこ行くねんな?」
なんばらぼん「…ど、どこも行かへん行くとこがない…」
オカン「行くとこないんかいな? ほなもう家帰りよし」
なんばらぼん「…家、家がない…」
オカン「家もない? いや、家はあるやろw」

例えば、スーパーに買い物に行ってなんばらぼんがまたしてもパンを買っているところを見かけたら

オカン「あんたまたパン買うてんのかいな?」
なんばらぼん「…パン、パン、わし、パン好きねん!」
オカン「ぼんはほんま、パンが好きやな~?」
なんばらぼん「…わし、パン!パン、好きねん!」
オカン「そんなパン、パン、言うてたらぼん、しまいにパンになるでw」


と、オカンがそうして、なんばらぼんにいちいち声をかけるのが私は嫌で嫌でしょうがなかった。
だから私はオカンに言うたんです。もう言うたったんです。

「オカン、なんばらぼんにいちいちしゃべりかけんといて」 と。

オカンはなんばらぼん(知的障害者)にも優しくしてあげないとあかんと思ってしゃべってあげてるんかもしれんけど、
なんばらぼんの言うことやることをバカにしてるようにも見えるから、なんばらぼんにいちいちしゃべりかけるのをやめてくれ、と。
そしたら、オカンがこんなん言いよったんですよ。

「でも、ぼん、いちいち おもしろいねんで?」



このオバハンは一体 何を言っているのだ???



ぼん(なんばらぼん)の言うことやることがいちいちおもろいのは、こちとら充分わかってるよ。
でも、なんばらぼんは「その常識はわかってるけどわざと外して(ボケて)る」というわけではないんですから、
いわゆる「天然ボケ」ではなく、むしろ本意気の「天然素材」なんですから、それは笑ったらあかんとこやろ?
つーか「笑ったら」っていうか、そこはもう「笑ってあげたら」あかんっていうとこやん?
なんせ相手は「知的障害者」なんですから。「わかってない」んですから。そして「かわいそう」なんですから。


いや、でも、果たして「そう」なんだろうか? 
彼らはほんまに「わかってない」んだろうか…?



だとしたら、なんばらぼんをいじめる小中学生男子が「なんばらぼん!」言うたら、「なんばらぼんって言うな!」ってメタクソ怒るのに
オカンがなんばらぼんに、「ぼん」って声をかけて、ぼんの言うことやることをいちいち笑ってもそれには全く怒らないのはなんでなんだぜ?
…っていうか、そもそも大人で「なんばらぼん」に面と向かって「ぼん」って声かけるんもうちのオカンぐらいでしたけどww


話戻って。


と、そういったことを織り交ぜて、私が「知的障害のある人の笑いを笑えないこと」について思うのは、


やはりそこにも「優しくしてあげよう」っていう、変な心のバリア(段差)があるから。



人に優しくするのはいいことです。なにか困ってる人がいたら是非とも力になりましょう、なろうではないか。
でも、その人がなんにも、なんっにも、困ってない時に、果たして「優しくする必要」があるのか。
なんばらぼんが「もう毎日のようにスーパーでクリームパンを買っていること」にまで、「優しくする必要」があるのか。


「おまえはまたパン買うてんのかwww」


って、それでいいんじゃないのか。それが出来たらいいんじゃないのか。そこに「笑い」が成立するんじゃないのか。
「それを笑ってはいけない」という、「今いらん優しさ」が、その「笑い」の妨げになっているんじゃないのか。
「わかってない人なんやから」って思って「笑わない」ことが、逆に、その「笑い」を潰してるんじゃないのか。

てか、もしかしたらなんばらぼんは、障害のある頭のどっかで「ウケたw」とか思ってほくそ笑んでたかもしれんからねw




本文の「笑い」の話とはちょっと逸れるので「おまけ」で書きますけど、
私が「彼らはほんまにわかってないのか?」と思うことのひとつに、本文でも書いた「特別学級の同級生」が描いた絵、があって。

それは「楽しかった遠足の絵」で、特別学級のその教室内に展示してあったんですが、私はそれを見てかなりビックリしました。
何故なら、「楽しかった遠足」を描いてる絵なのにそこに描かれている大半の子どもが笑ってないんですよ、「楽しかった遠足の絵」なのに。
苦痛の表情で山を登ってる顔とか、行きのバスの乗り物酔いが響いて青ざめてる顔とか、その中でも淡々としてる無表情の顔とか…。

その当時は私自身も子どもだったので、そのいわば「センセーショナルな絵」にただただビックリしたけど、
今、大人になってあの絵のことを思い出すと、「ああ、でも確かにそうやったよな…。よう見てるよな…」と思うんですよね。

トータルで言うと遠足は楽しかったけど、しんどい山道を登ってる時は確かに「みんながみんな」は笑ってはなかった。
だから「ほんまにわかってない」わけではないんだと思う。きっとそうして「わかってること」もいっぱいあるんだと思う。


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  1. 2011/07/06(水) 01:08:17|
  2. 思うこと(「笑い」)

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Author:りっさん

京都に生まれ京都で育ち、          放浪の末、京都に舞い戻った女

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