どんつきを右に曲がって左のかどっこ

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蜂刺されの思い出・2

さて、 この 続きです。

と、そうして、「蜂に刺されたこと」をオトンに報告したにも関わらず、私はもう全く相手にもされず、
でもしつこく言うて怒られたらいやなので、刺されたこめかみの痛みをこらえながら先頭のオトンとおっさんについて行った。
だが、その痛みは歩くたびにジンジンと強く脈打ち、だんだんひどくなってきたので、ダメ元でもう一回オトンに訴えてみた。

「お父さん、さっきよりもっと痛くなってきたんやけど…。なあもう下りよう?みんなも刺されるかもわからん」

するとオトンは怒りの形相で私のほうを振り向き、「おまえはまだ言うか…!」と、多分怒鳴りかけた、その時、
私とオトンが向かい合って立っているの間を、さっきの見たこともないでっかい蜂がぶーんと低空飛行でフレームインしてきた。

「ほらっ!!!この蜂、この蜂!さっきこの蜂に刺されたんや!!!」と、私は指さし、するとオトンは

「おまえかーーーっ!!! コンチクショーーーッ!!!」 

と、叫びながら、その蜂を足で思いきり踏み潰した。


オトンすごい、と思いました。
酔っぱらいやけど、やっぱオトンはすごい!オトン強い!さすがド田舎育ち!オトン、一発で蜂に勝った!!!


と、思ったのも束の間。


オトンが蜂を踏み潰したその足元付近から、数えきれないほど大量の「その蜂」が ブワ~ン と 一斉に飛び出てきたんですよ!!!  



もうわけがわからんまま全員あたり構わず逃げまどったが、頭から足に至るまでの全身をいっぱい刺された。
オトンとおっさんはなんとか蜂を追い払おうと腕を振り回していたが、振り回すその腕を次々に刺されていた。
遠くのほうで、「うぎゃあー!!痛いーっ!!!」と泣き叫ぶ下の弟の声は聞こえるが、姿は見えない。
上の弟は痛さと怖さで声すら失い震えながらその場にうずくまってしまい、私は上の弟を引きずりながら逃げた。

もうあれはほんまに地獄絵図でした。

先が見えないほど暗い獣道覆いかぶさる木々生い茂る葉っぱ襲ってくる大量の蜂遠くで泣き叫ぶ下の弟の絶叫一気に刺されて動けなくなった上の弟蜂と戦って逆に刺されまくっている酔っぱらいの大人二人。

ちなみに後日、学校の図書館の図鑑で調べてみたらそれはクマンバチという蜂でした。
クマンバチは滅多に人に危害を加えない(刺さない)らしいが、自分らの巣を守るために巣の周りでは攻撃的になるそうで
しかもその巣というのは木に穴を掘って作ったり、固くなった地面(土?)を掘って作ったりするそうで、
それらの情報を整理して考えられることは、おそらく、オトンが蜂を踏み潰した辺りにたまたま巣があって、
その振動に驚いた巣の中の蜂たちがそれを「危険」と感じて一斉に飛び出し、攻撃してきたんじゃないかと…。

その見解に辿りついた私がひとつだけ言えることは、


オトン、ミラクル・アンラッキー!!!

そしてマツタケに釣られてきたおっさんにおいては、
「結局マツタケ取れないで、ただただ蜂に刺されただけ」の
ダブルミラクル・アンラッキー!!! お疲れ様でしたwww
 




話戻って。


そうして蜂と戦っていたオトンとおっさんはだんだん呂律が回らなくなってきて、見ると二人とも唇がタラコのように腫れていた。
ビールを飲んでいたことで血行が良くなってて蜂の毒が急速に体内を循環したのか、アルコールと毒が何らかの相互作用を起こしたんか、
とにかく、二人とも口の周りが「わざと」ではなく「リアル」に、「いかりや長介の唇の真似みたいなこと」になっていた。

オトン「ほうはかん!(もうあかん!)ほれはほんはひはかん!(これはほんまにあかん!)」
おっさん「ひげはひょ、ひげはしょ!(逃げましょ逃げましょ!)はふはけひふへるははいほひゃう!(マツタケ言うてる場合ちゃう!)」
オトン「ほはへら、ひへるほ!!はひっへおひほ!!!(おまえら、逃げるぞ!!走って下りろ!!!)」



もういや! ほんまにいや、こんな親父!!! 

オカンお願いやから早く退院してここに居てタスケテーーーッ!!! 



私は刺された痛みと毒で朦朧としつつ、ゲロを吐きながらどんどん弱っていく上の弟を肩に担ぎ、
おびただしい数でなおしつこく攻めてくる蜂たちに追われて刺されながらも必死のパッチで山を下りた。
あの時の私と弟のその姿は「戦時中の負傷兵たち」さながらだったと思う。
するとどこから出てきたのかわからないが下の弟が「痛いよーっ!!!」と叫びながら猿なみの速さで駆け下りて行った。


ちょ、おまえ!! 「自分だけ我れ先」ズルいぞ要領いい末っ子www
おまえの兄貴が重傷中やぞ!?おまえもこのことを手伝えよwww



と、そうして上の弟を担いで命からがら山を下りたら、もうすでにとっくにそこに着いていた「我れ先」の下の弟は
平均年齢60歳の「有志のおばちゃんたち」によって、寄ってたかって蜂の毒を文字通り「吸い」だされていた。



あれは……。まあまあシュールな光景でした。



5歳男児の身体に群がって吸い付くババア達がいる光景。



そして、追って辿り着いた私たちについても、そのおばちゃんたちは寄ってたかってまた文字通り毒を「吸い」だしてくれた。
でもそうして毒を吸い出してもらいながらも、私は内心「こんなん気休めや、もう遅い」と思っていた。
何故なら、刺されてすぐならまだしも、刺されてからもうかれこれ30分以上は経過しているので。

でもせっかく「気持ち」でしてくれてはんのに、「もういいよ、意味ないと思うから」とか、そんなん言えないじゃないですか?
だから私は黙っておばちゃんたちに身を任せ、全身(十箇所以上刺されたところ)をめっちゃ吸われていたんです。


すると、その「吸い出し」をしてくれていたある一人のおばちゃんが突然、意味不明な「募集」を始めた。


「誰か今、おしっこ出えへんか!?」


その「募集の意味」が一切わからなかったが、私はなんだか物凄くいやな予感がした。
だから、「どうか今おしっこ出る人がこの中に居てくれるな!!!」と、そう心の中で祈ったんですが、


ヒント1: 町内レクレーション=大人たちの野外宴会。
ヒント2: アルコールによる利尿作用=酒飲みはおしっこが近い。


よって、


「あんたら(母親経験ある人ら)みたいに毒の吸い出しは出来ひんけど、おしっこやったらなんぼでも出るで!」


という、これまた「有志のおっさんら」によっていくつもの紙コップに「おっさんのおしっこ」がなみなみたっぷりと集められた。



やめて!!!

そんなん絶対迷信やって!!!

「蜂に刺されたらおしっこかけろ」とか!!!
 




…。
……。
………。




もう、あの「出来事」の詳細を思い出したくもないのだが、
「それをティッシュに含ませたもの」を私たちは刺されたところに塗りつけられ、さらに「ダイレクト」にかけられもした。
「汲み取ったものを直接かけるほうがより速く効くんじゃないか?」という、それは「放尿主のよけいなアイデア」によって。

そうしていっぱい蜂に刺されて戻ってきて、なおかつ町内のおっさんらのおしっこを塗られ、かけられている私たちの姿に
他の子ども達は「お母さんの言うこと聞いて、行かなくて良かった…」という安堵と哀れみの入り混じった複雑な顔をしていたので
もういっそ今すぐに蜂の毒で死にたいぐらい恥ずかしかったが、
ちょっとおもろかったんは、そのあと追って下りてきたオトンとおっさんも同じくおしっこを塗ってもらっていた。
おっさん同士がおっさん同士のおしっこを身体に塗る、ってなんだそのマニアックなプレイwww


てなわけで。


私は今でも蜂が大嫌いです。そもそも虫が苦手なんだが、中でも蜂は大の苦手で見たら異常に怖がります。
蜂にいっぱい刺されるのも、おっさんのおしっこを塗りたくられるのも、人生で一回やったらもう十分なのです。





おまけ。


そうしてその場では応急処置(?)をして保津川から帰ってきたんですが、
家に帰ってもまだ吐いている上の弟の様子に不安になったのか、オトンが
「みんなでお母さんとこ(オカンが入院している市立の総合病院)に行こう」と言ったんですね。

でもオカンの病院に行っても、オカンはそこの医者でも医療関係者でもなく逆に入院患者なんで、
「変に心配かけてもあかんから行くなら別の病院に行こう。他にも救急で診てくれるとこ、近所にあるから」
と私は提案したんだが、オトンは「お母さんがいなかったら意味がない」とか意味不明なことを言っていた。
と、当時は思っていたんですが、今ならあの時のオトン(男親)の気持ちがわかる気もしますね。
子どもの看病とかしたことないオトンは多分ほんまに「不安」で、オカンの顔が見たかったんやろうと思います。

てなわけで、日曜夜8時までの面会時間ギリギリにオカンの病院を訪ねたら、
オカンは心配するどころか、まだ唇腫れてて若干呂律も回ってないオトンと、全身蜂に刺されている家族の姿に大爆笑した。

「あんたらなにしてんのwwwアホとちゃうかwww」

子どもが全身蜂に刺されてんのに大爆笑って、なんちゅうオバハンや!オカンどんだけ「笑い」好きやねん!?
と、それも当時はそう思っていたが、今は逆にあの時のオカンの対応は凄かったなあと思います。
私やったら、自分が入院してる間に子どもら預けてる旦那がそんなアホみたいなことで子どもに大怪我させたら、
「あんたちょっと頼むで、マジで。ちゃんと子どもら見ててよ」とか文句のひとつでも言うてしまい、旦那と喧嘩になってたと思う。
そして、子どもらのそばにおってやれへん自分のことを落ち込んで、病気になった自分のことを恨んでいたと思う。

そう思うとなんかすごいオカンやったな。年がら年中「ケセラセラ~」言うて笑ろてる変なオバハンやったけど。



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  1. 2011/08/21(日) 23:47:51|
  2. 思い出のネタ(学生編)

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りっさん

Author:りっさん

京都に生まれ京都で育ち、          放浪の末、京都に舞い戻った女

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