どんつきを右に曲がって左のかどっこ

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りっさん、「勉強」をする。 その1

さて。

いつものように「アホボケカスクタバレwww」とか言いながらも、私はここ半年間ずっと 勉強 をしていました。


おいおいwww りっさん、とうとう「湧いた」でwww 


「湧いて」へんわwww


実は先日、「登録販売者試験」を受けてきたんですよ。

…と、ここで奇特などんつきフリークの方は「あれ?りっさん、トーハンは取らへんって言うてなかった?」と思うだろうが
確かに私は数年前の薬事法改正時、「私はトーハンは取らず薬剤師さん・トーハン持ちの社員さんのアシストに徹する」と述べた。
そもそも私は、「自分はエース(アタッカー)よりも、エースにいいトスを上げる二番手(セッター)に向いてる」と、そう思っているので。

だが。

私がその時(薬事法改正時)に「すると多分こうなると思う」と予想して言っていたことが、やはり現実のこととなったんですよ。

ずっと身近に接して(接客して)きた私らが突然、薬の相談に関してはもうびた一文としてしゃべらなく(しゃべれなく)なり、
「では、薬剤師(または登録販売者)をお呼びしますね」って、そこでワンクッションをかけることで、お客さん(患者さん)らは
「そんなんわざわざいいっていいって!そんな、先生に聞いてもらうほどのことじゃないし!」って変に恐縮しはって、
せっかく「今はまだ軽度な症状」を自己治療しようとしているその機会を失って、そのまま帰ってしまわはることが多発した。
でも法律は法律なので逆にそれに慣れていってもらわないといけないし、でも慣れない人はやっぱ慣れないんですよ、それはいまだに。

と、そうした日々の中、「これ、もし私がその販売資格を持ってたら、もうこの場で解決する話なんよな…?」って思い始め、
っていうか、その資格有る無しうんぬんもやけど、
これ、もし私にその専門家なみの知識があれば、情報提供及び販売行為にまでは至れなくても(それは法律でダメなんで)、
その免許を持ってる薬剤師さんらを呼ぶ間、お客さんを不安にさせる(待たせる)ことなく、この話の流れの「延長」で、
それ相当の相談にも乗れて、かつ「必要な情報」を整理して、もっと「いいトス」を上げれるんじゃないか?と思って。


そうだ、勉強をしよう。  (JR東海、無関係。)


と、そうして一念発起したのが今年の正月が明けてしばらくしたぐらいの頃で、
だが私はヘタレハナタレの根性なしなんで、こうして「勉強する」と決意しても、その勉強が難しくてなってきてつまづいたら
「もうそこそこわかったからいいか」で、そこでやめてしまうんじゃないか?と自分で自分に思ったんですよ。
「いつ(年月)までにこれを全部理解できるようになる」っていう具体的な目処を立てないと、なんかもう「ダラダラ」になってまうぞ、と。
よって、その具体的な目処、自分の中でのリミットとして、「今夏に実施される登録販売者試験を受ける(それまでに熟知する)」
として、その勉強を始めたのが今年の2月でした。


ただその試験を受けるには、
一年以上薬剤師の下で医薬品販売に関わる様々な仕事に従事しており、且つ、月何十時間以上勤務していないといけない、
といった受験資格みたいなものがあって、さらにその証明がいる(会社に書いてもらって実印をもらわないといけない)ので
私は店長に「今年の夏トーハンの試験を受けようと思うんで、すみませんが証明書類を揃えていただきたいんです」とお願いした。
すると店長は「おっ。ついにトーハン受けますか!」と言って、早速「試験」について色々と親身にアドバイスをくれた。
「過去問はもう絶対繰り返しやっときや」とか、「年々問題難しくなってるから薬事法のほんま細かいとことか出ると思うよ」とか。
でも私の中ではその試験はあくまでも「この勉強における目処」だったので、その辺はまあいいかと思っていたんだが
でもせっかくそうしてアドバイスを下さったので、言われた通り、本屋で「その過去問」とやらを読んでみたんです。



するとなんにもわからなかった。



もうほんまに 「なんっにも」 わからないんですよ。


「今、何を聞かれているのか?」すら、わからない。
「この人が今、何の話をしているのか?」すら、わからない。
 




私は自分が消化器系の病気を、それこそ18の頃から「胃潰瘍」だのなんだのを長く患ってきたので、
消化器系及び胃腸薬には「まあまあ知ってる自信」があったんだが、その「自信あるくだり」についてすら、
「そんな次元の話」 とは 「もう全っっっ然違う次元の話」 ばっかりだった。



全部「日本語(片仮名と漢字と平仮名」)で書いてあるのに、「全てが外国語で書いてある」ぐらい、解読できなかった。



「専門家」とは、「専門の勉強」とは、こういうことなのかと思いました。
でも「こういう話」が理解できるようにならないと「勉強した」とは言えないのだと気を引き締めつつまあまあ半泣きになった。

だから2月はもうほんまにめっちゃ勉強しました。

隙があったら勉強してた。っていうか、「隙を作って」勉強してた。
とにかく、この人ら(テキスト)の言いたいこと・言うてることをまず理解しないといけない。話はそれからだ。
でもそうして勉強していくと、「この本にはそれは載ってないこと」が出てきて、「そのことが載ってる本」を探し歩き、
近所の書店にはそれはないのでもっとでっかい書店に行き…と、そうしてどんどん「本(教材)」がぶ厚くなっていった。


これまでの人生において私は、「テキスト(=本・教科書での)勉強」というものを熱心にしたことがなかったんです。

小学生の頃はなんにも努力せんと、ただ授業聞いてるだけで「神童」言われたぐらい出来ました。
中学に入ってからはその授業すら聞いてないこともあったけど、それでも「中の上」ぐらい出来ました。
その後も「なんとなく(難となく)」高校受験を突破し、「なんでかわからん(何出かわからん)」入社試験を突破しました。
と、そんな「ふざけた勉強人生」を送ってきたんで、「深い参考書を探してまでの勉強」ということを私は今までしたことがなかった。
だからそんなふうにして、「もっとこれ以上の教材を求めている、今まで無かった自分」に、自分でちょっとビックリもしていた。


※ ただし 「坂本龍馬」、「幕末関連」を除く。


…。
……。
………。


これ、この話、「坂本龍馬関連幕末関連のことをもっと知りたい気持ち」と一緒やん?



これ今、「勉強してる」って構えるから、「こんなにも勉強をしている自分」になんか違和感すらをも感じるけど、
「自分がそれが好きでもっと知りたいから自分が好きで調べて学んでる」って考えれば、それは一緒のことじゃないかと。
この「知りたい気持ち、学びたい気持ち」に対してなんら照れることはない。知りたい学びたいことに正直になろう、と。



そんな私がひとつだけ思ったことは、


本来これを勉強したかった気持ちを、逆に「試験」が狂わせるのかもしれんな。


「試験を目処と考えてその勉強を始めた私ですらをもそうして一瞬狂わせかけた」んですから、
「試験に受かることを目的として勉強する」ようになったら、それこそ「狂うこと」になるかもそれはしれんな、と。



話戻って。



そうして、勉強すること、知りたいことを探求追求すること、がもう楽しくて仕方なかった2月。

そうして勉強していくと、「ではさて実際どのくらい身についてるのか?」を知りたくなってきて、
あの、「なんにもわからなかった外国語で言うてるもどきの過去問」を解いてみると、

「おおっ!解ける解ける!君の言うてるその話、もうわかる!」 

ってなって、するとさらにまた「もっと知りたい!!」と、私はもっともっと「その学び」に夢中になっていった。

と、そうしてもりもりと精力的に勉強をしていた、その矢先。



3月11日。


あの、東日本大震災が起きたんです。



関東の水類・紙類の「買い占め騒動」を追うようにして、そのわずか二日後から始まった「関西でのあの騒動」。


「なんで直ちにそうなるねん!?今ここ関西(非被災地)でそんなことしてる場合じゃないやろ!?」っていう客への憤りあり、
「でも客がこうして殺気立ってしまってるのは、信頼関係を築けてなかった私らに責任があるんや」っていう反省もあり、
そんなこんなで現場(店)はもうしっちゃかめっちゃかの状態になった。
したくもない「どんな家族も一家族と見なしての一律個数制限」を強いたりとかした。

あれはもうほんっっっまに辛かった。

当時ここでも書いたけどもう二度と「あんなこと」はしたくない、あんな「売り方」はしたくない。

ずっと「一人ひとり」と向き合ってきたのにそれを「一律と見なす」のが、もうほんまに精神的にきつかった。

よって私は「この異常事態」をいち速く収束することに命をかけ、後輩にもそれを説き上司にも様々な提案をした。
同じようにズタボロになって「泣きそうです辞めたい」言うてる同業のフォロワーさんらにも「ここで逃げるな」言うた。


「笑い」や。 こんな時こそ、「笑い」やwww



と、みんなにそんなん言うてる一方で、私は「勉強」が出来なくなったのです。


「目的・目標は各々様々であれ私と同じこの勉強していた東北の仲間たちがもう今それどころはなくなってしまった」
「なのに私だけが、ここでこの勉強をして、続けていていいのか?」
「勉強したくても今その勉強が出来ない、出来なくなった、そんな仲間がもういっぱいおるのに…」




参考書を開くと、どこの誰やわからんや全然知らん「おまえ誰やねんwww」みたいなやつが、なんか東北弁で
「りっさん、一緒にがんばろうね!私もがんばってるよ!」みたいなことを言うてくる(のが浮かんでくる)んです。
でも、そうして私の元に現れたその人らは、もう津波に飲まれてそこには居ないのかもしれない。
或いは、命からがらなんとか、なんとか、避難所とかに居るのかもしれないけど、どのみち勉強どころではないだろう。
そんな同志がもういっぱいいっぱい居るんやと思うと私は、自分の好きな勉強をするのがなんかもう無理になった。
「それでも私は勉強をするよ」が、私には、なんかもう無理になった。

「(当時さんざん叩かれていた)笑いをやることの不謹慎」にはもう全くもって謹慎をしなかった私が、
「この状態の中で自分は勉強をすることの不謹慎についての謹慎(自粛)」をしてしまったんですね、今思うと。


いわば、「同じこと」 やのに。



でも「それ」に気付かなかった私は、「もうこの勉強は、今年はもうやめよう」と、そう思ったんです。


続く。
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  1. 2011/09/09(金) 03:39:32|
  2. どんつき(の、どんつき)

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りっさん

Author:りっさん

京都に生まれ京都で育ち、          放浪の末、京都に舞い戻った女

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