どんつきを右に曲がって左のかどっこ

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ファイバー ~からの喫茶店。その・1

さて。


今日(もう昨日やけど)は、一年ぶりの大腸ファイバーの検査でした。

その検査のことに関しては、毎回まあほぼ一緒なんで、この記事 をお読みください。

ただ、今日はもうどうしても途中からが痛くて痛くてチューブが通らなかったので大腸の4分の3ぐらいまでしかいけませんでした。
主治医と看護師さんが上から腹を押さえつけて、腸の引っかかってるとこを押し込んで押し込んで頑張ってくれはったのに
でもどうしても、今日は「その先」からが全然もう通らなかったので、私は「難病認定を受けてる身」として申し訳なくなった。
この病気になった頃は「自分のこと」しか考えてなかったけど、五年も患っていると「医学会全体のこと」も考えるようになる。
「私が治ればほんまに凄い」、でも私が治らなくても、「私が状態・経過をしっかり見せること」で、私の後輩が治るかもしれない。

よって検査後、主治医に「例えば私に全身麻酔をかけてもらって隅々まで検査してもらう、とかはどうでしょうか?」と聞いた。

すると主治医は、

「う~ん…。麻酔検査も良し悪しがあってね…。痛いっていうのは言い換えれば危険信号やから、麻酔で眠らせてりちさんにその危険信号を感じとらせないまま画像の見た目だけで判断して無理やり通すと、腸が破れてしまう危険もあるんです。特にりちさんの場合は以前しはった手術で中がところどころ癒着して狭くなってるから。それに検査中は麻酔が効いてるけど家帰って麻酔が切れたら、検査中は麻痺させて通した部分に激痛が襲うこともある。入院してるなら僕らもすぐ対処できるけど家で一人でいて、そんなして動けなくなったら大変でしょ?子どもさんのことだってある。だから、僕はりちさんには麻酔を強いてまでの検査はしたくないんです」と言った。

「私個人のこと」もいろいろ考えてくれてはるんやな~と思った。


「当たり前です。」 って怒られるかもしれんけど。 


なんか、ちっともお役に立てなくて、なんかほんますんません。
「ゆくゆく癌化することが多い」と言われてるこの病気六年目の状態、じっくり見たいやろうに、なんかほんますんません。


話進んで。


昨夜(検査前夜)、私が大人のくせに「明日の検査いややなーいややなー」と、独り言で愚痴っていたら、
いちごが「ももちゃん、ちょっと…」と言って、ももを連れ去って子ども部屋に行ってしまったので、
「うはw ヘタレな泣き言いうてるオカン、なんか見捨てられたぞいよいよww」とか思っていたら
だいぶしばらくして二人が居間に戻ってきて、「ママ!はい、これっ!」と言って、どう見ても手作りのお守りをくれた。

お守り

いちご「前にシュシュを作った余りのきれやけどごめんねwそれと急いで縫ったからヘタクソやし、あんまりじっくり見んといてw」
もも「中には、ももちゃんがかいた絵がはいっていまーす!でもそれはまだ見たらだめでーす♪」
私「まだ見たらだめなんや?」
もも「だめだよおー!!ママがけんさで、ほんっっっとにしんどくて泣きたくなったときに、見てくださーい♪」

おまえらそれは「はじめてのおつかい」の見すぎやろwwわしゃ「おつかいコドモ」かwwwと思ったけど、嬉しかった。
と、こういうことが たま~に あるから、子育てって頑張れるのかもしれない。

だが実際ほんまにしんどくて泣きそうな時にお守りの中身など開封してられないので、
検査前に待合室で見てみたら、確かに、中にももが描いたらしき絵が入っていた。

絵


「ママ大すき。がんばってね!」



ご、ごめんよ…、いちご、もも…。
でもママ、今日は 横行結腸 までしか頑張れなかったよ…。




と、そんな感じで検査が終わり。


私は、院内に併設している喫茶店に遅めの昼ご飯を食べに行った。

私はこのしんどいファイバー検査後だけは、「その喫茶店でご飯を食べてもいい」と自分に許可しているんです。
いや、べつに特別美味しいわけでもないし、値段からして概ねが「業務用のレトルトか冷凍食品」やと思いますけどww
ただ、その喫茶店に私は特別の思い入れがあるんですね。

っていうのは私が通っているその総合病院はかつてオカンが入院していた病院で、何度も改修改築して綺麗にはなってるが
その「病院内にある喫茶店」は、「入院してるオカンのお見舞いに行った時にたまに連れてもらった思い出の場所」なんですよね。
おそらく「なんもしてやれへんから少しは喜ばせてやろう」っていう「この院内で出来ること」の母心やったんやと思います。
それでも子どもなりに気を遣ってパフェ(高い)は遠慮して頼めへんかったんで、100円のカキ氷ばっかり頼んでましたけど。
…あ、でも下の弟はいつもクリームソーダを頼んでいた気がする。今思い出したぞジェーンあいつまあまあKYやな!www


話戻って。


よって私はこの検査の後はその喫茶店に立ち寄り、

「もう私あの頃のオカンの歳を越えたんなあ」とか、
「オカンどんな気持ちでここに連れてくれたんかなあ」とか、
「ここ連れてもらうのが最高に嬉しいってどやねんwまあそれは今も変わらんけどあいつらマクド行くのに着替えよるしなw」
とかいった感慨にしばし浸り、そうして色々を「色々と」リセット・リスタートしてから家路に着くのだが、
今日はいちごとももにお守りをもらったことから、ふと、ももの妊娠中に入院した時の、色んなことを思い出した。


私は二年前にここ京都で いちごとももを置いて入院したこと がありますが、
私は以前京都から埼玉に引越して一年ぐらいの頃、当時4歳~5歳にかけてのいちごを置いて二回入院したことがあるんです。

それは今の持病が発症する前で、「次女・ももの出産入院以外」で、なんかもう「バタバタ」と。


つづく
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  1. 2011/09/17(土) 02:10:19|
  2. 闘病?ネタ

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Author:りっさん

京都に生まれ京都で育ち、          放浪の末、京都に舞い戻った女

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