どんつきを右に曲がって左のかどっこ

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ファイバー ~からの喫茶店。その・2

さて。本題に入る前にひとことだけ。

ユートさ~ん!

「どんつき~」、読んでくれてはるんですってね!聞きましたよ~。
なんでも、「私が昔、蜂に刺された話が大爆笑だった」、とか。それはたいへん良かったです。

ただひとつだけ私が言っておきたいことは、

町内のおっさんのションベンをぶっかけられた私は なんっにも おもろなかったです。


さて、この 続き。


一度目の入院は、次女のももを妊娠していることがわかったのと同時に、そのエコーで卵巣嚢腫があるのが見つかって、
「このままだとお腹の中で大きくなる胎児の成長に押されて捻転を起こしたり破裂する危険がある。そうなると緊急手術になるので胎児もあなたも危険」
ってことで、妊娠安定期に入るのを待って、嚢腫部分を切り取る手術をしました。水風船ぐらいの大きさになってたらしい。
と、その手術の後、回復過程で腹の中がところどころ癒着した←これが現在、私の腸にファイバーが通りづらい理由です。
その手術自体は今や内視鏡手術でも出来る場合もあるそうですが、私はなんせ妊娠中だったんで安全策で「開腹手術」をしたんですよね。
盲腸とかでもそうですが開腹手術をするとどうしても、切ったとこがくっついていく中で癒着などを起こすこともあるそうです。

余談ですが、
「そうした開腹手術を妊娠中に経験したこと」で、私は娘二人を普通分娩で産んだにも関わらず、
「帝王切開で子どもを産むことについてのしんどさ、痛み」についても、私はもうその概ねを経験している。

これはもう何回も、色々な場所で書いても言うてもいるんですが、最近からの読者さんもわりといるのであえて今一度書いておく。

帝王切開で子どもを産んだお母さんは「自分は陣痛の苦しみを知らないから…」と、出産ネタになると控えめになる節があります。
でもそんなん全く臆することはないのです。そこで口ごもることもないし控えめになることもない。何故なら、

背中に打つあの半身麻酔がどんっなに痛いかをあなたは経験しているのだ。

しかも生まれたらもう早速に授乳せなあかんから、普通の外科手術みたいにそんなタップリ鎮痛剤も飲めないしね。
私も妊娠中の手術やったから、鎮痛剤は術後に1錠もらってそれっきり。あとは「気合で耐えろ」でした。
こちとら腹バッサリ切ってんのに「母親ならその痛みにも気持ちで耐えられるはずよ!」的な。


アホなこと言うなwww
母親やろが何やろが腹斬られたら「人として」痛いもんは痛い、っちゅうねんwww



陣痛~出産も命がけなら、腹切って子ども産むんだって命がけです。昔はそれで侍が死んでたんですから。ヒント:切腹。
だから引っ込み思案になることなんかなにもない。もう堂々と胸を張ってください。出産にラクもしんどいもない、「みんなしんどい」。


話戻って。


でもそれはいわば計画入院だったので、仕事休み取ってくれたオトンと山口の伯母(オトンの姉)が、
オトンが術日込みで3日、そこから伯母に交代で、退院後の安静も考えて計2週間埼玉まで来てくれて、いちごを面倒見てくれた。

手術でかなり体力落ちてるわ、上の子(いちご)いるわで、その後の妊娠経過もまあまあしんどかったが、
近所の先輩ママや、いちごの幼稚園で知り合ったツレらにも助けてもらいながらなんとか頑張ってたんだが、
その数ヵ月後、年末30日だか31日だかの晩に急激にお腹が張ってきて、時間計ったら10分感覚ぐらいになってるんですよ。
つーかこれ、進行したら陣痛やん!あかんてまだ予定日まで一ヶ月半以上もあんのに今生まれたら!
ってことで救急で産婦人科に走ったら私はもうそのまま「切迫早産」で緊急入院になり、陣痛抑制剤の点滴を繋がれた。
しかも「寝たきりの絶対安静、トイレに行くのも禁止」だったんで、尿菅入れて(←これがまたばんばん痛いww)のガッツリ拘束。
当然身の回りのこと(洗濯とか)も出来ひんし、いつ何が突然起こるかわからんから、誰か常に通える身内をつけてくれと言われた。

って、そんな私の身の回りのことや飛んで来てくれるをしてくれる人以前に、「いちごをどうしよう…」ってなって、
でも年末年始の帰省で近所のママさんらやツレらも実家帰ってたりでいないし、とにかく京都の実家のオトンに電話したんですが、
「わしも年始明けには仕事始まるし、そんないつ退院できるかわからん状態で仕事休んでいちごを世話しには行けない」と。
でもそれは旦那(元)も同じことで、「そんなん俺だって明後日から仕事あるんやから、無期限休暇とか無理やし」と。
で、結局旦那は「もうどうにもならん」と自分の実家の広島に行って、義父母に頼んでいちごを一人に置いてきたんです。

いちごは当時、ものごころついてからは「盆正月の帰省で2回」しか広島の爺ちゃん婆ちゃんに会ったことがなかった。
全然知らん土地。全然知らん周りの人たち。ほとんど全く覚えてない爺ちゃん婆ちゃん。
そこに、先月5歳になったばかりの子がたった一人で置いて行かれる、とか、もうどんなに心細かったかと思う。
でも私にはどうすることもできなかった。自分は繋がれてるから何も動けない。そんな自分が旦那を責めることも出来ない。
自分だけのことやったらそんな「広島に一人で置いてきた」とか、速攻で連れ帰ってなんとしてでも踏ん張りますわ。
でも私のお腹にはもうひとつの命があるんで、ここでいちごを想って無茶をしたらこのお腹の中の子はどうなるのか…。

ほんでまたその旦那のお義母さんが、もうしょっちゅうナースステーション(宛てで私)に電話してきはるんですよ。
「尿管は取れてトイレ許可だけは出たけど、それ以外はまだ起き上がるのも禁止の寝たきりや」、言うてんのに。

義母「いちごちゃんがほうれん草を食べてくれないんだけどどうしたらいいの?」
私「(え?そ、それだけ?)…そうですか、すみません。どうしても食べなかったら無理させなくていいです」
義母「あなたは子どもの好き嫌いを許してるの?栄養が偏るじゃない!」
私「いや、ではなくてww普段は何でも食べるんですけど、今はもうこんな時なんで、きっと気持ちのバラつきもあると思うので…」
義母「私の料理が美味しくないってこと!?でも昨日のタラコスパゲティは全部食べてくれたのよっ!ママのご飯より美味しいって言ってくれたわ!」
私「(えー誰もおまえの飯がまずいんやろとか言うてないwそして子どもも子どもなりに気を遣っているわけで…)いちごに毎日美味しいご飯を作っていただいてありがとうございます。本当にすみません、私もなるべく早く退院できるように頑張りますのでどうか…ってかこうしてしょっちゅう電話あると安静に出来ないww
義母「なぞなぞを出してきて私は絶対正解してるのに、ブー違いまーす!とか言うのよ?じゃあ正解はなに!?」
私「(てか5歳児相手になぞなぞで必死になるとかもうw)すみません、子どもの言うことですので適当に聞き流してください。きっと甘えてるんだと思うんです。すみません、全部私が悪いんです。退院したらしっかりしつけますんで、今は何卒大目に見てやってください」


ひとつだけ言いたいことは


お義母さん それ 「育児ノイローゼ」 や。(泣)


点滴台引っ張ってトイレ行くふりして、こっそり洗濯室で洗濯してたのもよう見つかっては怒られたが、
それより何より、お義母さんからのそうした電話についてはもうまあまあかなり看護師さんに怒られました。
「毎日毎日いい加減にしてください!ナースステーションの電話は私物じゃないとあなたからもお義母さんによく言ってください!」

言える 「わけ」 がないwww


自分の入院で子ども預けっぱにしてる身の上やのに

「そんなことで毎日毎日電話してくんな空気嫁!!!」
「考えるんじゃない、感じるんだ! Don't think, feel !!! 」


とか、そんなん言える 「わけ」 がないwwwww


でもね、お義母さんもきっといっぱいいっぱいでやったくれてはったんやろなと思うんですよ。
子育てなんかもうとうに忘れて夫婦で大人のペースでのんびり暮らしてるところに、息子が孫を、
しかも「年一回の帰省でしか会うたことない勝手のわからん5歳の幼児」を、突然置いて行かれたんですから。


テンパってるお義母さんに電話を代わってもらって、いちごと話した。

私「いちご、ママだよ」
いちご「……。」
私「いちご、毎日ママと赤ちゃんの絵を描いてくれてるんやってね。お婆ちゃんに聞いたよ。どんな絵かな~?って、ママも毎日楽しみにしてるよ」
い「……。」
私「いちご、ママのお話、聞こえてる?」

そしたらいちごが、もうほんまに蚊の鳴くような小さな小さな声で 「まま……」 とだけ言った。

私はもう自分の腕に刺さってる点滴の針を引きちぎって今すぐいちごの元に行っていちごを抱きしめてやりたくなった。
涙がボロボロ出てきた。でも私が泣いたらあかん。いちごのほうがもっと泣きたいのに、でもいちごは泣いてないんやから。

いちごは夜寝る時に布団の中でこっそり泣いてたと思う。でも私も毎晩病院のベッドでこっそり泣いてました。
それは何故なら、私が泣いたらみんな泣く。
そしたらもうここにいる全員(同室仲間)も各々つらくなって、きっともう「負の連鎖」になってしまう。
「上の子が居てない初産婦のあんたはまだいいよ」とか「実家が近くて親がいろいろしてくれるあなたはまだマシだ」とか、
そうして、「この中で私が一番しんどい!って言いたい合戦」になってしまう。
何故なら、「泣きたいのはみんな一緒」なんやから。誰だって、今、「好きでここにいる」んじゃないんやから。


と、そうしてるうちに、いちごの幼稚園の冬休みが終わって。


「いちごがずっと幼稚園を休んでるのは何故?」と先生に聞いたツレらが私の「大晦日からの緊急入院」を知って見舞いに来てくれて、
私はそこでそのツレらに めちゃくちゃ 怒られた。

「なんで相談してくれないの!?こういう時に助け合うのが友達でしょ!?まして同じ母親同士じゃない!」
「水臭いよあんた!!ほんといいかげんにしないとうちらマジで怒るからねっ!!!」

(え~もう怒ってますやんwww)とか思いながら私はそのツレらの言葉に不覚にも泣いてしまい、そしたらツレらが
「いちごはうちらが面倒見る。幼稚園にも通わせる。だからもう今すぐこっちに帰してやんな!なんなら迎えに行ってやるよっ!」
と、女前なことを言ってくれたんだがさすがそこまで甘えることは出来んし、でも旦那は「繁盛期で仕事休めへん」と言うので
それはオトンに頭下げて頼んで、ほなオトンが広島まで行ってくれてその足で折り返し埼玉まで、いちごを連れて帰って来てくれた。


「ままーーー!!! いちごがきたよーっ!!!」


「大きな声を出したらあかん走ったらあかん」って言うてる病院の廊下をそうして遠くから叫びながら走ってきて、
「毎日描いてたママと赤ちゃんの絵」と一緒に私の胸に飛び込んで来た、もうじきお姉ちゃんになるけど「まだまだ小さないちご」。



話かなり戻って、「ファイバー ~からの喫茶室」。



あ~~、そやったな~~~。 あの時はほんまもう何もかも大変やったな~~~。
いちごも頑張ってくれたけど、ももも、あの手術やら切迫早産やら乗り越えて頑張って生まれてきてくれて、
でもそこに行き着くまでにもうほんっま、いろんな人に助けてもらったなー。ほんで今でもそれはそうやしなー。
あいつら、そうしてもうあちこちに「お父さん」「お母さん」がいるしなー。
「神様はその人がこれを乗り越えられると思うからその試練をお与えになる」って言うけど私の場合は違うと思う。
私の場合は、神様が私にお与えになったその試練について、
「ここでこいつをコケさせてたまるか!っていう周囲・仲間の試練の乗り越え力が凄いだけ」で、そのことで
「私がその試練を乗り越えた」っていうそれは結果論的な話になっているだけで、ほんまはもう全部「仲間の力」やねん。
なあ、オカン、どう思うよ?なんか言うてくれよ。


…返事がない。ただの屍のようだ。



と、そうした感じで、私は今回もその喫茶店で「リセット・リスタート」をしてきたのでした。
願わくばいつか、「ファイバー ~無しで 喫茶店」に行けたらいいな、と思います。






おまけ。


私がももをそうしてなんとか出産して多少落ち着いてまたツレらとの「家族宴会」に参加できるようになった頃、
それまでは「仕事で深夜にしか帰れない」ってのと「そういうの正直あんまり興味ない」ってので全く参加しなかった旦那が
「あの入院でみんなにお世話になったからお礼がてら俺も参加したほうがいいよな…」とか言って、その日は早めに帰ってきて駆けつけたんですよ。

すると、初参加の旦那は歓迎されるどころか逆に、ツレの旦那(愛称・シュン兄)に ものごっつ 怒られていた。


おまえよ~!!! 気付くのが遅っせーんだよ!!!


「男は、父親は、仕事だけしてりゃいいのか?仕事が忙しい仕事が忙しいって違うだろ。仕事を隠れ蓑にしてるだけだろ?」
「急に嫁さんや子どもに何かあっても帰って来れないのもわかるよ、そんな簡単に休めねーよ。俺だってそうだよ」
「だから!近所の人たちや母ちゃん(関東弁の嫁)の交友関係友達関係に自分の顔繋ぎ、をしとかないとダメなんだよ」
「おまえはそれが出来てなかったから嫁さんに入院されたら自分ではどうにもならなくていちごを実家に置いて来ちゃったんだろ?」
「それで悲しい思いをしたのは誰だよ?頼みの綱だと思ってたパパに置いて行かれたいちごじゃねーのかよ?」
「おまえそれだけ仕事出来んだから家庭を仕切ることぐらい簡単だろ?なら母ちゃんが急に倒れても困らないようにしておけよ!」
「おまえがそれをしてやってないから、りちが何もかもを背負っちゃうんだろ!?おまえダメだよそんなんじゃ!」



いいぞシュン兄www もっと言えwwwww



旦那は、そんなふうにして「大人になってから友達から怒られた経験があまりない人」なので、
逆にそれが嬉しかったようで、「そうして自分のことを真っ向から怒ってくれたシュン兄」をなんか慕っていました。
だから「ももを産んだ後の埼玉時代」はまあまあ家庭円満というか、なんかまあまあな感じだったんだが、
その一年後に東京にマンションを買ってそこに引越した一ヶ月後になんと旦那がそれまでいた会社を辞め、

「俺引き抜かれたから来週から横浜に単身赴任するわ。給料は今の1.5倍になる。このマンションのローンも問題ないので君らはここで住んでて大丈夫。俺は来年には1000万プレイヤーになるよ。…他に何か質問ある?」

みたいな感じで、なんか突然行ってしまって月に二日ぐらいしか帰って来なくなった。


だが私がひとつだけ思うことは、

元旦那が、そこ(シュン兄の説法・説教)に 「それでもそこに入信しなかったこと」 も、まあ正解かもしれない。

現状三つの会社を回してるみたいです。でもこれからもっと「広げて行く」そうです。
時々テレビのニュース番組の「最新ビジネスの立役者インタビューコーナー」とかで元旦那を見かける。
彼はそうしてガンガン経済を回していったらいいと思います。彼みたいな人も絶対いなくてはいけないし。
私は、いかにこの現状から飛躍していくか?に尽力する。お互い頑張ろうぜ >元旦那。
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  1. 2011/09/21(水) 01:39:56|
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Author:りっさん

京都に生まれ京都で育ち、          放浪の末、京都に舞い戻った女

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