どんつきを右に曲がって左のかどっこ

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歌下手ヒサコ・その1

さて。

私の親戚に とんでもなく歌が下手な叔母さん がいまして。名前を「ヒサコ」と言います。

正確には、ヒサコ叔母さんは私の叔母さんではなく、私のオカン(故)の叔母さん(私の爺ちゃんの弟の嫁)なんですが。

オカンは六人兄弟姉妹の長男(私の爺ちゃん)と、六人姉妹兄弟の長女(私の婆ちゃん)の間に生まれた長女で長子なので、
オカンと末のほうの叔父叔母さんとは、10歳ぐらいしか歳が違いませんでした。よって、感覚的には、
「歳の離れた兄姉みたいな感じ」だったようで、オカンは死ぬまでそれら対象を「○○兄ちゃん」「○○姉ちゃん」と呼んでいた。
逆にいうと、「私や弟ら」と、「その対象の人ら」のほうが年齢差的にも、「叔父叔母と姪甥感覚」、なんですね。

だから、私ら(姉弟)の中では「その対象の人ら」はもうほぼ「叔父叔母感覚」なのだが、
その「ヒサコ叔母さん」におかれましては、オカンが死んだ後も私らが彼女を「おばちゃん」と呼ぶことを決して許さず、
「私はずっとそう呼ばれてたんやから、あんたらも私を ヒサコ姉ちゃん と呼べ!」という、「命令」 により、現在に至る。

と、そんな 「ヒサコ姉ちゃん」 は、先ほど言ったように とんでもなく歌が下手 なのにカラオケが大好きで、
法事で会うたび会うたび、私に、「なあ~このあとカラオケ行こうさ~カラオケ~」と、そうせがんでくるんです、「歌下手」のくせに。
そして私は、その「歌下手ヒサコ」の、そのカラオケのお誘いを断ることが出来ないんです。
それは何故なら、うちのオトンがそれらの法事を取り仕切っているからだ。

オカンはもともと2歳下の弟との二人姉弟やったんですけど、その弟が17歳の時にバイクの事故で亡くなってるんですね。
酔っ払い運転手の運転する大型トラックの信号無視でハイスピードで正面衝突され、その場で即死やったそうで。
と、そうしてオカンは一人娘となり、 オカンにストーカーまがいに惚れこんだオトン と結婚して、
息子を亡くしたショックからリウマチを発症して一気に2年で寝たきりになった母親(私の婆ちゃん)の介護と、その母親の代わりに、
祖父母(私の大爺ちゃん大婆ちゃん)の自宅介護も末期の半病院介護も、全部あの人らが2人でそれをやってきたんですね。
乳児幼児の子ども(私ら姉弟)を育てながらのオカンとオトンのそれは、もう並み大抵の苦労じゃなかったと思いますわ。
ピークの時で、家に介護老人二人(しかも一人は夜間徘徊する)と、乳幼児が三人いたんですから、ほんまいつ寝てたんか?と思う。

と、そうして最初に、婆ちゃんが死に、大爺大婆が死に、爺ちゃんが死に、そして最後にオカンが死んでからも、
オトンはずっと、自分が面倒見てきた嫁さん方(私の母方)のお墓の世話とその代々の法事・年会を今もなお勤めていて、
それについてオカン方の親戚連中は「ほんまはわしらがせんならんのに」と、オトンには多大なる感謝をしてはるようだが、
でも逆にそれを当然として継続しているオトン、その子ら(うちら姉弟)にしたら、「今日は来てくれてありがとうの立場」なわけです。
よって、歌下手ヒサコが「二次会でカラオケ行きたい」とか言うても、(来てもらってる側の)私はそれを無下に断れないのである。

でもまあ、私もオトンも歌は好きやしカラオケも好きなんで、付き合い半分ノリ半分で、法事二次会はいつもカラオケです。

ただ、「歌下手ヒサコの旦那のミツオ叔父ちゃん」が、カラオケ嫌いの「飲むだけ」の人なんで、カラオケボックスには絶対行きたがらない。

よって、「子連れで行っても大丈夫なオトン行き付けのスナック(カラオケ有)」に、法事二次会は毎回行くのですが、
すると当然、下町の小さなお店といえども他のお客さん(ほぼ常連やけど)がいたり、入って来たりもするわけで。

と、そうなると、「歌下手ヒサコ」は、さっきまであんなにカラオケカラオケ言うてたくせに、なんか急にもじもじするのである。

私「ヒサコ姉ちゃん、カラオケやで。歌いーや」
ヒサコ「よう歌わんわーこんなとこでー。他のお客さんも居てはるしー」
私「ワレとこのクソ旦那がカラオケボックスはいやや言うからここになるんやないか!!!www」
ミツオ叔父「お~い、聞こえてるぞー? 誰がクソ旦那やねん~?」
私「ねえほんま誰ですかねそんなん言うてんの?出てこいコラええ加減にせえよ!?しまいに張り倒すぞボケー!!」

店に居た客や、今さっき来た客が、どっと笑う。

ヒサコ「も~!みんなこっち見てはるやないのーよけい歌われへんなったわー」


 ↑ 「これ」。

もう 「ここ」 なんですよ、歌下手ヒサコの 「なんかあかんところ」 は。



プロの歌い手さんは「歌うこと」に対するベクトルがまた違うと思いますけど、素人の「カラオケうまい」は、要は場数なんです。
「人前でどんだけ歌ってきたか」、もっと言うと、「知らん人の前で、どんだけ歌ってきたか」。

歌下手ヒサコは「週一でカラオケ友達とカラオケボックスに行ってるのに全然上達しない」と嘆いていますが、
私に言わせると、「そんなもん当たり前じゃwww」なわけです。何故なら、

人が歌ってる時に誰もその歌をなまじっか聞いていないで各々が「歌本」をめくって次に自分が歌う歌を探している

というそんな中で、もう何十曲何百曲歌ってもそれはただの自己満足に過ぎないのです。緊張感が全く足りないのだ。


と、そんな偉そうに言う私は、特別に「歌がうまい」わけではないし、ちゃんとした歌のレッスンも受けてない。
ただ、「カラオケはうまい」。もっと言うと、「さも歌がうまいかのようにカラオケで歌うことが出来るやつ」なんです。
それは、「知らん人の前(カラオケ)で歌うことの場数を踏んできたことで自分が習得したこと」、なんです。
なんせ小学生の頃から、「歌(カラオケ)好きのオトン」によって、近所のスナックに連れられてましたからね。

「カラオケデビューは小学生の頃で、それはハチトラでの演歌でしたww」って、私のツレや同世代にでも、あんまりいないです。
大概、「高校生の頃にカラオケボックスがばんばん出来て、それが僕の私のカラオケデビュー」って感じです。
私が中学生になった頃ぐらいからスナック(飲み屋)がレーザーディスクになったけど当初は、「1曲200円」でした。
それは、「その数年後に世に出た最初のカラオケボックスのシステム制度」と、同じくして、なんかそうでした。
あ、平成生まれの読者さんは「りっさん今何言うてるかわからん話」やと思いますが、興味があったらググってみてください。


話戻って。


と、そんな「スナックのカラオケ」に、おニャン子クラブの「セーラー服を脱がさないで」なんぞ一切入ってません。
カラオケは「大人の遊び道具」でしたから、子ども向きには作られていなかった。


東京シティー は 風だらけ。 (ARB 無関係) 


と、そんな子どもがそこで生き抜くためには、「津軽海峡冬景色」を、もう歌うしかないわけです。
最初は酷いもんやったと思いますが、そうして知らない人に聞かれてる緊張感の中で歌うと「うまく歌えなかった時」の反省度が半端ない。
「今度はここで外さないようにしよう」と、音を取りながら意識しながら歌うようになるし、こぶし聞かせる真似事みたいなこともしたりする。
って、なってくる(場数踏む)と、そこにいる人(知らん人)らは、「おっ?なんやなんや?いけるやんこの子~」ってなってくる。
と、そうして注目されることで「次はもっとうまく歌わないと」ってなってきて、知らん(うまい)人の歌を聞いて「勉強」をする。
と、そうして勉強したこと(知らんうまい人が歌ってた知らん歌)をも、今度は自分が「見よう見まね」でやってみたりもする。

おかげさまで、就職して社会に出てから 「年配上司とのデュエット曲」 には、なんにも困りませんでした。
「昭和枯れすすきを完璧に歌える18歳の新人女子社員」は私だけだったので、まあまあ重宝もされました。



話だいぶ戻って、歌下手ヒサコ。


「もうほんまになんとかしないといけない、この歌下手ヒサコを。それは身内として」 


と、私は思い、オカンの七回忌の法事の二次会のカラオケの時、「歌下手ヒサコ」に、いよいよだいぶ厳しいことを言いました。



続く。
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  1. 2011/09/27(火) 01:35:59|
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Author:りっさん

京都に生まれ京都で育ち、          放浪の末、京都に舞い戻った女

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