どんつきを右に曲がって左のかどっこ

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文通の思い出・1

さて。

昨日次女のももが(長女いちごが始めたのにつられて受講している)チャレンジ(通信学習)の今月のテストが出来たから、と
「ママ、また封筒書いて送って」と、言うので、「はいはい」と、私はそれを受け取った。
ももが寝た後ふと解答用紙を見てみると、隅っこに「先生とのおたよりこうかん」みたいな欄があり、ももはこんなことを書いていた。

「わたしのなまえを赤でかかないでください。」


なんじゃその 「おたより」 !? www  


いや、なんとなくはわかるんですよ。「時期(年齢)的に」、なんとなくはね。
おそらく学校で「赤で名前を書いたら死ぬ」とかそんなこわい話・まやかしが流行っているんだと思うんですよ。
そやけどおまえ、無茶を言うたるなよ!無茶を!


その相手は  「赤ペン先生」  やねんぞ!? wwwww 


ももの担当の赤ペン先生がそれに「ピーン!」と来てくれたらいいが、これはなかなか難しいなぞなぞだと思ったので、
私はもうよほど「(意味不明なことを言っている娘について)親からの注釈コメント」を入れておこうかと一瞬思ったが、やはりそれはやめた。
何故なら、
ここは「ももと先生のおたより交換」のスペースなので、伝わらないことがあればそれが伝わるまでももが自分の言葉でやりとりすればいい。
それはももにとって、いつか社会に出るための訓練であり、また、それが自分の経験値にもなるのだ。
逆に赤ペン先生にとってはある意味苦行かもしれんが仕事なのでどうか頑張ってください。
うちのももを今後ともどうぞ、何卒宜しくお願い致します。



てな感じで、今日の本題。


もものその「おたよりこうかん」から、私はとある出来事を思い出しました。

実は、私も中学1年生の入学当初から半年ほど、学研の通信教育講座を受講していたことがあるんですよ。
なんか近所のおばちゃんが「学研のおばちゃん(配達員)」をやってたとかそんなんでうちに現物持ってセールスに来て。

私はここ「どんつき~」でももう何っ回も言うてますが、小学生の頃は「神童と言われるレベルの秀才」だったので、
なんぼそのオバハンに「中学に入ったら自宅学習だけでは追いつかないよ」みたいなことを言われても内心鼻で笑っていたんだが
私が注目したのはテキストの内容そのものよりも付録、もっと言えば「目録」だったんですね。
「毎月テストを出してシール集めたらかわいいレターセットとかをタダで貰える!」っていう。
よってオカンにはもうそれをビタ一文悟られないように「すごくその勉強に興味がある感じ」でそれを受講させてもらうことに成功した。

余談だが、
いちご(後にももも)が「友達が(姉が)やってるチャレンジを私もやりたい」って言い出した時、私はズバリ言ってやりましたからね。
「あんた、付録が目当てやろ?w」と。
「そんなんじゃない!」と真っ向否定して子どもの頭で考えられるだけの色んなことを言い訳してましたけど、だが経験者は知っているのだ。
友達と遊ぶほうが楽しい小学生や中学入学仕立ての子どもがなんの見返りもないのにそんなん受講したいとか、まあ言いませんからww



話戻って。



その当時、私が受講していた「学研ゼミ」だったかにはテキストの他に毎月「勉強ひと休みの読み物(小冊子)」が付いていて、
そこには「中1のみんなは、どんな部活に入った?ランキング(会員アンケート調べ)」とかが載っていました。
あと、会員広場みたいな「自由投稿のページ」もありましたね。投稿テーマとか一切なしで好きに自由に書いてもいいとこ。
そこで自分の日常を紹介するやつもおり、先生や親や先輩への文句を綴るやつもおり、笑い(笑わせ)に徹するやつもおり。
今になって思うと、ああいったスペースがいわば「mixi(=会員限定的の中での表現欲)の始まり」だったのかもしれない。

と、そんな中、私がその小冊子で着目したのは「文通コーナー」でした。



「文通コーナー(笑)」 



もう今や多分「死語」だと思うが、そして平成生まれの読者さんらには「もう全く考えられない危ないこと」だと思うが、
大体1970~1980年代の子どもの間ではその「恐るべきコミュニケーションツール」が当時普通に発達していたんですよ。

やり方は至極簡単です。

① 子どもが、「色んな人と友達になって色んなことを話したいな」と、思った。
② よって、「雑誌の文通コーナー」に自分の住所氏名を記載して、「自分と友達になってもいい(文通してもいい)」と思う人を募る。
③ すると、「それを見たどこかの全く知らない誰か」が、自分に手紙をくれる。
④ そうして、「文通(友情)」が、始まる。



最初から 出し過ぎ やろ。
ざっくばらん が 過ぎるやろ。

だが 「あの頃(笑)」 は そうだった。
 




って、そうして自分が子どもの頃に文通(=めっさ危ういコミュニケーションツール)を利用して友好を図っていたのにも関わらず、
「いんたーねっつを自在に扱う今の子は危機感がない!」と目くじら立てる人は、過去の自分を思い出したらいいと思う。
「昭和の子のほうが平成の子よりだいぶ危機感のない雑な子どもだったこともあったなw」と、思うこともあるかもしれない。



話戻って、小冊子の「文通コーナー」。


全く見ず知らずの人と文通をして友達になるには、送る側にしても何かしらの「共通項」がないと難しい。
よって私は、そのコーナーに数いる「お手紙クレクレ厨www」の中から吟味して、
「ユカちゃん(仮名)」という山口県在住の女の子に手紙を送ってみた。

理由① 自己紹介があっさり・さっぱり・媚びない感じで、なんか好きだと思った。
理由② オトンの実家が山口県なので、もしかしたらいつか帰省とかで会えるかな?と思った。


そうして手紙を送ってから返事が来るまではわりとドキドキしました。毎日学校帰りにポストを開けて見ていた。
そしたらやっと10日後ぐらいに、ユカちゃんからの返事が来たんです。



だが、その封筒の宛名書きを見て、私は若干引いた。


何故ならそれはもうまるで「小学生低学年の子が書いたみたいなおそろしい下手くそな字」だったからだ。


こんなヘタクソな字を書くやつがよくも「文通コーナー」に投稿したよな…? 



でも返事が返ってきた以上、私とユカちゃんはもう「友達の始まり」ですから、
この「おそろしく読みづらいユカちゃんの字もろとも」を、私は背負っていかねばならないのだ。


続く
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  1. 2011/12/28(水) 02:02:23|
  2. 思い出のネタ(学生編)

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Author:りっさん

京都に生まれ京都で育ち、          放浪の末、京都に舞い戻った女

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